霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 暗狐苦(あんこく)〔一七一三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻 篇:第3篇 多羅煩獄 よみ(新仮名遣い):たらはんごく
章:第11章 暗狐苦 よみ(新仮名遣い):あんこく 通し章番号:1713
口述日:1924(大正13)年12月28日(旧12月3日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年8月19日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
物語は場所を変えて、デカタン高原西南方のタラハン国へ移る。
人口二十万、地味の肥えた産物の豊かな国。
首都タラハン市、ウラル教を国教とし、王家はすでに十数代を経ている。
国王はカラピン王、王妃モンドル姫、太子スダルマン、王女バンナ。
王妃モンドル姫は悪孤の霊に憑依され、市民を虐待した。王はモンドル姫の容色に迷い、王妃を止めることができなかった。
左守の司、シャカンナはたびたび王・王妃を諌めたが、右守の司ガンヂーは、自分がタラハン国の主権を握ろうと、王・王妃に取り入っていた。
あるとき、モンドル姫は遊覧中に白羽の矢に当たり、絶命してしまった。王はこの事件により狂乱し、暴虐の振る舞いを始める。
左守シャカンナは妻とともに死を決して王に諫言をなすが、王によって妻は斬り殺されてしまう。シャカンナは当年6歳の娘スバールとともに逃げ、身を隠した。
右守のガンヂーはこの事件により、シャカンナに代わって左守の位に就く。シャカンナ家の巨万の財産を没収したガンヂーは、己の声名をあげる為にそれを慈善政策の資金とした。
結果的にタラハン国は小康を得た。カラピン王は政務をすべてガンヂーに預け、自分は風流三昧のみの生活に隠退してしまった。
太子スダルマンは18歳を迎えたが、宮中深く閉じこもり、憂鬱に悩まされていた。いかなる音楽、美女も太子の憂鬱を払うことができなかった。
唯一太子の気に入りは、佐守ガンヂーの一人息子、アリナであった。アリナと共に絵を書くのが、太子の慰めとなっていた。
あるとき太子はアリナに秘密の外出を誘った。アリナは、これで太子の憂鬱が治るかもしれないと思い、心ならずも承諾してしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-08-14 20:17:08 文字数:2951 OBC :rm6711
愛善世界社版:149頁 八幡書店版:第12輯 85頁 修補版: 校定版:151頁 普及版:68頁 初版: ページ備考:普及版・八幡版「狐」、校定版は目次「孤」、本文「狐」。
001 デカタン高原(かうげん)の西南方(せいなんぽう)に当(あた)つてタラハン国(ごく)と云(い)ふ、002人口(じんこう)二十万(にじふまん)を有(いう)する地味(ちみ)の肥(こえ)た産物(さんぶつ)の豊(ゆた)かな国土(こくど)がある。003国王(こくわう)はカラピン王(わう)と云(い)ひ、004国(くに)の中心(ちうしん)地点(ちてん)なるタラハン市(し)に宏大(くわうだい)なる城廓(じやうくわく)を構(かま)へ、005ウラル教(けう)を信(しん)じて十数代(じふすうだい)を継続(けいぞく)した。006その時(とき)の国王(こくわう)の名(な)をカラピン王(わう)と云(い)ひ王妃(わうひ)をモンドル姫(ひめ)と云(い)ふ。007二人(ふたり)の中(なか)には太子(たいし)スダルマン、008及(およ)び王女(わうぢよ)バンナの二子(にし)を挙(あ)げて居(ゐ)た。009王妃(わうひ)のモンドル姫(ひめ)は銀毛(ぎんまう)八尾(はちび)の悪狐(あくこ)の霊(れい)に憑依(ひようい)され、010残忍性(ざんにんせい)を帯(お)び、011常(つね)に妊婦(にんぷ)の腹(はら)を裂(さ)き、012胎児(たいじ)を抉(えぐ)り出(だ)して、013丸焚(まるた)きとなし舌皷(したつづみ)を打(う)つてゐた。014国民(こくみん)怨嗟(ゑんさ)の声(こゑ)は国内(こくない)に充(み)ち溢(あふ)れ、015何時(なんどき)騒動(さうだう)の起(おこ)るやも知(し)れざる形勢(けいせい)となつて来(き)た。016然(しか)し乍(なが)らカラピン王(わう)は王妃(わうひ)の容色(ようしよく)に恋着(れんちやく)し、017王妃(わうひ)の言(げん)ならば、018如何(いか)なる無理(むり)難題(なんだい)も二(ふた)つ返事(へんじ)で承認(しようにん)すると云(い)ふ、0181惚(とぼ)け方(かた)である。019左守(さもり)の司(かみ)のシャカンナは民心(みんしん)日(ひ)に月(つき)に国家(こくか)を離(はな)るるを憂(うれ)ひ、020且(か)つ何時(いつ)革命(かくめい)の狼火(のろし)のあがるや知(し)れざる形勢(けいせい)を憂慮(いうりよ)し、021常(つね)に死(し)を決(けつ)して王(わう)及(およ)び王妃(わうひ)に直諫(ちよくかん)した。022されども王(わう)は少(すこ)しも左守(さもり)の言(げん)を用(もち)ひず、023遂(つひ)には左守(さもり)の登城(とじやう)するを見(み)るや、024奥殿(おくでん)深(ふか)く身(み)を忍(しの)んで面会(めんくわい)を避(さ)けた。025右守(うもり)の司(かみ)ガンヂーは心(こころ)よからぬ痴者(しれもの)にて常(つね)に王妃(わうひ)を煽動(せんどう)し、026左守(さもり)を退(しりぞ)け、027自分(じぶん)が、028とつて代(かは)つて左守(さもり)の職(しよく)につき、029タラハン国(ごく)の主権(しゆけん)を吾(わが)手(て)に握(にぎ)らむ事(こと)を希求(ききう)してゐた。030右守(うもり)のガンヂーが内面(ないめん)的(てき)応援(おうゑん)によつて、031王妃(わうひ)の悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)の行為(かうゐ)は益々(ますます)残虐(ざんぎやく)の度(ど)を加(くは)へ、032民心(みんしん)益々(ますます)離反(りはん)して所々(ところどころ)に百姓(ひやくしやう)一揆(いつき)が勃発(ぼつぱつ)して来(き)た。
033 或時(あるとき)モンドル姫(ひめ)は034寵臣(ちようしん)の右守(うもり)ガンヂー及(および)その妻(つま)アンチーと共(とも)に十数(じふすう)人(にん)の侍女(じぢよ)を伴(ともな)ひ、035カルモン山(ざん)の風景(ふうけい)を探(さぐ)るべく遊覧(いうらん)を試(こころ)みた。036何処(いづこ)ともなく白羽(しらは)の矢(や)が飛(と)んで来(き)てモンドル姫(ひめ)の額(ひたひ)に命中(めいちう)し、037姫(ひめ)は悲鳴(ひめい)を挙(あ)げて谷底(たにぞこ)に転倒(てんたう)し、038遂(つひ)に絶命(ぜつめい)して了(しま)つた。039この事(こと)四方(しはう)に喧伝(けんでん)するや、040国民(こくみん)は窃(ひそか)に大杯(たいはい)をあげて国家(こくか)の前途(ぜんと)の光明(くわうみやう)を祝(しゆく)すると云(い)ふ勢(いきほひ)であつた。
041 カラピン王(わう)は王妃(わうひ)に対(たい)する愛着(あいちやく)の念(ねん)去(さ)り難(がた)く、042遂(つひ)には狂乱(きやうらん)の如(ごと)くなり、043近臣(きんしん)を手討(てうち)になし、044王妃(わうひ)の如(ごと)く又(また)もや妊婦(にんぷ)を裂(さ)き胎児(たいじ)を丸焚(まるた)きにして舌皷(したつづみ)を打(う)つやうになつて来(き)た。045左守(さもり)の司(かみ)のシャカンナは046王家(わうけ)及(および)国家(こくか)の一大事(いちだいじ)と死(し)を決(けつ)して、047妻(つま)のハリスタ姫(ひめ)と共(とも)に王宮(わうきう)深(ふか)く進(すす)み入(い)り、048王(わう)に改心(かいしん)を迫(せま)り、049且(か)つ国民(こくみん)の怨嗟(ゑんさ)の声(こゑ)喧(かまびす)しく、050いつ擾乱(ぜうらん)の勃発(ぼつぱつ)するやも知(し)れぬ事(こと)を説明(せつめい)した。051最愛(さいあい)の王妃(わうひ)を失(うしな)ひ、052心(こころ)の荒(すさ)びきつたるカラピン王(わう)は053到底(たうてい)忠誠(ちうせい)なる左守(さもり)の諫言(かんげん)を耳(みみ)にするに至(いた)らなかつた。054忽(たちま)ち大刀(だいたう)を引(ひき)抜(ぬ)いて形相(ぎやうさう)凄(すさま)じく左守(さもり)に向(むか)つて云(い)ふ、
055王(わう)『モンドル姫(ひめ)の横死(わうし)は必(かなら)ず汝(なんぢ)が手下(てした)の処為(しよゐ)ならむ。056王妃(わうひ)の仇(あだ)だ、057観念(くわんねん)せよ。058手討(てうち)にして呉(く)れむ』
059と阿修羅(あしゆら)王(わう)の如(ごと)く左守(さもり)に斬(き)りつけむとした。060左守(さもり)の妻(つま)ハリスタ姫(ひめ)は王(わう)と左守(さもり)の間(あひだ)に立(た)ち塞(ふさ)がつて、
061ハリスタ姫『恐(おそ)れ乍(なが)ら王(わう)様(さま)に申(まをし)上(あ)げます。062忠臣(ちうしん)をお斬(き)りになるのは御(ご)自分(じぶん)の片腕(かたうで)をお斬(き)り遊(あそ)ばすも同様(どうやう)で厶(ござ)います。063国家(こくか)の柱石(ちうせき)なくして、064どうしてタラハン国(ごく)が保(たも)てませうか。065まづまづ心(こころ)静(しづ)かにお考(かんが)へ下(くだ)さいませ、066もし左守(さもり)の司(かみ)を、067どうしても殺(ころ)さねばならぬのならば、068どうか私(わたし)を身代(みがは)りに立(た)てて下(くだ)さい』
069と涙(なみだ)を両眼(りやうがん)に滴(したた)らし乍(なが)ら陳弁(ちんべん)した。070王(わう)は怒髪(どはつ)天(てん)を衝(つ)いて云(い)ふ、
071王(わう)『エー、072さかしき女(をんな)の差出口(さしでぐち)、073聞(き)く耳(みみ)もたぬ。074殺(ころ)して呉(く)れなら殺(ころ)してやる。075汝(なんぢ)のみならず、076シャカンナも共(とも)に刀(かたな)の錆(さび)だ。077観念(くわんねん)せよ』
078と云(い)ひ乍(なが)ら079ハリスタ姫(ひめ)の左(ひだり)の肩(かた)から右(みぎ)の脇(わき)へ袈裟掛(けさがけ)に、080切(き)れ味(あぢ)のよい銘刀(めいたう)にてスパリと其(その)場(ば)に斬(き)り倒(たふ)した。081次(つ)いで左守(さもり)を打殺(うちころ)さむと阿修羅(あしゆら)王(わう)の如(ごと)くに追掛(おつか)ける。082左守(さもり)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に裏門(うらもん)より雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げ出(だ)し、083当年(たうねん)六(ろく)才(さい)になつたスバール嬢(ぢやう)を背(せな)に負(お)ひ、084何処(いづく)ともなく身(み)を隠(かく)した。085右守(うもり)のガンヂーは左守(さもり)となり、086妻(つま)アンチーの仲(なか)に生(うま)れた一人(ひとり)息子(むすこ)のアリナと共(とも)に得意(とくい)な日月(じつげつ)を送(おく)つて居(ゐ)た。087さうして右守家(うもりけ)の家令(かれい)サクレンスを抜擢(ばつてき)して右守(うもり)に任(にん)じた。
088 新(しん)左守(さもり)のガンヂーは左守(さもり)の地位(ちゐ)を得(え)て国政(こくせい)改革(かいかく)を標榜(へうばう)し、089前(ぜん)左守家(さもりけ)伝来(でんらい)の巨万(きよまん)の富(とみ)を没収(ぼつしう)し、090国内(こくない)の貧民(ひんみん)に慈善(じぜん)を施(ほどこ)し、091吾(わが)声名(せいめい)のあがらむ事(こと)にのみ焦慮(せうりよ)し、092漸(やうや)くタラハン国(ごく)は小康(せうかう)を得(え)た。093カラピン王(わう)は一切(いつさい)の政務(せいむ)を左守(さもり)のガンヂーに一任(いちにん)し、094自分(じぶん)は茶(ちや)の湯(ゆ)、095俳諧(はいかい)などに心(こころ)を傾(かたむ)け096風流(ふうりう)三昧(ざんまい)を事(こと)として居(ゐ)た。
097 カラピン王(わう)の太子(たいし)スダルマンは十八(じふはつ)才(さい)の春(はる)を迎(むか)へ098王女(わうぢよ)バンナは十六(じふろく)才(さい)の春(はる)を迎(むか)へた。099太子(たいし)のスダルマンは宮中(きうちう)深(ふか)く閉(と)ぢ籠(こ)もり、100何(なん)となく精神(せいしん)憂鬱(いううつ)として楽(たのし)まず、101父(ちち)の言葉(ことば)は云(い)ふも更(さら)なり、102左守(さもり)右守(うもり)、103その他(た)重臣(ぢうしん)に対(たい)しても、104拝謁(はいえつ)を乞(こ)ふ度(たび)毎(ごと)に面白(おもしろ)からぬ面(おもて)を現(あら)はし、105只(ただ)一口(ひとくち)の言葉(ことば)も発(はつ)せず鬱々(うつうつ)として書斎(しよさい)に籠(こも)つてゐた。106カラピン王(わう)を初(はじ)め左守(さもり)右守(うもり)の重臣(ぢうしん)連(れん)の憂慮(いうりよ)は一方(ひとかた)でなかつた。107日夜(にちや)神仏(しんぶつ)を念(ねん)じ、108又(また)は面白(おもしろ)き楽器(がくき)を弾(ひ)きならして太子(たいし)を慰(なぐさ)め、109憂鬱病(いううつびやう)を治(なほ)さむと、110相談(さうだん)の結果(けつくわ)、111国内(こくない)の美人(びじん)を召集(せうしふ)し太子(たいし)の御殿(ごてん)に侍(はべ)らしめた。112百余(ひやくよ)名(めい)の嬋妍(せんけん)窈窕(えうてう)たる美人(びじん)は燦爛(さんらん)と咲(さ)き乱(みだ)れたる桜花(あうくわ)の如(ごと)く、113蝶(てふ)の如(ごと)く其(その)美(うる)はしさ、114譬(たと)ふるに物(もの)なきが如(ごと)くであつた。115されど太子(たいし)は之(これ)等(ら)の美人(びじん)に対(たい)し一瞥(いちべつ)もくれず、116益々(ますます)奥殿(おくでん)に閉(と)ぢ籠(こも)り深(ふか)く憂鬱(いううつ)に陥(おちい)るのみであつた。117只(ただ)太子(たいし)の気(き)に入(い)るのは左守(さもり)の悴(せがれ)アリナ一(いち)人(にん)のみである。118それ故(ゆゑ)アリナは常(つね)に太子(たいし)に召(め)されて話相手(はなしあひて)となり、119時々(ときどき)城内(じやうない)を逍遥(せうえう)し、120太子(たいし)の心(こころ)を慰(なぐさ)めて居(ゐ)た。
121 太子(たいし)の最(もつと)も心(こころ)を慰(なぐさ)むるものはアリナと共(とも)に絵(ゑ)を描(か)く事(こと)であつた。122太子(たいし)もアリナも日々(にちにち)絵筆(ゑふで)を弄(もてあそ)び、123人物(じんぶつ)等(など)を描(か)く時(とき)は殆(ほとん)ど実物(じつぶつ)に等(ひと)しきまで上達(じやうたつ)した。124或(ある)時(とき)太子(たいし)はアリナに向(むか)ひ、
125太(たい)『オイ、126アリナ、127どうだ今日(けふ)はお前(まへ)と何処(どこ)かへ行(い)つて写生(しやせい)でもやらうぢやないか。128狭(せま)い城内(じやうない)では、129もはや写生(しやせい)の種(たね)もつきて了(しま)つたから』
130とツヒにない外出(ぐわいしゆつ)の意(い)を、131ほのめかしたので、132アリナは…此(この)機(き)逸(いつ)すべからず、133御意(ぎよい)のかはらぬ内(うち)、134太子(たいし)のお伴(とも)をなし、135太子(たいし)のお好(す)きな山水(さんすゐ)の写生(しやせい)でも遊(あそ)ばしたら、136日頃(ひごろ)の憂鬱症(いううつしやう)が癒(なほ)るかも知(し)れぬ。137王家(わうけ)に対(たい)し、138国家(こくか)に対(たい)し、139これ位(ぐらゐ)、1391結構(けつこう)な事(こと)はない…と決心(けつしん)し、140両手(りやうて)を支(つかへ)て、1401満面(まんめん)に笑(ゑみ)を湛(たた)へ乍(なが)ら、
141ア『太子(たいし)様(さま)、142願(ねが)ふてもなき御(おん)催(もよほ)しで厶(ござ)います。143どうか私(わたし)もお伴(とも)さして頂(いただ)けば無上(むじやう)の光栄(くわうえい)で厶(ござ)います。144山(やま)青(あを)く水(みづ)清(きよ)く飛沫(ひまつ)をとばす谷川(たにがは)の景色(けしき)等(など)は145胸(むね)に万斛(ばんこく)の涼味(りやうみ)を味(あぢ)はつたやうな気(き)が致(いた)しますよ。146さすれば父(ちち)の左守(さもり)に申(まをし)伝(つた)へましてお伴(とも)の用意(ようい)を致(いた)させませう。147何程(なにほど)微行(びかう)と申(まを)しても一国(いつこく)の太子(たいし)様(さま)、148二三十(にさんじふ)人(にん)の護衛(ごゑい)は威厳(ゐげん)を保(たも)つ上(うへ)に必要(ひつえう)で厶(ござ)いませうから』
149 太子(たいし)は頭(かしら)を左右(さいう)に振(ふ)り乍(なが)ら、150さも不機嫌(ふきげん)な顔(かほ)にて、
151『此(この)城中(じやうちう)に於(おい)てお前(まへ)一人(ひとり)より、152余(よ)の気(き)に入(い)るものはない。153その外(ほか)に只(ただ)一(いち)人(にん)たりとも召使(めしつかひ)をつれる事(こと)は嫌(いや)だ。154そんな大層(たいそう)な事(こと)をするなら、155もう郊外(かうぐわい)の散歩(さんぽ)は止(や)めにする。156余(よ)の病気(びやうき)は、157かやうな窮屈(きうくつ)な殿中(でんちう)生活(せいくわつ)が嫌(いや)になつて、158其(その)為(た)め起(おこ)つたのだ。159普通(ふつう)人民(じんみん)の如(ごと)く、160極(ごく)手軽(てがる)にお前(まへ)と二人(ふたり)散歩(さんぽ)して見(み)たいのだ』
161ア『左様(さやう)仰(おほ)せられますれば是非(ぜひ)は厶(ござ)いませぬ。162併(しか)し乍(なが)ら太子(たいし)様(さま)を窃(ひそか)に郊外(かうぐわい)にお連(つ)れ申(まを)したとあつては163王(わう)様(さま)を初(はじ)め吾(わが)父(ちち)の怒(いか)りは、164いか許(ばか)りか分(わか)りませぬが、165私(わたし)は太子(たいし)様(さま)の為(ため)に、166仮令(たとへ)親(おや)に勘当(かんだう)を受(う)けても構(かま)ひませぬ。167半時(はんとき)でも太子(たいし)様(さま)のお心(こころ)が安(やす)まればそれで満足(まんぞく)で厶(ござ)います。168然(しか)らば明日(あす)払暁(ふつげう)裏門(うらもん)より窃(ひそか)に脱出(だつしゆつ)し、169半日(はんにち)の御(ご)清遊(せいいう)にお伴(とも)を致(いた)しませう』
170太(たい)『ア、171それで満足(まんぞく)した。172余(よ)の病気(びやうき)も全快(ぜんくわい)するだらう。173貴族(きぞく)生活(せいくわつ)に飽(あ)き果(は)てた余(よ)は174庶民(しよみん)の山野(さんや)に働(はたら)く実況(じつきやう)も見(み)たいし、175自然(しぜん)の風物(ふうぶつ)に対(たい)し、176天恵(てんけい)を味(あぢは)ひ度(た)い。177それではアリナ、178屹度(きつと)頼(たの)むぞ』
179ア『ハイ、180畏(かしこ)まつて厶(ござ)います。181それでは一切(いつさい)の用意(ようい)を致(いた)しておきます』
182 太子(たいし)は地獄(ぢごく)の餓鬼(がき)が天国(てんごく)に救(すく)はれたやうな心持(こころもち)になつて183翌日(あくるひ)の未明(よあけ)を一(いち)時(じ)千秋(せんしう)の思(おも)ひで待(ま)つてゐた。
184(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 北村隆光録)
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