霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一八章 (まこと)(いつはり)〔一八二四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下 篇:第4篇 清風一過 よみ(新仮名遣い):せいふういっか
章:第18章 誠と偽 よみ(新仮名遣い):まことといつわり 通し章番号:1824
口述日:1925(大正14)年08月21日(旧07月2日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年11月7日
概要: 舞台:僧院ホテルの二号室、三号室 あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる] 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-03-25 15:05:22 OBC :rm64b18
愛善世界社版:244頁 八幡書店版:第11輯 587頁 修補版: 校定版:247頁 普及版:63頁 初版: ページ備考:
001 僧院(そうゐん)ホテルの第二号(だいにがう)(しつ)には、002守宮別(やもりわけ)綾子(あやこ)二人(ふたり)が、003喋々(てふてふ)喃々(なんなん)何事(なにごと)かしきりに(しや)べり()てて()る。
004守宮別『これや、005綾子(あやこ)006昨日(きのふ)(おれ)睾丸(きんたま)引張(ひつぱ)つて()(ころ)さうとしたぢやないか。007それほど(にく)(おれ)を、008(ふたた)(たづ)ねて()るとは合点(がつてん)がゆかぬ。009(この)(あひだ)(はら)ひでも請求(せいきう)()たのかな』
010綾子(わたし)貴方(あなた)が、011独身(どくしん)生活(せいくわつ)をして(ござ)るお(かた)だと(ばか)(おも)つて(たづ)ねて()ましたのに、012化物(ばけもの)のやうな(をんな)(くち)()()()るものですから、013()けて(たま)らず、014前後(ぜんご)(わす)れて(まこと)()まない(こと)(いた)しました。015どうぞ(こら)へて(くだ)さいませねえ』
016守宮別『エー、017よしよし、018()()つた(こと)仕方(しかた)()いわ。019あのお(はな)()(やつ)020()かけによらぬ淫乱(いんらん)(ばば)アでね。021(めう)関係(くわんけい)になつて、022(おれ)鳥黐桶(とりもちおけ)(あし)をつきこみたやうな()()つて()たのだ。023(さいは)ひお(まへ)()喧嘩(けんくわ)して()れたおかげで、024(はな)(あきら)めがついてよいと、025(じつ)(よろこ)びて()るのだ』
026綾子(わたし)だつて昨夕(ゆうべ)はゆつくり貴方(あなた)(かた)(あか)さうと(おも)ひ、027親方(おやかた)さまにお(ひま)(ねが)折角(せつかく)やつて()ましたのに、028あの(さわ)ぎで(こひ)しい貴方(あなた)()きわけられ、029有明楼(ありあけろう)(おく)(かへ)された(とき)残念(ざんねん)さ。030昨夜(ゆうべ)一目(ひとめ)(やす)めなかつたのですよ。031(さいは)(わたし)(ちち)怪我(けが)をして(とこ)について()るものですから、032見舞(みまひ)にやらして()れと親方(おやかた)にねだり、033やつとの(こと)(こひ)しい貴方(あなた)のお(そば)()(こと)出来(でき)たのですわ。034貴方(あなた)本当(ほんたう)(つみ)(かた)ですね。035本当(ほんたう)守宮別(やもりわけ)さまで()(なが)ら、036(わたし)漆別(うるしわけ)だなぞと、037よう胡麻化(ごまくわ)されたものですなア。038(とら)さまとも(ふか)関係(くわんけい)があるなり、039(はな)さまとも関係(くわんけい)があり、040(その)(うへ)(また)(わたし)とも関係(くわんけい)をつけ、041(をんな)()()まして(よろこ)んで()ると()ふ、042女蕩(をんなたら)しの、043後家倒(ごけたふ)しの勇者(ゆうしや)だから、044本当(ほんたう)(わたし)安心(あんしん)出来(でき)ませぬわ。045コンナ()(おほ)(ひと)046ふツつりと(おも)()らうかと、047幾度(いくど)(おも)(かへ)して()ましたが、048どうしたものか(つみ)貴方(あなた)が、049可愛(かは)ゆうて可愛(かは)ゆうて、050(わす)れられないのですよ。051どうか(わたし)下女(げぢよ)になつと使(つか)つて、052(そば)において(くだ)さいな。053本妻(ほんさい)にならうなどと、054ソンナ欲望(よくばう)(おこ)しませぬからな』
055守宮別(なん)()ふお(まへ)立派(りつぱ)(をんな)だらう。056(まへ)父親(てておや)のヤクは、057仕方(しかた)()代物(しろもの)だが、058(なん)(また)アンナ(をとこ)(たね)に、059(まへ)のやうな立派(りつぱ)淑女(しゆくぢよ)(うま)れたのだらうかな。060まるきり(すずめ)(たか)()みたやうなものだよ』
061綾子『ホヽヽヽヽ、062(わし)()めて(くだ)さるのは(うれ)しう(ござ)いますが、063肝腎(かんじん)のお(とう)さまをさうこき(おろ)して(もら)ふと、064(ちつ)(ばか)りお(なか)(むし)(さわ)ぎますよ。065ねえ旦那(だんな)さま』
066守宮別『ヤアこれは失礼(しつれい)067(まこと)(わる)かつた。068(まへ)のやうな(をんな)女房(にようばう)にしたら、069一生(いつしやう)幸福(かうふく)だらうよ。070良妻(りやうさい)賢母(けんぼ)模範(もはん)になるかも()れないよ』
071綾子今日(こんにち)所謂(いはゆる)良妻(りやうさい)賢母(けんぼ)にや()りたくはありませぬわ。072良妻(りやうさい)賢母(けんぼ)などと()つて、073孔子(こうし)とか孟子(まうし)とか()(から)聖人(せいじん)が、074(をんな)道徳(だうとく)(ばか)()いて、075(をとこ)(こと)(ちつ)とも()つて()ないぢやありませぬか。076第一(だいいち)良妻(りやうさい)とはドンナ(かた)婦人(ふじん)()すのか、077それから()めて()かねばつまりませぬわ。078(この)(こと)についちや、079女子(ぢよし)大学(だいがく)先生(せんせい)だつて、080的確(てきかく)説明(せつめい)出来(でき)ますまい。081(をつと)晩酌(ばんしやく)相手(あひて)飯焚(めした)(ばか)りさしておいて、082良妻(りやうさい)だと()つて()りますが、083(わたし)()はすと、084忠実(ちうじつ)下女(げぢよ)たる(こと)強要(きやうえう)して()るものでせう。085小供(こども)悪戯(いたづら)をすれば、086(まへ)(しつけ)(わる)いからと妻君(さいくん)(しか)りつける(ばか)りで、087賢母(けんぼ)(なん)たる(こと)(わきま)へない(をとこ)(おほ)いのですわねえ』
088守宮別如何(いか)にもそれやさうだ。089仲々(なかなか)利口(りこう)(こと)()ふわい。090それが所謂(いはゆる)良妻(りやうさい)賢母(けんぼ)になるべき資格(しかく)()つて()るからだ。091オイ綾子(あやこ)092三千(さんぜん)世界(せかい)にお(まへ)より(ほか)に、093(わし)()きな(をんな)はないのだからな。094どうだ、095これから(ひと)千辛(せんしん)万難(ばんなん)(はい)し、096(こひ)勇者(ゆうしや)となつて善良(ぜんりやう)夫婦(ふうふ)模範(もはん)とならうぢやないか』
097綾子(わたし)善良(ぜんりやう)なる(つま)として、098どこ(まで)(つか)へますが、099旦那(だんな)さまのやうに、100沢山(たくさん)細女(くわしめ)をお()ちなさつては、101善良(ぜんりやう)(をつと)とは世間(せけん)から()つて()れますまい』
102守宮別『それやさうぢや、103(じつ)(こま)つた(こと)をしたものだよ。104あの執念深(しふねんぶか)いお(とら)だつて、105(はな)だつて、106仲々(なかなか)この(まま)にしておいて()れる道理(だうり)もなし、107一層(いつそう)(こと)病院(びやうゐん)()んで()れるといいのだけれどなア』
108綾子旦那(だんな)さま、109ソンナ無情(むじやう)(こと)(ござ)いますか。110(わたし)昨夜(ゆうべ)(くわつ)(はら)()ちましたが、111(うち)にかへり、112よく(かんが)へてみましたが、113どれ(ほど)旦那(だんな)さまが(こひ)しうても、114あれ(ほど)(とし)をとられたお(とら)さまや、115(はな)さまがいらつしやるのに、116(わか)(わたし)独占(どくせん)すると()(わけ)にはいけますまい。117何程(なにほど)旦那(だんな)さまが(わたし)(あい)して(くだ)さつても、118二人(ふたり)(かた)(たい)してすみませぬもの。119(わたし)(わか)(とし)美貌(びばう)で、120(こひ)(あらそ)ふのなら、121何程(なにほど)(とら)さまやお(はな)さまが、122かにここをこいて気張(きば)られても(こた)へませぬ。123きつと月桂冠(げつけいくわん)(わたし)()りますが、124(しか)人間(にんげん)()ふものは、125そんな我儘(わがまま)勝手(かつて)出来(でき)ますまい。126どうか、127(とら)さまと、128(はな)さまの(なか)和合(わがふ)させ、129仲好(なかよ)(くら)して(くだ)さいませ。130(わたし)下女(げぢよ)となつて忠実(ちうじつ)(つと)めさせて(いただ)きますから』
131 守宮別(やもりわけ)綾子(あやこ)言葉(ことば)意外(いぐわい)なるに驚歎(きやうたん)まじまじと(かほ)()(まも)(なが)ら、
132守宮別『ヤア綾子(あやこ)133(まへ)本当(ほんたう)(かみ)(さま)だよ。134しかも平和(へいわ)女神(めがみ)(さま)だ、135(おれ)今迄(いままで)(こころ)をすつぱり(あらた)めて、136善良(ぜんりやう)なる(をつと)となるから、137どうぞ見捨(みす)てて()れな』
138綾子『ハイ、139どうして見捨(みす)てませう。140(しか)旦那(だんな)さま、141(わたし)だつてお(はな)さまだけの(とし)()つて()りましたら、142きつとお(はな)さまのやうに見捨(みす)てられたかも()れませぬよ。143それを(おも)ふと、144(はな)さまや、145(とら)さまに()(どく)(たま)りませぬわねえ』
146 かく(はなし)して()(ところ)夜叉(やしや)(ごと)面貌(めんぼう)で、147ツーロの案内(あんない)につれ(のぼ)つて()たのはお(とら)であつた。
148お寅『ハイ御免(ごめん)なさいませ。149(にく)まれ(もの)のお(とら)が、150一寸(ちよつと)邪魔(じやま)(いた)しましたが、151どうか(しばら)くでよろしいから、152守宮別(やもりわけ)(さま)()面会(めんくわい)(ねが)ひとう(ござ)います』
153三号室(さんがうしつ)守宮別と綾子が居るのは二号室。三号室は隣の部屋。()ちはだかつて呶鳴(どな)つて()る。154守宮別(やもりわけ)(この)(こゑ)()いて(きも)(つぶ)し、155夜具(やぐ)(あたま)から()つかぶつて、
156守宮別『ヤア大変(たいへん)だ、157(とら)がやつて()た』
158()(なが)身体(からだ)をビリビリふるはして()る。
159綾子『ホヽヽヽヽ、160あのまア旦那(だんな)さまの()(よわ)(こと)161(とら)さまが()訪問(はうもん)(くだ)さつたぢやありませぬか。162(べつ)にこれと()悪事(あくじ)(あそ)ばしたのでもなし、163正々(せいせい)堂々(だうだう)とお()ひなさつたらどうですか』
164守宮別『ヤ、165(うる)さい(うる)さい。166留守(るす)だと()つて逐帰(おひかへ)して()れ、167(たの)みだから』
168綾子留守(るす)でもないのにソンナ(うそ)(まを)されますか。169ソンナラ(わたし)(かは)りにお()にかかりませうか』
170守宮別『おけおけ、171(また)(なぐ)りつけられて、172病院行(びやうゐんゆき)をせなくてはならないやうになるぞ。173アンナ狂人婆(きちがひばば)には(たれ)だつて(かな)はない。174(まし)てお(まへ)(うつく)しい(かほ)()よつたら、175悋気(りんき)(つの)がますます(とが)つて、176ドンナ()()はすか()れやしないわ』
177綾子『ホヽヽヽヽ、178(なに)仰有(おつしや)います。179(をんな)一人(ひとり)と、180(をんな)一人(ひとり)181何程(なにほど)(つよ)いとて()れたものぢや(ござ)いませぬか。182それなら(わたし)がお(とら)さまに()挨拶(あいさつ)()つて()ます。183どうか(をり)()()挨拶(あいさつ)()つて(くだ)さいませ』
184()(なが)らドアを()け、185三号室(さんがうしつ)悠々(いういう)(あら)はれ()れば、186(とら)火鉢(ひばち)(まへ)()(しめ)て、187すぱりすぱりと煙草(たばこ)(くゆ)らして()る。
188綾子『アヽこれはこれはお(とら)さまで(ござ)いますか。189()くこそ旦那(だんな)さまを(たづ)ねて()げて(くだ)さいました。190ちつと(ばか)()不快(ふくわい)でやすみて()られますので、191(わたし)(かは)つて()挨拶(あいさつ)申上(まをしあ)げます。192(わたし)有明家(ありあけや)(いや)しい(つと)めをして()ります綾子(あやこ)()芸者(げいしや)(ござ)います。193ふとした(こと)から守宮別(やもりわけ)さまの()贔屓(ひいき)(あづ)かり、194世話(せわ)になつて()ります。195どうかお見捨(みす)てなく、196(よろ)しうお(ねが)(まを)します』
197両手(りやうて)をついて慇懃(いんぎん)挨拶(あいさつ)をする。
198お寅『お(まへ)があの評判(ひやうばん)(たか)有明家(ありあけや)綾子(あやこ)さまですかい。199()れば()(ほど)綺麗(きれい)なお()ですこと。200成程(なるほど)守宮別(やもりわけ)さまが(くび)(たけ)はまつて、201(はう)けられるのも無理(むり)(ござ)いますまい』
202綾子素性(すじやう)(いや)しい(をんな)(ござ)いますから、203到底(たうてい)(かみ)(さま)御用(ごよう)をして()らつしやるお(かた)のお(そば)へは、204()りつけないのですけれど、205神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)見直(みなほ)聞直(ききなほ)されて、206(ゆる)されて()るのです。207(わたし)(ちち)がひどく()厄介(やくかい)になりましたさうで、208有難(ありがた)()(れい)申上(まをしあ)げます』
209お寅『お(まへ)のお(とう)さまと仰有(おつしや)るのは、210誰人(どなた)(こと)だい』
211綾子『ハイ、212あの酒喰(さけくら)ひの仕方(しかた)のないヤクで(ござ)います』
213お寅『ナントまア、214(えん)()ふものは不思議(ふしぎ)なものだなア。215さう()くとヤクさまの目許(めもと)にお(まへ)さまの()はよく()()ますわ。216どうして(また)ヤクさまのやうな(をとこ)に、217コンナ(むすめ)出来(でき)たものだらうかな。218(とき)綾子(あやこ)さま、219(まへ)さまは(うはさ)()けばお(はな)さまを逐出(おひだ)したと()(こと)だが、220(わたし)はそれを()いて本当(ほんたう)痛快(つうくわい)(おも)ひましたよ。221どうか精々(せいぜい)死力(しりよく)(つく)して、222あの悪魔(あくま)排除(はいじよ)して(くだ)さい。223守宮別(やもりわけ)さまの()()(ため)だからなア』
224綾子『お(とら)さま、225(うけたま)はりますれば貴方(あなた)は、226守宮別(やもりわけ)(さま)とは師弟(してい)以外(いぐわい)(ふか)(ふか)()関係(くわんけい)がお()(あそ)ばしたと()(こと)ですが、227それや本当(ほんたう)(ござ)いますか』
228お寅本当(ほんたう)だとも、229(かみ)(さま)から(むす)ばれた御魂(みたま)夫婦(ふうふ)だよ』
230綾子『それに(また)(はな)さまにお(ゆづ)(あそ)ばしたのですかい』
231お寅(けつ)して(ゆづ)りませぬ。232(はな)(やつ)いろいろと奸策(かんさく)(ろう)守宮別(やもりわけ)さまをちよろまかし、233(わたし)(をとこ)横取(よこどり)したのですよ。234本当(ほんたう)仕方(しかた)のない売女(ばいた)ですよ』
235綾子『そりや大変(たいへん)()()める(こと)(ござ)いませうね。236()心中(しんちう)(さつ)(まを)します。237(わたし)だつてやつぱし守宮別(やもりわけ)さまを横取(よこどり)したやうになりますわ』
238お寅『そらさうでせう。239(しか)(なが)(わたし)(をとこ)貴方(あなた)()つたのぢやない。240(わたし)(をとこ)はお(はな)()つたのだ。241(はな)(をとこ)(また)(まへ)さまが()つたのだ。242それだから(わたし)はお(まへ)さまに(たい)して感謝(かんしや)こそすれ(うら)みなどは(ちつ)とも(いだ)いては()ませぬよ。243(まへ)さまがあつたらこされ、244(わたし)(むね)()れたのですよ。245本当(ほんたう)()器量(きりやう)()ひ、246スタイルと()ひ、247(かしこ)(ところ)()ひ、248守宮別(やもりわけ)さまには()つてすげたやうな()夫婦(ふうふ)ですわ、249オホヽヽヽ』
250綾子(まこと)にすみませぬ、251(おそ)()りました』
252お寅『これ綾子(あやこ)さま、253(はな)博愛(はくあい)病院(びやうゐん)入院(にふゐん)して()るさうだが、254彼奴(あいつ)(かへ)つて()ても()けちやいけませぬよ。255(まへ)さまの美貌(びばう)愛嬌(あいけう)とで守宮別(やもりわけ)さまを(とろ)かし、256(はな)(はう)へは一瞥(いちべつ)もくれないやうに、257守宮別(やもりわけ)さまの(こころ)(ひるがへ)して(くだ)さい。258(わたし)(ちから)一杯(いつぱい)(まへ)さまに応援(おうゑん)しますからなア』
259綾子(あやこ)(わたし)貴女(あなた)()はす(かほ)(ござ)いませぬ』
260差俯向(さしうつむ)いて(かほ)をかくす。261守宮別(やもりわけ)最前(さいぜん)から様子(やうす)(かんが)へて()たが(あま)りお(とら)(はなし)ぶりが(おだや)かなのでやつと安心(あんしん)し、262アアと欠伸(あくび)をしながら、263三号室(さんがうしつ)()(きた)り、
264守宮別『ヤ、265これはこれはお(とら)さま、266ようまあ()(くだ)さいました。267(ちつ)(ばか)(わたし)はお(はな)(やつ)睾丸(きんたま)()()げられ、268(この)(とほ)(かほ)()きむしられ、269蚯蚓膨(みみづばれ)出来(でき)ましたので、270()せつて()りました。271さアどうぞお(ちや)なと(あが)つて(くだ)さい』
272お寅『ホヽヽヽ、273(めう)(かほ)だこと。274あまり箸豆(はしまめ)なものだから、275天罰(てんばつ)(あた)るのですよ。276(まつた)()()さまがお(はな)()()りて、277貴方(あなた)()折檻(せつかん)なされたのだ。278よい加減(かげん)()改心(かいしん)なさらぬと、279(こは)(こと)出来(でき)ますよ。280(また)なんであんな(いろ)(くろ)いお(はな)(とぼ)けたのです。281大方(おほかた)悪魔(あくま)(みい)られたのでせう』
282綾子『お二人(ふたり)(さま)のお(はなし)邪魔(じやま)になるといけないから、283一寸(ちよつと)失礼(しつれい)さして(いただ)きます。284(ちち)病室(びやうしつ)()()見舞(みま)ふてやりますから』
285(すゐ)()かして(この)()退(しりぞ)いた。
286お寅『これ守宮別(やもりわけ)さま、287なぜお(はな)のやうなガラクタ(みたま)にお(まへ)さまは(とぼ)けるのだい。288(わたし)約束(やくそく)した(こと)を、289(まへ)さまは反古(ほご)にする()かい』
290胸倉(むなぐら)をグツと()つて()する。
291守宮別『ヤお(とら)さま、292()立腹(りつぷく)(もつと)もだが、293これには(ふか)(ふか)(わけ)があるのだから、294(けつ)してお(とら)さまを()てはせぬから、295まアとつくりと(わたし)(はら)()いて(くだ)さい』
296お寅『ヘン、297また(れい)慣用(くわんよう)手段(しゆだん)(ろう)し、298(とら)胡麻化(ごまくわ)さうと(おも)つたつて、299今日(けふ)(その)()には()りませぬよ。300一伍(いちぶ)一什(しじふ)白状(はくじやう)しなさい。301(だい)それた結婚(けつこん)するなぞと、302あまりぢやありませぬか』
303守宮別『まアお(とら)304()()ちつけて(わたし)()(こと)一通(ひととほ)()いて()れ。305(じつ)はな、306(まへ)(わし)と、307かうして日々(にちにち)宣伝(せんでん)をやつて()ても、308軍用金(ぐんようきん)があまり豊富(ほうふ)でないものだから、309立派(りつぱ)(いへ)()(わけ)にもゆかず、310あんな(せま)露地(ろぢ)(いへ)で、311ミロクの()霊城(れいじやう)だと何程(なにほど)(さけ)んで()(ところ)駄目(だめ)だから、312そこでお(はな)懐中(くわいちう)にある一万(いちまん)(ゑん)(かね)此方(こちら)へひつたくり、313(まへ)とホテルでも()り、314(まへ)大々(だいだい)(てき)宣伝(せんでん)をやらうと(おも)つて、315(うま)くお(はな)喉許(のどもと)(はい)り、316八九分(はちくぶ)成功(せいこう)して()(ところ)だから、317さう(あわ)てずに(しばら)()()()れ。318さうすれやお(まへ)(わし)誠意(せいい)(わか)るだらうから、319(なん)()つても(かね)()(なか)だからのう』
320お寅『なる(ほど)321それで(わか)りました。322(しか)祝言(しうげん)(さかづき)したのは、323チツと(あや)しいぢやありませぬか』
324守宮別(たれ)(こころ)(そこ)から祝言(しうげん)なんかするものかい。325そこ(まで)して()せぬとお(はな)安心(あんしん)せないからだ』
326お寅成程(なるほど)327滅多(めつた)守宮別(やもりわけ)さまに、328ソンナ馬鹿(ばか)(こと)があらうとは(おも)はなかつたですよ。329()()(かみ)さまも矢張(やつぱり)(えら)いわい。330仰有(おつしや)つた(とほ)りだもの』
331 守宮別(やもりわけ)は、
332守宮別『ハヽヽヽ、333仕様(しやう)もない』
334(とら)(しか)(なが)ら、335これ守宮別(やもりわけ)さま、336有明家(ありあけや)綾子(あやこ)に、337(まへ)さまは有頂天(うちやうてん)になつて()るぢやないか』
338守宮別『なに、339(はな)()()まして、340悋気(りんき)(つの)()やさせ、341二人(ふたり)競争(きやうそう)させて、342(はな)懐中(くわいちゆう)一万(いちまん)(ゑん)をおつ()()させる算段(さんだん)だ。343あの綾子(あやこ)(けつ)して(おれ)との(あひだ)(めう)関係(くわんけい)(むす)びて()ない。344彼奴(あいつ)芸者(げいしや)だから、345(かね)さへ()れや、346どんな芝居(しばゐ)でも()代物(しろもの)だから、347(おれ)(ほれ)たやうな(かほ)をして、348(はな)競争心(きやうそうしん)(おこ)させ、349ますますあれの愛着心(あいちやくしん)(つよ)うさせ、350一万(いちまん)(りやう)をおつぽり()させ、351(まへ)にそつと(わた)すと()(おれ)六韜(りくたう)三略(さんりやく)だよ。352(なん)(うま)いものだらう』
353お寅(さすが)軍人(ぐんじん)(そだ)(だけ)あつて、354軍略(ぐんりやく)にかけたら(えら)いものだ。355()()(かみ)守宮別(やもりわけ)神謀(しんぼう)奇策(きさく)には(した)()きませうわいホヽヽヽ』
356大正一四・八・二一 旧七・二 於由良海岸秋田別荘 加藤明子録)
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