霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一八章 誠(まこと)と偽(いつはり)〔一八二四〕

インフォメーション
著者: 巻: 篇: よみ(新仮名遣い):
章: よみ(新仮名遣い): 通し章番号:
口述日: 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: 文字数: OBC :rm64b18
愛善世界社版: 八幡書店版: 修補版: 校定版: 普及版: 初版: ページ備考:
001 僧院(そうゐん)ホテルの第二号(だいにがう)室(しつ)には、002守宮別(やもりわけ)と綾子(あやこ)の二人(ふたり)が、003喋々(てふてふ)喃々(なんなん)と何事(なにごと)かしきりに喋(しや)べり立(た)てて居(ゐ)る。
004守宮別『これや、005綾子(あやこ)、006昨日(きのふ)は俺(おれ)の睾丸(きんたま)を引張(ひつぱ)つて締(し)め殺(ころ)さうとしたぢやないか。007それほど憎(にく)い俺(おれ)を、008再(ふたた)び訪(たづ)ねて来(く)るとは合点(がつてん)がゆかぬ。009此(この)間(あひだ)の払(はら)ひでも請求(せいきう)に来(き)たのかな』
010綾子『私(わたし)は貴方(あなた)が、011独身(どくしん)生活(せいくわつ)をして厶(ござ)るお方(かた)だと許(ばか)り思(おも)つて訪(たづ)ねて来(き)ましたのに、012化物(ばけもの)のやうな女(をんな)が口(くち)の間(ま)に寝(ね)て居(ゐ)るものですから、013嫉(や)けて耐(たま)らず、014前後(ぜんご)を忘(わす)れて真(まこと)に済(す)まない事(こと)を致(いた)しました。015どうぞ耐(こら)へて下(くだ)さいませねえ』
016守宮別『エー、017よしよし、018過(す)ぎ去(さ)つた事(こと)は仕方(しかた)が無(な)いわ。019あのお花(はな)と云(い)ふ奴(やつ)、020見(み)かけによらぬ淫乱(いんらん)婆(ばば)アでね。021妙(めう)な関係(くわんけい)になつて、022俺(おれ)も鳥黐桶(とりもちおけ)に足(あし)をつきこみたやうな目(め)に遇(あ)つて居(ゐ)たのだ。023幸(さいは)ひお前(まへ)が来(き)て喧嘩(けんくわ)して呉(く)れたおかげで、024お花(はな)も諦(あきら)めがついてよいと、025実(じつ)は喜(よろこ)びて居(ゐ)るのだ』
026綾子『私(わたし)だつて昨夕(ゆうべ)はゆつくり貴方(あなた)と語(かた)り明(あか)さうと思(おも)ひ、027親方(おやかた)さまにお暇(ひま)を願(ねが)ひ折角(せつかく)やつて来(き)ましたのに、028あの騒(さわ)ぎで恋(こひ)しい貴方(あなた)と引(ひ)きわけられ、029有明楼(ありあけろう)に送(おく)り返(かへ)された時(とき)の残念(ざんねん)さ。030昨夜(ゆうべ)は一目(ひとめ)も眠(やす)めなかつたのですよ。031幸(さいは)ひ私(わたし)の父(ちち)が怪我(けが)をして床(とこ)について居(ゐ)るものですから、032見舞(みまひ)にやらして呉(く)れと親方(おやかた)にねだり、033やつとの事(こと)で恋(こひ)しい貴方(あなた)のお側(そば)に来(く)る事(こと)が出来(でき)たのですわ。034貴方(あなた)は本当(ほんたう)に罪(つみ)な方(かた)ですね。035本当(ほんたう)は守宮別(やもりわけ)さまで在(あ)り乍(なが)ら、036私(わたし)に漆別(うるしわけ)だなぞと、037よう胡麻化(ごまくわ)されたものですなア。038お寅(とら)さまとも深(ふか)い関係(くわんけい)があるなり、039お花(はな)さまとも関係(くわんけい)があり、040其(その)上(うへ)又(また)私(わたし)とも関係(くわんけい)をつけ、041女(をんな)に気(き)を揉(も)まして喜(よろこ)んで居(ゐ)ると云(い)ふ、042女蕩(をんなたら)しの、043後家倒(ごけたふ)しの勇者(ゆうしや)だから、044本当(ほんたう)に私(わたし)も安心(あんしん)が出来(でき)ませぬわ。045コンナ気(き)の多(おほ)い人(ひと)、046ふツつりと思(おも)ひ切(き)らうかと、047幾度(いくど)か思(おも)ひ返(かへ)して見(み)ましたが、048どうしたものか罪(つみ)な貴方(あなた)が、049可愛(かは)ゆうて可愛(かは)ゆうて、050忘(わす)れられないのですよ。051どうか私(わたし)を下女(げぢよ)になつと使(つか)つて、052お傍(そば)において下(くだ)さいな。053本妻(ほんさい)にならうなどと、054ソンナ欲望(よくばう)は起(おこ)しませぬからな』
055守宮別『何(なん)と云(い)ふお前(まへ)は立派(りつぱ)な女(をんな)だらう。056お前(まへ)の父親(てておや)のヤクは、057仕方(しかた)の無(な)い代物(しろもの)だが、058何(なん)で又(また)アンナ男(をとこ)の胤(たね)に、059お前(まへ)のやうな立派(りつぱ)な淑女(しゆくぢよ)が生(うま)れたのだらうかな。060まるきり雀(すずめ)が鷹(たか)を生(う)みたやうなものだよ』
061綾子『ホヽヽヽヽ、062私(わし)を讃(ほ)めて下(くだ)さるのは嬉(うれ)しう厶(ござ)いますが、063肝腎(かんじん)のお父(とう)さまをさうこき下(おろ)して貰(もら)ふと、064些(ちつ)と許(ばか)りお腹(なか)の虫(むし)が騒(さわ)ぎますよ。065ねえ旦那(だんな)さま』
066守宮別『ヤアこれは失礼(しつれい)、067誠(まこと)に悪(わる)かつた。068お前(まへ)のやうな女(をんな)を女房(にようばう)にしたら、069一生(いつしやう)の幸福(かうふく)だらうよ。070良妻(りやうさい)賢母(けんぼ)の模範(もはん)になるかも知(し)れないよ』
071綾子『今日(こんにち)の所謂(いはゆる)良妻(りやうさい)賢母(けんぼ)にや成(な)りたくはありませぬわ。072良妻(りやうさい)賢母(けんぼ)などと云(い)つて、073孔子(こうし)とか孟子(まうし)とか云(い)ふ唐(から)の聖人(せいじん)が、074女(をんな)の道徳(だうとく)許(ばか)り説(と)いて、075男(をとこ)の事(こと)は些(ちつ)とも云(い)つて居(ゐ)ないぢやありませぬか。076第一(だいいち)に良妻(りやうさい)とはドンナ型(かた)の婦人(ふじん)を指(さ)すのか、077それから定(き)めて置(お)かねばつまりませぬわ。078此(この)事(こと)についちや、079女子(ぢよし)大学(だいがく)の先生(せんせい)だつて、080的確(てきかく)な説明(せつめい)は出来(でき)ますまい。081夫(をつと)は晩酌(ばんしやく)の相手(あひて)や飯焚(めした)き許(ばか)りさしておいて、082良妻(りやうさい)だと云(い)つて居(を)りますが、083私(わたし)に云(い)はすと、084忠実(ちうじつ)な下女(げぢよ)たる事(こと)を強要(きやうえう)して居(ゐ)るものでせう。085小供(こども)が悪戯(いたづら)をすれば、086お前(まへ)の躾(しつけ)が悪(わる)いからと妻君(さいくん)を叱(しか)りつける許(ばか)りで、087賢母(けんぼ)の何(なん)たる事(こと)を弁(わきま)へない男(をとこ)が多(おほ)いのですわねえ』
088守宮別『如何(いか)にもそれやさうだ。089仲々(なかなか)利口(りこう)な事(こと)を云(い)ふわい。090それが所謂(いはゆる)良妻(りやうさい)賢母(けんぼ)になるべき資格(しかく)を持(も)つて居(ゐ)るからだ。091オイ綾子(あやこ)、092三千(さんぜん)世界(せかい)にお前(まへ)より外(ほか)に、093私(わし)は好(す)きな女(をんな)はないのだからな。094どうだ、095これから一(ひと)つ千辛(せんしん)万難(ばんなん)を排(はい)し、096恋(こひ)の勇者(ゆうしや)となつて善良(ぜんりやう)な夫婦(ふうふ)の模範(もはん)とならうぢやないか』
097綾子『私(わたし)は善良(ぜんりやう)なる妻(つま)として、098どこ迄(まで)も仕(つか)へますが、099旦那(だんな)さまのやうに、100沢山(たくさん)な細女(くわしめ)をお持(も)ちなさつては、101善良(ぜんりやう)な夫(をつと)とは世間(せけん)から云(い)つて呉(く)れますまい』
102守宮別『それやさうぢや、103実(じつ)に困(こま)つた事(こと)をしたものだよ。104あの執念深(しふねんぶか)いお寅(とら)だつて、105お花(はな)だつて、106仲々(なかなか)この儘(まま)にしておいて呉(く)れる道理(だうり)もなし、107一層(いつそう)の事(こと)病院(びやうゐん)で死(し)んで呉(く)れるといいのだけれどなア』
108綾子『旦那(だんな)さま、109ソンナ無情(むじやう)な事(こと)が厶(ござ)いますか。110私(わたし)も昨夜(ゆうべ)は嚇(くわつ)と腹(はら)が立(た)ちましたが、111家(うち)にかへり、112よく考(かんが)へてみましたが、113どれ程(ほど)旦那(だんな)さまが恋(こひ)しうても、114あれ程(ほど)年(とし)をとられたお寅(とら)さまや、115お花(はな)さまがいらつしやるのに、116若(わか)い私(わたし)が独占(どくせん)すると云(い)ふ訳(わけ)にはいけますまい。117何程(なにほど)旦那(だんな)さまが私(わたし)を愛(あい)して下(くだ)さつても、118お二人(ふたり)の方(かた)に対(たい)してすみませぬもの。119私(わたし)の若(わか)い年(とし)や美貌(びばう)で、120恋(こひ)を争(あらそ)ふのなら、121何程(なにほど)お寅(とら)さまやお花(はな)さまが、122かにここをこいて気張(きば)られても耐(こた)へませぬ。123きつと月桂冠(げつけいくわん)は私(わたし)が取(と)りますが、124併(しか)し人間(にんげん)と云(い)ふものは、125そんな我儘(わがまま)勝手(かつて)は出来(でき)ますまい。126どうか、127お寅(とら)さまと、128お花(はな)さまの仲(なか)を和合(わがふ)させ、129仲好(なかよ)う暮(くら)して下(くだ)さいませ。130私(わたし)は下女(げぢよ)となつて忠実(ちうじつ)に勤(つと)めさせて頂(いただ)きますから』
131 守宮別(やもりわけ)は綾子(あやこ)の言葉(ことば)の意外(いぐわい)なるに驚歎(きやうたん)しまじまじと顔(かほ)を打(う)ち守(まも)り乍(なが)ら、
132守宮別『ヤア綾子(あやこ)、133お前(まへ)は本当(ほんたう)に神(かみ)様(さま)だよ。134しかも平和(へいわ)の女神(めがみ)様(さま)だ、135俺(おれ)も今迄(いままで)の心(こころ)をすつぱり改(あらた)めて、136善良(ぜんりやう)なる夫(をつと)となるから、137どうぞ見捨(みす)てて呉(く)れな』
138綾子『ハイ、139どうして見捨(みす)てませう。140併(しか)し旦那(だんな)さま、141私(わたし)だつてお花(はな)さまだけの年(とし)を取(と)つて居(を)りましたら、142きつとお花(はな)さまのやうに見捨(みす)てられたかも知(し)れませぬよ。143それを思(おも)ふと、144お花(はな)さまや、145お寅(とら)さまに気(き)の毒(どく)で耐(たま)りませぬわねえ』
146 かく話(はな)して居(ゐ)る所(ところ)へ夜叉(やしや)の如(ごと)き面貌(めんぼう)で、147ツーロの案内(あんない)につれ登(のぼ)つて来(き)たのはお寅(とら)であつた。
148お寅『ハイ御免(ごめん)なさいませ。149憎(にく)まれ者(もの)のお寅(とら)が、150お一寸(ちよつと)お邪魔(じやま)を致(いた)しましたが、151どうか暫(しばら)くでよろしいから、152守宮別(やもりわけ)様(さま)に御(ご)面会(めんくわい)が願(ねが)ひとう厶(ござ)います』
153と三号室(さんがうしつ)[※守宮別と綾子が居るのは二号室。三号室は隣の部屋。]に立(た)ちはだかつて呶鳴(どな)つて居(ゐ)る。154守宮別(やもりわけ)は此(この)声(こゑ)を聞(き)いて肝(きも)を潰(つぶ)し、155夜具(やぐ)を頭(あたま)から引(ひ)つかぶつて、
156守宮別『ヤア大変(たいへん)だ、157お寅(とら)がやつて来(き)た』
158と云(い)ひ乍(なが)ら身体(からだ)をビリビリふるはして居(ゐ)る。
159綾子『ホヽヽヽヽ、160あのまア旦那(だんな)さまの気(き)の弱(よわ)い事(こと)。161お寅(とら)さまが御(ご)訪問(はうもん)下(くだ)さつたぢやありませぬか。162別(べつ)にこれと云(い)ふ悪事(あくじ)を遊(あそ)ばしたのでもなし、163正々(せいせい)堂々(だうだう)とお会(あ)ひなさつたらどうですか』
164守宮別『ヤ、165煩(うる)さい煩(うる)さい。166留守(るす)だと云(い)つて逐帰(おひかへ)して呉(く)れ、167頼(たの)みだから』
168綾子『留守(るす)でもないのにソンナ嘘(うそ)が申(まを)されますか。169ソンナラ私(わたし)が代(かは)りにお目(め)にかかりませうか』
170守宮別『おけおけ、171又(また)撲(なぐ)りつけられて、172病院行(びやうゐんゆき)をせなくてはならないやうになるぞ。173アンナ狂人婆(きちがひばば)には誰(たれ)だつて叶(かな)はない。174况(まし)てお前(まへ)の美(うつく)しい顔(かほ)を見(み)よつたら、175悋気(りんき)の角(つの)がますます尖(とが)つて、176ドンナ目(め)に遇(あ)はすか知(し)れやしないわ』
177綾子『ホヽヽヽヽ、178何(なに)を仰有(おつしや)います。179女(をんな)一人(ひとり)と、180女(をんな)一人(ひとり)、181何程(なにほど)強(つよ)いとて知(し)れたものぢや厶(ござ)いませぬか。182それなら私(わたし)がお寅(とら)さまに御(ご)挨拶(あいさつ)に行(い)つて来(き)ます。183どうか折(をり)を見(み)て御(ご)挨拶(あいさつ)に出(い)つて下(くだ)さいませ』
184と云(い)ひ乍(なが)らドアを開(あ)け、185三号室(さんがうしつ)に悠々(いういう)と現(あら)はれ見(み)れば、186お寅(とら)は火鉢(ひばち)の前(まへ)に座(ざ)を占(しめ)て、187すぱりすぱりと煙草(たばこ)を燻(くゆ)らして居(ゐ)る。
188綾子『アヽこれはこれはお寅(とら)さまで厶(ござ)いますか。189好(よ)くこそ旦那(だんな)さまを訪(たづ)ねて上(あ)げて下(くだ)さいました。190ちつと許(ばか)り御(ご)不快(ふくわい)でやすみて居(ゐ)られますので、191私(わたし)が代(かは)つて御(ご)挨拶(あいさつ)を申上(まをしあ)げます。192私(わたし)は有明家(ありあけや)の賤(いや)しい勤(つと)めをして居(を)ります綾子(あやこ)と云(い)ふ芸者(げいしや)で厶(ござ)います。193ふとした事(こと)から守宮別(やもりわけ)さまの御(ご)贔屓(ひいき)に預(あづ)かり、194お世話(せわ)になつて居(を)ります。195どうかお見捨(みす)てなく、196宜(よろ)しうお願(ねが)ひ申(まを)します』
197と両手(りやうて)をついて慇懃(いんぎん)に挨拶(あいさつ)をする。
198お寅『お前(まへ)があの評判(ひやうばん)の高(たか)い有明家(ありあけや)の綾子(あやこ)さまですかい。199見(み)れば見(み)る程(ほど)お綺麗(きれい)なお子(こ)ですこと。200成程(なるほど)守宮別(やもりわけ)さまが首(くび)つ丈(たけ)はまつて、201呆(はう)けられるのも無理(むり)は厶(ござ)いますまい』
202綾子『素性(すじやう)の賤(いや)しい女(をんな)で厶(ござ)いますから、203到底(たうてい)神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)をして入(い)らつしやるお方(かた)のお傍(そば)へは、204寄(よ)りつけないのですけれど、205神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)されて、206赦(ゆる)されて居(ゐ)るのです。207私(わたし)の父(ちち)がひどく御(ご)厄介(やくかい)になりましたさうで、208有難(ありがた)う御(お)礼(れい)申上(まをしあ)げます』
209お寅『お前(まへ)のお父(とう)さまと仰有(おつしや)るのは、210誰人(どなた)の事(こと)だい』
211綾子『ハイ、212あの酒喰(さけくら)ひの仕方(しかた)のないヤクで厶(ござ)います』
213お寅『ナントまア、214縁(えん)と云(い)ふものは不思議(ふしぎ)なものだなア。215さう聞(き)くとヤクさまの目許(めもと)にお前(まへ)さまの目(め)はよく似(に)て居(ゐ)ますわ。216どうして又(また)ヤクさまのやうな男(をとこ)に、217コンナ娘(むすめ)が出来(でき)たものだらうかな。218時(とき)に綾子(あやこ)さま、219お前(まへ)さまは噂(うはさ)に聞(き)けばお花(はな)さまを逐出(おひだ)したと云(い)ふ事(こと)だが、220私(わたし)はそれを聞(き)いて本当(ほんたう)に痛快(つうくわい)に思(おも)ひましたよ。221どうか精々(せいぜい)死力(しりよく)を尽(つく)して、222あの悪魔(あくま)を排除(はいじよ)して下(くだ)さい。223守宮別(やもりわけ)さまの御(お)身(み)の為(ため)だからなア』
224綾子『お寅(とら)さま、225承(うけたま)はりますれば貴方(あなた)は、226守宮別(やもりわけ)様(さま)とは師弟(してい)以外(いぐわい)の深(ふか)い深(ふか)い御(ご)関係(くわんけい)がお有(あ)り遊(あそ)ばしたと云(い)ふ事(こと)ですが、227それや本当(ほんたう)で厶(ござ)いますか』
228お寅『本当(ほんたう)だとも、229神(かみ)様(さま)から結(むす)ばれた御魂(みたま)の夫婦(ふうふ)だよ』
230綾子『それに又(また)お花(はな)さまにお譲(ゆづ)り遊(あそ)ばしたのですかい』
231お寅『決(けつ)して譲(ゆづ)りませぬ。232お花(はな)の奴(やつ)いろいろと奸策(かんさく)を弄(ろう)し守宮別(やもりわけ)さまをちよろまかし、233私(わたし)の男(をとこ)を横取(よこどり)したのですよ。234本当(ほんたう)に仕方(しかた)のない売女(ばいた)ですよ』
235綾子『そりや大変(たいへん)お気(き)が揉(も)める事(こと)で厶(ござ)いませうね。236御(ご)心中(しんちう)お察(さつ)し申(まを)します。237私(わたし)だつてやつぱし守宮別(やもりわけ)さまを横取(よこどり)したやうになりますわ』
238お寅『そらさうでせう。239併(しか)し乍(なが)ら私(わたし)の男(をとこ)を貴方(あなた)は取(と)つたのぢやない。240私(わたし)の男(をとこ)はお花(はな)が取(と)つたのだ。241お花(はな)の男(をとこ)を又(また)お前(まへ)さまが取(と)つたのだ。242それだから私(わたし)はお前(まへ)さまに対(たい)して感謝(かんしや)こそすれ恨(うら)みなどは些(ちつ)とも懐(いだ)いては居(ゐ)ませぬよ。243お前(まへ)さまがあつたらこされ、244私(わたし)の胸(むね)が晴(は)れたのですよ。245本当(ほんたう)に御(ご)器量(きりやう)と云(い)ひ、246スタイルと云(い)ひ、247お賢(かしこ)い処(ところ)と云(い)ひ、248守宮別(やもりわけ)さまには打(う)つてすげたやうな御(ご)夫婦(ふうふ)ですわ、249オホヽヽヽ』
250綾子『誠(まこと)にすみませぬ、251畏(おそ)れ入(い)りました』
252お寅『これ綾子(あやこ)さま、253お花(はな)は博愛(はくあい)病院(びやうゐん)へ入院(にふゐん)して居(ゐ)るさうだが、254彼奴(あいつ)が帰(かへ)つて来(き)ても負(ま)けちやいけませぬよ。255お前(まへ)さまの美貌(びばう)と愛嬌(あいけう)とで守宮別(やもりわけ)さまを蕩(とろ)かし、256お花(はな)の方(はう)へは一瞥(いちべつ)もくれないやうに、257守宮別(やもりわけ)さまの心(こころ)を翻(ひるがへ)して下(くだ)さい。258私(わたし)も力(ちから)一杯(いつぱい)お前(まへ)さまに応援(おうゑん)しますからなア』
259綾子(あやこ)『私(わたし)は貴女(あなた)に会(あ)はす顔(かほ)が厶(ござ)いませぬ』
260と差俯向(さしうつむ)いて顔(かほ)をかくす。261守宮別(やもりわけ)は最前(さいぜん)から様子(やうす)を考(かんが)へて居(ゐ)たが余(あま)りお寅(とら)の話(はなし)ぶりが穏(おだや)かなのでやつと安心(あんしん)し、262アアと欠伸(あくび)をしながら、263三号室(さんがうしつ)に出(い)で来(きた)り、
264守宮別『ヤ、265これはこれはお寅(とら)さま、266ようまあ来(き)て下(くだ)さいました。267些(ちつ)と許(ばか)り私(わたし)はお花(はな)の奴(やつ)に睾丸(きんたま)を締(し)め上(あ)げられ、268此(この)通(とほ)り顔(かほ)は掻(か)きむしられ、269蚯蚓膨(みみづばれ)が出来(でき)ましたので、270臥(ふ)せつて居(を)りました。271さアどうぞお茶(ちや)なと呑(あが)つて下(くだ)さい』
272お寅『ホヽヽヽ、273妙(めう)な顔(かほ)だこと。274あまり箸豆(はしまめ)なものだから、275天罰(てんばつ)が当(あた)るのですよ。276全(まつた)く日(ひ)の出(で)さまがお花(はな)の手(て)を借(か)りて、277貴方(あなた)を御(ご)折檻(せつかん)なされたのだ。278よい加減(かげん)に御(ご)改心(かいしん)なさらぬと、279怖(こは)い事(こと)が出来(でき)ますよ。280又(また)なんであんな色(いろ)の黒(くろ)いお花(はな)に呆(とぼ)けたのです。281大方(おほかた)悪魔(あくま)に魅(みい)られたのでせう』
282綾子『お二人(ふたり)様(さま)のお話(はなし)の邪魔(じやま)になるといけないから、283一寸(ちよつと)失礼(しつれい)さして頂(いただ)きます。284父(ちち)が病室(びやうしつ)を其(そ)の間(ま)に見舞(みま)ふてやりますから』
285と粋(すゐ)を利(き)かして此(この)場(ば)を退(しりぞ)いた。
286お寅『これ守宮別(やもりわけ)さま、287なぜお花(はな)のやうなガラクタ霊(みたま)にお前(まへ)さまは呆(とぼ)けるのだい。288私(わたし)と約束(やくそく)した事(こと)を、289お前(まへ)さまは反古(ほご)にする気(き)かい』
290と胸倉(むなぐら)をグツと取(と)つて揺(ゆ)する。
291守宮別『ヤお寅(とら)さま、292御(ご)立腹(りつぷく)は尤(もつと)もだが、293これには深(ふか)い深(ふか)い訳(わけ)があるのだから、294決(けつ)してお寅(とら)さまを捨(す)てはせぬから、295まアとつくりと私(わたし)の腹(はら)を聞(き)いて下(くだ)さい』
296お寅『ヘン、297また例(れい)の慣用(くわんよう)手段(しゆだん)を弄(ろう)し、298お寅(とら)を胡麻化(ごまくわ)さうと思(おも)つたつて、299今日(けふ)は其(その)手(て)には乗(の)りませぬよ。300サ一伍(いちぶ)一什(しじふ)を白状(はくじやう)しなさい。301大(だい)それた結婚(けつこん)するなぞと、302あまりぢやありませぬか』
303守宮別『まアお寅(とら)、304気(き)を落(お)ちつけて私(わたし)の云(い)ふ事(こと)を一通(ひととほ)り聞(き)いて呉(く)れ。305実(じつ)はな、306お前(まへ)と私(わし)と、307かうして日々(にちにち)宣伝(せんでん)をやつて居(ゐ)ても、308軍用金(ぐんようきん)があまり豊富(ほうふ)でないものだから、309立派(りつぱ)な家(いへ)を借(か)る訳(わけ)にもゆかず、310あんな狭(せま)い露地(ろぢ)の家(いへ)で、311ミロクの御(ご)霊城(れいじやう)だと何程(なにほど)叫(さけ)んで見(み)た処(ところ)で駄目(だめ)だから、312そこでお花(はな)の懐中(くわいちう)にある一万(いちまん)円(ゑん)の金(かね)を此方(こちら)へひつたくり、313お前(まへ)とホテルでも借(か)り、314お前(まへ)と大々(だいだい)的(てき)宣伝(せんでん)をやらうと思(おも)つて、315甘(うま)くお花(はな)の喉許(のどもと)に入(はい)り、316八九分(はちくぶ)成功(せいこう)して居(ゐ)る所(ところ)だから、317さう慌(あわ)てずに暫(しばら)く見(み)て居(ゐ)て呉(く)れ。318さうすれやお前(まへ)も私(わし)の誠意(せいい)が分(わか)るだらうから、319何(なん)と云(い)つても金(かね)の世(よ)の中(なか)だからのう』
320お寅『なる程(ほど)、321それで分(わか)りました。322併(しか)し祝言(しうげん)の盃(さかづき)したのは、323チツと怪(あや)しいぢやありませぬか』
324守宮別『誰(たれ)が心(こころ)の底(そこ)から祝言(しうげん)なんかするものかい。325そこ迄(まで)して見(み)せぬとお花(はな)が安心(あんしん)せないからだ』
326お寅『成程(なるほど)、327滅多(めつた)に守宮別(やもりわけ)さまに、328ソンナ馬鹿(ばか)な事(こと)があらうとは思(おも)はなかつたですよ。329日(ひ)の出(で)の神(かみ)さまも矢張(やつぱり)偉(えら)いわい。330仰有(おつしや)つた通(とほ)りだもの』
331 守宮別(やもりわけ)は、
332守宮別『ハヽヽヽ、333仕様(しやう)もない』
334お寅(とら)『併(しか)し乍(なが)ら、335これ守宮別(やもりわけ)さま、336有明家(ありあけや)の綾子(あやこ)に、337お前(まへ)さまは有頂天(うちやうてん)になつて居(ゐ)るぢやないか』
338守宮別『なに、339お花(はな)の気(き)を揉(も)まして、340悋気(りんき)の角(つの)を生(は)やさせ、341二人(ふたり)に競争(きやうそう)させて、342お花(はな)の懐中(くわいちゆう)の一万(いちまん)円(ゑん)をおつ放(ぽ)り出(だ)させる算段(さんだん)だ。343あの綾子(あやこ)は決(けつ)して俺(おれ)との間(あひだ)に妙(めう)な関係(くわんけい)は結(むす)びて居(ゐ)ない。344彼奴(あいつ)は芸者(げいしや)だから、345金(かね)さへ遣(や)れや、346どんな芝居(しばゐ)でも打(う)つ代物(しろもの)だから、347俺(おれ)に惚(ほれ)たやうな顔(かほ)をして、348お花(はな)に競争心(きやうそうしん)を起(おこ)させ、349ますますあれの愛着心(あいちやくしん)を強(つよ)うさせ、350一万(いちまん)両(りやう)をおつぽり出(だ)させ、351お前(まへ)にそつと渡(わた)すと云(い)ふ俺(おれ)の六韜(りくたう)三略(さんりやく)だよ。352何(なん)と甘(うま)いものだらう』
353お寅『遉(さすが)は軍人(ぐんじん)育(そだ)ち丈(だけ)あつて、354軍略(ぐんりやく)にかけたら偉(えら)いものだ。355日(ひ)の出(で)の神(かみ)も守宮別(やもりわけ)の神謀(しんぼう)奇策(きさく)には舌(した)を捲(ま)きませうわいホヽヽヽ』
356(大正一四・八・二一 旧七・二 於由良海岸秋田別荘 加藤明子録)
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