霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一九章 笑拙種(せうせつだね)〔一八二五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下 篇:第4篇 清風一過 よみ(新仮名遣い):せいふういっか
章:第19章 笑拙種 よみ(新仮名遣い):しょうせつだね 通し章番号:1825
口述日:1925(大正14)年08月21日(旧07月2日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年11月7日
概要: 舞台:橄欖山の祠の前 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2017-11-26 20:17:41 文字数:4208 OBC :rm64b19
愛善世界社版:257頁 八幡書店版:第11輯 592頁 修補版: 校定版:261頁 普及版:63頁 初版: ページ備考:
001 ブラバーサ、002マリヤの両人(りやうにん)は、003キリスト再臨(さいりん)の一(いち)日(にち)も早(はや)からむ事(こと)を祈願(きぐわん)すべく、004手(て)を携(たづさ)へて、005早朝(さうてう)より橄欖山(かんらんさん)の祠(ほこら)の前(まへ)に端坐(たんざ)して祈願(きぐわん)をこらしてゐる。006そこへヤコブ、007サロメの両人(りやうにん)が無我(むが)の声(こゑ)といふ歌(うた)を唄(うた)ひ乍(なが)ら登(のぼ)り来(きた)り、008ブラバーサの姿(すがた)を見(み)て、009サロメは、
010サロメ『ヤ、011これはこれは神縁(しんえん)浅(あさ)からずとみえて、012又(また)此(この)聖地(せいち)でお目(め)にかかりましたワ。013何(ど)うで厶(ござ)います、014其(その)後(ご)の御(ご)消息(せうそく)は。015一度(いちど)御(お)訪(たづ)ね致(いた)したいと思(おも)つてゐましたが、016貴方(あなた)にお別(わか)れしてから、017アーメニヤ方面(はうめん)へヤコブさまと、018世間(せけん)がうるさいものですから転居(てんきよ)して居(を)りました。019先(ま)づ御(ご)壮健(さうけん)なお顔(かほ)を拝(はい)し、020何(なに)よりお目出度(めでた)う存(ぞん)じます』
021 ブラバーサは、
022ブラバーサ『ヤア、023お珍(めづら)しう厶(ござ)います。024サロメさま、025其(その)後(ご)は打絶(うちた)えて御(ご)無沙汰(ぶさた)を致(いた)しました。026先(ま)づ先(ま)づ貴女(あなた)も御(ご)壮健(さうけん)で何(なに)よりで厶(ござ)います。027何時(いつ)やらもエルサレムの書店(しよてん)で、028貴女(あなた)のお書(かき)になつた「鳳凰(ほうわう)天(てん)に摶(う)つ」といふ小説(せうせつ)を拝見(はいけん)致(いた)しまして、029親(した)しく貴女(あなた)にお目(め)にかかつた様(やう)な思(おも)ひが致(いた)しましたよ。030中々(なかなか)御(お)上手(じやうず)になられましたね』
031サロメ『ハイ、032お恥(はづ)かしう厶(ござ)います。033どうも此(この)頃(ごろ)は不景気(ふけいき)で書物(しよもつ)が売(うれ)ないので、034どこの書店主(しよてんしゆ)もコボして居(を)ります。035いつもだつたら随分(ずゐぶん)沢山(たくさん)の原稿料(げんかうれう)もくれるのですけれど、036ホンの鼻糞(はなくそ)許(ばか)りよりくれないので、037原稿(げんかう)稼(かせ)ぎも約(つま)りませぬワ』
038マリヤ『サロメさま、039ヤコブさま、040久(ひさ)しうお目(め)にかかりませぬ。041貴女(あなた)の小説(せうせつ)を拝見(はいけん)致(いた)しましたが、042マリヤが考(かんが)へますに、043あの材料(ざいれう)はどうやら橄欖山(かんらんざん)を中心(ちうしん)として取(と)られた様(やう)で厶(ござ)いますな』
044サロメ『ハイ、045実(じつ)ア、046貴女(あなた)とブラバーサさまのローマンスを骨子(こつし)とし、047私(わたし)とヤコブさまの苦労話(くらうばなし)をそこへ拵(こしら)へてみたのですが、048中々(なかなか)思(おも)ふ様(やう)には行(ゆ)かないのですもの、049本当(ほんたう)にお恥(はづか)しう厶(ござ)いますワ』
050マリヤ『サロメさま、051私(わたし)やブラバーサさまを材料(ざいれう)にするなぞと、052殺生(せつしやう)ですワ』
053サロメ『そら御(お)互(たがひ)様(さま)ですよ。054ブラバーサさまだつて、055日下(ひのした)開山(かいざん)をお出(だ)しになつたでせう。056私(わたし)あれを読(よ)んで、057顔(かほ)がパツと赤(あか)くなり、058ヤコブさまにどれ程(ほど)気兼(きがね)したか知(し)れませぬワ、059ホヽヽヽ』
060ヤコブ『何(なん)と云(い)つても、061一流(いちりう)の文士(ぶんし)許(ばか)りがよつてゐられるのだから、062いつも吾々(われわれ)は槍玉(やりだま)に上(あ)げられるのですよ。063私(わたし)も筆(ふで)さへ立(た)たば、064マリヤさまとブラバーサさまのお安(やす)うない御(ご)関係(くわんけい)を素破抜(すつぱぬ)きたいのですけれどなア、065アハヽヽヽ。066実(じつ)の所(ところ)は此(この)姫神(ひめがみ)さまがマ一度(いちど)橄欖山(かんらんざん)へ登(のぼ)り、067小説(せうせつ)の材料(ざいれう)を拵(こしら)へたいと御(ご)託宣(たくせん)遊(あそ)ばすものですから、068何(なに)か可(い)い種(たね)がないかと、069はるばるアーメニヤからやつて参(まゐ)りました。070今朝(けさ)の六(ろく)時(じ)にエルサレム駅(えき)に安着(あんちやく)し、071有明家(ありあけや)で一寸(ちよつと)一服(いつぷく)して、072今(いま)此処(ここ)へ登(のぼ)つたとこで厶(ござ)います』
073マリヤ『ヤ、074険呑(けんのん)険呑(けんのん)、075モウ マリヤの事(こと)なんか、076書(か)かない様(やう)に願(ねが)ひますよ』
077サロメ『新聞(しんぶん)記者(きしや)だつて、078口止料(くちどめれう)が要(い)るでせう。079サロメに対(たい)して幾(いく)ら出(だ)しますか』
080マリヤ『これは恐(おそ)れ入(い)りました。081嘘(うそ)八百万(はつぴやくまん)円(ゑん)許(ばか)り進上(しんじやう)致(いた)しませう。082ホヽヽヽ』
083ヤコブ『オイ、084姫神(ひめがみ)さま』
085サロメ『厭(いや)ですよ、086ヤコブさま、087姫神(ひめがみ)さまなんて。088なぜサロメといつて下(くだ)さらぬのですか』
089ヤコブ『ソンならサロメさま』
090サロメ『さまなぞと、091ソンナ事(こと)厭(いや)ですよ』
092ヤコブ『ソンナラ橄欖山(かんらんざん)で宜(よろ)しいかな』
093サロメ『ソラ サロメの雅号(ががう)ですよ』
094 マリヤは、
095マリヤ『ホヽヽヽ、096お仲(なか)の好(よ)い事(こと)、097丸切(まるき)り一幅(いつぷく)の小説(せうせつ)みた様(やう)だワ。098あの紅葉(もみぢ)山人(やまひと)の金色(きんいろ)夜叉(よまた)を、099私(わたし)読(よ)みましたが、100随分(ずゐぶん)面白(おもしろ)いですね、101恋(こひ)に破(やぶ)れて、102金(かね)に勝(か)つといふ仕組(しぐみ)ですもの』
103 サロメは、
104サロメ『ありや、105紅葉(もみぢ)山人(やまひと)ぢやなくて紅葉(こうえふ)山人(さんじん)とよむのですよ。106そしてあの小説(せうせつ)の名(な)は金色(こんじき)夜叉(やしや)といふ方(はう)が穏当(おんたう)だと思(おも)ひますワ』
107マリヤ『著者(ちよしや)の名義(めいぎ)や書物(しよもつ)の読方(よみかた)位(ぐらゐ)は、108何程(なにほど)無学(むがく)なマリヤだつて存(ぞん)じてをりますが、109一寸(ちよつと)洒落(しやれ)に言(い)つて見(み)た許(ばか)しですワ、110オホヽヽヽ』
111ブラバーサ『貴方(あなた)は今日(けふ)、112有明家(ありあけや)で一服(いつぷく)して来(き)たといはれましたが、113有明家(ありあけや)には綾子(あやこ)といふ大変(たいへん)な美人(びじん)が居(を)りますよ。114あの綾子(あやこ)を主人公(しゆじんこう)として、115一(ひと)つ小説(せうせつ)を仕組(しぐ)まれたら大変(たいへん)面白(おもしろ)い物(もの)が出来(でき)るでせう。116一(いち)時(じ)は幽霊(いうれい)小説(せうせつ)や霊界(れいかい)の消息(せうそく)を幾分(いくぶん)加味(かみ)したものが流行(りうかう)しましたが、117現今(げんこん)では艶(つや)つぽい恋物語(こひものがたり)が一般(いつぱん)の気(き)に向(む)く様(やう)ですね。118人心(じんしん)は非常(ひじやう)に悪化(あくくわ)し、119真心(まごころ)の土台(どだい)が動揺(どうえう)し、120生活難(せいくわつなん)の叫(さけ)びが盛(さか)んなる今日(こんにち)では、121一層(いつそう)の事(こと)、122肩(かた)の凝(こ)らない、123面白(おもしろ)い、124恋愛(れんあい)を加味(かみ)した読物(よみもの)が時代(じだい)に能(よ)く向(む)く様(やう)です』
125サロメ『ブラバーサ様(さま)、126私(わたし)もさう考(かんが)へまして、127実(じつ)は材料(ざいれう)の蒐集(しうしふ)に、128久(ひさ)し振(ぶ)りでやつて参(まゐ)りましたのよ』
129 かく話(はなし)してゐる所(ところ)へ、130有明家(ありあけや)の綾子(あやこ)が一人(ひとり)の箱屋(はこや)をつれて、131しなしなと登(のぼ)つて来(き)た。
132 ブラバーサは一目(ひとめ)見(み)るより、
133ブラバーサ『もし、134サロメさま、135的(てき)さまがやつて来(き)ましたよ。136頗(すこぶ)る尤物(いうぶつ)でせうがな』
137サロメ『成程(なるほど)、138あれ位(くらゐ)な美人(びじん)だつたら、139余程(よほど)もてるでせう。140併(しか)し乍(なが)らヤコブさまやブラバーサさまに、141あゝいふ美人(びじん)を見(み)せるのは目(め)の毒(どく)ですワ、142ねえマリヤさま』
143マリヤ『そらさうですね、144併(しか)しあの綾子(あやこ)といふ女(をんな)は評判(ひやうばん)の酒(さけ)くらひで、145酔(よ)つたが最後(さいご)、146前後(ぜんご)を忘(わす)れて醜体(しうたい)を現(あら)はすのださうです。147併(しか)し乍(なが)ら義理固(ぎりがた)い事(こと)はエルサレム第一(だいいち)との評判(ひやうばん)ですワ』
148サロメ『綾子(あやこ)に付(つ)いて何(なに)か御(お)聞(きき)及(およ)びの事(こと)が厶(ござ)いましたら、149サロメに聞(き)かして下(くだ)さいませぬか』
150マリヤ『大(おほ)いに厶(ござ)いますよ。151日出島(ひのでじま)から来(き)てゐる、152守宮別(やもりわけ)さまとの関係(くわんけい)に付(つ)いて面白(おもしろ)いローマンスがあるさうです。153守宮別(やもりわけ)といふ男(をとこ)、154女(をんな)にかけたら仕方(しかた)のない人物(じんぶつ)で、155三角(さんかく)関係(くわんけい)はまだ愚(おろ)か、156四角(しかく)関係(くわんけい)の実演(じつえん)をやつてゐるさうですワ』
157サロメ『ヤ、158そりや面白(おもしろ)いでせう。159サロメも一(ひと)つ探索(たんさく)してみませうかなア』
160ヤコブ『どうやら、161あの綾子(あやこ)も此(この)祠(ほこら)へ参(まゐ)る様子(やうす)ですから、162吾々(われわれ)は傍(そば)の樹蔭(こかげ)に控(ひか)えようぢやありませぬか』
163とヤコブは樹蔭(こかげ)に忍(しの)び入(い)る。
164 『宜(よろ)しかろ』と、165一同(いちどう)は十間(じつけん)許(ばか)り隔(へだた)つた橄欖樹(かんらんじゆ)の、166コンモリとした樹蔭(こかげ)に立寄(たちよ)り、167橄欖(かんらん)の梢(こずゑ)を折(を)つて敷物(しきもの)となし、168此処(ここ)に尻(しり)を卸(おろ)した。169有明家(ありあけや)の綾子(あやこ)は何(なん)の気(き)もなく、170あたり憚(はばか)らず、171祠(ほこら)の前(まへ)に祈願(きぐわん)をこめ出(だ)した。
172綾子『神(かみ)様(さま)、173私(わたし)は大変(たいへん)な罪(つみ)を重(かさ)ねまして厶(ござ)います。174どうぞ許(ゆる)して下(くだ)さいませ。175ぢやと申(まを)しまして、176どうしてもあの男(をとこ)を思(おも)ひ切(き)る事(こと)が出来(でき)ませぬ。177併(しか)し乍(なが)らあの男(をとこ)には五十(ごじふ)の坂(さか)をこえた熱心(ねつしん)な恋女(こひをんな)が二人(ふたり)も厶(ござ)いますから、178到底(たうてい)妾(わたくし)は楯(たて)つく事(こと)は出来(でき)ませぬ。179又(また)楯(たて)ついて人(ひと)を困(こま)らせ、180自分(じぶん)が勝利(しようり)を得(え)ようとは思(おも)ひませぬが、181何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)三(さん)人(にん)の女(をんな)が心(こころ)の底(そこ)から解合(とけあ)うて、182守宮別(やもりわけ)さまを保護(ほご)致(いた)しますやう、183さうして妾(わたくし)はどこ迄(まで)も守宮別(やもりわけ)に見捨(みす)てられぬやう願(ねが)ひます。184そして父(ちち)のヤクは怪我(けが)を致(いた)しまして、185カトリック僧院(そうゐん)ホテルに寝(ね)てゐますが、186之(これ)も早(はや)くおかげを頂(いただ)いて元(もと)の健全(けんぜん)な身体(からだ)になります様(やう)、187御(お)願(ねが)ひ致(いた)します。188又(また)あやめのお花(はな)さまも、189今(いま)御(ご)入院中(にふゐんちう)で厶(ござ)いますが、190一(いち)日(にち)も早(はや)く御(ご)全快(ぜんくわい)遊(あそ)ばす様(やう)、191妾(わたくし)の為(ため)にお花(はな)さまはあの様(やう)な目(め)にお会(あ)ひになつたので厶(ござ)います。192又(また)守宮別(やもりわけ)さまの心(こころ)を迷(まよ)はしたのも妾(わたくし)の罪(つみ)で厶(ござ)います。193どうぞ之(これ)もお許(ゆる)し願(ねが)ひます』
194と祈願(きぐわん)してゐる所(ところ)へ、195入院(にふゐん)して苦(くる)しみてる筈(はず)のお花(はな)が比較(ひかく)的(てき)元気(げんき)よい勢(いきほ)ひで、196ステッキをつき乍(なが)らあわただしく登(のぼ)り来(きた)り、197綾子(あやこ)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祈願(きぐわん)してゐる姿(すがた)を見(み)て……何(なん)だか不思議(ふしぎ)な女(をんな)がゐるワイ………と首(くび)をひねつて考(かんが)へてゐたが、198有明家(ありあけや)の綾子(あやこ)といふ事(こと)が分(わか)つたので、199クワツと逆上(のぼ)せ上(あが)り、200首筋(くびすぢ)に手(て)をかけ、201猫(ねこ)をつまみたやうにひつさげ、202右(みぎ)の手(て)の拳骨(げんこつ)を固(かた)めてポカンポカンと打据(うちす)ゑ、
203お花『コーラ、204淫売女(ばいた)め、205ようもようも、206人(ひと)の夫(をつと)を寝取(ねと)りよつたな。207汝(きさま)の為(ため)に頭(あたま)を傷(きず)つけ、208私(わたし)は病院(びやうゐん)へやられたのだ。209ヤツトの事(こと)で全快(ぜんくわい)し、210お礼(れい)参(まゐ)りに来(き)て見(み)れば、211何(なん)の事(こと)だい。212此(この)スベタめ、213私(わたし)を祈(いの)り殺(ころ)さうと思(おも)つて……図太(づぶと)い女(あま)だ。214さ、215どうぢや、216守宮別(やもりわけ)を思(おも)ひ切(き)るか、217返答(へんたふ)を致(いた)せ』
218 綾子(あやこ)はビツクリして、
219綾子『どうぞお許(ゆる)し下(くだ)さいませ。220私(わたし)が悪(わる)かつたので厶(ござ)います』
221お花『ヘン、222悪(わる)かつたで事(こと)がすむと思(おも)ふか。223男泥棒(をとこどろぼう)め、224盗猫(どろねこ)め、225サ、226ここであやまり証文(しようもん)を書(か)け』
227綾子『ハイ、228仰(おほせ)に従(したが)ひ、229如何(いか)様(やう)共(とも)致(いた)します。230併(しか)し乍(なが)ら鉛筆(えんぴつ)が厶(ござ)いませぬから、231又(また)後(ご)して書(か)かして頂(いただ)きませう』
232お花『エ、233甘(うま)い事(こと)をいふな、234ここに万年筆(まんねんひつ)がある、235紙(かみ)も貸(かし)てやる。236お前(まへ)の手(て)で判然(はつき)りと書(か)け。237立派(りつぱ)に……守宮別(やもりわけ)さまとは関係(くわんけい)致(いた)しませぬ……といふ事(こと)を書(か)きさへすりや、238褒美(はうび)として金(かね)を百(ひやく)両(りやう)やる。239どうぢや、240得心(とくしん)だらうの』
241綾子『仮令(たとへ)百万(ひやくまん)両(りやう)貰(もら)ひましたつて、242コンナ事(こと)は金(かね)づくでは書(か)きたくはありませぬ。243余(あま)りお前(まへ)さまの心(こころ)が可哀相(かあいさう)だから、244書(か)いて上(あ)げようかと思(おも)つてゐるのですよ』
245お花『ナニツ、246此(この)淫売女(ばいた)奴(め)、247へらず口(ぐち)を叩(たた)くな。248わづか一(いち)円(ゑん)や二(に)円(ゑん)の金(かね)で転(ころ)ぶぢやないか』
249 木蔭(こかげ)に潜(ひそ)みて見(み)てゐた四(よ)人(にん)は、250見(み)るに見兼(みか)ねバラバラと側(そば)により、
251ブラバーサ『ヤ、252貴方(あなた)はお花(はな)さまぢやありませぬか。253かかる聖場(せいぢやう)で人(ひと)を擲(なぐ)つたり、254ソンナ乱暴(らんばう)な事(こと)をなさつては可(い)けませぬよ』
255お花『誰(たれ)かと思(おも)へば、256お前(まへ)は女惚(をんなのろ)けのブラブラぢやないか。257コンナ所(ところ)へ出(で)て来(く)る幕(まく)ぢやない、258すつ込(こ)んでゐなさい。259何(なん)ぢや、260ヤコブにサロメ、261マリヤ、262ホヽヽヽ、263色(いろ)とぼけのガラクタ許(ばか)りが、264ようマア寄(よ)つたものだなア』
265 マリヤは、
266マリヤ『もしお花(はな)さま、267貴女(あなた)も色呆(いろとぼ)けぢやありませぬか。268此(この)喧嘩(けんくわ)も元(もと)は色(いろ)からでせう』
269お花『ヘン、270構(かま)うて下(くだ)さるな。271此奴(こいつ)ア大事(だいじ)の大事(だいじ)の私(わたし)の夫(をつと)を寝取(ねと)つた、272男泥棒(をとこどろばう)だから、273今(いま)談判(だんぱん)をしてゐる所(ところ)だ。274門外漢(もんぐわいかん)のお前(まへ)さま達(たち)が容喙(ようかい)する所(ところ)ぢやない。275すつ込(こ)んで下(くだ)さい』
276ヤコブ『お花(はな)さま、277貴女(あなた)は独身者(どくしんもの)と聞(き)いてをつたのに、278何時(いつ)の間(ま)に夫(をつと)を有(も)つたのですかい。279何(なん)と人間(にんげん)といふ者(もの)は妙(めう)な者(もの)ですな』
280 お花(はな)は腮(あご)を二三寸(にさんずん)前(まへ)へつき出(だ)し乍(なが)ら、
281お花『ヤコブ様(さま)、282妙(めう)でせうがな。283女(をんな)に男(をとこ)、284男(をとこ)に女(をんな)、285両方(りやうはう)から引(ひ)つついて、286天地(てんち)の神業(しんげふ)を勤(つと)めるのは、287開闢(かいびやく)以来(いらい)の法則(はふそく)ですよ。288お前(まへ)さまだつて、289サロメさまに現(うつ)つをぬかしたぢやないか。290ブラバーサだつて、291マリヤに首(くび)つ丈(たけ)はまつて、292女房(にようばう)の有(あ)る身(み)で居(ゐ)乍(なが)ら呆(とぼ)けてゐるのだないか。293此(この)お花(はな)が守宮別(やもりわけ)を夫(をつと)に持(も)つたつて、294何(なに)がそれ程(ほど)不思議(ふしぎ)なのだい』
295ヤコブ『不思議(ふしぎ)ですがな。296守宮別(やもりわけ)さまは貴方(あなた)のお師匠(ししやう)さまの夫(をつと)ぢやないか。297弟子(でし)のお前(まへ)さまが師匠(ししやう)の夫(をつと)を横領(わうりやう)するといふやうな、298不人情(ふにんじやう)な事(こと)が何処(どこ)にありますか』
299お花『ヘン、300放(ほう)つといて下(くだ)さい。301之(これ)には深(ふか)い訳(わけ)があるのだ。302お前(まへ)さま達(たち)の知(し)つたこつちやない。303此(この)問題(もんだい)は当人(たうにん)と当人(たうにん)でなければ分(わか)らないのだ。304いらぬ御(お)節介(せつかい)をするより、305サロメさまとしつぽり意茶(いちや)つきなさい。306それがお前(まへ)さまの性(しやう)に合(あ)ふとりますわいな、307イヒヽヽヽ』
308と小面(こづら)憎相(にくさう)に又(また)腮(あご)をしやくつて見(み)せる。309綾子(あやこ)は此(この)間(ま)にお花(はな)の隙(すき)を伺(うかが)ひ、310逸早(いちはや)く箱屋(はこや)と共(とも)に、311木蔭(こかげ)へ身(み)を隠(かく)して了(しま)つた。312お花(はな)は綾子(あやこ)の姿(すがた)が見(み)えなくなつたのに気(き)がつき、
313お花『ヤア、314すべた奴(め)、315何処(どつか)に逃(に)げよつた。316生首(なまくび)引抜(ひきぬ)かねばおかぬ……』
317と地団太(ぢだんだ)ふみ乍(なが)ら、318四(よ)人(にん)の止(とど)むるのもふり放(はな)し、319一生(いつしやう)懸命(けんめい)、320髪(かみ)ふり乱(みだ)し、321西坂(にしざか)をトントントンと地響(ぢひびき)うたせ乍(なが)ら降(くだ)り行(ゆ)く。
322 四(よ)人(にん)は一度(いちど)に岩石(がんせき)でも砕(くだ)けた様(やう)な調子(てうし)で『ワハツハヽヽヽ』と笑(わら)ひこける。323橄欖山(かんらんざん)の木(き)の茂(しげ)みから山鳩(やまばと)が『ウツフ ウツフ、324ウツフヽヽヽ』と啼(な)いてゐる。
325(大正一四・八・二一 旧七・二 於由良海岸秋田別荘 松村真澄録)
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