霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 変金(へんきん)〔一五一〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第59巻 真善美愛 戌の巻 篇:第2篇 厄気悋々 よみ(新仮名遣い):やっきりんりん
章:第10章 変金 よみ(新仮名遣い):へんきん 通し章番号:1510
口述日:1923(大正12)年04月02日(旧02月17日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年7月8日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
初稚姫は、チルテルとチルナ姫夫婦の騒ぎを庭園を隔てて聞きながら、心静かに一弦琴を手にして歌っている。初稚姫が逗留しているのは、チルテルの心をただし、三千彦たちの安全を守るためだと述懐を歌う。
そこへヘールがやってきて、夫婦喧嘩の末にチルテルは負傷し、チルナ姫を縛って倉庫に閉じ込める騒ぎとなっているから、初稚姫に介抱を手伝ってほしいと願い出た。
実はヘールはチルテルに命じられて、初稚姫を呼びに来たのであった。初稚姫はそれと察知して、介抱は必要ないと踵を返し、元の居間に帰って行く。
その後ろ姿に見とれたヘールは初稚姫に惚れてしまった。こんな美人はキャプテンのチルテルであってもものにできないかもしれない、それならば自分みたいなヒョットコでもチャンスがあるかも知れないと勝手に思い込んでしまった。ヘールは初稚姫の居間に進んで行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:4380 OBC :rm5910
愛善世界社版:132頁 八幡書店版:第10輯 532頁 修補版: 校定版:139頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 キヨの関守(せきもり)キャプテンのチルテルと妻(つま)のチルナ姫(ひめ)との乱痴気(らんちき)騒(さわ)ぎを002広(ひろ)き庭園(ていゑん)を隔(へだ)てて一切(いつさい)万事(ばんじ)吾不関(われくわんせず)焉(えん)といふ態度(たいど)にて、003心(こころ)静(しづ)かに一絃琴(いちげんきん)を手(て)にし、004細(ほそ)き美(うる)はしき声(こゑ)にて歌(うた)つてゐるのは初稚姫(はつわかひめ)であつた。
005初稚姫(はつわかひめ)『花(はな)は紅(くれなゐ)葉(は)は緑(みどり)
006緑(みどり)したたる黒髪(くろかみ)は
007まだうら若(わか)き若草(わかぐさ)の
008妻(つま)の命(みこと)のチルナ姫(ひめ)
009夫(をつと)の身(み)の上(うへ)気遣(きづか)ひて
010朝(あさ)な夕(ゆふ)なに真心(まごころ)を
011尽(つく)して神(かみ)に祈(いの)りまし
012妻(つま)の務(つと)めを委細(まつぶさ)に
013包(つつ)むことなく遂(と)げさせて
014心(こころ)もキヨの関守(せきもり)の
015関(せき)とめかねしチルテルが
016恋(こひ)に狂(くる)ひし心(こころ)の鬼(おに)を
017追(お)ひ払(はら)はむと村肝(むらきも)の
018心(こころ)を砕(くだ)かせ玉(たま)ふこそ
019実(げ)にも憐(あは)れの次第(しだい)なり
020妻(つま)の心(こころ)も白浪(しらなみ)の
021寄(よ)せては返(かへ)す磯(いそ)の浪(なみ)
022彼方(あなた)此方(こなた)と駆(か)け巡(めぐ)り
023容貌(みめ)美(うる)はしき女子(をみなご)と
024見(み)れば人妻(ひとづま)人娘(ひとむすめ)
025老(おい)と若(わか)きの隔(へだ)てなく
026心(こころ)蕩(とろ)かす狒々猿(ひひざる)の
027掻(か)きまはすこそ歎(うた)てけれ
028妾(わらは)も此処(ここ)に来(きた)りしゆ
029心(こころ)に染(そ)まぬ事(こと)乍(なが)ら
030これの家内(やぬち)に立騒(たちさわ)ぐ
031荒(あら)き波(なみ)をば鎮(しづ)めむと
032神(かみ)の救(すく)ひの船(ふね)を漕(こ)ぎ
033重(おも)き使命(しめい)を負(お)ひ乍(なが)ら
034見捨(みす)てかねたる義侠心(ぎけふしん)
035主人(あるじ)の心(こころ)を言霊(ことたま)の
036厳(いづ)の真水(まみづ)に隈(くま)もなく
037洗(あら)ひ清(きよ)めて惟神(かむながら)
038神(かみ)の心(こころ)に復(かへ)さむと
039人目(ひとめ)を忍(しの)び只(ただ)一人(ひとり)
040時(とき)を待(ま)つほの浦凪(うらなぎ)に
041立騒(たちさわ)ぐなる群千鳥(むらちどり)
042早(はや)く和鳥(なとり)になれかしと
043皇(すめ)大神(おほかみ)の御(おん)前(まへ)に
044心(こころ)の限(かぎ)り祈(いの)るなり
045それに付(つ)けても三五(あななひ)の
046神(かみ)の使(つかひ)の宣伝使(せんでんし)
047聖(きよ)き心(こころ)の玉国別(たまくにわけ)や
048鏡(かがみ)も清(きよ)き真純彦(ますみひこ)
049思(おも)ひは胸(むね)に三千彦(みちひこ)の
050妻(つま)とあれますデビス姫(ひめ)
051伊太彦(いたひこ)司(つかさ)の一行(いつかう)が
052月(つき)照(て)りわたるキヨの湖(うみ)
053渡(わた)りて此処(ここ)に来(き)ますなる
054神(かみ)の御言(みこと)を受(う)けてより
055目無(めなし)堅間(かたま)の舟(ふね)傭(やと)ひ
056波路(なみぢ)を安(やす)く守(まも)りつつ
057先(さき)へ廻(まは)つて此(この)館(やかた)
058神(かみ)の司(つかさ)の危難(きなん)をば
059救(すく)ひて功績(いさを)をそれぞれに
060挙(あ)げさせなむとの村肝(むらきも)の
061心(こころ)を砕(くだ)く吾(われ)こそは
062初稚姫(はつわかひめ)の神柱(かむばしら)
063三千(さんぜん)年(ねん)に一度(いちど)咲(さ)く
064高天原(たかあまはら)の最奥(さいあう)の
065神(かみ)の御苑(みその)の桃林(たうりん)に
066匂(にほ)ひ初(そ)めたる桃(もも)の花(はな)
067只(ただ)一輪(いちりん)の吾(わが)魂(たま)は
068如何(いか)に此(この)場(ば)を治(をさ)めむと
069天津(あまつ)御神(みかみ)や国津(くにつ)神(かみ)
070百八十(ももやそ)柱(ばしら)のエンゼルと
071朝(あさ)な夕(ゆふ)なに語(かた)らひて
072漸(やうや)く神(かみ)の御心(みこころ)を
073現(あら)はす時(とき)となりにけり
074あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
075恩頼(みたまのふゆ)を謹(つつし)みて
076厚(あつ)く感謝(かんしや)し奉(たてまつ)る
077朝日(あさひ)は照(て)る共(とも)曇(くも)る共(とも)
078月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くる共(とも)
079悪魔(あくま)はいかに猛(たけ)くとも
080誠(まこと)一(ひと)つの三五(あななひ)の
081神(かみ)に仕(つか)へし吾(わが)魂(たま)は
082いかで撓(たゆ)まむ梓弓(あづさゆみ)
083引(ひ)きて返(かへ)らぬ魂(たましひ)の
084巌(いはほ)を射抜(いぬ)く吾(わが)思(おも)ひ
085遂(と)げさせ玉(たま)へと願(ね)ぎまつる
086あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
087御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
088 斯(か)かる所(ところ)へ、089ヘールはスタスタと現(あら)はれ来(きた)り、090慌(あわ)ただしくつつ立(た)ち乍(なが)ら、091体(からだ)を前後(ぜんご)左右(さいう)に揺(ゆす)り、092足(あし)をヂタヂタ踏(ふ)んで、
093ヘール『モシモシ、094お姫(ひめ)さま、095そんな陽気(やうき)な事(こと)で厶(ござ)いますか、096あれ丈(だけ)の乱痴気(らんちき)騒(さわ)ぎが、097貴女(あなた)はお耳(みみ)に這入(はい)りませぬか』
098初稚(はつわか)『ハイ、099何(なに)かモメ事(ごと)が出来(でき)たので厶(ござ)いますか。100妾(わらは)は一絃琴(いちげんきん)に魂(たま)を奪(うば)はれ、101平和(へいわ)の夢(ゆめ)を貪(むさぼ)つて居(を)りましたから、102何(なん)にも存(ぞん)じませぬ。103何(なん)だかお館(やかた)の方(はう)に104少(すこ)し許(ばか)り御(ご)夫婦(ふうふ)がお酒(さけ)の上(うへ)でダンスでもやつて厶(ござ)つたやうですなア。105モウお休(やす)みになりましたか』
106ヘール『エ、107姫(ひめ)さま、108そんな暢気(のんき)な事(こと)ですかいな、109大変(たいへん)な事(こと)が起(おこ)つたのですよ。110急性(きふせい)チルテル・ヘールニヤが勃発(ぼつぱつ)し、111医者(いしや)よ薬(くすり)よと大騒(おほさわ)ぎで厶(ござ)います』
112初稚(はつわか)『アヽ左様(さやう)で厶(ござ)いましたか。113万金丹(まんきんたん)でもあげなさいましたら、114御(ご)気分(きぶん)が良(よ)くなるでせう』
115ヘール『肝心(かんじん)な万金丹(まんきんたん)をチルテルの大将(たいしやう)、116チルナ姫(ひめ)さまに、117引張(ひつぱ)られたものですから、118忽(たちま)ちクルクルと白目(しろめ)を剥(む)いて、119ピリピリピリ、120キヤー、121ウーン、122ドタンバタン、123ガチヤ ガチヤ ガチヤ、124ガラガラと人造(じんざう)地震(ぢしん)が突発(とつぱつ)致(いた)しました。125何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も卑怯(ひけふ)な奴(やつ)許(ばか)り、126皆(みな)安全(あんぜん)地帯(ちたい)へ避難(ひなん)したと見(み)え、127此(この)ヘール一人(ひとり)が、128縦横(じうわう)無尽(むじん)に看護卒(かんごそつ)の役(やく)を勤(つと)め、129右往(うわう)左往(さわう)に奔走(ほんそう)して居(を)ります。130何卒(どうぞ)病人(びやうにん)の看護(かんご)を手伝(てつだ)つて頂(いただ)きたいものですなア。131男(をとこ)の荒(あら)くたい手(て)で看病(かんびやう)するより、132女(をんな)の優(やさ)しい柔(やはら)かい手々(てて)で看護(かんご)して貰(もら)ふ方(はう)が、133何程(なにほど)病人(びやうにん)の慰安(ゐあん)になつて可(い)いかも知(し)れませぬ。134サア何卒(どうぞ)御(お)願(ねがひ)で厶(ござ)います。135早(はや)くお世話(せわ)を願(ねが)ひませう。136貴方(あなた)だつて、137見(み)ず知(し)らずの家(うち)へ来(き)て、138かう鄭重(ていちよう)にお世話(せわ)になつて厶(ござ)るのだから、139チツとは義理(ぎり)人情(にんじやう)もお弁(わきま)へで厶(ござ)いませう』
140初稚(はつわか)『それはお気(き)の毒(どく)な事(こと)で厶(ござ)いますな。141併(しか)し乍(なが)ら女(をんな)といふものは嫉妬深(しつとぶか)いもので厶(ござ)いますから、142奥様(おくさま)の許(ゆる)しがなくては、143旦那(だんな)様(さま)丈(だけ)の許(ゆる)しでは看病(かんびやう)をさして頂(いただ)く事(こと)は出来(でき)ませぬ。144夫(をつと)の病気(びやうき)は奥様(おくさま)が御(ご)看護(かんご)なさるのが当然(たうぜん)で厶(ござ)います。145何卒(どうぞ)奥様(おくさま)のお許(ゆる)しがあれば看護(かんご)さして頂(いただ)きますから、146一寸(ちよつと)奥様(おくさま)に伺(うかが)つて来(き)て下(くだ)さいませ』
147ヘール『あの奥(おく)ですか、148彼奴(あいつ)ア旦那(だんな)様(さま)の睾丸(きんたま)狙(ねら)つて、149謀殺(ぼうさつ)未遂(みすゐ)犯人(はんにん)としてふん縛(じば)り、150暗室(あんしつ)へ監禁(かんきん)しておきました。151あんな奴(やつ)ア、152死(し)なうが何(ど)うならうが、153チツとも構(かま)うこたア厶(ござ)いませぬ。154随分(ずいぶん)悋気(りんき)の強(つよ)い奥様(おくさま)で、155お前(まへ)さまもお困(こま)りでしたらうが、156モウ御(ご)安心(あんしん)なさいませ。157旦那(だんな)さまと何(ど)れ丈(だけ)おいちやつき遊(あそ)ばさうが、158ゴテゴテいふものは厶(ござ)いませぬよ。159早(はや)く斯(か)ういふ時(とき)に親切(しんせつ)を尽(つく)しておきなさると、160後(あと)のお為(ため)で厶(ござ)いますよ』
161初稚(はつわか)『妾(わらは)はその様(やう)な惨酷(ざんこく)なお方(かた)は人間(にんげん)だとは思(おも)ひませぬワ。162チルテル様(さま)には何(なに)か悪(わる)い者(もの)が憑依(ひようい)してゐるのでせう、163さうでなければ神(かみ)から許(ゆる)された夫婦(ふうふ)の仲(なか)、164そんな酷(むご)たらしい事(こと)をなさる筈(はず)がありますまい。165正真(しやうしん)正銘(しやうめい)のチルテル様(さま)の御(ご)病気(びやうき)ならば、166どこ迄(まで)も仁慈(じんじ)無限(むげん)の神(かみ)様(さま)の御心(みこころ)に倣(な)らひ、167身(み)を粉(こ)にしても介抱(かいはう)さして頂(いただ)きますが、168悪魔(あくま)の擒(とりこ)となり169身(み)も魂(たましひ)も獣化(じうくわ)して厶(ござ)る妖怪(えうくわい)的(てき)な御(ご)主人(しゆじん)には、170平(ひら)にお断(ことわ)りを申(まを)します。171ヘールさま、172貴方(あなた)も確(しつか)りなさいませ。173妙(めう)な者(もの)が憑依(ひようい)して居(を)りますよ』
174ヘール『何(なん)と云(い)つても、175ウブな身魂(みたま)ですから、176私(わたし)の肉体(にくたい)を目当(めあて)に、177イロイロの厄雑霊(やくざみたま)が先(さき)を争(あらそ)うてヘールかも知(し)れませぬ。178併(しか)し乍(なが)らフエル事(こと)もあり、179又(また)曲津(まがつ)のヘール事(こと)もあります。180丁度(ちやうど)キヨの湖(うみ)の波(なみ)を見(み)てゐるやうなものです。181高(たか)くなつたり低(ひく)くなつたり、182或(ある)時(とき)は荒(すさ)むだり、183或(ある)時(とき)は平静(へいせい)になつたり、184これが所謂(いはゆる)千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の勇士(ゆうし)の本能(ほんのう)、185円転(ゑんてん)滑脱(くわつだつ)、186あく迄(まで)融通(ゆうづう)の利(き)く、187神(かみ)の生宮(いきみや)ですからなア。188其(その)御(ご)主人(しゆじん)たるチルテル様(さま)は一層(いつそう)偉(えら)い者(もの)ですよ。189さう貴女(あなた)のやうに単純(たんじゆん)な御(お)考(かんが)へでは、190到底(たうてい)英雄(えいゆう)の心事(しんじ)は分(わか)りませぬ。191旦那(だんな)様(さま)がウツツの様(やう)になつて、192姫(ひめ)様(さま)々々(ひめさま)と連呼(れんこ)してゐらつしやいます。193何(なに)は兎(と)もあれ、194一足(ひとあし)お運(はこ)び下(くだ)さつたらどうですか。195女(をんな)といふ者(もの)はさう剛情(がうじやう)を張(は)るものぢやありませぬよ、196従順(じうじゆん)と親切(しんせつ)なのが女(をんな)の美徳(びとく)ですからなア』
197初稚(はつわか)『さう、198たつて仰(おほ)せられますのなれば、199兎(と)も角(かく)も伺(うかが)ひませう』
200ヘール『ヤ、201早速(さつそく)の御(ご)承知(しようち)、202旦那(だんな)様(さま)も嘸(さぞ)お喜(よろこ)び遊(あそ)ばす事(こと)で厶(ござ)いませう。203サア、204お手々(てて)を執(と)つて上(あ)げませう』
205と毛(け)だらけの黒(くろ)い固(かた)い松(まつ)の木(き)の荒皮(あらかは)の様(やう)なガンザをニユツと突出(つきだ)した。206初稚姫(はつわかひめ)はゾツとし乍(なが)ら、
207初稚(はつわか)『有難(ありがた)う、208併(しか)し乍(なが)らお蔭(かげ)で足(あし)は壮健(たつしや)で厶(ござ)いますから、209お後(あと)に跟(つ)いて参(まゐ)ります』
210ヘール『イヤイヤ姫(ひめ)様(さま)、211此(この)屋敷(やしき)の中(なか)は、212彼方(あちら)にも此方(こちら)にも陥穽(おとしあな)が拵(こしら)へてありますから、213私(わたし)がお手(て)を引(ひ)いて上(あ)げませぬと危険(きけん)です。214それだからお手(て)を引(ひ)いて上(あ)げやうと申(まを)すのです』
215初稚(はつわか)『貴方(あなた)に手(て)を握(にぎ)つて頂(いただ)きますと、216又(また)チルテルさまと睾丸(きんたま)圧搾戦(あつさくせん)が勃発(ぼつぱつ)しますと、217お互(たがひ)の迷惑(めいわく)ですワ。218決(けつ)して陥穽(おとしあな)なんかはまるやうな事(こと)は致(いた)しませぬ。219何卒(どうぞ)お先(さき)へお出(い)で下(くだ)さいませ』
220ヘール『ハイ、221駄目(だめ)ですかなア、222どうも私(わたし)の説(せつ)を握手(あくしゆ)喝采(かつさい)して下(くだ)さらぬと見(み)えますワイ』
223初稚(はつわか)『ホヽヽヽヽ、224御(ご)冗談(じようだん)許(ばか)り仰有(おつしや)いますな。225旦那(だんな)様(さま)が御(お)苦(くるし)みになつてゐられるぢやありませぬか』
226ヘール『ヘー、227お苦(くるし)みはお苦(くるし)みです。228最早(もはや)チルテル・ヘールニヤも殆(ほと)んど全快(ぜんくわい)して何(なん)ともないのでせうが、229苦(くる)しいといふのは……ヘン、230……どこやらの人(ひと)に身(み)も魂(たま)も奪(うば)はれ、231煩悶(はんもん)苦悩(くなう)病(びやう)が起(おこ)つて苦(くる)しいのですから、232一寸(ちよつと)お腹(なか)の辺(あた)りをマッサージでもやつて貰(もら)へば、233忽(たちま)ちケロリと本復(ほんぷく)疑(うたがひ)なし、234此(この)病気(びやうき)を直(なほ)すのは女神(めがみ)でなくては到底(たうてい)御(ご)利益(りやく)は現(あら)はれませぬワイ、235ウツフヽヽヽ』
236初稚(はつわか)『あれまア、237そんな事(こと)だと思(おも)つて居(を)りました。238それならモウ安心(あんしん)で厶(ござ)います。239何卒(どうぞ)チルテル様(さま)に宜(よろ)しう仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ。240そして妾(わらは)の居間(ゐま)へお遊(あそ)びにお出(いで)下(くだ)さるやうお伝(つた)へ願(ねが)います。241左様(さやう)なら』
242と踵(きびす)を返(かへ)し243元(もと)の居間(ゐま)へサツサと帰(かへ)つて行(ゆ)く。244ヘールは口(くち)をポカンとあけたまま、245姫(ひめ)の後姿(うしろすがた)を見送(みおく)り、
246『あゝ何(なん)と可(い)いスタイルだなア。247牡丹(ぼたん)か芍薬(しやくやく)か蓮華(れんげ)の花(はな)か。248あのなんぞりとした肩(かた)の具合(ぐあひ)から、249頭(あたま)の格好(かつかう)、250首筋(くびすぢ)の様子(やうす)、251背(せ)のスウツとした所(ところ)、252おいどの小(ちひ)さい、253足(あし)の歩(ある)き様(やう)から、254お手々(てて)の振方(ふりかた)、255何(なん)とマア可(い)いナイスだらう。256チルテルさまが女房(にようばう)を叩(たた)き出(だ)して本妻(ほんさい)に入(い)れやうとなさつたのも、257決(けつ)して無理(むり)ではないワイ。258あゝ何(なん)だか精神(せいしん)恍惚(くわうこつ)として夢路(ゆめぢ)を辿(たど)るが如(ごと)しだ。259あゝ胸(むね)が苦(くる)しうなつて来(き)た。260何(なん)だか俺(おれ)にも恋愛(れんあい)嫉妬病(しつとびやう)が勃発(ぼつぱつ)しさうだ。261併(しか)し乍(なが)ら到底(たうてい)俺(おれ)の力(ちから)では側(そば)へもよりつくこたア出来(でき)やしないワ。262キャプテンだつて、263此奴(こいつ)ア駄目(だめ)かも知(し)れぬぞ。264何(なん)とマア崇高(けだか)い姿(すがた)だらう。265温和(をんわ)にして威厳(ゐげん)あり、266恰(あたか)も天女(てんによ)の如(ごと)し。267あゝ男子(だんし)現世(げんせい)に生(しやう)を稟(う)けて、268斯(かく)の如(ごと)き美人(びじん)と婚(こん)すること能(あた)はずば、269寧(むし)ろ首(くび)を吊(つ)つて其(その)命(めい)を断(た)たむのみだ。270エヘヽヽヽ、271何(なん)だか体中(からだぢう)に波(なみ)が打(う)つて来(き)よつたやうだ。272俺(おれ)の体(からだ)を鋭利(えいり)な刃物(はもの)で一寸(いつすん)刻(きざ)みにザクザクと何者(なにもの)かが刻(きざ)み出(だ)したやうだ。273ても扨(さ)ても苦(くる)しいものだなア。274あゝあ キャプテンに報告(はうこく)もならず、275姫(ひめ)様(さま)の居間(ゐま)へ伺(うかが)ふ訳(わけ)にも行(ゆ)かず、276ホンに困(こま)つた事(こと)だワイ。277……
278鷺(さぎ)を烏(からす)と言(い)うたが無理(むり)か
279一羽(いちは)の鳥(とり)も鶏(にはとり)だ
280葵(あふひ)の花(はな)でも赤(あか)く咲(さ)く
281雪(ゆき)といふ字(じ)を墨(すみ)で書(か)く。
282ヤ、283可(い)い事(こと)を思(おも)ひ出(だ)した。284何程(なにほど)俺(おれ)がヒヨツトコでも、285雪(ゆき)といふ字(じ)を墨(すみ)で書(か)く以上(いじやう)は、286あのナイスをウンと言(い)はせない道理(だうり)があらうか。287あんな青(あを)い幹(みき)や葉(は)をした葵(あふひ)からも288真赤(まつか)な花(はな)が咲(さ)く例(ためし)もある。289碁(ご)を打(う)つても、290色(いろ)の黒(くろ)い奴(やつ)と色(いろ)の白(しろ)い奴(やつ)とが対抗(たいかう)するのだ。291白(しろ)い石(いし)同士(どうし)は到底(たうてい)物(もの)にならぬ。292ウンさうだ。293おかめに美男(びなん)、294ヒヨツトコに美女(びぢよ)といふ例(ためし)もある。295ヒヨツトしたら誂(あつら)へ向(むき)かも知(し)れぬぞ。296あのキャプテンは面(つら)が青白(あをじろ)い上(うへ)に背(せ)がスラリと高(たか)くて、297どこ共(とも)なしに気障(きざ)な男(をとこ)だ。298俺(おれ)のやうな節(ふし)くれだつた力瘤(ちからこぶ)だらけの強者(きやうしや)は、299却(かへつ)て優(やさ)しいナイスが好(この)むものだ。300ヨーシ、301俺(おれ)も恋(こひ)の為(ため)にはユゥンケルの職(しよく)を棒(ぼう)にふつても構(かま)はぬ、302ユゥンケルが何(なん)だい。303仮令(たとへ)リューチナントになつた所(ところ)が知(し)れたものだ。304キャプテン、305カーネル、306ゼネラル、307そんな物(もの)が何(なん)になる。308ウン ヨシ、309之(これ)から恋(こひ)の勇者(ゆうしや)となつて、310天下(てんか)の男子(だんし)に其(その)驍名(げうめい)を誇(ほこ)つてやらう。311地獄(ぢごく)の上(うへ)の一足飛(いつそくとび)だ。312人間(にんげん)は一生(いつしやう)に一度(いちど)は危(あぶ)ない綱(つな)も渡(わた)つてみなくちやならないワ。313男(をとこ)は断(だん)の一字(いちじ)が肝心(かんじん)だと聞(き)いてゐる。314エーエやつつけやうかな。
315吾(わが)恋(こひ)は細谷川(ほそたにがは)の丸木橋(まるきばし)
316渡(わた)るにやこはし渡(わた)らねば
317 好(す)いたお方(かた)にや会(あ)はれない。…………
318とか何(なん)とか、319誰(たれ)かが仰有(おつしや)いましたかネだ。320サア、321ここで一(ひと)つ駒(こま)を立直(たてなほ)し、322キャプテンに叛旗(はんき)を掲(かか)げ、323初稚(はつわか)砲台(ほうだい)に向(むか)つて、324獅子(しし)奮迅(ふんじん)の勇気(ゆうき)を以(もつ)て、325短兵(たんぺい)急(きふ)に攻(せ)めよせくれむ。326国家(こくか)の興亡(こうばう)此(この)瞬間(しゆんかん)にあり、327汝(なんぢ)等(ら)兵員(へいゐん)一同(いちどう)328夫(そ)れ、3281奮励(ふんれい)努力(どりよく)せよ。329否(いな)副(ふく)守護神(しゆごじん)一統(いつとう)、330奮励(ふんれい)努力(どりよく)せよ。331超(てう)弩級艦(どきふかん)一隻(いつせき)、332正(まさ)に此(この)港口(こうこう)にあり、333閉塞隊(へいそくたい)の用意(ようい)あつて然(しか)るべし』
334と独(ひと)り喋(はしや)ぎ乍(なが)ら、335肩肱(かたひぢ)怒(いか)らし、336一足(ひとあし)々々(ひとあし)力(ちから)を入(い)れ大手(おほで)をふつて、337芝居(しばゐ)の光秀(みつひで)が花道(はなみち)から現(あら)はれて来(き)た時(とき)のやうなスタイルで、338ヂリリ ヂリリと進(すす)み行(ゆ)く。
339(大正一二・四・二 旧二・一七 於皆生温泉浜屋 松村真澄録)
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