霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 御意犬(ごいけん)〔一二九八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第50巻 真善美愛 丑の巻 篇:第1篇 和光同塵 よみ(新仮名遣い):わこうどうじん
章:第4章 御意犬 よみ(新仮名遣い):ごいけん 通し章番号:1298
口述日:1923(大正12)年01月20日(旧12月4日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月7日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
後に残った初稚姫は、高姫が金毛九尾の悪孤に魅入られ、また父・杢助に化けた妖魅にだまされて狂惑されていることを憐れんだ。
しかし、高姫に憑依している悪孤は、杢助が兇霊の化け物であることを知らず、杢助に化けている兇霊も悪孤の正体を見ることができないために、互いに結託することができないでいた。
初稚姫は、精霊同士といえども、自然界の物性を通さなければ世界を認識することはできない、という神様のお仕組によって精霊の悪事が防がれていることに感謝した。
そこへ怪我を負ったスマートが戻ってきた。スマートは初稚姫に怪我を負った体を預けていたが、突然起き上がって唸り始めた。初稚姫はスマートにおとなしくするように命じた。そこへ高姫が帰ってきた。
高姫は、杢助が森林で転んで眉間を岩に打ち付け、たいへんな傷を負って谷川で休息していることを話した。高姫は、杢助はじきに戻ってくるだろうと言ったが、杢助が犬を神域に入れないように厳しく言いつけたとスマートを追い出そうとした。
初稚姫は、杢助に化けた妖怪がスマートに眉間を噛まれて怪我を負ったことを推知したが、とぼけて高姫の言にしたがい、スマートを館から連れ出した。
そしてスマートに、いったん隠れていて、日が暮れたら自分の居間の床下にそっと隠れているように、といいつけた。スマートは承諾の意を表し、二人は別れた。
初稚姫は館に帰ってきた。スマートは日が暮れた後にそっと初稚姫の居間の床下に身を忍ばせ、いいつけをよく守って初稚姫の保護の任に当たっていた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-07-10 14:40:08 文字数:4506 OBC :rm5004
愛善世界社版:45頁 八幡書店版:第9輯 165頁 修補版: 校定版:48頁 普及版:25頁 初版: ページ備考:
001初稚姫(はつわかひめ)は高姫(たかひめ)の往(い)つた後(あと)で、002小(ちひ)さい声(こゑ)で、003ホホホホホと吹(ふ)き出(だ)さずには居(ゐ)られなかつた。004さうして自分(じぶん)の笑(わら)ひ声(ごゑ)に驚(おどろ)いて小声(こごゑ)で独言(ひとりごと)、
005初稚姫『高姫(たかひめ)さまも気(き)の毒(どく)なものだなア。006さうして金毛(きんまう)九尾(きうび)の悪狐(あくこ)奴(め)、007又(また)もや祠(ほこら)の森(もり)に頑張(ぐわんば)り、008斎苑(いそ)の館(やかた)の御(ご)神業(しんげふ)を妨害(ばうがい)し、009数多(あまた)の精霊(せいれい)や人民(じんみん)を迷(まよ)はさうと思(おも)つてゐる。010其(その)遣方(やりかた)の奸黠(かんきつ)さ、011憎(にく)らしさよ。012高姫(たかひめ)さまは熱心(ねつしん)な人(ひと)だけれど、013常識(じやうしき)が足(た)らないから、014いつも狂妄(きやうまう)に陥(おちい)り易(やす)く、015あの通(とほ)り悪魔(あくま)の擒(とりこ)となつて了(しま)つたのだなア、016どうぞして助(たす)けて上(あ)げたいけれど、017一(ひと)つ目(め)を醒(さ)まさなければ、018到底(たうてい)復活(ふくくわつ)の見込(みこみ)はない。019肉体(にくたい)をもつて居(ゐ)る獅子(しし)、020虎(とら)両性(りやうせい)の妖魅(えうみ)に誑惑(きやうわく)され、021父(ちち)の杢助(もくすけ)と思(おも)つて居(ゐ)るのはほんに気(き)の毒(どく)なものだ。022高姫(たかひめ)さまに憑依(ひようい)して居(ゐ)る金毛(きんまう)九尾(きうび)の悪狐(あくこ)は、023高姫(たかひめ)の肉体(にくたい)を通(とほ)してでなければ現界(げんかい)を見(み)る事(こと)が出来(でき)ないのだから、024あのやうな怪物(くわいぶつ)にだまされて居(ゐ)るのだ。025憑霊(ひようれい)自身(じしん)も高姫(たかひめ)も、026其(その)怪物(くわいぶつ)たる事(こと)を知(し)らない。027高姫(たかひめ)自身(じしん)は兇霊(きようれい)は認(みと)めて居(ゐ)るが、028あの怪物(くわいぶつ)の方(はう)からは、029高姫(たかひめ)に憑依(ひようい)して居(ゐ)る金毛(きんまう)九尾(きうび)の正体(しやうたい)は見(み)る事(こと)は得(え)ないのだ。030つまり妖怪(えうくわい)と妖怪(えうくわい)とが高姫(たかひめ)さまの肉体(にくたい)を隔(へだ)てて暗中(あんちう)模索(もさく)的(てき)妄動(まうどう)をやつて居(ゐ)るのだ。031併(しか)しこれが大神(おほかみ)様(さま)の水(みづ)も漏(も)らさぬ御(ご)注意(ちゆうい)の点(てん)である。032杢助(もくすけ)さまに化(ば)けた怪物(くわいぶつ)と高姫(たかひめ)身内(みうち)の悪狐(あくこ)とが互(たがひ)に素性(すじやう)を知(し)り合(あ)ひ、033又(また)其(その)姿(すがた)を認(みと)め得(え)たならば、034内外(ないぐわい)相応(あひおう)じて高姫(たかひめ)を愈(いよいよ)悪化(あくくわ)せしめ、035如何(いか)なる害毒(がいどく)を天下(てんか)に流(なが)すか知(し)れたものぢやない。036ああ有難(ありがた)い神(かみ)様(さま)の思召(おぼしめ)し』
037と感涙(かんるゐ)に咽(むせ)んで居(ゐ)る。038スマートは初稚姫(はつわかひめ)の膝(ひざ)に頭(かしら)を横(よこ)たへ、039初稚姫(はつわかひめ)の独言(ひとりごと)を了解(れうかい)するものの如(ごと)くであつた。
040初稚姫『これスマートや、041お前(まへ)は行儀(ぎやうぎ)の悪(わる)い、042なぜきちんとお坐(すわ)りなさらぬのだい』
043 スマートは耳(みみ)をペロペロと動(うご)かしながら、044まだ起(お)きようともしない。
045初稚姫『ああさうさう、046スマートや耐(こら)へてお呉(く)れ。047お前(まへ)さまは足(あし)を怪我(けが)したのだな、048坐(すわ)りなさいと云(い)つたつて坐(すわ)れないのは無理(むり)はない。049これは私(わたし)が悪(わる)かつた、050許(ゆる)してお呉(く)れ』
051とやさしく頭(かしら)を撫(な)でてやる。052スマートは嬉(うれ)しさうに尾(を)をふつて感謝(かんしや)の意(い)を表(へう)するものの如(ごと)くであつた。
053 スマートはムツクと起(お)き、054体(からだ)をプリプリと振(ふ)りながら、055形相(ぎやうさう)凄(すさま)じく前(まへ)の足(あし)を立(た)てて何物(なにもの)にか飛(と)びつくやうな勢(いきほひ)を示(しめ)した。056さうしてウーウーウと小声(こごゑ)で唸(うな)つて居(ゐ)る。057初稚姫(はつわかひめ)はスマートを撫(な)でながら声(こゑ)も優(やさ)しく、
058初稚姫『これスマートや、059何(なに)が来(き)たのか知(し)らないが、060お前(まへ)は必(かなら)ずイキリ立(た)つてはいけませぬよ。061私(わたし)が命令(めいれい)をするまで、062どんなものが来(き)ても、063決(けつ)して唸(うな)つたり飛(と)びついたりする事(こと)はなりませぬぞや。064私(わたし)だつて何(なに)も彼(か)もよく知(し)つてゐるのだけれど、065これには少(すこ)し訳(わけ)があるのだから、066何卒(どうぞ)おとなしうして居(ゐ)てお呉(く)れや』
067と諭(さと)せば、068スマートは首(くび)を垂(た)れ尾(を)をふつて承諾(しようだく)の旨(むね)を表示(へうじ)した。
069初稚姫『ほんに畜生(ちくしやう)ながら賢(かしこ)いものだなア。070お前(まへ)は私(わたし)の家来(けらい)だよ。071私(わたし)と何処(どこ)までも一緒(いつしよ)について来(く)るのだ。072さうして立派(りつぱ)な御(ご)神業(しんげふ)を完成(くわんせい)した上(うへ)は、073再(ふたた)び人間(にんげん)と生(うま)れ変(かは)り、074立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)となつて世界(せかい)万民(ばんみん)を導(みちび)き、075天国(てんごく)に安楽(あんらく)な生活(せいくわつ)を送(おく)らして頂(いただ)くやうに忠実(ちうじつ)に務(つと)めるのだよ。076ほんにお前(まへ)は何処(どこ)ともなしに変(かは)つた犬(いぬ)だ。077勇猛(ゆうまう)にして且(かつ)柔順(じうじゆん)な理想(りさう)的(てき)なお前(まへ)は犬(いぬ)だ』
078と頻(しきり)に頭(あたま)や首(くび)を撫(な)で可愛(かあい)がつて居(ゐ)る。079スマートは漸(やうや)くにして足(あし)をかがめ、080畳(たたみ)に顋(あご)をすりつけ、081目(め)を塞(ふさ)いで柔順(じうじゆん)な態度(たいど)を示(しめ)して居(ゐ)る。
082初稚姫『あの杢助(もくすけ)と化相(けさう)した怪物(くわいぶつ)を、083スマートがよく看破(かんぱ)し、084最前(さいぜん)も追(お)つ駆(か)けていつて格闘(かくとう)の末(すゑ)、085こんな傷(きず)を負(お)つて来(き)たのだな、086ほんに勇敢(ゆうかん)なスマートだ』
087と激賞(げきしやう)して居(ゐ)る折(をり)もあれ、088例(れい)の高姫(たかひめ)は静々(しづしづ)と帰(かへ)つて来(き)た。
089初稚姫『アアお母(かあ)さま、090御(ご)苦労(くらう)様(さま)で厶(ござ)いました。091父(ちち)は居(を)られましたかな』
092高姫『ハア、093やつとの事(こと)でお目(め)にかかつて来(き)ましたよ。094杢助(もくすけ)さまは森林(しんりん)を逍遥(せうえう)なさる際(さい)、095藤葛(ふじかづら)に足(あし)を引掛(ひつか)け、096岩石(がんせき)に眉間(みけん)を打(う)ちつけ、097大変(たいへん)な傷(きず)をなさつて、098谷川(たにがは)で傷(きず)を洗(あら)つて居(を)られました』
099 之(これ)を聞(き)くよりスマートは又(また)もやムツクと頭(かしら)を上(あ)げ、100ウーウと唸(うな)りかけた。101初稚姫(はつわかひめ)は慌(あわ)てて頭(かしら)を撫(な)でながら、
102初稚姫『これスマート、103おとなしくするのだよ。104主人(しゆじん)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)きなさいや』
105と静(しづか)になだめながら、
106初稚姫『はてな、107怪物(くわいぶつ)はこのスマートに眉間(みけん)を噛(か)まれたのだな』
108と鋭敏(えいびん)の頭脳(づなう)に直覚(ちよくかく)した。109されど素知(そし)らぬ体(てい)を装(よそほ)ひ、110言葉(ことば)柔(やさ)しく満面(まんめん)に笑(ゑみ)を湛(たた)へながら、
111初稚姫『あのお母(かあ)さま、112お父(とう)さまは本当(ほんたう)にお危(あぶ)ない事(こと)をなさいましたなア。113大(たい)した事(こと)は厶(ござ)いませぬか。114私(わたくし)、115心配(しんぱい)でなりませぬわ。116そして直(ぢき)に帰(かへ)つて下(くだ)さるのですか』
117高姫『別(べつ)に大(たい)したお怪我(けが)でもありませぬが、118中々(なかなか)我(が)の強(つよ)いお方(かた)で、119お前(まへ)さまがお出(い)でだと云(い)つても、120容易(ようい)にお動(うご)き遊(あそ)ばさぬのですよ』
121初稚姫『父(ちち)は私(わたくし)の事(こと)を何(なん)と云(い)つて居(ゐ)ましたか、122定(さだ)めて怒(おこ)つたでせうなア』
123高姫『何(なに)、124初(はつ)さま、125自分(じぶん)の娘(むすめ)が来(き)て居(ゐ)るのに怒(おこ)る人(ひと)がありますか。126そんな事(こと)怒(おこ)るやうな方(かた)だつたら人間(にんげん)ぢやありませぬわ』
127初稚姫『それでも私(わたくし)の父(ちち)はハルナの都(みやこ)の御用(ごよう)が済(す)むまで、128どんな事(こと)があつても面会(めんくわい)は致(いた)さぬと、129それはそれは厳(きび)しう申(まを)して居(ゐ)ましたよ』
130高姫『そこが杢助(もくすけ)の杢助(もくすけ)さまたる所(ところ)だ。131ほんとにお偉(えら)い方(かた)ですよ。132母(はは)の愛(あい)は舐犢(しとく)の愛(あい)、133父(ちち)の愛(あい)は秋霜(しうさう)の愛(あい)と云(い)つて、134云(い)ふに云(い)はれぬ所(ところ)があるのです。135何程(なにほど)厳(きび)しく仰有(おつしや)つても、136本当(ほんたう)の心(こころ)の中(うち)は母親(ははおや)の愛(あい)に優(まさ)る千万(せんまん)無量(むりやう)の涙(なみだ)を湛(たた)へて厶(ござ)るのだからな、137併(しか)しこの高姫(たかひめ)は切(き)つても切(き)れぬ身霊(みたま)の親子(おやこ)でもあり、138肉体(にくたい)上(じやう)の義理(ぎり)の親子(おやこ)でもありますから、139其(その)愛(あい)の分量(ぶんりやう)は、140到底(たうてい)生(う)みの母(はは)の及(およ)ぶ所(ところ)ではありませぬ。141どうぞ打(う)ちとけて此(この)母(はは)の云(い)ふ事(こと)を守(まも)つて下(くだ)されや』
142初稚姫『ハイ承知(しようち)致(いた)しました。143何分(なにぶん)にも宜敷(よろし)くお願(ねが)ひ申(まを)します』
144高姫『早速(さつそく)ながら初稚(はつわか)さま、145私(わたし)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)いて貰(もら)へますまいかなア』
146初稚姫『これは又(また)改(あらた)まつてのお言葉(ことば)、147私(わたし)のやうなものにお頼(たの)みとは、148どんな事(こと)で厶(ござ)いますか』
149高姫『実(じつ)の所(ところ)は、150お前(まへ)の折角(せつかく)可愛(かあい)がつて厶(ござ)るこの犬(いぬ)を、151いなして貰(もら)ひたいのだ。152杢助(もくすけ)さまは犬(いぬ)が大変(たいへん)お嫌(きら)ひだから、153「この神聖(しんせい)の館(やかた)にそんな四(よ)つ足(あし)を入(い)れることはならぬ。154聖場(せいぢやう)が汚(けが)れるから、155いなして呉(く)れ、156さうでなければ私(わし)は此処(ここ)には居(ゐ)ない」と、157それはそれは堅(かた)う堅(かた)う仰有(おつしや)るのだよ』
158 初稚姫(はつわかひめ)はそれと感(かん)づきながら、159態(わざ)と空惚(そらとぼ)けて、
160初稚姫『何(なん)と不思議(ふしぎ)な事(こと)で厶(ござ)いますなア、161私(わたくし)の父(ちち)は特別(とくべつ)犬(いぬ)が好(す)きなので厶(ござ)いますが、162斎苑(いそ)の館(やかた)でも、163往(ゆ)き復(かへ)り、164犬(いぬ)を離(はな)した事(こと)はないので厶(ござ)いますよ。165それに心機(しんき)一転(いつてん)遊(あそ)ばすとは不思議(ふしぎ)ぢや厶(ござ)いませぬか。166それ程(ほど)この犬(いぬ)が怖(こは)い、167イヤ嫌(きら)ひなので厶(ござ)いませうかなア』
168高姫『何(なん)と云(い)つても此処(ここ)は神聖(しんせい)なお仕組(しぐみ)の場所(ばしよ)、169汚(よご)れた四足(よつあし)を置(お)いておくと大神(おほかみ)様(さま)のお気障(きざは)りになるから、170杢助(もくすけ)が神(かみ)様(さま)に対(たい)し謹慎(きんしん)の意(い)を表(へう)し、171犬(いぬ)をいなせと仰有(おつしや)つたのですよ』
172初稚姫『それでも産土山(うぶすなやま)の聖場(せいぢやう)には沢山(たくさん)に犬(いぬ)が飼(か)つて厶(ござ)います。173御(ご)本山(ほんざん)でさへもあれだけ沢山(たくさん)の犬(いぬ)が居(ゐ)るのに、174何故(なぜ)此処(ここ)には一匹(いつぴき)も置(お)く事(こと)が出来(でき)ないのでせう。175私(わたし)この犬(いぬ)が唯一(ゆゐいつ)のお友達(ともだち)でもあり力(ちから)でもあるのですからなア』
176高姫『初稚(はつわか)さま、177お前(まへ)さまはこの犬(いぬ)を離(はな)すのが嫌(いや)と仰有(おつしや)るのですか。178産土山(うぶすなやま)に沢山(たくさん)の犬(いぬ)が居(ゐ)るのは、179素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)や八島主(やしまぬし)さまや東助(とうすけ)や役員(やくゐん)の方(かた)の御霊(みたま)が曇(くも)つて居(ゐ)るのだから、180結構(けつこう)な聖地(せいち)に四(よ)つ足(あし)がうろついて居(ゐ)るのだ。181又(また)狐(きつね)の霊(みたま)や豆狸(まめだぬき)が入(い)り込(こ)まないやうに犬(いぬ)が置(お)いてあるのだ。182御(ご)神徳(しんとく)さへあれば犬(いぬ)の力(ちから)を借(か)らなくても、183狐(きつね)や狸(たぬき)や大蛇(をろち)や蟇(がま)の霊(みたま)が出(で)て来(く)るものぢやありませぬ。184産土山(うぶすなやま)に犬(いぬ)が置(お)いてあるのを見(み)ても、185御(ご)神徳(しんとく)がないのが分(わか)るぢやありませぬか』
186 初稚姫(はつわかひめ)は、187高姫(たかひめ)の暴言(ばうげん)に呆(あき)れながら、188さあらぬ態(てい)にて柔(やさ)しく空惚(そらとぼ)けて、
189初稚姫『左様(さやう)で厶(ござ)いますかなア、190御(ご)神徳(しんとく)と云(い)ふものは尊(たふと)いもので厶(ござ)いますなア』
191と相槌(あひづち)を打(う)つて居(ゐ)る。
192高姫『遉(さすが)は杢助(もくすけ)さまの娘(むすめ)だけあつて、193何(なに)につけても悟(さと)りがよいわい。194ほんに水晶(すいしやう)の御霊(みたま)だ。195さう早(はや)くものが分(わか)つた以上(いじやう)は、196此(この)犬(いぬ)を斎苑(いそ)の館(やかた)へおつ帰(かへ)して下(くだ)さるだらうねえ』
197 スマートは二人(ふたり)の問答(もんだふ)を聞(き)いて不安(ふあん)に堪(た)へ兼(か)ねたやうな形相(ぎやうさう)をしながら、198又(また)ウーウウーウと小(ちひ)さく唸(うな)り出(だ)した。199初稚姫(はつわかひめ)はスマートの頭(かしら)を撫(な)でながら、200耳許(みみもと)に口(くち)を寄(よ)せ何事(なにごと)か小声(こごゑ)に囁(ささや)いた。201スマートは柔順(じうじゆん)に頭(かしら)を下(さ)げ目(め)を塞(ふさ)いで仕舞(しま)つた。
202高姫『サア、203お父(とう)さまの云(い)ひつけだから、204どうぞ早(はや)くいなして下(くだ)さい。205それが親(おや)に対(たい)する一番(いちばん)の孝行(かうかう)だ。206そして神(かみ)様(さま)に対(たい)する麻柱(あななひ)の大道(おほみち)だから、207きつと柔順(じうじゆん)にかへして下(くだ)さるだらうねえ』
208 初稚姫(はつわかひめ)は打(う)ち首肯(うなづ)き、
209初稚姫『お母(かあ)さまやお父(とう)さまのお言葉(ことば)、210背(そむ)いてなりませうか。211大事(だいじ)の大事(だいじ)のスマートで厶(ござ)いますけれど、212御(ご)両親(りやうしん)の仰(おほせ)とあれば、213背(そむ)く訳(わけ)には往(ゆ)きませぬ。214アア残念(ざんねん)ながらスマートに別(わか)れませう』
215高姫『何(なん)とまア柔順(じうじゆん)なよい娘(こ)だこと。216ほんたうに杢助(もくすけ)さまは、217どうしてこんな立派(りつぱ)な娘(こ)をお持(も)ちなさつたのだらう。218八島主(やしまぬし)さまが宣伝使(せんでんし)になさつたのも無理(むり)はないわい』
219と初稚姫(はつわかひめ)を無性(むしやう)矢鱈(やたら)に褒(ほ)めちぎつて居(ゐ)る。
220初稚姫『お母(かあ)さま、221犬(いぬ)位(くらゐ)いなしたつて、222さう褒(ほ)めて貰(もら)ふやうな事(こと)が厶(ござ)いませうか。223どうぞお気遣(きづか)ひ下(くだ)さいますな。224併(しか)し畜生(ちくしやう)とはいへ折角(せつかく)此処(ここ)まで連(つ)れて来(き)たのですから、225門口(かどぐち)か又(また)は一二町(いちにちやう)許(ばか)り送(おく)つてやりまして、226そこで篤(とつく)り云(い)ひ聞(き)かせ、227再(ふたた)びここへ帰(かへ)つて来(こ)ないやうに申(まを)し聞(き)かせます』
228高姫『オホホホ、229何(なん)とまア御(ご)叮嚀(ていねい)な御(お)子(こ)だこと、230門口(かどぐち)から追(お)ひ出(だ)せばよいものを、231御(ご)主人(しゆじん)か何(なん)ぞのやうに、232お前(まへ)さまが送(おく)つてやるとは、233些(ちつ)と分(ぶん)に過(す)ぎはしませぬか、234オイ畜生(ちくしやう)、235お前(まへ)は冥加(みやうが)に尽(つ)きるぞや、236私(わたし)の娘(むすめ)に送(おく)つて貰(もら)ふなぞとは果報者(くわはうもの)だ。237併(しか)し乍(なが)ら此(この)高姫(たかひめ)も何(なん)だか此(この)犬(いぬ)が怖(おそ)ろしい、238イヤイヤ怖(こは)い嫌(きら)ひなやうな気(き)がして居(ゐ)たのよ、239アアこれでやつと安心(あんしん)した。240金毛(きんまう)九尾(きうび)も……』
241と口(くち)から云(い)ひかけてグツと口(くち)をつまへ、242自分(じぶん)の腹(はら)をギユーギユーと揉(も)みながら、
243高姫『こりや、244気(き)をつけぬか』
245と吾(われ)と吾(わが)身(み)をきめつけて居(ゐ)る。246初稚姫(はつわかひめ)は又(また)空惚(そらとぼ)けて、
247初稚姫『お母(かあ)さま、248「気(き)をつけぬか」と仰有(おつしや)いましたが、249何(なに)か不都合(ふつがふ)が厶(ござ)いますか。250何卒(どうぞ)至(いた)らぬもので厶(ござ)いますから、251御(ご)注意(ちゆうい)を下(くだ)さいませ』
252高姫『エエ、253イヤ何(なん)でもありませぬ、254つひ一寸(ちよつと)何(なん)です……此(この)聖地(せいち)は何彼(なにか)につけて神聖(しんせい)な所(ところ)だから、255万事(ばんじ)気(き)をつけねばならぬと云(い)つたのですよ』
256初稚姫『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。257一寸(ちよつと)其処(そこ)まで犬(いぬ)を送(おく)つて参(まゐ)ります。258お母(かあ)さま、259此処(ここ)に待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さい。260やがてお父(とう)さまも帰(かへ)つて下(くだ)さるでせう』
261と言葉(ことば)を残(のこ)し、262スマートを伴(ともな)ひ一二町(いちにちやう)ばかり坂(さか)の彼方(かなた)に進(すす)み、263山(やま)の裾(すそ)に隠(かく)れて館(やかた)の見(み)えない地点(ちてん)までスマートを伴(ともな)ひ往(ゆ)き、264頭(かしら)や首背(くびせな)を撫(な)でながら、
265初稚姫『これスマートや、266お前(まへ)は偉(えら)いものだなア、267杢助(もくすけ)に化(ば)けて居(ゐ)る怪物(くわいぶつ)や、268高姫(たかひめ)の身内(みうち)に潜(ひそ)んで居(ゐ)る悪(わる)い狐(きつね)がお前(まへ)を大変(たいへん)怖(こは)がつて居(ゐ)る。269それだからあのやうに二人(ふたり)が私(わたし)に「お前(まへ)をいなして呉(く)れ」と迫(せま)るのだよ。270併(しか)し私(わたし)はお前(まへ)と主従(しゆじゆう)の約束(やくそく)を結(むす)んだ以上(いじやう)は、271仮令(たとへ)半時(はんとき)の間(ま)だつて離(はな)れるのは嫌(いや)だよ。272お前(まへ)だつてさうだらう。273併(しか)し今(いま)の場合(ばあひ)どうする訳(わけ)にも往(ゆ)かないから、274一旦(いつたん)お前(まへ)は帰(い)んだ事(こと)にして、275日(ひ)が暮(く)れたらそつと私(わたし)の居間(ゐま)の床下(ゆかした)に隠(かく)れて居(ゐ)て下(くだ)さい。276御飯(ごはん)をソツとお前(まへ)の腹(はら)の減(へ)らないやうに上(あ)げるから』
277と懇々(こんこん)と諭(さと)せば、278スマートは尾(を)をふり首(くび)を数回(すうくわい)も縦(たて)にゆりながら「万事(ばんじ)承知(しようち)致(いた)しました」と云(い)ふ心意気(こころいき)を表情(へうじやう)に示(しめ)して居(ゐ)る。
279初稚姫『分(わか)つたかな、280アアそれで私(わたし)も安心(あんしん)した。281きつと私(わたし)が此処(ここ)に居(ゐ)る間(あひだ)は姿(すがた)を見(み)せないやうにして下(くだ)さい。282併(しか)し又(また)、283夜分(やぶん)には恋(こひ)しいお前(まへ)さまと抱合(だきあ)つて遊(あそ)びませう。284お前(まへ)さまは雌犬(めんいぬ)だから、285私(わたし)と抱擁(はうよう)したつてキツスをしたつて、286構(かま)ひはしないわネー、287ホホホ』
288と笑(わら)ひながら別(わか)れて館(やかた)に帰(かへ)つて来(き)た。289スマートは日(ひ)の暮(く)るるを待(ま)ち兼(か)ね、290ソツと初稚姫(はつわかひめ)の居間(ゐま)の床下(ゆかした)に身(み)を忍(しの)ばせ、291主人(しゆじん)の言(い)ひつけをよく守(まも)り、292且(かつ)初稚姫(はつわかひめ)の保護(ほご)の任(にん)に当(あた)る事(こと)となつた。
293(大正一二・一・二〇 旧一一・一二・四 加藤明子録)
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