霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 虬(みづち)の盃(さかづき)〔一三〇八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第50巻 真善美愛 丑の巻 篇:第3篇 神意と人情 よみ(新仮名遣い):しんいとにんじょう
章:第14章 虬の盃 よみ(新仮名遣い):みずちのさかずき 通し章番号:1308
口述日:1923(大正12)年01月21日(旧12月5日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月7日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高姫はそれから、初稚姫、楓姫、珍彦、静子を憎むことはなはだしく、どうにかして彼らを亡ぼそうと考えるようになった。しかしこうなってはもはや初稚姫に言うことを聞かせることはできないだろうし、そうなると、彼らを害そうとすればスマートが飛び掛かってくるに違いなかった。
そこで高姫は、腹中の悪孤たちと相談し、一種の妖術をかけることにした。虬の血を絞って百虫を壺に封じ込み、血染めの絹を護摩の火で灰にして壺に封じる。この灰を四人に盃に塗って飲ませれば、飲んだ者は神徳を失い、人の怨みを受けて身を亡ぼすのだという。
高姫はそれから、悪孤の言うとおりに妖術の材料を集めて準備した。そして四人に怪しまれないようにおとなしく過ごし、すべてが整うと、珍彦館を訪れて自分の非を涙ながらに詫び、仲直りの酒宴を開くと言って招くのだった。
初稚姫は高姫の企みをすっかり見抜いていた。そしてその妖術も、兇霊の妄言であり何の効果もないことも看破していた。初稚姫はなんとかしてこの機会に高姫に改心してもらいたいと心に誓った。
高姫の誘いに楓は嫌悪の情を現したが、初稚姫が酒宴への参加を促したので、一同は危険がないことを暗に悟り、高姫の館に向かった。
初稚姫が毒見をし、一同は妖術を施してある御馳走をすっかり平らげてしまった。珍彦は厚く礼を述べて妻子を引き連れて帰って行った。また高姫は、楓と遊んでくるように初稚姫に言ったので、初稚姫も珍彦館に行くことになった。
後に残った高姫は、計略が当たったと一人喜んでいる。高姫の腹の中から、悪孤たちが計略の成功を自慢する笑い声が聞こえてきたので、高姫は滅多なことを言うなと憑霊たちをたしなめたが、まるで聞かない。
戸の外には、彼らが恐れるスマートの吠える声が聞こえてきた。高姫は頭をかかえて震えあがり、腹中の悪孤たちも一斉に黙ってしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-07-21 20:58:50 文字数:4791 OBC :rm5014
愛善世界社版:189頁 八幡書店版:第9輯 219頁 修補版: 校定版:196頁 普及版:97頁 初版: ページ備考:
001 高姫(たかひめ)は、002それより初稚姫(はつわかひめ)、003楓姫(かへでひめ)、004珍彦(うづひこ)、005静子(しづこ)を憎(にく)むこと甚(はなは)だしく、006如何(いかん)ともして彼(かれ)等(ら)を亡(ほろ)ぼさむと夜着(よぎ)を被(かぶ)つて怖(おそ)ろしき鬼心(おにごころ)を辿(たど)つて居(ゐ)る。007されど何(ど)う考(かんが)へても普通(ふつう)ではいかない。008又(また)まさかの時(とき)になれば、009怖(おそ)ろしいスマートが飛(と)び出(だ)して来(く)る。010これが高姫(たかひめ)の第一(だいいち)の頭痛(づつう)である。011もうかうなつたら、012如何(いか)程(ほど)スマートを帰(かへ)せと云(い)つても初稚姫(はつわかひめ)は帰(かへ)すまい。013又(また)母(はは)としての権利(けんり)を振(ふる)ひ、014彼女(かのぢよ)を強圧(きやうあつ)し吾(わが)意(い)に従(したが)はしむる事(こと)も到底(たうてい)駄目(だめ)だと考(かんが)へた。015そこで高姫(たかひめ)は一計(いつけい)を腹中(ふくちう)の悪狐(あくこ)と相談(さうだん)の上(うへ)ねり出(だ)した。016外(ほか)でもない、017それは一種(いつしゆ)の妖術(えうじゆつ)である。018虬(みづち)の血(ち)を絞(しぼ)つて百虫(ひやくちう)を壺(つぼ)に封(ふう)じ込(こ)み、019当(たう)の四(よ)人(にん)を調伏(てうふく)の為(ため)に血染(ちぞめ)の絹(きぬ)を拵(こしら)へ、020護摩(ごま)の火(ひ)にかけてこれを焼(や)き尽(つく)し、021壺(つぼ)の中(なか)に秘(ひ)めて置(お)き、022和合(わがふ)の酒宴(しゆえん)と称(しよう)し、023ソツと四(よ)人(にん)の盃(さかづき)に人(ひと)知(し)れず塗(ぬ)りつけて置(お)き、024甘(うま)く其(その)酒(さけ)を飲(の)ます時(とき)は、025之(これ)を飲(の)んだものは自(おのづか)ら神徳(しんとく)を失(うしな)ひ、026又(また)人(ひと)の心(こころ)に逆(さか)らうて恨(うら)みを受(う)け、027遂(つひ)には其(その)身(み)を亡(ほろ)ぼすに至(いた)るものだ……と云(い)ふ事(こと)を教(をし)へられた。028それより高姫(たかひめ)は森(もり)の中(なか)に表面(へうめん)散歩(さんぽ)の如(ごと)く見(み)せかけ、029虬(みづち)を探(さが)し百虫(ひやくちう)を漁(あさ)つてこの怖(おそ)ろしい計画(けいくわく)に全力(ぜんりよく)を尽(つく)した。030さうして漸(やうや)く註文通(ちゆうもんどほ)りの品(しな)が揃(そろ)うたので自分(じぶん)の床下(ゆかした)に隠(かく)し置(お)き、031時(とき)の到(いた)るを待(ま)ちつつあつた。
032 高姫(たかひめ)は斯(か)くして、033何時(いつ)とはなしに四(よ)人(にん)を亡(ほろ)ぼさむと思(おも)ひ、034ほくそ笑(ゑ)みつつ、035表面(へうめん)柔順(じうじゆん)と親切(しんせつ)を装(よそほ)ひ、036あまり小言(こごと)も云(い)はず、037憎(にく)まれ口(ぐち)もたたかず、038可成(かなり)四(よ)人(にん)が自分(じぶん)を信任(しんにん)し且(かつ)心(こころ)を許(ゆる)すやうにと勤(つと)めて居(ゐ)たのである。039実(じつ)に女(をんな)の悪霊(あくれい)に迷(まよ)はされ、040狂熱(きやうねつ)の極点(きよくてん)に達(たつ)した時(とき)位(くらゐ)怖(おそ)るべきものはない。041女(をんな)は最(もつと)も心(こころ)弱(よわ)きものの又(また)最(もつと)も強(つよ)きものである。042一旦(いつたん)決心(けつしん)した上(うへ)は、043俗(ぞく)にいふ女(をんな)の一心(いつしん)岩(いは)でも突(つ)き貫(ぬ)くと云(い)つて中々(なかなか)容易(ようい)に動(うご)くものではない。044高姫(たかひめ)はかくも怖(おそ)ろしき悪計(あくけい)を敢行(かんかう)すべく決心(けつしん)の臍(ほぞ)を固(かた)めてしまつた。
045 斯(かか)る企(たく)みのありと云(い)ふ事(こと)は、046初稚姫(はつわかひめ)を除(のぞ)く外(ほか)は誰一人(たれひとり)として悟(さと)り得(う)るものはなかつたのである。
047 一切(いつさい)の計略(けいりやく)の準備(じゆんび)が調(ととの)うたので、048高姫(たかひめ)は自(みづか)ら珍彦館(うづひこやかた)に立(た)ち出(い)で、049叮嚀(ていねい)に笑顔(ゑがほ)を作(つく)り辞儀(じぎ)をしながら、050態(わざ)とに優(やさ)しき声(こゑ)を絞(しぼ)り、
051高姫『ハイ御免(ごめん)なさいませ。052此(この)間(あひだ)は病気上(びやうきあが)りの事(こと)とて頭(あたま)が変(へん)な工合(ぐあひ)になりまして、053つひ皆(みな)さまに御(ご)無礼(ぶれい)の事(こと)を申(まを)し上(あ)げましたさうで厶(ござ)います。054何分(なにぶん)逆上(ぎやくじやう)致(いた)して居(を)りましたので、055如何(いか)なる不都合(ふつがふ)の事(こと)を致(いた)しましたやら皆目(かいもく)存(ぞん)じませぬ。056今日(けふ)義理(ぎり)天上(てんじやう)日出(ひのでの)神(かみ)様(さま)が、057こんこんと夢中(むちう)でした事(こと)をお話(はな)し下(くだ)さいましたので私(わたくし)も吃驚(びつくり)致(いた)しまして、058真(まこと)に済(す)まない事(こと)を致(いた)したと悔(く)やんで見(み)ても後(あと)の祭(まつ)り、059初稚(はつわか)さまにも楓(かへで)さまにも御(ご)夫婦(ふうふ)様(さま)にもえらい失礼(しつれい)を致(いた)したさうで厶(ござ)います。060私(わたし)はそれを天上(てんじやう)様(さま)から承(うけたま)はり、061立(た)つても居(ゐ)ても居(ゐ)られなくなりましたので、062お詫(わび)のため恥(はぢ)を忍(しの)んで参(まゐ)りました。063何卒(どうぞ)私(わたくし)の罪(つみ)をお許(ゆる)し下(くだ)さるやうお願(ねが)ひ致(いた)します』
064と泣(な)き声(ごゑ)になつて空涙(そらなみだ)をこぼして詫(わ)び入(い)るのであつた。065初稚姫(はつわかひめ)は高姫(たかひめ)の腹(はら)のどん底(ぞこ)までよく知(し)つて居(ゐ)た。066さうしてその魔術(まじゆつ)は唯(ただ)兇霊(きようれい)の妄言(まうげん)にして何(なん)の寸効(すんかう)なき事(こと)を看破(かんぱ)して居(ゐ)たのである。067故(ゆゑ)に高姫(たかひめ)の悪計(あくけい)を自分(じぶん)一人(ひとり)の心(こころ)の中(なか)に包(つつ)んで置(お)きさへすれば、068天下(てんか)泰平(たいへい)である。069併(しか)し高姫(たかひめ)さまが悪魔(あくま)に嗾(そそのか)されて斯様(かやう)な心(こころ)を起(おこ)されるのは真(まこと)に御(お)気(き)の毒(どく)だ。070何(なん)とかして此(この)際(さい)に改心(かいしん)して貰(もら)はねばならないと、071堅(かた)く決心(けつしん)して居(ゐ)たのである。
072珍彦(うづひこ)『これはこれは高姫(たかひめ)様(さま)とした事(こと)が、073何(なん)と仰有(おつしや)います。074貴女(あなた)にお詫(わび)を云(い)はれて何(ど)うして私(わたし)が耐(たま)りませう。075尻(しり)こそばゆくてなりませぬ。076何事(なにごと)も吾々(われわれ)がいたらぬから起(おこ)つた事(こと)で厶(ござ)います。077何卒(なにとぞ)今後(こんご)はよろしくお叱(しか)り下(くだ)さいますやうに』
078高姫『イエイエ私(わたし)が悪(わる)いので厶(ござ)います。079つひ私(わたし)には神経病(しんけいびやう)が厶(ござ)いまして、080時々(ときどき)脱線(だつせん)を致(いた)しますので、081何時(いつ)も人様(ひとさま)に御(ご)迷惑(めいわく)をかけますので、082神(かみ)様(さま)に対(たい)しても貴方(あなた)等(がた)に対(たい)しても済(す)みませぬ。083のめのめ来(こ)られる筋(すぢ)では厶(ござ)いませぬが、084面(めん)を被(かぶ)つて怖(おそ)る怖(おそ)る参(まゐ)りました。085それに就(つ)いては詫(わ)びの印(しるし)及(およ)び貴方(あなた)等(がた)と入魂(じつこん)に願(ねが)ふ喜(よろこ)びとして、086手製(てせい)の御飯(ごはん)とお酒(さけ)を上(あ)げたいので厶(ござ)いますが、087どうぞ余(あま)り遠(とほ)い所(ところ)では厶(ござ)いませぬから、088来(き)ては下(くだ)さいませぬかなア。089何(なに)を申(まを)しても貴方(あなた)等(がた)は御(ご)親切(しんせつ)なお方(かた)ですから、090私(わたし)の居間(ゐま)まで位(くらゐ)は来(き)て下(くだ)さることと固(かた)く信(しん)じて参(まゐ)りました』
091珍彦『ヘイどう致(いた)しまして、092貴女(あなた)に御(ご)馳走(ちそう)頂(いただ)いては済(す)みませぬ。093私(わたし)の方(はう)から実(じつ)は差上(さしあ)げたいので厶(ござ)います。094』
095高姫『さう仰有(おつしや)らずに私(わたし)の願(ねがひ)を聞(き)いて下(くだ)さいませねえ。096私(わたし)がどうしてもお気(き)に召(め)さないので厶(ござ)いますか、097さうすれば是非(ぜひ)は厶(ござ)いませぬ。098私(わたし)は喉(のど)でも突(つ)いて死(し)なうより道(みち)は厶(ござ)いませぬ』
099と又(また)もや巧妙(かうめう)に空涙(そらなみだ)を絞(しぼ)る。
100静子(しづこ)『これ珍彦(うづひこ)さま、101あれだけ親切(しんせつ)に仰有(おつしや)つて下(くだ)さるのだもの、102お世話(せわ)になつたらどうでせう』
103珍彦『ウンさうだな。104折角(せつかく)の思召(おぼしめし)、105無(む)にするのも却(かへつ)て畏(おそ)れ多(おほ)いから、106お言葉(ことば)に甘(あま)へて伺(うかが)ひませうかなア』
107楓『お父(とう)さま、108お母(かあ)さま、109貴方(あなた)高姫(たかひめ)さまの所(ところ)へいつてお酒(さけ)や御飯(ごはん)を頂(いただ)くのなら、110神丹(しんたん)をもつてお出(い)でなさいませよ。111又(また)此(この)間(あひだ)二度目(にどめ)に文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)様(さま)が下(くだ)さいましたのねえ。112あれさへ頂(いただ)けば、113どんな毒(どく)が入(はい)つて居(ゐ)てもすつかり消(き)えますからねえ。114高姫(たかひめ)さま、115毒散(どくさん)などは今度(こんど)は入(い)れてはありますまいな、116仮令(たとへ)入(い)れてあつても、117私(わたし)等(たち)は神丹(しんたん)を持(も)つて居(を)るから些(ちつと)も構(かま)ひませぬけれどねえ』
118と態(わざ)とにあどけなき小児(こども)の態(てい)を装(よそほ)ひ、119高姫(たかひめ)の荒肝(あらぎも)を挫(ひし)がうとした。
120珍彦(うづひこ)『これ、121お前(まへ)は何(なん)と云(い)ふ失礼(しつれい)な事(こと)を云(い)ふのだい。122高姫(たかひめ)さまが何(なに)そんな事(こと)をなさる理由(りいう)があらうか、123お前(まへ)は夢(ゆめ)を見(み)たのだよ』
124楓『何(なん)でも夢(ゆめ)にして置(お)けばよいのですなア、125初稚姫(はつわかひめ)さま、126貴女(あなた)もさう仰有(おつしや)つたで厶(ござ)いませう。127併(しか)し私(わたし)は義理(ぎり)天上(てんじやう)さまの所(ところ)へ往(い)つて、128お茶(ちや)一杯(いつぱい)でもよばれるのは否(いや)ですわ』
129静子(しづこ)『これ楓(かへで)、130お前(まへ)はそれだから困(こま)ると云(い)ふのだ。131ほんにほんに仕方(しかた)がないなア、132ちつと初稚姫(はつわかひめ)さまの爪(つめ)の垢(あか)でも煎(せん)じて頂(いただ)かして貰(もら)ひなさい』
133 高姫(たかひめ)は態(わざ)とニコニコしながら、134何気(なにげ)なき態(てい)にて心(こころ)の驚(おどろ)きを隠(かく)しながら俄(には)かに作(つく)り笑(わら)ひ、
135高姫『ホホホホホ、136やつぱりお若(わか)い方(かた)は夢(ゆめ)を御覧(ごらん)になつても現実(げんじつ)だと思(おも)つてゐらつしやるのですねえ。137ほんとに可愛(かあい)い正直(しやうぢき)な楓(かへで)さまだこと、138これ楓(かへで)さま、139何卒(どうぞ)皆(みな)さまと一緒(いつしよ)に来(き)て下(くだ)さいな』
140楓『それなら叔母(をば)さま、141往(ゆ)きませう。142初稚姫(はつわかひめ)の姉(ねえ)さまも御(ご)一緒(いつしよ)でせうねえ』
143高姫『お前(まへ)さまの好(す)きな初稚(はつわか)さまも一緒(いつしよ)だから、144何卒(どうぞ)一緒(いつしよ)にお膳(ぜん)を並(なら)べて、145仲(なか)ようこの婆(ばば)が心(こころ)を召(め)し上(あが)つて下(くだ)さい。146そして私(わたし)も一緒(いつしよ)に頂(いただ)きますから』
147初稚姫『皆(みな)さま、148お母(かあ)さまがあすこ迄(まで)親切(しんせつ)に仰有(おつしや)つて下(くだ)さるのだから、149サア参(まゐ)りませう』
150と勧(すす)める。151親子(おやこ)三(さん)人(にん)は初稚姫(はつわかひめ)の言葉(ことば)に確証(かくしよう)を与(あた)へられたる如(ごと)く、152安心(あんしん)して高姫(たかひめ)の居間(ゐま)に列(れつ)する事(こと)となつた。
153 高姫(たかひめ)は追従(つゐしよう)たらだら、154あらゆる媚(こび)を呈(てい)しながら、155心(こころ)の裡(うち)に、
156(高姫)『いよいよ願望(ぐわんまう)成就(じやうじゆ)の時(とき)が来(き)た、157この時(とき)を逸(いつ)しては、158またとよい機会(きくわい)はあるまい』
159と思(おも)ひながら他人(たにん)に膳部(ぜんぶ)を扱(あつか)はせず、160今日(けふ)は高姫(たかひめ)の赤心(まごころ)を現(あら)はすのだからと云(い)つて、161いそいそと唯(ただ)一人(ひとり)台所(だいどころ)を立(た)ち廻(まは)つて居(ゐ)るのが怪(あや)しい。
162 高姫(たかひめ)は漸(やうや)く膳部(ぜんぶ)を五人前(ごにんまへ)揃(そろ)へ、163酒(さけ)の燗(かん)迄(まで)ちやんとして虬(みづち)の血(ち)を塗(ぬ)つた盃(さかづき)を四(よ)人(にん)の膳(ぜん)に一(ひと)つづつ配(くば)り置(お)き、
164高姫『サア皆(みな)さま、165お待(ま)たせ致(いた)しました。166どうぞ何(なに)も厶(ござ)いませぬけれど、167どつさりお食(あが)り下(くだ)さいませや、168今日(けふ)は初稚(はつわか)、169お前(まへ)もお客(きやく)さまだよ』
170初稚姫『お母(かあ)さま、171本当(ほんたう)に済(す)みませぬねえ。172子(こ)が親(おや)にお給仕(きふじ)をして貰(もら)つたり、173御飯(ごはん)をたいて頂(いただ)いたりするとは、174ほんに世(よ)が転倒(さかさま)ですわ。175勿体(もつたい)なくて冥加(みやうが)に尽(つ)きるかも知(し)れませぬが、176お母(かあ)さまのお言葉(ことば)に従(したが)ひ、177今日(けふ)だけはお客(きやく)さまにならして頂(いただ)きます』
178高姫『アアさうさう、179さう打解(うちと)けて下(くだ)されば、180この母(はは)もどれだけ嬉(うれ)しいぢや分(わか)りませぬ』
181珍彦(うづひこ)『どうもお手間(てま)の入(い)りました御(ご)馳走(ちそう)をして下(くだ)さいまして、182実(じつ)に有難(ありがた)う厶(ござ)います』
183静子(しづこ)『大勢(おほぜい)がおよばれに参(まゐ)りまして、184真(まこと)に済(す)みませぬ』
185高姫『サア初稚姫(はつわかひめ)さま、186お前(まへ)さまから毒試(どくみ)をするのだよ』
187と燗徳利(かんどくり)を差出(さしだ)した。188初稚姫(はつわかひめ)は、
189初稚姫『皆(みな)さま、190お先(さき)に失礼(しつれい)致(いた)します』
191と会釈(ゑしやく)し、192盃(さかづき)を両手(りやうて)の掌(てのひら)にきちんとのせ、
193初稚姫『お母(かあ)さま、194虬(みづち)の血(ち)の色(いろ)のしたお盃(さかづき)は、195ほんに気分(きぶん)が宜(よろ)しう厶(ござ)いますね。196百虫(ひやくちう)を壺(つぼ)に封(ふう)じたやうなお酒(さけ)の味(あぢ)がするでせう』
197と云(い)ひながら高姫(たかひめ)の顔(かほ)を一寸(ちよつと)覗(のぞ)いた。198高姫(たかひめ)は初稚姫(はつわかひめ)の言葉(ことば)に驚(おどろ)いて燗徳利(かんどくり)をパタリと其(その)場(ば)に落(おと)した。199瀬戸物(せともの)の燗徳利(かんどくり)は忽(たちま)ち切腹(せつぷく)の刑(けい)を仰(おほ)せつけられ、200腹(はら)一杯(いつぱい)呑(の)んでゐた酒(さけ)を残(のこ)らず吐(は)き出(だ)して了(しま)つた。
201初稚姫『お母(かあ)さまとした事(こと)が、202えらい事(こと)をして見(み)せて下(くだ)さいますなア。203これは何(なん)の法式(はふしき)で厶(ござ)いますか』
204高姫『これはなア、205高姫(たかひめ)の腹(はら)には何(なに)もない、206この通(とほ)り清(きよ)い清(きよ)い混(まじ)りのないお酒(さけ)のやうなものだと云(い)ふ赤心(まごころ)を示(しめ)すための、207昔(むかし)から伝(つた)はつた一(ひと)つの法式(はふしき)ですよ』
208 初稚姫(はつわかひめ)は態(わざ)と空惚(そらとぼ)けて、209感心(かんしん)さうな顔(かほ)をしながら、
210初稚姫『何(なん)とお母(かあ)さまは故実(こじつ)に通達(つうたつ)したお方(かた)ですねえ。211何卒(どうぞ)、212このお盃(さかづき)に一杯(いつぱい)注(つ)いで下(くだ)さいませ』
213とわざとに突(つ)き出(だ)す。214高姫(たかひめ)はヤツと初稚姫(はつわかひめ)の何気(なにげ)なき言葉(ことば)に安心(あんしん)の胸(むね)を撫(な)で下(おろ)し、215笑顔(ゑがほ)を作(つく)つて、
216高姫『アアよしよし、217初(はつ)ちやまから注(つ)いで上(あ)げませう。218サア盃(さかづき)をお出(だ)しよ』
219 初稚姫(はつわかひめ)は嬉(うれ)しさうに盃(さかづき)に酒(さけ)を注(つ)いで貰(もら)ひ、220グウグウと飲(の)んで見(み)せた。221それから来客(らいきやく)一同(いちどう)に盃(さかづき)を廻(まは)し、222又(また)毒(どく)の禁厭(まじなひ)のしてある御(ご)馳走(ちそう)を遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)もなく、223心地(ここち)よく平(たひら)げてしまつた。224さうして珍彦(うづひこ)は妻子(つまこ)を引(ひ)き連(つ)れ、225厚(あつ)く礼(れい)を述(の)べて館(やかた)へ帰(かへ)つた。226初稚姫(はつわかひめ)も高姫(たかひめ)が「ゆつくり楓(かへで)さまと遊(あそ)んで来(こ)い」と云(い)ふので、227これ幸(さいはひ)と珍彦館(うづひこやかた)に至(いた)り、228素知(そし)らぬ顔(かほ)をしていろいろのお道(みち)の話(はなし)をして居(ゐ)た。
229 高姫(たかひめ)は、230四(よ)人(にん)の出(で)て往(い)つた後(あと)を篤(とつく)りと見送(みおく)り、231再(ふたた)び障子襖(しやうじふすま)をたて切(き)り独(ひと)り言(ごと)、
232高姫『ああ、233たうとう願望(ぐわんまう)成就(じやうじゆ)の曙光(しよくわう)を認(みと)めた。234やつぱり常世姫(とこよひめ)の御魂(みたま)は偉(えら)いものだなア、235ああしておけば自然(しぜん)弱(よわ)りに智慧(ちゑ)は鈍(にぶ)り体(からだ)は潰(つひ)え、236人望(じんばう)は落(お)ちるのは目(ま)のあたりだ。237ああ気味(きみ)のよい事(こと)だなア。238ああ今日(けふ)より此(この)常世姫(とこよひめ)は枕(まくら)を高(たか)うして寝(ね)る事(こと)が出来(でき)る。239ああ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。240神(かみ)様(さま)、241あなたの御(ご)神力(しんりき)によつて邪魔者(じやまもの)が亡(ほろ)びますれば、242此(この)高姫(たかひめ)は千騎(せんき)一騎(いつき)の活動(くわつどう)を致(いた)しまして、243天晴(あつぱれ)手柄(てがら)を致(いた)して御(お)目(め)にかけませう。244ああ何(なん)だか今日(けふ)位(くらゐ)心地(ここち)のよい日(ひ)は厶(ござ)いませぬわい』
245とほくほく喜(よろこ)び、246嫌(いや)らしき笑(ゑみ)を漏(も)らして居(ゐ)る。247腹中(ふくちう)より、
248高姫の腹中より『オイ高姫(たかひめ)の肉体(にくたい)、249どうだ。250此(この)方(はう)の智略(ちりやく)縦横(じうわう)のやり方(かた)には降参(かうさん)しただらうなア』
251高姫『シツ、252又(また)しても出(で)しやばるのか。253秘密(ひみつ)は何処(どこ)迄(まで)も秘密(ひみつ)ぢやないか。254肝腎(かんじん)の時(とき)になつて仕様(しやう)もない事(こと)を口走(くちばし)つて見(み)よ、255この肉体(にくたい)が承知(しようち)を致(いた)さぬから』
256高姫の腹中より『イヒヒヒヒヒ、257オイ黒(くろ)、258八(はち)、259テク、260蟇(がま)、261大蛇(をろち)、262猿(さる)の連中(れんちう)、263どうだ、264この金毛(きんまう)九尾(きうび)のやり方(かた)は実(じつ)に偉(えら)いものだらう。265水(みづ)も漏(も)らさぬ此(この)方(はう)の仕組(しぐみ)、266サアこれから瑞(みづ)の御霊(みたま)の教(をしへ)を片端(かたつぱし)から打(う)ち砕(くだ)き、267俺(おれ)達(たち)の世界(せかい)にするのだ。268何(なん)と心地(ここち)よき事(こと)ではあるまいかなア、269エヘヘヘヘヘ』
270 又(また)腹中(ふくちう)より種々(いろいろ)の声(こゑ)が出(で)て、
271高姫の腹中より『有難(ありがた)う存(ぞん)じます有難(ありがた)う存(ぞん)じます、272金毛(きんまう)九尾(きうび)様(さま)、273畏(おそ)れ入(い)つて厶(ござ)ります。274これから何事(なにごと)も九尾(きうび)様(さま)の御(ご)命令(めいれい)に従(したが)ひます。275此(この)蟇公(がまこう)も一切(いつさい)万事(ばんじ)今後(こんご)は御(お)指揮(さしづ)に従(したが)ひまアす』
276と一句(いつく)々々(いつく)声(こゑ)のいろが変(かは)つて聞(きこ)えて来(く)る。
277高姫『こりや、278腹(はら)の中(なか)の我羅苦多(がらくた)共(ども)、279何(なに)をつべこべと大事(だいじ)の事(こと)を吐(ほざ)くのか。280沈黙(ちんもく)致(いた)さぬか』
281高姫の腹中より『アハハハハハ、282どうもはや常世姫(とこよひめ)の肉体(にくたい)には、283此(この)方(はう)も畏(おそ)れ入(い)つたぞや。284ほんに確(しつか)りした肉体(にくたい)ぢや。285この肉体(にくたい)さへあれば五六七(みろく)神政(しんせい)を妨害(ばうがい)し、286忽(たちま)ち悪魔(あくま)の世(よ)と立替(たてか)へるのは火(ひ)を睹(み)るよりも明(あきら)かな事実(じじつ)だ。287思(おも)へば思(おも)へば心地(ここち)よやなア、288エヘヘヘヘヘ』
289高姫『こりや、290皆(みな)の守護神(しゆごじん)共(ども)、291静(しづか)にせいと申(まを)せばなぜ静(しづか)に致(いた)さぬのか。292困(こま)つた奴(やつ)だなア。293さうして其(その)方(はう)は今(いま)の五六七(みろく)の世(よ)を妨害(ばうがい)して闇(やみ)の世界(せかい)にすると申(まを)したな、294何(なん)と云(い)ふ不心得(ふこころえ)の事(こと)を申(まを)す……サアもう常世姫(とこよひめ)の肉体(にくたい)は貴様(きさま)等(たち)には借(か)さぬから、295エー出(で)て呉(く)れ、296シツシツシツ』
297高姫の腹中より『イヒヒヒヒヒ、298何(なん)と云(い)つても此(この)肉宮(にくみや)を帰(い)ぬ事(こと)は嫌(いや)だよ』
299高姫『それなら早(はや)く改心(かいしん)を致(いた)して、300五六七(みろく)神政(しんせい)の御(ご)神業(しんげふ)に参加(さんか)致(いた)すと申(まを)すか。301サア早(はや)く返答(へんたふ)を聞(き)かせ』
302 腹(はら)の中(なか)より、303七八種(ななやいろ)の声(こゑ)、304一(いち)時(じ)に起(おこ)り、
305高姫の腹中より『アハハハ、306イヒヒヒ、307ウフフフ、308エヘヘヘ、309オホホホ、310カカカカ、311キキキキ、312クククク、313ケケケケ、314ココココ、315パパパパ、316チチチチ、317キヒヒヒヒヒ』
318 戸(と)の外(そと)にはウウーウーウーワウワウワウと、319怖(おそ)ろしきスマートの吠(ほ)える声(こゑ)、320高姫(たかひめ)は頭(かしら)をかかへて慄(ふる)ひ上(あが)る。321腹(はら)の中(なか)の沢山(たくさん)の声(こゑ)は水(みづ)を打(う)つた様(やう)に一(いち)時(じ)にピタリと止(と)まつてしまつた。322スマートは益々(ますます)戸外(こぐわい)にウウウーと唸(うな)り立(た)てて居(ゐ)る。
323(大正一二・一・二一 旧一一・一二・五 加藤明子録)
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