霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 糸(いと)の縺(もつ)れ〔一七一〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻 篇:第2篇 春湖波紋 よみ(新仮名遣い):しゅんこはもん
章:第8章 糸の縺れ よみ(新仮名遣い):いとのもつれ 通し章番号:1710
口述日:1924(大正13)年12月27日(旧12月2日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年8月19日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2019-05-08 04:47:46 文字数:4981 OBC :rm6708
愛善世界社版:105頁 八幡書店版:第12輯 68頁 修補版: 校定版:106頁 普及版:68頁 初版: ページ備考:
001 海賊(かいぞく)の頭目(とうもく)コーズは数十(すうじふ)人(にん)の手下(てした)と共(とも)に002甲板(かんばん)上(じやう)に雑談(ざつだん)に耽(ふけ)つて居(ゐ)た船客(せんきやく)を一々(いちいち)赤裸(まつぱだか)となし003勢(いきほひ)に乗(じやう)じて階段(かいだん)を下(くだ)り004船室(せんしつ)にバラバラと侵入(しんにふ)して来(き)た。005さうして数多(あまた)の船客(せんきやく)に向(むか)ひ大刀(だいたう)を引(ひ)き抜(ぬ)いたまま、006例(れい)の脅(おど)し文句(もんく)を並(なら)べ、
007コーズ『持物(もちもの)一切(いつさい)を提供(ていきよう)せよ。008否応(いやおう)申(まを)すに於(おい)ては009何奴(どいつ)も、0091此奴(こいつ)も刃(やいば)の錆(さび)だ』
010と脅迫(けふはく)して居(を)る。011老若(らうにやく)男女(なんによ)は悲鳴(ひめい)をあげて泣(な)き叫(さけ)び乍(なが)ら012右往(うわう)左往(さわう)に逃(に)げ廻(まは)る。013船室内(せんしつない)は俄(にはか)の大暴風(だいばうふう)に見舞(みま)はれて014秋(あき)の木(こ)の葉(は)の散(ち)り乱(みだ)るるが如(ごと)き光景(くわうけい)となつて来(き)た。015特別室(とくべつしつ)に睡(ねむ)つて居(ゐ)たシーゴーは怪(あや)しの物音(ものおと)に目(め)を覚(さま)し、016よくよく見(み)れば海賊(かいぞく)の張本(ちやうほん)コーズが数十(すうじふ)人(にん)の部下(てした)と共(とも)に017今(いま)や哀(あは)れな船客(せんきやく)に掠奪(りやくだつ)の手(て)を恣(ほしいまま)にして居(ゐ)る真最中(まつさいちう)であつた。018シーゴーは大喝(たいかつ)一声(いつせい)、
019シーゴー『オイ、020コラツ。021貴様(きさま)はコーズぢやないか。022此(この)船(ふね)に俺(おれ)が居(を)る限(かぎ)り掠奪(りやくだつ)は許(ゆる)さないぞ。023サア掠奪品(りやくだつひん)をスツカリとお客人(きやくじん)に返戻(へんれい)してお断(ことわ)りを申(まを)せ』
024 此(この)声(こゑ)にコーズは怪(あや)しみ乍(なが)らよくよく其(その)面体(めんてい)を見(み)れば025日頃(ひごろ)大親分(おほおやぶん)と頼(たの)むシーゴーであつた。026此(この)コーズはシーゴーの部下(ぶか)で別働隊(べつどうたい)となり、027軍用品(ぐんようひん)調達(てうたつ)の為(た)めに大活動(だいくわつどう)をつづけて居(ゐ)たのである。028さうして海賊(かいぞく)が最(もつと)も安全(あんぜん)で、029且(か)つ収獲(しうくわく)の多(おほ)い事(こと)を知(し)つたので030沢山(たくさん)の海賊(かいぞく)を部下(ぶか)に従(したが)へ、031羽振(はぶり)を利(き)かして居(ゐ)たのである。032オーラ山(さん)に立(た)て籠(こも)つて三千(さんぜん)の部下(ぶか)を支配(しはい)して居(ゐ)ると思(おも)つたシーゴーが、033今(いま)此(この)船(ふね)に乗(の)つて居(ゐ)たのに驚(おどろ)き、034大刀(だいたう)を其(その)場(ば)に投(な)げ捨(す)て恭(うやうや)しく両手(りやうて)をついて、
035コーズ『これはこれは大親分(おほおやぶん)シーゴー様(さま)で厶(ござ)いましたか。036思(おも)はぬ所(ところ)でお目(め)にかかりました。037私(わたし)は親分(おやぶん)の為(ため)に斯(かく)の如(ごと)く危険(きけん)を冒(をか)して大活動(だいくわつどう)をやつて居(を)るのに、038何故(なぜ)お止(と)めなさいますか』
039シー『貴様(きさま)の不審(ふしん)を打(う)つのは尤(もつと)もだが040俺(おれ)は最早(もはや)堅気(かたぎ)になつたのだ。041今日(けふ)のシーゴーは先日(せんじつ)のシーゴーではない。042正真(しやうしん)正銘(しやうめい)の真人間(まにんげん)だ。043神(かみ)様(さま)の御子(みこ)だ。044神(かみ)の精霊(せいれい)の宿(やど)り給(たま)ふ生宮(いきみや)だ。045貴様(きさま)もよい加減(かげん)に足(あし)を洗(あら)つて俺(おれ)と同様(どうやう)に善心(ぜんしん)に立(た)ち帰(かへ)り、046今(いま)迄(まで)の罪業(ざいごふ)を謝(しや)するために047粉骨(ふんこつ)砕心(さいしん)天下(てんか)救済(きうさい)の大神業(だいしんげふ)に帰順(きじゆん)してはどうだ。048人間(にんげん)と生(うま)れて山賊(さんぞく)又(また)は海賊(かいぞく)をやる位(くらゐ)不利益(ふりえき)な、049そして引(ひ)き合(あ)はない危険(きけん)な商売(しやうばい)はないぢやないか』
050 コーズは大口(おほぐち)を開(あ)けて高笑(たかわら)い、
051コーズ『アハヽヽヽ。052ても扨(さ)ても異(い)な事(こと)を承(うけたま)はるものかな。053一旦(いつたん)男子(だんし)が決心(けつしん)した事業(じげふ)に対(たい)し中途(ちうと)に屁古垂(へこた)れるとは、054てもさても親分(おやぶん)に似合(にあは)ぬお言葉(ことば)、055最早(もはや)今日(けふ)となつてはシーゴー殿(どの)は足(あし)を洗(あら)ひ真人間(まにんげん)になられたとの事(こと)、056このコーズは断(だん)じて道(みち)は変(か)へませぬ。057かうなる上(うへ)は貴方(あなた)と私(わたし)は親分(おやぶん)乾児(こぶん)の関係(くわんけい)も自然(しぜん)と消(き)えた道理(だうり)だ。058お前(まへ)さまの言葉(ことば)に服従(ふくじゆう)する義務(ぎむ)は毛頭(まうとう)ない筈(はず)だ。059コーズはコーズとしての商売(しやうばい)を勉強(べんきやう)せなくてはならない。060どうか邪魔(じやま)をして下(くだ)さるな。061オイ部下(てした)共(ども)、062何(なに)を躊躇(ちうちよ)逡巡(しゆんじゆん)して居(ゐ)るか。063片(かた)つ端(ぱし)から何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も剥(む)いてしまへ』
064と下知(げち)すれば、065部下(ぶか)一同(いちどう)は先(さき)を争(あらそ)うて又(また)もや掠奪(りやくだつ)を擅(ほしいまま)にせむとする。066老弱(らうじやく)男女(なんによ)はまたもや悲鳴(ひめい)をあげて泣(な)き叫(さけ)ぶ。067其(その)惨状(さんじやう)目(め)も当(あ)てられぬ計(ばか)りなりける。
068シー『これやコーズ、069どうしても俺(おれ)の云(い)ふ事(こと)をきかぬのか。070いや改心(かいしん)せぬのか。071天道(てんだう)は恐(おそろ)しくないのか』
072コー『エヽ構(かま)うて呉(く)れない。073今(いま)迄(まで)は三千(さんぜん)の部下(ぶか)を有(いう)する大親分(おほおやぶん)だと思(おも)つて074尊敬(そんけい)もし服従(ふくじゆう)もして居(ゐ)たのだが、075何(なに)に感(かん)じてか男(をとこ)らしくもない076俄(にはか)に屁古垂(へこた)れよつて菩提心(ぼだいしん)を起(おこ)すやうな奴(やつ)は、077吾々(われわれ)盗賊(たうぞく)社会(しやくわい)の恥辱(ちじよく)だ。078貴様(きさま)も序(ついで)に剥(む)いてやるから覚悟(かくご)をせい』
079シー『アツハヽヽヽ、080猪口才(ちよこざい)千万(せんばん)な。081それ程(ほど)剥(む)きたければ剥(む)かしてやらう。082サアどつからなと剥(む)け。083其(その)代(かは)りに一(ひと)つより無(な)い命(いのち)を要心(えうじん)せよ』
084コー『何(なに)減(へ)らず口(ぐち)を叩(たた)きやがる。085貴様(きさま)の部下(ぶか)になつて居(ゐ)た最初(さいしよ)には僅(わづか)に四五(しご)人(にん)の部下(ぶか)しか無(な)かつたが、086今日(こんにち)はハルの湖(うみ)に出没(しゆつぼつ)する五百(ごひやく)人(にん)の海賊(かいぞく)の大親分(おほおやぶん)だぞ。087サア神妙(しんめう)に裸(はだか)になつて持物(もちもの)一切(いつさい)をコーズさまに引(ひ)きつげ。088腰抜(こしぬけ)野郎(やらう)奴(め)』
089 かかる折(をり)しも、090特等室(とくとうしつ)の一隅(いちぐう)より天地(てんち)も割(わ)るる計(ばか)りの生言霊(いくことたま)が聞(きこ)え来(き)たる。
091梅公『一(ひと)二(ふた)三(み)四(よ)五(いつ)六(むゆ)七(なな)八(や)九(ここの)十(たり)百(もも)千(ち)万(よろづ)ウーウーウーウー』
092 此(この)言霊(ことたま)に不意(ふい)を打(う)たれたコーズは真青(まつさを)となつて093数十(すうじふ)の味方(みかた)と共(とも)に此(この)場(ば)を逃(に)げ出(だ)し094甲板(かんばん)に架(か)け渡(わた)した縄梯子(なはばしご)を伝(つた)つて吾(わが)船(ふね)に飛(と)び乗(の)り、095命(いのち)辛々(からがら)湖面(こめん)に俄(にはか)に波(なみ)を打(う)たせながら、096八挺艪(はつちやうろ)を漕(こ)いで雲(くも)を霞(かす)みと逃(に)げて行(ゆ)く。097シーゴーは……一般(いつぱん)の船客(せんきやく)に098怪我(けが)はなかつたか……099持物(もちもの)は安全(あんぜん)か……と一々(いちいち)尋(たづ)ね廻(まは)り、100幸(さいはひ)一物(いちぶつ)をも紛失(ふんしつ)して居(ゐ)ないのに安心(あんしん)し、101拍手(はくしゆ)再拝(さいはい)して神恩(しんおん)を感謝(かんしや)せり。102茲(ここ)に梅公(うめこう)、103ヨリコ姫(ひめ)、104花香姫(はなかひめ)はニコニコしながら現(あら)はれ来(きた)り、105船客(せんきやく)一同(いちどう)の遭難(さうなん)を慰問(ゐもん)したるが、106船客(せんきやく)一同(いちどう)はシーゴー其(その)他(た)を生神(いきがみ)の如(ごと)くに尊敬(そんけい)し、107大難(だいなん)を救(すく)はれし事(こと)を涙(なみだ)と共(とも)に感謝(かんしや)する。
108シー『ハルの湖(うみ)往来(ゆきき)の人(ひと)を脅(おびや)かす
109曲(まが)のコーズは脆(もろ)くも逃(に)げける。
110吾(わが)霊(たま)に神(かみ)の御光(みひかり)幸(さち)はいて
111人(ひと)の艱(なやみ)を救(すく)はせたまひぬ。
112あゝ神(かみ)よ守(まも)らせ給(たま)へ此(この)船(ふね)を
113スガの港(みなと)の埠頭(はと)につく迄(まで)。
114梅公(うめこう)の神(かみ)の司(つかさ)の言霊(ことたま)に
115脆(もろ)く失(う)せけり百(もも)の醜神(しこがみ)』
116梅公(うめこう)『ありがたし吾(わが)言霊(ことたま)の幸(さち)はひは
117瑞(みづ)の御霊(みたま)の助(たす)けなりけり。
118天地(あめつち)の神(かみ)の心(こころ)に叶(かな)ひなば
119何(なに)をか恐(おそ)れむ醜(しこ)の荒浪(あらなみ)』
120ヨリコ姫(ひめ)『君(きみ)こそは神(かみ)にますらむ曲神(まがかみ)も
121ただ一言(ひとこと)に逃(に)げ失(う)せにけり。
122吾(われ)は今(いま)かかる尊(たつと)き師(し)の君(きみ)に
123従(したが)ひて往(ゆ)く事(こと)の嬉(うれ)しさ。
124目(ま)の当(あた)り生言霊(いくことたま)の神力(しんりき)を
125拝(をが)みまつりて心(こころ)も勇(いさ)む』
126花香姫(はなかひめ)『勇(いさ)ましき吾(わが)背(せ)の君(きみ)の言霊(ことたま)に
127滅(ほろ)び失(う)せけり醜(しこ)の曲霊(まがひ)も。
128かく許(ばか)り神(かみ)の御稜威(みいづ)の高(たか)きをば
129悟(さと)り得(え)ざりし吾(われ)の愚(おろ)かさ。
130今(いま)はただ尊(たふと)き神(かみ)の御教(みをしへ)に
131身(み)も霊魂(たましひ)も任(まか)さむとぞ思(おも)ふ』
132 かかる所(ところ)へ甲板(かんばん)に縛(しば)られて居(ゐ)たバラックは133赤裸(まつぱだか)の儘(まま)、1331階段(かいだん)を下(お)り来(きた)つて、
134バラック『もし誰(たれ)か甲板(かんばん)に来(き)て下(くだ)さいませぬか。135誰(たれ)も彼(か)も赤裸(まつぱだか)に繋(つな)がれて居(ゐ)ます。136私(わたし)はやうやく綱(つな)を切(き)つて此所(ここ)に参(まゐ)りましたが、137何(なに)か刃物(はもの)がなけねば138丸結(まるむす)びにして厶(ござ)いますから解(ほど)く事(こと)が出来(でき)ませぬ』
139シーゴー『何(なに)、140デッキの上(うへ)にも船客(せんきやく)が縛(しば)られて居(ゐ)ると云(い)ふのか。141それや可愛(かはい)さうだ。142ヨシヨシ今(いま)俺(おれ)が助(たす)けてやる』
143と云(い)ふより早(はや)くバラックと共(とも)に甲板(かんばん)に立(た)ち出(いで)て見(み)れば、144数十(すうじふ)人(にん)の船客(せんきやく)は手足(てあし)を厳(きび)しく縛(いまし)められ、145所々(ところどころ)にカスリ傷(きず)を負(お)い、146呻吟(しんぎん)して居(ゐ)た。147シーゴーは手早(てばや)く懐剣(くわいけん)の鞘(さや)を払(はら)つて一人(ひとり)も残(のこ)らず、148縛(いましめ)の縄(なは)を切(き)り放(はな)ち、149衣服(いふく)持物(もちもの)等(など)を念入(ねんいり)に取調(とりしら)べて各自(めいめい)に渡(わた)してやつた。150一同(いちどう)の船客(せんきやく)はシーゴーを神(かみ)の如(ごと)く尊敬(そんけい)し、151感(かん)極(きは)まりて嗚咽(をえつ)するものさへあつた。
152 船長室(せんちやうしつ)には船長(せんちやう)のアリーと一人(ひとり)の美人(びじん)が何事(なにごと)か泌々(ひそびそ)と掛(か)け合(あ)つて居(ゐ)る。
153アリー『其(その)方(はう)はどうしても吾輩(わがはい)の妻(つま)になつてくれないのか。154生殺(せいさつ)与奪(よだつ)の権(けん)を握(にぎ)つた此(この)俺(おれ)に背(そむ)けば、155お前(まへ)の為(ため)にはならないぞ。156性念(しやうねん)を据(す)ゑてキツパリと返答(へんたふ)をしろ』
157ダリヤ『ハイ、158何(なん)と仰(あふ)せられましても私(わたし)は親(おや)の許(ゆる)しのない以上(いじやう)は御意(ぎよい)に応(おう)ずる事(こと)は出来(でき)ませぬ。159況(ま)して私(わたし)は母(はは)に早(はや)く別(わか)れ今(いま)は父(ちち)一人(ひとり)[※ダリヤ姫の母アンナは三年前に死んだ。第72巻第9章#a085参照]。160私(わたし)の帰(かへ)るのを今(いま)か今(いま)かと待(ま)つて居(ゐ)るで厶(ござ)いませうから、161何卒(なにとぞ)これ許(ばか)りはお許(ゆる)しを願(ねが)ひ度(た)いものです』
162アリー『お前(まへ)は俺(おれ)を普通(ふつう)の船長(せんちやう)と思(おも)ふて居(を)るか。163俺(おれ)は表面(へうめん)波切丸(なみきりまる)の船長(せんちやう)となつて居(ゐ)るものの、164実(じつ)は海賊(かいぞく)だ。165お前(まへ)を部下(ぶか)のコークスに掻(か)つ攫(さら)はしたのは大(おほ)いに目的(もくてき)があつての事(こと)だ。166お前(まへ)の父(ちち)はアリスと云(い)つたであろう。167スガの港(みなと)の薬種(やくしゆ)問屋(どいや)であらうがな』
168ダリヤ『どうして又(また)169貴方(あなた)はそんな詳(くは)しい事(こと)を御存(ごぞん)じで厶(ござ)いますか』
170アリー『知(し)るも知(し)らぬもあるものか。171お前(まへ)の父(ちち)は吾(わが)父母(ふぼ)の仇(かたき)だ。172不倶(ふぐ)戴天(たいてん)の仇(あだ)とつけ狙(ねら)ひ、173どうかお前(まへ)の父(ちち)の命(いのち)を取(と)つて親(おや)の仇(あだ)を報(むく)ひたいのだが、174余(あま)り警戒(けいかい)が厳(きび)しき為(た)め近寄(ちかよ)る事(こと)が出来(でき)ず、175遂(つひ)には海賊(かいぞく)となり、176船長(せんちやう)と化(ば)け済(す)まして、177お前(まへ)達(たち)父子(おやこ)がこの湖(うみ)を渡(わた)る時(とき)を待(ま)つて居(ゐ)たのだ。178然(しか)し乍(なが)ら悪運(あくうん)の強(つよ)い其方(そなた)の父(ちち)アリスは179吾(わが)船(ふね)に未(いま)だ一度(いちど)も乗(の)り込(こ)んだ事(こと)がないので仇討(あだうち)の望(のぞみ)も達(たつ)せず、180怏々(おうおう)として日夜(にちや)煩悶(はんもん)して居(ゐ)たのだ。181お前(まへ)の母(はは)と云(い)ふのはアンナと云(い)つたであらうがな』
182ダリヤ『ハイ左様(さやう)で厶(ござ)いました。183どうして又(また)私(わたし)の父(ちち)が貴方(あなた)様(さま)の親(おや)の仇(あだ)で厶(ござ)いますか。184詳(くはし)い事(こと)をお聞(き)かせ下(くだ)さいませ』
185アリー『俺(おれ)は実(じつ)の所(ところ)お前(まへ)を女房(にようばう)にしたくはない、186何故(なぜ)ならば父(ちち)の仇(かたき)の娘(むすめ)と一所(いつしよ)に暮(くら)すのは良心(りやうしん)がとがめ、187かつ親(おや)の霊(れい)に対(たい)して済(す)まないからだ。188夫(それ)よりもお前(まへ)の首(くび)を取(と)つて父(ちち)の墓前(ぼぜん)に供(そな)へ、189父(ちち)の修羅(しゆら)の妄執(まうしふ)を晴(はら)しさへすれば俺(おれ)はそれで満足(まんぞく)だ。190然(しか)し乍(なが)らお前(まへ)の命(いのち)を取(と)るに先立(さきだ)つて深(ふか)い因縁(いんねん)を聞(き)かして置(お)かう。191恨(うら)んで呉(く)れな。192実(じつ)はかうだ、193俺(おれ)の父(ちち)は極貧(ごくまづ)しい生活(せいくわつ)をして居(ゐ)たアリスタンと云(い)ふ売薬(ばいやく)の行商人(ぎやうしやうにん)であつたが、194俺(おれ)の母(はは)即(すなは)ちお前(まへ)を生(う)んだ母(はは)のアンナは195吾(わが)父(ちち)の恋女房(こひにようばう)であつた。196お前(まへ)の父(ちち)が吾(わが)父(ちち)の留守宅(るすたく)へやつて来(き)て、197色々(いろいろ)雑多(ざつた)と手段(しゆだん)を廻(めぐら)し、198吾(わが)母(はは)を連(つ)れ帰(かへ)つて蔵(くら)の中(なか)へ閉(と)ぢ込(こ)めおき、199否応(いやおう)いはさず、200無理(むり)往生(わうじやう)に女房(にようばう)となし、201その中(なか)に生(うま)れたのがお前(まへ)だ。202父(ちち)は女房(にようばう)を取(と)られた残念(ざんねん)さに203此(この)湖(みづうみ)に身(み)を投(な)げて死(し)んだのだ。204曰(い)はばお前(まへ)は胤異(たねちがい)の兄妹(きやうだい)だ。205併(しか)しながら吾(わが)母(はは)のアンナはお前(まへ)の父(ちち)に愛情(あいじやう)を濺(そそ)いで居(ゐ)なかつた。206お前(まへ)には母(はは)の愛情(あいじやう)が注(そそ)がれ居(ゐ)るのぢや無(な)い。207狂暴(きやうばう)なる父(ちち)の悪血(あくち)が固(かたま)つて吾(わが)母(はは)の体内(たいない)に因果(いんぐわ)の種(たね)が宿(やど)つたのだ。208お前(まへ)の其(その)美(うつく)しい顔(かほ)を見(み)る毎(ごと)にお前(まへ)の父(ちち)を思(おも)ひ出(だ)し、209どうしても殺(ころ)さねば承知(しようち)ならないのだから、210殺(ころ)す俺(おれ)も、211殺(ころ)されるお前(まへ)も因果(いんぐわ)だ、212諦(あきら)めてくれ。213俺(おれ)は父(ちち)に対(たい)する義務(ぎむ)がすまないからなあ、214哀(あは)れと思(おも)はないではないが、215心(こころ)を鬼(おに)にしてお前(まへ)の生命(いのち)を取(と)るのだから』
216 ダリヤは船長(せんちやう)の物語(ものがたり)を聞(き)いて大(おほい)に驚(おどろ)き、217溜息(ためいき)をつき乍(なが)ら、
218ダリヤ『アリー様(さま)、219貴方(あなた)の御(ご)立腹(りつぷく)は御尤(ごもつとも)で厶(ござ)います。220どうか私(わたし)を殺(ころ)して下(くだ)さいませ、221さうしてお父上(ちちうへ)に孝養(かうやう)をおつくし下(くだ)さいませ。222同(おな)じ腹(はら)から生(うま)れた兄(あに)に殺(ころ)されると思(おも)へば、223私(わたし)も得心(とくしん)して、224成仏(じやうぶつ)致(いた)します。225南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)』
226と、227両掌(りやうて)を合(あは)せ紅涙(こうるい)滴々(てきてき)として祈願(きぐわん)して居(ゐ)る其(その)不愍(ふびん)さ。228遉(さすが)のアリーも可憐(かれん)なる妹(いもうと)の姿(すがた)を眺(なが)めては首(くび)切(き)りおとす勇気(ゆうき)もなく、229燃(も)へさかる胸(むね)の炎(ほのほ)を消(け)しかねて230両手(りやうて)を組(く)み吐息(といき)をついて居(ゐ)る。
231ダリヤ『咲(さ)き匂(にほ)ふダリヤの花(はな)も木枯(こがらし)の
232冷(つめた)き風(かぜ)に散(ち)るぞ悲(かな)しき』
233アリー『あゝお前(まへ)の姿(すがた)を見(み)るにつけ、234又(また)其(その)決心(けつしん)を聞(き)くにつけ235日頃(ひごろ)仇(かたき)とつけ狙(ねら)ふた俺(おれ)の心(こころ)も折(を)れ、236刃(やいば)を下(おろ)す勇気(ゆうき)も無(な)くなつた。237然(しか)しお前(まへ)と俺(おれ)とは腹(はら)は一(ひと)つでも霊(たま)は一(ひと)つでない。238愛情(あいじやう)無(な)き母(はは)の体内(たいない)には愛情(あいじやう)のない霊(れい)と肉(にく)とが宿(やど)つて居(を)る。239お前(まへ)はお前(まへ)の父(ちち)の片身(へんしん)だ。240どうしてもお前(まへ)を討(う)たねばならぬ、241どうか勘忍(かんにん)して呉(く)れ。242併(しかし)乍(ながら)今日(けふ)はどうもお前(まへ)を打(う)つ勇気(ゆうき)が出(で)て来(こ)ない、243いつもの密室(みつしつ)に暫(しばら)く監禁(かんきん)して置(お)くから、244決(けつ)して自害(じがい)などしてはならないぞ、245俺(おれ)の手(て)にかかつて死(し)んで呉(く)れ』
246ダリヤ『ハイ、247どうぞ貴方(あなた)のお好(すき)になさいませ。248私(わたし)は最早(もはや)命(いのち)は惜(を)しみませぬ。249父(ちち)はスガの港(みなと)に私(わたし)の帰(かへ)りを待(ま)つて居(ゐ)ませうが、250そんな悪魔(あくま)と聞(き)いては、251もはや父(ちち)の家(いへ)に帰(かへ)る心(こころ)も起(おこ)りませぬ。252又(また)貴方(あなた)のお心(こころ)を聞(き)いては、253潔(いさぎ)よう貴方(あなた)のお手(て)にかかつて死(しに)たうございます。254たとへ母(はは)の血(ち)と霊(れい)とが私(わたし)の体内(たいない)に宿(やど)つて居(ゐ)無(な)いとしても、255貴方(あなた)は私(わたし)の兄上(あにうへ)に違(ちが)いありませぬ』
256 かくする内(うち)に夜(よ)の帳(とばり)は下(おろ)された。257アリーはダリヤの手(て)を曳(ひ)いて密(ひそ)かに密室(みつしつ)に導(みちび)き入(い)れ258堅(かた)く錠前(ぢやうまへ)をおろしておいた。
259 ダリヤは密室(みつしつ)に繋(つな)がれ死(し)を覚悟(かくご)し260健気(けなげ)にも辞世(じせい)の歌(うた)を声(こゑ)も静(しづか)に歌(うた)つて居(ゐ)る。
261『あゝ味気(あぢき)なき人(ひと)の世(よ)や
262天地(あめつち)の間(あひ)に人(ひと)と生(うま)れ出(い)でて
263二八(にはち)の今日(けふ)の春(はる)迄(まで)も
264蝶(てふ)よ花(はな)よと育(はぐ)くまれ
265スガの港(みなと)の名花(めいくわ)ぞと
266謳(うた)はれ居(ゐ)たる吾(わが)身(み)にも
267夜嵐(よあらし)の襲(おそ)ひ来(く)るものか
268あゝ懐(なつか)しき吾(わが)母上(ははうへ)は
269アリーが父(ちち)のいとも愛(あい)せる恋人(こひびと)なりしと
270初(はじ)めて聞(き)きし身(み)の驚(おどろ)き
271また吾(わが)父上(ちちうへ)の富(とみ)の力(ちから)に任(まか)かせつつ
272道(みち)ならぬ道(みち)を歩(あゆ)ませ給(たま)ひ
273人妻(ひとづま)を手(て)に入(い)れて
274恋(こひ)てふ心(こころ)の曲者(くせもの)に
275囚(とらは)れ給(たま)ひし悲(かな)しさよ
276父(ちち)と父(ちち)とは敵同志(てきどうし)
277一人(ひとり)の母(はは)の胎内(たいない)ゆ
278生(うま)れ出(い)でたる兄妹(おとどい)は
279又(また)もや浮世(うきよ)の敵(てき)と敵(てき)
280如何(いか)なる宿世(すぐせ)の悪業(あくごふ)が
281吾(わが)身(み)の上(うへ)に廻(めぐ)り来(こ)しぞ
282思(おも)へば思(おも)へば味気(あぢき)なき
283浮世(うきよ)の雲(くも)をいかにして
284払(はら)はむ由(よし)も泣(な)くばかり
285継母(けいぼ)の腹(はら)より生(うま)れたる
286吾(わが)兄(あに)一人(ひとり)在(ま)しませど
287何(なん)とはなしに睦(むつま)じからず
288妾(わらは)は今(いま)迄(まで)吾(わが)兄(あに)の
289吾(われ)に対(たい)する情(つれ)なさを
290怪(あや)しみ居(ゐ)たりしが
291今(いま)やアリーの物語(ものがたり)
292聞(き)くに及(およ)びて吾(わが)兄(あに)は
293吾(わが)父上(ちちうへ)の先妻(せんさい)が
294腹(はら)に宿(やど)りし珍(うづ)の子(こ)と
295悟(さと)りし上(うへ)は是非(ぜひ)もなや
296最早(もはや)此(この)世(よ)に生(いき)ながらへて
297何(なに)をか楽(たの)しまむ
298同(おな)じ母(はは)から生(うま)れたる
299アリーの君(きみ)の手(て)にかかり
300情(つれ)なき浮世(うきよ)を後(あと)にして
301恋(こひ)しき父(ちち)と母上(ははうへ)の
302居(ゐ)ます霊界(みくに)に進(すす)むべし
303吾(わが)垂乳根(たらちね)の母上(ははうへ)は
304先(さき)の夫(をつと)と諸共(もろとも)に
305吾(われ)等(ら)を待(ま)たせたまふべし
306血潮(ちしほ)の因縁(いんねん)はなけれども
307母(はは)の夫(をつと)となりましし
308アリーの父(ちち)は吾(わが)義父(ちち)ぞ
309あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
310神(かみ)の光(ひかり)に照(て)らされて
311三途(せうづ)の川(かは)も剣(つるぎ)の山(やま)も
312安(やす)く越(こ)えさせ給(たま)へかし
313六道(ろくだう)の辻(つじ)天(あめ)の八衢(やちまた)の
314関所(せきしよ)も無事(ぶじ)に過(よぎ)りて
315恋(こひ)しき父母(ちちはは)の坐(ま)します
316天津(あまつ)御国(みくに)に至(いた)らせ給(たま)へ
317偏(ひとへ)に祈(いの)り奉(たてまつ)る
318偏(ひとへ)に念(ねん)じ奉(たてまつ)る』
319と祈願(きぐわん)を籠(こ)むる時(とき)しもあれ、320密(ひそ)かに錠前(ぢやうまへ)をコトリコトリと捻(ね)じあけて321覆面(ふくめん)頭巾(づきん)の儘(まま)忍(しの)び入(い)る一人(ひとり)の男(をとこ)有(あ)りけり。
322(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 加藤明子録)
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