霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一五章 騒淫(さういん)ホテル〔一八二一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下 篇:第3篇 開花落花 よみ(新仮名遣い):かいからっか
章:第15章 騒淫ホテル よみ(新仮名遣い):そういんほてる 通し章番号:1821
口述日:1925(大正14)年08月20日(旧07月1日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年11月7日
概要: 舞台:僧院ホテルの一号室、三号室、二号室 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2017-11-26 19:23:55 文字数:4581 OBC :rm64b15
愛善世界社版:201頁 八幡書店版:第11輯 570頁 修補版: 校定版:204頁 普及版:63頁 初版: ページ備考:
001 守宮別(やもりわけ)はお花(はな)の形勢(けいせい)如何(いかに)と、002息(いき)を殺(ころ)して考(かんが)へて居(ゐ)たが、003余(あま)り低気圧(ていきあつ)の襲来(しふらい)もないので、004安心(あんしん)して翌日(よくじつ)の十(じふ)時(じ)過(すぎ)まで潰(つぶ)れるやうに寝(ね)て了(しま)つた。005お花(はな)はどこやら一(ひと)つ腑(ふ)に落(お)ちぬ所(ところ)があるので、006一目(ひとめ)も睡(ねむ)らず角膜(かくまく)を血(ち)ばしらして、007朝間(あさま)早(はや)くから、008ヤクをたたき起(おこ)し、009次(つぎ)の間(ま)に座(ざ)をしめて、010稍(やや)小声(こごゑ)になり、
011お花『これ、012ヤクさま、013昨夕(ゆふべ)お前(まへ)は綾子(あやこ)と云(い)ふ娘(むすめ)があると云(い)ひましたねえ』
014 ヤクは……ウツカリ吾子(わがこ)の事(こと)を喋(しやべ)り、015若(も)し守宮別(やもりわけ)との関係(くわんけい)があらうものなら、016板挟(いたばさ)みになつて此家(ここ)に居(を)る事(こと)が出来(でき)ない。017これや呆(ほう)けるに限(かぎ)る……と腹(はら)をきめ、
018ヤク『ハイ云(い)ひました。019併(しか)しありや嘘(うそ)ですよ。020つい座興(ざきよう)にアンナ事(こと)云(い)つて見(み)たのですよ。021ナアニ、022私(わたし)の様(やう)な者(もの)に半分(はんぶん)でも娘(むすめ)があつて耐(たま)るものですか。023娘(むすめ)さへ有(あ)りや、024コンナ難儀(なんぎ)はしませぬからな』
025 お花(はな)は長煙管(ながきせる)で火鉢(ひばち)の縁(ふち)を叩(たた)き乍(なが)ら、026頭(かしら)を左右(さいう)に振(ふ)り、
027お花『イエイエ駄目(だめ)ですよ。028お花(はな)の目(め)で一目(ひとめ)睨(にら)みたら、029何程(なにほど)隠(かく)しても駄目(だめ)ですよ。030サアちやつと云(い)ふて下(くだ)さい。031好(い)い子(こ)だからなア』
032ヤク『何程(なにほど)好(い)い児(こ)だと仰有(おつしや)つても独身(どくしん)ものの私(わたし)、033好(い)い子(こ)も悪(わる)い子(こ)も、034嬶(かか)も女房(にようばう)もカカンツも、035媽村屋(かかむらや)も何(なに)もありませぬわい』
036お花『何(なん)と云(い)つても、037お前(まへ)の顔(かほ)は、038一寸(ちよつと)渋皮(しぶかは)のむけた姫殺(ひめころ)しだよ。039縦(たて)から見(み)ても横(よこ)から見(み)ても、040女(をんな)にちやほやされるスタイルだ。041柳(やなぎ)の眉毛(まゆげ)にキリリとした目許(めもと)、042黒(くろ)ぐろしい目(め)の玉(たま)、043鼻(はな)の恰好(かつかう)と云(い)ひ口許(くちもと)と云(い)ひ、044お前(まへ)のやうな美男子(びなんし)を、045捨(す)てる女(をんな)があるものかいなア。046随分(ずゐぶん)女殺(をんなごろし)をやつたやうな顔(かほ)だよ。047サアサアほんとに云(い)つて下(くだ)さい。048決(けつ)して守宮別(やもりわけ)さまに不足(ふそく)は云(い)はない、049お前(まへ)の迷惑(めいわく)になるやうな事(こと)はせぬから。050守宮別(やもりわけ)さまのひいきばかりせずに、051お花(はな)のひいきも些(ちつ)とはして下(くだ)さつては如何(どう)ぢやいな』
052ヤク『アーアー煩(うるさ)い事(こと)だな。053お前(まへ)さまの気(き)に入(い)れば旦那(だんな)さまの気(き)に入(い)らず、054旦那(だんな)様(さま)の為(ため)を思(おも)へばお前(まへ)さまに責(せ)められるなり、055私(わたし)も立(た)つ瀬(せ)がありませぬわ』
056お花『ホヽヽヽ、057夫(そ)れ御覧(ごらん)なさい。058蛙(かへる)は口(くち)から、059たうとう白状(はくじやう)なさつたぢやありませぬか。060綾子(あやこ)と云(い)ふ芸者(げいしや)は一体(いつたい)何処(どこ)に置(お)いてあるのだい』
061ヤク『ハイ、062もう仕方(しかた)がありませぬから申(まをし)ますわ。063併(しか)し私(わたし)が云(い)つた為(た)めに、064夫婦(ふうふ)喧嘩(げんくわ)でもやられちや、065此処(ここ)を飛(と)び出(だ)すより外(ほか)はありませぬ。066さうすりや、067主人(しゆじん)を失(うしな)つた野良犬(のらいぬ)同様(どうやう)、068ルンペンするより外(ほか)ありませぬ。069さうすれや可愛(かあい)い娘(むすめ)の恥(はぢ)にもなりますし、070まさかの時(とき)の保証(ほしよう)をして貰(もら)はにや云(い)ふ事(こと)は出来(でき)ませぬ』
071お花『ホヽヽヽ、072何(なん)と如才(じよさい)の無(な)い男(をとこ)だこと。073併(しか)しお前(まへ)の立場(たちば)とすりや無理(むり)もない事(こと)だ。074それなら、075どつとはり込(こ)みて百円札(ひやくゑんさつ)一(いち)枚(まい)上(あ)げるから何(なに)も彼(か)も云(い)ふのだよ』
076と云(い)ひ乍(なが)ら、077ヤクの懐(ふところ)へ蟇口(がまぐち)から百円札(ひやくゑんさつ)を一(いち)枚(まい)取(と)り出(だ)してそつと捻込(ねじこ)む。
078ヤク『ハ、079遉(さすが)はお花(はな)さま、080三千(さんぜん)世界(せかい)の救世主(きうせいしゆ)、081シオンの娘(むすめ)、082木花(このはな)咲耶姫(さくやひめ)の生宮(いきみや)、083アヤメのお花様(はなさま)、084有難(ありがた)く頂戴(ちやうだい)致(いた)します。085帰命(きめい)頂礼(ちやうらい)謹請(ごんじよう)再拝(さいはい)謹請(ごんじよう)再拝(さいはい)』
086お花『これこれ辛気(しんき)臭(くさ)い、087ソンナ事(こと)どうでもよいぢやないか。088早(はや)く事実(じじつ)を云(い)つて下(くだ)さいな。089グヅグヅしとると守宮別(やもりわけ)さまが起(お)きて来(く)るぢやないか』
090ヤク『ハイ、091それなら申(まを)します。092確(たしか)に綾子(あやこ)と云(い)ふ娘(むすめ)が厶(ござ)います。093サアこれで許(こら)へて下(くだ)さい』
094お花『それ御覧(ごらん)、095娘(むすめ)があるだらう。096妾(わし)の目(め)は違(ちが)ふまいがな』
097ヤク『いや誠(まこと)にはや、098恐(おそ)れ入(い)りまして厶(ござ)います。099生宮(いきみや)様(さま)の御(ご)明察(めいさつ)、100到底(たうてい)匹夫(ひつぷ)下郎(げらう)のわれわれには、101御(ご)心底(しんてい)を測知(そくち)する事(こと)は出来(でき)ませぬワイ、102エヘヽヽヽ』
103お花『その綾子(あやこ)は一(いつ)たい何処(どこ)に居(を)るのだい』
104ヤク『ヘエ、105居所(ゐどころ)迄(まで)申上(まをしあげ)ると約束(やくそく)はして厶(ござ)いませぬがな』
106お花『この広(ひろ)い世(よ)の中(なか)、107確(たしか)に娘(こ)があると云(い)つた所(ところ)で、108居所(ゐどころ)が分(わか)らぬやうな事(こと)で何(なん)になりますか。109さう意茶(いちや)つかさずと、110とつとと云(い)つて下(くだ)さいな』
111ヤク『ソンナラドツとはり込(こ)んで、112神秘(しんぴ)の扉(とびら)を開(ひら)きませう。113実(じつ)はその何(なん)です。114或(ある)所(ところ)に勤(つと)め奉公(ほうこう)をやつて居(ゐ)ますよ。115それはそれは別嬪(べつぴん)ですよ。116親(おや)の口(くち)より云(い)ふのは何(なん)ですが失礼(しつれい)乍(なが)らお花(はな)さまのやうな別嬪(べつぴん)でも到底(たうてい)傍(そば)へは寄(よ)れませぬな』
117お花『何(なに)、118別嬪(べつぴん)だと、119そりや大変(たいへん)だ。120その別嬪(べつぴん)が何処(どこ)に居(を)ると云(い)ふのだい』
121ヤク『或(ある)所(ところ)に確(たしか)に居(を)りますがな』
122お花『或(ある)所(ところ)と云(い)つたつて、123地名(ちめい)を云(い)はにや分(わか)らぬぢやないか』
124ヤク『有(あ)る所(ところ)に居(ゐ)るに定(きま)つてゐますがな。125無(な)い所(ところ)に居(を)りさうな筈(はず)は厶(ござ)いませぬもの』
126お花『どこの国(くに)の何処(どこ)の町(まち)に居(を)ると云(い)ふ事(こと)を云(い)つて下(くだ)さい』
127ヤク『成程(なるほど)、128併(しか)しコンナ事(こと)を云(い)ひますと、129旦那(だんな)様(さま)におつ放(ぽ)り出(だ)されますわ。130其(その)時(とき)の用意(ようい)にモウ百(ひやく)両(りやう)下(くだ)さいな』
131お花『エヽ欲(よく)の深(ふか)い男(をとこ)だな、132それ百(ひやく)円(ゑん)』
133と又(また)放(ほ)り出(だ)す。
134ヤク『エヘヽヽヽヽ、135確(たしか)に頂戴(ちやうだい)致(いた)しました。136三千(さんぜん)世界(せかい)の救世主(きうせいしゆ)、137大(おほ)ミロクの生宮(いきみや)』
138お花『これこれヤク。139ソンナ長(なが)たらしい事(こと)はどうでもよい。140サ早(はや)く簡単(かんたん)に所在(ありか)を云(い)ふて下(くだ)さいな。141助(たす)けて貰(もら)つたお礼(れい)にも行(ゆ)かねばならぬからな』
142ヤク『ハイ、143パレスチナの国(くに)に居(を)ります』
144お花『成程(なるほど)、145さうだろ さうだろ、146処(ところ)はどこだい』
147ヤク『所(ところ)ですかいな。148所(ところ)がお前(まへ)さま、149所(ところ)をすつかり忘(わす)れて了(しま)つたのですよ』
150お花『これヤク、151百(ひやく)円(ゑん)返(かへ)してお呉(く)れ。152もうお前(まへ)のやうな頼(たよ)りない方(かた)とは掛合(かけあ)つても駄目(だめ)だ。153これから警察署(けいさつしよ)へ行(い)つて探(さが)して貰(もら)う。154名(な)さへ分(わか)ればよいのだから、155其(その)百(ひやく)円(ゑん)をお返(かへ)し』
156とグツと胸倉(むなぐら)をつかむ。
157ヤク『メヽヽヽ滅相(めつさう)な、158これや私(わたし)の金(かね)です。159たとへ天(てん)が地(ち)になつてもこの金(かね)は渡(わた)しませぬ』
160お花『それならもつと詳(くは)しく云(い)はないかいな』
161ヤク『それならもう百(ひやく)円(ゑん)下(くだ)さいな。162詳(くは)しく云(い)ひますから』
163お花『エヽ仕方(しかた)がない、164これで三百(さんびやく)円(えん)だよ』
165ヤク『実(じつ)は、166かう云(い)ふて千(せん)円(ゑん)許(ばか)りせしめようと思(おも)ひましたが、167俄(にはか)に良心(りやうしん)の奴(やつ)弱音(よわね)を吹(ふ)いて、168肉体(にくたい)を気(き)の毒(どく)がらしますから、169三百(さんびやく)円(えん)で辛抱(しんばう)しておきませう。170実(じつ)はステーション街道(かいだう)の有明家(ありあけや)の綾子(あやこ)と云(い)つたら、171界隈(かいわい)切(き)つての美人(びじん)ですよ。172サアもう此処迄(ここまで)いつたら耐(こら)へて下(くだ)さい。173もう此(この)上(うへ)は材料(ざいれう)が厶(ござ)いませぬからな』
174お花『いや、175よう云(い)ふて下(くだ)さつた。176お前(まへ)ならこそ、177三百(さんびやく)円(えん)は安(やす)いものだよ。178サアこれから三百(さんびやく)円(えん)がとこ守宮別(やもりわけ)をとつ締(ち)めてやらねばなるまい』
179と云(い)ひ乍(なが)ら他愛(たあい)もなく寝(ね)て居(ゐ)る守宮別(やもりわけ)のポケットに手(て)を入(い)れて探(さぐ)つて見(み)ると小(ちひ)さい名刺(めいし)が現(あら)はれた。180お花(はな)はそつと吾(わが)居間(ゐま)に帰(かへ)り老眼鏡(らうがんきやう)をかけてよく見(み)れば、181六号(ろくがう)活字(くわつじ)で、182『有明家(ありあけや) 綾子(あやこ)』と記(しる)してある、183さうして横(よこ)の方(はう)に小(ちひ)さい写真(しやしん)がついてゐる。184お花(はな)は俄(にはか)に頭(かしら)へ血(ち)がのぼり、185卒倒(そつたう)せむ許(ばか)りに打(う)ち驚(おどろ)いたが遉(さすが)の豪傑(がうけつ)女(をんな)、186グツと気(き)を取(と)り直(なほ)し、187手(て)を振(ふる)はせ乍(なが)ら名刺(めいし)の裏(うら)を返(かへ)して見(み)ると、188薄(うす)い鉛筆(えんぴつ)文字(もじ)で何(なに)かクシヤクシヤと記(しる)してある。189お花(はな)は目(め)が眩(くら)み、190この文字(もじ)を読(よ)む事(こと)が出来(でき)ず、191たうとう其(その)場(ば)に卒倒(そつたう)して仕舞(しま)つた。192其処(そこ)へボーイの案内(あんない)につれて十七八(じふしちはち)の花(はな)を欺(あざむ)く美人(びじん)が現(あら)はれ来(きた)り、
193綾子『漆別(うるしわけ)さまのお部屋(へや)は此方(こちら)で厶(ござ)いますか。194有明家(ありあけや)の綾子(あやこ)が一寸(ちよつと)お目(め)にかかり度(た)いとお伝(つた)へ下(くだ)さいませ』
195 ヤクは一目(ひとめ)見(み)るより吃驚(びつくり)し、
196ヤク『ヤ、197お前(まへ)は綾子(あやこ)ぢやないか。198オイ、199コンナ所(ところ)へ来(き)て呉(く)れては大変(たいへん)だ。200どうか帰(かへ)つて呉(く)れ大変(たいへん)だからな』
201綾子『イエ、202妾(わたし)は漆別(うるしわけ)さまに用(よう)があつて来(き)たのですもの。203何程(なんぼ)親(おや)だとて、204娘(むすめ)の恋愛(れんあい)迄(まで)圧迫(あつぱく)する権利(けんり)は厶(ござ)いますまい』
205ヤク『これ娘(むすめ)、206親(おや)の云(い)ふ事(こと)をなぜ聞(き)かぬのか』
207綾子『ヘン、208偉(えら)さうに親顔(おやがほ)して下(くだ)さいますなや。209お母(かあ)さまが亡(な)くなつてから後妻(ごさい)を貰(もら)つて妾(わらは)をいぢめさせ、210沢山(たくさん)の財産(ざいさん)を皆(みな)無(な)くして仕舞(しま)つて、211一人(ひとり)の娘(むすめ)に高等(かうとう)教育(けういく)も受(う)けさせず、212十一(じふいち)やそこらで茶屋(ちやや)へ売飛(うりと)ばすと云(い)ふやうな無情(むじやう)冷酷(れいこく)な親(おや)が何処(どこ)にありますか、213何(なん)と仰有(おつしや)つても妾(わたし)は漆別(うるしわけ)さまに会(あ)はねばなりませぬ』
214ヤク『漆別(うるしわけ)さまなぞと、215ソンナお方(かた)は居(を)られないよ。216アタ見(み)つともない、217女(をんな)が男(をとこ)を尋(たづ)ねると云(い)ふ事(こと)が有(あ)るか、218早(はや)く帰(かへ)つて呉(く)れ。219のう、220私(わし)を助(たす)けると思(おも)つて』
221綾子『漆別(うるしわけ)さまが居(ゐ)なくても構(かま)ひませぬ。222第一号(だいいちがう)室(しつ)のお客(きやく)さまに遇(あ)ひさへすればいいのですもの』
223ヤク『第一号(だいいちがう)室(しつ)は、224三千(さんぜん)世界(せかい)の生神(いきがみ)、225シオンの娘(むすめ)、226木花(このはな)咲耶姫(さくやひめ)の尊様(みことさま)が祭(まつ)つてあるのだ。227人間(にんげん)なぞは居(ゐ)ないから、228サアサア、229とつとと帰(かへ)つて呉(く)れ』
230綾子『一号室(いちがうしつ)が差支(さしつかへ)れや二号室(にがうしつ)でも三号室(さんがうしつ)でも構(かま)ひませぬワ』
231ヤク『あゝ困(こま)つたな、232お花(はな)さまが今(いま)卒倒(そつたう)しとるので好(い)やうなものの、233コンナ事(こと)になつて来(き)たら、234何事(なにごと)が起(おこ)るか知(し)れやしないわ。235アヽ一層(いつそう)面倒(めんだう)の起(おこ)らぬ中(うち)に逃(に)げ出(だ)さうかな』
236綾子『逃(に)げ出(だ)さうと逃(に)げ出(だ)すまいと、237貴方(あなた)の勝手(かつて)になさいませ。238私(わたし)は夫婦(ふうふ)約束(やくそく)迄(まで)した漆別(うるしわけ)さまに遇(あ)ひさへすれば好(よ)いのですもの』
239ヤク『何(なに)、240夫婦(ふうふ)約束(やくそく)迄(まで)したと、241ヤ、242こいつは困(こま)つたな。243蔭裏(かげうら)の豆(まめ)も時節(じせつ)が来(く)れば花(はな)が咲(さ)く油断(ゆだん)のならぬは娘(むすめ)とはよく云(い)つたものだわい』
244綾子『定(きま)つた事(こと)ですよ。245朝(あさ)から晩(ばん)迄(まで)色餓鬼(いろがき)の巷(ちまた)へ、246お父(とう)さまが打(ぶ)ち込(こ)んだのですもの、247修学院(しうがくゐん)の雀(すずめ)は蒙求(もうぎう)を囀(さへづ)り、248門前(もんぜん)の小僧(こぞう)は学(まな)ばずに経(きやう)を読(よ)む道理(だうり)、249妾(わたし)だつて十三(じふさん)の年(とし)から恋愛(れんあい)は悟(さと)つて居(を)りますわ。250ホヽヽ、251エヽコンナ没分暁漢(わからずや)のデモお父(とう)さまに掛合(かけあ)つても駄目(だめ)だ。252二世(にせ)を契(ちぎ)つた漆別(うるしわけ)さまに遇(あ)へばよいのだよ』
253と矢庭(やには)にヤクの手(て)を振(ふ)り放(はな)ち三号室(さんがうしつ)に侵入(しんにふ)した。254見(み)れば、255白粉(おしろい)をベツタリことつけた五十(ごじふ)余(あま)りの婆(ば)アさまが仰向(あふむ)けに倒(たふ)れて居(ゐ)る。
256綾子『何(なん)だ、257怪体(けつたい)な所(ところ)だな』
258と云(い)ひ乍(なが)ら、259第二号(だいにがう)室(しつ)のドアを開(あ)けて這入(はい)つて見(み)ると、260グウグウと夜半(よは)の夢(ゆめ)を見(み)て恋(こひ)しい男(をとこ)が睡(ねむ)つて居(ゐ)るので、261綾子(あやこ)は傍(そば)により、
262綾子『これ申(もう)し漆別(うるしわけ)様(さま)、263綾子(あやこ)で厶(ござ)います。264どうか起(おき)て下(くだ)さい。265もう何時(なんどき)だと思(おも)ふていらつしやるの』
266 守宮別(やもりわけ)は綾子(あやこ)の艶(なまめか)しい声(こゑ)が耳(みみ)に入(い)つたと見(み)えてムクムクと起(お)き上(あが)り、
267守宮別『ヤ、268お前(まへ)は綾子(あやこ)だつたか、269怖(こは)い夢(ゆめ)を見(み)た。270一寸(ちよつと)俺(おれ)はホテル迄(まで)帰(かへ)つて来(く)るわ』
271綾子『ホヽヽヽ、272これ旦那(だんな)さま、273何(なに)を寝呆(ねぼ)けて入(い)らつしやるの。274此処(ここ)はカトリック僧院(そうゐん)ホテルの第二号(だいにがう)室(しつ)ですよ』
275守宮別『成程(なるほど)さうだつたな。276お前(まへ)又(また)どうして尋(たづ)ねて来(き)たのだい』
277綾子『女房(にようばう)が夫(をつと)の所(ところ)へ尋(たづ)ねて来(く)るのが悪(わる)う厶(ござ)いますか、278貴方(あなた)も余(あんま)り妾(わたし)を馬鹿(ばか)にして下(くだ)さいますなや。279どうも貴方(あなた)の挙動(きよどう)が怪(あや)しいと思(おも)つて考(かんが)へて来(き)て見(み)れば、280次(つぎ)の間(ま)に怪物(くわいぶつ)のやうな女(をんな)が寝(ね)かしてあるのでせう。281あれや大方(おほかた)貴方(あなた)のレコでせう。282エー悔(くや)しや残念(ざんねん)やな』
283と守宮別(やもりわけ)の顔面(がんめん)目蒐(めが)けて所(ところ)構(かま)はず掻(か)きむしる。284守宮別(やもりわけ)の顔(かほ)には長(なが)い爪創(つめきづ)が雨(あめ)の脚(あし)の様(やう)に額口(ひたひぐち)から咽喉(いんこう)にかけて蚯蚓膨(みみずば)れが出来(でき)て了(しま)つた。
285守宮別『あゝ許(ゆる)せ許(ゆる)せ、286さう掻(か)きむしられちや、287痛(いた)くて耐(たま)らないぢやないか』
288綾子『エヽ、289年(とし)が若(わか)い未通娘(おぼこむすめ)だと思(おも)つて、290妾(わたし)を馬鹿(ばか)にしよつたな。291サアもう死物狂(しにものぐる)ひだ。292喉首(のどくび)に喰(くら)ひついて、293命(いのち)を取(と)らねばおきませぬぞや』
294 ヤクはドアの外(そと)から様子(やうす)を考(かんが)へて居(ゐ)たが、295何(なん)とはなしに形勢(けいせい)不穏(ふおん)なので、296開(あ)けて入(はい)らうとすれど、297内部(ないぶ)より錠(ぢやう)が卸(おろ)してあるので、298一歩(いつぽ)も進(すす)む事(こと)が出来(でき)ず、299ドアの外(そと)で地団駄(ぢだんだ)踏(ふ)んで居(ゐ)る。300内部(ないぶ)では守宮別(やもりわけ)綾子(あやこ)の両人(りやうにん)がチンチン喧嘩(げんくわ)の真最中(まつさいちう)、301守宮別(やもりわけ)は種茄子(たねなす)を力(ちから)限(かぎ)り締(し)めつけられ、302……勘忍(かんにん)々々(かんにん)人殺(ひとごろし)……と喚(わめ)きつつ、303やつとの事(こと)で錠(ぢやう)を外(はづ)し第三号(だいさんがう)室(しつ)迄(まで)命(いのち)辛々(からがら)逃(に)げ出(だ)した。304此(この)物音(ものおと)に卒倒(そつたう)して居(ゐ)たお花(はな)は気(き)がつき見(み)れば守宮別(やもりわけ)が若(わか)い女(をんな)と組(く)んづほぐれつ、305掴(つか)みあつて居(ゐ)る。306お花(はな)は、307かつと怒(いか)り、
308お花『コラすべた女(をんな)奴(め)、309人(ひと)の男(をとこ)を取(と)りよつて、310覚悟(かくご)せい。311此(この)お花(はな)も死物狂(しにものぐる)ひだ』
312と綾子(あやこ)の髻(たぶさ)を掴(つか)んで引(ひき)づり廻(まは)す。313綾子(あやこ)は守宮別(やもりわけ)とお花(はな)の両方(りやうはう)から苛嘖(さいな)まれ、
314綾子『人殺(ひとごろし)々々(ひとごろし)、315お父(とう)さま助(たす)けてお呉(く)れ』
316と泣(な)き叫(さけ)ぶ。317遉(さすが)のヤクも吾(わが)子(こ)の危難(きなん)を見(み)るに忍(しの)びず、
318ヤク『この淫乱(いんらん)婆々(ばば)奴(め)』
319と拳(こぶし)を固(かた)めお花(はな)の頭(かしら)と顔(かほ)の区別(くべつ)なく、320丁々(ちやうちやう)発矢(はつし)と打(う)ち据(す)ゑる。321キヤーキヤー ガタガタ バタンバタン、322ドタンドタンと時(とき)ならぬ異様(いやう)の響(ひび)きに僧院(そうゐん)ホテルのボーイ連(れん)も、323吾先(われさき)にと階段(かいだん)を登(のぼ)り来(きた)り、324此奴(こいつ)も亦(また)入(い)り乱(みだ)れて撲(なぐ)り撲(なぐ)られ、325いつ果(は)つるとも知(し)れざれば、326ヤクは一層(いつそう)の事(こと)、327警察(けいさつ)へ訴(うつた)へ出(で)て応援(おうゑん)を請(こ)はむと、328階段(かいだん)を駆(か)け下(お)りる折(をり)、329過(あやま)つて転落(てんらく)し、330血(ち)を吐(は)いて蛙(かへる)をぶつつけたやうにフンノビて仕舞(しま)ひける。
331 此(この)騒動(さうだう)も、332ホテルの支配人(しはいにん)が中(なか)に入(はい)つて、333やつと治(をさ)まり、334綾子(あやこ)は有明家(ありあけや)へ渡(わた)され、335お花(はな)は暫(しば)し負傷(ふしやう)の癒(なほ)る迄(まで)、336エルサレムの病院(びやうゐん)に収容(しうよう)される事(こと)となりにける。
337(大正一四・八・二〇 旧七・一 於由良秋田別荘 加藤明子録)
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