霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一二章 敵愾心(てきがいしん)〔一三〇六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第50巻 真善美愛 丑の巻 篇:第3篇 神意と人情 よみ(新仮名遣い):しんいとにんじょう
章:第12章 敵愾心 よみ(新仮名遣い):てきがいしん 通し章番号:1306
口述日:1923(大正12)年01月21日(旧12月5日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月7日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
楓の叫び声を聞いて、酔った五人はその場へやってきた。楓の頼みでイルが高姫を引き離そうとしたが、高姫に突かれて倒されてしまった。残りの者は高姫めがけて武者ぶりつこうとしたが、酔っていたので皆高姫に放り出されてしまった。
高姫は一人、座敷の真中で大声で見栄を切っていい気になっている。そのすきに楓が後ろから高姫の両足をすくったので、高姫は転回して五人の上にひっくり返ってしまった。高姫は膝頭とむこうずねをしたたか縁板に打ち付けて呻いている。楓はそのすきに両親にこのことを知らせようと裏口から神殿に駆けて行った。
五人は高姫が上に倒れかかってきたので、それぞれ悪態をついた。高姫は怒って五人に打ってかかろうとしたが、そこにスマートが現れて、高姫が怪我をしないように、しかし怪力にまかせて後ろ向きに森の方へ引きずっていってしまった。
高姫は五人に助けを求めたが、一同はただ高姫を見送るだけであった。そこへ楓が戻ってきて、高姫の行方を尋ねた。イルは、スマートが森に高姫を引きずって行ったので、大方喰われてしまったのだろうと答えた。
楓は呑気なことを言っていないで高姫を助けるように五人に指示した。そこへ初稚姫が、珍彦と静子を連れて現れた。珍彦と静子は、楓が高姫に食って掛かったことを注意するが、楓は、高姫が両親を毒殺しようとした、と抗弁する。
イルたち五人はそれを聞いて憤慨するが、初稚姫がとんちを利かせて、楓が夢を見たことにして五人をなだめた。初稚姫は、五人に高姫の救出に行かせた。
楓は、自分の言うことは夢でも嘘でもないと駄々をこねるが、初稚姫は何事も神様にお任せするようにと楓をなだめた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-07-19 16:06:32 文字数:5056 OBC :rm5012
愛善世界社版:162頁 八幡書店版:第9輯 209頁 修補版: 校定版:168頁 普及版:83頁 初版: ページ備考:
001 楓(かへで)の叫(さけ)び声(ごゑ)に取(と)る物(もの)も取(と)り敢(あ)へず、002ヅブ六(ろく)連中(れんちう)は此(この)場(ば)へバラバラツとやつて来(き)た。003高姫(たかひめ)は五(ご)人(にん)の酔(よひ)どれをグツと睨(にら)み、004声(こゑ)を荒(あら)らげて、
005高姫『コリヤ、006老耄(もうろく)奴(め)、007騒(さわ)がしい、008ドヤドヤと、009何(なに)しにうせたのだ。010不都合(ふつがふ)な事(こと)を申(まを)すによつて、011義理(ぎり)天上(てんじやう)日出(ひのでの)神(かみ)が折檻(せつかん)を致(いた)してをるのだ。012いらざるチヨツカイを出(だ)し、013構(かま)ひ立(だ)てを致(いた)すと了簡(れうけん)ならぬぞや』
014楓『コレ、015イルさま、016イクさま、017早(はや)う天上(てんじやう)さまを放(はな)して下(くだ)さいなア』
018イル『ハイ宜(よろ)しい、019お前(まへ)さまを助(たす)けに来(き)たのだ』
020と座敷(ざしき)へかけ上(あが)る。021高姫(たかひめ)は、
022高姫『イーイ、023小癪(こしやく)な老耄(もうろく)奴(め)』
024と胸倉(むなぐら)をドンと突(つ)いた。025イルはヨロヨロとヨロめき、026縁側(えんがは)から前(まへ)へ仰向(あふむ)けにひつくり返(かへ)つた。027此(この)態(てい)を見(み)て、028イク、029サール、030ハル、031テルの四(よ)人(にん)はヒヨロヒヨロしながらも、032気(き)ばかりは勝(か)つてゐるので、033高姫(たかひめ)目(め)がけて武者(むしや)振(ぶ)りつかうとする。034高姫(たかひめ)は楓(かへで)を放(はな)しおき、035両手(りやうて)を拡(ひろ)げて、036出(で)て来(く)る奴(やつ)を力(ちから)に任(まか)せ、037ウンとつく。038何(いづ)れもヘベレケに酔(よ)うてゐるのだからたまらない、039高姫(たかひめ)が非力(ひりき)にも敵(てき)し難(がた)く、040将棋倒(しやうぎだふ)しに放(ほ)り出(だ)されて了(しま)つた。041そして五(ご)人(にん)は目(め)がマクマクとしたと見(み)え、042泡(あわ)をふいて苦(くる)しんでゐる。043高姫(たかひめ)は座敷(ざしき)の中央(まんなか)に大(だい)の字形(じがた)に立(た)ちはだかり、044大音声(だいおんじやう)、
045高姫『日出(ひのでの)神(かみ)、046義理(ぎり)天上(てんじやう)の生宮(いきみや)の神力(しんりき)は、047マヅ此(この)通(とほ)りだ。048仮令(たとへ)百(ひやく)人(にん)千(せん)人(にん)一万匹(いちまんびき)たりとも、049来(きた)らば来(きた)れ、050御(ご)神徳(しんとく)の今(いま)や現(あら)はれ時(どき)』
051と図(づ)にのつてホラを吹立(ふきた)てる。052そして楓(かへで)が後(うしろ)にゐることは、053前(まへ)に気(き)を取(と)られて、054スツカリ忘(わす)れてゐた。055楓(かへで)はソツと後(うしろ)から高姫(たかひめ)の両足(りやうあし)を掬(すく)つた。056アツと叫(さけ)んで、057スツテンドウとひつくり返(かへ)り、058勢(いきほひ)余(あま)つて再(ふたた)び転回(てんくわい)し、059五(ご)人(にん)の上(うへ)にドスンと倒(たふ)れた。060其(その)間(あひだ)に楓(かへで)は急(きふ)を両親(りやうしん)に報(ほう)ずべく、061真跣足(まつぱだし)となつて裏口(うらぐち)から神殿(しんでん)へとかけて行(ゆ)く。062高姫(たかひめ)は膝頭(ひざがしら)と向脛(むかふずね)を縁板(えんいた)に打(う)ちつけ、063顔(かほ)をしかめて、064声(こゑ)さへえ上(あ)げず「ウーンウーン」と深(ふか)き息(いき)をついてうめいてゐる。065五(ご)人(にん)の酔(よひ)どれは漸(やうや)くにして起上(おきあが)り、066高姫(たかひめ)のそこに倒(たふ)れたのを見(み)て、
067イル『コココリヤ、068高姫(たかひめ)、069俺(おれ)をどなたぢやと心得(こころえ)てる、070イルさまだぞ。071貴様(きさま)は神罰(しんばつ)が当(あた)つて、072梟鳥(ふくろどり)の奴(やつ)に目(め)をコツかれ、073木(き)からバツサリと落(お)ちて、074難儀(なんぎ)をさらしてゐたぢやないか。075其(その)時(とき)に此(この)イルさまが介抱(かいほう)してやつたことを覚(おぼ)えてゐるか。076余(あんま)り悪(あく)がすぎると、077此(この)通(とほ)りだ。078エエー、079オオ俺(おれ)の意中(いちう)の愛人(あいじん)たる楓(かへで)さまを、080何科(なにとが)があつて、081ぶんなぐりやがつたのだ。082ササ貴様(きさま)、083そこに倒(たふ)れてゐやがるのを幸(さいは)ひ、084愛人(あいじん)の敵(かたき)をうつてやるのだ。085エエー、086コレ楓(かへで)さま、087今(いま)お前(まへ)の敵(かたき)をうつから見(み)とりなさいや』
088イク『おい、089イル、090楓(かへで)さまは逃(に)げて行(い)つたぢやないか』
091イル『ウーン、092肝腎(かんじん)の御(ご)本人(ほんにん)がゐないと、093何(なん)だか変哲(へんてつ)がないワイ。094お馬(うま)の前(さき)の功名(こうみやう)でないと、095縁(えん)の下(した)の力持(ちからもち)ではつまらぬからのう』
096サール『此(この)婆(ばば)は、097又(また)しても又(また)しても、098乱暴(らんばう)な事(こと)ばかりしやがる奴(やつ)だなア。099木(き)からブチヤだれやがつて、100大変(たいへん)に苦(くる)しみ、101俺(おれ)たちに厄介(やくかい)をかけておきながら、102チツと病気(びやうき)が癒(なほ)つたと思(おも)へば、103又(また)もや発動(はつどう)しやがつて、104あんな可愛(かあい)い娘(むすめ)を打擲(ちやうちやく)するとは怪(け)しからぬ奴(やつ)だ。105大(おほ)いに楓(かへで)さまの肩(かた)をもつて、106此(この)婆(ばば)をイヤといふ程(ほど)擲(なぐ)りつけてやりたいものだな。107コリヤ、108高姫(たかひめ)、109貴様(きさま)、110それ程(ほど)、111キリキリ上(あが)つたり、112おりたり、113魔法(まはふ)を使(つか)ひよると、114俺(おれ)だとて一寸(ちよつと)つかまへにくいわ。115チツと静(しづか)にせぬかい。116こりや、117おい、118イク、119ハル、120イル、121テルの奴(やつ)まで、122上(うへ)になつたり下(した)になつたり、123まいまいこんこしてゐよる、124オヤ家(いへ)までまはり出(だ)したぞ。125コリヤ大地震(おほぢしん)だ。126小(ちひ)さい喧嘩(けんくわ)をやめて、127皆(みな)非常組(ひじやうぐみ)と出(で)かけななるまい、128コリヤ皆(みな)の奴(やつ)、129そんな所(ところ)にキリキリ舞(まひ)しとる時(とき)ぢやないぞよ』
130 高姫(たかひめ)は打創(うちきず)の大痛(おほいたみ)も余程(よほど)軽減(けいげん)したので、131ムクムクと起上(おきあが)り、
132高姫『コリヤ、133五(ご)人(にん)の老耄(もうろく)、134貴様(きさま)は此(この)高姫(たかひめ)の義理(ぎり)天上(てんじやう)様(さま)を何(なん)と心得(こころえ)とる。135許(ゆる)しもなしに酒(さけ)に喰(くら)ひ酔(よ)うて、136其(その)上(うへ)に生宮(いきみや)様(さま)に刃向(はむ)かふとは何(なん)の事(こと)だ、137不心得(ふこころえ)にも程(ほど)があるぞや』
138テル『ナナナ何(なに)を吐(ぬか)しよるのだい、139悪(あく)の張本人(ちやうほんにん)奴(め)が。140爺(おやぢ)の行方(ゆくへ)が知(し)れぬので、141発狂(はつきやう)しよつたのだな。142オイ、143コラ、144皆(みな)の奴(やつ)、145こんな気違(きちがひ)に相手(あひて)になるな』
146高姫『コーリヤ、147モウ了簡(れうけん)せぬぞ、148みせしめの為(ため)だ。149日出(ひのでの)神(かみ)の鉄拳(てつけん)をくらへ』
150と握(にぎ)り拳(こぶし)を固(かた)めて、151小口(こぐち)から打(う)つて行(ゆ)かうとする。152此(この)時(とき)後(うしろ)の方(はう)から、
153(スマート)『ウーツ ウーツ』
154と唸(うな)つてやつて来(き)たのは例(れい)のスマートであつた。155そしてスマートは高姫(たかひめ)の怪我(けが)せないやうに裾(すそ)を食(く)はへて怪力(くわいりき)に任(まか)せ、156ドンドンドンと後向(うしろむ)けに引(ひ)きずつて行(ゆ)く。157高姫(たかひめ)は腰(こし)から下(した)を丸出(まるだ)しにして、
158高姫『オーイ、159イル、160イク、161サール、162助(たす)けに来(こ)ぬか、163オーイオーイ』
164と云(い)ひながら、165ドンドンドンと森(もり)の中(なか)へと引(ひ)かれて行(ゆ)く。166五(ご)人(にん)は此(この)恐(おそ)ろしきスマートの働(はたら)きに肝(きも)を潰(つぶ)し、167酒(さけ)の酔(よ)ひもさめ、168ポカンと口(くち)を開(あ)けて、169高姫(たかひめ)の叫(さけ)びながら引張(ひつぱ)られて行(ゆ)く森(もり)の方(はう)を背伸(せの)びをしながら、170心地(ここち)よげに見送(みおく)つて居(ゐ)た。
171 楓(かへで)は慌(あわただ)しく走(はし)り帰(かへ)り、
172楓『ア、173皆(みな)さま、174よう助(たす)けて下(くだ)さいました。175お蔭(かげ)で高姫(たかひめ)の毒牙(どくが)を逃(のが)れました。176一番(いちばん)がけに駆(か)けつけて下(くだ)さいましたのは何方(どなた)で厶(ござ)いましたいなア』
177イル『ヘーエ、178拙者(せつしや)で厶(ござ)います。179吾々(われわれ)五(ご)人(にん)は受付(うけつけ)に於(おい)て酒(さけ)の酔(よひ)をさます折(をり)しも、180(芝居(しばゐ)口調(くてう))忽(たちま)ち聞(きこ)ゆる怪(あや)しの声(こゑ)、181しかも妙齢(めうれい)の美人(びじん)の叫(さけ)び声(ごゑ)……と聞(き)くより、182気(き)も狂乱(きやうらん)、183救(すく)ひ……出(だ)さねばなるまいと、184後(うしろ)鉢巻(はちまき)リンとしめ、185襷十字(たすきじふじ)にあや取(ど)り、186袴(はかま)の股立(ももだち)ヂンと上(あ)げ、187此方(こなた)を指(さ)して、188一目散(いちもくさん)に、189タツタツタツと一散走(いつさんばし)り、190来(き)て見(み)れば虎狼(こらう)にも等(ひと)しき、191馬鹿(ばか)の天上(てんじやう)日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)、192おのれ、193最愛(さいあい)の楓姫(かへでひめ)様(さま)を打擲(ちやうちやく)いたすとは不埒(ふらち)千万(せんばん)、194切(き)つてすてむとかけよる折(をり)しも、195敵(てき)の力(ちから)やまさりけむ、196グツと胸(むね)をつかれ、197ヨーロヨロヨロヨロと三間(さんげん)ばかり、198たあちまち、199縁側(えんがは)より仰向(あふむけ)にスツテンドウと顛落(てんらく)し、200頭蓋骨(づがいこつ)をシタタカ砕(くだ)き、201腰(こし)の骨(ほね)を幾(いく)らか痛(いた)めたれど、202何(なに)を云(い)つても最愛(さいあい)の楓姫(かへでひめ)の身代(みがは)りと思(おも)へば、203死(し)しても冥(めい)すべし……と覚悟(かくご)をきはめました。204実(げ)に勇(いさ)ましき勇士(ゆうし)でげせうがなア』
205楓『ホホホあのマア御(お)元気(げんき)なこと、206男(をとこ)さまはお酒(さけ)に酔(よ)ふと、207それだから厭(いや)なのよ』
208サール『アハハハハ、209コリヤ、210イル、211どこに捻鉢巻(ねぢはちまき)をしてるのだい。212襷(たすき)十文字(じふもんじ)も、213袴(はかま)の股立(ももだち)も、214どこにあるのだ。215あまり馬鹿(ばか)にするない。216そんな事(こと)を云(い)ふから、217楓(かへで)さまに笑(わら)はれるのだ』
218イル『ナアニ、219一寸(ちよつと)芝居(しばゐ)をして見(み)たのだよ。220アツハハハハ』
221楓『時(とき)に皆(みな)さま、222高姫(たかひめ)さまは何処(どこ)へ行(ゆ)かれましたの』
223イル『ナアニ心配(しんぱい)なさいますな。224今頃(いまごろ)にや猛犬(まうけん)に喰(く)はれて居(ゐ)るに違(ちが)ひありませぬワ。225あの犬(いぬ)だつて、226あんな大(おほ)きな体(からだ)をスツカリ食(く)うて了(しま)ふ筈(はず)もありますまいから、227腕(うで)の一本(いつぽん)でも残(のこ)つて居(を)れば、228其奴(そいつ)を葬(はうむ)つてやればいいのだ。229マア貴女(あなた)の強敵(きやうてき)が亡(ほろ)びまして結構(けつこう)ですよ、230御(ご)安心(あんしん)なさいませ。231かくの如(ごと)き万夫(ばんぷ)不当(ふたう)の大丈夫(ますらを)が此(この)館(やかた)に立籠(たてこも)る以上(いじやう)は、232如何(いか)なる敵(てき)が押(お)しよせ来(きた)るとも、233何条(なんでう)ひるむべき、234忽(たちま)ち木端(こつぱ)微塵(みぢん)と踏(ふ)み砕(くだ)き、235蹴倒(けたふ)し薙(な)ぎ倒(たふ)し、236天晴(あつぱれ)功名(こうみやう)手柄(てがら)を現(あら)はし、237勝鬨(かちどき)あぐるは瞬(またた)く間(うち)、238姫君(ひめぎみ)様(さま)、239必(かなら)ず必(かなら)ず御(ご)煩慮(はんりよ)なされますなや』
240と芝居(しばゐ)がかりになつてゐる。
241楓『そんな気楽(きらく)な事(こと)云(い)つて居(を)らず、242早(はや)く高姫(たかひめ)さまを助(たす)けて上(あ)げて下(くだ)さいな』
243イル『ハイ、244私(わたし)にお頼(たの)みですか。245但(ただし)はイクにですか。246又(また)はサール、247ハル、248テル、249何(いづ)れに御(ご)指定(してい)下(くだ)さいますかなア』
250楓『エーエ、251お酒(さけ)に酔(よ)うて、252困(こま)つた人(ひと)だなア。253皆(みな)さま、254早(はや)う行(い)つて助(たす)けて下(くだ)さいな。255マゴマゴしてゐちや、256高姫(たかひめ)さまの命(いのち)がなくなりますよ』
257イル『ヘヘヘ、258何(なに)仰有(おつしや)います。259あんな奴(やつ)ア、260犬(いぬ)に食(く)はれた方(はう)が、261余程(よつぽど)都合(つがふ)が宜(よろ)しいよ。262のう皆(みな)の連中(れんちう)』
263サール『それでも女王(ぢよわう)様(さま)の御(ご)命令(めいれい)だから、264ともかく、265見(み)るだけでもいいから往(い)つて来(こ)うぢやないか』
266と下(くだ)らぬクダを巻(ま)いてゐる。267そこへ初稚姫(はつわかひめ)は珍彦(うづひこ)夫婦(ふうふ)を伴(ともな)ひ、268現(あら)はれ来(きた)り、
269初稚姫『あ、270貴女(あなた)は楓(かへで)さま、271お怪我(けが)は厶(ござ)いませなんだか、272危(あぶ)ない事(こと)だつたさうですね』
273楓『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。274チツとばかり頭(あたま)が痛(いた)みますけれど、275大(たい)した事(こと)も厶(ござ)いますまい』
276珍彦(うづひこ)『余(あま)り楓(かへで)は口(くち)がいいものですから、277義理(ぎり)天上(てんじやう)さまのお怒(いか)りに触(ふ)れたのでせうよ』
278楓『それだつてお父(とう)さま、279毒殺(どくさつ)を企(たく)んでおいて、280あべこべに私(わたし)をとつちめるのですもの、281私(わたし)だつて、282余(あんま)りで言(い)はぬと居(を)る訳(わけ)には行(ゆ)きませぬワ』
283静子(しづこ)『あの通(とほ)りのお転婆(てんば)で厶(ござ)いますから、284本当(ほんたう)に親(おや)が困(こま)ります。285初稚姫(はつわかひめ)様(さま)、286親(おや)の教育(けういく)が悪(わる)いものですから、287こんな時(とき)にアラが見(み)えまして、288お恥(はづか)しう厶(ござ)います』
289イル『ナーニ、290高姫婆(たかひめばば)奴(め)、291毒害(どくがい)をしようと企(たく)みよつたのか、292其奴(そいつ)ア聞(き)き捨(ず)てならぬ。293オイ家来(けらい)共(ども)、294悪人(あくにん)の征伐(せいばつ)だ、295サア来(こ)いツ。296腕(うで)をねぢ切(き)り股(また)を引(ひ)きさき、297首(くび)をチヨン切(ぎ)つてこらしめてやらう。298いざ来(こ)い、299来(きた)れ』
300と尻(しり)ひつからげ早(はや)くも駆(か)け出(だ)さうとする。301四(よ)人(にん)も、
302(イク、サール、ハル、テル)『ヨーシ、303合点(がつてん)だ、304突貫(とつくわん)々々(とつくわん)』
305と云(い)ひながら、306尻(しり)ひつからげ、307かけ出(だ)さうとするのを初稚姫(はつわかひめ)は声(こゑ)を励(はげ)まし、
308初稚姫『皆(みな)さま、309お待(ま)ちなさい』
310と制止(せいし)した。
311イル『それぢやと申(まを)して、312斯(かく)の如(ごと)き悪人(あくにん)を、313どうノメノメと見(み)のがす事(こと)が出来(でき)ませう。314どうぞ私(わたし)に天上(てんじやう)の命(いのち)をとらして下(くだ)さい。315日頃(ひごろ)鍛(きた)へた武術(ぶじゆつ)の手前(てまへ)、316二尺(にしやく)八寸(はつすん)伊達(だて)にはささぬ』
317と又(また)もや駆(か)け出(だ)さうとする。318初稚姫(はつわかひめ)は両手(りやうて)を拡(ひろ)げて五(ご)人(にん)の前(まへ)に立塞(たちふさ)がり、
319初稚姫『待(ま)つた待(ま)つた、320お待(ま)ちなさいませ。321楓(かへで)さまが夢(ゆめ)を御覧(ごらん)になつたのですよ。322サツパリ嘘(うそ)ですからな、323メツタな事(こと)をしては可(い)けませぬ』
324と初稚姫(はつわかひめ)の早速(さつそく)の頓智(とんち)に五(ご)人(にん)は張切(はりき)つた勢(いきほひ)も抜(ぬ)け、325互(たがひ)に顔(かほ)を見合(みあは)せ、
326(五人)『ナーンダ、327馬鹿(ばか)らしい、328夢(ゆめ)だつたか』
329と手持(てもち)無沙汰(ぶさた)に、330又(また)もやしやがんで了(しま)つた。
331楓『それだつて、332私(わたし)、333チツトも嘘(うそ)は云(い)はないワ』
334初稚姫『楓(かへで)さま、335夢(ゆめ)の浮世(うきよ)といふ事(こと)がありますよ。336お前(まへ)さまは夢(ゆめ)をみてゐたのですよ。337夢(ゆめ)と思(おも)ひさへすりやすむ事(こと)ですからね』
338楓『だつて頭(あたま)が痛(いた)みますもの、339夢(ゆめ)になぐられても矢張(やつぱり)こんなに痛(いた)いでせうかな』
340と頭(あたま)を抱(かか)へて、341恨(うら)めしさうにしやがんで了(しま)つた。
342珍彦(うづひこ)『初稚姫(はつわかひめ)様(さま)、343仕方(しかた)のない娘(むすめ)でせうがな。344時々(ときどき)大(だい)それた、345あんな嘘(うそ)を申(まを)しましてな、346両親(りやうしん)も困(こま)りますの』
347楓『お父(とう)さま、348わたえ、349嘘(うそ)は嫌(きら)ひといふのに……そんな事(こと)云(い)つて貰(もら)つちや、350私(わたし)の立瀬(たつせ)がないワ。351アンアンアンアン』
352静子(しづこ)『何(なん)でもいいぢやないか。353おとなしくしてゐなさい』
354楓『それでも痛(いた)くてたまらないワ』
355初稚(はつわか)『サ、356イルさま、357イクさま、358外(ほか)三(さん)人(にん)さま、359早(はや)く高姫(たかひめ)さまを救(すく)ひ出(だ)しに行(い)つて下(くだ)さいな』
360イル『ハイ、361承知(しようち)致(いた)しました。362サ、363四(よ)人(にん)の者(もの)共(ども)、364天下(てんか)無双(むさう)の勇士(ゆうし)、365イルに続(つづ)けツ、366前(まへ)へ進(すす)めツ、367一(いち)二(に)三(さん)ツ』
368と軍隊(ぐんたい)式(しき)にチヨクチヨクと地上(ちじやう)を刻(きざ)みながら、369高姫(たかひめ)の引(ひ)きずられて行(い)つた木(き)の茂(しげ)みを探(たづ)ねて走(はし)り行(ゆ)く。370後見送(あとみおく)つて初稚姫(はつわかひめ)は両手(りやうて)を合(あは)せ、371神界(しんかい)に高姫(たかひめ)の無事(ぶじ)ならむ事(こと)を祈(いの)つた。
372楓(かへで)『姫(ひめ)様(さま)、373本当(ほんたう)に義理(ぎり)天上(てんじやう)といふあの婆(ば)アさまは、374無茶(むちや)な人(ひと)ですよ。375思(おも)ひ出(だ)すと、376余(あんま)りの業託(ごふたく)をいふので、377腹(はら)が立(た)つてたまりませぬワ。378貴女(あなた)様(さま)がお助(たす)け下(くだ)さらなかつたならば、379モウ今頃(いまごろ)はお父(とう)さまもお母(かあ)さまも亡(な)くなつてゐるのですもの。380私(わたし)は子(こ)として、381何(ど)うしてこれが黙(だま)つてゐられませうかねえ。382チツと戒(いまし)めておいてやらなければ、383何時(なんどき)、384お父(とう)さまやお母(かあ)さまを毒害(どくがい)するか分(わか)つたものぢやありませぬ。385私(わたし)、386ここ一(いつ)週間(しうかん)程(ほど)といふものは、387夜分(やぶん)もロクに寝(ね)た事(こと)はありませぬのよ。388両親(りやうしん)の身(み)の上(うへ)が気(き)にかかつて仕方(しかた)がないのですもの』
389初稚姫『ああそれは御尤(ごもつと)もで厶(ござ)います。390併(しか)しながら何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)に御(お)任(まか)せなさいませ。391三五教(あななひけう)の宣伝歌(せんでんか)にも厶(ござ)いませうがな……神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて、392善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)ける……とお示(しめ)しになつてゐますから、393キツと悪人(あくにん)は神(かみ)様(さま)が仇(かたき)を討(う)つて下(くだ)さいますよ。394人間(にんげん)は何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)にお任(まか)せする方(はう)が安全(あんぜん)ですからね』
395楓『ハイ、396有難(ありがた)う厶(ござ)います』
397珍彦(うづひこ)『姫(ひめ)様(さま)、398よう言(い)うて聞(き)かして下(くだ)さいました。399吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)もこれでヤツと安心(あんしん)致(いた)しました。400実(じつ)の所(ところ)、401吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)も此(この)間(あひだ)から一目(ひとめ)も能(よ)う寝(ね)なかつたのです。402何時(なんどき)此(この)楓(かへで)が懐剣(くわいけん)を持(も)つて、403親(おや)の敵(かたき)だと云(い)つて、404高姫(たかひめ)様(さま)に切(き)りかけるやら分(わか)らない形勢(けいせい)で厶(ござ)いましたので、405茲(ここ)七八日(ななやうか)といふものは、406夫婦(ふうふ)の者(もの)が夜分(やぶん)になれば一睡(いつすゐ)もせなかつたのです。407どうぞ不調法(ぶてうはふ)がないやうと大神(おほかみ)様(さま)に祈(いの)つてゐました。408先(ま)づ先(ま)づそのお蔭(かげ)で無事(ぶじ)に今日(けふ)迄(まで)暮(く)れました。409誠(まこと)に有難(ありがた)う厶(ござ)います。410高姫(たかひめ)様(さま)の御(ご)大病中(たいびやうちう)にも夫婦(ふうふ)の者(もの)がお尋(たづ)ねせなくちやなりませぬのだが、411娘(むすめ)が聞(き)きませぬので、412心(こころ)ならずも、413いかい失礼(しつれい)を致(いた)しました。414又(また)娘(むすめ)は娘(むすめ)として、415高姫(たかひめ)さまにお見舞(みまひ)にやつてくれと申(まを)しましたが、416どうも懐剣(くわいけん)を放(はな)さないので、417剣呑(けんのん)でたまりませず、418娘(むすめ)も見舞(みまひ)にやらず、419吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)もお見舞(みまひ)にゆかず、420高姫(たかひめ)様(さま)がお不足(ふそく)仰有(おつしや)るのも無理(むり)も厶(ござ)いませぬ。421何(なん)と云(い)つても親(おや)の敵(かたき)を討(う)つと云(い)つて、422あのイヤらしい山口(やまぐち)の森(もり)へ丑(うし)の時(とき)参(まゐ)りをするといふ娘(むすめ)で厶(ござ)いますからな。423本当(ほんたう)に敵愾心(てきがいしん)の強(つよ)い、424女子(をなご)だてら仕方(しかた)のない難物(なんぶつ)で厶(ござ)います。425どうぞ貴女(あなた)様(さま)のお力(ちから)で、426トツクリと言(い)ひ聞(き)かしてやつて下(くだ)さいませ』
427初稚姫『楓(かへで)さま、428お腹(はら)が立(た)ちませうが、429どうぞ私(わたし)の居間(ゐま)迄(まで)御(お)遊(あそ)びに来(き)て下(くだ)さいませ。430又(また)面白(おもしろ)い歌(うた)でも歌(うた)つて遊(あそ)びませう。431サ、432お出(い)でなさいませ』
433と優(やさ)しく楓(かへで)の手(て)を曳(ひ)いて、434十七(じふしち)才(さい)の女(をんな)同士(どうし)が初稚姫(はつわかひめ)の居間(ゐま)を指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く。
435(大正一二・一・二一 旧一一・一二・五 松村真澄録)
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