霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 虎角(こかく)〔一八一三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下 篇:第2篇 鬼薊の花 よみ(新仮名遣い):おにあざみのはな
章:第7章 虎角 よみ(新仮名遣い):こかく 通し章番号:1813
口述日:1925(大正14)年08月19日(旧06月30日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年11月7日
概要: 舞台:カフェー、御霊城、十字街頭 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2020-05-25 09:42:21 文字数:4580 OBC :rm64b07
愛善世界社版:89頁 八幡書店版:第11輯 528頁 修補版: 校定版:89頁 普及版:63頁 初版: ページ備考:
001 守宮別(やもりわけ)お花(はな)の二人(ふたり)は奥(おく)の一間(ひとま)で、002酒(さけ)汲(く)みかはし乍(なが)ら、003意茶(いちや)付(つ)き喧嘩(げんくわ)をやつて居(ゐ)る所(ところ)へ、004トンク、005テク両人(りやうにん)は盗人猫(ぬすとねこ)が不在(るす)の家(いへ)を覗(のぞ)くやうなスタイルで、006ヌーツと顔(かほ)をつき出(だ)した。007お花(はな)は早(はや)くも二人(ふたり)の姿(すがた)を見(み)てとり、
008お花『ヤ、009お前(まへ)は、010お寅(とら)さまと一所(いつしよ)に霊城(れいじやう)へやつて来(き)たトンク、011テクの両人(りやうにん)ぢやないかい、012何(なん)ぞ御用(ごよう)があるのかな』
013トンクは右(みぎ)の手(て)で額(ひたひ)を二(ふた)つ三(みつ)つ叩(たた)き乍(なが)ら、
014トンク『イヤ、015どうも、016誠(まこと)に済(す)みませぬ。017些(ちつ)と許(ばか)り酒代(さかて)が頂戴(ちやうだい)致(いた)したいので、018……』
019お花『お前(まへ)はお寅(とら)さまの御(ご)家来(けらい)ぢやないか、020妾(わたし)に些(ちつ)とも関係(くわんけい)はありませぬよ、021酒代(さかて)が欲(ほ)しけら、022お寅(とら)さまに貰(もら)つて来(き)なさい、023ノコノコと失礼(しつれい)な、024人(ひと)の座敷(ざしき)へ入(はい)つて来(き)て、025盗猫(どろねこ)のやうに、026黒(くろ)ん坊(ばう)のクセに何(な)んぢやいな』
027トンク『お前(まへ)さまに直接(ちよくせつ)の関係(くわんけい)はありますまいが、028ここに厶(ござ)る守宮別(やもりわけ)さまには深(ふか)い深(ふか)い関係(くわんけい)があるのです。029……これはこれは守宮別(やもりわけ)様(さま)、030大変(たいへん)お楽(たのし)みの所(ところ)を、031不粋(ぶすゐ)な黒(くろ)ん坊(ばう)が二人(ふたり)もやつて来(き)まして、032嘸(さぞ)御(ご)迷惑(めいわく)でも厶(ござ)いませうが、033チツと許(ばか)り口薬(くちぐすり)が頂戴(ちやうだい)致(いた)したいので厶(ござ)いますよ』
034お花『何(なに)、035口薬(くちぐすり)が欲(ほ)しいと云(い)ふのかい、036守宮別(やもりわけ)さまの暗(くら)い影(かげ)でも掴(つか)んだといふのかい』
037トンク『ハツハヽヽヽ、038白々(しらじら)しい事(こと)を仰有(おつしや)いますな。039大変(たいへん)なローマンスを見届(みとど)けてあればこそ、040かうして口薬(くちぐすり)を頂戴(ちやうだい)に参(まゐ)つたのです。041ゴテゴテ云(い)はずに、042ザツと二十(にじふ)円(ゑん)、043二人(ふたり)で〆(しめ)て四十(よんじふ)円(ゑん)、044アツサリと下(くだ)さいな、045安(やす)いものでせう』
046 お花(はな)は之(これ)を聞(き)いて、047守宮別(やもりわけ)がお寅(とら)以外(いぐわい)に女(をんな)でも拵(こしら)へて居(ゐ)るのではあるまいか。048そこを此(この)トンクに見(み)つけられて、049弱点(じやくてん)を握(にぎ)られてるのだらう、050何(なん)と気(き)の多(おほ)い男(をとこ)だなア。051……と稍(やや)嫉妬心(しつとごころ)が起(おこ)り出(だ)し、
052お花『これ、053守宮別(やもりわけ)さま、054お前(まへ)さまは又(また)しても又(また)しても箸(はし)まめな事(こと)をして厶(ござ)るのだろ、055サ、056トンクさまとやら、057あつさりと云(い)ふて下(くだ)さい、058さうすりや、059お金(かね)は二十(にじふ)円(ゑん)はさておいて、060五十(ごじふ)円(ゑん)でも百(ひやく)円(ゑん)でも上(あ)げます』
061守宮別『コレお花(はな)、062コンナ者(もの)に、063さう金(かね)をやる必要(ひつえう)がどこにある。064相手(あひて)にしなさるな』
065お花『そらさうでせう、066妾(わたし)がトンクさまを相手(あひて)にすると、067チト、068あなたの御(ご)都合(つがふ)が悪(わる)いでせう。069コレコレ、070トンクさま、071遠慮(ゑんりよ)はいりませぬ、072とつとと守宮別(やもりわけ)さまのローマンスをスツパリと、073此(この)場(ば)でさらけ出(だ)して下(くだ)さい』
074トンク『ハイ有難(ありがた)う、075屹度(きつと)百(ひやく)円(ゑん)くれますな』
076お花『併(しか)し二人(ふたり)に百(ひやく)円(ゑん)だよ。077取違(とりちがひ)して貰(もら)ふと困(こま)るからな』
078トンク『ハイ宜(よろ)しあす、079此(この)守宮別(やもりわけ)さまは、080お寅(とら)さまと何時(いつ)も師匠(ししやう)と弟子(でし)のやうな顔(かほ)をして、081殊勝(しゆしよう)な事(こと)をいふてゐられますが、082其(その)実(じつ)内証(ないしよう)でくつついてゐるのですよ。083私(わたし)や、084いつやらの晩(ばん)、085橄欖山(かんらんざん)の上(のぼ)り口(ぐち)で、086怪体(けたい)な所(ところ)を見(み)て置(お)きました。087なア守宮別(やもりわけ)さま、088其(その)時(とき)あなた、089人(ひと)に言(い)つちや可(い)けないよ……と云(い)つて私(わたし)に十(じふ)円(ゑん)呉(く)れましたね』
090守宮別『ウン確(たし)かにやつた覚(おぼえ)がある、091併(しか)しそれをどうしたといふのだ。092ソンナこた、093お花(はな)さまの前(まへ)で言(い)つた所(ところ)で三文(さんもん)の価値(かち)も無(な)いぢやないか。094お花(はな)さまだつて、095今日(けふ)迄(まで)の俺(おれ)とお寅(とら)さまとの関係(くわんけい)は御(ご)承知(しようち)だからなア』
096トンク『それでも、097あなた、098さういふ事(こと)を世間(せけん)へ発表(はつぺう)せうものなら、099貴方(あなた)もチツトは困(こま)るでせう』
100お花『阿呆(あはう)らしい、101トンクさま、102そんなことなら聞(き)かして貰(もら)はいでも可(い)いのだよ。103此(この)守宮別(やもりわけ)さまが、104外(ほか)の女(をんな)と怪(あや)しい関係(くわんけい)があつたか無(な)かつたか、105それが聞(き)かしてほしかつたのだよ。106確(たしか)な証拠(しようこ)はなくても、107どこの家(うち)で酒(さけ)を呑(の)んで居(を)つたとか、108意茶(いちや)ついて居(を)つたとか、109夫(そ)れが分(わか)れば可(い)いのだからな』
110トンク『ヘ、111五十(ごじふ)円(ゑん)なら申上(まをしあ)げます。112エルサレムの横町(よこちやう)のカフエーの奥(おく)で、113お花(はな)さまと守宮別(やもりわけ)さまが一杯(いつぱい)やり乍(なが)ら、114夫婦(ふうふ)約束(やくそく)をしたり、115頬(ほつ)ぺたを抓(つめ)つたり、116肩(かた)にブラ下(さが)つたり、117それはそれは見(み)るに見(み)られぬ醜体(しうたい)を演(えん)じてをられました、118事(こと)を私(わたし)許(ばか)りぢやなく、119ここの女中(じよちう)が証人(しようにん)ですよ。120それも今月(こんげつ)今日(こんにち)、121サ五十(ごじふ)円(ゑん)、122二人(ふたり)でシメて百(ひやく)円(ゑん)、123如何(どう)です安(やす)いものでせうがな』
124守宮別『フツフヽヽヽ、125此奴(こいつ)ア面白(おもしろ)い。126マ一杯(いつぱい)やつたらどうだ』
127とコツプをつき出(だ)す、128お花(はな)は眉(まゆ)を逆立(さかだ)て、129声(こゑ)を尖(とが)らし乍(なが)ら、
130お花『ヘン、131あほらしい、132業々(げふげふ)し相(さう)に、133何(なん)のこつちやいな。134五十(ごじふ)両(りやう)もお前(まへ)さま等(ら)にやるやうな、135金(かね)があつたら、136ヨルダン川(がは)へでも放(ほ)かしますわいな』
137トンク『宜(よろ)しい、138お前(まへ)さまが其(その)了見(れうけん)なら、139直様(すぐさま)お寅(とら)さまへ注進(ちうしん)致(いた)しますよ』
140お花『どうぞ注進(ちうしん)して下(くだ)さい。141そして守宮別(やもりわけ)さまと此(この)お花(はな)との交情(かうじやう)のこまやかな所(ところ)を、142お寅(とら)さまにつぶさに報告(はうこく)し、143忠勤振(ちうきんぶり)を発揮(はつき)なさいませ。144最早(もはや)此(この)お花(はな)はお寅(とら)さまと手(て)を切(き)り、145守宮別(やもりわけ)さまとは天下(てんか)晴(は)れて、146切(き)つても切(き)れぬ夫婦(ふうふ)ですよ。147どうか、148お寅(とら)さまに守宮別(やもりわけ)さま夫婦(ふうふ)が宜(よろ)しう伝(つた)へたと仰有(おつしや)つて下(くだ)さい。149そしてエルサレムの市中(まちぢう)へ、150妾(わたし)達(たち)夫婦(ふうふ)の結婚式(けつこんしき)を挙(あ)げた事(こと)を、151駄賃(だちん)をよう出(だ)しませぬが、152披露(ひろう)をして下(くだ)さい』
153トンク『エー、154クソ面白(おもしろ)くもない。155ようし、156これから、157一(ひと)つお寅(とら)にたきつけてやらう』
158とテクと共(とも)に千鳥足(ちどりあし)し乍(なが)ら、159カフエーを立出(たちい)で、160お寅(とら)の霊城(れいじやう)へと注進(ちうしん)の為(ため)忍(しの)び行(ゆ)く。
161 お寅(とら)は守宮別(やもりわけ)、162お花(はな)の打(う)つて変(かは)つた愛想(あいさう)づかしと無情(むじやう)な仕打(しうち)に、163憤慨(ふんがい)の余(あま)り逆上(ぎやくじやう)し、164暫(しばらく)庭(には)の土(つち)の上(うへ)に倒(たふ)れてゐたが、165漸(やうや)く気(き)がつき、166辺(あた)りを見(み)れば、167箱火鉢(はこひばち)は腹(はら)を破(やぶ)つて木端(こつぱ)微塵(みぢん)となり、168そこらは灰神楽(はひかぐら)で、169一分(いちぶ)許(ばか)りの畳(たたみ)の目(め)もみえぬ程(ほど)黒(くろ)くなつてゐる。170ブツブツ小言(こごと)を云(い)ひ乍(なが)ら、171穂先(ほさき)の薙刀(なぎなた)になつた箒(はうき)でヤツトの事(こと)、172灰(はひ)を掃清(はききよ)め、173ドスンと団尻(だんじり)を下(お)ろした所(ところ)へ、174ヒヨロヒヨロになつて、175一杯(いつぱい)気嫌(きげん)の鼻唄(はなうた)諸共(もろとも)、176トンク、177テクの両人(りやうにん)が入(い)り来(き)たり、178トンクは開口(かいこう)一番(いちばん)に、
179トンク『これはこれは、180生宮(いきみや)様(さま)、181お一人(ひとり)で嘸(さぞ)お淋(さび)しいこつて厶(ござ)いませう。182ヤクの後(あと)を追(お)つかけて、183生宮(いきみや)様(さま)がお駆出(かけだ)しになつたものですから、184人馬(じんば)の行通(ゆきか)ふ雑踏(ざつたふ)の巷(ちまた)、185貴女(あなた)のお身(み)の上(うえ)が険呑(けんのん)だと思(おも)ひ、186三(さん)人(にん)が手分(てわけ)を致(いた)しまして、187そこら中(ぢう)を捜(さが)しました所(ところ)、188お行方(ゆくへ)が分(わか)らず、189一層(いつそ)の事(こと)ヤクを取(と)つ捉(つか)まへてお目(め)にかけたいと思(おも)ひ、190エルサレムの裏長屋(うらながや)迄(まで)捜(さが)して見(み)ましたが、191たうとう幸(かう)か不幸(ふかう)か、192姿(すがた)を見失(みうしな)ひました。193それから横町(よこちやう)のカフエーに立寄(たちよ)り、194ブドー酒(しゆ)をテクと二人(ふたり)引(ひ)つかけてゐますと、195それはそれは天地(てんち)転倒(てんたう)と云(い)はふか、196地震(ぢしん)ゴロゴロ雷(かみなり)ピカピカ、197いやもう、198ドテライ、199貴女(あなた)のお身(み)の上(うへ)に取(と)つて、200大事件(だいじけん)が突発(とつぱつ)して居(を)りましたので、201取(と)る物(もの)も取敢(とりあへ)ず、202お弟子(でし)になつた御(ご)奉公(ほうこう)の初手柄(はつてがら)として御(ご)報告(はうこく)に参(まゐ)りました』
203お寅『それはどうも有難(ありがた)う、204お前(まへ)ならこそ報告(はうこく)に来(き)て呉(く)れたのだ、205大方(おほかた)ブラバーサが暴力団(ばうりよくだん)でも使(つか)つて、206此(この)お寅(とら)を国(くに)へ追返(おひかへ)さうとでも企(たく)んでゐるのぢやないか』
207トンク『イエ、208滅相(めつさう)な、209ソンナ小(ちひ)さい事(こと)ですかいな。210貴女(あなた)のお身(み)の上(うへ)にとつて、211天変(てんぺん)地異(ちい)これ位(ぐらゐ)大(おほ)きな災(わざはひ)は厶(ござ)いますまい、212なあテク、213側(そば)から見(み)て居(を)つても、214ムカつくぢやないか』
215テク『本当(ほんたう)にテクも、216腹(はら)が立(た)つて、217歯(は)がギチギチ云(い)ひよるわ、218あのザマつたら、219論(ろん)にも杭(くひ)にも掛(かか)らぬわい。220お寅(とら)さまが本当(ほんたう)にお気(き)の毒(どく)だ』
221お寅『コレ、222序文(じよぶん)許(ばか)り並(なら)べて居(を)らずに、223短刀(たんたう)直入(ちよくにふ)的(てき)に実地(じつち)問題(もんだい)にかかつて下(くだ)さい。224一体(いつたい)大事件(だいじけん)とは何事(なにごと)だいな』
225 トンクは、
226トンク『ヘー、227これ程(ほど)大事(だいじ)な事(こと)を申上(まをしあ)げるのですから、228貴女(あなた)はお喜(よろこ)びでせうが、229一方(いつぱう)の為(ため)には大変(たいへん)な不利益(ふりえき)です。230さうすれば、231貴女(あなた)に喜(よろこ)ばれて、232一方(いつぱう)の方(はう)からは非常(ひじやう)な怨恨(ゑんこん)を買(か)ひ、233暗(やみ)の晩(ばん)にでもなれば、234うつかり外(そと)は歩(ある)けませぬわ。235それだから、236ヘヽヽヽ一寸(ちよつと)は容易(ようい)に申上(まをしあ)げたうても申上(まをしあ)げられませぬ。237なあテク、238地獄(ぢごく)の沙汰(さた)も○○だからなア』
239お寅『エー辛気(しんき)臭(くさ)い、240お金(かね)が欲(ほ)しいのだらう。241お金(かね)ならお金(かね)と何故(なぜ)あつさり言(い)はぬのだいな』
242トンク『ハイ、243仰(おほせ)に従(したが)ひ、244あつさりと申上(まをしあ)げます。245どうか前金(ぜんきん)として、246二十(にじふ)円(ゑん)程(ほど)頂戴(ちやうだい)致(いた)したう厶(ござ)います』
247お寅『ヨシヨシ、248サ、249あらためて取(と)つてお呉(く)れ』
250と其(その)場(ば)に投出(なげだ)せば、251二人(ふたり)はガキの様(やう)に引(ひ)つつかみ、252ヤニハにポケツトへ捻込(ねぢこ)んで了(しま)ひ、
253トンク『ヤ、254有難(ありがた)う、255流石(さすが)はウラナイ教(けう)のお寅(とら)さま、256底津(そこつ)岩根(いはね)の大(おほ)ミロクの生宮(いきみや)、257日出(ひのでの)神(かみ)のお寅(とら)さま、258ウラナイ教(けう)の大教主(だいけうしゆ)、259誠(まこと)に感(かん)じ入(い)りました』
260お寅『コレコレ、261ソンナ事(こと)聞(き)かうと思(おも)つて、262お金(かね)を出(だ)したのでない。263大事件(だいじけん)の秘密(ひみつ)を早(はや)く聞(き)かして下(くだ)さい』
264トンク『ハイ、265これからが正念場(しやうねんば)です。266どうか吃驚(びつくり)せないやうに、267胴(どう)をすゑて居(を)つて下(くだ)さいや。268エー、269実(じつ)の所(ところ)は横町(よこちやう)のカフエー迄(まで)一杯(いつぱい)呑(の)みに行(ゆ)きました所(ところ)、270裏(うら)の離(はな)れに男女(だんぢよ)が喋々(てふてふ)喃々(なんなん)と、271甘(あま)つたるい口(くち)で囁(ささや)いたり、272頬(ほほ)べたを抓(つめ)つたり、273金切声(かなきりごゑ)を出(だ)して、274意茶(いちや)ついてる者(もの)があるぢやありませぬか』
275お寅『成程(なるほど)、276そら大方(おほかた)ブラバーサとマリヤの風俗(ふうぞく)壊乱組(くわいらんぐみ)だらうがな。277そんな事(こと)がナニ妾(わし)に対(たい)して大事件(だいじけん)だろ、278併(しか)し乍(なが)らヨウ報告(はうこく)して下(くだ)さつた。279之(これ)から彼方(あいつ)等(ら)を力(ちから)一杯(いつぱい)攻撃(こうげき)して、280再(ふたた)び世(よ)に立(た)てない様(やう)、281社会(しやくわい)的(てき)に葬(はうむ)つてやる積(つもり)だから、282そら可(よ)い材料(ざいれう)だ』
283と話(はなし)も聞(き)かぬ内(うち)から早呑込(はやのみこ)みしてゐる。284トンクは言句(げんく)に詰(つま)り、
285トンク『もし、286お寅(とら)さま、287さう早取(はやどり)して貰(もら)ふと、288二(に)の句(く)がつげませぬがな。289オイ、290テク、291お前(まへ)之(これ)から性念場(しやうねんば)を些(ちつ)と許(ばか)り申上(まをしあ)げて呉(く)れ。292お前(まへ)廿(にじふ)両(りやう)貰(もら)ふた冥加(みやうが)もあるからの』
293テク『お寅(とら)さま、294ソンナ気楽(きらく)な事(こと)ですかいな、295お前(まへ)さまの寝(ね)ても醒(さ)めても忘(わす)れない、296最愛(さいあい)のレコとあやめのお花(はな)さまとが、297それはそれは目(め)だるい事(こと)をやつていましたよ。298私(わたし)が貴女(あなた)だつたら、299あの儘(まま)にはして置(お)きませぬがな。300生首(なまくび)を引抜(ひきぬ)いて烏(からす)にこつかしてやらねば虫(むし)が癒(い)えませぬがな』
301 之(これ)を聞(き)くより、302お寅(とら)は電気(でんき)にでも打(う)たれた如(ごと)く打驚(うちおどろ)き、303暫(しば)しは口(くち)を尖(とが)らし、304目(め)を剥(む)いて言葉(ことば)も出(で)なかつたが、305稍(やや)暫時(しばらく)して、
306お寅『テヽテクさま、307トヽトンクさま、308そら本当(ほんたう)かいな。309本当(ほんたう)とあれば、310ジツとしては居(を)られない、311お花(はな)の奴(やつ)、312本当(ほんたう)にバカにしてる』
313と早(はや)くも捻鉢巻(ねぢはちまき)をなし、314赤襷(あかたすき)をかけようとする。
315トンク『そら、316マヽ待(ま)つて下(くだ)さい、317さう慌(あわ)てても、318話(はなし)が分(わ)かりませぬ、319たうとう二人(ふたり)は夫婦(ふうふ)約束(やくそく)を致(いた)しました。320そして祝言(しうげん)の盃(さかづき)もやり直(なほ)したといふことですよ』
321お寅『ナヽナアニ、322シユシユ祝言(しうげん)の盃(さかづき)、323そして又(また)ドヽ何処(どこ)の内(うち)で、324ソヽそんな事(こと)を、325ヤヽやつてゐるのだい』
326トンク『横町(よこちやう)のカフエーの奥座敷(おくざしき)ですがな、327併(しか)し乍(なが)らトンクが言(い)つたとは、328云(い)つて貰(もら)へませんで、329あとが恐(おそ)ろしう厶(ござ)いますからな』
330お寅『コリヤ、331トンク、332テク、333お前(まへ)も妾(わし)の家来(けらい)に成(な)つたのぢやないか、334妾(わし)の為(ため)には何(なん)でも聞(き)くだろ、335妾(わし)が踏込(ふみこ)んで生首(なまくび)引抜(ひきぬ)くのも易(やす)い事(こと)だが、336そんな乱暴(らんばう)な事(こと)すると、337日出(ひのでの)神(かみ)の沽券(こけん)にかかはる。338妾(わし)はここで辛抱(しんばう)するから、339お前(まへ)代(かは)りにお花(はな)の生首(なまくび)引抜(ひきぬ)いてヨルダン川(がは)へ投込(なげこ)みて下(くだ)さい。340さうすりや、341何(なん)ぼでもお金(かね)は上(あ)げるからな』
342トンク『何程(なにほど)お金(かね)に成(な)りましても、343ソンナこたア私(わたし)に出来(でき)ませぬワ。344暴力団(ばうりよくだん)取締令(とりしまりれい)が出(で)て居(を)りますので、345二人(ふたり)寄(よ)つても、346直(すぐ)にスパイが後(あと)を追(お)つかける時節(じせつ)ですもの。347そんなこたア、348御(ご)本人(ほんにん)直接(ちよくせつ)に決行(けつかう)されたが可(よ)いでせう。349刑務所(けいむしよ)へ放(ほ)り込(こ)まれて臭(くさ)い飯(めし)くはされても約(つ)まりませぬからな、350それとも一万(いちまん)両(りやう)下(くだ)さらばやつてみても宜(よろ)しい』
351お寅『エーエー腑甲斐(ふがひ)のない、352何奴(どいつ)も此奴(こいつ)もガラクタ許(ばか)りだな。353守宮別(やもりわけ)さまは決(けつ)してそんな無情(むじやう)な人(ひと)ぢやない。354酒(さけ)に酔(よ)ふと、355いろいろの事(こと)を仰有(おつしや)るが、356正直(しやうぢき)な親切(しんせつ)な、357誠生粋(まこときつすゐ)な大広木(おほひろき)正宗(まさむね)さまの生宮(いきみや)だ、358スレツカラシのお花(はな)の奴(やつ)、359たうとう地金(ぢがね)を放(ほ)り出(だ)し、360男(をとこ)を喰(く)はへて、361ヌツケリコと夫婦(ふうふ)気取(きどり)で、362そんな所(ところ)へ行(い)て酒(さけ)をくらうて居(ゐ)やがるのだらう。363エーまどろしい、364暴力団(ばうりよくだん)取締(とりしまり)が何(なん)だ。365日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)がお花(はな)位(ぐらゐ)に敗北(ひけ)を取(と)つてどうなるものか』
366と眉毛(まゆげ)は逆立(さかだ)ち目(め)は血走(ちばし)り鉢巻(はちまき)したまま、367襷(たすき)をかけたまま、368後先(あとさき)の考(かんが)へも無(な)く腹立紛(はらだちまぎ)れに飛出(とびだ)した。369トンク、370テクの両人(りやうにん)は、371『コラ一大事(いちだいじ)』とお寅(とら)の後(あと)を見(み)え隠(かく)れに付(つ)いて行(ゆ)くと、372十字(じふじ)街頭(がいとう)を微酔(ほろよひ)機嫌(きげん)で守宮別(やもりわけ)がお花(はな)の手(て)を引(ひ)いてヒヨロリヒヨロリとやつて来(く)るのに出会(でつくは)した。373お寅(とら)はアツと言(い)つたきり、374其(その)場(ば)に悶絶(もんぜつ)して了(しま)つた。375守宮別(やもりわけ)、376お花(はな)は掛(かか)り合(あひ)になつては一大事(いちだいじ)と、377素知(そし)らぬ顔(かほ)し乍(なが)ら、378橄欖山(かんらんざん)目(め)がけて逃(に)げてゆく。
379(大正一四・八・一九 旧六・三〇 於由良秋田別荘 松村真澄録)
380(昭和一〇・三・一〇 於台湾草山別院 王仁校正)
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