霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一六章 天(あま)降里(くだり)〔一七八三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第70巻 山河草木 酉の巻 篇:第3篇 理想新政 よみ(新仮名遣い):りそうしんせい
章:第16章 天降里 よみ(新仮名遣い):あまくだり 通し章番号:1783
口述日:1925(大正14)年08月25日(旧07月6日) 口述場所:丹後由良 秋田別荘 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年10月16日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
太子は貧民窟の有様を見て、国の改革の思いを新たにする。
そこへ、番僧が人員調査のためにやってくる。レールとマークは、太子一行を自分の妻と友人として番僧に説明する。
太子は、この番僧がむしろ向上主義運動者たちに共感しているのを見て取って、自分の素性を明かして仲間に誘う。
番僧テルマンは承諾して、レール・マーク・太子たちの仲間となる。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:5299 OBC :rm7016
愛善世界社版:201頁 八幡書店版:第12輯 464頁 修補版: 校定版:207頁 普及版:102頁 初版: ページ備考:
001 シグレ町(ちやう)の貧民窟(ひんみんくつ)の九尺(くしやく)二間(にけん)にはレール、002マークの両人(りやうにん)が003俄(にはか)にテイラ、004ハリス、005チウイン、006チンレイの新(あたら)しい四(よ)人(にん)の珍客(ちんきやく)を迎(むか)へ、007どことはなく大活気(だいくわつき)が漲(みなぎ)つて来(き)た。008新来(しんらい)の珍客(ちんきやく)は何(いづ)れも古(ふる)ぼけた労働服(らうどうふく)を身(み)に纏(まと)ひ、009之(これ)が太子(たいし)か、010貴婦人(きふじん)かと見(み)まがふ許(ばか)り、011服装(みなり)を落(おと)して了(しま)つた。012それ故(ゆゑ)七軒(しちけん)長屋(ながや)の隣(とな)りの婆嬶(ばばかか)連(れん)も、013夢(ゆめ)にも太子(たいし)や王女(わうぢよ)の変装(へんさう)とは知(し)る由(よし)もなかつた。
014 朝(あさ)も早(はや)うから女議員(をんなぎゐん)が、015カバンの代(かは)りに手桶(てをけ)をさげて、016井戸端(ゐどばた)会議(くわいぎ)を燕(つばくろ)の親方(おやかた)よろしく開催(かいさい)してゐる。
017甲(かふ)『これ、018お梅(うめ)さま、019レールさま処(とこ)へ此(この)頃(ごろ)妙(めう)な、020落(お)ちづれものが、021やつて来(き)てゐるぢやないか。022あら、023大方(おほかた)、024乗馬下(じやうめおろ)しの貴婦人(きふじん)かも知(し)れんが、025長屋(ながや)の規則(きそく)を守(まも)つて、026饂飩(うどん)一杯(いつぱい)づつ配(くば)りさうなものだのに、027まだ挨拶(あいさつ)にも出(で)て来(こ)ぬぢやないかい』
028乙(おつ)『お竹(たけ)さま、029饂飩(うどん)か蕎麦(そば)の一杯(いつぱい)貰(もら)ふやうな事(こと)があつたら、030それこそ大変(たいへん)ですよ。031あとが煩(うる)さいからな』
032竹(たけ)『それでも、033私(わたし)が去年(きよねん)の暮(くれ)に此(この)長屋(ながや)へ流(なが)れ込(こ)んで来(き)た時(とき)、034お前(まへ)さま等(ら)が率先(そつせん)して、035何(なん)かと世話(せわ)をして下(くだ)さつた際(さい)に、036長屋(ながや)の規則(きそく)だから、037饂飩(うどん)か蕎麦(そば)を一杯(いつぱい)づつ向(むか)ふ三軒(さんげん)両隣(りやうどな)りへ配(くば)れと云(い)ひなしたものだから、038親爺(おやぢ)のハツピを質(しち)において饂飩(うどん)を一杯(いつぱい)づつ配(くば)りましたよ』
039梅(うめ)『そら、040さうですとも、041普通(ふつう)の人間(にんげん)なら、042互(たがひ)に仲(なか)ようして、043お交際(つきあい)をして貰(もら)はなくちやなりませぬが、044あのレールさま、045ま一人(ひとり)のマークさまの二人(ふたり)は046ラマ本山(ほんざん)のブラツクリストとか云(い)ふものについて居(ゐ)る人物(じんぶつ)で、047いつも番僧(ばんそう)さまが如意棒(によいぼう)をブラ下(さ)げて調(しら)べに来(く)るぢやないか。048あの人(ひと)は向上会(かうじやうくわい)員(ゐん)とか、049黒(くろ)い主義者(しゆぎしや)とか云(い)ふぢやないか。050そんな人(ひと)と交際(かうさい)でもしようものなら、051番僧(ばんそう)さまにつけねらはれ、052誰(たれ)もいやがつて日傭者(ひよさ)にも雇(やと)うて呉(く)れませぬワ。053さうすりや忽(たちま)ち親子(おやこ)の腮(あご)が乾上(ひあが)つて了(しま)ふぢやありませぬか。054親爺(おやぢ)さまは毎日(まいにち)土方(どかた)をやり、055私(わたし)等(たち)はマツチの箱貼(はこはり)をして会計(くわいけい)を助(たす)けては居(を)るものの、056雨(あめ)が三日(みつか)も降(ふ)りや忽(たちま)ち土方(どかた)も出来(でき)ず、057親子(おやこ)が飢(かつ)ゑ死(じに)せねばならぬと云(い)ふ境遇(きやうぐう)だもの、058番僧(ばんそう)さまなんかに睨(にら)まれちや堪(たま)りませぬわな』
059お竹(たけ)『何(なん)とマア怖(おそ)ろしい人(ひと)が此(この)路地(ろぢ)へ這入(はい)つて来(き)たものぢやないか。060此(この)頃(ごろ)はあんな人(ひと)がうろつくので寺庵(じあん)異持法(いぢはふ)だとか、061国士団(こくしだん)、062………法(はふ)とか、063難(むつ)かしい法律(はふりつ)が発布(はつぷ)され、064三(さん)人(にん)寄(よ)つて話(はなし)をして居(を)つても、065直(すぐ)に引張(ひつぱ)られるさうだから、066かう五(ご)人(にん)も六(ろく)人(にん)も一緒(いつしよ)に水汲(みづく)みをやるのは剣呑(けんのん)ですぜ』
067お梅(うめ)『タカが女(をんな)ぢやありませぬか。068本来(ほんらい)裏長屋(うらながや)の嬶(かか)連(れん)が、069何人(なんにん)寄(よ)つて雀(すずめ)会議(くわいぎ)をやつた処(ところ)で何一(なにひと)つ出来(でき)やしないわ。070何程(なにほど)盲(めくら)の番僧(ばんそう)さまだつて、071女(をんな)まで引張(ひつぱ)つて帰(かへ)るやうな無茶(むちや)な事(こと)はしますまいよ』
072お竹(たけ)『何(なに)、073女(をんな)でも仲々(なかなか)手(て)に合(あ)はぬ連中(れんぢう)さまがありますよ。074今時(いまどき)の女性(ぢよせい)は皆(みな)、075高等(かうとう)淫売(いんばい)教育(けういく)とか、076云(い)ふものを受(う)けてゐる人(ひと)だから、077女権(ぢよけん)拡張(くわくちやう)とか女子(ぢよし)参政論(さんせいろん)だとか、078いろいろのオキャンや、079チャンピオンが現(あら)はれて、080ラマ本山(ほんざん)の頭(あたま)を痛(いた)めるものだから、081此(この)頃(ごろ)は女(をんな)でも容赦(ようしや)なく、082番僧(ばんそう)さま、083一寸(ちよつと)怪(あや)しいと見(み)たら直(すぐ)に引張(ひつぱ)つて行(ゆ)くさうだよ。084あの向上会(かうじやうくわい)員(ゐん)さまの中(なか)にも、085どうやら高等(かうとう)淫売(いんばい)らしい、086綺麗(きれい)な女(をんな)が三(さん)人(にん)まで、087やつて来(き)てゐるのだもの、088何時(いつ)番僧(ばんそう)さまがやつて来(く)るか知(し)れないわ。089蕎麦(そば)の御(ご)馳走(ちそう)所(どころ)か、090此方(こつち)が側杖(そばづゑ)を喰(く)はされちや堪(たま)りませぬな。091サアサア帰(かへ)りませう』
092と五六(ごろく)人(にん)の婆嬶(ばばかか)が手桶(てをけ)をヒツ下(さ)げて093各自(めいめい)小(ちひ)さい破(やぶ)れ戸(ど)をくぐつて姿(すがた)を隠(かく)して了(しま)つた。
094 チウインは共同(きようどう)井戸(ゐど)の側(そば)にある穢(むさくる)しい共同(きようどう)便所(べんじよ)に這入(はい)つて居(を)つたが、095此(この)女(をんな)連(れん)の話(はなし)を一伍(いちぶ)一什(しじふ)聞(き)き終(をは)り、096そしらぬ顔(かほ)をして帰(かへ)り来(きた)り、
097チウ『オイ、098レールの兄貴(あにき)、099僕(ぼく)は妙(めう)な事(こと)を聞(き)いて来(き)たよ。100イヤ、101もう大(おほい)に社会(しやくわい)教育(けういく)を得(え)た。102人間(にんげん)と云(い)ふものはホンに生活(せいくわつ)上(じやう)に大変(たいへん)な懸隔(けんかく)があるものだな』
103レ『長屋(ながや)の雀(すずめ)や燕(つばめ)が云(い)ふ事(こと)ア大抵(たいてい)極(きま)つてゐますよ。104私(わたし)を向上会(かうじやうくわい)員(ゐん)だと云(い)つて、105いつも口(くち)を極(きは)めて悪口(わるぐち)を云(い)ひ、106テンで怖(こは)がつて交際(かうさい)をせないのです。107随分(ずいぶん)、108悪垂(あくた)れ口(ぐち)を叩(たた)いたでせう』
109チウ『ハヽヽヽ仲々(なかなか)面白(おもしろ)いわ、110イヤ然(しか)し面白(おもしろ)いと云(い)うては済(す)まぬ。111此(この)トルマン国(ごく)には一人(ひとり)も貧民(ひんみん)のないやうに、112何(なん)とかして骨(ほね)を折(を)らねばなるまい』
113レ『タラハン国(ごく)のスダルマン太子(たいし)は、114アリナ、115バランスと云(い)ふ賢明(けんめい)な棟梁(とうりやう)の臣下(しんか)を得(え)て、116教政(けうせい)の改革(かいかく)を断行(だんかう)されたと云(い)ふ話(はなし)ですが、117屹度(きつと)よく治(をさ)まるでせう。118まだ今々(いまいま)の事(こと)ですから、119その結果(けつくわ)は分(わか)りませぬが、120今日(こんにち)の場合(ばあひ)121あゝするより外(ほか)に道(みち)は御座(ござ)りますまい。122トルマン国(ごく)も今(いま)は改革(かいかく)の時期(じき)だと思(おも)ひます。123どうか太子(たいし)様(さま)の英断(えいだん)を以(もつ)て124一(いち)日(にち)も早(はや)く教政(けうせい)の改革(かいかく)を断行(だんかう)し、125国民(こくみん)の信望(しんばう)をつなぎ、126天下(てんか)の名君(めいくん)と仰(あふ)がれ玉(たま)ふやう、127吾々(われわれ)は努力(どりよく)したいと思(おも)ひます』
128チウ『ヤ、129実(じつ)は僕(ぼく)もスダルマン太子(たいし)のやり口(くち)には感服(かんぷく)してゐる。130どうしても思(おも)ひきつて決行(けつかう)せなくちや駄目(だめ)だ。131兎(と)も角(かく)、132やれる丈(だ)けやりたいものだな』
133レ『今度(こんど)の宰相(さいしやう)は余程(よほど)分(わか)つてゐるやうですが、134浄行(じやうぎやう)の古手(ふるて)や首陀(しゆだ)の大将(たいしやう)や毘沙頭(びしやがしら)の古手(ふるて)が、135いくら頭(あたま)を悩(なや)まし、136教政(けうせい)内局(ないきよく)を組織(そしき)した処(ところ)で、137その寿命(じゆみやう)は長(なが)くて一年半(いちねんはん)、138短(みじか)い奴(やつ)は三月(みつき)位(くらゐ)で倒(たふ)れて了(しま)ふのだから、139吾々(われわれ)教徒(けうと)はいい面(つら)の皮(かは)ですよ。140今日(こんにち)は最早(もはや)、141人文(じんぶん)発達(はつたつ)して人民(じんみん)が皆(みな)自覚(じかく)して居(を)りますから、142古疵物(ふるきずもの)は信用(しんよう)しませぬ。143兎(と)も角(かく)、144清浄(しやうじやう)無垢(むく)の民間(みんかん)から出(で)たものでないと、145大衆(たいしう)の信望(しんばう)をつなぐ事(こと)はむつかしいですな』
146チウ『そらさうだ。147会衆(ゑしう)の古手(ふるて)や首陀頭(しゆだがしら)や浄行(じやうぎやう)や金持(かねもち)会衆(ゑしう)が、148何遍(なんべん)出直(でなほ)した所(ところ)で、149まるで子供(こども)が飯事(ままごと)をしてゐるやうなものだ。150亡宗(ばうしう)政治(せいぢ)、151骸骨(がいこつ)政治(せいぢ)、152幽霊(いうれい)政治(せいぢ)、153日暮(ひぐら)し政治(せいぢ)、154軟骨(なんこつ)政治(せいぢ)、155章魚(たこ)政治(せいぢ)、156圧搾(あつさく)宗政(しうせい)ばつかりやられて居(を)つちや、157大衆(たいしう)は到底(たうてい)息(いき)をつく事(こと)は出来(でき)まい。158僕(ぼく)もどうかして此(この)際(さい)、159かくれたる智者(ちしや)仁者(じんしや)を探(さが)し求(もと)め、160善政(ぜんせい)を布(し)いて見(み)たいと思(おも)ふのだ。161然(しか)し乍(なが)ら、1611まだ自分(じぶん)は部屋住(へやずまひ)の事(こと)でもあり、162両親(りやうしん)の頭(あたま)が古(ふる)くつて時代(じだい)の趨勢(すうせい)が分(わか)らないものだから、163実(じつ)は困(こま)つてゐるのだ。164何(なん)とか一(ひと)つ大(おほ)きな目覚(めざま)しが来(く)るといいのだけれどな』
165レ『太子(たいし)様(さま)、166必(かなら)ず心配(しんぱい)して下(くだ)さるな。167吾々(われわれ)は王室(わうしつ)中心(ちうしん)向上(かうじやう)主義(しゆぎ)ですが、168現代(げんだい)の大衆(たいしう)は何時(いつ)でも一撃(いちげき)の梵鐘(ぼんしよう)の響(ひびき)と共(とも)に起(た)つやうになつて居(を)ります。169テイラさまや、170ハリスさまの前(まへ)で、171こんな事(こと)を云(い)ふのはチツト許(ばか)り云(い)ひにくいけれど、172今度(こんど)の戦争(せんそう)がなかつたなら、173吾々(われわれ)は已(すで)に已(すで)に左守(さもり)、174右守(うもり)の両人(りやうにん)を斃(たを)し、175宗政(しうせい)の改革(かいかく)を太子(たいし)様(さま)にお願(ねが)ひする処(ところ)だつたのです。176既(すで)に既(すで)に矢(や)は弓(ゆみ)の弦(つる)につがへられて居(を)つたのです。177左守(さもり)、178右守(うもり)の浄行(じやうぎやう)も戦争(せんそう)の為(ため)に斃(たふ)れたのだから、179御(ご)本人(ほんにん)にとつては非常(ひじやう)に光栄(くわうえい)だつたのでせう。180さうでなくつても今日(けふ)まで二(ふた)つの首(くび)はつながれて居(ゐ)ない筈(はず)ですから』
181 テイラ、182ハリスの両人(りやうにん)は平気(へいき)な顔(かほ)して笑(わら)つてゐる。
183レ『もしテイラさま、184ハリスさま、185貴女(あなた)はお父(とう)さまの事(こと)を云(い)はれても、186何(なん)ともないのですか』
187テイ『ハイ、188子(こ)として父(ちち)の死(し)を悲(かな)しまぬものはありませぬ。189然(しか)し乍(なが)ら大衆(たいしう)の怨府(ゑんぷ)となり、190非業(ひごふ)の最後(さいご)を遂(と)げられやうなものなら、191それこそ子(こ)として堪(たま)りませぬが、192危機(きき)一髪(いつぱつ)の場合(ばあひ)になつて、193王家(わうけ)のため国教(こくけう)のために戦(たたか)つて死(し)んだのですもの、194全(まつた)くウラルの神(かみ)さまの御恵(みめぐみ)だと思(おも)つて有難(ありがた)う感(かん)じて居(を)りますわ。195ネー、196ハリスさま、197貴女(あなた)だつてさうお考(かんが)へでせう』
198ハリ『何事(なにごと)も皆(みな)、199因縁事(いんねんごと)ですもの、200仕方(しかた)がありませぬわね』
201レ『イヤお二人(ふたり)とも、202立派(りつぱ)なお心掛(こころがけ)、203向上会(かうじやうくわい)の私(わたし)も今日(こんにち)の上流(じやうりう)に、204こんな考(かんが)への人(ひと)があるかと思(おも)へば聊(いささ)か心強(こころづよ)くなつて来(き)ました。205オイ、206マーク、207トルマンの国家(こくか)も心配(しんぱい)は要(い)らないよ、208喜(よろこ)び給(たま)へ、209此(この)若君(わかぎみ)を頂(いただ)き、210此(この)賢明(けんめい)な左守(さもり)右守(うもり)のお嬢(ぢやう)さまが上(うへ)にある以上(いじやう)は、211国家(こくか)は大磐石(だいばんじやく)だ。212俺(おれ)等(たち)も今(いま)迄(まで)十(じふ)年(ねん)の間(あひだ)、213国事(こくじ)と改宗(かいしう)に奔走(ほんそう)した曙光(しよくわう)が現(あら)はれたやうなものだ』
214マ『本当(ほんたう)にさうだ。215僕(ぼく)も何(なん)だか、216死(し)から甦(よみがへ)つたやうな晴々(はればれ)した爽快(さうくわい)な気分(きぶん)になつて来(き)たよ。217何(なん)と云(い)つても年(とし)若(わか)き貴婦人(きふじん)の身(み)として、218駒(こま)に鞭(むち)韃(う)ち砲煙(はうえん)弾雨(だんう)の間(あひだ)を、219三軍(さんぐん)を指揮(しき)して奔走(ほんそう)された女丈夫(ぢよぢやうぶ)だもの。220僕(ぼく)等(ら)の如(ごと)き痩男(やせをとこ)は姫(ひめ)さまの前(まへ)ではサツパリ顔色(がんしよく)なしだ、221ハツハヽヽヽ』
222 かく話(はなし)してゐる所(ところ)へ223如意棒(によいぼう)の音(おと)がガラガラと聞(きこ)えて来(き)た。
224レ『ヤ、225又(また)番僧(ばんそう)がやつて来(き)よつたな。226チウインさま、227どうか本名(ほんめい)[*ママ]を云(い)つちや、228いけませぬよ。229皆(みな)さま、230そのつもりでゐて下(くだ)さい。231屹度(きつと)人員(じんゐん)調査(てうさ)にやつて来(き)たのでせうから』
232チウ『よしよし、233心配(しんぱい)するな』
234番僧(ばんそう)『レールさま、235一寸(ちよつと)戸(と)を開(あ)けて下(くだ)さい』
236 レールは入口(いりぐち)の破(やぶ)れ戸(ど)をガラリと押(おし)開(あ)けニコニコし乍(なが)ら、
237『ヤア、238これはこれは、239朝(あさ)も早(はや)うから御(ご)苦労(くらう)で御座(ござ)ります。240何(なん)の御用(ごよう)か知(し)りませぬが、241トツトと御(お)這入(はい)り下(くだ)さい。242拙宅(せつたく)も此(この)頃(ごろ)はお客(きやく)が殖(ふ)えまして大変(たいへん)賑(にぎや)かう御座(ござ)ります。243俄(にはか)に六(ろく)人(にん)家内(がない)となつたものですから、244懐(ふところ)の寒(さむ)いレールにとつては聊(いささ)か困(こま)つて居(を)りますわい。245貴方(あなた)も此(この)頃(ごろ)は物価(ぶつか)騰貴(とうき)で、246さぞお困(こま)りでせうな』
247番(ばん)『君(きみ)の云(い)ふ通(とほ)り248僕(ぼく)も大変(たいへん)生活難(せいくわつなん)に襲(おそ)はれてゐるのだ。249女房(にようばう)の内職(ないしよく)で、250どうなりかうなり、251ひだるい目(め)はせずに暮(くら)してゐるが、252随分(ずいぶん)辛(つら)いものだよ。253君(きみ)はこれと云(い)ふ仕事(しごと)もしてゐないやうだが、254随分(ずいぶん)裕福(ゆうふく)な暮(くら)しをしてゐるらしいね。255鶏(かしは)が叩(たた)いてあるぢやないか。256然(しか)し此(この)四(よ)人(にん)の方(かた)は何処(どこ)から来(こ)られたのだ。257実(じつ)は此(この)長屋(ながや)の嬶(かか)が本山(ほんざん)へ密告(みつこく)して来(き)たものだから、258職務(しよくむ)上(じやう)調(しら)べぬ訳(わけ)にも行(ゆ)かず、259又(また)君(きみ)に苦(にが)い面(かほ)をしられるのを知(し)り乍(なが)ら、260之(これ)も職務(しよくむ)上(じやう)やむを得(え)ないのだから、261一応(いちおう)取調(とりしら)べに来(き)たのだ。262どうか悪(わる)く思(おも)はないやうにして下(くだ)さい』
263レ『久(ひさ)し振(ぶ)りで郷里(きやうり)の友人(いうじん)や、264私(わたし)の女房(にようばう)や、265マークの女房(にようばう)が尋(たづ)ねて来(き)てくれたのですよ。266明日(あす)はどうして喰(く)はうかと兵糧(ひやうろう)がつきたので頭痛(づつう)鉢巻(はちまき)をやつてゐた所(ところ)、267郷里(きやうり)からこの通(とほ)り鶏(かしは)と米(こめ)と酒(さけ)を持(も)つて来(き)たものだから、268久(ひさ)し振(ぶ)りで御(ご)馳走(ちそう)にありつかうと思(おも)つて、269朝(あさ)から立働(たちはたら)いてゐた所(ところ)ですよ』
270番(ばん)『成程(なるほど)、271どうも田舎(いなか)の人(ひと)らしいね。272然(しか)し乍(なが)ら田舎(いなか)にしては、273云(い)ふと済(す)まぬが、274垢抜(あかぬ)けのした方(かた)許(ばか)りだな』
275レ『此(この)友人(いうじん)はバクシーと云(い)つて、276チツト許(ばか)り財産(ざいさん)を持(も)つて居(を)ります。277吾々(われわれ)二人(ふたり)は国士(こくし)として国家(こくか)の為(ため)、278身命(しんめい)を賭(と)して活動(くわつどう)してゐるものだから、279妻子(さいし)を養(やしな)ふ事(こと)が出来(でき)ないので、280此(この)バクシーさまの家(うち)へお世話(せわ)になり、281下女(げぢよ)奉公(ぼうこう)に使(つか)つて貰(もら)つて居(を)つた所(ところ)、282女房(にようばう)が一度(いちど)夫(をつと)の顔(かほ)が見(み)たい顔(かほ)が見(み)たいとせがむものだから、283遙々(はるばる)と女房(にようばう)を連(つ)れて、284バクシー夫婦(ふうふ)が昨日(きのふ)来(き)てくれたのです。285マアお前(まへ)さま久(ひさ)し振(ぶ)りだ、286一杯(いつぱい)やつたらどうですか。287別(べつ)に貴方(あなた)の職掌(しよくしよう)にも影響(えいきやう)するやうな事(こと)はありますまい』
288番(ばん)『イヤ、289有難(ありがた)う。290それでは一杯(いつぱい)頂戴(ちやうだい)しようかな。291僕(ぼく)だつて同(おな)じトルマン国(ごく)の人民(じんみん)だ。292如意棒(によいぼう)をブラ下(さ)げて居(ゐ)る丈(だ)けの違(ちが)ひだ。293一(ひと)つ上司(じやうし)の機嫌(きげん)を損(そん)じたが最後(さいご)、294忽(たちま)ち丸腰(まるごし)になつて労働者(らうどうしや)の仲間(なかま)へ入(い)れて貰(もら)はなくちやならないのだから、295今(いま)の間(うち)に君(きみ)等(たち)と懇親(こんしん)を結(むす)んでおかなくては、296忽(たちま)ち自分(じぶん)の前途(ぜんと)が案(あん)じられて仕方(しかた)がないからな。297どうかレールさま、298よろしく頼(たの)みますよ』
299レ『今(いま)の高級(かうきふ)僧侶(そうりよ)等(など)は、300何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も皆(みな)賄賂(わいろ)をとつたり、301御用(ごよう)商人(しやうにん)と結託(けつたく)して、302甘(あま)い汁(しる)をしこたま吸(す)ふてゐやがる餓鬼(がき)許(ばか)りだ。303役僧(やくそう)の中(なか)でも比較(ひかく)的(てき)潔白(けつぱく)なのは君(きみ)等(たち)番僧(ばんそう)仲間(なかま)だ。304それでも小(こ)ラマ位(ぐらゐ)になると305随分(ずいぶん)予算外(よさんぐわい)の収入(しうにふ)があると云(い)ふ事(こと)だ。306君(きみ)等(たち)も労働者(らうどうしや)の前(まへ)で如意棒(によいぼう)を見(み)せて威張(ゐば)り散(ち)らす位(くらゐ)が役得(やくとく)では詰(つま)らぬぢやないか。307普選(ふせん)が間(ま)もなく実行(じつかう)される世(よ)の中(なか)だ。308君(きみ)も吾々(われわれ)仲間(なかま)に這入(はい)つて向上(かうじやう)運動(うんどう)の牛耳(ぎうじ)をとり、309会衆(ゑしう)にでも選出(せんしゆつ)されて、310国政(こくせい)と宗政(しうせい)の大改革(だいかいかく)を断行(だんかう)し玉(たま)へ。311月給(げつきふ)の安(やす)い番僧(ばんそう)なんかやつて居(を)つた処(ところ)で、312つまらぬぢやないか。313何程(なにほど)出世(しゆつせ)したと云(い)つた処(ところ)で、314番僧(ばんそう)の出世(しゆつせ)は小(こ)ラマが関(せき)の山(やま)だ。315それも三十(さんじふ)年(ねん)位(くらゐ)勤続(きんぞく)せなくちや、316そこ迄(まで)漕(こ)ぎつける訳(わけ)にや行(ゆ)かないからな、317ハヽヽヽ』
318番(ばん)『ウン、319そらさうだな。320会衆(ゑしう)にでも出(で)て、321うまく立働(たちはたら)けば伴食(ばんしよく)浄行(じやうぎやう)位(くらゐ)はなれるかもしれない。322悪(わる)くした所(ところ)で首陀頭(しゆだがしら)の椅子(いす)位(ぐらゐ)には有(あ)りつけるかも知(し)れぬ。323生活(せいくわつ)の保証(ほしよう)さへしてくれる者(もの)があつたら、324僕(ぼく)は今日(けふ)からでも辞職(じしよく)して君(きみ)等(たち)と一緒(いつしよ)に活動(くわつどう)するつもりだがな』
325レ『そりや面白(おもしろ)い、326番僧(ばんそう)の中(なか)でも、327君(きみ)はどつか違(ちが)つた所(ところ)があると向上会(かうじやうくわい)員(ゐん)の仲間(なかま)からも云(い)はれてゐるのだ。328思(おも)ひきつて番僧(ばんそう)なんか棒(ぼう)にふり玉(たま)へ。329君(きみ)の生活(せいくわつ)は、330このバクシーさまが屹度(きつと)保証(ほしよう)して下(くだ)さるよ。331さうしてバクシーさまに附(つい)てさへ居(を)れば、332最早(もはや)大磐石(だいばんじやく)だ。333寺庵(じあん)異持法(いぢはふ)、334国士団(こくしだん)、335…………法(はふ)も、336何(なに)も、337へつたくれも、338あつたものぢやない』
339チウ『こいツア面白(おもしろ)い番僧(ばんそう)さまだ。340オイ君(きみ)、341僕(ぼく)は実(じつ)の所(ところ)、342打(うち)割(わ)つて云(い)ふがチウイン太子(たいし)だ。343教政(けうせい)を改革(かいかく)せむために向上会(かうじやうくわい)員(ゐん)の仲間(なかま)へ偵察(ていさつ)に変装(へんさう)して来(き)てゐるのだよ。344君(きみ)もどうぢや、345今日(けふ)限(かぎ)り番僧(ばんそう)をやめて向上(かうじやう)運動(うんどう)に没頭(ぼつとう)する気(き)はないか。346浄行(じやうぎやう)位(ぐらゐ)にや屹度(きつと)僕(ぼく)がしてやるよ』
347番(ばん)『本当(ほんたう)ですか、348腹(はら)の悪(わる)い、349人(ひと)を嬲(なぶ)るのでせう。350恐(おそ)れ多(おほ)くも太子(たいし)様(さま)が、351かやうな処(ところ)へおいでなさる道理(だうり)はありますまい』
352チウ『因習(いんしふ)に囚(とら)はれた現代人(げんだいじん)は、353太子(たいし)と云(い)へばどつか特種(とくしゆ)の権威(けんゐ)でもあるやうに誤解(ごかい)してゐるが、354太子(たいし)だつて神柱(かむばしら)だつて355白(しろ)い米(こめ)を食(く)つて黄(きいろ)い糞(ふん)を垂(た)れる代物(しろもの)だ、356ハツハヽヽヽ』
357番(ばん)『イヤ分(わか)りました、358間違(まちが)ひ御座(ござ)りますまい。359何(なん)だかどこともなしに気品(きひん)の高(たか)い人(ひと)と思(おも)つてゐましたが、360さうすると此(この)御(ご)婦人(ふじん)達(たち)は何(いづ)れも雲(くも)の上(うへ)に生活(せいくわつ)を遊(あそ)ばす貴婦人(きふじん)でせう。361私(わたし)はテルマンと申(まを)す小本山(せうほんざん)の番僧(ばんそう)で御座(ござ)ります。362どうか宜(よろ)しう今後(こんご)は御(ご)指導(しだう)を願(ねが)ひます。363如何(いか)なる御用(ごよう)でも犬馬(けんば)の労(らう)を惜(をし)みませぬ』
364チウ『ハ、365よしよし、366これで新人物(しんじんぶつ)を一人(ひとり)見(み)つけた。367早速(さつそく)の穫物(えもの)があつた、368ハヽヽヽ』
369 戸(と)の隙間(すきま)から太陽(たいやう)の光線(くわうせん)が五条(いつすぢ)六条(むすぢ)黒(くろ)ずんだ畳(たたみ)の上(うへ)に落(お)ち、370煙(けぶり)のやうな埃(ほこり)がモヤモヤと輪廓(りんくわく)を描(ゑが)いて浮游(ふいう)してゐる。371豆腐屋(とうふや)のリンが微(かすか)に聞(きこ)えて来(く)る。372新聞(しんぶん)配達(はいたつ)のリンが一入(ひとしほ)高(たか)く響(ひび)く。
373(大正一四・八・二五 旧七・六 於由良海岸秋田別荘 北村隆光録)
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