霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第六章 金酒(きんしゆ)結婚(けつこん)〔一八一二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下 篇:第2篇 鬼薊の花 よみ(新仮名遣い):おにあざみのはな
章:第6章 金酒結婚 よみ(新仮名遣い):きんしゅけっこん 通し章番号:1812
口述日:1925(大正14)年08月19日(旧06月30日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年11月7日
概要: 舞台:カフェー あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2020-05-25 09:41:14 文字数:4327 OBC :rm64b06
愛善世界社版:77頁 八幡書店版:第11輯 524頁 修補版: 校定版:77頁 普及版:63頁 初版: ページ備考:
001 守宮別(やもりわけ)はお花(はな)と共(とも)に、002お寅(とら)の霊城(れいじやう)を逃(に)げ出(だ)し七八町(しちはつちやう)来(き)た横町(よこまち)のカフエーに入(い)り、003此処迄(ここまで)落(お)ち延(の)びれば先(ま)づ安心(あんしん)と、004コツプ酒(さけ)をきこし召(め)すべく、005嫌(いや)がるお花(はな)の手(て)を引(ひ)いて無理(むり)に奥座敷(おくざしき)へ通(とほ)り、
006守宮別『オイ、007女房(にようばう)、008イヤお花(はな)、009肝腎(かんじん)の祝言(しうげん)の盃(さかづき)の最中(さいちう)に、010お寅(とら)の極道(ごくだう)が帰(かへ)つてうせたものだから、011恰度(ちやうど)百花(ひやくくわ)爛漫(らんまん)と咲(さ)き匂(にほ)ふ花(はな)の林(はやし)に、012嵐(あらし)が吹(ふ)いたやうなものだつた。013殺風景(さつぷうけい)極(きは)まる。014折角(せつかく)お前(まへ)の注(つ)いで呉(く)れた酒(さけ)を膝(ひざ)の上(うへ)に澪(こぼ)して仕舞(しま)ひ、015気分(きぶん)が悪(わる)くて仕様(しやう)が無(な)いから、016改(あらた)めて此処(ここ)で祝言(しうげん)の心持(こころもち)で一杯(いつぱい)やらうぢやないか』
017お花『如何(いか)にも、018妾(わたし)だつて貴方(あなた)の情(なさけ)のお汁(つゆ)のお神酒(みき)があまり慌(あわ)てたものだから皆(みな)口(くち)の外(そと)に溢(こぼ)れて仕舞(しま)ひ、019三分(さんぶん)の一(いち)も入(はい)つてをりませぬわ。020ここ迄(まで)来(く)れば大丈夫(だいぢやうぶ)です。021悠(ゆつ)くりとやりませうか。022一生(いつしやう)一代(いちだい)のお祝(いはひ)ですからなア。023併(しか)しお寅(とら)さまが後(あと)追(お)つかけてでも来(き)たら、024一寸(ちよつと)困(こま)りますがなア』
025守宮別『ナアニ、026尻餅(しりもち)ついて気絶(きぜつ)して居(ゐ)るのだもの、027滅多(めつた)に来(く)る気遣(きづか)ひは無(な)い。028もし来(き)たつて何(な)んだ。029夫婦(ふうふ)が盃(さかづき)をして居(ゐ)るのにゴテゴテ云(い)ふ権利(けんり)もあるまい。030そんな事(こと)に心配(しんぱい)して居(ゐ)ては悪魔(あくま)の世(よ)の中(なか)だ、031一(いち)日(にち)もぢつとして居(ゐ)られ無(な)い。032神(かみ)様(さま)のお道(みち)もお道(みち)だが、033人間(にんげん)は衣食住(いしよくぢう)の道(みち)も大切(たいせつ)だから、034吾々(われわれ)も夫(そ)れ相当(さうたう)にやらねばならぬからなア』
035 斯(か)く話(はな)して居(を)る所(ところ)へカフエーの給仕(きふじ)が真白(まつしろ)のエプロンを掛(か)け、036コーヒーを運(はこ)んで来(き)て、
037女中(給仕)『モシお客(きやく)さま、038何(なに)を致(いた)しませうかなア』
039守宮別『ウン、040先(ま)づ第一(だいいち)にお酒(さけ)を一本(いつぽん)つけて呉(く)れ。041さうして鰻(うなぎ)の蒲焼(かばやき)に鯛(たひ)の刺身(さしみ)、042淡泊(あつさり)した吸物(すひもの)に猪口(ちよく)を一(ひと)つ手軽(てがる)う頼(たの)むよ』
043女中『芸者(げいしや)はお呼(よ)びになりませぬか、044何(なん)なら旦那(だんな)さまに適当(てきたう)な別品(べつぴん)が厶(ござ)いますよ』
045守宮別『ウーン、046さうだなア』
047女中『モシお母(かあ)さま、048粋(すゐ)を利(き)かして上(あ)げて下(くだ)さいな。049何(なん)と云(い)つても、050まだお若(わか)いのですからな。051芸者(げいしや)が無(な)いとお酒(さけ)が甘(うま)く進(すす)みませぬからなア』
052お花『ヤ、053また必要(ひつえう)が有(あ)つたらお願(ねが)ひしませう。054兎(と)も角(かく)お酒(さけ)を願(ねが)ひませう』
055と稍(やや)プリンとして居(ゐ)る。056女(をんな)は足早(あしばや)に表(おもて)へ立(た)ち去(さ)つた。057お花(はな)の顔(かほ)には暗雲(あんうん)が漂(ただよ)ふた。
058お花『これ守宮別(やもりわけ)さま、059一本(いつぽん)だけ呑(の)んで此処(ここ)を立(た)ち去(さ)りませうか、060本当(ほんたう)に馬鹿(ばか)にして居(を)るぢやないか。061奥(おく)さまとも云(い)はず、062お母(かあ)さまなぞと、063馬鹿(ばか)らしくて居(を)られませぬワ』
064守宮別『マア好(い)いぢやないか、065お母(かあ)さまと見(み)られたなら尚(な)ほ結構(けつこう)だよ。066人(ひと)は老人(としより)に見(み)える程(ほど)価値(ねうち)があるのだからなア』
067お花『それだと云(い)つて余(あま)り人(ひと)を馬鹿(ばか)にして居(ゐ)ますわ』
068 かく話(はな)す所(ところ)へ以前(いぜん)の女(をんな)は酒肴(さけさかな)の用意(ようい)を調(ととの)へ運(はこ)び来(きた)り、
069女中『お客様(きやくさま)甚(えら)うお待(ま)たせ致(いた)しました。070御用(ごよう)が厶(ござ)いましたら何卒(どうぞ)手(て)を拍(う)つて下(くだ)さい』
071 守宮別(やもりわけ)はこの女(をんな)の何処(どこ)とも無(な)しに色(いろ)白(しろ)く、072目許(めもと)涼(すず)しく、073初(う)い初(う)いしい所(ところ)があるのに気(き)を取(と)られ、074口角(こうかく)から、075粘(ねば)つたものを二三寸(にさんずん)許(ばか)り落(おと)しかけた。076此(この)道(みち)へかけては勇者(ゆうしや)のお花(はな)、077何条(なんでう)見逃(みのが)すべき、078女(をんな)の立(た)ち去(さ)るを待(ま)つて守宮別(やもりわけ)の胸倉(むなぐら)をグツと取(と)り、079三(み)つ四(よ)つ揺(ゆ)すり、
080お花『これや、081妄(わし)を馬鹿(ばか)にするのかい、082見(み)つともない目尻(めじり)を下(さ)げたり涎(よだれ)を繰(く)つたり、083アンナ売女(ばいた)がそれ程(ほど)気(き)に入(い)るのか、084腐(くさ)つた霊魂(たましひ)だなア、085サア此(この)短刀(たんたう)で腹(はら)を切(き)つて貰(もら)ひませう』
086守宮別『まあまあ待(ま)つてくれ、087さう取(と)り違(ちがひ)をしてくれると困(こま)るよ。088涎(よだれ)を繰(く)つたのは喉(のど)の虫(むし)が催足(さいそく)して待(ま)つて居(を)つた酒(さけ)を呑(の)みたい為(た)めだ。089目(め)を細(ほそ)うしたのも矢張(やつぱ)り酒(さけ)が呑(の)みたいからだ。090何(なん)の立派(りつぱ)な立派(りつぱ)な、091神徳(しんとく)の満(み)ち充(み)ちた、092何(なに)ぬけ目(め)のないお花(はな)さまの顔(かほ)を見(み)て居(ゐ)て、093何(ど)うして外(ほか)に心(こころ)が散(ち)るものか。094お前(まへ)は些(ちつ)とヒステリツクの気(き)があるから困(こま)るよ。095さう一々(いちいち)疑(うたが)つて貰(もら)つては困(こま)る。096お寅(とら)だつて其処(そこ)迄(まで)の疑惑(ぎわく)は廻(まは)さなかつたよ』
097お花『さうでせう、098矢張(やつぱ)りお寅(とら)さまがお気(き)に入(い)るでせう。099私(わたし)は余程(よほど)よい間抜(まぬけ)だからお前(まへ)さまに欺(だま)されてこんな所(ところ)迄(まで)釣(つ)り出(だ)されたのですよ。100オヽ怖(こは)や怖(こは)や、101こんな男(をとこ)にうつかり呆(はう)けて居(を)らう者(もの)なら、102折角(せつかく)国許(くにもと)から送(おく)つて来(き)た金(かね)を皆(みな)飲(の)み倒(たふ)され、103売女(ばいた)の買収費(ばいしうひ)に取(と)られて了(しま)ふのだつた。104あゝいい所(ところ)で気(き)が付(つ)いた。105これも全(まつた)く、106竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)様(さま)が此(この)男(をとこ)は油断(ゆだん)がならぬぞよ、107何程(なにほど)口(くち)で甘(うま)い事(こと)申(まうし)ても乗(の)るでないぞよ、108後(あと)の後悔(こうくわい)間(ま)に合(あ)はぬぞよ、109とお知(し)らせ下(くだ)さつたのだらう。110あゝ乙姫(おとひめ)様(さま)有難(ありがた)う厶(ござ)います。111私(わたし)は本当(ほんたう)に馬鹿(ばか)で厶(ござ)いました。112オンオンオン』
113と泣(な)き沈(しづ)む。
114守宮別『こりやお花(はな)、115さうぷりぷりと怒(おこ)つて呉(く)れては困(こま)るぢやないか。116疑(うたがひ)もよい加減(かげん)に晴(は)らしたら好(よ)いぢやないか。117酒(さけ)の上(うへ)で云(い)ふた事(こと)を目(め)のつぼに取(と)つて、118さう攻撃(こうげき)せられちや、119如何(いか)に勇猛(ゆうまう)な海軍(かいぐん)中佐(ちうさ)でも遣(や)り切(き)れぬぢや無(な)いか。120酒(さけ)の上(うへ)で云(い)ふた事(こと)はマアあつさり見直(みなほ)し聞(き)き直(なほ)すのぢやなア』
121お花『まだ、122一口(ひとくち)も呑(の)みもせぬ癖(くせ)に酒(さけ)の上(うへ)とは能(よ)う云(い)へたものです哩(わい)』
123守宮別『「顔(かほ)見(み)た許(ばか)りで気(き)がいくならば……酒(さけ)呑(の)みや樽(たる)見(み)て酔(よ)ふだらう」といふ文句(もんく)をお前(まへ)が何時(いつ)も唄(うた)つて居(ゐ)るだらう。124併(しか)しあの文句(もんく)は実際(じつさい)とは正反対(せいはんたい)だ。125私(わし)はお前(まへ)の顔(かほ)を見(み)ると気(き)が変(へん)になつて了(しま)ふのだ。126それと同(おな)じに燗徳利(かんどくり)を見(み)ると恍惚(くわうこつ)として微酔(ほろよひ)気分(きぶん)になつて了(しま)ふのだから、127如何(どう)かさう御(ご)承知(しようち)願(ねが)ひたい。128さう矢釜(やかま)しく云(い)はれると酒(さけ)の味(あぢ)が不味(まづ)くなつて仕方(しかた)がない』
129お花『それやサウでせうとも、130カフエーの白首(しらくび)を見(み)た目(め)で皺苦茶(しわくちや)の妾(わたし)の顔(かほ)を御覧(ごらん)になつたつて、131お酒(さけ)の美味(おい)しい筈(はず)が厶(ござ)いませぬわ。132サアサア貴方(あなた)悠(ゆつ)くりとお酒(さけ)を召上(めしあが)つて代価(だいか)を払(はら)つてお帰(かへ)りなさい。133妾(わたし)はもう斯(こ)んな衒(てら)される所(ところ)で一時(いつとき)も居(を)るのが苦痛(くつう)ですわ。134貴方(あなた)はまるで、135妾(わたし)の首(くび)を裁(た)ち割(わ)るやうな、136えぐい目(め)に会(あ)はして下(くだ)さいます。137あゝこんな事(こと)なら約束(やくそく)をせなかつたら宜(よ)かつたになア』
138 守宮別(やもりわけ)は自暴自棄(やけ)糞(くそ)になり一万(いちまん)両(りやう)の金(かね)を放(ほ)る積(つも)りで、139態(わざ)と太(ふと)う出(で)て見(み)た。
140守宮別『お花(はな)さま、141夫婦(ふうふ)約束(やくそく)を取(と)り消(け)したいと仰有(おつしや)るのですか、142何程(なんぼ)私(わし)が可愛(かあい)と思(おも)つても、143お前(まへ)さまの方(はう)から約束(やくそく)するぢやなかつたにと云(い)ふやうな愛憎(あいそ)尽(づ)かしが出(で)る以上(いじやう)は取(と)り消(け)し度(た)いと云(い)ふお考(かんが)へでせう。144守宮別(やもりわけ)もお花(はな)さまに海洋(かいやう)万里(ばんり)の空(そら)で見棄(みす)てられ愛憎(あいそ)尽(つ)かされるのも結句(けつく)光栄(くわうえい)です。145サアどうぞ縁(えん)を切(き)つて下(くだ)さい。146些(ちつ)とも御(ご)遠慮(ゑんりよ)は要(い)りませぬからなア』
147お花『これ気(き)の早(はや)い守宮別(やもりわけ)さま、148誰(たれ)が縁(えん)を切(き)ると云(い)ひましたか、149今(いま)となつて縁(えん)を切(き)るやうな浅(あさ)い考(かんが)へで約束(やくそく)は致(いた)しませぬよ。150そんな事(こと)云(い)つて貴方(あなた)は此(この)お花(はな)が嫌(いや)になつたものだから逃(に)げ出(だ)さうとするのでせう』
151守宮別『馬鹿(ばか)云(い)ふな、152お前(まへ)の方(はう)から此処(ここ)を逃(に)げ出(だ)すと云(い)つたぢやないか。153売女(ばいた)とお楽(たの)しみなさいなぞと散々(さんざん)悪口(あくこう)をつき、154此(この)夫(をつと)に対(たい)し愛憎(あいそ)尽(づか)しを云(い)つたらう。155俺(おれ)も軍人(ぐんじん)だ、156女々(めめ)しい事(こと)は云(い)はない。157嫌(いや)なものを無理(むり)に添(そ)ふてくれとは要求(えうきう)せぬ。158此(この)縁(えん)が繋(つな)がると繋(つな)がらぬとはお前(まへ)の心(こころ)一(ひと)つぢやないか』
159お花『やあ、160それで貴方(あなた)の誠意(せいい)が分(わか)りました。161何処迄(どこまで)も妾(わたし)と添(そ)ふて下(くだ)さるでせうなあ、162本当(ほんたう)に憎(にく)い程(ほど)可愛(かあい)いわ』
163と守宮別(やもりわけ)の肩(かた)にぶら下(さが)る。
164守宮別『これや無茶(むちや)をすな、165お酒(さけ)がこぼれるぢやないか、166余(あま)り見(み)つとも好(よ)くないぞ。167それそれカフエーの女中(ぢよちう)の足音(あしおと)が聞(きこ)えて来(き)た』
168お花『ヘン、169来(き)たつて何(なん)です、170天下(てんか)晴(は)れての夫婦(ふうふ)ぢやありませぬか。171カフエーの女中(ぢよちう)にこのお目出(めで)たいお安(やす)うない所(ところ)を見(み)せつけてやるのが痛快(つうくわい)ですわ。172ほんとにお母(かあ)さまなどと人(ひと)を馬鹿(ばか)にして居(ゐ)るぢやないか。173ねえ守宮別(やもりわけ)さま、174妾(わたし)と貴方(あなた)とは仮令(たとへ)天(てん)が地(ち)となり地(ち)が天(てん)となり、175三千(さんぜん)世界(せかい)が跡形(あとかた)もなく壊滅(くわいめつ)しても、176心(こころ)と心(こころ)のピツタリ合(あ)ふた恋(こひ)の花実(はなみ)は永久(とこしへ)に絶(た)えませぬわネエ』
177守宮別『ウン、178それやさうだ、179お寅(とら)が嘸(さぞ)今頃(いまごろ)にや死物狂(しにものぐるひ)になつて俺(おれ)の後(あと)を探(さが)して居(を)るだらうが、180実(じつ)に痛快(つうくわい)ぢやないか』
181お花『お寅(とら)の事(こと)は一生(いつしやう)云(い)はぬといつたぢやありませぬか。182矢張(やつぱ)り未練(みれん)があると見(み)えて、183ちよいちよい言葉(ことば)の先(さき)に現(あら)はれますなあ。184エヽ悔(く)やしい』
185と力一(ちからいつ)ぱい頬辺(ほほべた)を抓(つ)ねる。
186守宮別『これや無茶(むちや)をするな、187放(はな)せ放(はな)せ放(はな)さぬか』
188お花『この頬辺(ほほべた)がチ切(ぎ)れる所(とこ)迄(まで)放(はな)しませぬよ』
189と益々(ますます)引(ひ)つ張(ぱ)る。190守宮別(やもりわけ)は目(め)から鼻(はな)から口(くち)から液(しる)を垂(た)らして、191『アイタヽヽヽ』と小声(こごゑ)で叫(さけ)んで居(ゐ)る。192其処(そこ)へ女中(ぢよちう)の足音(あしおと)がしたのでお花(はな)はパツと放(はな)した。
193守宮別『あ怖(おそ)ろしいお前(まへ)は女(をんな)だなあ、194今迄(いままで)コンナ女(をんな)とは知(し)らなかつたよ。195本当(ほんたう)に猛烈(まうれつ)なものだなア』
196お花『さうですとも、197人殺(ひとごろ)しのお花(はな)と異名(あだな)を取(と)つた強者(したたかもの)ですよ。198若(わか)い時(とき)は妾(わたし)のレツテルで刃物(はもの)持(も)たずと幾人(いくにん)を殺(ころ)したか分(わか)りませぬもの』
199と意茶(いちや)づいて居(ゐ)る。200そこへ女中(ぢよちう)が、
201女中『お客様(きやくさま)、202お代(かは)りは如何(どう)ですか』
203と云(い)ひつつ入(い)り来(き)たる。204守宮別(やもりわけ)は慌(あわ)ててハンカチーフで顔(かほ)の涙(なみだ)や鼻液(はなじる)を拭(ふ)きながら、
205守宮別『アヽ何(なん)でも宜(よ)いからどつさり持(も)つて来(こ)い、206兵站部(へいたんぶ)は此処(ここ)に女房(にようばう)が控(ひか)へて居(ゐ)るからな……』
207お花『どうか熱燗(あつかん)で沢山(どつさり)淡泊(あつさり)したものか何(なに)か持(も)つて来(き)て下(くだ)さい。208お金(かね)は構(かま)ひませぬから、209その代(かは)り芸者(げいしや)などは駄目(だめ)ですよ、210女房(にようばう)の妾(わたし)がついて居(ゐ)ますから』
211 女中(ぢよちう)はビツクリして、
212女中『あゝこれはこれは奥(おく)さまで厶(ござ)いましたか。213先刻(せんこく)はお母(かあ)さまなぞと見(み)そこないしまして失礼(しつれい)しました。214それでは芸者(げいしや)などの必要(ひつえう)は厶(ござ)いますまい。215ホヽヽヽ』
216と笑(わら)ひ乍(なが)ら出(いで)て行(ゆ)く。
217守宮別『これお花(はな)、218気(き)の利(き)かない事(こと)夥(おびただ)しいではないか。219お前(まへ)と私(わし)とは年(とし)が母子(おやこ)程(ほど)違(ちが)ふのだから、220女中(ぢよちう)がさう云(い)へば夫(そ)れでよいぢやないか。221俺(おれ)の目(め)になんぼ十七八(じふしちはち)に見(み)えても世間(せけん)から見(み)れば六十(ろくじふ)の尻(しり)を作(つく)つたお婆(ば)アさまだからなア』
222お花『母子(おやこ)だナンテ、223そんな偽(いつは)りを云(い)ふものぢやありませぬ。224又(また)夫婦(ふうふ)だと云(い)ふて置(お)けば、225芸者(げいしや)なぞ煩(うる)さい世話(せわ)をせうと申(まを)しませぬからなア』
226守宮別『如何(いか)にも御尤(ごもつと)も、227どうしてもお花(はな)は俺(おれ)とは一(いち)枚(まい)役者(やくしや)が上(うへ)だわい、228エヘヽヽヽ』
229 表(おもて)には労働者(らうどうしや)が、230コツプ酒(ざけ)をあふりながら四辺(あたり)かまはず喋(しやべ)つて居(ゐ)る。
231労働者(テク)『オイ、232トンク、233ぼろい事(こと)をやつたぢやないか。234あのお寅(とら)婆(ば)アさまを助(たす)けに行(い)つて大枚(たいまい)二十(にじふ)円(ゑん)づつ。235これで十日(とをか)や廿日(はつか)は気楽(きらく)に酒(さけ)が呑(の)めると云(い)ふものぢや。236時(とき)にあのお寅(とら)について居(ゐ)る、237蠑螈(いもり)とか蜥蜴(とかげ)とか云(い)ふ男(をとこ)、238あれはテツキリお寅(とら)のレコかも知(し)れないよ。239お寅(とら)の奴(やつ)、240何時(いつ)も自分(じぶん)の弟子(でし)だ弟子(でし)だと吐(ぬか)してけつかるが、241あれは屹度(きつと)くつついてけつかるのだらう。242その証拠(しようこ)を押(おさ)えて一(ひと)つ強請(ゆす)つてやつたら又(また)二十(にじふ)円(ゑん)や三十(さんじふ)円(ゑん)は儲(まう)かるだらうからなア』
243トンク『これテク、244ソンナ勿体(もつたい)ない事(こと)を云(い)ふな。245先方(むかふ)は神(かみ)様(さま)ぢやないか、246おまけに吾(われ)等(ら)三(さん)人(にん)はお寅(とら)さまの神力(しんりき)に一耐(ひとたま)りもなく打(ぶ)つ倒(たふ)され、247命(いのち)の無(な)い所(ところ)を助(たす)けて貰(もら)ひ、248其(その)上(うへ)重大(ぢうだい)の使命(しめい)迄(まで)仰(おほ)せつかつて居(ゐ)るのぢやないか。249金(かね)が欲(ほ)しかつたらお寅(とら)さまに云(い)へば幾何(いくら)でも呉(く)れるよ。250あの時(とき)も金(かね)が欲(ほ)しけれや幾何(いくら)でもやると云(い)つたぢやないか』
251テク『それやさうぢや、252まあ悠(ゆつ)くりとポツポツに絞(しぼ)り取(と)る事(こと)にせうかい。253時(とき)にツーロは何処(どこ)に行(ゆ)きよつたのだらうかなア』
254トンク『彼奴(あいつ)は何(なん)だか、255ヤクの跡(あと)を追(お)ふておつかけて行(い)つたぢやないか。256ヤクを捉(つか)まへて、257お寅(とら)さまの前(まへ)に引(ひ)きずり出(だ)し、258褒美(ほうび)の金(かね)に有(あ)り付(つ)かうと思(おも)つて、259抜目(ぬけめ)なく駆(か)け出(だ)しよつたのだよ』
260テク『併(しか)し、261裏(うら)の座敷(ざしき)に一寸(ちよつと)俺(おれ)が最前(さいぜん)小便(せうべん)しに行(い)つた時(とき)、262チラツと目(め)についた客(きやく)は、263どうも守宮別(やもりわけ)とお花(はな)さまのやうだつたが、264箸(はし)まめの守宮別(やもりわけ)さまの事(こと)だから、265お寅(とら)さまの目(め)を忍(しの)んで、266お花(はな)さまと内証(ないしよう)で、267○○をやつて居(ゐ)るのぢやなからうかな』
268トンク『何(なに)、269お花(はな)さまと守宮別(やもりわけ)が裏(うら)に居(を)ると云(い)ふのか、270あゝそいつは面白(おもしろ)い。271サア復(また)二十(にじふ)円(ゑん)だ』
272と云(い)ひ乍(なが)ら、273トンク、274テクの両人(りやうにん)は裏座敷(うらざしき)を指(さ)して忍(しの)び行(ゆ)く。
275(大正一四・八・一九 旧六・三〇 於由良秋田別荘 加藤明子録)
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