霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 恋戦(れんせん)連笑(れんせう)〔一七七〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第70巻 山河草木 酉の巻 篇:第1篇 花鳥山月 よみ(新仮名遣い):かちょうさんげつ
章:第3章 恋戦連笑 よみ(新仮名遣い):れんせんれんしょう 通し章番号:1770
口述日:1925(大正14)年08月23日(旧07月4日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年10月16日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
千草姫はキューバーに惚れたふりをして、逆に彼を虜としてしまう。海千山千のキューバーも、千草姫の美貌にしてやられてしまった。
千草姫は腕を握る振りをして、柔道の技で脈どころを握り締め、キューバーを気絶させてしまう。城の外からはときの声が聞こえてくる。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:5239 OBC :rm7003
愛善世界社版:34頁 八幡書店版:第12輯 402頁 修補版: 校定版:34頁 普及版:18頁 初版: ページ備考:
001 千草姫(ちぐさひめ)はキユーバーを一室(いつしつ)に伴(ともな)ひ行(ゆ)き、002あらゆる媚(こび)を呈(てい)し彼(かれ)の心胆(しんたん)を蕩(とろ)かし、003凡(すべ)ての秘密(ひみつ)の泥(どろ)を吐(は)かしめむと百方(ひやくぱう)尽力(じんりよく)してゐた。004キユーバーは千草姫(ちぐさひめ)の美貌(びばう)を見(み)て天津(あまつ)乙女(をとめ)かエンゼルか、005ネルソンパテーか楊貴妃(やうきひ)か、006小野(をの)の小町(こまち)か照手姫(てるてひめ)か、007平和(へいわ)の女神(めがみ)かとドングリ目(め)を細(ほそ)うし008眉毛(まゆげ)や目尻(めじり)を七時(しちじ)二十五(にじふご)分(ふん)過(すぎ)にさげおろし、009口角(こうかく)よりねばつたものをツーツーと、010ほし下(くだ)しの芸当(げいたう)を演(えん)じ、011ハンカチーフにてソツト拭(ぬぐ)ひ乍(なが)ら、012茹章魚(ゆでたこ)のやうになつてその美貌(びばう)に見惚(みと)れてゐる。013もう、014かうなる上(うへ)は千草姫(ちぐさひめ)の一顰(いつぴん)一笑(いつせう)はキユーバーの命(いのち)さへも左右(さいう)する力(ちから)があつた。015キユーバーは自分(じぶん)の目的(もくてき)や大足別(おほだるわけ)との経緯(いきさつ)もスツカリ忘(わす)れて、016只(ただ)宇宙間(うちうかん)、017神(かみ)もなく仏(ほとけ)もなく、018大黒主(おほくろぬし)もなく、019天(てん)も地(ち)もなく、020只(ただ)、021目(め)にとまるものは、022艶麗(えんれい)なる千草姫(ちぐさひめ)、023耳(みみ)に聞(きこ)ゆるものは姫(ひめ)のなまめかしい玉(たま)の声(こゑ)のみとなつて了(しま)つた。
024千草姫(ちぐさひめ)『もうし、025救世主(きうせいしゆ)様(さま)、026貴方(あなた)は何(なん)とした立派(りつぱ)なお方(かた)で御座(ござ)りませう。027何程(なにほど)盤古(ばんこ)神王(しんのう)様(さま)が御(ご)神力(しんりき)があると申(まを)しても、028大国彦(おほくにひこ)様(さま)がお偉(えら)いと云(い)つても、029已(すで)に既(すで)に過去(くわこ)の神(かみ)様(さま)で御座(ござ)ります。030どんなに手(て)を合(あは)せても、031ウンともスンとも云(い)つて下(くだ)さいませぬ。032それに何(なん)ぞや、033天来(てんらい)の救世主(きうせいしゆ)の君(きみ)に親(した)しくお目(め)にかかり、034天(てん)の御声(みこゑ)をそのまま聞(き)かして頂(いただ)く妾(わらは)は、035何(なん)と云(い)ふ幸福(かうふく)でせう。036貴方(あなた)の御(お)姿(すがた)を霊的(れいてき)に窺(うかが)はして貰(もら)ひますれば、037玲瓏(れいろう)玉(たま)の如(ごと)く、038金剛石(こんがうせき)の如(ごと)く039御(お)身体(からだ)一面(いちめん)にキラキラと輝(かがや)いてゐます。040妾(わらは)は目(め)も眩(くら)みさうで御座(ござ)りますわ。041そして貴方(あなた)の玉(たま)の御声(みこゑ)、042一言(ひとこと)聞(き)いても皆(みな)、043妾(わらは)の肉(にく)と力(ちから)になつて了(しま)ふのですもの。044何(なん)と云(い)ふ立派(りつぱ)な神(かみ)様(さま)が現(あら)はれなされたものでせう。045どうかキユーバー様(さま)、046この結構(けつこう)な玉(たま)のお声(こゑ)を047妾(わらは)以外(いぐわい)のものに聞(き)かして貰(もら)つちやいやですよ。048この結構(けつこう)なお姿(すがた)を世界(せかい)の人間(にんげん)の目(め)に入(い)れちや困(こま)りますよ。049アーア儘(まま)になるなら三千(さんぜん)世界(せかい)の人間(にんげん)を皆(みな)盲(めくら)にして了(しま)ひたいわ。050そして世界中(せかいぢう)の人間(にんげん)の耳(みみ)を木耳(きくらげ)にし度(た)う御座(ござ)りますわ。051ねーあなた、052恋(こひ)しきキユーバー様(さま)』
053とあらむ限(かぎ)りの追従(つゐしやう)を並(なら)べたて、054蕩(とろ)けた奴(やつ)を尚々(なほなほ)蕩(とろ)かさうとする。055恰(あたか)も骨(ほね)のない章魚(たこ)に蕎麦粉(そばこ)をかけたやうにズルズルになつて了(しま)ひ056口(くち)から涎(よだれ)を出(だ)す、057オチコからはなを垂(た)れる、058千草姫(ちぐさひめ)の玉(たま)の肌(はだ)に触(ふ)れぬ中(うち)から、059キユーバーは五(いつ)つの穴(あな)から体(からだ)の肥汁(こえしる)を搾取(さくしゆ)され、060秋(あき)の夕暮(ゆふぐれ)れの霜(しも)をあびたバツタのやうになつて了(しま)つた。
061キユーバー『これ千草姫(ちぐさひめ)、062俺(おれ)を、063どうしてくれるのだ。064これでもスコブツエン宗(しう)の教祖(けうそ)大黒主(おほくろぬし)の片腕(かたうで)、065三千(さんぜん)世界(せかい)を一目(ひとめ)に見透(みすか)すマハトマの聖雄(せいゆう)だ。066俺(おれ)の骨(ほね)迄(まで)筋(すぢ)迄(まで)グニヤグニヤにして了(しま)ふとは、067本当(ほんたう)に凄(すご)い腕前(うでまへ)ぢやないか』
068千草(ちぐさ)『ホヽヽヽヽヽ、069あの、070マア、071キユーバー様(さま)の仰有(おつしや)いますこと。072大黒主(おほくろぬし)の片腕(かたうで)だとか、073救世主(きうせいしゆ)だとか、074そんなちよろこい霊(みたま)では、075貴方(あなた)は御座(ござ)りませぬわ。076棚機姫(たなばたひめ)の化身(けしん)として、077玉(たま)の御舟(みふね)黄金(こがね)の楫(かぢ)を操(あやつ)り078トルマン国(ごく)へ、0781天降(あまくだ)つて来(き)たこの千草姫(ちぐさひめ)を、079マルツキリ蒟蒻(こんにやく)のやうにして了(しま)ふと云(い)ふ、080貴方(あなた)は凄(すご)い御(お)腕前(うでまへ)、081否(いな)立派(りつぱ)な男前(をとこまへ)、082女殺(をんなごろ)しの罪(つみ)なお方(かた)、083妾(わらは)は昼(ひる)とも夜(よる)とも、084西(にし)とも東(ひがし)とも判別(はんべつ)がつかなくなりました。085惚(ほ)れた弱味(よわみ)か知(し)れませぬが、086貴方(あなた)の鼻息(はないき)の出(で)やうによつて妾(わらは)の生命(いのち)に消長(せうちやう)があるのですもの。087妾(わらは)が可愛(かあい)いと思召(おぼしめ)すなら、088どうぞ長生(ながいき)をさして下(くだ)さいや。089刃物(はもの)持(も)たずの人殺(ひとごろ)しは嫌(いや)ですよ。090スコブツエン宗(しう)の法力(ほふりき)によつて、091貴方(あなた)と一緒(いつしよ)に千(せん)年(ねん)も万(まん)年(ねん)も不老(ふらう)不死(ふし)で暮(くら)したう御座(ござ)りますわ』
092キユ『エツヘヽヽヽヽヽ、0921よしよし、093お前(まへ)と俺(おれ)とさへ幸福(かうふく)にあれば、094世(よ)の中(なか)は暗(やみ)にならうと、095潰(つぶ)れやうと、096そんな事(こと)は頓着(とんちやく)ないわ。097天下(てんか)無双(むさう)の美人(びじん)だと思(おも)つてゐたらその筈(はず)、098お前(まへ)は棚機姫(たなばたひめ)の天降(あまくだ)りだつたのか。099いかにも、100どこともなしに気品(きひん)の高(たか)いスタイルだ。101天下(てんか)の幸福(かうふく)をお前(まへ)と俺(おれ)と二人(ふたり)して独占(どくせん)すればいいぢやないか。102もう、103かうなれば大黒主(おほくろぬし)もヘツタクレもない。104俺(おれ)の決心(けつしん)は動(うご)かないから安心(あんしん)してくれ。105千草姫(ちぐさひめ)、106あまり俺(おれ)だつて憎(にく)うはあるまいがな、107エツヘヽヽヽヽヽ』
108千草(ちぐさ)『オツホヽヽヽヽヽ』
109と高(たか)く笑(わら)ひ、
110『此(この)夫(をつと)にして此(この)妻(つま)あり、111お日(ひ)さまにお月(つき)さま、112お天道(てんだう)さまにお地球(つち)さま。113キユーバーさまに千草姫(ちぐさひめ)。114猫(ねこ)に鰹節(かつをぶし)。115これ丈(だ)けよう揃(そろ)ふた夫婦(ふうふ)が三千(さんぜん)世界(せかい)に御座(ござ)りませうかね』
116キユ『アツハヽヽヽヽヽ、117此奴(こいつ)は面白(おもしろ)い。118人間(にんげん)も一生(いつしやう)に一度(いちど)は幸運(かううん)に出会(でくは)すと云(い)ふ事(こと)だ。119此(この)キユーバーも大神(おほかみ)の御(ご)利益(りやく)によつて初(はじ)めての安心(あんしん)立命(りつめい)を得(え)た。120其方(そなた)は俺(おれ)に対(たい)して大(だい)救世主(きうせうしゆ)だ。121弥勒(みろく)如来(によらい)だ、122メシヤだ、123キリストだ、124瑞(みづ)の御霊(みたま)だ。125お前(まへ)をおいて救世主(きうせいしゆ)が何処(どこ)にあらう。126お前(まへ)と俺(おれ)と二柱(ふたはしら)、127天上(てんじやう)高(たか)く舞(ま)ひ上(のぼ)り、128天(あめ)の浮橋(うきはし)に乗(の)り、129大海原(おほうなばら)に漂(ただよ)へる国々(くにぐに)の民(たみ)を安養(あんやう)浄土(じやうど)に助(たす)けてやらうぢやないか。130どうだ姫(ひめ)、131よもや異存(いぞん)はあるまいな』
132千草(ちぐさ)『いやですよ。133最前(さいぜん)も云(い)つたぢやありませぬか。134貴方(あなた)の姿(すがた)は妾(わらは)以外(いぐわい)に見(み)せるのは嫌(いや)ですよ。135玉(たま)の御声(みこゑ)は妾(わらは)以外(いぐわい)に聞(き)かしちや嫌(いや)ですよ。136貴方(あなた)は気(き)の多(おほ)いお方(かた)だから、137三千(さんぜん)世界(せかい)の蒼生(さうせい)にまで、138この尊(たふと)いお姿(すがた)を拝(をが)ましてやり、139そして慄(ふる)いつき度(た)い程(ほど)味(あぢ)のある、140天人(てんにん)の音楽(おんがく)にも勝(まさ)る玉(たま)の御声(みこゑ)を、141万人(ばんにん)にお聞(き)かせ遊(あそ)ばすお考(かんが)へでせうが、142その御声(みこゑ)は妾(わらは)一人(ひとり)が聞(き)かして頂(いただ)く約束(やくそく)ぢや御座(ござ)りませぬか』
143キユ『これ、144千草姫(ちぐさひめ)、145お前(まへ)も仲々(なかなか)したたか者(もの)だな。146やさしい顔(かほ)をして居(を)つて、147あまり欲(よく)が深過(ふかすぎ)るぢやないか。148このキユーバーは天下(てんか)万民(ばんみん)を救(すく)ふため天降(あまくだ)つて来(き)たのだ。149それでは、150少(すこ)し天(てん)の使命(しめい)に反(そむ)くと云(い)ふものだがな』
151 千草姫(ちぐさひめ)は故意(わざ)とプリンと背(せな)を向(む)け、
152『ヘン勝手(かつて)にして下(くだ)さいませ。153妾(わらは)は、154もう死(しに)ますから、155(泣声(なきごゑ))オーンオーンオーンオーンオーン』
156キユ『これこれ千草姫(ちぐさひめ)殿(どの)、157さう怒(おこ)つて貰(もら)つちや困(こま)る。158お前(まへ)の悪(わる)い事(こと)云(い)つたのぢやなし、159マア、160トツクリと俺(おれ)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)いてくれ。161世界(せかい)万民(ばんみん)に対(たい)して愛(あい)を注(そそ)がうと云(い)ふのぢやないからな』
162千草(ちぐさ)『エー、163知(し)りませぬ。164妾(わらは)のやうなお多福(たふく)は到底(たうてい)、165お気(き)に入(い)りますまい。166ウオーンウオーンウオーン』
167キユ『アツハヽヽヽヽヽ、168丁度(ちやうど)芋虫(いもむし)のやうだ。169プリンプリンと右(みぎ)と左(ひだり)へ、170お頭(つむり)をお振(ふ)り遊(あそ)ばすわい。171これ姫(ひめ)さま、172さう悪(わる)く思(おも)つちやいけない。173マア、174トツクリと俺(おれ)の腹(はら)の底(そこ)を聞(き)いて下(くだ)さい』
175 千草姫(ちぐさひめ)は又(また)もやプリンと体(からだ)を廻(まは)し、176ペタリと地上(ぢべた)に倒(たふ)れ、177左右(さいう)の袂(たもと)で顔(かほ)を被(おほ)ひ乍(なが)ら、
178『ハイ芋虫(いもむし)で御座(ござ)ります。179芋虫(いもむし)は芋助(いもすけ)の厄介(やくかい)になればよいのです。180分相応(ぶんさうおう)と云(い)ふ事(こと)が御座(ござ)りますからね、181アーンアーンアーンアーン』
182キユ『何(なん)とマア、183ヒステリックだな。184芋虫(いもむし)と云(い)つたのが、185それ程(ほど)お気(き)に触(さは)つたのか』
186千草(ちぐさ)『ハイ妾(わらは)は芋虫(いもむし)で御座(ござ)りませう。187貴方(あなた)の目(め)から御覧(ごらん)になつたら、188雪隠虫(せんちむし)のやうに見(み)えませう。189エーくやしい、190アーンアーンアーンアーンもう知(し)りませぬ知(し)りませぬ。191妾(わらは)のやうな者(もの)は此(この)世(よ)にをりさへせなかつたら、192いいんですわ。193気(き)の多(おほ)い貴方(あなた)のやうなお方(かた)に恋慕(れんぼ)して、194悩殺(なうさつ)されるよりも、195体(てい)よう舌(した)をかんで死(し)んだがましで御座(ござ)りますわい、196ウオーン ウオーン』
197キユ『コーレ、198姫(ひめ)さま、199トツクリと聞(き)いて下(くだ)さい。200このキユーバーを可愛(かあい)いと思召(おぼしめ)すなら、201さう気(き)をもまさずにおいて下(くだ)さい。202どうやら俺(おれ)の方(はう)が悩殺(なうさつ)されさうになつて来(き)た。203エー、204泣(な)き度(た)くなつて来(き)た。205一(ひと)つ惚(ほ)れ泣(な)きを思(おも)ふ存分(ぞんぶん)し度(た)いと思(おも)つたのに、206姫(ひめ)から先鞭(せんべん)をつけられたので大変(たいへん)な損(そん)をした。207此方(こちら)から御(ご)機嫌(きげん)を取(と)らにやならぬやうになつて来(き)たわい。208アーア、209恋(こひ)も仲々(なかなか)並(なみ)や大抵(たいてい)で成立(せいりつ)しないものだな』
210千草(ちぐさ)『キユーバーさま、211貴方(あなた)本当(ほんたう)にひどい人(ひと)ですわ。212妾(わらは)を泣(な)かして泣(な)かして焦(こが)れ死(じに)さそうと思(おも)つてゐなさるのでせう。213サアどうぞ殺(ころ)して下(くだ)さい。214頭(あたま)の先(さき)から爪(つめ)の先(さき)迄(まで)、215貴方(あなた)に任(まか)したのですから、216もうかうなりやお屁(なら)一(ひと)つ弾(だん)じる勇気(ゆうき)も御座(ござ)りませぬわ』
217キユ『俺(おれ)だつて、218お前(まへ)のために鰻(うなぎ)の蒲焼(かばやき)ぢやないが、219背骨(せぼね)を断(た)ち割(わ)られて了(しま)つたやうだ。220これ丈(だ)けの心(こころ)尽(づく)しをチツともお前(まへ)は汲(く)みとつてくれないのか』
221千草(ちぐさ)『ヱー残念(ざんねん)やな残念(ざんねん)やな。222貴方(あなた)こそ、223妾(わらは)の心(こころ)を汲(く)みとつて下(くだ)さらないのだもの』
224と云(い)ひ乍(なが)らキユーバーの顔(かほ)を目(め)がけて一寸(いつすん)斗(ばか)りも伸(の)ばした爪(つめ)を、225無遠慮(ぶゑんりよ)に額(ひたひ)から胸先(むなさき)かけて、226ゲリゲリと二三(にさん)べん掻(か)き下(お)ろした。
227キユ『アイタツタヽヽヽヽヽ、228これ姫(ひめ)、229無茶(むちや)をすない。230顔(かほ)一面(いちめん)に蚯蚓(みみづ)脹(ば)れが出来(でき)るぢやないか。231こんな事(こと)されちや外分(ぐわいぶん)が悪(わる)くて、232外出(ぐわいしゆつ)出来(でき)はせぬわ』
233千草(ちぐさ)『そりやさうですとも。234外(ほか)の女(をんな)に顔(かほ)を見(み)せないやうに意茶(いちや)つき喧嘩(げんくわ)の印(しるし)を、235尊(たふと)き尊(たふと)き可愛(かあい)いお顔(かほ)につけておいたのですもの。236これでも妾(わらは)の心底(しんてい)が分(わか)りませぬか』
237キユ『アハヽヽヽヽヽ、238アイタツタヽヽヽ、239笑(わら)ふと顔(かほ)の筋(すぢ)が引張(ひつぱ)つて、240アツハヽヽヽヽ、241アイタツタヽヽヽヽヽ、242ひどい事(こと)をする女(をんな)だな、243お前(まへ)は』
244千草(ちぐさ)『そらさうでせうとも。245相見互(あひみたが)ひですわ。246妾(わらは)の命(いのち)を貴方(あなた)に捧(ささ)げたのですもの、247貴方(あなた)だつて妾(わらは)に生命(いのち)を呉(く)れるでせう。248薄皮(うすかは)位(くらゐ)むいたつてそれが何(なん)です。249小指(こゆび)一本(いつぽん)貰(もら)ひませうか』
250キユ『そりや小指(こゆび)の一本(いつぽん)位(くらゐ)お前(まへ)の為(ため)にや、251やらぬ事(こと)はないが、252神(かみ)さまから与(あた)へられた完全(くわんぜん)の体(からだ)を傷(きず)つけるには及(およ)ばぬぢやないか。253それよりも俺(おれ)の魂(たましひ)を受取(うけと)つてくれ。254魂(たましひ)が肝腎(かんじん)だからのう』
255千草(ちぐさ)『貴方(あなた)の魂(たましひ)をやらうと仰有(おつしや)つたが、256どうしたら下(くだ)さいますか』
257キユ『俺(おれ)の魂(たましひ)と云(い)ふのは真心(まごころ)だ。258言心行(げんしんかう)の一致(いつち)だ』
259千草(ちぐさ)『そんなら、260どうか真心(まごころ)を表(あら)はす為(ため)に、261何(なん)でも云(い)ふ事(こと)、262聞(き)いて下(くだ)さるでせうな』
263キユ『ウン、264聞(き)いてやる。265お前(まへ)の為(ため)にや、266生命(いのち)でも何時(いつ)でもやるのだ』
267 千草(ちぐさ)は嬉(うれ)しさうな顔(かほ)してニタニタ笑(わら)ひ乍(なが)ら、
268『キユーバー様(さま)、269貴方(あなた)の真心(まごころ)が分(わか)りました。270嬉(うれ)しう御座(ござ)りますわ。271これで暗(やみ)が晴(は)れました』
272と何(なん)とも云(い)へぬ愛嬌(あいけう)の滴(したた)る、2721眼光(まなざし)に露(つゆ)を含(ふく)んでキユーバーを注視(ちうし)した。273キユーバーはこのニコリと笑(わら)つた千草姫(ちぐさひめ)の顔(かほ)に益(ますま)す夢現(ゆめうつつ)となり、274垂涎(すゐえん)滝(たき)の如(ごと)く『エツヘヽヽヽヽ』と顔(かほ)の紐(ひも)まで解(ほど)いて、275清水焼(きよみづやき)の布袋(ほてい)の出来損(できそこな)ひのやうな面(かほ)になつて了(しま)つた。
276千草(ちぐさ)『サア、277キユーバー様(さま)、278今(いま)妾(わらは)に何時(いつ)でも命(いのち)をやらうと仰有(おつしや)いましたね』
279キユ『ウン、280確(たしか)に云(い)ふた。281俺(おれ)も男(をとこ)だ、282やると云(い)ふたらやる。283お前(まへ)の事(こと)だつたら何(なん)でも聞(き)いてやる。284仮令(たとへ)大黒主(おほくろぬし)の命令(めいれい)に反(そむ)いてもお前(まへ)の命令(めいれい)には反(そむ)かぬからのう』
285千草(ちぐさ)『アヽそれ聞(き)いて安心(あんしん)しました。286サア早速(さつそく)命(いのち)を頂戴(ちやうだい)しませう』
287と懐剣(くわいけん)をスラリと引(ひき)抜(ぬ)き身構(みがま)へする。288流石(さすが)惚(のろ)けきつたキユーバーも短刀(たんたう)を見(み)るや、289本当(ほんたう)に命(いのち)をとられるのかと蒼(あを)くなり慄(ふる)い声(ごゑ)を出(だ)し乍(なが)ら、
290キユ『待(ま)つた待(ま)つた、291ソウ気(き)の早(はや)い、292お前(まへ)に命(いのち)をやつてどうするのだ。293俺(おれ)が死(し)んだら俺(おれ)の綺麗(きれい)な顔(かほ)を見(み)る事(こと)も出来(でき)ず、294俺(おれ)の玉(たま)の声(こゑ)を聞(き)く事(こと)も出来(でき)ぬぢやないか。295恋(こひ)に逆上(のぼ)せるのもいいが、296そこまで行(い)つちやいけないよ、297マア、298チツト気(き)を落(お)ちつけたらどうだ』
299千草(ちぐさ)『恋愛(れんあい)の真(しん)の味(あぢは)ひは生命(せいめい)を捨(す)てる処(ところ)にあるのですよ。300涙(なみだ)から真(しん)の恋愛(れんあい)が生(うま)れるのですもの、301貴方(あなた)は命(いのち)をやらうと云(い)ひ乍(なが)ら、302何故(なぜ)実行(じつかう)をして下(くだ)さらないのですか。303言心行(げんしんかう)一致(いつち)と申(まを)されましたが、304ヤツパリ妾(わらは)を、305かよわき女(をんな)だと思(おも)つて、306お嬲(なぶり)遊(あそ)ばしたのですか、307エー悔(くや)しい悔(くや)しい、308残念(ざんねん)やな残念(ざんねん)やな』
309と短刀(たんたう)を、310其(その)場(ば)に捨(す)てて泣(な)き伏(ふ)す。
311 キユーバーはヤツト安心(あんしん)し、312胸(むね)を撫(な)で下(お)ろし乍(なが)ら、
313『アツハヽヽヽヽヽ、314面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い、315恋愛(れんあい)もここ迄(まで)出(で)て来(こ)ぬと、316神聖味(しんせいみ)が分(わか)らぬわい。317何(なん)と可愛(かあい)いものだな』
318千草(ちぐさ)『貴方(あなた)は妾(わらは)を騙(だま)してそれ程(ほど)面白(おもしろ)う御座(ござ)りますか。319そら、320さうでせう。321三千(さんぜん)世界(せかい)の女(をんな)を皆(みな)、322済度(さいど)しようと仰有(おつしや)るやうな気(き)の多(おほ)いお方(かた)ですもの。323言心行(げんしんかう)一致(いつち)が聞(き)いて呆(あき)れますわ』
324キユ『今(いま)の人間(にんげん)は心(こころ)に思(おも)はぬ事(こと)でも口(くち)で云(い)ふぢやないか。325このキユーバーは三千(さんぜん)世界(せかい)の救世主(きうせいしゆ)だ。326決(けつ)して心(こころ)にない事(こと)は云(い)はない。327今(いま)の人間(にんげん)は口(くち)と心(こころ)と行(おこな)ひが一致(いつち)せぬのみか、328心(こころ)と口(くち)とが一致(いつち)してゐない。329俺(おれ)は心(こころ)に思(おも)ふた事(こと)を口(くち)へ出(だ)して、330お前(まへ)に云(い)つたのだから言心(げんしん)一致(いつち)だよ、331ハツハヽヽヽヽヽ』
332千草(ちぐさ)『言心(げんしん)一致(いつち)なんて、333そんな誤魔化(ごまか)しは喰(く)ひませぬ。334も一(ひと)つの行(おこな)ひの実行(じつかう)を見(み)せて下(くだ)さい』
335キユ『なんとむつかしい註文(ちうもん)だな。336さうむつかしう云(い)はなくても、337いいぢやないか。338俺(おれ)の心(こころ)を買(か)つてくれ。339千(せん)年(ねん)も万(まん)年(ねん)も、340生(いき)永(なが)らへてお前(まへ)を楽(たのし)ましてやらうと思(おも)つてこそ命(いのち)を惜(をし)むのだ。341これもヤツパリお前(まへ)の為(ため)だ』
342 千草(ちぐさ)は故意(わざ)とニコニコし乍(なが)ら、
343千草(ちぐさ)『ア、344それで分(わか)りました。345どうか、346エターナルに可愛(かあい)がつて頂戴(ちやうだい)ね。347外(ほか)に心(こころ)を移(うつ)すことは、348いやですよ』
349キユ『ハツハヽヽヽヽヽ、350ヤア之(これ)で先(ま)づ先(ま)づ平和(へいわ)克復(こくふく)だ。351象牙(ざうげ)細工(ざいく)のやうな白(しろ)いお手(てて)に瑪瑙(めなう)の爪(つめ)、352縦(たて)から見(み)ても横(よこ)から見(み)ても、353ホントに棚機姫(たなばたひめ)に間違(まちがひ)ないわ。354オイ姫(ひめ)、355どうか一(ひと)つ握手(あくしゆ)してくれないか』
356千草(ちぐさ)『ハイ、357お安(やす)い事(こと)で御座(ござ)ります』
358と毛(け)ダラケの岩(いは)のやうな真黒気(まつくろけ)の手(て)をソツと握(にぎ)る。
359キユ『オイ、360姫(ひめ)、361モチト確(しつか)り握(にぎ)つてくれ。362どうも頼(たよ)りないぢやないか。363そんなやさしい握(にぎ)り方(かた)では、364どうしても恋愛(れんあい)の程度(ていど)が分(わか)らないわ』
365千草(ちぐさ)『ハイ、366そんな事(こと)仰有(おつしや)いますと、367お手(てて)が砕(くだ)ける程(ほど)握(にぎ)りますよ』
368キユ『ヨーシ俺(おれ)の息(いき)がとまる所(ところ)迄(まで)握(にぎ)つてくれ、369ハツハヽヽヽヽヽ』
370と又(また)もや口(くち)から粘液性(ねんえきせい)の、371きつい糸(いと)を垂(た)らしてゐる。372千草姫(ちぐさひめ)は柔道(じうだう)の手(て)を以(もつ)て脈処(みやくどころ)を力(ちから)限(かぎ)りにグツと握(にぎ)り〆(しめ)た。373キユーバーはウンと一声(ひとこゑ)真蒼(まつさを)になつて、374その場(ば)に平太(へたつ)て了(しま)つた。
375 千草姫(ちぐさひめ)はニツコと笑(わら)ひ、
376『ホヽヽヽヽヽ、377この悪魔(あくま)奴(め)、378かうして置(お)けば暫(しば)らく安心(あんしん)だ。379たうとう気絶(きぜつ)した様(やう)だわい、380ホツホヽヽヽヽヽ』
381 城(しろ)の内外(ないぐわい)には激戦(げきせん)が初(はじ)まつてゐると見(み)え、382ドンドンキヤアキヤア、383と陣馬(ぢんば)の犇(ひしめ)く声(こゑ)、384飛道具(とびだうぐ)の音(おと)、385刻一刻(こくいつこく)と高(たか)まり来(きた)る。
386(大正一四・八・二三 旧七・四 於由良秋田別荘 北村隆光録)
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