霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 妻生(さいせい)〔一七七四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第70巻 山河草木 酉の巻 篇:第1篇 花鳥山月 よみ(新仮名遣い):かちょうさんげつ
章:第7章 妻生 よみ(新仮名遣い):さいせい 通し章番号:1774
口述日:1925(大正14)年08月23日(旧07月4日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年10月16日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
汚く醜いあばら家も、御霊の相応によって、高姫とキューバーには美しい御殿のように見えるのであった。
そして、いつのまにかキューバーの目には高姫が千草姫のように見えてきた。一方、高姫にはキューバーが時置師の杢助に見えてきた。お互いに思う人の幻影を見つつ、二人は辻褄の合わない勝手な応答をしながら、抱擁して眠ってしまった。
外にいたトンボは石を拾って手当たり次第に投げつける。キューバーと高姫は怒ってトンボを追いかける。トンボは八衢の関所の門につきあたって倒れ、つかまってしまう。
トンボは自棄になって二人の悪行をののしりたてる。その声に、八衢の門の守衛が出てきて、三人が居るのは冥土であることを諭す。そして、高姫の宿るべき肉体は千草姫であることを告げる。
途端に、キューバー・高姫ははっと気づくと、トルマン城の千草姫の部屋に倒れていた。こうして千草姫の肉体に高姫の精霊が入り込んだのである。これより姫の言行は一変する。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-11-30 15:11:07 文字数:3956 OBC :rm7007
愛善世界社版:86頁 八幡書店版:第12輯 421頁 修補版: 校定版:88頁 普及版:45頁 初版: ページ備考:
001 軒(のき)は傾(かたむ)き屋根(やね)は破(やぶ)れ、002蝶(てふ)も蜻蛉(とんぼ)も蜂(はち)も雀(すずめ)も雨(あめ)も、003屋根(やね)から降(ふ)つて来(く)る所(ところ)迄(まで)茅葺(かやぶき)の屋根(やね)が煤竹(すすだけ)の骨(ほね)を出(だ)して居(ゐ)る。004雨戸(あまど)は七分(しちぶ)三分(さんぶ)に尻(しり)からげたやうに風(かぜ)に喰(く)ひ取(と)られ、005障子(しやうじ)はづづ黒(ぐろ)く棧(さん)毎(ごと)に瓔珞(ようらく)を下(さ)げ、006風(かぜ)吹(ふ)く度(たび)に自由(じいう)に舞踏(ぶたふ)をやつて居(ゐ)る。007湿(しめ)つぽい畳(たたみ)は、008表(おもて)はすつかり破(やぶ)れ、009赤(あか)ずんだ床(とこ)許(ばか)りが僅(わづか)に命脈(めいみやく)を保(たも)ち010足(あし)踏(ふ)み入(い)るるも身(み)の毛(け)のよだつやうに見苦(みぐる)しい。011さうして何(なん)とも仮令(たとへ)やうのない異様(いやう)な臭気(しうき)が鼻(はな)を衝(つ)く。012されど、013高姫(たかひめ)やキユーバーの目(め)には此(この)茅屋(ばうをく)が金殿(きんでん)玉楼(ぎよくろう)の如(ごと)くに見(み)え、014異様(いやう)な臭気(しうき)は麝香(じやかう)の如(ごと)くに、015想念(さうねん)の情動(じやうどう)によつて感(かん)じ得(え)らるるのも妙(めう)である。016牛糞(うしぐそ)の味(あぢ)も牡丹餅(ぼたもち)の如(ごと)く感(かん)じ、017馬糞(うまぐそ)の臭(にほひ)もお萩(はぎ)の如(ごと)く、018いと満足(まんぞく)に喉(のど)を鳴(な)らしてしやぶるのだから耐(たま)らない。019口(くち)の欠(か)けた燻(くす)ぼつた土瓶(どびん)に籐(とう)の蔓(つる)の柄(え)をつけ、020屋根(やね)から釣(つ)るした煤(すす)だらけのてんどりに引(ひ)つかけ、021牛糞(うしぐそ)を焚(た)いて茶(ちや)を温(あたた)め乍(なが)ら、022二人(ふたり)は嬉々(きき)として他愛(たあい)もなくふざけて居(ゐ)る。023御霊(みたま)の相応(さうおう)と云(い)ふものは実(じつ)に不思議(ふしぎ)なものである。
024 此(この)高姫(たかひめ)さまは、025キユーバーの目(め)には、026一寸(ちよつと)見(み)た時(とき)には婆(ばあ)さまのやうに見(み)えたが、027何時(いつ)の間(ま)にか、028トルマン国(ごく)の王妃(わうひ)千草姫(ちぐさひめ)のやうな美人(びじん)に見(み)えて来(き)た。029又(また)高姫(たかひめ)の目(め)では団栗眼(どんぐりまなこ)の烏天狗(からすてんぐ)のやうな、030口(くち)の尖(とが)つた不細工(ぶさいく)なキユーバーの顔(かほ)が何(なん)とも知(し)れぬ凛々(りり)しい、031時置師(ときおかし)の杢助(もくすけ)に見(み)えて耐(たま)らない。032高姫(たかひめ)は鼠髯(ねずみひげ)のやうに皺(しわ)のよつた口(くち)をつぼめ乍(なが)ら、033しよな しよなと体(からだ)をゆすり、
034高(たか)『これ杢助(もくすけ)さん、035否(いや)高宮彦(たかみやひこ)殿(どの)、036ようまあ化(ば)けたものですなあ。037あの四(よ)つ辻(つじ)で会(あ)つた時(とき)は、038左程(さほど)でもない遍路(へんろ)だと思(おも)ふて居(ゐ)たに、039かうさし向(むか)うて篤(とつ)くりとお顔(かほ)をみると、040まぎれもない高宮彦(たかみやひこ)様(さま)だわ。041もし私(わたし)は高宮姫(たかみやひめ)で御座(ござ)いますよ。042何(なん)ですか他々(よそよそ)しい。043他人(たにん)らしい其(その)振舞(ふるまひ)は措(を)いて下(くだ)さい。044何程(なにほど)貴方(あなた)が出世(しゆつせ)して偉(えら)くなつたつてやつぱり私(わたし)の夫(をつと)ですよ』
045キユ『お前(まへ)は高宮姫(たかみやひめ)と改名(かいめい)したのか、046何(なん)でも千草姫(ちぐさひめ)と云(い)ふ名(な)だつたと思(おも)ふがな』
047高(たか)『あのまあ杢(もく)チヤンの白々(しらじら)しい事(こと)。048それ貴方(あなた)とあの御殿(ごてん)でお約束(やくそく)して高宮姫(たかみやひめ)と改名(かいめい)したぢやありませぬか。049貴方(あなた)だつて其(その)時(とき)高宮彦(たかみやひこ)と改名(かいめい)されたでせう』
050キユ『ハテナ、051お前(まへ)はどうしても千草姫(ちぐさひめ)に違(ちが)ひない。052妙(めう)な事(こと)を云(い)ふぢやないか。053併(しか)し乍(なが)ら、054名(な)はどうでもよい。055心(こころ)と心(こころ)さへぴつたり合(あ)うて居(を)ればそれで十分(じふぶん)だ』
056と二人(ふたり)は互(たが)ひ違(ちが)ひに主(ぬし)をかへ、057嬉々(きき)として意茶(いちや)つき始(はじ)めた。
058高(たか)『もし貴方(あなた)、059あれから私(わたし)に別(わか)れて何処(どこ)を歩(ある)いてゐらしたの。060私(わたし)どれ程(ほど)尋(たづ)ねて居(ゐ)たか知(し)れませぬわ』
061キユ『私(わし)はな、062デカタン高原(かうげん)のトルマン国(ごく)へ根拠(こんきよ)を構(かま)へ、063お前(まへ)を一目(ひとめ)見(み)てから目(め)にちらついて耐(たま)らず、064何(なん)とかして会(あ)ひたい会(あ)ひたいと心(こころ)を焦(こが)して居(ゐ)る矢先(やさき)、065お前(まへ)がトルマン王(わう)の妃(きさき)になつて居(ゐ)るものだから手(て)の附(つけ)やうがなく、066百方(ひやくぱう)手段(しゆだん)をもつてたうとうお前(まへ)に近(ちか)よる事(こと)が出来(でき)、067永(なが)らくの恋(こひ)の暗(やみ)を晴(は)らす事(こと)を得(え)たのだ。068サアこれからお前(まへ)と私(わし)と心(こころ)を合(あは)せ、069トルマン国(ごく)を手(て)に入(い)れ、070七千(しちせん)余国(よこく)の月(つき)の国(くに)を蹂躙(じうりん)して見(み)ようぢやないか。071到底(たうてい)科学(くわがく)的(てき)文明(ぶんめい)の極点(きよくてん)とも云(い)ふべき現代(げんだい)を救(すく)ふのには、072単(たん)なる説教(せつけう)や演説(えんぜつ)や祈祷(きたう)のみにては功(こう)を奏(そう)しにくい。073自(みづか)ら王者(わうじや)の位置(ゐち)に立(た)ち軍隊(ぐんたい)を片手(かたて)に握(にぎ)り、074一方(いつぱう)には剣(つるぎ)、075一方(いつぱう)にはコーランをもつて人心(じんしん)を治(をさ)めなくては宗教(しうけう)も政治(せいぢ)も嘘(うそ)だ』
076高(たか)『成程(なるほど)、077貴方(あなた)のやうな智勇(ちゆう)兼備(けんび)の神人(しんじん)は世界(せかい)に御座(ござ)いますまい。078あゝ三(さん)年(ねん)が間(あひだ)、079此(こ)の山(やま)のほてらで苦労(くらう)したのも貴方(あなた)に会(あ)ひたい許(ばか)り、080いよいよ時節(じせつ)が来(き)たのかなあ』
081と互(たがひ)に辻褄(つじつま)の合(あ)はぬ勝手(かつて)な応答(おうたふ)をし乍(なが)ら、082八味(やみ)の幕(まく)を下(おろ)して抱擁(はうよう)したまま睡(ねむ)りについて了(しま)つた。083外(そと)に立(た)つて居(ゐ)たトンボはやけて耐(たま)らず、084小石(こいし)を拾(ひろ)つて戸(と)の破(やぶ)れから幾(いく)つともなくボイボイと投(な)げ込(こ)んだ。085小石(こいし)は釣(つ)り下(さ)げてある土瓶(どびん)の腹(はら)を割(わ)つて、086二人(ふたり)の寝(ね)て居(ゐ)る足(あし)の上(うへ)にパツと小便(せうべん)を垂(た)れた。087高姫(たかひめ)は驚(おどろ)き跳起(はねお)き乍(なが)ら声(こゑ)を震(ふる)はせて、
088『これや、089天下(てんか)の救世主(きうせいしゆ)が種(たね)を蒔(ま)きよるのに何(なに)をするか。090何者(なにもの)だ、091名(な)を名乗(なの)れ』
092と呶鳴(どな)り立(た)てる。093トンボは外(そと)から、
094『ワハヽヽヽヽヽ石(いし)を投(な)げたのは此(この)トンボさまだ。095これや婆々(ばば)、096今(いま)にこの家(いへ)を叩(たた)き壊(こは)してやるからさう思(おも)へ。097俺(おれ)も一(ひと)つは性念(しやうねん)が有(あ)るぞ』
098と又(また)もや雨(あめ)の如(ごと)く両手(りやうて)に小石(こいし)を掴(つか)んで投(な)げ込(こ)む危(あや)ふさ。099石(いし)は戸棚(とだな)や水屋(みづや)にぶつかつて、100カチヤカチヤ パチパチ ガランガランと瀬戸物(せともの)迄(まで)が滅茶(めちや)々々(めちや)になる。101高姫(たかひめ)、102キユーバーの二人(ふたり)は危(あぶな)くて成(な)らず、103表戸(おもてど)を引(ひ)きあけ『コレヤー』と呶鳴(どな)る勢(いきほひ)に、104トンボは骨(ほね)と皮(かは)との体(からだ)を、105尻(しり)をまくりながら、106ドンドンドンと逃(に)げ出(だ)す。107高姫(たかひめ)とキユーバーは追(おひ)ついて素首(そつくび)引掴(ひつつか)み懲(こら)して呉(くれ)むと真裸(まつぱだか)の儘(まま)、108トンボの後(あと)を息(いき)をはづませ、109青(あを)い火(ひ)の玉(たま)となつて追(お)つかけ行(ゆ)く。
110 トンボは八衢(やちまた)の関所(せきしよ)の門口(もんぐち)に来(きた)り、111慌(あわ)てて黒門(くろもん)にどんとつきあたり、112アツと云(い)つた儘(まま)其(その)場(ば)に倒(たふ)れた。113キユーバー、114高姫(たかひめ)の二人(ふたり)は皺枯声(しわがれごゑ)を張上(はりあ)げ乍(なが)ら、115ホーイホーイ、116ホイホイホイとド拍子(びやうし)もない声(こゑ)を張上(はりあ)げて追(おつ)かけ来(きた)り、117トンボの倒(たふ)れて居(ゐ)る姿(すがた)を見(み)て痛快(つうくわい)がり、
118高(たか)『ホヽヽヽヽヽこれ杢(もく)チヤン、119天罰(てんばつ)と云(い)ふものは怖(おそ)ろしいものでは御座(ござ)いませぬか、120ねえ貴方(あなた)。121私(わたし)と貴方(あなた)が神代(かみよ)から伝(つた)はつた、122青人草(あをひとぐさ)の種蒔(たねまき)の御(お)神楽(かぐら)を勤(つと)めて居(ゐ)るのを岡焼(をかやき)して、123石(いし)を投(な)げ込(こ)んだトンマ野郎(やらう)ぢや御座(ござ)いませぬか。124これやトンマ、125確(しつか)りせぬかい、126生宮(いきみや)さまの御(ご)神力(しんりき)には畏(おそ)れ入(い)つたか』
127 トンボは漸(やうや)く気(き)がつき、
128『お前(まへ)さまは生宮(いきみや)さまぢやないか。129こんな役所(やくしよ)の門前(もんぜん)迄(まで)来(き)て人(ひと)の恥(はぢ)をさらすものぢやありませぬぞや。130何卒(どうぞ)悪口(わるくち)だけは耐(こら)へて下(くだ)さい。131私(わたし)だつてまだ末(すゑ)の長(なが)い人間(にんげん)、132これからまた世(よ)に立(た)つて一働(ひとはたら)きせなくてはなりませぬ。133お役人(やくにん)の耳(みみ)へ私(わたし)の悪口(あくこう)が入(い)つたら最後(さいご)、134何処(どこ)へ行(い)つても頭(あたま)は上(あが)りませぬからねえ』
135高(たか)『ヘン、136これや なーにをぬかして居(ゐ)るのだい。137自業(じごふ)自得(じとく)ぢやないか。138お前(まへ)のやうなものを此(この)世(よ)の中(なか)に頭(あたま)を上(あ)げさせておこうものなら、139世界(せかい)は暗雲(やみくも)になつて了(しま)ふぢやないか。140それだからお役人(やくにん)に聞(きこ)えるやう、141一入(ひとしほ)大(おほ)きな声(こゑ)で云(い)つたのだよ。142何(なん)とまあ情(なさけ)なささうな顔(かほ)わいのう』
143ト『これや婆々(ばば)、144もう俺(おれ)も破(やぶ)れかぶれだ、145何(なん)なりと悪口(わるくち)をつけ。146その代(かは)り貴様(きさま)の秘密(ひみつ)をお役人(やくにん)の耳(みみ)に入(い)るやう大声(おほごゑ)で素(す)ツ破(ぱ)ぬいてやる』
147キユ『これやこれやトンボとやら滅多(めつた)な事(こと)は云(い)ふまいぞ。148貴様(きさま)のやうな三文(さんもん)やつこなら、149仮令(たとへ)よく云(い)はれても悪(わる)く云(い)はれても余(あま)り影響(えいきやう)はない筈(はず)だ。150然(しか)し乍(なが)ら吾々(われわれ)如(ごと)き救世主(きうせいしゆ)の、151仮令(たとへ)嘘(うそ)にもせよ悪口(わるくち)を申(まを)すと、152世界(せかい)救済(きうさい)の事業(じげふ)の妨害(ばうがい)になるのみならず、153其(その)罪(つみ)は忽(たちま)ち廻(まは)り来(きた)つて吊釣(てうきん)地獄(ぢごく)に墜(お)ちるぞや』
154ト『ヘン放(ほ)つといて下(くだ)さい。155お前(まへ)さまは此(この)婆々(ばば)と炉(いろり)の辺(はた)で、156とんでもない種蒔(たねまき)行事(ぎやうじ)を演(えん)じて居(ゐ)たぢやないか。157それあの醜体(しうたい)を……もしもしお役人(やくにん)様(さま)、158此奴(こいつ)等(ら)二人(ふたり)は天則(てんそく)違反(ゐはん)の大罪人(だいざいにん)で御座(ござ)います。159何卒(どう)か御(ご)規則(きそく)に照(てら)し、160地獄(ぢごく)へ打(ぶ)ち込(こ)んで下(くだ)さい。161さうしてウラナイ教(けう)とか、162スコ教(けう)とか云(い)つて悪神(わるがみ)の教(をしへ)を天下(てんか)に拡(ひろ)めようとする餓鬼(がき)畜生(ちくしやう)で御座(ござ)います。163私(わたし)が証拠人(しようこにん)になります。164何卒(どうぞ)此奴(こいつ)等(ら)二人(ふたり)を厳(きび)しく調(しら)べて下(くだ)さい』
165と力(ちから)一(いつ)ぱい呶鳴(どな)り立(た)てる。
166キユ『これやこれやトンボとやら、167教主(けうしゆ)や生宮(いきみや)を罵(ののし)る罪(つみ)は軽(かる)けれど、168教(をしへ)の道(みち)を罵(ののし)る罪(つみ)は万劫(まんご)末代(まつだい)許(ゆる)されないぞ。169謗法(ばうほふ)の罪(つみ)の重(おも)い事(こと)を知(し)つて居(ゐ)るか』
170ト『ヘン偉(えら)さうに云(い)ふない。171謗法(ばうほふ)の罪(つみ)なんて俺(おれ)やどこでもやつた事(こと)は無(な)いわ。172貴様(きさま)等(ら)両人(りやうにん)こそ方々(はうばう)で悪(わる)い事(こと)をやつて来(き)た代物(しろもの)だ。173もしお役人(やくにん)様(さま)、174大罪人(だいざいにん)を二人(ふたり)茲(ここ)へ引張(ひつぱ)つて来(き)ました。175早(はや)く来(き)て下(くだ)さらないととんぼう(遁亡(とんばう))致(いた)します。176早(はや)く早(はや)く』
177と呶鳴(どな)つて居(ゐ)る。178赤白(あかしろ)両人(りやうにん)の守衛(しゆゑい)は此(この)声(こゑ)に訝(いぶか)り乍(なが)ら、179門(もん)を左右(さいう)に開(ひら)き外(そと)に出(で)て見(み)るとこの体裁(ていさい)、
180赤(あか)『これやこれや今日(けふ)は公休日(こうきうび)だ。181なぜ矢釜(やかま)しく申(まを)すか。182訴(うつた)へ事(ごと)があるなら明日(みやうにち)出(で)て来(こ)い、183聞(き)いてやらう』
184ト『もしお役人(やくにん)さまに申(まを)し上(あ)げます。185天下(てんか)を乱(みだ)す彼様(かやう)な大悪人(だいあくにん)を現在(げんざい)目(め)の前(まへ)に眺(なが)め乍(なが)ら、186公休日(こうきうび)だから調(しら)べないなぞと、187そんなナマクラな事(こと)を云(い)うてお役人(やくにん)が勤(つと)まりますか。188日曜(にちえう)迄(まで)月給(げつきふ)は頂(いただ)いて居(を)られませう。189一寸(ちよつと)でよいからお調(しら)べ下(くだ)さいませ』
190赤(あか)『や、191お前(まへ)はバラモンのリユーチナントではないか。192未(ま)だ修養(しうやう)も致(いた)さず、193八衢(やちまた)に迷(まよ)ふて居(ゐ)るのか、194困(こま)つた奴(やつ)だなあ』
195ト『もしお役人(やくにん)さま、196面白(おもしろ)い事(こと)を仰有(おつしや)いますなあ。197冥途(めいど)かなんかのやうに現界(げんかい)に八衢(やちまた)が御座(ござ)いますか』
198赤(あか)『ここは冥途(めいど)の八衢(やちまた)だ。199其(その)方(はう)は鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)の一旦(いつたん)部下(ぶか)となり、200軍隊(ぐんたい)解散(かいさん)の後(のち)、201泥棒(どろばう)となつて四方(しはう)を徘徊(はいくわい)致(いた)し、202或(ある)勇士(ゆうし)の為(ため)に殺(ころ)され、203精霊(せいれい)となつて此所(ここ)へ来(き)て居(ゐ)るのだ。204それが未(ま)だ気(き)が附(つ)かぬのか』
205ト『ヘン、206余(あま)り馬鹿(ばか)にしなさるな。207些(ちつ)と真面目(まじめ)になつて下(くだ)さい。208私(わたし)は狂者(きちがひ)ぢや御座(ござ)いませぬよ。209死(し)んだ者(もの)がこの如(や)うにものを云(い)ひますか。210目(め)も見(み)えず耳(みみ)も聞(きこ)えず、211口(くち)もたたけず、212手足(てあし)も動(うご)けなくなつてこそ死(し)んだのでせう。213ヘン馬鹿(ばか)にして居(ゐ)る。214こんな酒(さけ)を喰(くら)つて顔色(かほいろ)迄(まで)まつ赤(か)にした奴(やつ)の酒(さけ)の肴(さかな)になつて居(ゐ)てもつまらない。215今日(けふ)は帰(かへ)つてやらう。216その代(かは)り明日(あす)は見(み)ておれ、217貴様(きさま)の上官(じやうくわん)に今日(けふ)の事(こと)を一伍(いちぶ)一什(しじふ)訴(うつた)へるぞ。218さうすると貴様(きさま)は忽(たちま)ち足袋屋(たびや)の看板(かんばん)足(あし)あがり、219妻子(さいし)のミイラが出来(でき)るぞや、220ハヽヽヽヽヽ』
221と捨台詞(すてぜりふ)を残(のこ)し、222道端(みちばた)の石(いし)を掴(つか)んでキユーバー、223高姫(たかひめ)目当(めあて)に打(うち)かけ乍(なが)ら、224入陽(いりひ)の影坊師(かげばうし)見(み)たやうな細長(ほそなが)い骸骨(がいこつ)を宙(ちう)に浮(う)かせ、225北(きた)へ北(きた)へと逃(に)げて行(ゆ)く。
226赤(あか)『ヤ、227そこに居(ゐ)るのは高姫(たかひめ)ぢやないか。228お前(まへ)は時置師(ときおかし)の杢助(もくすけ)さまに頼(たの)まれ、229三(さん)年間(ねんかん)この八衢(やちまた)に放養(はうやう)して置(お)いたが、230未(ま)だ数十(すうじふ)年(ねん)の寿命(じゆみやう)が現界(げんかい)に残(のこ)つて居(ゐ)る。231到底(たうてい)霊界(れいかい)の生活(せいくわつ)は許(ゆる)されない。232お前(まへ)の宿(やど)る肉体(にくたい)はトルマン王(わう)の妃(きさき)千草姫(ちぐさひめ)の肉体(にくたい)だ。233サ一(いち)時(じ)も早(はや)く立(た)ち去(さ)れ。234又(また)キユーバー、235汝(なんぢ)は天下(てんか)無比(むひ)の悪党(あくたう)であるが、236まだ生死簿(せいしぼ)には寿命(じゆみやう)がのこつて居(ゐ)る。237一(いち)時(じ)も早(はや)く現界(げんかい)へ立(た)ち帰(かへ)れ。238グヅグヅ致(いた)して居(ゐ)ると肉体(にくたい)が間(ま)に合(あ)はなくなるぞ』
239と厳(きび)しく言(い)ひ渡(わた)した。240二人(ふたり)はハツと思(おも)ふ途端(とたん)に気(き)がつけばトルマン城内(じやうない)、241千草姫(ちぐさひめ)の一室(いつしつ)に錠前(ぢやうまへ)を卸(おろ)して倒(たふ)れて居(ゐ)た。242どことも無(な)く騒々(さうざう)しい人馬(じんば)の物音(ものおと)、243矢叫(やさけ)びの声(こゑ)、244大砲(おほづつ)小銃(こづつ)の音(おと)手(て)に取(と)る如(ごと)く聞(きこ)え来(く)る。245是(これ)より千草姫(ちぐさひめ)の言行(げんかう)は一変(いつぺん)し、246又(また)もや脱線(だつせん)だらけの行動(かうどう)を取(と)る事(こと)となつた。247八衢(やちまた)に居(ゐ)た高姫(たかひめ)の精霊(せいれい)は己(おの)が納(をさ)まるべき肉体(にくたい)を得(え)て甦(よみがへ)つたのである。
248(大正一四・八・二三 旧七・四 於由良海岸秋田別荘 加藤明子録)
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