霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 横恋慕(よこれんぼ)〔一八一一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下 篇:第1篇 復活転活 よみ(新仮名遣い):ふっかつてんかつ
章:第5章 横恋慕 よみ(新仮名遣い):よこれんぼ 通し章番号:1811
口述日:1925(大正14)年08月19日(旧06月30日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年11月7日
概要: 舞台:御霊城 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2020-05-25 08:28:26 文字数:4331 OBC :rm64b05
愛善世界社版:62頁 八幡書店版:第11輯 519頁 修補版: 校定版:63頁 普及版:63頁 初版: ページ備考:
001 ヤクの後(あと)をおつかけて夜叉(やしや)の如(ごと)くにお寅(とら)は霊城(れいじやう)をとび出(だ)して終(しま)つた。002トンク、003テク、004ツーロの三(さん)人(にん)はお寅(とら)の後(あと)をおひ、005捜索(そうさく)がてらに三(さん)人(にん)三方(さんぱう)へ手分(てわ)けをして市中(しちう)の大路(おほぢ)小路(こぢ)をかけ廻(まは)ることとなつた。006後(あと)にはお花(はな)、007守宮別(やもりわけ)の両人(りやうにん)が丸(まる)い卓(テーブル)を囲(かこ)んで籐椅子(とういす)に尻(しり)をかけ乍(なが)ら、008ヤヽ縛(しば)し無言(むごん)の儘(まま)、009顔(かほ)を見合(みあは)して居(ゐ)た。
010 守宮別(やもりわけ)は大欠伸(おほあくび)をし乍(なが)ら、
011守宮別『お花(はな)さま』
012と云(い)ふ。
013お花『何(なん)ぞ御用(ごよう)ですか』
014守宮別『アーアン、015お花(はな)さま』
016お花『何(なん)ですか』
017守宮別『アーアン、018お花(はな)さまツたら……』
019お花『何(なん)ですいな、020アタ辛気(しんき)臭(くさ)い。021御用(ごよう)があるなら云(い)つて下(くだ)さいな』
022守宮別『アーアン、023大概(たいがい)分(わか)りさうなものだな、024ホントニ ホントニ』
025お花『生宮(いきみや)さまが居(ゐ)られないので淋(さび)しいのですか、026嘸(さぞ)御(ご)退屈(たいくつ)でせう』
027守宮別『アーアン、028これお花(はな)さま、029分(わか)りませぬかい』
030お花『分(わか)りませぬな』
031守宮別『ヘー、032私(わたし)がアーアンと云(い)へば大抵(たいてい)きまつてるでせう』
033お花『いつも守宮別(やもりわけ)さまが、034アーアンと云(い)つて空(そら)むいて欠伸(あくび)をされたが最後(さいご)、035クレリと気(き)が変(かは)つて今迄(いままで)やつて居(ゐ)た仕事(しごと)も打(うつ)ちやり、036漂然(へうぜん)として何処(どこ)かへ行(い)つて了(しま)ひ、037いつもお寅(とら)さまの気(き)をもますが、038お花(はな)では一向(いつかう)気(き)をもみませぬで仕方(しかた)がありませぬね』
039守宮別『アーア、040サ……ケ……』
041お花『ホヽヽヽヽ酒(さけ)が欲(ほ)しいと仰有(おつしや)るのか、042お安(やす)い御用(ごよう)。043然(しか)し乍(なが)ら、044お寅(とら)さまの留守中(るすちう)にお酒(さけ)でも、045飲(の)まさうものなら、046どれ丈(だけ)怒(おこ)られるか知(し)れませぬ。047それでなくても、048アンナに私(わたし)に毒(どく)ついて行(ゆ)かれたのですからマア暫(しばら)く辛抱(しんばう)しなさい。049やがて帰(かへ)られるでせうから』
050守宮別『イヤ、051もうお寅(とら)さまの自我心(じがしん)の強(つよ)いこと、052無茶(むちや)理窟(りくつ)をこねる事(こと)、053疑惑心(ぎわくしん)の深(ふか)い事(こと)には愛憎(あいそ)が尽(つ)きました。054もうお寅(とら)さまは今日(けふ)限(かぎ)り見限(みかぎ)るつもりです』
055お花『ヘヽン、056うまい事(こと)仰有(おつしや)いますわい。057寝(ね)ては夢(ゆめ)、058起(お)きては現(うつつ)、059一(いち)秒間(べうかん)も忘(わす)れた事(こと)がない癖(くせ)に、060よう、061ソンナ白々(しらじら)しい事(こと)が、062仰有(おつしや)られますわい。063守宮別(やもりわけ)さまも余程(よほど)の苦労人(くらうにん)だな。064○○の道(みち)にかけては千軍(せんぐん)万馬(ばんば)の劫(ごふ)を経(へ)た、065このお花(はな)も三舎(さんしや)を避(さ)けて降服(かうふく)致(いた)しますわ』
066守宮別『いや、067全(まつた)く、068いやになりました。069あのアーンの欠伸(あくび)を境界線(きやうかいせん)として、070お寅(とら)さまの事(こと)はフツツリと思(おも)ひ切(き)りました。071それよりも純真(じゆんしん)な、072正直(しやうぢき)な都育(みやこそだ)ちの婦人(ふじん)が欲(ほ)しいものですわ。073チト位(ぐらゐ)年(とし)はとつてゐても第一(だいいち)、074膚(はだ)が違(ちが)ひますからな』
075お花『これ守宮別(やもりわけ)さま、076そんな冗談(じやうだん)を云(い)はれますと、077お寅(とら)さまに又(また)鼻(はな)を捻(ねぢ)られますよ』
078守宮別『もうお寅(とら)さまだつて縁(えん)をきつた以上(いじやう)は赤(あか)の他人(たにん)だ。079鼻(はな)でも捻(ねぢ)やうものなら、080ダマツて居(ゐ)ませぬ。081私(わたし)も男(をとこ)ですもの、082直様(すぐさま)エルサレム署(しよ)へ訴(うつた)へてやりますからね』
083お花『本当(ほんたう)に守宮別(やもりわけ)さま、084いやになつたのですか、085嘘(うそ)でせう』
086守宮別『何(なに)、087真剣(しんけん)ですよ。088乙姫(おとひめ)さまの前(まへ)ですもの、089どうして嘘(うそ)が云(い)へませうか』
090お花『貴方(あなた)の仰有(おつしや)る事(こと)が本当(ほんたう)なら私(わたし)の腹(はら)も打明(うちあ)けますが、091此(この)お花(はな)も今日(けふ)と云(い)ふ今日(けふ)は、092お寅(とら)さまにスツカリ愛憎(あいそ)が尽(つ)きたのですよ。093これから国許(くにもと)に帰(かへ)らうかと思案(しあん)してゐますの。094が然(しか)し、095長途(ちやうと)の旅(たび)、096一人(ひとり)帰(かへ)る訳(わけ)にも行(ゆ)かず、097外国人(ぐわいこくじん)との話(はなし)も出来(でき)ず困(こま)つてゐますの。098貴方(あなた)のやうな英語(えいご)の出来(でき)る方(かた)があれば、099一緒(いつしよ)にお伴(とも)さして貰(もら)へば結構(けつこう)ですが、100世(よ)の中(なか)は思(おも)ふやうにはならぬものでしてな』
101守宮別『お花(はな)さま、102帰(かへ)らうと云(い)つたつて、103旅費(りよひ)が要(い)りますが一体(いつたい)いくら許(ばか)り持(も)つてゐますか』
104お花『ハイ、105娘(むすめ)が家(いへ)を抵当(ていたう)に入(い)れて金(かね)を拵(こしら)へたと云(い)つて、106一万(いちまん)両(りやう)許(ばか)り送(おく)つて来(き)ましたので、107当地(たうち)の郵便局(ゆうびんきよく)に預(あづ)けて置(お)きましたから旅費(りよひ)には困(こま)りますまい』
108 守宮別(やもりわけ)は、109お花(はな)が一万(いちまん)両(りやう)持(も)つてゐるのを聞(き)いて、110猫(ねこ)のやうに喉(のど)をならし、111目(め)を細(ほそ)うし……
112守宮別『ヤ、113此奴(こいつ)は豪気(がうき)だ。114二千(にせん)両(りやう)もあれば旅費(りよひ)には沢山(たくさん)だ。115何(なん)とかしてその他(ほか)の金(かね)を酒(さけ)の飲(の)み代(しろ)にすれば一(いち)年(ねん)や二(に)年(ねん)は大丈夫(だいぢやうぶ)だ。116先(ま)づお花(はな)の歓心(くわんしん)を得(う)るのが上分別(じやうふんべつ)だ、117お寅(とら)に丁度(ちやうど)毒(どく)づかれて居(ゐ)る処(ところ)だから、118ここでお寅(とら)との師弟(してい)関係(くわんけい)を絶(た)たせ、119自分(じぶん)が世話(せわ)になつたり世話(せわ)したりする方(はう)が、120よつぽどぼろい』
121とニタリと笑(わら)ひ乍(なが)ら、
122守宮別『お花(はな)さま、123一万(いちまん)両(りやう)の金(かね)があれば今(いま)かへるのは惜(おし)いぢやありませぬか、124どうです、125その金(かね)で一旗(ひとはた)上(あ)げようぢやありませぬか。126何程(なにほど)お寅(とら)さまを大将(たいしやう)に仰(あふ)いで、127シヤチになつた処(ところ)であの脱線振(だつせんぶり)と云(い)ひ、128かう人気(にんき)が悪(わる)うなつちや、129駄目(だめ)でせう。130竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)さまは今迄(いままで)欲(よく)なお方(かた)で宝(たから)を貯(たくは)へてゐられたさうだが、131時節(じせつ)参(まゐ)りて艮(うしとら)の金神(こんじん)さまが三千(さんぜん)世界(せかい)の太柱(ふとばしら)とおなり遊(あそ)ばすについて、132第一(だいいち)に宝(たから)を投(な)げ出(だ)し、133改心(かいしん)の標本(へうほん)をお見(み)せになつたお方(かた)でせう。134お道(みち)のため一万(いちまん)両(りやう)のお金(かね)をオツ放(ぽ)り出(だ)す考(かんが)へはありませぬかな。135何程(なにほど)お寅(とら)さまに肩入(かたい)れした処(ところ)で、136塩(しほ)を淵(ふち)に投入(なげい)れるやうなものですよ。137何程(なにほど)お金(かね)を費(つひや)しても無駄(むだ)に使(つか)つては何(なん)にもなりませぬからな』
138お花『さうだと云(い)つて確(たしか)な保証(ほしよう)を握(にぎ)つておかねば、139此(この)大切(たいせつ)なお金(かね)を貴方(あなた)のお間(ま)に合(あ)わせる訳(わけ)には行(ゆ)きませぬ。140お寅(とら)さまとは又(また)特別(とくべつ)な御(ご)関係(くわんけい)がおありなさるのだもの』
141守宮別『いや、142もう愛憎(あいそ)がつきました。143あのアーアの欠伸(あくび)を境界線(きやうかいせん)としてプツツリ思(おも)ひ切(き)つたのですよ。144お寅(とら)さまがお花(はな)さまだつたらなアと、145このやうに思(おも)つた事(こと)は幾度(いくど)あつたか知(し)れませぬわい』
146お花『ホヽヽヽ、147あの守宮別(やもりわけ)さまのお上手(じやうづ)なこと、148流石(さすが)の女殺(をんなごろし)、149うまい事(こと)仰有(おつしや)いますわい、150うつかり、151のらうものなら、152それこそ谷底(たにぞこ)へおとされて、153身(み)の破滅(はめつ)に会(あ)ふかも知(し)れませぬよ。
154「きれたきれたは世間(せけん)の噂(うはさ)
155 水(みづ)に浮草(うきぐさ)根(ね)は切(き)れぬ」
156「きれて終(しま)へば他人(たにん)ぢやけれど
157 人(ひと)が悪(わる)う云(ゆ)や腹(はら)が立(た)つ」
158とか云(い)ふ歌(うた)の通(とほ)り、159何程(なにほど)うまい事(こと)仰有(おつしや)つても、160そんな、161あまい口(くち)には乗(の)ること、162出来(でき)ませぬわい、163ホヽヽヽヽ』
164守宮別『何(なに)、165お花(はな)さま、166本真剣(ほんしんけん)ですよ。167私(わたし)は、168かうして十(じふ)年(ねん)許(ばか)りもお寅(とら)さまに辛抱(しんばう)してついて来(き)ましたが、169到底(たうてい)やりきれませぬから、170もう思(おも)ひ切(き)りました。171これが違(ちが)ひましたら一(ひと)つよりない首(くび)を十(とを)でも二十(にじふ)でも上(あ)げますわ』
172お花『ホヽヽヽヽ、173お前(まへ)さまの首(くび)を貰(もら)つたつて、174首祭(くびまつり)する訳(わけ)にも行(ゆ)かず、175莨入(たばこいれ)の根付(ねつけ)には大(おほ)きすぎるし、176枕(まくら)には堅(かた)すぎるし、177何(なん)にもなりませぬわい。178それよりお前(まへ)さまの誠(まこと)の魂(たましひ)を頂(いただ)き度(た)いものですな』
179守宮別『いかにも、180魂(たましひ)あげませう。181サア、182どこからなりと、183ゑぐつて、184とつて下(くだ)さい』
185と胸(むね)をつき出(だ)す、
186お花『嘘(うそ)ぢや厶(ござ)いませぬか』
187守宮別『嘘(うそ)と思(おも)はれるなら此(この)短刀(たんたう)で私(わたし)の胸(むね)を切(き)り裂(さ)いて生肝(いきぎも)をとつて下(くだ)さい。188それが第一(だいいち)証拠(しようこ)ですわい。189男子(だんし)の一言(いちごん)は金鉄(きんてつ)より堅(かた)いですよ』
190お花『いや分(わか)りました、191心底(しんてい)見届(みとど)けました。192いかにも御(ご)立派(りつぱ)な御(ご)精神(せいしん)、193ソンナラ……あの……それ……どこ迄(まで)も私(わたし)と○○を締結(ていけつ)して下(くだ)さるでせうね』
194守宮別『頭(あたま)の先(さき)から爪(つめ)の先(さき)までお花(はな)さまに献(ささ)げました、195焚(た)いて食(く)ふなと焼(や)いて喰(く)ふなと御(ご)勝手(かつて)に御(ご)使用(しよう)下(くだ)さいませ。196この守宮別(やもりわけ)は唯々(ゐゐ)諾々(だくだく)として乙姫(おとひめ)さまには維命(これめい)これ従(したが)ふ迄(まで)です。197絶対(ぜつたい)服従(ふくじゆう)を誓(ちか)ひます。198その代(かは)り酒(さけ)丈(だけ)は飲(の)まして下(くだ)さるでせうな』
199お花『そらさうですとも、200お互(たがひ)さまですわ、201私(わたし)だつて、202貴方(あなた)に要求(えうきう)すべき事(こと)があるのですもの』
203守宮別『とかく浮世(うきよ)は色(いろ)と酒(さけ)……何程(なにほど)雪隠(せつちん)の水(みづ)つきだ、204糞浮(ばばう)きだと世間(せけん)の人(ひと)が云(い)はうとも、205惚(ほれ)た私(わたし)の目(め)から見(み)れば十七八(じふしちはち)のお花(はな)さまですわ。206私(わたし)は肉体(にくたい)に惚(ほ)れたのぢやありませぬ。207お花(はな)さまの精霊(せいれい)が第一(だいいち)天国(てんごく)の天人(てんにん)として、208華(はな)やかな姿(すがた)でゐらつしやるのを、209霊眼(れいがん)を通(とほ)して見(み)て心(しん)から惚(ほ)れたのですもの。210アヽお花(はな)さまの事(こと)を思(おも)ふて心臓(しんざう)の鼓動(こどう)が烈(はげ)しくなり、211息(いき)がつまる様(やう)になつて来(き)た。212何(なん)と恋(こひ)と云(い)ふものは曲物(くせもの)だな。213何(なん)で、214こんな変(へん)な気(き)になるのだらう』
215お花『恋(こひ)は神聖(しんせい)だと云(い)ふぢやありませぬか。216世(よ)の中(なか)は凡(すべ)て理智(りち)許(ばか)りでは行(ゆ)きませぬ、217情(じやう)がなければ此(この)世(よ)の中(なか)は殺風景(さつぷうけい)なものですよ』
218守宮別『貴方(あなた)、219随分(ずいぶん)恋愛(れんあい)問題(もんだい)には徹底(てつてい)してゐますね、220私(わたし)感服(かんぷく)しましたよ』
221お花『そら、222さうですとも。223数十(すうじふ)年間(ねんかん)、224恋(こひ)の巷(ちまた)に育(そだ)ち、225数多(あまた)の男女(だんぢよ)を操(あやつ)つて来(き)た経験(けいけん)がありますから、226恋愛(れんあい)問題(もんだい)にかけては本家(ほんけ)本元(ほんもと)ですわ。227親(おや)が子(こ)を慕(した)ひ、228子(こ)が親(おや)に会(あ)ひたいとあこがれるのが恋(こひ)です。229又(また)一切(いつさい)のものを可愛(かあい)がるのが愛(あい)です。230恋愛(れんあい)と云(い)ふものは一人(ひとり)対(たい)一人(ひとり)の関係(くわんけい)で、231云(い)はば極(きは)めて狭隘(けふあい)な集中(しふちう)的(てき)なものですわ。232どうか守宮別(やもりわけ)さま、233恋(こひ)と愛(あい)とをかねて私(わたし)に集中(しふちう)して下(くだ)さい。234さうすれば私(わたし)も貴方(あなた)に対(たい)し愛(あい)と恋(こひ)とを集中(しふちう)します。235ここに於(おい)て初(はじ)めて恋愛(れんあい)の神聖(しんせい)が保(たも)たれるのですからな。236かりにもお寅(とら)さまの事(こと)を思(おも)つたら、237恋愛(れんあい)の集中点(しうちうてん)が狂(くる)ひ恋愛(れんあい)が千里先(せんりさき)に遁走(とんそう)しますよ』
238守宮別『成程(なるほど)、239徹底(てつてい)したものだ、240お花(はな)さまのお話(はなし)を聞(き)けば聞(き)く程(ほど)、241益々(ますます)集中(しうちう)的(てき)となつて来(き)ますよ。242仮令(たとへ)岩石(がんせき)が流(なが)れて空気球(くうきまり)が沈(しづ)んでも貴女(あなた)の事(こと)は忘(わす)れませぬわ』
243お花『くどいやうですが、244お寅(とら)さまの事(こと)は忘(わす)れるでせうな』
245守宮別『勿論(もちろん)です。246今後(こんご)は顔(かほ)会(あ)はしても物(もの)も云(い)ひませぬから安心(あんしん)して下(くだ)さい』
247お花『間違(まちが)ひありませぬな。248もし違(ちが)つたら貴方(あなた)の喉首(のどくび)を喰(く)ひ切(き)りますが御(ご)承知(しようち)ですか』
249守宮別『恋愛(れんあい)を味(あぢ)はふと思(おも)へば生命(いのち)がけだな。250イヤ心得(こころえ)ました、251承知(しようち)しました』
252お花『ここ迄(まで)話(はなし)がまとまつた以上(いじやう)は、253善(ぜん)は急(いそ)げですから一寸(ちよつと)心祝(こころいはひ)に媒介人(ばいかいにん)はないけど、254竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)さまと大広木(おほひろき)正宗(まさむね)さまを仲介人(ちうかいにん)にし、255守宮別(やもりわけ)さまお花(はな)さまの肉体(にくたい)の結婚式(けつこんしき)を挙(あ)げようぢやありませぬか』
256守宮別『宜(よろ)しい、257早速(さつそく)準備(じゆんび)して下(くだ)さい』
258 お花(はな)は目(め)を細(ほそ)くし乍(なが)ら、
259お花『ハイ』
260と一言(ひとこと)襷(たすき)をかけ、261酒(さけ)の燗(かん)にとりかかつた。262日(ひ)の出(で)の掛軸(かけぢく)の前(まへ)でキチンと坐(すわ)り祝言(しうげん)の盃(さかづき)をやつてゐると、263そこへ足音(あしおと)荒々(あらあら)しくお寅(とら)が帰(かへ)り来(き)たり、
264お寅『マアーマアーマアー、265お二人(ふたり)さま、266お楽(たの)しみ、267お羨山吹(うらやまぶき)さま。268これ、269お花(はな)さま、270その態(ざま)は何(なん)ぢやいな。271人(ひと)の留守中(るすちう)に人(ひと)の男(をとこ)をとらまへて酒(さけ)を飲(の)むとはあまりぢやないか。272ここには禁酒(きんしゆ)禁煙(きんえん)の制札(せいさつ)がかけてあるのを何(なん)と心得(こころえ)てゐますか。273内(うち)らから規則(きそく)破(やぶ)りをしてもいいのですか』
274 お花(はな)は平然(へいぜん)として落(おち)つき払(はら)ひ、
275お花『お寅(とら)さま、276お構(かま)ひ御(ご)無用(むよう)です。277私(わたし)は竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)でもなければ貴女(あなた)のお弟子(でし)でもありませぬ。278貴女(あなた)の方(はう)からキツパリとお暇(ひま)を下(くだ)さつたのだから、279もはや貴女(あなた)とは路傍(ろばう)相(あひ)会(あ)ふ人(ひと)と同(おな)じく赤(あか)の他人(たにん)です。280それ故(ゆゑ)お前(まへ)さまの意見(いけん)を聞(き)く必要(ひつえう)もなければ遠慮(ゑんりよ)する必要(ひつえう)も厶(ござ)いませぬ。281ラブ・イズ・ベストを実行(じつかう)して、282只今(たつたいま)守宮別(やもりわけ)さまと二世(にせ)三世(さんせ)は愚(おろか)、283億万(おくまん)歳(さい)の後(のち)までも夫婦(ふうふ)約束(やくそく)の祝言(しうげん)の盃(さかづき)をした所(ところ)で厶(ござ)いますよ。284チツト許(ばか)りお気(き)がもめるか知(し)れませぬが御免(ごめん)下(くだ)さいませ、285ホヽヽヽヽ』
286 お寅(とら)は満面(まんめん)朱(しゆ)をそそぎ半狂乱(はんきやうらん)の如(ごと)くなつて、
287お寅『これ守宮別(やもりわけ)さま、288お前(まへ)は、289私(わたし)との約束(やくそく)を反古(ほぐ)になさるのかい、290サア約束(やくそく)通(どほ)り命(いのち)を貰(もら)ひませう』
291守宮別『ハツハヽヽヽ、292お寅(とら)さま以上(いじやう)に愛(あい)する女(をんな)が出来(でき)たものだから、293愛(あい)の深(ふか)い方(はう)へ鞍替(くらがへ)したのですよ。294それが恋愛(れんあい)の精神(せいしん)ですからな。295どうか今迄(いままで)の悪縁(あくえん)と諦(あきら)めて下(くだ)さい。296酒(さけ)を一杯(いつぱい)のんでもゴテゴテ云(い)はれるやうな不親切(ふしんせつ)な女房(にようばう)では、297やりきれませぬからな』
298お寅『こりやお花(はな)のド倒(たふ)しもの、299人(ひと)の男(をとこ)を寝(ね)とりよつて思(おも)ひ知(し)つたがよからうぞ』
300と云(い)ふより早(はや)く、301そこにあつた角火鉢(かくひばち)を頭上(づじやう)高(たか)く振(ふ)り上(あ)げ、302お花(はな)と守宮別(やもりわけ)との真中(まんなか)を目(め)がけて投(な)げつけた。303灰(はひ)は濛々(もうもう)と立上(たちあが)り咫尺(しせき)暗澹(あんたん)となつた。304お寅(とら)はあまりの腹立(はらだた)しさに気(き)も狂乱(きやうらん)しドツと尻餅(しりもち)をついたまま、305息(いき)がつまり口(くち)をアングリ、306鮒(ふな)が泥(どろ)に酔(よ)ふたやうに上唇(うはくちびる)、307下唇(したくちびる)をパクパクかち合(あは)せてゐる、308その隙(すき)に乗(じやう)じ守宮別(やもりわけ)はお花(はな)と共(とも)に永居(ながゐ)は恐(おそ)れと、309細(ほそ)い路地(ろぢ)を潜(くぐ)つて橄欖山(かんらんざん)の方面(はうめん)さして逃(に)げて行(ゆ)く。
310(大正一四・八・一九 旧六・三〇 於由良 北村隆光録)
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