霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 武力鞘(ぶりきざや)〔一七〇九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻 篇:第2篇 春湖波紋 よみ(新仮名遣い):しゅんこはもん
章:第7章 武力鞘 よみ(新仮名遣い):ぶりきざや 通し章番号:1709
口述日:1924(大正13)年12月27日(旧12月2日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年8月19日
概要: 舞台:波切丸 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:4885 OBC :rm6707
愛善世界社版:90頁 八幡書店版:第12輯 63頁 修補版: 校定版:90頁 普及版:68頁 初版: ページ備考:
001 ヨリコ姫(ひめ)は甲板(かんばん)に立(た)つて、002平和(へいわ)な湖面(こめん)を打(うち)眺(なが)め、003声(こゑ)も涼(すず)しく歌(うた)ふ。
004『久方(ひさかた)の大空(おほぞら)高(たか)く聳(そび)えたる
005オーラの山(やま)は霞(かすみ)けり
006常夜(とこよ)の暗(やみ)もハルの湖(うみ)
007うつ小波(さざなみ)の音(ね)も清(きよ)く
008吾(わが)船舷(ふなばた)に皷(つづみ)うつ
009千波(せんぱ)万波(ばんぱ)の皺(しわ)の湖(うみ)
010伸(の)べ行(ゆ)く波切丸(なみきりまる)の上(うへ)
011天(てん)より高(たか)く咲(さ)く花(はな)の
012聖(きよ)き御教(みのり)を聞(き)き乍(なが)ら
013彼方(あなた)の岸(きし)に進(すす)み行(ゆ)く
014心(こころ)曇(くも)りしヨリコ姫(ひめ)も
015村雲(むらくも)はらす時津風(ときつかぜ)に
016心(こころ)の暗(やみ)を払(はら)はれて
017澄(すみ)わたりたる湖(うみ)の上(うへ)
018小鳥(ことり)は千代(ちよ)を唄(うた)ひつつ
019翼(つばさ)拡(ひろ)げてアンボイナ
020神(かみ)に輝(かがや)く頭上(づじやう)をば
021前後(ぜんご)左右(さいう)に飛(と)びかへて
022吾(わが)行手(ゆくて)をば守(まも)る如(ごと)
023見(み)ゆるも床(ゆか)し波(なみ)の上(うへ)
024大(おほ)き小(ちひ)さき島々(しまじま)は
025パインの木蔭(こかげ)を宿(やど)しつつ
026彼方(あなた)此方(こなた)に漂(ただよ)ひて
027眺(なが)めも清(きよ)き今日(けふ)の旅(たび)
028忽(たちま)ち来(きた)る夜嵐(よあらし)の
029猛(たけ)びに船(ふね)は中天(ちうてん)に
030捲(ま)き上(あ)げられて暗礁(あんせう)の
031苦難(くなん)を逃(のが)れ玉(たま)の緒(を)の
032命(いのち)を無事(ぶじ)に保(たも)ちしも
033三五教(あななひけう)に仕(つか)へたる
034梅公(うめこう)の君(きみ)の御(おん)恵(めぐみ)
035神(かみ)の稜威(みいづ)の目(ま)のあたり
036顕(あら)はれませし尊(たふと)さよ
037船(ふね)は行(ゆ)く波(なみ)は静(しづか)に立(たち)並(なら)ぶ
038魚鱗(ぎよりん)は静(しづ)かにまたたきて
039天津(あまつ)日影(ひかげ)を宿(やど)しつつ
040世(よ)の太平(たいへい)を謳(うた)ふなり
041類(たぐひ)稀(まれ)なる師(し)の君(きみ)の
042優(やさ)しき言葉(ことば)に導(みちび)かれ
043根底(ねそこ)の国(くに)を後(あと)にして
044常磐(とは)の花(はな)咲(さ)く天津(あまつ)神(かみ)
045鎮(しづ)まりゐます御(おん)国(くに)へ
046進(すす)みて行(ゆ)かむ心地(ここち)こそ
047吾(わが)身(み)此(この)世(よ)に生(うま)れてゆ
048まだ例(ためし)なき喜(よろこ)びの
049涙(なみだ)に袖(そで)はうるほひぬ
050あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
051神(かみ)の守(まも)らす此(この)船(ふね)は
052スガの港(みなと)に渡(わた)るてふ
053げにスガスガし吾(あが)心(こころ)
054何(なに)に譬(たとへ)む物(もの)もなし
055二八(にはち)の春(はる)の花盛(はなざか)り
056心(こころ)の嵐(あらし)吹(ふ)きすさび
057よからぬ人(ひと)と手(て)を引(ひ)いて
058枉(まが)の醜業(しこわざ)企(たく)らみつ
059オーラの山(やま)の砦(とりで)をば
060千代(ちよ)の住家(すみか)と定(さだ)めつつ
061罪(つみ)を重(かさ)ねし悔(くや)しさよ
062神(かみ)の恵(めぐみ)の浅(あさ)からず
063吾(わが)身(み)の運(うん)の尽(つ)きずして
064かくも目出(めで)たき神教(みをしへ)に
065進(すす)み入(い)りしは天地(あめつち)の
066神(かみ)の恵(めぐみ)と畏(かしこ)みて
067朝(あさ)な夕(ゆふ)なに怠(おこた)らず
068其(その)御(おん)徳(とく)を感謝(かんしや)しつ
069晴(はれ)渡(わた)りたる胸(むね)の空(そら)
070大日(おほひ)は清(きよ)く照(て)り渡(わた)り
071月影(つきかげ)清(きよ)く澄(す)みきりて
072星(ほし)の瞬(またた)きいと妙(たへ)に
073風(かぜ)は不断(ふだん)の音楽(おんがく)を
074奏(かな)でまつりて神々(かみがみ)の
075深(ふか)き稜威(みいづ)を現(あら)はせり
076時(とき)しもあれや大高島(おほたかじま)
077如何(いか)なる神(かみ)の計(はか)らひか
078下津(したつ)岩根(いはね)の底(そこ)深(ふか)く
079つき立(た)ちたりと聞(きこ)えしが
080何(なん)の苦(く)もなく見(み)るうちに
081水泡(みなわ)と消(き)えて跡(あと)もなく
082其(その)頂(いただ)きに永久(とこしへ)に
083立(たち)並(なら)びたる夫婦岩(めうといは)
084俄(にはか)に獣(けもの)と身(み)を変(へん)じ
085高(たか)き岩座(いはくら)相放(あひはな)れ
086屠所(としよ)に曳(ひ)かるる羊(ひつじ)なす
087憐(あはれ)な姿(すがた)トボトボと
088岩(いは)の虚隙(きよげき)を伝(つた)ひつつ
089猿捕荊(さるとりいばら)に身(み)を破(やぶ)り
090或(あるひ)は転(ころ)げ又(また)倒(たふ)れ
091頭(かしら)を下(した)に尾(を)を上(うへ)に
092漸(やうや)く磯辺(いそべ)に降(くだ)りつき
093波(なみ)を渡(わた)つて逃(にげ)失(う)せぬ
094あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
095オーラの山(やま)に永久(とこしへ)に
096神(かみ)を詐(いつは)り世(よ)の人(ひと)を
097欺(あざむ)き悩(なや)め吾(わが)威勢(ゐせい)
098四方(よも)に張(は)らむと思(おも)ひしを
099思(おも)ひ返(かへ)せば愚(おろか)なる
100企(たく)みとこそは知(し)られけり
101遠(とほ)き神代(かみよ)の昔(むかし)より
102常磐(ときは)堅磐(かきは)に此(この)湖(うみ)の
103光(ひかり)ともなり花(はな)となり
104湖中(こちう)の王(わう)と敬(うやま)はれ
105万民(ばんみん)憧憬(どうけい)の的(まと)となり
106時(とき)めき渡(わた)りし岩島(いはじま)も
107忽(たちま)ち天(てん)の時(とき)到(いた)らば
108かくも無残(むざん)に失(う)せにける
109之(これ)を思(おも)へば人(ひと)の身(み)は
110尚(なほ)更(さら)果敢(はか)なきものならむ
111大黒主(おほくろぬし)の勢(いきほひ)は
112天地(てんち)に貫(つらぬ)く威(ゐ)あり共(とも)
113神(かみ)の戒(いまし)め下(くだ)りなば
114旭(あさひ)に霜(しも)の消(き)ゆる如(ごと)
115夏(なつ)の氷(こほり)の解(と)くる如(ごと)
116はかなく消(き)えむ惟神(かむながら)
117神(かみ)の力(ちから)の恐(おそ)ろしや
118シーゴーの司(つかさ)は幸(さいは)ひに
119神(かみ)の大道(おほぢ)に進(すす)み入(い)り
120曲(まが)の関所(せきしよ)を乗(のり)越(こ)えて
121今(いま)は高天(たかま)の花苑(はなぞの)に
122通(かよ)ふ旅路(たびぢ)となりにけり
123吾(わが)妹(いもうと)の花香姫(はなかひめ)
124教(をしへ)の君(きみ)に伴(ともな)はれ
125千(せん)里(り)の波濤(はたう)を打(うち)渡(わた)り
126万里(ばんり)の広野(くわうや)を跋渉(ばつせう)して
127神(かみ)の御(おん)為(ため)世(よ)の為(ため)に
128尽(つく)さむ身(み)とはなりにけり
129吾(わ)れも妹(いもうと)も惟神(かむながら)
130尊(たふと)き神(かみ)に救(すく)はれて
131旭(あさひ)のただ刺(さ)す神国(かみくに)へ
132勇(いさ)み行(ゆ)くこそ嬉(うれ)しけれ
133あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
134神(かみ)の御前(みまへ)に慎(つつし)みて
135吾(われ)等(ら)が前途(ぜんと)に幸(さち)あれと
136天地(てんち)に向(むか)つて願(ね)ぎ奉(まつ)る
137畏(かしこ)み敬(ゐやま)ひ願(ねぎ)奉(まつ)る』
138花香姫(はなかひめ)『湖(うみ)の面(おも)を飛(と)び交(か)ふ鳥(とり)の翼(つばさ)こそ
139花(はな)か蝶(てふ)かと見(み)まがひにける。
140大高島(おほたかじま)音(おと)さへ立(た)てず湖底(うなそこ)に
141沈(しづ)みしを見(み)て世(よ)の移(うつ)るをさとる。
142うつり行(ゆ)く御代(みよ)に扇(あふぎ)の末(すゑ)広(ひろ)く
143栄(さか)ゆる春(はる)の花香(はなか)をぞ待(ま)つ』
144シーゴー『島々(しまじま)は泰然(たいぜん)自若(じじやく)波(なみ)に浮(う)くを
145大高島(おほたかじま)の憐(あはれ)はかなさ。
146行(ゆき)かひの船(ふね)を悩(なや)めし岩島(いはじま)も
147あへなく失(う)せて水泡(みなわ)となりぬ。
148吾(わが)胸(むね)に巣(す)ぐひし曲(まが)も岩島(いはじま)の
149あはれを見(み)ては水泡(みなわ)ときえぬ。
150天地(あめつち)の中(なか)はら渡(わた)る此(この)船(ふね)は
151神(かみ)の救(すく)ひの御梯(みはし)とぞ思(おも)ふ。
152常世(とこよ)行(ゆ)く暗(やみ)を照(てら)せし島山(しまやま)も
153今(いま)は根底(ねそこ)に沈(しづ)みけるかな。
154高(たか)きより低(ひく)きにおつる世(よ)のならひ
155吾(われ)もオーラの山(やま)を下(くだ)りつ。
156水平(すいへい)の波(なみ)漕(こ)ぎ渡(わた)る此(この)船(ふね)は
157皇(すめ)大神(おほかみ)の御姿(みすがた)なるらむ。
158惟神(かむながら)水平線(すいへいせん)を辷(すべ)り行(ゆ)く
159波切丸(なみきりまる)の姿(すがた)勇(いさ)まし』
160梅公(うめこう)『見(み)わたせば波間(なみま)にきらめく御光(みひかり)は
161千々(ちぢ)に砕(くだ)くる神影(みかげ)なるらむ。
162四海(しかい)波(なみ)いとも静(しづか)におさまりて
163大高山(おほたかやま)の影(かげ)だにもなし。
164大高山(おほたかやま)雲間(くもま)に高(たか)く波(なみ)の上(へ)に
165うかびて人(ひと)を悩(なや)ませにける。
166日(ひ)も月(つき)も大高山(おほたかやま)の頂(いただ)きに
167蔽(おほ)はる悩(なや)みなきぞ嬉(うれ)しき』
168 梅公(うめこう)、169ヨリコ姫(ひめ)、170花香姫(はなかひめ)、171シーゴーは階段(かいだん)を下(くだ)り、172各自(かくじ)の船室(せんしつ)に入(い)つて肱(ひぢ)を枕(まくら)に横(よこ)たはつた。173デッキの上(うへ)には色々(いろいろ)の雑談(ざつだん)が始(はじ)まつてゐる。174見(み)るからに目(め)のくるりとした色(いろ)の黒(くろ)い、175一癖(ひとくせ)有(あり)さうな大男(おほをとこ)、176十数(じふすう)人(にん)の船客(せんきやく)の中(なか)に胡坐(あぐら)をかき177傍若(ばうじやく)無人(ぶじん)的(てき)に武術(ぶじゆつ)の自慢話(じまんばなし)をやつてゐる。
178バラック『もし、179お前(まへ)さまは一見(いつけん)した所(ところ)、180中々(なかなか)の豪勇(がうゆう)と見(み)えるが、181お角力(すまう)さまですか、182但(ただ)しは武術家(ぶじゆつか)ですか』
183ドラック『俺(おれ)かい、184俺(おれ)は若(わか)い時(とき)や、185角力(すまう)も随分(ずいぶん)取(と)つたものだ。186そして日下(ひのした)開山(かいさん)横綱(よこづな)を、187一度(いちど)は張(は)つたものだよ。188ハルナの都(みやこ)の大相撲(おほずまう)の時(とき)にや随分(ずいぶん)面白(おもしろ)かつたね。189十日(とをか)の角力(すまう)に十日(とをか)迄(まで)地(つち)つかずで、190大変(たいへん)な人気(にんき)だつたよ。191数万(すうまん)の見物人(けんぶつにん)の血(ち)を躍(をど)らせた事(こと)といつたら、192前古(ぜんこ)未曽有(みぞう)といふ評判(ひやうばん)だつた。193お前(まへ)も聞(き)いて居(ゐ)るだらうが、194日下(ひのした)開山(かいさん)ドラック山(やま)といふのは俺(おれ)の事(こと)だ。195之(これ)見(み)玉(たま)へ、196俺(おれ)の腕(かひな)は丸(まる)で鉄(てつ)のやうだ。197何程(なにほど)強(つよ)い男(をとこ)でも、198グツと一(ひと)つ握(にぎ)るが最後(さいご)、199息(いき)がつまり胸(むね)がつかへ、200青(あを)くなつて了(しま)ふのだ。201そして物(もの)が云(い)へなくなるのだ。202余(あま)り力(ちから)が強(つよ)いので、203どの力士(りきし)も此(この)力士(りきし)もドラック山(やま)にかかつちや勝目(かちめ)がないといふので、204終(しま)ひの果(はて)にや相手(あひて)がなくなつたのだ。205相手(あひて)なしに一人(ひとり)角力(ずまう)とる訳(わけ)にもゆかず、206止(やむ)を得(え)ず力士(りきし)を廃業(はいげふ)して、207今(いま)は剣道(けんだう)の師範(しはん)兼(けん)柔術(じうじゆつ)の師範(しはん)になつたのだよ』
208バラ『成程(なるほど)、209いかにも強(つよ)さうな腕(うで)つ節(ぷし)ですなア。210併(しか)し乍(なが)ら夫(それ)程(ほど)強(つよ)いお前(まへ)さまが、211海賊(かいぞく)の親分(おやぶん)コーズが襲来(しふらい)した時(とき)に、212なぜ彼奴(あいつ)をとつつめて下(くだ)さらなかつたのですか。213所謂(いはゆる)宝(たから)の持(もち)ぐさりぢやありませぬか』
214ドラ『其(その)時(とき)にや、215自分(じぶん)の船室(せんしつ)で安楽(あんらく)な夢(ゆめ)を見(み)てゐたものだから、216チツとも知(し)らなかつたよ。217腕(うで)がなつて、218血(ち)が湧(わ)いて、219相手(あひて)がほしくつて、220脾肉(ひにく)の歎(たん)にたえない俺(おれ)だもの、221海賊(かいぞく)の親玉(おやだま)が襲(おそ)うて来(き)たと聞(き)きや、222どうして俺(おれ)が見逃(みのが)すものか。223あとから、224本当(ほんたう)に人(ひと)の噂(うはさ)を聞(き)いて、225取返(とりかへ)しのつかない末代(まつだい)の損(そん)をしたものだと、226心(こころ)私(ひそ)かに悔(くや)んでゐたのだよ』
227バラ『貴方(あなた)の様(やう)な豪勇(がうゆう)と同船(どうせん)して居(を)れば、228私(わたし)も、229此(この)航海(かうかい)は安心(あんしん)致(いた)しますワ。230之(これ)も全(まつた)く神(かみ)様(さま)の御(お)恵(めぐみ)だと感謝(かんしや)せざるを得(え)ませぬ』
231ドラ『ウン、232何(なに)も心配(しんぱい)はいらぬ。233剣術(けんじゆつ)は世界中(せかいぢう)俺(おれ)に勝(か)つ者(もの)は、234マア、235現代(げんだい)では一人(ひとり)もなからうよ。236角力(すまう)では、237雷電(らいでん)為右衛門(ためうゑもん)、238小野川(をのがは)、239谷風(たにかぜ)、240梅ケ谷(うめがたに)、241常陸山(ひたちやま)位(ぐらゐ)は束(そく)にゆふて来(き)ても、242てんで、243角力(すまう)にならぬのだからな。244又(また)剣道(けんだう)や柔術(じうじゆつ)にかけたら、245ゴライヤスに宮本(みやもと)武蔵(むさし)、246塚原(つかはら)卜伝(ぼくでん)、247野見(のみ)の宿弥(すくね)に塙(ばん)団右衛門(だんうゑもん)、248岩見(いはみ)重太郎(ぢうたらう)、249荒木(あらき)又右衛門(またうゑもん)などが束(そく)に結(ゆふ)て来(き)ても足許(あしもと)へもよりつけぬのだから大(たい)したものだよ。250併(しか)し乍(なが)ら余(あま)り強(つよ)すぎて相手(あひて)のないのも淋(さび)しいものだ。251何(なん)とかして強(つよ)い相手(あひて)にブツつかりたいものだが、252タカが海賊(かいぞく)の親分(おやぶん)位(ぐらゐ)では、253実際(じつさい)の事(こと)いふと、254歯(は)ごたえがしないのだからな』
255 バラックは呆気(あつけ)にとられ、256怪訝(けげん)な顔(かほ)して舌(した)をまいてゐる。257大勢(おほぜい)の船客(せんきやく)はドラックの大法螺(おほぼら)を真(ま)にうけ、258肩(かた)をいからし乍(なが)ら豪勇談(がうゆうだん)に興味(きようみ)を有(も)ち、259チクリチクリと膝(ひざ)をにじりよせ、260何時(いつ)の間(ま)にか、261ドラックを取(とり)巻(ま)いて貝細工(かひざいく)で作(つく)つた洋菊(やうぎく)の花(はな)のやうにして了(しま)つた。
262 チエックといふ一人(ひとり)の商人風(せうにんふう)の男(をとこ)は恐(おそ)る恐(おそ)る、263ドラックに向(むか)つて、
264『モシ、265先生(せんせい)それ程(ほど)強(つよ)いお方(かた)なら、266世(よ)の中(なか)に恐(おそ)るべき者(もの)は一(ひと)つもないでせうな』
267ドラ『そらさうだ。268弓(ゆみ)でも鉄砲(てつぱう)でも、269大砲(たいはう)でも何(なん)でも彼(かん)でも、270俺(おれ)にかかつちや駄目(だめ)だ。271此(この)拳骨(げんこつ)で、272一(ひと)つグワンと、273此(この)帆柱(ほばしら)でもなぐらうものなら、274根元(ねもと)からポクリと折(を)れて了(しま)ふよ。275それだから、276天下(てんか)に敵(てき)なしといふのだ。277マア君(きみ)達(たち)も安心(あんしん)し玉(たま)へ。278俺(おれ)が此(この)船(ふね)に乗(の)つてゐる以上(いじやう)は、279仮令(たとへ)千(せん)人(にん)万(まん)人(にん)の海賊(かいぞく)が来(き)たつて、280屁(へ)一(ひと)つひつたらしまひだ。281ドラックの名(な)を聞(き)いてさへも縮(ちぢ)み上(あが)つて了(しま)ふからな』
282チエック『何(なん)とマア、283私(わたし)達(たち)は仕合(しあは)せなものでせう。284それ程(ほど)力(ちから)の強(つよ)い、285武術(ぶじゆつ)の達者(たつしや)なお客(きやく)さまと同船(どうせん)するとは、286全(まつた)く先祖(せんぞ)様(さま)のお手引(てびき)でせう。287安心(あんしん)して国許(くにもと)へ帰(かへ)らして頂(いただ)きます。288本当(ほんたう)に貴方(あなた)は活神(いきがみ)さまのやうなお方(かた)ですな。289併(しか)し夜前(やぜん)コーズの頭目(とうもく)が此(この)船(ふね)に上(あが)つて来(き)た時(とき)、290うす暗(くら)がりの中(なか)から、291繊弱(かよわ)い女(をんな)が現(あら)はれて、292恐(おそ)ろしい海賊(かいぞく)を、293皆(みな)湖中(こちう)へ投込(なげこ)んで了(しま)ひ、294吾々(われわれ)の着物(きもの)を取(とり)返(かへ)して下(くだ)さつたのは、295本当(ほんたう)に有難(ありがた)い事(こと)でした。296あの方(かた)は貴方(あなた)のお弟子(でし)ぢや厶(ござ)いませぬか』
297ドラ『ウン、298総(すべ)て少(すこ)し手(て)の利(き)いた奴(やつ)ア、299皆(みな)俺(おれ)の教育(けういく)をうけてるのだ。300余(あま)り沢山(たくさん)な弟子(でし)だから、301スツカリ、302顔(かほ)も名(な)も覚(おぼ)えてゐないが、303月(つき)の国(くに)七千(しちせん)余国(よこく)の武術家(ぶじゆつか)は皆(みな)俺(おれ)の部下(ぶか)と云(い)つても差支(さしつかへ)なからうよ。304各(かく)取締所(とりしまりしよ)の捕手(とりて)連(れん)は全部(ぜんぶ)俺(おれ)に剣術(けんじゆつ)や柔術(じうじゆつ)を学(まな)んだのだからな。305そして其(その)女(をんな)といふのは何者(なにもの)だか、306お前(まへ)達(たち)は知(し)つてゐるだらうな。307名(な)は聞(き)いておいたか』
308バラック『何(なん)でも天(てん)から俄(にはか)に下(くだ)つて来(き)た女神(めがみ)さまが309吾々(われわれ)の危難(きなん)を救(すく)つて下(くだ)さつたのだらうと、310一般(いつぱん)の噂(うはさ)だ。311何程(なにほど)武術(ぶじゆつ)が達者(たつしや)だと云(い)つても、312人間(にんげん)なれば、313女(をんな)の分際(ぶんざい)として、314あんな離(はな)れ業(わざ)は出来(でき)ないからな』
315チエ『それでも、316バラックさま、317暫(しばら)くすると暗(やみ)の中(なか)に現(あら)はれた美人(びじん)と同(おな)じやうなスタイルの女(をんな)が、318甲板(かんばん)の上(うへ)へあがつて来(き)て、319ヨリコ姫(ひめ)だとか何(なん)とか云(い)つて、320自分(じぶん)が助(たす)けたやうな事(こと)を唄(うた)つてゐましたよ』
321バラ『ナアニ、322人(ひと)の手柄(てがら)を横取(よこどり)せうと思(おも)ふ奴(やつ)の多(おほ)い時節(じせつ)だから、323あんな事(こと)云(い)つて、324吾(われ)の信用(しんよう)をつながうとしよつた奸策(かんさく)だよ。325今(いま)の世(よ)の中(なか)の奴(やつ)ア、326口(くち)では立派(りつぱ)な強(つよ)さうな事(こと)を吐(ぬか)す奴(やつ)許(ばか)りで、327サア鎌倉(かまくら)となつたら、328手足(てあし)はガタガタ胸(むね)はドキドキ唇(くちびる)ビルビル、329ヘコタレ腰(ごし)になつて、330逃(に)げまわすといふ代物(しろもの)許(ばか)りだからな。331兎(と)も角(かく)大言(たいげん)壮語(さうご)のはやる時節(じせつ)だ。332そして今日(こんにち)は昔(むかし)と違(ちが)ひ、333……桃季(たうり)物(もの)いはざれ共(ども)、334自(おのづか)ら小径(せうけい)をなす……といふやうな、335まどろしい事(こと)は誰(たれ)も考(かんが)へてゐない。336自家(じか)広告(くわうこく)を盛(さか)んにやる時節(じせつ)だから、337お手際(てぎは)を拝見(はいけん)しなくちや、338誰(たれ)だつて信用(しんよう)するこた出来(でき)やしないワ、339アツハヽヽヽ』
340ドラ『コレコレ、341バラックさま、342俺(おれ)の前(まへ)で、343そんな悪口(あくこう)をつくといふ事(こと)があるものか。344お前(まへ)は俺(おれ)の最前(さいぜん)いつた事(こと)を大言(たいげん)壮語(さうご)だと思(おも)つてゐるのだなア。345俺(おれ)達(たち)は、346言心行(げんしんかう)一致(いつち)だから、347決(けつ)して嘘(うそ)は云(い)はないよ。348嘘(うそ)と思(おも)ふなら、349一寸(ちよつと)其(その)腕(うで)を貸(か)し玉(たま)へ、350一(ひと)つ握(にぎ)つて見(み)せてやらう』
351バラ『イヤもう、352恐(おそ)れ入(い)りました。353決(けつ)して決(けつ)して、354お前(まへ)さまを信用(しんよう)せないのぢやありませぬ。355言心行(げんしんかう)一致(いつち)のお前(まへ)さまとは実(じつ)に見上(みあ)げたものだ。356今日(こんにち)の世(よ)の中(なか)は口(くち)と心(こころ)がスツカリ反対(はんたい)になつて居(ゐ)る者(もの)許(ばか)りだから、357せめて言心(げんしん)一致(いつち)ならまだしもだが、358詐(いつはり)と高慢(かうまん)との流行(りうかう)する悪社会(あくしやくわい)ですからな』
359ドラ『俺(おれ)の豪勇(がうゆう)たる事(こと)がお前(まへ)達(たち)に合点(がつてん)がいつたとあらば許(ゆる)してやる。360毛筋(けすぢ)の横巾(よこはば)程(ほど)でも、361疑惑(ぎわく)をさし挟(はさ)むのなら、362論(ろん)より証拠(しようこ)言心行(げんしんかう)一致(いつち)と出(で)かけて、363腕(うで)なり肩(かた)なり、364一握(ひとにぎ)り握(にぎ)つてみせてやる積(つもり)だつたが、365先(ま)づ骨(ほね)の砕(くだ)けるのが助(たす)かつて、366お前(まへ)も仕合(しあは)せだつたよ、367アツハヽヽヽ』
368と傍若(ばうじやく)無人(ぶじん)に笑(わら)ふ。
369 かく話(はな)す折(をり)しも数隻(すうせき)の海賊船(かいぞくせん)、370島影(しまかげ)より現(あら)はれ来(きた)り、371波切丸(なみきりまる)を前後(ぜんご)左右(さいう)より取囲(とりかこ)み縄梯子(なはばしご)を投(な)げかけ、372兇器(きようき)を携(たづさ)へ乍(なが)ら、373コーズが指揮(しき)の下(もと)に、374数十(すうじふ)人(にん)、375バラバラと甲板(デッキ)に上(のぼ)つて来(き)た。
376チエ『ヤ、377先生(せんせい)、378海賊(かいぞく)がやつて来(き)ました。379どうか天下(てんか)無双(むさう)の豪力(がうりき)を出(だ)して、380海賊(かいぞく)を懲(こら)しめて下(くだ)さい』
381バラ『サア、382先生(せんせい)、383今(いま)が先生(せんせい)のお力(ちから)の現(あら)はれ時(どき)です。384私(わたし)もお手伝(てつだ)ひしますから、385やつて下(くだ)さいな』
386ドラ『アイタヽヽヽヽ。387あ、388俄(にはか)に腹痛(ふくつう)が致(いた)し、389腰(こし)が立(た)たなくなつたワイ。390運(うん)の悪(わる)い時(とき)や悪(わる)いものだ。391エ、392残念(ざんねん)だな。393肚(はら)さへ痛(いた)くなくば、394海賊(かいぞく)の百疋(ひやつぴき)や千疋(せんびき)ひねりつぶしてやるのだけどなア』
395とガタガタと唇(くちびる)を紫色(むらさきいろ)に染(そめ)て慄(ふる)ひ戦(をのの)いてゐる。
396 コーズは数十(すうじふ)人(にん)の手下(てした)を指揮(しき)し乍(なが)ら、397先(ま)づ甲板(デッキ)より逃(に)げ惑(まど)ふ船客(せんきやく)を引(ひ)つつかまへて赤裸(まつぱだか)となし、398ドラックも亦(また)同様(どうやう)に、399持物(もちもの)一切(いつさい)を掠奪(りやくだつ)され、400赤裸(まつぱだか)にむかれて了(しま)つた。401コーズは勢(いきほひ)に乗(じやう)じ、402階段(かいだん)を降(くだ)つて、403船室(せんしつ)に進(すす)み入(い)つた。404デッキの上(うへ)は老若(らうにやく)男女(なんによ)が右往(うわう)左往(さわう)に駆(か)けまわり405阿鼻(あび)叫喚(けうくわん)の地獄道(ぢごくだう)を現出(げんしゆつ)してゐた。
406(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 松村真澄録)
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