霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二一章 犬嘩(けんくわ)〔一三一五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第50巻 真善美愛 丑の巻 篇:第4篇 神犬の言霊 よみ(新仮名遣い):しんけんのことたま
章:第21章 犬嘩 よみ(新仮名遣い):けんか 通し章番号:1315
口述日:1923(大正12)年01月23日(旧12月7日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月7日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
イクとサールの二人は高姫が逃げるのを追って、河鹿峠の急坂を下って行く。二人は妖怪の正体が割れた妖幻坊と高姫を捕えて懲らしめようと追いかけていたのであった。
サールは先に入っていたイクが怪我をして倒れているところに追いついた。イクは石につまずいて血を流して倒れていた。二人はこれ以上追うことができず、神に祈り始めた。
すると間近の茂みから妖幻坊の杢助と高姫が現れた。妖幻坊はイクとサールを殺すと脅しをかけ、高姫はそれがいやなら自分の手下になれと呼び掛けた。
イクとサールは高姫の提案を拒絶した。高姫は樫の棒を振りかざし、杢助は巨岩を持ち上げ、投げつけて二人を害そうとした。イクとサールは進退窮まり、眼をつぶって一生懸命に大神を念じていた。
たちまち、足許からスマートの唸り声が聞こえてきた。妖幻坊と高姫は強直してしまい、そのまま駆け出した。妖幻坊はパタリと転び、後に高姫がつまずいて樫の棒で妖幻坊の後頭部を打った。
妖幻坊は怪しい声で鳴き声を上げた。あたりに暗の幕が下りてきた。後にはただ、谷川の水の音のみが聞こえるのみであった。イクの傷は、スマートの声と共に一時に全快した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-07-28 01:01:47 文字数:3955 OBC :rm5021
愛善世界社版:289頁 八幡書店版:第9輯 256頁 修補版: 校定版:295頁 普及版:144頁 初版: ページ備考:
001 イク、002サールの両人(りやうにん)は、003高姫(たかひめ)の逃(に)ぐるを追(お)うて、004河鹿(かじか)峠(たうげ)の急坂(きふはん)を下(くだ)りながら歌(うた)ひゆく。
005イク『大雲山(たいうんざん)に蟠(わだか)まる
006八岐(やまた)大蛇(をろち)のドツコイシヨ
007其(その)眷属(けんぞく)と現(あら)はれし
008妖幻坊(えうげんばう)の曲津(まがつ)神(かみ)
009ウントコドツコイきつい坂(さか)
010オイオイ サール気(き)をつけよ
011義理(ぎり)天上(てんじやう)の肉宮(にくみや)と
012佯(いつは)る高姫婆(たかひめばば)の奴(やつ)
013彼方(あちら)此方(こちら)の木(き)の株(かぶ)に
014蔓(つる)を引(ひ)つかけ吾々(われわれ)を
015すつてんころりとドツコイシヨ
016ひつくりかへそと企(たく)らみて
017ウントコドツコイ往(ゆ)きやがつた
018アイタタタツタ、アイタタタ
019矢張(やつぱり)此奴(こいつ)は石(いし)だつた
020何程(なにほど)高姫司(たかひめつかさ)でも
021そんな事(こと)する間(ま)がなかろ
022さうぢやと云(い)つてドツコイシヨ
023サールの司(つかさ)油断(ゆだん)すな
024敵(てき)は名(な)に負(お)ふ妖幻坊(えうげんばう)
025金毛(きんまう)九尾(きうび)の肉(にく)の宮(みや)
026一(ひと)すぢ縄(なは)ではゆかぬ奴(やつ)
027又(また)もや此処(ここ)を飛(と)び出(だ)して
028どつかの聖場(せいぢやう)に巣(す)を構(かま)へ
029鉄面皮(てつめんぴ)にも しやあ しやあと
030日出(ひのでの)神(かみ)を振(ふ)りまはし
031納(をさ)まりかへつて居(を)るだらう
032かうなる上(うへ)は何処(どこ)迄(まで)も
033後(あと)追(お)つかけて彼奴(きやつ)等(ら)をば
034面(つら)ひん剥(む)いてやらなけりや
035世界(せかい)の害(がい)は何(ど)れ程(ほど)か
036分(わか)つたものぢやない程(ほど)に
037アイタタタツタ躓(つまづ)いた
038余(あんま)り先(さき)に気(き)を取(と)られ
039足許(あしもと)お留守(るす)になつたのか
040尊(たふと)い神(かみ)の祀(まつ)りたる
041祠(ほこら)の森(もり)へぬつけりと
042神(かみ)さま面(づら)を提(さ)げよつて
043やつて来(く)るとは太(ふと)い奴(やつ)
044挺(てこ)でも棒(ぼう)でも動(うご)かない
045強(したた)か者(もの)をスマートが
046厳(いづ)の雄健(をたけ)び踏(ふ)み健(たけ)び
047ウウウウワンと吠(ほ)え猛(たけ)る
048其(その)猛声(まうせい)に肝(きも)つぶし
049駆(か)け出(だ)すやうな弱(よわ)い奴(やつ)
050何程(なにほど)口(くち)が達者(たつしや)でも
051直接(ちよくせつ)行動(かうどう)にや叶(かな)ふまい
052サアサア急(いそ)げ早(はや)急(いそ)げ
053グヅグヅしとると日(ひ)が暮(く)れる
054もしも夜分(やぶん)になつたなら
055彼奴(きやつ)等(ら)二人(ふたり)を見失(みうしな)ひ
056残念(ざんねん)至極(しごく)口惜(くちを)しと
057臍(ほぞ)を噛(か)むとも及(およ)ぶまい
058急(いそ)げよ急(いそ)げ、いざ急(いそ)げ
059神(かみ)の御(おん)為(ため)道(みち)のため
060仮令(たとへ)吾(われ)等(ら)は曲神(まがかみ)に
061命(いのち)を取(と)らるる事(こと)あるも
062何(なに)かは惜(を)しまむドツコイシヨ
063ウントコドツコイアイタタツタ
064ほんとに危(あぶ)ない坂道(さかみち)だ
065女(をんな)の癖(くせ)に高姫(たかひめ)は
066大(おほ)きな尻(しり)を振(ふ)りながら
067中々(なかなか)足(あし)の早(はや)い奴(やつ)
068これも矢張(やつぱ)り杢助(もくすけ)を
069思(おも)ひつめたる一心(いつしん)が
070恋(こひ)の矢玉(やだま)となり果(は)てて
071宙(ちう)をば飛(と)んで往(ゆ)くのだろ
072何程(なにほど)俺(おれ)が走(はし)つても
073向(むか)ふも矢張(やつぱ)り走(はし)る故(ゆゑ)
074ドツコイドツコイ コンパスに
075よつぽど撚(より)をかけなくちや
076追(お)ひつく事(こと)は難(むつか)しい
077こりやこりやサール何(なに)しとる
078もちつと早(はや)う走(はし)らぬか
079ウントコドツコイドツコイシヨ
080谷(たに)の流(なが)れが囂々(がうがう)と
081伊猛(いたけ)り狂(くる)ふ其(その)音(おと)に
082紛(まぎ)れて俺(おれ)の云(い)ふ事(こと)が
083お前(まへ)の耳(みみ)に入(い)らぬのか
084思(おも)へば思(おも)へばジレツたい
085いざいざ来(きた)れ いざ来(きた)れ
086敵(てき)は早(はや)くも逃(に)げ失(う)せた
087こいつ遁(のが)しちや一大事(いちだいじ)
088又(また)もや小北(こぎた)の神殿(しんでん)で
089主人面(しゆじんづら)をば晒(さら)しつつ
090何(なに)を致(いた)すか分(わか)らない
091俺(おれ)等(ら)は早(はや)く追(お)つ付(つ)いて
092途中(とちう)で二人(ふたり)を引掴(ひつつか)み
093河鹿(かじか)の流(なが)れに打(ぶ)ち込(こ)んで
094三五教(あななひけう)の妨害(ばうがい)を
095根絶(こんぜつ)しなくちや済(す)むまいぞ
096お前(まへ)も俺(おれ)もバラモンの
097神(かみ)の教(をしへ)に仕(つか)へつつ
098悪(わる)い事(こと)をば遺憾(ゐかん)なく
099今(いま)迄(まで)やつて来(き)たものだ
100ウントコドツコイ其(その)深(ふか)き
101罪(つみ)を贖(あがな)ひ天国(てんごく)の
102死後(しご)の生涯(しやうがい)送(おく)るべく
103改心(かいしん)したる其(その)上(うへ)は
104何(なに)か一(ひと)つの功名(こうみやう)を
105神(かみ)の御前(みまへ)に立(た)てなくちや
106斎苑(いそ)の館(やかた)の神(かみ)様(さま)に
107一(ひと)つも土産(みやげ)がなからうぞ
108後(あと)ふり返(かへ)り眺(なが)むれば
109サールの奴(やつ)は何(ど)うしてる
110来(く)れば来(く)る程(ほど)後(おく)れよる
111ほんにお前(まへ)はヤツトコシヨ
112ドツコイドツコイ辛気臭(しんきくさ)い
113なぜ又(また)足(あし)が遅(おそ)いのか
114アイタタタツタ パツタリコ
115とうとう向脛(むかふづね)打(う)ちました
116これを思(おも)へば神(かみ)様(さま)が
117後(あと)を追(お)ふなと云(い)ふ事(こと)か
118いやいやさうではあるまいぞ
119一旦(いつたん)思(おも)ひ立(た)つた上(うへ)は
120どこどこ迄(まで)も後(あと)を追(お)ひ
121彼(かれ)が先途(せんど)を見届(みとど)けて
122喉首(のどくび)グツとひん握(にぎ)り
123もう是(これ)からは高姫(たかひめ)は
124改心(かいしん)致(いた)して自転倒(おのころ)の
125生田(いくた)の森(もり)に帰(かへ)りますと
126云(い)はさにやおかぬ俺(おれ)の胸(むね)
127心(こころ)は千々(ちぢ)にはやれども
128肝腎要(かんじんかなめ)の向脛(むかふづね)
129強(したた)か打(う)つた其(その)為(ため)に
130心(こころ)ばかりは急(いそ)げども
131何(なん)だか体(からだ)が動(うご)かない
132アイタタタツタ アイタタツタ
133サールの奴(やつ)は何(なに)してる
134もうそろそろと追付(おひつ)いて
135現(あら)はれ来(き)さうなものぢやなア
136ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
137肝腎要(かんじんかなめ)の正念場(しやうねんば)
138何卒(なにとぞ)足(あし)の痛(いた)みをば
139止(と)めさせ給(たま)へ逸早(いちはや)く
140両手(りやうて)を合(あは)せ此(この)イクが
141偏(ひとへ)に願(ねが)ひ奉(たてまつ)る』
142 斯(か)く坂道(さかみち)に倒(たふ)れながら、143尚(なほ)も歌(うた)を続(つづ)けて居(ゐ)る。144此処(ここ)へトントントンと足許(あしもと)覚束(おぼつか)なげにやつて来(き)たのはサールであつた。145サールはイクの足(あし)から血(ち)を出(だ)して倒(たふ)れて居(を)るのに吃驚(びつくり)し、146頓狂(とんきやう)な声(こゑ)を出(だ)して、
147サール『ヤア、148お前(まへ)はイクぢやないか。149どうした どうした』
150イク『何(ど)うも斯(か)うもあつたものかい。151あまり貴様(きさま)がグヅグヅして居(ゐ)るものだから、152早(はや)う来(こ)ぬか早(はや)う来(こ)ぬかと、153後(あと)を見(み)もつて走(はし)つたものだから、154大(おほ)きな石(いし)に躓(つまづ)いて倒(たふ)れたのだ。155オイ、156サール、157俺(おれ)には構(かま)はずに早(はや)く走(はし)つて呉(く)れ。158グヅグヅして居(ゐ)ると二人(ふたり)の奴(やつ)、159日(ひ)が暮(く)れたら分(わか)らぬやうになつて仕舞(しま)ふぞ。160俺(おれ)は後(あと)から足(あし)が直(なほ)り次第(しだい)追駆(おひか)けて往(ゆ)くからなア』
161サール『さうだといつて、162お前(まへ)がこんな怪我(けが)をして居(を)るのに、163これが何(ど)うして見捨(みす)てて行(ゆ)かりようか。164此処(ここ)は狼(おほかみ)が沢山(たくさん)出(で)る所(ところ)だから、165日(ひ)が暮(く)れるのに間(ま)がないから、166剣呑(けんのん)で耐(たま)らないわ。167そんな事(こと)云(い)はずに俺(おれ)に介抱(かいほう)さして呉(く)れ。168何(なん)とまアえらい怪我(けが)だのう』
169イク『俺(おれ)は何(ど)うでもよいから、170早(はや)く往(ゆ)かないと取(と)り逃(にが)すぢやないか。171俺(おれ)が大事(だいじ)か、172お道(みち)が大事(だいじ)か、173よく考(かんが)へて見(み)よ。174俺(おれ)の足(あし)が一本(いつぽん)位(くらゐ)なくなつたつて構(かま)ふものか、175なくなつたら義足(ぎそく)でもつけたらいいぢやないか。176さア早(はや)く往(い)つて呉(く)れ往(い)つて呉(く)れ』
177サール『何(なん)ぼなんでも友人(いうじん)として俺(おれ)は此処(ここ)を見捨(みす)てて去(さ)るには忍(しの)びない。178どうも貴様(きさま)の顔色(かほいろ)が悪(わる)いぞ』
179イク『ああ貴様(きさま)も臆病(おくびやう)だなア。180そんな事(こと)云(い)つて彼奴(あいつ)等(ら)両人(りやうにん)が怖(おそ)ろしいのぢやないか』
181サール『そりやさうだ。182貴様(きさま)と二人(ふたり)行(ゆ)くのなら力強(ちからづよ)いが、183あんな化物(ばけもの)や婆(ばば)アの後(あと)を追(お)つ駆(か)けて行(い)つても、184一人(ひとり)ぢや反対(あべこべ)にやられて仕舞(しま)ふからな。185実(じつ)の所(ところ)は貴様(きさま)を先(さき)へやつて俺(おれ)が応援(おうゑん)にいく積(つもり)だつた。186肝心(かんじん)のイクが倒(たふ)れて俺(おれ)だけ行(い)つてみても、187完全(くわんぜん)なイクサールは出来(でき)ぬからのう。188負(ま)けるのは定(きま)つて居(を)るから、189そんな敗戦(まけいくさ)なら、190行(い)かない方(はう)が余程(よつぽど)利口(りこう)だぞ』
191イク『貴様(きさま)は人(ひと)を当(あて)にするからいかぬのだ。192人間(にんげん)の五(ご)人(にん)や十(じふ)人(にん)居(を)つたつて何(なに)にならう。193神力(しんりき)無辺(むへん)の神(かみ)様(さま)に頼(たの)んで行(ゆ)けば、194きつと彼奴(きやつ)等(ら)の鼻柱(はなばしら)を挫(くじ)き、195きつと御用(ごよう)が出来(でき)るのだ。196さア、197行(い)つて呉(く)れ行(い)つて呉(く)れ。198アイタタタタ、199どうも俺(おれ)は息(いき)が切(き)れさうだ。200到底(たうてい)回復(くわいふく)は覚束(おぼつか)ないかも知(し)れないぞ』
201サール『気(き)の弱(よわ)い奴(やつ)だなア、202貴様(きさま)こそ、203なぜ神(かみ)様(さま)を祈(いの)らぬのだ』
204 イクは細(ほそ)い声(こゑ)で、
205イク『ああ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。206誠(まこと)に無調法(ぶてうはふ)致(いた)しました。207併(しか)し私(わたし)はどんなになつても構(かま)ひませぬ。208何卒(どうぞ)サールに神力(しんりき)を与(あた)へて下(くだ)さいまして、209臆病風(おくびやうかぜ)を追(お)ひ払(はら)ひ、210勇気(ゆうき)を出(だ)して猪突(ちよとつ)猛進(まうしん)するやうにお願(ねが)ひ致(いた)します。211ああ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ) 惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
212と祈(いの)る折(をり)しも、213間近(まぢか)の木(き)の茂(しげ)みから破鐘(われがね)のやうな声(こゑ)で、
214妖幻坊の杢助『アハハハハ、215態(ざま)を見(み)よ。216杢助(もくすけ)の計略(けいりやく)にかかり其(その)有様(ありさま)は何(なん)の事(こと)、217ても扨(さ)ても心地(ここち)よやなア、218アハハハハ』
219イク『ヤ、220居(ゐ)よつた居(ゐ)よつた。221オイ、222サール、223取掴(とつつか)まへて呉(く)れ、224俺(おれ)は此(この)通(とほ)り足(あし)が痛(いた)いのだから動(うご)けないわ』
225サール『俺(おれ)も何(なん)だか体(からだ)が鯱(しやち)こ張(ば)つて動(うご)けないのだ。226アアアアどうしようかなア、227アイタタタタタ何(なん)だか腰(こし)までが変(へん)になつて来(き)たぞ』
228 林(はやし)の中(なか)から、
229妖幻坊の杢助『ウアハハハハ、230こりやイク、231サールの両人(りやうにん)、232今(いま)杢助(もくすけ)が其(その)方(はう)両人(りやうにん)を荒料理(あられうり)して喰(く)つてやらう。233てもさても不愍(ふびん)なものだなア。234オイ高姫(たかひめ)、235彼奴(きやつ)等(ら)両人(りやうにん)を此(この)樫(かし)の棒(ぼう)をもつて、236頭(あたま)をまつ二(ぷた)つに割(わ)つて参(まゐ)れ』
237 この声(こゑ)の下(した)よりヌツと現(あら)はれた高姫(たかひめ)は二人(ふたり)の前(まへ)に立(た)ち現(あら)はれ、238樫(かし)の棒(ぼう)を打(う)ち振(ふ)りながら、
239高姫『こりや両人(りやうにん)、240此(この)高姫(たかひめ)は其(その)方(はう)を決(けつ)して打(う)ち叩(たた)きたくも、241殺(ころ)したくもなけれども、242わが夫(をつと)杢助殿(もくすけどの)のお言葉(ことば)には背(そむ)かれぬから、243これまでの命(いのち)と諦(あきら)めて観念(くわんねん)致(いた)したがよからうぞ。244ても扨(さ)ても飛(と)んで火(ひ)に入(い)る夏(なつ)の虫(むし)、245いらざる殺生(せつしやう)をしなくてはならないやうになつたわいなア』
246イク『こりや高姫(たかひめ)、247俺(おれ)が足(あし)を傷付(きずつ)いたのを付(つ)け込(こ)んで殺(ころ)さうと致(いた)すのか。248ようし、249面白(おもしろ)い。250殺(ころ)されてやらう。251オイ、252サール、253貴様(きさま)も一(ひと)つ殺(ころ)して貰(もら)へ、254吾々(われわれ)は尊(たふと)き大神(おほかみ)様(さま)の御(ご)守護(しゆご)があるから、255滅多(めつた)に悪魔(あくま)のために命(いのち)を捨(す)てるやうな馬鹿(ばか)ではないぞよ。256さア高姫(たかひめ)、257イヤ妖幻坊(えうげんばう)、258どうなつと致(いた)せ』
259高姫『それ程(ほど)殺(ころ)して欲(ほ)しければ殺(ころ)してやらう。260併(しか)し、261イク、262サールの両人(りやうにん)、263一(ひと)つ改心(かいしん)致(いた)して此(この)方(はう)の御(お)供(とも)致(いた)す気(き)はないか。264魚心(うをごころ)あれば水心(みづごころ)ありだ。265別(べつ)に義理(ぎり)天上(てんじやう)日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)は、266貴様(きさま)たちの様(やう)な蠅虫(はひむし)を二人(ふたり)位(ぐらゐ)殺(ころ)したつて仕方(しかた)がないのだから、267何(ど)うだ、268改心(かいしん)してお供(とも)致(いた)す気(き)はないか。269此(この)神(かみ)は敵(てき)でも助(たす)ける神(かみ)だぞや』
270イク『ゴテゴテ云(い)はずに早(はや)く殺(ころ)さぬかい。271オイ、272サール、273貴様(きさま)は卑怯者(ひけふもの)だから、274妖幻坊(えうげんばう)や金毛(きんまう)九尾(きうび)に降参(かうさん)して命(いのち)だけ助(たす)けて貰(もら)へ、275困(こま)つた奴(やつ)だなア』
276サール『イヤ俺(おれ)も男(をとこ)だ。277こりや高姫(たかひめ)、278妖幻坊(えうげんばう)の杢助(もくすけ)、279どうなりと致(いた)せ。280貴様(きさま)の喉首(のどくび)にでも齧(かじ)りついて反対(あべこべ)に命(いのち)を取(と)つてやらう。281覚悟(かくご)を致(いた)せ』
282高姫『どうも、283阿呆(あはう)になつたら仕方(しかた)がないものぢや。284さう殺(ころ)して欲(ほ)しけりや、285無益(むえき)の殺生(せつしやう)だが仕方(しかた)がない。286どうだ、287覚悟(かくご)はよいかな』
288と樫(かし)の棒(ぼう)を振(ふ)り上(あ)げる。
289イク『そりや何(なに)さらしてけつかるのぢや。290蟷螂(かまきり)が藁(わら)すべを担(かつ)いだやうなスタイルをしよつて、291さア早(はや)くすつぽりとやつて見(み)い』
292 斯(か)かる所(ところ)へガサガサガサと大(おほ)きな音(おと)をさせながら、293妖幻坊(えうげんばう)の杢助(もくすけ)は巨岩(きよがん)を両手(りやうて)に頭上(づじやう)高(たか)く差(さ)し上(あ)げ、294今(いま)や二人(ふたり)に向(むか)つて投(な)げつけむとする勢(いきほひ)である。295如何(いか)に勇猛(ゆうまう)な二人(ふたり)も、296この岩石(がんせき)をくらつては、297忽(たちま)ち身体(しんたい)は木端(こつぱ)微塵(みぢん)になるより仕方(しかた)がなかつた。298二人(ふたり)は進退(しんたい)これ谷(きは)まり、299観念(くわんねん)の眼(まなこ)をつぶつて、300一生(いつしやう)懸命(けんめい)に大神(おほかみ)を念(ねん)じて居(ゐ)た。301忽(たちま)ち足許(あしもと)から『ウウーウウー、302ウーウー、303ワウワウワウ』とスマートの声(こゑ)、304妖幻坊(えうげんばう)並(ならび)に高姫(たかひめ)は石(いし)を振(ふ)り上(あ)げたまま、305棒(ぼう)を振(ふ)り翳(かざ)したまま、306強直(きやうちよく)して一生(いつしやう)懸命(けんめい)に駆(か)け出(いだ)し、307岩石(がんせき)に躓(つまづ)いて妖幻坊(えうげんばう)はバタリと転(こ)けた。308高姫(たかひめ)は又(また)もや躓(つまづ)いて棍棒(こんぼう)を振(ふ)り上(あ)げた儘(まま)、309ウンと転(ころ)げた拍子(ひやうし)に、310棍棒(こんぼう)で妖幻坊(えうげんばう)の後頭部(こうとうぶ)をパチンと打(う)つた。311妖幻坊(えうげんばう)は『キヤンキヤン』と怪(あや)しき声(こゑ)を立(た)てて二声(ふたこゑ)ないた。312何(ど)うしても人間(にんげん)の声(こゑ)とは聞(きこ)えなかつた。313四辺(あたり)に暗(やみ)の幕(とばり)はおりて咫尺(しせき)暗澹(あんたん)、314唯(ただ)谷川(たにがは)の水(みづ)の音(おと)のみ淙々(そうそう)と聞(きこ)えて居(ゐ)る。
315 因(ちなみ)にイクの瘡傷(さうしやう)はスマートの声(こゑ)と共(とも)に一(いち)時(じ)に全快(ぜんくわい)した。
316(大正一二・一・二三 旧一一・一二・七 加藤明子録)
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