霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 共倒(ともだふ)れ〔一七七一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第70巻 山河草木 酉の巻 篇:第1篇 花鳥山月 よみ(新仮名遣い):かちょうさんげつ
章:第4章 共倒れ よみ(新仮名遣い):ともだおれ 通し章番号:1771
口述日:1925(大正14)年08月23日(旧07月4日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年10月16日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
一方、太子チウインは妹チンレイ、右守の娘ハリスと共に、キューバーが談判にきた当初から様子を察知し、王と左守には内密で、全国から兵を招集すべく密かに動いていた。
一方、大足別はキューバーが戻ってこないので、城を攻めるわけにもいかず、こう着状態に陥っていた。
千草姫に一度は気絶させられたキューバーは正気を取り戻し、今度は自分が姫を気絶させようと躍起になっている。
その間に、王は密書により、太子が国内より兵を集めて合流することを知る。またそれは、千草姫・右守の先見の明による計略であったことを知る。王と左守は、はじめて右守の心を知り、その死を悼んだ。
一方、千草姫は気絶したふりをしたりしてキューバーをからかっていたが、最後に双方同時に手を握り合うということになった。キューバーも千草姫も厳しく相手の手を握り合い、二人とも気絶してその場に倒れてしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:4735 OBC :rm7004
愛善世界社版:47頁 八幡書店版:第12輯 407頁 修補版: 校定版:47頁 普及版:25頁 初版: ページ備考:
001 太子(たいし)のチウインは妹(いもうと)のチンレイ及(およ)び、0011右守(うもり)の娘(むすめ)ハリスと共(とも)に002初(はじ)めてキユーバーが談判(だんぱん)に来(き)た時(とき)、0021ソツと物蔭(ものかげ)より様子(やうす)を聞(き)き、003容易(ようい)ならざる大事件(だいじけん)となし、004ガーデン王(わう)や左守(さもり)には内密(ないみつ)にて、005妹(いもうと)のチンレイ及(およ)び右守(うもり)の娘(むすめ)ハリスと夜中(やちう)諜(しめ)し合(あは)せ、006王命(わうめい)と佯(いつは)り全国(ぜんこく)の兵員(へいゐん)を召集(せうしふ)すべく、007腹心(ふくしん)の部下(ぶか)に命(めい)を下(くだ)した。
008 一方(いつぱう)ガーデン王(わう)、009左守(さもり)は010城内(じやうない)五百(ごひやく)の兵(へい)に武装(ぶさう)をさせ乍(なが)ら、011敵軍(てきぐん)押(お)し寄(よ)せ来(きた)らば、012唯(ただ)一戦(いつせん)に粉砕(ふんさい)し呉(く)れむと部下(ぶか)を督励(とくれい)して、013士気(しき)の皷舞(こぶ)に全力(ぜんりよく)を注(そそ)いで居(ゐ)た。014大足別(おほだるわけ)将軍(しやうぐん)は三千(さんぜん)の兵(へい)を率(ひき)ゐて、015城下(じやうか)迄(まで)押(お)し寄(よ)せて来(き)たが、016キユーバーを守(まも)りたる数十騎(すうじつき)の注進(ちうしん)により、017殿内(でんない)深(ふか)くキユーバーの入(い)り込(こ)みし事(こと)を知(し)り、018徒(いたづら)に戦端(せんたん)を開(ひら)き、019キユーバーの生命(せいめい)を失(うしな)つては大変(たいへん)だ、020大黒主(おほくろぬし)に如何(いか)なるお目玉(めだま)を頂戴(ちやうだい)するかも知(し)れない。021古今(ここん)無双(むさう)の英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)キユーバーには、022何(なに)か深(ふか)い策略(さくりやく)があつて、023唯(ただ)一人(ひとり)城内(じやうない)に入(い)り込(こ)み、024樽爼(そんそ)折衝(せつしよう)の間(あひだ)に円満(ゑんまん)解決(かいけつ)の曙光(しよくわう)を認(みと)むべく活動(くわつどう)して居(ゐ)るのだらう。025先(ま)づキユーバーの命令(めいれい)の来(く)る迄(まで)、026総攻撃(そうこうげき)をしてはならぬ、027……と部下(ぶか)を厳重(げんぢう)に戒(いまし)め、028キユーバー警護(けいご)の意味(いみ)にて三日(みつか)三夜(みや)滞陣(たいぢん)して居(ゐ)た。029ガーデン王(わう)、030左守(さもり)は、031千草姫(ちぐさひめ)の姿(すがた)が見(み)え無(な)くなつたのは、032右守(うもり)の最後(さいご)を聞(き)き、033禍(わざはひ)の身(み)に及(およ)ばむ事(こと)を恐(おそ)れて逃(に)げ出(だ)したのだらう……位(くらゐ)に考(かんが)へ、034軍備(ぐんび)の方(はう)に全心(ぜんしん)を集注(しふちう)し、035千草姫(ちぐさひめ)が秘術(ひじゆつ)を尽(つく)しての善戦(ぜんせん)善闘(ぜんとう)も気(き)がつかなかつた。036扨(さ)てキユーバーは半時(はんとき)許(ばか)りして息(いき)を吹(ふ)き返(かへ)し、037団栗眼(どんぐりまなこ)をぎろつかせ千草姫(ちぐさひめ)の顔(かほ)を見(み)て、
038『ヤア、039お前(まへ)は千草姫(ちぐさひめ)ぢやないか。040かよわい腕(うで)をしながら俺(おれ)の脈処(みやくどころ)を折(をり)悪(あし)く掴(つか)みよつて、041ど甚(えら)い目(め)に会(あは)したぢやないか。042俺(おれ)は暫(しばら)くの間(あひだ)、043幽冥(いうめい)旅行(りよかう)をやつて居(ゐ)たよ。044掴(つか)むと云(い)つても余(あま)りひどいぢやないか』
045千草姫(ちぐさひめ)『ハイ、046妾(わらは)どんなに心配(しんぱい)したか知(し)れませぬわ。047貴方(あなた)の御(ご)命令(めいれい)を遵奉(じゆんぽう)し、048力(ちから)一杯(いつぱい)握(にぎ)りましたら、049貴方(あなた)はウンといつた切(き)り、050何(なん)と云(い)つても返事(へんじ)して下(くだ)さらないのですもの。051大変(たいへん)怒(おこ)つて返事(へんじ)して下(くだ)さらないと思(おも)ひ、052早速(さつそく)バラモンの神(かみ)様(さま)に水垢離(みづごり)取(と)つて御(ご)祈願(きぐわん)した処(ところ)、053やつと物(もの)云(い)つて下(くだ)さつたのですもの。054幽冥(いうめい)旅行(りよかう)したのなんのと本当(ほんたう)に腹(はら)の悪(わる)いお方(かた)よ。055半時(はんとき)許(ばか)りも妾(わらは)に怒(おこ)つて物(もの)を云(い)ふて下(くだ)さらないのですもの』
056キユ『いや、057本当(ほんたう)に気絶(きぜつ)して居(ゐ)たに違(ちが)ひない。058決(けつ)して嘘(うそ)は云(い)はない。059これから手(て)を握(にぎ)るのなら指(ゆび)の先(さき)を握(にぎ)つてくれ。060脈処(みやくどころ)を握(にぎ)られると困(こま)るからな』
061千草(ちぐさ)『世界(せかい)の救世主(きうせいしゆ)様(さま)が妾(わらは)の細腕(ほそうで)に握(にぎ)られて気絶(きぜつ)なさると云(い)ふやうな道理(だうり)がどこに御座(ござ)います。062嘘(うそ)許(ばか)り仰有(おつしや)います。063ホヽヽヽヽヽ』
064キユ『本当(ほんたう)にそれやさうぢや。065実(じつ)は気絶(きぜつ)したのぢやないよ。066お前(まへ)の心底(しんてい)を考(かんが)へる為(ため)にあんな真似(まね)をして居(ゐ)たのぢや。067何(なに)を云(い)つても三千(さんぜん)世界(せかい)の救世主(きうせいしゆ)だ。068そんなへどろい事(こと)でどうならう』
069千草(ちぐさ)『ホヽヽヽヽヽ、070ほんとに甚(ひど)いお方(かた)、071人(ひと)の気(き)を揉(も)ましてひどいわ』
072と又(また)手首(てくび)を握(にぎ)らうとする。
073 キユーバーは吃驚(びつくり)して手(て)を引(ひ)き、
074『ヤ、075もう手(て)は一度(いちど)握(にぎ)つたらよいものだ。076それよりも今度(こんど)は俺(おれ)が握(にぎ)つてやらう、077サア手(て)を出(だ)したり手(て)を出(だ)したり』
078千草(ちぐさ)『どうか息(いき)が切(き)れる処(ところ)迄(まで)握(にぎ)つて頂戴(ちやうだい)な。079一(いつ)ぺん八衢(やちまた)の状況(じやうきやう)を見(み)て来(く)る処(ところ)迄(まで)……。080さうして冥官(めいくわん)に会(あ)ひ081貴方(あなた)と妾(わらは)と永久(えいきう)に暮(くら)すべき蓮座(れんざ)を教(をし)へて貰(もら)つて来(き)たう御座(ござ)いますわ。082天国(てんごく)の満員(まんゐん)にならない中(うち)に、083特等席(とくとうせき)を予約(よやく)して置(お)きたう御座(ござ)いますから』
084キユ『ハヽヽヽヽヽ、085おい姫(ひめ)さま、086このキユーバーの手(て)がお前(まへ)の手(て)に触(さは)るな否(いな)や本当(ほんたう)に気絶(きぜつ)して了(しま)ふよ。087それでもよいか』
088千草(ちぐさ)『よろしう御座(ござ)いますとも、089仮令(たとへ)殺(ころ)されても私(わたし)の体(からだ)ぢや御座(ござ)いませぬ。090貴方(あなた)に捧(ささ)げたもので御座(ござ)いますもの、091貴方(あなた)の命(いのち)も同様(どうやう)ですわ』
092 キユーバーは心(こころ)の中(うち)にて……この女(をんな)仲々(なかなか)手(て)がよく利(き)いて居(を)る。093柔術(じうじゆつ)の極意(ごくい)に達(たつ)して居(を)るらしい。094俺(おれ)も力(ちから)一杯(いつぱい)握(にぎ)つて気絶(きぜつ)させ、095八衢(やちまた)を覗(のぞ)いて来(く)る処(ところ)迄(まで)やつておかねば、096将来(しやうらい)威張(ゐば)られちや耐(たま)らない。097夫(をつと)の権式(けんしき)がさつぱりゼロになつて了(しま)ふ。098よし、099また力(ちから)一杯(いつぱい)急所(きふしよ)を握(にぎ)り100俺(おれ)の腕前(うでまへ)を見(み)せておかねば将来(しやうらい)嬶天下(かかてんか)になり、101褌(いまき)[*「褌(いまき)」は底本通り。]の紐(ひも)で縛(しば)られるやうになるかも知(し)れない。102ここが千騎(せんき)一騎(いつき)の恋(こひ)のかけひきだ……と、103毛(け)だらけの手(て)をぬつと突(つき)出(だ)し、104姫(ひめ)の真白(まつしろ)のなま竹(たけ)のやうな手(て)を骨(ほね)も砕(くだ)けとヒン握(にぎ)つた。105千草姫(ちぐさひめ)はキユーバーの心(こころ)の底(そこ)迄(まで)直覚(ちよくかく)して居(ゐ)るので、106何(なに)程(ほど)キユーバーが力(ちから)をこめて握(にぎ)つても痛(いた)くも何(なん)ともない、107真綿(まわた)が触(さは)つたやうな気(き)がして居(ゐ)る、108見(み)かけによらぬ剛(がう)の者(もの)であつた。109併(しか)しわざと気絶(きぜつ)した体(てい)を装(よそほ)ひ握(にぎ)られた刹那(せつな)、110ウーンと顔(かほ)を顰(しか)めて其(その)場(ば)に倒(たふ)れて了(しま)つた。
111キユーバー『ハヽヽヽヽヽ、112遉(さすが)は女(をんな)だな。113たうとう屁古垂(へこた)れて了(しま)ひよつた。114かうして半時(はんとき)許(ばか)り幽冥界(いうめいかい)を覗(のぞ)かしておけば、115気(き)がついてから俺(おれ)の神力(しんりき)に感服(かんぷく)し、116ぞつこん惚(ほ)れ込(こ)むだらう。117エヘヽヽヽヽヽ、118これだけ俺(おれ)に惚(ほ)れ込(こ)んで居(を)るのだから、119大足別(おほだるわけ)の軍勢(ぐんぜい)に一(いち)時(じ)この城(しろ)を屠(ほふ)らせ、120ガーデン王(わう)や、121左守(さもり)、122右守(うもり)を征伐(せいばつ)し、123太子(たいし)や其(その)他(た)の重臣(ぢうしん)を重刑(ぢうけい)に処(しよ)し、124このキユーバーが取(と)つて代(かは)つてトルマン国(ごく)の浄行(じやうぎやう)兼(けん)刹帝利(せつていり)となり、125天下(てんか)無双(むさう)の姫(ひめ)を女房(にようばう)となし、126数千万(すうせんまん)の財産(ざいさん)を横奪(わうだつ)して天晴(あつぱれ)城主(じやうしゆ)となり、127大黒主(おほくろぬし)の向(むか)ふを張(は)つて、128七千(しちせん)余国(よこく)の覇者(はしや)となつてやらう。129あゝ面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い、130開運(かいうん)の時節(じせつ)到来(たうらい)、131智謀(ちぼう)絶倫(ぜつりん)にして其(その)胆力(たんりよく)は神(かみ)の如(ごと)く、132鬼(おに)の如(ごと)しとは俺(おれ)の事(こと)だわい、133エヘヽヽヽヽヽ。134ヤ何(なん)だ135大変(たいへん)な物音(ものおと)ぢや、136どうれ一(ひと)つ外(そと)へ出(で)て様子(やうす)を考(かんが)へよう』
137と、138ドアを外(はづ)さむとしたが、139秘密(ひみつ)の錠(ぢやう)が卸(おろ)してあるので、140千草姫(ちぐさひめ)でなければ開(あ)ける事(こと)が出来(でき)ない。141遉(さすが)のキユーバーも当惑(とうわく)して居(ゐ)る。142外(そと)には暫(しばら)く城内(じやうない)と城外(じやうぐわい)との小糶(こぜり)合(あ)ひがあつたが、143用心(ようじん)深(ぶか)い大足別(おほだるわけ)はキユーバーが城内(じやうない)に潜入(せんにふ)し居(を)る事(こと)を聞(き)き、144戦(たたかひ)を中止(ちうし)して、145キユーバーの様子(やうす)を偵察(ていさつ)せむと焦慮(せうりよ)して居(ゐ)た。146それ故(ゆゑ)戦(たたかひ)は半時(はんとき)足(た)らずに止(や)んで了(しま)つた。147大足別(おほだるわけ)は三千(さんぜん)の軍隊(ぐんたい)を以(もつ)てトルマン城(じやう)を十重(とへ)二十重(はたへ)に取(と)りまいて居(ゐ)る。148ガーデン王(わう)もこの敵(てき)の大兵(たいへい)を遠(とほ)く眺(なが)めて、149打(う)つて出(い)づる勇気(ゆうき)もなく150援兵(ゑんぺい)の来(きた)る迄(まで)差控(さしひか)へむと矛(ほこ)を磨(みが)いて警戒(けいかい)して居(ゐ)た。151此(こ)の時(とき)チウイン太子(たいし)の近侍(きんじ)が、152王(わう)の傍(かたはら)に来(き)たり、153恭(うやうや)しく敬礼(けいれい)し乍(なが)ら、
154『太子(たいし)様(さま)より殿下(でんか)に奉(たてまつ)れよとの御(ご)命令(めいれい)にて、155お預(あづか)り申(まを)して居(を)りました此(この)御(ご)書面(しよめん)、156お受取(うけと)り下(くだ)さいませ』
157と差出(さしだ)す。
158王(わう)『何(なに)、159太子(たいし)がこの書面(しよめん)を余(よ)に渡(わた)せたと云(い)つたか。160余(あま)り周章(しうしやう)狼狽(らうばい)の結果(けつくわ)、161太子(たいし)の事(こと)を忘(わす)れて居(ゐ)た』
162と云(い)ひ乍(なが)ら慌(あわただ)しく封(ふう)押(お)し切(き)りながむれば、163左(さ)の如(ごと)き文面(ぶんめん)が墨痕(ぼくこん)淋漓(りんり)として認(したた)めてあつた。
 
164一(ひと)つ今夕(こんせき)、165父(ちち)を訪問(はうもん)致(いた)したるキユーバーなるものは、166大足別(おほだるわけ)将軍(しやうぐん)と諜(しめ)し合(あは)せ、167本城(ほんじやう)を占領(せんりやう)し、168吾(わが)王家(わうけ)を覆(くつが)へさむと謀(はか)るものに候(さふら)へば、169此(この)際(さい)一刻(いつこく)の猶予(いうよ)も相成(あひな)らず候(さふらふ)。170小子(せうし)は父(ちち)及(およ)び左守(さもり)に協議(けふぎ)致(いた)すも、171到底(たうてい)六ケ敷(むつかし)かしからむと存(ぞん)じ、172妹(いもうと)チンレイ、173及(およ)び右守(うもり)の娘(むすめ)ハリスと諜(しめ)し合(あは)せ、174国内(こくない)の総動員(そうどうゐん)をなすべく、175吾(わ)が臣下(しんか)を諸方(しよはう)に派遣(はけん)し、176小子(せうし)も亦(また)出城(しゆつじやう)して大足別(おほだるわけ)の軍(ぐん)を後方(こうはう)より攻撃(こうげき)致(いた)すべく準備(じゆんび)に取(とり)かかり申(まを)し候(さふらふ)。177故(ゆゑ)に小子(せうし)が総(そう)司令官(しれいくわん)となつて軍隊(ぐんたい)を編成(へんせい)し、178城下(じやうか)に帰(かへ)り候(さふらふ)迄(まで)、179決(けつ)して敵(てき)と戦端(せんたん)を開(ひら)き給(たま)ふべからず。180一時(ひととき)たりとも時間(じかん)を延(の)ばし、181吾(わが)軍(ぐん)の至(いた)るを待(ま)たせ給(たま)ふやう、182偏(ひとへ)に懇願(こんぐわん)仕(つかまつ)り候(さふらふ)。
183      国難(こくなん)救援軍(きうゑんぐん)総大将(そうだいしやう) トルマン国(ごく)太子(たいし) チウイン
184   御(おん)父(ちち)ガーデン王(わう)様(さま)、185左守(さもり)、186右守(うもり)殿(どの)
 
187と記(き)してあつた。
188 ガーデン王(わう)は、189此(この)書面(しよめん)を読(よ)み終(をは)るや、190さも満足(まんぞく)の色(いろ)を現(あら)はし、191左守(さもり)に向(むか)ひ、192言葉(ことば)も勇(いさ)ましく、
193『アイヤ左守(さもり)殿(どの)、194喜(よろこ)んで呉(く)れ。195太子(たいし)は已(すで)に兵(へい)を召集(せうしふ)し、196近(ちか)く帰(かへ)つて来(く)る様子(やうす)だ。197それ迄(まで)は戦(たたか)ひを開(ひら)くなとの事(こと)。198遉(さすが)は俺(おれ)の悴(せがれ)だけあつて、199軍略(ぐんりやく)にかけたら旨(うま)いものだらうがな』
200左守(さもり)『成程(なるほど)允文(いんぶん)允武(いんぶ)に渡(わた)らせらるる太子(たいし)様(さま)、201老臣(らうしん)も恐(おそ)れ入(い)つて御座(ござ)います。202太子(たいし)様(さま)の神軍(しんぐん)が城下(じやうか)に近(ちか)づくを待(ま)ち、203城内(じやうない)より一斉(いつせい)に打(う)ち出(だ)し、204大足別(おほだるわけ)を挟(はさみ)撃(うち)いたせば勝利(しようり)を得(う)る事(こと)磐石(ばんじやく)をもつて、205卵(たまご)を砕(くだ)くに等(ひと)しからむと存(ぞん)じます。206あゝ勇(いさ)ましや勇(いさ)ましや』
207と老臣(らうしん)の左守(さもり)は王(わう)の手(て)を執(と)つて雄健(をたけ)びし、208部下(ぶか)又(また)此(この)様子(やうす)を見(み)て士気(しき)俄(にはか)に振(ふる)ふ。209斯(か)かる所(ところ)へ千草姫(ちぐさひめ)の侍女(じぢよ)は一通(いつつう)の封書(ふうしよ)を携(たづさ)へ、210王(わう)の前(まへ)に恭(うやうや)しく捧(ささ)げた。211此(この)密書(みつしよ)は千草姫(ちぐさひめ)、212キユーバーの手(て)を握(にぎ)り気絶(きぜつ)させおき、213其(その)間(あひだ)に認(したた)めたものである。214王(わう)は訝(いぶ)かり乍(なが)ら、
215『何(なに)、216千草姫(ちぐさひめ)の手紙(てがみ)とな、217彼(かれ)は既(すで)に右守(うもり)の難(なん)を聞(き)き城内(じやうない)を脱出(だつしゆつ)せしものと思(おも)ひしに、218ハテ不思議(ふしぎ)』
219と手早(てばや)く封(ふう)押(お)し切(き)つて見(み)れば、220左(さ)の如(ごと)き文面(ぶんめん)が水茎(みづくき)の跡(あと)麗(うるは)しく記(しる)されてあつた。
 
221重大(ぢうだい)なる御(お)疑(うたがひ)を受(う)けし千草姫(ちぐさひめ)より一大事(いちだいじ)を申(まをし)上(あ)げます。222何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)心(こころ)を落着(おちつ)けてお読(よ)み下(くだ)さいませ。223スコブツエンのキユーバーなる者(もの)、224一(いつ)ケ月前(げつまへ)より本城(ほんじやう)を屠(ほふ)らむと大足別(おほだるわけ)と諜(しめ)し合(あは)せ、225種々(しゆじゆ)劃策(くわくさく)を廻(めぐ)らして居(を)りました事(こと)は、226右守(うもり)のスマンヂー軍事(ぐんじ)探偵(たんてい)の報告(はうこく)により之(これ)を前知(ぜんち)し、227太子(たいし)チウイン、228王女(わうぢよ)チンレイ、229右守(うもり)の娘(むすめ)ハリスと共(とも)に千草姫(ちぐさひめ)も加(くは)はり、230応戦(おうせん)の準備(じゆんび)に取(とり)かかるべく国内(こくない)の調査(てうさ)を密々(ひそびそ)始(はじ)めて居(を)りました処(ところ)、231兵役(へいえき)に立(た)ち得(う)べきものは漸(やうや)く二千(にせん)五百(ごひやく)名(めい)。232万一(まんいち)の時(とき)の用意(ようい)にと国内(こくない)一般(いつぱん)に王(わう)の命(めい)と称(しよう)し、233軍隊(ぐんたい)教育(けういく)を施(ほどこ)し置(お)きました処(ところ)、234弥々(いよいよ)戦(たたか)はねばならなくなつて参(まゐ)りました。235併(しか)し乍(なが)ら大足別(おほだるわけ)の大軍(たいぐん)は既(すで)に城下(じやうか)に迫(せま)り居(を)りますれば、236今日(こんにち)彼(かれ)と戦(たたか)ふは不利(ふり)の最(もつと)も甚(はなは)だしきものと存(ぞん)じ、237大黒主(おほくろぬし)の信任(しんにん)最(もつと)も厚(あつ)く、238大足別(おほだるわけ)の謀主(ぼうしゆ)と仰(あふ)ぐキユーバーを或(ある)手段(しゆだん)を以(もつ)て捕(とら)へおきました。239やがて太子(たいし)は全軍(ぜんぐん)を率(ひき)ゐて城下(じやうか)に迫(せま)る事(こと)と存(ぞん)じます。240それ迄(まで)キユーバーを私(わたし)にお任(まか)せおき下(くだ)さいませ。241大足別(おほだるわけ)が未(いま)だ砲火(はうくわ)を開(ひら)かざるも、242要(えう)するにキユーバーの消息(せうそく)を案(あん)じての事(こと)で御座(ござ)いますれば、243彼(かれ)さへ吾(わが)城内(じやうない)に閉(と)ぢ込(こ)みおけば、244短兵(たんぺい)急(きふ)に攻(せめ)寄(よ)せて来(く)る憂(うれ)ひはありますまい。245この所(ところ)賢明(けんめい)なる王(わう)様(さま)、246左守(さもり)殿(どの)247よくお考(かんが)へ下(くだ)さるやう偏(ひとへ)に懇願(こんぐわん)し奉(たてまつ)ります。
248 軍務所(ぐんむしよ)に於(おい)て   トルマン国(ごく)王妃(わうひ) 千草姫(ちぐさひめ)
249   ガーデン王(わう)様(さま)
250      御(ご)机下(きか)
 
251王(わう)『ヤ、252左守(さもり)殿(どの)、253右守(うもり)は可哀(かあい)さうな事(こと)をしたわい。254可惜(あたら)忠臣(ちうしん)を自(みづか)ら殺(ころ)すとは残念(ざんねん)至極(しごく)だ。255千草姫(ちぐさひめ)も矢張(やはり)天下(てんか)国家(こくか)を思(おも)ふ純良(じゆんりやう)なる妻(つま)であつた。256ヤ、257疑(うたが)つて済(す)まなかつた。258ヤ、259千草姫(ちぐさひめ)許(ゆる)して呉(く)れい』
260と落涙(らくるい)し差(さし)俯向(うつむ)く。
261左守(さもり)『全(まつた)く老臣(らうしん)が不明(ふめい)の致(いた)す処(ところ)、262千草姫(ちぐさひめ)様(さま)に対(たい)し申(まをし)訳(わけ)が御座(ござ)いませぬ。263又(また)右守(うもり)に対(たい)しても気(き)の毒(どく)で御座(ござ)います』
264と流涕(りうてい)しつつ恐(おそ)れ入(い)る。265何(なん)となく城内(じやうない)の士気(しき)は大(おほい)に揮(ふる)ひ、266既(すで)に大足別(おほだるわけ)を打(う)ち滅(ほろ)ぼしたるが如(ごと)き戦勝(せんしよう)気分(きぶん)が漂(ただよ)ふて居(ゐ)た。
267
◎
268 話(はなし)は元(もと)へ復(かへ)る。269千草姫(ちぐさひめ)はキユーバーの独語(ひとりごと)をすつかり聞(き)き終(をは)り、270ウンと一声(ひとこゑ)蘇(よみがへ)つたやうな顔(かほ)をして息苦(いきぐる)しさうに、
271『ヤ貴方(あなた)は恋(こひ)しき恋(こひ)しきキユーバー様(さま)で御座(ござ)いましたか。272私(わたし)は妙(めう)な所(ところ)を旅行(りよかう)して居(ゐ)るやうな夢(ゆめ)を見(み)て居(を)りました。273併(しか)し乍(なが)ら貴方(あなた)と二人(ふたり)が手(て)を引(ひ)いて274愉快(ゆくわい)に愉快(ゆくわい)に天国(てんごく)の旅(たび)をしたやうに思(おも)ひます。275百花(ひやくくわ)爛漫(らんまん)と咲(さ)き乱(みだ)れ馥郁(ふくいく)たる香気(かうき)は四辺(しへん)に満(み)ち、276何処(どこ)も彼処(かしこ)も透(す)き通(とほ)り、277何(なん)とも彼(か)とも云(い)へぬ麗(うるは)しさで御座(ござ)いましたよ』
278キユーバー『ハヽヽヽヽヽ。279それやお前(まへ)、280俺(おれ)の手(て)で手首(てくび)を握(にぎ)られ、281気絶(きぜつ)してお前(まへ)の精霊(せいれい)が霊界(れいかい)へ飛(と)び出(だ)して居(ゐ)たのだ。282ほんの一寸(ちよつと)許(ばか)り触(さは)つたやうに思(おも)つたが、283何分(なにぶん)俺(おれ)の腕(うで)に力(ちから)が剰(あま)つて居(を)るものだから、284お前(まへ)を気絶(きぜつ)さして了(しま)ひ、285大変(たいへん)心配(しんぱい)致(いた)したが、286バラモン自在天(じざいてん)の御(ご)加護(かご)によつて、287やつと息(いき)吹(ふ)き返(かへ)したのだ。288もうこれからは握手(あくしゆ)だけはやらない事(こと)にせうかい』
289 千草姫(ちぐさひめ)は可笑(をか)しくて耐(たま)らず、290吹(ふ)き出(だ)す許(ばか)り思(おも)はるるを耐(た)へ忍(しの)んで、291態(わざ)とに吃驚(びつくり)した様(やう)な顔(かほ)をし乍(なが)ら、
292千草(ちぐさ)『まあまあ嫌(いや)だわ、293キユーバーさまとした事(こと)が、294私(わたし)を活(い)かしたり、295殺(ころ)したり296丸切(まるきり)手品師(てじなし)の様(やう)な事(こと)をなさるのだもの。297本当(ほんたう)に甚(ひど)いわ。298何程(なにほど)命(いのち)を上(あ)げますと云(い)つたつて、299一夜(いちや)の枕(まくら)も交(かは)さぬ先(さき)に葬(はうむ)られて仕舞(しま)つては耐(たま)りませぬからね。300本当(ほんたう)に貴方(あなた)は憎(にく)らしい人(ひと)だわ。301もう是(これ)から握手(あくしゆ)の交換(かうくわん)は止(や)めて呉(く)れなんて、302そんな事(こと)は嫌(いや)ですよ。303気絶(きぜつ)しない程度(ていど)にそつと握手(あくしゆ)させて下(くだ)さいな』
304キユ『よし、305そんならお前(まへ)は俺(おれ)の左(ひだり)の手(て)を握(にぎ)れ。306俺(おれ)もお前(まへ)の左(ひだり)の手(て)を握(にぎ)つてやらう』
307と云(い)ひ乍(なが)ら両方(りやうはう)から一度(いちど)にグツと握(にぎ)り締(し)めた。308キユーバーは姫(ひめ)に厳(きび)しく左(ひだり)の手首(てくび)を握(にぎ)られ、309目(め)が眩(ま)ひさうになつたので死物狂(しにものぐるひ)になつて、3091姫(ひめ)の手(て)をグツと握(にぎ)つた。310途端(とたん)311双方(さうはう)共(とも)一(いち)時(じ)に気絶(きぜつ)し其(その)場(ば)に倒(たふ)れて仕舞(しま)つた。
312 デカタン高原(かうげん)の名物風(めいぶつかぜ)は313四辺(あたり)の樹木(じゆもく)の梢(こずゑ)を叩(たた)いて何(なん)となく物騒(ものさわ)がしい。
314(大正一四・八・二三 旧七・四 於由良海岸秋田別荘 加藤明子録)
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