霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二〇章 曲津(まつ)の陋呵(ろうか)〔一七二二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻 篇:第4篇 山色連天 よみ(新仮名遣い):さんしょくれんてん
章:第20章 曲津の陋呵 よみ(新仮名遣い):まつのろうか 通し章番号:1722
口述日:1924(大正13)年12月29日(旧12月4日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年8月19日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
一方、タラハン城内では、王、左守、右守をはじめとする重臣たちが、太子とアリナの行方不明について評定をしていた。
左守ガンヂーは息子アリナの不徳を詫びるが、王も、太子が日ごろ城内の生活に不満を抱いている様を嘆き、かつての自分と王妃の失政を悔いる。
右守は、今回の事件は左守の倅アリナに責任があり、その親たるガンヂーともども処分を受けなければならないと主張する。
左守は責任を感じて自殺しようとするが、王女バンナに止められる。
右守は、実は左守を追い落として自分が左守の地位につき、太子を廃して王女に自分の弟エールを娶わせ、政権を握ろうとの魂胆であった。
右守は自分の野望を遂げんと、太子が日ごろ王制を嫌っていることを挙げ、王制を廃して共和制を敷こうと提案する。
しかしながらこの発言は王を始め重臣たちを怒らせてしまい、左守は怒りのあまり右守に切りつける。
左守は重臣のハルチンに止められ、その間に右守は逃げ去ってしまう。右守は城から逃げ出すときに、ちょうど帰ってきたアリナとぶつかって階段を転げ落ち、足を折りながら家へ逃げ去った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-05-24 00:09:06 文字数:4578 OBC :rm6720
愛善世界社版:264頁 八幡書店版:第12輯 128頁 修補版: 校定版:267頁 普及版:68頁 初版: ページ備考:
001 タラハン城内(じやうない)カラピン王(わう)の御前(みまへ)に左守(さもり)002右守(うもり)を初(はじ)めとし、003数多(あまた)の重臣(ぢうしん)が薬鑵頭(やくわんあたま)に湯気(ゆげ)を立(た)て太子(たいし)が知(し)らぬ間(ま)に殿内(でんない)より姿(すがた)を隠(かく)し、004踪跡(そうせき)をくらました大椿事(だいちんじ)につき、005いろいろと干(ひ)からびた頭(あたま)から下(くだ)らぬ智慧(ちゑ)を絞(しぼ)り出(だ)して006小田原(をだはら)評定(ひやうぢやう)が初(はじ)まつて居(ゐ)る。
007カラピン王(わう)『時(とき)に左守(さもり)殿(どの)、008日頃(ひごろ)憂鬱(いううつ)に沈(しづ)んだ吾(わが)太子(たいし)は今日(けふ)で三日(みつか)になつても、009まだ帰(かへ)つて来(こ)ないのは、010どうしたものだらう。011何(なに)か、012いい考(かんが)へはつかないかのう』
013左守(さもり)(ガンヂー)『ハイ、014誠(まこと)に恐(おそ)れ入(い)つた次第(しだい)で厶(ござ)ります。015殿中(でんちう)監督(かんとく)の任(にん)にあり乍(なが)ら、016此(この)老臣(らうしん)、017大王(だいわう)に対(たい)し奉(たてまつ)り、018死(し)を以(もつ)て謝(しや)するより外(ほか)に道(みち)は厶(ござ)いませぬ』
019王(わう)『其方(そち)の悴(せがれ)も、020まだ帰(かへ)つて来(こ)ぬか。021余(よ)は思(おも)ふに、022日頃(ひごろ)太子(たいし)の気(き)に入(い)り、023其方(そち)が悴(せがれ)とどつかの山奥(やまおく)へ踏(ふ)み迷(まよ)ふてゐるのではあるまいかのう』
024左(さ)『不束(ふつつか)な悴(せがれ)奴(め)、025太子(たいし)様(さま)のお言葉(ことば)に甘(あま)へ、026いつも恐(おそ)れ多(おほ)くも友人(いうじん)気取(きど)りになつて振(ふ)れ舞(ま)ひます。027その不遜(ふそん)な行為(かうゐ)を、028臣(しん)は常(つね)に憂(うれ)ひ、029いろいろと折檻(せつかん)も致(いた)し警告(けいこく)も与(あた)へて居(を)りますが、030二(ふた)つ目(め)には薬鑵頭(やくわんあたま)だの、031骨董品(こつとうひん)だの、032床(とこ)の置物(おきもの)だのと、033罵詈(ばり)嘲笑(てうせう)を逞(たくま)しふし、034太子(たいし)様(さま)の御(ご)寵愛(ちようあい)を傘(かさ)に着(き)て親(おや)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)きませぬ。035誠(まこと)に困(こま)つた不忠(ふちう)不義(ふぎ)の痴者(しれもの)で厶(ござ)います。036もし今度(こんど)幸(さいは)ひに悴(せがれ)が帰(かへ)りますれば密室(みつしつ)に監禁(かんきん)し、037よく物(もの)の道理(だうり)を説(と)き聞(き)かせ、038それでも聞(き)き入(い)れねば039只(ただ)一人(ひとり)の悴(せがれ)なれども王家(わうけ)のため、0391国家(こくか)のため、040臣(しん)が手(て)にかけて、0401悴(せがれ)が命(いのち)を絶(た)ち、041国(くに)の災(わざはひ)を除(のぞ)く覚悟(かくご)で厶(ござ)います。042どうか暫(しばら)く御(ご)猶予(いうよ)を願(ねが)ひます。043何(いづ)れ其(その)中(うち)には無事(ぶじ)御(ご)帰城(きじやう)遊(あそ)ばすで厶(ござ)いませうから』
044王(わう)『ヤ、045そちの悴(せがれ)も新教育(しんけういく)とやらを受(う)け、046余程(よほど)性質(たち)が悪(わる)くなつて来(き)たやうだ。047然(しか)し、048吾(わが)太子(たいし)も太子(たいし)だ。049平民(へいみん)主義(しゆぎ)だとか、050平等(べうどう)主義(しゆぎ)だとか、051国体(こくたい)に合(あは)ない囈言(たはごと)を申(まを)し、052貴族(きぞく)生活(せいくわつ)が気(き)に入(い)らぬ等(など)と駄々(だだ)をこね、053日夜(にちや)不足(ふそく)さうな面貌(めんばう)を現(あら)はし、054吾(わが)注意(ちうい)を馬耳(ばじ)東風(とうふう)と聞(き)き流(なが)し、055手(て)におへない人物(じんぶつ)となつて了(しま)つた。056之(これ)も全(まつた)く余(よ)が一(いち)時(じ)悪霊(あくれい)に魂(たましひ)を魅(み)せられ057天地(てんち)に容(い)れざる残虐(ざんぎやく)の罪(つみ)を犯(をか)したその報(むく)いで、058老後(らうご)の身(み)を以(もつ)て、059あるにあられぬ心(こころ)の苦労(くらう)をさせられてゐるのだらう。060アヽどうなり行(ゆ)くも宿世(すぐせ)の因縁(いんねん)だ。061もう左守(さもり)殿(どの)、062あまり頭(あたま)を痛(いた)めて呉(く)れな。063余(よ)も太子(たいし)の事(こと)は只今(ただいま)限(かぎ)り断念(だんねん)する』
064左(さ)『恐(おそ)れ多(おほ)き殿下(でんか)のお言葉(ことば)、065臣下(しんか)の吾々(われわれ)、066何(なん)と申(まを)してお詫(わび)をすれば宜(よ)いやら、067実(じつ)に恐懼(きようく)の至(いた)りで厶(ござ)います』
068王(わう)『右守(うもり)殿(どの)、069太子(たいし)が帰(かへ)らぬとすれば、070何(なん)とか善後策(ぜんごさく)を講(かう)じなくてはなるまい。071其方(そち)の意見(いけん)を聞(き)き度(た)いものだ。072かかる一大事(いちだいじ)の場合(ばあひ)、073少(すこ)しも遠慮(ゑんりよ)は要(い)らないから、074其方(そなた)が心(こころ)の底(そこ)を忌憚(きたん)なく打明(うちあ)けて呉(く)れよ』
075右守(うもり)(サクレンス)『ハイ恐(おそ)れ入(い)りまして厶(ござ)います。076太子(たいし)様(さま)の御(ご)出奔(しゆつぽん)以来(いらい)、077家中(かちう)の面々(めんめん)を四方(しはう)八方(はつぱう)に派(は)し、078殿下(でんか)の御(お)行衛(ゆくゑ)を捜索(そうさく)致(いた)させましたが、079今(いま)に何(なん)の吉報(きつぱう)も得(え)ませぬ。080今日(けふ)で三日(みつか)三夜(みよさ)、081此(この)右守(うもり)も心(こころ)を痛(いた)め、0811胸(むね)をなやまし、082食事(しよくじ)も碌(ろく)にとれませぬ。083翻(ひるがへ)つて国内(こくない)の事情(じじやう)を顧(かへり)みれば、084到(いた)る所(ところ)に民衆(みんしう)不平(ふへい)の声(こゑ)、085いつ大事(だいじ)が勃発(ぼつぱつ)するかも知(し)れない形勢(けいせい)になつて居(を)ります。086加(くは)ふるにバラモン軍(ぐん)が襲来(しふらい)するとの噂(うはさ)喧(かまび)すしく、087人心(じんしん)恟々(きようきよう)として山川(さんせん)草木(さうもく)色(いろ)を失(うしな)ひ、088将(まさ)に阿鼻(あび)叫喚(けうくわん)地獄(ぢごく)を現出(げんしゆつ)せむとするの形勢(けいせい)で厶(ござ)います。089斯(か)くの如(ごと)く国家(こくか)多事(たじ)多難(たなん)の際(さい)に太子(たいし)の君(きみ)が御(ご)出奔(しゆつぽん)遊(あそ)ばされた事(こと)は090我(わが)国家(こくか)にとつては、091痩児(やせご)に蓮根(はすね)と申(まを)さうか、092泣面(なきづら)に蜂(はち)と申(まを)さうか、093実(じつ)に恐(おそ)れ多(おほ)き次第(しだい)で厶(ござ)います。094風前(ふうぜん)の燈火(ともしび)にも等(ひと)しきタラハン国(ごく)の形勢(けいせい)、095国家(こくか)を未倒(みたう)に救(すく)ひ、096大廈(たいか)の崩(くづ)れむとするを支(ささ)ふるのは、097倒底(たうてい)一木(いちぼく)一柱(いつちう)のよくすべき所(ところ)では厶(ござ)いませぬ。098何分(なにぶん)にも此(この)際(さい)には上下(しやうか)一致(いつち)、099億兆(おくてう)一心(いつしん)、100あらむ限(かぎ)りの誠心(まごころ)を捧(ささ)げて国難(こくなん)に殉(じゆん)ずる覚悟(かくご)が吾々(われわれ)初(はじ)め、101なくては叶(かな)ひませぬ。102かかる危急(ききう)存亡(そんばう)の際(さい)に、103太子(たいし)の君(きみ)を唆(そその)かし奉(たてまつ)り、104殿内(でんない)より誘(おび)き出(だ)したる左守(さもり)殿(どの)の悴(せがれ)アリナこそは105天地(てんち)も赦(ゆる)さぬ大逆(だいぎやく)無道(ぶだう)の悪臣(あくしん)で厶(ござ)る。106まづ国家(こくか)民心(みんしん)を治(をさ)むるには親疎(しんそ)の情(じやう)を去(さ)り、107上下(じやうげ)の区別(くべつ)を撤廃(てつぱい)し、108真(しん)を真(しん)とし、109偽(ぎ)を偽(ぎ)とし、110悪(あく)を悪(あく)とし、111公平(こうへい)無私(むし)的(てき)態度(たいど)を以(もつ)て賞罰(しやうばつ)を明(あきら)かにし、112天下(てんか)に善政(ぜんせい)の模範(もはん)を示(しめ)さなくてはなりますまい。113恐(おそ)れ乍(なが)ら、114臣(しん)は先(ま)づ第一(だいいち)着手(ちやくしゆ)として、115左守(さもり)の悴(せがれ)アリナの処分(しよぶん)をなさねばならないだらうと考(かんが)へます。116ついてはその父(ちち)たる左守(さもり)殿(どの)は此(この)際(さい)責任(せきにん)を感知(かんち)し、117闕下(けつか)に罪(つみ)を謝(しや)し、118下(しも)は国民(こくみん)に対(たい)する言(い)ひ訳(わけ)の為(た)め、119進(すす)んで骸骨(がいこつ)をお乞(こ)ひなさるが時宜(じぎ)に適(てき)したる最善(さいぜん)の処為(しよゐ)と考(かんが)へます。120否(いな)、121国法(こくはふ)の教(をし)ふる所(ところ)と確信(かくしん)致(いた)します。122殿下(でんか)、123何卒(なにとぞ)賢明(けんめい)なる御(ご)英断(えいだん)を以(もつ)て、124官規(くわんき)を振粛(しんしゆく)し頑迷(ぐわんめい)無恥(むち)の官吏(くわんり)を退(しりぞ)け、125以(もつ)て国民(こくみん)に殿下(でんか)の名君(めいくん)たる事(こと)を周知(しうち)せしめ度(た)く存(ぞん)じまする』
126王(わう)『イヤ、127右守(うもり)の言(げん)も一応(いちおう)尤(もつと)もだが128今日(けふ)は未(ま)だ太子(たいし)の行衛(ゆくゑ)も分(わか)らず、129又(また)アリナの所在(ありか)も分(わか)らぬ混沌(こんとん)の際(さい)だから、130左守(さもり)の処分(しよぶん)は、131さう急(いそ)ぐには及(およ)ぶまい』
132右(う)『殿下(でんか)の仰(おほ)せでは厶(ござ)いまするが、133国家(こくか)危急(ききふ)存亡(そんばう)の際(さい)、134さやうな緩慢(くわんまん)の御(ご)処置(しよち)は却(かへつ)て国家(こくか)を危(あやふ)くするものと考(かんが)へます。135何卒(なにとぞ)御(ご)英断(えいだん)を以(もつ)て疾風(しつぷう)迅雷(じんらい)的(てき)に解決(かいけつ)し、136快刀(くわいたう)乱麻(らんま)を断(た)つの快挙(くわいきよ)に出(いで)られむ事(こと)を137右守(うもり)、138謹(つつし)んで言上(ごんじやう)仕(つかまつ)ります』
139王(わう)『汝(なんぢ)右守(うもり)のサクレンス、140汝(なんぢ)は王家(わうけ)を思(おも)ひ国家(こくか)を思(おも)ふ、141その熱誠(ねつせい)は実(じつ)に余(よ)は嘉賞(かしやう)する。142併(しか)し乍(なが)ら我(わが)国家(こくか)は余(よ)に及(およ)んで十五代(じふごだい)、143王統(わうとう)連綿(れんめん)として何(なん)の瑕瑾(かきん)もなく、144国民(こくみん)尊敬(そんけい)の中心(ちうしん)となり、145仮令(たとへ)小(せう)なりと雖(いへど)タラハンの国家(こくか)を維持(ゐぢ)して来(き)たものだ。146然(しか)るに今(いま)太子(たいし)が貴族(きぞく)生活(せいくわつ)を嫌(きら)ひ、147殿内(でんない)を飛(と)び出(だ)すやうになつては、148最早(もはや)王政(わうせい)も専制(せんせい)政治(せいぢ)も到底(たうてい)永続(えいぞく)する事(こと)は出来(でき)ない。149仮令(たとへ)太子(たいし)が帰城(きじやう)するにしても、150彼(かれ)は余(よ)が後(あと)をついでタラハン国(ごく)に君臨(くんりん)する事(こと)は好(この)まないだらう。151一層(いつそ)の事(こと)、152王女(わうぢよ)のバンナを後継者(こうけいしや)となし、153適当(てきたう)なる養子(やうし)を入(い)れて、154王家(わうけ)を継承(けいしよう)させ度(た)いと思(おも)ふが、155左守(さもり)、156右守(うもり)その他(た)の重臣(ぢうしん)共(ども)は、157どう考(かんが)へるかな』
158左(さ)『殿下(でんか)の宸襟(しんきん)を悩(なや)ませ奉(たてまつ)り、159臣(しん)として、160ノメノメ生命(いのち)を長(なが)らへ161殿下(でんか)の御(ご)心配(しんぱい)を坐視(ざし)し奉(たてまつ)るに忍(しの)びませぬ。162右守(うもり)の云(い)はるる通(とほ)り、163実(じつ)に臣(しん)と云(い)ひ悴(せがれ)と云(い)ひ、164王家(わうけ)の仇(あだ)国家(こくか)の潰滅者(くわいめつしや)で厶(ござ)いますれば165申訳(まをしわけ)のため、1651今(いま)御前(ごぜん)に於(おい)て皺(しわ)ツ腹(ぱら)をかき切(き)り、166万死(ばんし)の罪(つみ)を謝(しや)し奉(まつ)ります。167右守(うもり)殿(どの)、168何卒(なにとぞ)国家(こくか)の為(ため)忠勤(ちうきん)を励(はげ)んで下(くだ)さい。169殿下(でんか)、170左様(さやう)ならば』
171と云(い)ふより早(はや)く用意(ようい)の短刀(たんたう)、172鞘(さや)を払(はら)つて左(ひだり)の脇腹(わきばら)につき立(た)てむとする一刹那(いつせつな)、173王女(わうぢよ)バンナ姫(ひめ)は慌(あわ)ただしく、174簾(みす)の中(なか)より走(はし)り出(い)で、
175王女(わうぢよ)『左守(さもり)ガンヂー早(はや)まるな。176今(いま)死(し)ぬる命(いのち)を永(なが)らへ、177王家(わうけ)のため国家(こくか)のために何故(なぜ)誠(まこと)を尽(つく)さないのか。178死(し)んで忠義(ちうぎ)になると思(おも)ふか。179言(い)ひ訳(わけ)が立(た)つと思(おも)ふか。180血迷(ちまよ)ふにも程(ほど)があるぞや』
181と鶴(つる)の一声(ひとこゑ)、182左守(さもり)はハツト許(ばか)りに両手(りやうて)をつき、183白髪頭(しらがあたま)を床(ゆか)にすりつけ乍(なが)ら声(こゑ)を振(ふる)はせ涙(なみだ)を絞(しぼ)り、184述(の)ぶる言葉(ことば)もきれぎれに、
185左(さ)『ハイ、186誠(まこと)に無作法(ぶさはふ)な狼狽(うろた)へた様(さま)をお目(め)にかけまして申訳(まをしわけ)が厶(ござ)いませぬ。187何卒(なにとぞ)、188御(ご)宥恕(いうじよ)を願(ねが)ひ奉(たてまつ)ります』
189右(う)『アハヽヽヽ、190左守(さもり)殿(どの)、191御(ご)卑怯(ひけふ)では厶(ござ)らぬか。192一旦(いつたん)男子(だんし)が決死(けつし)の覚悟(かくご)、193仮令(たとへ)王女(わうぢよ)様(さま)の御(お)言葉(ことば)なればとて194卑怯(ひけふ)末練(みれん)にも死(し)を惜(をし)み、195生(せい)の執着(しふちやく)に憧(あこが)れ給(たま)ふか。196左様(さやう)な女々(めめ)しき魂(たましひ)を以(もつ)て、197よくも今(いま)迄(まで)左守(さもり)の職(しよく)が勤(つと)まりましたな。198チツトは恥(はぢ)を知(し)りなされ』
199と悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)の右守(うもり)のサクレンスは200左守(さもり)の自殺(じさつ)を慫慂(しやうよう)してゐる。201彼(かれ)は十(じふ)年(ねん)以前(いぜん)迄(まで)は左守(さもり)のガンヂーが右守(うもり)として仕(つか)へてゐた頃(ころ)、202家令(かれい)に抜擢(ばつてき)され、203右守(うもり)が左守(さもり)に栄進(えいしん)すると共(とも)に204自分(じぶん)も抜擢(ばつてき)されて右守(うもり)の重職(ぢうしよく)に就(つ)いたのである。205今日(こんにち)の地位(ちゐ)を得(え)たのは、206全(まつた)く現(げん)左守(さもり)の斡旋(あつせん)によるものであつた。207然(しか)るに心(こころ)汚(きたな)き右守(うもり)は208大恩(だいおん)あるガンヂーを邪魔物(じやまもの)扱(あつかひ)になし、209今度(こんど)の失敗(しつぱい)につけ込(こ)み左守(さもり)に詰腹(つめばら)を切(き)らせ、210自分(じぶん)がとつて左守(さもり)に代(かは)り国政(こくせい)を自由(じいう)自在(じざい)に攪(か)き乱(みだ)し、211時節(じせつ)を待(ま)つて王女(わうぢよ)バンナ姫(ひめ)に自分(じぶん)の弟(おとうと)エールを娶(めあ)はせ212吾(わが)一族(いちぞく)を以(もつ)て国家(こくか)を左右(さいう)し、213自分(じぶん)は外戚(ぐわいせき)となつて権勢(けんせい)を天下(てんか)に輝(かがや)かし、214日頃(ひごろ)の非望(ひばう)を達(たつ)せむと企(くはだ)てたのである。
215 カラピン王(わう)は右守(うもり)のサクレンスに右(みぎ)の如(ごと)き野心(やしん)あるとは夢(ゆめ)にも知(し)らず、216危機(きき)一髪(いつぱつ)の際(さい)、217国家(こくか)を救(すく)ふは数多(あまた)の重臣(ぢうしん)の中(うち)、218此(この)右守(うもり)の外(ほか)なしと、219益々(ますます)信任(しんにん)の度(ど)を厚(あつ)うした。
220 されども流石(さすが)に吾(わが)弟(おとうと)のエールを王位(わうゐ)に上(のぼ)せ、221バンナ姫(ひめ)と相並(あひなら)んで王家(わうけ)を継(つ)がせ、222万機(ばんき)の政治(せいぢ)を総統(そうとう)させる事(こと)は口(くち)には出(だ)し得(え)なかつた。223そこで彼(かれ)は、224ワザとに次(つぎ)のやうな事(こと)を御前(ごぜん)会議(くわいぎ)の席(せき)で喋々(てふてふ)喃々(なんなん)と喋(しやべ)りたて、225王(わう)を初(はじ)め重臣(ぢうしん)共(ども)の腹(はら)を探(さぐ)らうとした。
226右(う)『殿下(でんか)に申(まをし)上(あ)げます。227「今日(こんにち)は国家(こくか)のため遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)もなく言上(ごんじやう)せよ」との御(ご)令旨(れいし)、228参考(さんかう)のために、229殿下(でんか)を初(はじ)め一同(いちどう)の重役(ぢうやく)達(たち)に吾(わが)意見(いけん)を吐露(とろ)致(いた)します。230御(ご)採用(さいよう)下(くだ)さらうと、231下(くだ)さるまいと、232それは少(すこ)しも臣(しん)の意(い)に介(かい)する所(ところ)では厶(ござ)いませぬ。233倩々(つらつら)天下(てんか)の情勢(じやうせい)を考(かんが)へまするのに、234世界(せかい)の王国(わうこく)は次第(しだい)々々(しだい)に倒(たふ)れ、235何(いづ)れも民衆(みんしう)政治(せいぢ)、236共和(きようわ)政体(せいたい)と代(かは)り行(ゆ)く現代(げんだい)の趨勢(すうせい)で厶(ござ)います。237加(くは)ふるに肝腎要(かんじんかなめ)の太子(たいし)の君(きみ)は平民(へいみん)主義(しゆぎ)がお好(す)きでもあり、238常(つね)に共産(きやうさん)主義(しゆぎ)を唱道(しやうだう)されてゐるやうで厶(ござ)います。239開国(かいこく)以来(いらい)、240十五代(じふごだい)継続(けいぞく)遊(あそ)ばした此(この)王家(わうけ)をして万代(ばんだい)不易(ふえき)の基礎(きそ)を固(かた)め241王家(わうけ)の繁栄(はんゑい)は日月(じつげつ)と共(とも)に永遠(えいゑん)無窮(むきう)に、242月(つき)の国(くに)の一角(いつかく)に光(ひか)り輝(かがや)くべく日夜(にちや)祈願(きぐわん)をこらしてゐましたが、243最早(もはや)今日(こんにち)となつては、244どうも覚束(おぼつか)ないやうな気分(きぶん)が致(いた)します。245殿下(でんか)を初(はじ)め奉(まつ)り、246諸君(しよくん)の御(ご)意見(いけん)は如何(いかが)で厶(ござ)いませうかな』
247 此(この)意外(いぐわい)なる言葉(ことば)に王(わう)を初(はじ)め左守(さもり)、248その他(た)の重臣(ぢうしん)は水(みづ)を打(う)つたる如(ごと)く黙然(もくねん)として249大(おほ)きな息(いき)さへせなかつた。250暫(しばら)くあつてカラピン王(わう)は顔面(がんめん)筋肉(きんにく)を緊張(きんちやう)させ乍(なが)ら、
251王(わう)『意外(いぐわい)千万(せんばん)なる右守(うもり)が言葉(ことば)、252天(てん)の命(めい)を受(う)けて君臨(くんりん)したる我(わが)王室(わうしつ)を廃(はい)し、253共和(きようわ)政治(せいぢ)を布(し)かう等(など)とは不臣(ふしん)不忠(ふちう)の至(いた)りだ。254右守(うもり)、255汝(なんぢ)も時代(じだい)の悪風潮(あくふうてう)に感染(かんせん)し、256良心(りやうしん)の基礎(どだい)がぐらつき出(だ)したと見(み)える。257左様(さやう)な精神(せいしん)で、258どうして我(わが)国家(こくか)を支(ささ)へる事(こと)が出来(でき)るか。259よく考(かんが)へて見(み)よ』
260 此(この)言葉(ことば)に並(なみ)ゐる老臣(らうしん)等(たち)は稍(やや)愁眉(しうび)を開(ひら)き、261一斉(いつせい)に口(くち)を揃(そろ)へて王(わう)の宣言(せんげん)に賛意(さんい)を表(へう)した。262左守(さもり)は憤然(ふんぜん)として立(たち)上(あが)り両眼(りやうがん)に涙(なみだ)を浮(うか)べ乍(なが)ら、263右守(うもり)の側(そば)近(ちか)くニジリ寄(よ)り短刀(たんたう)の柄(つか)に手(て)をかけ、264声(こゑ)を慄(ふる)はせ乍(なが)ら、
265左(さ)『汝(なんぢ)右守(うもり)のサクレンス、266徒(いたづら)に侫弁(ねいべん)を揮(ふる)ひ、267表(おもて)に忠臣(ちうしん)義士(ぎし)を粧(よそほ)ひ、268心(こころ)に豺狼(さいらう)の爪牙(さうが)を蔵(ざう)する悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)不忠(ふちう)不義(ふぎ)の曲者(くせもの)奴(め)、269万代(ばんだい)不易(ふえき)の王政(わうせい)を撤回(てつくわい)し共和(きようわ)政体(せいたい)に変革(へんかく)せむとは何(なん)の囈言(たわごと)、270不臣(ふしん)不忠(ふちう)の至(いた)り、271もう此(この)上(うへ)は左守(さもり)が死物狂(しにものぐる)ひ、272汝(なんぢ)が一命(いちめい)を断(た)つて国家(こくか)の禍根(くわこん)を絶滅(ぜつめつ)せむ、273覚悟(かくご)致(いた)せ』
274と云(い)ふより早(はや)く右守(うもり)に向(むか)つて飛(と)びつかむとする。275王女(わうぢよ)のバンナは又(また)もや声(こゑ)をかけ、
276王女(わうぢよ)『左守(さもり)、277暫(しば)らく待(ま)て、278王(わう)様(さま)の御前(ごぜん)であらうぞ。279殿中(でんちう)の刃物(はもの)三昧(ざんまい)は国法(こくはふ)の厳禁(げんきん)する所(ところ)、280血迷(ちまよ)ふたか、281狼狽(うろた)へたか。282左守(さもり)、283冷静(れいせい)に善悪(ぜんあく)理非(りひ)を弁(わきま)へよ』
284 左守(さもり)は声(こゑ)を励(はげ)まして、
285左(さ)『王女(わうぢよ)様(さま)の厳命(げんめい)なれども、286もとより不忠(ふちう)不義(ふぎ)なる此(この)左守(さもり)、287死(し)して万死(ばんし)の罪(つみ)を謝(しや)し奉(まつ)る。288ついては御(ご)法度(はつと)を破(やぶ)る恐(おそ)れは厶(ござ)いませうが、289此(この)右守(うもり)を残(のこ)しておかば王家(わうけ)を亡(ほろ)ぼし国家(こくか)を亡(ほろ)ぼす大逆者(だいぎやくしや)で厶(ござ)れば、290右守(うもり)の命(いのち)を絶(た)つ考(かんが)へで厶(ござ)います。291何卒(なにとぞ)此(この)儀(ぎ)はお許(ゆる)し下(くだ)さいませ』
292と又(また)もや斬(き)つてかかる。293右守(うもり)は打(うち)驚(おどろ)き松(まつ)の廊下(らうか)の師直(もろなほ)よろしく、
294右守『左守(さもり)殿(どの)、295殿中(でんちう)で厶(ござ)る 殿中(でんちう)で厶(ござ)る』
296と連呼(れんこ)し乍(なが)ら彼方(かなた)此方(こなた)へ逃(に)げまはる。297重臣(ぢうしん)のハルチンは加古川(かこがは)本蔵(ほんざう)よろしく、298左守(さもり)の後(うしろ)よりグツと強力(がうりき)に任(まか)せて抱(だ)きかかへ羽抱絞(はがいじ)めにして了(しま)つた。299左守(さもり)は、
300左(さ)『エー、301放(はな)せ、302邪魔(じやま)召(め)さるな。303王家(わうけ)の一大事(いちだいじ)だ。304国家(こくか)の禍根(くわこん)を払(はら)ふのは此(この)時(とき)で厶(ござ)る』
305とあせれど藻掻(もが)けど、306強力(がうりき)のハルチンに抱(だ)きつかれ307無念(むねん)の歯噛(はが)みし乍(なが)らバタリと短刀(たんたう)を床上(しやうじやう)に落(おと)した。308右守(うもり)は此(この)隙(すき)に乗(じやう)じて雲(くも)を霞(かすみ)と卑怯(ひけふ)未練(みれん)にも逃(に)げ出(だ)して了(しま)つた。
309 かく騒(さわ)ぎの最中(さいちう)へ太子(たいし)の君(きみ)はアリナと共(とも)に悠然(いうぜん)として城門(じやうもん)を潜(くぐ)つた。310今(いま)や生命(いのち)からがら髪(かみ)振(ふ)り乱(みだ)し、311逃(に)げ出(だ)して来(き)た右守(うもり)のサクレンスは狼狽(らうばい)の余(あま)り門口(もんぐち)にてアリナの胸(むね)にドンと許(ばか)りつきあたり、312二人(ふたり)は共(とも)に門前(もんぜん)の階段(かいだん)から、313二三間(にさんげん)許(ばか)り下(した)の街道(かいだう)へ転(ころ)げ落(お)ちた。314幸(さいは)ひにアリナは何(なん)の負傷(ふしやう)もせなかつたが、315右守(うもり)のサクレンスは脛(すね)を折(を)りノタノタと四這(よつば)ひとなり316生命(いのち)カラガラ吾(わが)家(や)を指(さ)して猫(ねこ)に追(お)はれた鼠(ねずみ)よろしく逃(にげ)帰(かへ)り行(ゆ)く。
317(大正一三・一二・四 新一二・二九 於祥雲閣 北村隆光録)
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