霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 漆別(うるしわけ)〔一八一九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下 篇:第3篇 開花落花 よみ(新仮名遣い):かいからっか
章:第13章 漆別 よみ(新仮名遣い):うるしわけ 通し章番号:1819
口述日:1925(大正14)年08月20日(旧07月1日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年11月7日
概要: 舞台:路上、青楼(有明家) あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2017-11-26 19:10:13 文字数:5101 OBC :rm64b13
愛善世界社版:174頁 八幡書店版:第11輯 560頁 修補版: 校定版:177頁 普及版:63頁 初版: ページ備考:
001 昨日(さくじつ)の暴動(ばうどう)騒(さわ)ぎで、002憲兵(けんぺい)や警官(けいくわん)が血眼(ちまなこ)になり、003行交(ゆきか)ふ人(ひと)を一々(いちいち)誰何(すいか)して、004主義者(しゆぎしや)の入込(いりこ)まない様(やう)と、005警戒網(けいかいまう)を張(は)つてゐる。006守宮別(やもりわけ)は新調(しんてう)の洋服(やうふく)を着(つ)け乍(なが)ら、007駅(えき)の棟(むね)が仄(ほの)かに見(み)える地点(ちてん)までやつて来(く)ると、008一人(ひとり)の警官(けいくわん)がツカツカと寄(よ)り来(きた)り、
009警官『一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さい。010身体(しんたい)検査(けんさ)を致(いた)しますから』
011 守宮別(やもりわけ)は警官(けいくわん)よりも何(なに)よりも恐(おそ)ろしいのは、012疑深(うたがひぶか)いお花(はな)の追跡(つゐせき)である。013余(あま)り彼方(あちら)此方(こちら)をキヨロキヨロと見廻(みまは)し乍(なが)ら歩(ある)いてゐたものだから、014警官(けいくわん)に怪(あや)しまれて、015首尾(しゆび)よく取(と)つ捉(つか)まれたるなりき。
016守宮別『私(わたし)は守宮別(やもりわけ)です。017警官(けいくわん)に調(しら)べられる理由(りいう)はありませぬ。018これでも日出島(ひのでじま)の高等(かうとう)武官(ぶくわん)ですよ。019余(あま)り乱暴(らんばう)な事(こと)をなさると、020帝国(ていこく)公使館(こうしくわん)へ訴(うつた)へて、021エルサレム署(しよ)の暴状(ばうじやう)を曝露(ばくろ)し、022国際(こくさい)問題(もんだい)を起(おこ)しますよ、023そこ放(はな)して下(くだ)さい。024急用(きふよう)がありますから』
025警官『さう慌(あわ)てるには及(およ)ばないぢやありませぬか。026どうも其処辺(そこら)をキヨロキヨロ見廻(みまは)し、027おちつきの無(な)い貴方(あなた)の歩(ある)き方(かた)、028挙動(きよどう)不審(ふしん)と認(みと)めますから、029一応(いちおう)身体(しんたい)を取調(とりしら)べます』
030守宮別『取調(とりしら)べるなら調(しら)べても宜(よろ)しい。031後腹(あとばら)の病(や)めないやうに気(き)をつけなさいや、032ヘン、033人(ひと)を馬鹿(ばか)にしてゐる』
034といひ乍(なが)ら、035自分(じぶん)からボタンを外(はづ)し、036大道(だいだう)のまん中(なか)で、037赤裸(まつぱだか)となり、038オチコもポホラのヌボも丸出(まるだ)しにして見(み)せる。
039警官『イヤ、040宜(よろ)しい、041エー御(お)邪魔(じやま)を致(いた)しました。042どうぞ服(ふく)を着(つ)けて下(くだ)さい』
043守宮別『服(ふく)を着(き)いと言(い)はなくとも、044俺(おれ)の服(ふく)だ、045勝手(かつて)に着(き)るワイ。046要(い)らぬおとがいを叩(たた)くな』
047と云(い)ひ乍(なが)ら、048スラスラと洋服(やうふく)を着(つ)け、049十日(とをか)程(ほど)前(まへ)にチラツと見(み)ておいた、050白首(しらくび)の居(ゐ)る青楼(せいろう)指(さ)して、051一目散(いちもくさん)に走(はし)り行(ゆ)く。052裸(はだか)になつた際(さい)、053三千(さんぜん)円(ゑん)入(い)りの蟇口(がまぐち)を落(おと)し、054気(き)がつかぬ様子(やうす)なので、055警官(けいくわん)は何(なに)か秘密(ひみつ)書類(しよるゐ)でもあるのではなかろか。056日出島(ひのでじま)の高等(かうとう)武官(ぶくわん)だと云(い)ひよつたから、057軍事(ぐんじ)探偵(たんてい)かも知(し)れない。058軍備(ぐんび)に関(くわん)する秘密(ひみつ)書類(しよるゐ)でもあらうものなら、059巡査(じゆんさ)部長(ぶちやう)は忽(たちま)ち警部(けいぶ)になれるだらうといふ、060いろいろな考(かんが)へから、061ソツと拾(ひろ)ひあげ、062本署(ほんしよ)へ持帰(もちかへ)り署長(しよちやう)の前(まへ)で中(なか)を検(あらた)める事(こと)とした。063守宮別(やもりわけ)は確(たしか)にポケツトの中(なか)に蟇口(がまぐち)と共(とも)に三千(さんぜん)円(ゑん)入(はい)つてゐるものと安心(あんしん)し、064鷹揚(おうやう)な態度(たいど)で、065青楼(せいろう)の段階子(だんばしご)を上(のぼ)り、066三階(さんがい)の見晴(みはらし)よき一間(ひとま)に入(はい)つて、067頻(しき)りに手(て)を叩(たた)いてゐる。068階下(かいか)の方(はう)に『ハーイ』といふ甲走(かんばし)つた女(をんな)の声(こゑ)がしたと思(おも)へば、069間(ま)もなく、070トントントンと段階子(だんばしご)を轟(とどろ)かせ上(あが)つて来(き)たのは、071兼(かね)て見(み)ておいた、072色白(いろじろ)の十七八(じふしちはち)の美人(びじん)である。073守宮別(やもりわけ)は俄(にはか)に口(くち)のはたの泡(あわ)を拭(ふ)いたり目(め)ヤニを取(と)つたり、074鼻(はな)をかみたりし乍(なが)ら、075済(す)ました顔(かほ)で控(ひか)へてゐると、
076女(綾子)『お客(きやく)さま、077コンチは、078今日(コンチ)はありー……』
079守宮別『ホヽヽヽ、080何(なん)だ今日(コンチ)は有(あ)りーと云(い)ふたつて分(わか)らぬぢやないか。081俺(おれ)や砂糖(さたう)ではないぞ、082佐渡(さど)の土(つち)の化身(けしん)だぞ。083モツとハツキリ言(い)はぬかい』
084女(綾子)『ハイ、085あテイは、086総理(そうり)大臣(だいじん)に呼(よ)ばれましても、087知事(ちじ)さまに招(よ)ばれましても、088華族(くわぞく)さまによばれましても、089今日(こんち)はアリーで通(とほ)るのですもの、090今(いま)のお役人(やくにん)さまは、091官等(くわんとう)で一級(いつきふ)違(ちが)ふと、092それはそれは偉(えら)いものですがな。093局長(きよくちやう)さまの所(ところ)へ課長(くわちやう)さまがお出(いで)になると、094直立(ちよくりつ)不動(ふどう)の姿勢(しせい)で、095……ハ、096ハ、097ハヽヽと、098かう畏(かしこ)まつてゐやはります。099局長(きよくちやう)さまは局長(きよくちやう)さまで、100不行儀(ふぎやうぎ)な格好(かくかう)で、101椅子(いす)にのさばり返(かへ)つて、102……何々(なになに)の事務(じむ)は何(ど)うなつたか、103巧(うま)くやつとけよ……と仰有(おつしや)ひます。104さうすると、105課長(くわちやう)さまは、106……ハア、107オチ二三(にさん)式(しき)で、108怖(こは)い様(やう)にして下(さが)つて行(い)かはりますワ。109其(その)局長(きよくちやう)さまが大臣(だいじん)の側(そば)へ行(ゆ)くと前(まへ)の課長(くわちやう)さまよりも、110マ一(ひと)つエライ謹慎振(きんしんぶり)ですよ。111総理(そうり)大臣(だいじん)と来(き)ちや剛勢(がうせい)なものですよ。112其(その)総理(そうり)大臣(だいじん)さまがチョコチョコ妾(あたい)を呼(よ)んで呉(く)れやはりますが、113イヤもう女(をんな)にかけたら、114ヤクタイなものですワ。115おつもの毛(け)を握(にぎ)つたり、116鼻(はな)をつまみ、117頤髯(あごひげ)を掴(つか)んでパクパクさして上(あ)げても、118顔(かほ)の相好(さうがう)を崩(くづ)して……コリヤ綾子(あやこ)、119無茶(むちや)をするない……かう仰有(おつしや)るのですもの、120絶対(ぜつたい)無限(むげん)の権威(けんゐ)を、121芸者(げいしや)といふものは具備(ぐび)してゐますよ。122それだから、123お客(きやく)さまに、124アリー……といつたのは余程(よほど)光栄(くわうえい)だと思(おも)つて下(くだ)さい』
125守宮別『此奴(こいつ)ア面白(おもしろ)い、126一寸(ちよつと)話(はな)せるワイ。127お前(まへ)は今(いま)綾子(あやこ)といつたが、128本名(ほんみやう)は何(なん)といふのだ』
129綾子『ハイ、130妾(あたい)の本名(ほんみやう)も綾子(あやこ)、131源氏名(げんじな)は有明家(ありあけや)の綾子(あやこ)さまですよ』
132守宮別『ナニ?綾子(あやこ)に菖蒲(あやめ)、133怪体(けつたい)な事(こと)もあるものだな。134女(をんな)に迷(まよ)ふとあやめも分(わ)かぬ真(しん)の暗(やみ)になるといふ事(こと)だが、135俺(おれ)の心(こころ)もチツと許(ばか)りあやしうなつて来(き)たぞ』
136綾子『お客(きやく)さま、137何程(なにほど)あやめが分(わか)らなくなつても、138綾子(あやこ)しい事(こと)さへ無(な)けりや、139晴天(せいてん)白日(はくじつ)ですワ』
140守宮別『イヤ、141実(じつ)ア観世音(くわんぜおん)菩薩(ぼさつ)綾子(あやこ)の君(きみ)の艶麗(えんれい)な御(ご)容姿(ようし)を拝観(はいくわん)して、142心(こころ)の土台(どだい)があやしくグラ付(つ)き出(だ)したのだよ。143オイ、144綾子(あやこ)、145素面(すめん)では話(はなし)が出来(でき)ない。146酒肴(さけさかな)を金(かね)は構(かま)はないから、147充分(じゆうぶん)拵(こしら)へて持(も)つて来(き)てくれ。148そして此処(ここ)に芸者(げいしや)が何人(なんにん)居(を)るか知(し)らぬが、149仮令(たとへ)百(ひやく)人(にん)居(を)つても結構(けつこう)だ』
150綾子『お客(きやく)さま、151ソンナ訳(わけ)にや行(ゆ)きませぬよ。152当地(たうち)の規則(きそく)として、153一人(ひとり)のお客(きやく)さまに一人(ひとり)より芸者(げいしや)は出(だ)す事(こと)が出来(でき)ないですもの』
154守宮別『フーンさうか、155そら仕方(しかた)がない。156今日(けふ)は実(じつ)ア三千(さんぜん)円(ゑん)の散財(さんざい)をせうと思(おも)つて来(き)たのだが、157ナアンのこつちやい。158厭(いや)でも応(おう)でも流連(いつづけ)せねばならぬのか、159どれ丈(だけ)使(つか)つたつて、160一人(ひとり)の芸者(げいしや)に三百(さんびやく)円(えん)は使(つか)へまい。161さうすりや、162十日(とをか)も有明楼(ありあけろう)の牢獄(らうごく)住居(ずまゐ)かな、163アハヽヽヽ』
164綾子『牢獄(らうごく)住居(ずまゐ)なぞと、165何(なに)仰有(おつしや)います。166激戦(げきせん)場裡(ぢやうり)に立(た)つてゐる紳士(しんし)紳商(しんしやう)、167大臣(だいじん)其(その)他(た)の男(をとこ)さまが、168命(いのち)の洗濯(せんたく)を遊(あそ)ばす天国(てんごく)浄土(じやうど)ですよ。169どうかお金(かね)さへあれば、170十日(とをか)なと百(ひやく)日(にち)なと千(せん)日(にち)なと、171流連(いつづけ)して下(くだ)さい。172其(その)代(かは)り妾(あたい)が手枕(てまくら)して可愛(かあい)がつて上(あ)げますワ』
173守宮別『ヨーシ来(き)た。174此奴(こいつ)ア洒落(しやれ)てる、175吾(わが)意(い)を得(え)たりといふべしだ。176実(じつ)ア綾子(あやこ)、177俺(おれ)はな十日(とをか)程(ほど)以前(いぜん)、178此(この)門先(かどさき)を通(とほ)つた時(とき)、179お前(まへ)の姿(すがた)をチラツと見初(みそ)めてから、180煩悩(ぼんなう)の犬(いぬ)が狂(くる)ひ出(だ)し、181寝(ね)ても醒(さめ)てもゐられないので、182国許(くにもと)へ電報(でんぱう)を打(う)ち、183金(かね)を送(おく)つて貰(もら)つて、184お前(まへ)の顔(かほ)を見(み)に来(き)たのだ。185俺(おれ)の心底(しんてい)もチツトは、186汲取(くみと)つて呉(く)れなくては困(こま)るよ』
187綾子『あ、188さう仰有(おつしや)いますと、189十日(とをか)程(ほど)以前(いぜん)に、190あの有名(いうめい)な気違(きちがひ)婆(ば)アさまのお寅(とら)さまとかいふ救世主(きうせいしゆ)のお伴(とも)をして歩(ある)いてゐられた、191ゐもりとか、192とかげとかいふお方(かた)ぢやありませぬか。193随分(ずゐぶん)親密(しんみつ)相(さう)な態度(たいど)で歩(ある)いてゐられましたね。194あんな立派(りつぱ)な奥(おく)さまがあるのに、195妾(あたい)のやうなお多福(たふく)が相手(あひて)になつて、196もしやお寅(とら)さまに嗅付(かぎつ)けられては、197妾(あたい)の命(いのち)がありませぬワ。198どうか今日(けふ)は帰(かへ)つて下(くだ)さいな。199一生(いつしやう)のお願(ねがひ)ですもの』
200守宮別『馬鹿(ばか)いふな、201俺(おれ)は三(さん)ケ月(げつ)以前(いぜん)、202国許(くにもと)を出発(しゆつぱつ)し、203スイスのゼネバへ、204エスペラント会議(くわいぎ)があつたので、205一寸(ちよつと)覗(のぞ)きに行(い)つた帰(かへ)りがけだ』
206綾子『何時(いつ)ゼネバからお帰(かへ)りになつたのですか』
207守宮別『ウン昨日(きのふ)帰(かへ)つて来(き)た所(ところ)だ』
208綾子『ようマア、209お客(きやく)さま、210ソンナ嘘(うそ)つ八(ぱち)が言(い)はれたものですな、211現(げん)に今(いま)妾(あたい)に、212十日前(とをかまへ)に妾(あたい)の顔(かほ)を見(み)たと仰有(おつしや)つたぢやありませぬか』
213守宮別『そら言(い)ふた。214確(たしか)に言(い)ふた。215其(その)十日前(とをかまへ)はゼネバへ行(ゆ)く道(みち)すがらだもの』
216綾子『成程(なるほど)、217ソンナラさうにしておきませう。218兎(と)も角(かく)お金(かね)さへ払(はら)つて貰(もら)へば、219商売(しやうばい)ですから、220金(かね)丈(だけ)の愛(あい)は注(そそ)ぎますよ』
221守宮別『オイ早(はや)く酒(さけ)を持(も)つて来(こ)ぬかい、222座(ざ)が白(しら)けて仕方(しかた)がないぢやないか』
223と云(い)つてゐる時(とき)しも、224トントントンと階段(かいだん)を上(のぼ)る足音(あしおと)が聞(きこ)え来(き)たりぬ。
225綾子『お客(きやく)さま、226お待兼(まちかね)のお酒(さけ)が来(き)た様(やう)ですワ』
227守宮別『ヤ、228其奴(そいつ)ア豪気(がうき)だ。229早(はや)く早(はや)く、230待兼山(まちかねやま)の杜鵑(ほととぎす)だ』
231 茲(ここ)に両人(りやうにん)は喋々(てふてふ)喃々(なんなん)と酒(さけ)汲(く)み交(か)はし、232下(くだ)らぬ話(はなし)に時(とき)を費(つひや)したり。233守宮別(やもりわけ)も綾子(あやこ)も無敵(むてき)の上戸(じやうこ)連(れん)で瞬(またた)く間(うち)に七八十(しちはちじつ)本(ぽん)の燗徳利(かんとつくり)をこかして了(しま)ひぬ。234綾子(あやこ)は酒(さけ)に酔(よ)ふたが最後(さいご)、235仕(し)だらのない女性(ぢよせい)で、236自分(じぶん)の方(はう)から、237お膳(ぜん)を据(す)ゑるといふ、238したたか者(もの)である。239守宮別(やもりわけ)は益々(ますます)笑壺(ゑつぼ)に入(い)り、
240守宮別『アヽア、241一万(いちまん)円(ゑん)の金(かね)があれば、242一月(ひとつき)は悠(ゆつ)くり遊(あそ)べるのになア……』
243と私(ひそ)かに歎息(たんそく)をもらし乍(なが)ら、244会(あ)ふた時(とき)に笠(かさ)ぬげ式(しき)で、245味(あぢ)の悪(わる)い蛤(はまぐり)を食(く)つた口直(くちなほ)しにと、246無性(むしやう)矢鱈(やたら)に上(うへ)を下(した)への大活劇(だいくわつげき)をやり出(だ)した。247到当(たうとう)二人(ふたり)は髪(かみ)の毛(け)から爪(つめ)の先(さき)迄(まで)解(と)け合(あ)ふて了(しま)ひ、248切(き)つても切(き)れぬ恋仲(こひなか)となりにけり。
249守宮別『オイ、250綾子(あやこ)、251お前(まへ)は一体(いつたい)どこから来(き)たのだい』
252綾子『ハイ妾(あたい)はエルサレム生(うま)れですよ。253お父(とう)さまが極道(ごくだう)だものですから、254たうとう妾(あたい)をコンナ所(ところ)へ売(う)つて了(しま)つたのです。255妾(あたい)の生(うま)れた時(とき)は相当(さうたう)な財産家(ざいさんか)だつたさうですが間(ま)もなくお母(かあ)さまが亡(な)くなられたので、256お父(とう)さまが後妻(ごさい)を引入(ひきい)れ、257朝(あさ)から晩(ばん)まで酒池(しゆち)肉林(にくりん)の大騒(おほさわ)ぎ、258何程(なにほど)金(かね)が有(あ)つても働(はたら)かずに食(く)つて許(ばか)り居(を)れば、259山(やま)さへ無(な)くなる道理(だうり)、260たうとう貧乏(びんばふ)のドン底(ぞこ)に落(お)ちて、261首(くび)がまはらぬので、262妾(あたい)を十一(じふいち)の年(とし)から、263此(この)有明楼(ありあけろう)へ十(じふ)年(ねん)千(せん)円(ゑん)の約束(やくそく)で売(う)つて了(しま)つたのです。264本当(ほんたう)に困(こま)つた親(おや)ですワ』
265守宮別『フーン、266話(はなし)を聞(き)けば聞(き)く程(ほど)可哀相(かあいさう)だ。267ヨーシ、268俺(おれ)がキツと助(たす)けてやるから心配(しんぱい)するな。269お前(まへ)のお父(とう)さまといふのは今(いま)何(なに)してゐるのだ』
270綾子『ヘー、271気違(きちがひ)婆(ば)アさまと仇名(あだな)を取(と)つた、272お寅(とら)さまとかいふ方(かた)の、273玄関番(げんくわんばん)に雇(やと)はれてるといふ事(こと)ですが、274どうなつたか知(し)りませぬ。275此(この)間(あひだ)も旦那(だんな)さまによう似(に)た男(をとこ)ハンとお寅(とら)さまと、276妾(あたい)のお父(とう)さまと、277ここの門(かど)に立(た)ち、278妾(あたい)を指(ゆび)さしてゐました。279アンナ人(ひと)がお父(とう)さまかと思(おも)へば恥(はづか)しうて堪(たま)りませぬワ』
280守宮別『ナニ、281あのヤク、282……』
283といひかけて、284俄(にはか)に口(くち)をつめ、
285守宮別『ソリヤ、286ヤク介者(かいもの)だなア。287お前(まへ)の心痛(しんつう)も察(さつ)する。288併(しか)し人間(にんげん)は七転(ななころび)八起(やおき)といふから心配(しんぱい)するには当(あた)らないよ』
289綾子『ハイ御(ご)親切(しんせつ)に有難(ありがた)う厶(ござ)います。290旦那(だんな)さま、291何(ど)う考(かんが)へても、292お寅(とら)さまと一緒(いつしよ)に歩(ある)いて居(を)られた、293守宮別(やもりわけ)さまのやうに思(おも)へて仕方(しかた)がありませぬワ』
294守宮別『そら世界(せかい)にや、295他人(たにん)の空似(そらに)といつて、296よく似(に)た者(もの)が二人(ふたり)づつあるといふ事(こと)だから。297それ程(ほど)又(また)私(わし)に能(よ)う似(に)た男(をとこ)があつたかいな』
298綾子『色(いろ)の浅黒(あさぐろ)い、299口(くち)の尖(とが)つた所(ところ)、300目(め)の丸(まる)い所(ところ)、301鼻(はな)の格好(かくかう)、302毛(け)の伸(の)び具合(ぐあひ)、303どつから何処(どこ)迄(まで)瓜二(うりふた)つですワ、304妙(めう)な事(こと)があるものですな』
305守宮別『綾子(あやこ)、306もうソンナこたア、307何(ど)うでも可(い)いから、308一(ひと)つあつさり唄(うた)はうぢやないか』
309綾子『どうか一(ひと)つ旦那(だんな)さまから唄(うた)つて下(くだ)さいな。310そして、311旦那(だんな)さまのお名(な)を聞(き)かして下(くだ)さいな。312旦那(だんな)さま旦那(だんな)さまでは、313根(ね)つから気(き)が行(ゆ)きませぬからな』
314守宮別『ウン、315俺(おれ)の名(な)かい、316俺(おれ)の名(な)は……ウン、317さうだな、318マア、319ブラバーサにしておかうかい』
320綾子『旦那(だんな)さまツたら、321なまくらな。322そら三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)の名(な)ぢやありませぬか。323意茶(いちや)つかさずに本当(ほんたう)の名(な)を仰有(おつしや)つて下(くだ)さいな』
324守宮別『さう短兵急(たんぺいきふ)に追及(ついきふ)されては、325早速(さつそく)に名(な)が出(で)て来(こ)ぬワ。326マテマテ、327急(せ)くな、328慌(あわ)てな、329せいては事(こと)を仕損(しそん)ずるからなア』
330綾子『せかねば事(こと)が間(ま)に合(あ)はず……とかいひましてね、331ホヽヽヽヽ』
332守宮別『俺(おれ)の名(な)を聞(き)いて驚(おどろ)くな。333吾(わ)れこそは、334日出(ひので)の島(しま)にて名(な)も高(たか)き、335ウヅンバラ・チヤンダーといふ者(もの)だよ』
336綾子『嘘(うそ)許(ばか)り、337ウヅンバラ・チヤンダーは救世主(きうせいしゆ)ぢやありませぬか』
338守宮別『此奴(こいつ)ア失敗(しま)つた。339実(じつ)は漆別(うるしわけ)といふのだよ』
340綾子『本当(ほんたう)ですか、341漆別(うるしわけ)か、342うるさい別(わけ)か知(し)らぬけれど、343何(なん)だか判然(はつきり)せぬお名前(なまへ)ぢや厶(ござ)いませぬか』
344守宮別『まア何(ど)うでも可(い)い。345目出度(めでたく)これで帰敬式(ききやうしき)も済(す)むだのだから、346お前(まへ)と俺(おれ)とは神(かみ)の許(ゆる)した夫婦(ふうふ)だ。347何(ど)うだ嬉(うれ)しいか』
348 綾子(あやこ)はプリンと背(せ)を向(む)けて、
349綾子『知(し)りませぬ』
350守宮別『ハヽア、351肝腎(かんじん)の事(こと)を忘(わす)れて居(を)つたワイ。352お愛想(あいそ)をするのを……』
353といひ乍(なが)ら、354ポケットに手(て)を入(い)れて見(み)たが蟇口(がまぐち)が無(な)いので、355吃驚(びつくり)し、
356守宮別『ヤ、357此奴(こいつ)ア大変(たいへん)だ、358失敗(しま)つたア……』
359綾子『漆別(うるしわけ)さま、360何(なに)かお忘(わす)れになつたのですかい』
361守宮別『落(おと)したア……、362力(ちから)おとした……。363困(こま)つたなア……』
364綾子『そらお困(こま)りですな。365警察(けいさつ)へお届(とど)けになつたら何(ど)うです。366正直(しやうぢき)な拾(ひろ)ひ主(ぬし)があつて届(とど)けてるかも知(し)れませぬよ』
367守宮別『実(じつ)ア、368そこの四辻(よつつじ)で警官(けいくわん)に怪(あや)しまれ、369身体(しんたい)検査(けんさ)をやられた時(とき)にや、370今(いま)考(かんが)へてみると、371已(すで)に有(も)つてゐなかつたやうだ。372どつかで、373チボにでもやられたのだろ。374併(しか)し綾子(あやこ)、375俺(おれ)は斯(か)う見(み)えても、376国許(くにもと)では百万(ひやくまん)長者(ちやうじや)の息子(むすこ)だから、377電報(でんぱう)一(ひと)つ打(う)てば、378一(いつ)週間(しうかん)経(た)たぬ間(ま)に電報(でんぽう)為替(かはせ)で送(おく)つてくるから、379それまで夫婦(ふうふ)になつたよしみで、380お前(まへ)の金(かね)で、381ここの払(はら)ひを済(す)ましておいて呉(く)れないか』
382綾子『ハイ、383外(ほか)ならぬ貴方(あなた)の事(こと)ですから、384払(はら)つて置(お)きませう。385お金(かね)が来(き)たら、386屹度(きつと)来(き)て下(くだ)さいや』
387守宮別『ヨシヨシ、388お前(まへ)を忘(わす)れてなるものかい。389今日(けふ)俺(おれ)が此(この)楼主(ろうしゆ)に対(たい)して赤恥(あかはぢ)をかく所(ところ)を助(たす)けてくれたお前(まへ)だもの、390況(ま)して切(き)つても切(き)れぬ仲(なか)となつたのだもの、391之(これ)を忘(わす)れてたまるものかい。392あゝ仕方(しかた)がない。393之(これ)から一寸(ちよつと)カンラン山(ざん)を見物(けんぶつ)して来(く)るから、394お前(まへ)ここに待(ま)つてゐてくれ』
395綾子『ソンナ所(ところ)へお出(いで)遊(あそ)ばすにや及(およ)ばぬぢやないですか。396妾(あたい)の側(そば)に居(ゐ)るより、397橄欖山(かんらんざん)の方(はう)が恋(こひ)しいのですか』
398守宮別『ナニ、399ソンナ事(こと)があるものかい。400お前(まへ)の側(そば)を一刻(いつこく)も離(はな)れ度(た)くないのだけれど、401懐中(くわいちう)無一物(むいつぶつ)では、402どうも安心(あんしん)して、403世話(せわ)になつてる訳(わけ)にはゆかぬぢやないか』
404綾子『妾(あたい)と貴方(あなた)の仲(なか)ぢやもの、405三日(みつか)や五日(いつか)御(ご)逗留(とうりう)遊(あそ)ばしたつて構(かま)ひませぬワ。406衣裳(いしやう)を質(しち)に置(お)いてでも、407三日(みつか)や五日(いつか)は養(やしな)ひますもの、408マア安心(あんしん)して下(くだ)さいな』
409守宮別『ヨーシ、410それでは序(ついで)にモウ二日(ふつか)厄介(やくかい)にならう。411実(じつ)はな、412僧院(そうゐん)ホテルの第一号(だいいちがう)室(しつ)を借切(かりき)つてあるのだから、413そこへ行(い)つて宿(とま)れば金(かね)が無(な)くても、414五日(いつか)や十日(とをか)は暮(くら)せるのだからな』
415 斯(か)く両人(りやうにん)は心(こころ)から打(うち)とけて恋仲(こひなか)となり、416守宮別(やもりわけ)は綾子(あやこ)の云(い)つた如(ごと)く、417二晩(ふたばん)逗留(とうりう)して三日目(みつかめ)の昼頃(ひるごろ)ブラリブラリと、418何(なに)くはぬ顔(かほ)して、419僧院(そうゐん)ホテルへ帰(かへ)り来(きた)りける。
420(大正一四・八・二〇 旧七・一 於由良秋田別荘 松村真澄録)
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