霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第九章 ダリヤの()〔一七一一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻 篇:第2篇 春湖波紋 よみ(新仮名遣い):しゅんこはもん
章:第9章 ダリヤの香 よみ(新仮名遣い):だりやのか 通し章番号:1711
口述日:1924(大正13)年12月27日(旧12月2日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年8月19日
概要: 舞台:波切丸 あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
ダリヤがアリーの部下、コークスに操を破られそうになる。
そこへ通りかかったアリーはコークスを殺し、ダリヤを助ける。
この件を機に、親の仇とダリヤを殺そうとしていたアリーは改心する。
そこへ、妹のダリヤを探していた兄のイルクが宣伝歌を歌いながら通りかかる。
イルクは、船上にて梅公の教えを聞き、三五教に改心していた。
その歌により、ダリヤは自分を心配して危険を冒して捜索に来た兄の心を知る。
腹違いの兄弟たちが和解して大団円。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-05-13 18:29:07 OBC :rm6709
愛善世界社版:119頁 八幡書店版:第12輯 73頁 修補版: 校定版:121頁 普及版:68頁 初版: ページ備考:
001 ダリヤは船底(せんてい)密室(みつしつ)監禁(かんきん)され、002(この)(ふね)がスガの(みなと)()(まで)には、003アリーが暴虐(ばうぎやく)()にかかつて()ぬるものと決心(けつしん)してゐた。004そして健気(けなげ)にも辞世(じせい)(うた)(など)()んで、005死期(しき)(いた)るを()つてゐた。006そこへコツコツと(しの)(あし)錠前(ぢやうまへ)をねぢあけて這入(はい)つて()たのは007自分(じぶん)小舟(こぶね)()つて(はな)(じま)(あそ)びに()つた(かへ)りがけ、008かつさらはれたコークスであつた。009コークスは小声(こごゑ)になつて、
010コークス『コレ、011ダリヤさま、012(まへ)さまは(この)(ふね)(おそ)(とも)013明日(あす)()(くれ)にはスガの(みなと)()くのだから、014今夜中(こんやぢう)(ころ)されますよ。015どうです、016(わたし)小舟(こぶね)(おろ)して、0161(まへ)さまを()017(はな)(じま)()ぎつけて(たす)けて()げようと(おも)つてゐるのだから、018(もの)相談(さうだん)だが、019(わし)女房(にようばう)になつて(くだ)さるでせうなア』
020糞蛙(くそがへる)()きそこねたやうな(つら)から、021(くさ)(くさ)いドブ(ざけ)(いき)(ふき)かけ(なが)口説(くど)きかけた。022ダリヤは柳眉(りうび)逆立(さかだ)て、023(はち)(はら)(やう)素振(そぶり)をして、
024ダリヤ『エー、025(けが)らはしい。026(いま)(さら)親切(しんせつ)ごかしに(わたし)(たす)()し、027それを(おん)()せて、028女房(にようばう)になつてくれなどと、029ようマアそんな(あつ)かましい(こと)()へましたなア。030(わたし)がこんな破目(はめ)(おちい)つたのも、031(みな)(まへ)さまのなす(わざ)ぢやないか。032いはばお(まへ)さまは(わたし)(かたき)だ。033(わたし)(いのち)をおとすのも、034(まへ)さまの(ため)ぢやないか。035何程(なにほど)(いのち)()しいと()つても、036そんな悪党(あくたう)卑劣(ひれつ)泥棒(どろばう)根性(こんじやう)のお(まへ)さま()(なび)くものがありますか。037エ、038(けが)らはしい、039とつとと、040サア彼方(あつち)()つて(くだ)さい。041(むね)がムカムカして()ましたよ。042一体(いつたい)(まへ)さまの()(なん)()ふのだい。043冥途(めいど)土産(みやげ)()いておきたいからなア』
044コークス『(おれ)はな、045アリー親分(おやぶん)片腕(かたうで)(きこ)えたるコークスといふ哥兄(にい)さまだ。046(なん)()つても(いのち)資本(もとで)だから、047そんな(わる)了見(れうけん)()さずに、048(わし)()(こと)()いた(はう)()からうぜ。049何程(なにほど)名花(めいくわ)だつて、050(こずゑ)から()りおつれば三文(さんもん)価値(かち)もない。051(まへ)さまの容貌(ようぼう)天下(てんか)(まれ)なる美貌(びぼう)だ。052丹花(たんくわ)(くちびる)053(やなぎ)(まゆ)054日月(じつげつ)(まなこ)055(たて)からみても(よこ)から()ても惚々(ほれぼれ)するスタイルぢやないか。056(この)名花(めいくわ)をムザムザと()らすのは国家(こくか)(ため)(だい)なる損害(そんがい)だ。057(いな)天下(てんか)美人(びじん)可惜(あたら)地上(ちじやう)(うしな)ふといふものだ。058(おれ)天下(てんか)(ため)に、059(まへ)今晩(こんばん)()(こと)(をし)むのだ。060どうだ、061(もの)相談(さうだん)だが、062(わし)一緒(いつしよ)(にげ)()()はないか。063そして(わし)夫婦(ふうふ)になつて(むつま)じう(くら)したら()うだい。064(なに)(ほど)(この)(かほ)はヒヨツトコでも、065メツカチでも、066()ふにいはれぬ(あぢ)が、067どつかには(ふく)んでゐますよ。068あの(するめ)をみなさい。069()つからびた皺苦茶(しわくちや)だらけ、070みつともない姿(すがた)をしてゐるが、071しがんでみると随分(ずいぶん)(うま)(あぢ)がしますよ。072(なん)とも()へぬ風味(ふうみ)(ふく)まれてゐる。073それを一寸(ちよつと)遠火(とほび)()くと、074(なほ)(さら)(あぢ)がよくなる。075どうだい、076(この)コークスの()(したが)()はないかな。077(まへ)さまも(いのち)瀬戸際(せとぎは)()つてゐるのだから、078(ちつ)(ばか)(をとこ)(わる)うても辛抱(しんばう)するのだな。079(なん)()つても辛抱(しんばう)(かね)だから、080(わる)(こと)()はない。081(まへ)(ため)だ。082(ひと)つは(おれ)(ため)だ。083いいか、084(ちつ)とは道理(だうり)(わか)つたかい』
085ダリヤ『ホヽヽヽヽ、086いかにもコークスといふ(だけ)で、087(くろ)(かほ)だこと。088(まへ)さまは(ふね)燃料(ねんれう)になるのが天職(てんしよく)だよ。089天成(てんせい)美人(びじん)ダリヤ(ひめ)(むか)つて、090(こひ)(ふな)のと、091しなだれかかるのは身分(みぶん)不相応(ふさうおう)といふもの。092()いかげんに断念(だんねん)したが()からうぞや。093あたイケ()かない、094ケチな野郎(やらう)だな』
095コー『オイオイ、096ダリヤ(ひめ)097さう芋虫(いもむし)のやうにピンピンはねるものぢやない。098(ひと)愛情(あいじやう)がなくては、099木石(ぼくせき)同様(どうやう)だ。100折角(せつかく)人間(にんげん)(うま)れて、101木石(ぼくせき)(ひと)しい冷血漢(れいけつかん)になつちや、102最早(もはや)人間(にんげん)資格(しかく)はありませぬよ。103(まへ)さまも人間(にんげん)らしい。104(をんな)らしい返答(へんたふ)をしたら()うだい』
105ダリ『ホヽヽヽ、106人間(にんげん)(たい)しては人間(にんげん)らしい(こと)をいひ、107(けだもの)(たい)しては(けだもの)らしいことをいふのが天地(てんち)道理(だうり)でせう。108それが相応(さうおう)()による惟神(かむながら)のお(みち)ですよ。109(まへ)さま、110それでも普通(ふつう)人間(にんげん)だと(おも)つてゐるのかい』
111コー『オイ、112あまツちよ。113失敬(しつけい)(こと)をいふな。114(いま)(くび)のとぶ分際(ぶんざい)でゐ(なが)ら、115(なん)()業託(ごふたく)(ほざ)くのだ。116人間(にんげん)超越(てうゑつ)して、117三間(さんげん)四間(しけん)権現(ごんげん)さまの(うま)(かは)りだ。118(あま)見違(みちがひ)をすると、119(ため)にならないぞ。120(この)鉄棒(てつぼう)(ひと)つ、121(まへ)(よこ)(つら)へお見舞(みまひ)(まを)すが最後(さいご)122キヤツと一声(ひとこゑ)(この)()(わか)れだ。123()きでもない冥土(めいど)死出(しで)(たび)()かけにやならぬぞ。124オイそんな馬鹿(ばか)(かんが)へをすてて、125(おれ)()(とほ)り、126そツと此処(ここ)()()さうぢやないか。127そして、128(おれ)女房(にようばう)になる()らんは(あと)(こと)だ。129ぐづぐづしとるとお(まへ)(いのち)()くなつちや、130さつきも()(とほ)地上(ちじやう)損害(そんがい)だからな』
131ダリ『ホヽヽヽヽ、132(おほ)きにお世話(せわ)さま。133(わたし)はアリーさまのお()にかかつて(ころ)されるのを無上(むじやう)光栄(くわうえい)としてゐますよ。134(おな)(ころ)されるにしても、135(まへ)さまのやうな、136人間(にんげん)だか(たぬき)だか鼬鼠(いたち)だか正体(しやうたい)(わか)らぬ妖怪(えうくわい)野郎(やらう)に、137仮令(たとへ)(ころ)されなくつても、138ゴテゴテ()はれるのが(くる)しい。139(いは)んや夫婦(ふうふ)にならうの、140(たす)けてやらうのと、141(なん)といふ高慢(かうまん)をつくのだい。142サアサア(はや)くお(かへ)りお(かへ)り。143こんな(とこ)船長(せんちやう)見付(みつ)けられたが最後(さいご)144(まへ)さまの(かさ)(だい)宙空(ちうくう)()びますよ』
145コー『(じつ)(ところ)はお(まへ)さまと一緒(いつしよ)(ころ)されたら得心(とくしん)だ。146やがて船長(せんちやう)が、147(まへ)さまを(ころ)しに()るだらうから、148どうか、149(まへ)さま一緒(いつしよ)()んで(くだ)さらないか。150せめても、151それを(こころ)慰安(ゐあん)として、152どこ(まで)冥土(めいど)のお(とも)をする(つもり)だから』
153ダリ『エ、154(あたま)(いた)い、155(いや)(こと)をいふ野郎(やらう)だな。156サアサア(はや)()(くだ)さい。157シーツ シーツ シーツ。158一昨日(をととひ)()一昨日(をととひ)()ひ。159ぐづぐづしてゐなさると線香(せんかう)()てますよ』
160コー『(まる)()り、161(ひと)青大将(あをだいしやう)蜘蛛(くも)のやうに(おも)つてゐるのだな。162(はうき)(さか)さまに()てて頬冠(ほほかぶ)りをさしたつて、163いつかないつかな164(この)コークスは(うご)かないのだ。165(まへ)さまも()いかげん()()つて、166ウンと一口(ひとくち)()はツしヤい。167ウンといふ一声(ひとこゑ)がお(まへ)さまの(うん)(さだ)(どき)だ』
168ダリ『(たれ)がお(まへ)さま()(むか)つて、169ウンだのスンだのいふ馬鹿(ばか)がありますか。170チツトお(まへ)さまの(かほ)相談(さうだん)しなさい。171(いな)知恵(ちゑ)相談(さうだん)なさつたが()からう。172何程(なんぼ)(まへ)さまが手折(たを)らうと(おも)つたつて、173高嶺(たかね)()いた(まつ)(はな)(ほど)に、174スツパリと(あきら)めて、175(かま)たきなつとやりなさい。176(まへ)さまの(かほ)(さる)によく()てゐる。177猿猴(ゑんこう)(みづ)にうつつた(つき)(つか)まうとするやうな非望(ひばう)()めて、178船長殿(せんちやうどの)忠実(ちうじつ)にお(つか)へなさい。179そしたら(また)(しやう)(ぐわつ)になつたら、180おくびなりの(もち)一切(ひとき)れや二切(ふたき)れは()はして(もら)はうとママですよ、181ホヽヽヽ』
182 コークスは到底(たうてい)言論(げんろん)ではダメだ、183直接(ちよくせつ)行動(かうどう)(かぎ)ると決心(けつしん)したものか、184猛虎(まうこ)(いきほひ)()して、185矢庭(やには)にダリヤを(その)()()()せ、186「オチコ、187ウツトコ、188ハテナ」を決行(けつかう)せむとした。189ダリヤは一生(いつしやう)懸命(けんめい)(こゑ)(しぼ)つて「アレー(たす)けてくれ (たす)けてくれ」と()をもだえ(なが)ら、190生命(いのち)(かぎ)りに(さけ)んだ。191船長(せんちやう)のアリーは、192折節(をりふし)監禁室(かんきんしつ)(まへ)(とほ)り、193(あや)しき(こゑ)がすると(おも)つてドアに()をかくれば、194何者(なにもの)かが(すで)(はい)つてるとみえ、195かぎもかけずにパツと()いた。196みれば(みぎ)有様(ありさま)である。197アリーは懐剣(くわいけん)(ひらめ)かして、1971(うしろ)からコークスの背部(はいぶ)(ほね)(とほ)れとつきさした。198コークスはアツと悲鳴(ひめい)をあげ、199(くう)(つか)んで(その)()黒血(くろち)()いて(たふ)れて(しま)つた。
200アリ『ダリヤさま、201(あやふ)(こと)(ござ)いましたな』
202ダリ『ハイ、203(たれ)かと(おも)へば船長(せんちやう)さまで(ござ)いましたか。204よう()(くだ)さいました。205あなたの折角(せつかく)のお(たの)しみを、206此奴(こやつ)横領(わうりやう)せむとし、207乱暴(らんばう)(およ)んだ(ところ)208(をり)よく()(くだ)さいまして、209()づあなたの(ため)には好都合(かうつがふ)(ござ)いましたね。210(わたし)貴方(あなた)のお()にかかつて()なねばならぬ()(うへ)でございますから、211あなたが、212(わたし)(なぶり)(ごろし)にして、213(たの)しみなさるのを、214(わたし)(たの)しみにしてまつてゐたのでございますよ』
215アリ『ダリヤさま、216(わたし)心機(しんき)一転(いつてん)しました。217どうぞ卑怯者(ひけふもの)(わら)つて(くだ)さいますな。218デッキの(うへ)でも(あが)つて、219星影(ほしかげ)でも()(たのし)みませう』
220ダリ『これは(また)()卑怯(ひけふ)な、221なぜ一旦(いつたん)決心(けつしん)した(こと)(てのひら)(かへ)(ごと)くにお()へなさつたのですか。222(わたし)不賛成(ふさんせい)です。223サア、224どうぞ、225(はじ)めの()意見(いけん)(とほ)り、226スツパリと(ころ)して(くだ)さいませ。227(わたし)一旦(いつたん)()(けつ)した以上(いじやう)は、228初心(しよしん)()げるのは(うら)(はづか)しう(ぞん)じます。229貴方(あなた)(わたし)(ころ)さないのならば、230(わたし)(はう)から自刃(じじん)して()てます』
231()ふより(はや)く、232アリーの懐剣(くわいけん)をもぎ()り、233(わが)(のど)につきあてむとする一刹那(いつせつな)234アリーは(おどろ)いて、235()()飛付(とびつ)き、236短刀(たんたう)をもぎとつた。237(その)はづみに、238アリーは自分(じぶん)親指(おやゆび)一本(いつぽん)おとして(しま)つた。239ダリヤは(おどろ)いて(その)(ゆび)(ひろ)ひあげ、240アリーの()にひつつけ、241自分(じぶん)下帯(したおび)()いて、242クルクルと繃帯(ほうたい)した。243鮮血(せんけつ)淋漓(りんり)として(あかがね)()りの船底(せんてい)(そめ)た。
244 ドアの()いた(くち)から、245さも流暢(りうちやう)(うた)(こゑ)(きこ)えて()た。246アリー、247ダリヤの二人(ふたり)(みみ)をすまして、248ゆかしげに(その)(うた)()いてゐる。
249イルク『ハルの湖水(こすい)小波(さざなみ)よする
250スガの(みなと)(かた)ほとり
251(くすり)四方(よも)にひさぎつつ
252彼方(あなた)此方(こなた)とかけめぐり
253(いもうと)所在(ありか)(たづ)ねむと
254(かみ)(ねがひ)をかけまくも
255(かしこ)(めぐみ)(おん)(つゆ)
256(よく)せむものとハルの(うみ)
257彼方(あなた)此方(こなた)とかけめぐり
258(いづ)れの(ふね)調(しら)べても
259(こひ)しきいとしき(わが)(いもうと)
260(かげ)だに()えぬ(かな)しさに
261(てん)(こく)()(なげ)
262波切丸(なみきりまる)甲板(かんばん)
263(なみだ)(しぼ)(をり)もあれ
264三五教(あななひけう)神司(かむつかさ)
265梅公別(うめこうわけ)神徳(しんとく)
266(いま)(つつ)まれ(わが)(はは)
267行方(ゆくへ)()れぬ(いもうと)
268(ただ)冥福(めいふく)(いの)りつつ
269(いへ)(かへ)れば(あらた)めて
270三五教(あななひけう)大神(おほかみ)
271(いつき)まつりて遠近(をちこち)
272世人(よびと)(すく)はむ(わが)覚悟(かくご)
273うべなひ(たま)惟神(かむながら)
274(すめ)大神(おほかみ)(おん)(まへ)
275(かしこ)(うやま)ひねぎまつる
276大日(おほひ)()(とも)(くも)(とも)
277(つき)はみつとも()くる(とも)
278(すく)ひの(かみ)()(まか)
279(すく)ひの(ふね)()せられて
280浮世(うきよ)(わた)()にしあれば
281如何(いか)なる(なや)みの(きた)(とも)
282(おそ)るる(こと)のあるべきや
283あゝさり(なが)(いもうと)
284ウラルの(かみ)御教(みをしへ)
285(あさ)(ゆふ)なに(うべ)なひて
286()(さち)はひを(いの)りしが
287いかなる魔神(まがみ)(はか)らひか
288(しま)(あそ)びの(かへ)()
289(こころ)(あら)海賊(かいぞく)
290(むれ)におそはれ(その)行方(ゆくへ)
291(いのち)のほども(はか)られず
292(かな)しき破目(はめ)(なり)()てぬ
293日頃(ひごろ)(しん)ずるウラル(けう)
294(かみ)(いの)りて(いもうと)
295なやみを(すく)(たす)けむと
296(いへ)のなりはひ(うち)すてて
297彼方(あなた)此方(こなた)とさまよへる
298(わが)心根(こころね)()らせたい
299何処(いづこ)(ひと)(あはれ)みを
300うけて(いのち)(たも)つやら
301(ただ)しはあの()(おち)ゆきしか
302(こころ)(もと)なき(わが)(おも)
303(めぐ)ませ(たま)大御神(おほみかみ)
304(すく)はせ(たま)三五(あななひ)
305(かむ)素盞嗚(すさのを)大神(おほかみ)
306御前(みまへ)にすがり(たてまつ)る』
307(うた)(なが)ら、308チクリチクリと此方(こなた)(むか)つて(ちか)より(きた)る。309ダリヤ(ひめ)はどこやらに聞覚(ききおぼえ)のある(こゑ)だなア……とアリーの負傷(ふしやう)介抱(かいはう)(なが)ら、310(みみ)(かたむ)けてゐたが、311いよいよ(あに)のイルクと確信(かくしん)し、312監禁室(かんきんしつ)(なか)から、313(ほそ)(こゑ)()して、
314ダリ『モシ315貴方(あなた)はお(あに)イさまぢや(ござ)いませぬか。316(わたし)はダリヤで(ござ)いますが』
317 (この)(こゑ)にイルクは狂喜(きやうき)(なが)ら、318ドアのすきから室内(しつない)(のぞ)()み、319アツと()つたきり少時(しばし)(こゑ)さへ(はつ)()なかつた。
320ダリ『お(あに)いさま、321最前(さいぜん)のお(うた)()きますれば、322不束(ふつつか)(いもうと)をすて(たま)はず、323家業(かげふ)他所(よそ)にして、324(わたし)所在(ありか)(さが)してゐて(くだ)さつたさうですが、325そんな親切(しんせつ)なお(こころ)とは()らず、326(いま)(まで)腹違(はらちがひ)(あに)さまの(やう)(おも)ひ、327おろそかに(いた)してゐました(わたし)(つみ)(ゆる)して(くだ)さい。328そんな(きよ)(うる)はしいお(こころ)()らず、329(ひがみ)根性(こんじやう)()して、330(うら)(まを)し、331いつも(うさ)はらしに(しま)遊覧(いうらん)()つた、3311その(かへ)りに、332冥罰(めいばつ)(あた)つて、3321海賊(かいぞく)(とら)へられ、333かやうな(ところ)押込(おしこ)められ、334ここに(ころ)されてるコークスといふ悪性(あくしやう)(をとこ)(みさを)(やぶ)られむとしてる(ところ)を、335(この)船長(せんちやう)さまに(すく)はれた(ところ)(ござ)います。336どうぞ(にい)さまから船長(せんちやう)(さま)へ、337(よろ)しく()(れい)()つて(くだ)さいませ』
338イルク『あゝさうであつたか、339(こは)(ところ)だつたな。340イヤ船長(せんちやう)さま、341どうも(いもうと)(いか)()世話(せわ)になりました。342(なに)からお(れい)(まを)してよいやら、343(あま)有難(ありがた)くつて、344(れい)言葉(ことば)(ぞん)じませぬ』
345アリ『イヤ(けつ)して、346(わたし)はダリヤを(たす)けるやうな()(こころ)()つてゐなかつたのですが、347(なん)だか不思議(ふしぎ)なもので、348つい(たす)ける()になつたのですよ。349貴方(あなた)のお(とう)さまは、350(わたし)仇敵(あだかたき)351(なん)とかして(かたき)()ちたいと(おも)ひ、352たうとう海賊(かいぞく)になつて敵討(かたきうち)時機(じき)(ねら)つてゐたのです。353(しか)(ところ)手下(てした)のコークスが貴方(あなた)(いもうと)(うま)生捕(いけど)つて()てくれたので、354せめては(この)(むすめ)(ころ)し、355亡父(ぼうふ)霊魂(れいこん)(いささ)(なぐさ)めたいと(おも)ひ、356ダリヤさまを(ころ)計画(けいくわく)をきめたのですが、357(あま)立派(りつぱ)なお(こころざし)(その)(おち)ついた挙動(きよどう)感服(かんぷく)し、358(いま)(まつた)(うらみ)(なに)もサラリと()れて、359(かへ)つてダリヤさまのお味方(みかた)をするやうになつたのです。360それのみならず、361(この)(とほ)り、362拇指(おやゆび)(きり)(おと)し、363(こま)つてゐた(ところ)364ダリヤさまの介抱(かいはう)(やうや)くウヅキも()まり、365(かへつ)()(れい)(わたし)(はう)から(まをし)()げねばならないのです』
366自分(じぶん)(はは)のアンナが、367イルクの(ちち)無理(むり)往生(わうじやう)(みさを)(やぶ)らせられ、368()きの(なみだ)女房(にようばう)になつたことや、369(また)自分(じぶん)(ちち)(これ)(うら)んでハルの(うみ)()()げて()んだことなどを、370(なみだ)(とも)物語(ものがた)つた。371イルクは始終(しじう)(はなし)()いて、372(ふか)吐息(といき)をつき(なが)黙然(もくぜん)として二人(ふたり)(かほ)()つめてゐた。373(これ)よりアリーは梅公(うめこう)懇篤(こんとく)なる(かみ)(をしへ)()け、374悪心(あくしん)(ひるがへ)し、375海賊(かいぞく)をサラリと()め、376(この)湖水(こすい)渡航(とかう)する船客(せんきやく)(まも)(がみ)となつて、377(その)美名(びめい)(なが)()(うた)はれた。
378 翌日(よくじつ)夕暮(ゆふぐれ)(ごろ)379波切丸(なみきりまる)無事(ぶじ)にスガの(みなと)横着(よこづ)けとなりにけり。
380大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 松村真澄録)

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