霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 負傷(ふしやう)負傷(ぶしやう)〔一三〇一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第50巻 真善美愛 丑の巻 篇:第2篇 兇党擡頭 よみ(新仮名遣い):きょうとうたいとう
章:第7章 負傷負傷 よみ(新仮名遣い):ふしょうぶしょう 通し章番号:1301
口述日:1923(大正12)年01月20日(旧12月4日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年12月7日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
初稚姫は珍彦の館を訪れた。門口の戸をそっとひらいて名乗りをすると、楓姫が迎え入れた。初稚姫が神丹のことを知っていたので、驚いた楓姫が尋ねると、神丹は言霊別命のお告げによって初稚姫が作り、スマートに持たせて楓姫に渡したものであったと明かした。
そこへ、神殿に神丹のお礼に行っていた珍彦と静子が帰ってきた。楓姫からいきさつを聞いた珍彦と静子は感激して初稚姫に礼を述べた。初稚姫は、自分は神様のご命令にしたがって行動しただけと答えた。
珍彦、静子、楓姫は、祠の森にやってきた杢助の行いが悪いので、そのことを不審に思って初稚姫に尋ねるが、初稚姫は言葉をにごし、三人は何事かを悟ったようであった。そして一同はここの杢助が本物ではないという秘密を歌に詠んでそれとなく確認し合った。
すると門口に、男の声で若い女性に恋の思いを告げる歌を歌う者がある。珍彦と静子は、誰かこの館に楓姫や初稚姫を思う者がいると心配するが、楓姫と初稚姫は、自分たちは気を付けもするし神様のご守護もあるから心配いらないと安堵させる。
そこへイルとハルがあわただしく入ってきて、高姫が大杉の梢から転落して怪我をしたと報告した。初稚姫は高姫のところに急いだ。
高姫は、自分は日の出神の御守護があるから大丈夫と、杢助のところに先に行くように初稚姫に懇願した。初稚姫は高姫の介抱をハルとイルに頼んで杢助のところに向かった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-07-13 12:08:41 文字数:5320 OBC :rm5007
愛善世界社版:86頁 八幡書店版:第9輯 180頁 修補版: 校定版:90頁 普及版:46頁 初版: ページ備考:
001 初稚姫(はつわかひめ)は静(しづか)に歩(ほ)を運(はこ)びながら珍彦(うづひこ)の館(やかた)を訪(と)ひ、002門口(かどぐち)の戸(と)をそつと開(ひら)き、
003初稚姫『御免(ごめん)なさいまし、004私(わたくし)は初稚姫(はつわかひめ)で厶(ござ)います。005ハルナの都(みやこ)へ宣伝使(せんでんし)として参(まゐ)ります途中(とちう)、006大神(おほかみ)様(さま)に参拝(さんぱい)を致(いた)し、007高姫(たかひめ)様(さま)のお世話(せわ)になりまして、008此処(ここ)に暫(しばら)く足(あし)を留(とど)めて居(を)るもので厶(ござ)いますれば、009何卒(どうぞ)御(ご)入魂(じつこん)に願(ねが)ひます』
010と云(い)つた。011此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いて楓姫(かへでひめ)は襖(ふすま)をそつと開(ひら)いて現(あら)はれ来(きた)り、012叮嚀(ていねい)に辞儀(じぎ)をしながら桐(きり)の火鉢(ひばち)を据(す)ゑ、013座蒲団(ざぶとん)を敷(し)いて、
014楓『貴女(あなた)様(さま)が驍名(げうめい)高(たか)き初稚姫(はつわかひめ)の宣伝使(せんでんし)さまで厶(ござ)いましたか。015それはそれはようまアお訪(たづ)ね下(くだ)さいました。016実(じつ)の所(ところ)は貴女(あなた)様(さま)がお越(こ)し遊(あそ)ばしたと云(い)ふ事(こと)を、017承(うけたま)はりまして、018一度(いちど)拝顔(はいがん)を得(え)たいと願(ねが)つて居(を)りましたが、019私(わたし)の両親(りやうしん)が申(まを)しますには「お前(まへ)のやうな教育(けういく)のない不作法(ぶさはふ)者(もの)が、020エンゼルのやうな方(かた)の前(まへ)に出(で)るものぢやない、021御(ご)無礼(ぶれい)になるから控(ひか)へて居(を)れ」と申(まを)しますので、022つひ失礼(しつれい)を致(いた)して居(を)りました。023ようまア尊(たふと)き御(おん)身(み)をもつてお訪(たづ)ね下(くだ)さいましたねえ。024サアどうぞ、025此処(ここ)へお上(あが)り下(くだ)さいませ。026お茶(ちや)なりと汲(く)まして頂(いただ)きます』
027初稚姫『ハイ、028御(ご)親切(しんせつ)に有難(ありがた)う厶(ござ)ります。029何彼(なにか)とお世話(せわ)に預(あづ)かりましてなア。030時(とき)に珍彦(うづひこ)様(さま)、031静子(しづこ)様(さま)はどちらにお出(い)でになりましたか、032お顔(かほ)が見(み)えないやうで厶(ござ)いますなア』
033楓『ハイ、034一寸(ちよつと)両親(りやうしん)は神(かみ)様(さま)へお礼参(れいまゐ)りと云(い)つて出(で)て往(ゆ)きました。035大方(おほかた)御(ご)神前(しんぜん)に参(まゐ)つて居(を)られませう』
036初稚姫『神丹(しんたん)のお礼(れい)を申(まを)しにお出(い)でになつたのでせう』
037 楓姫(かへでひめ)は此(この)言葉(ことば)に吃驚(びつくり)して、038初稚姫(はつわかひめ)の顔(かほ)を見上(みあ)げながら、039少(すこ)しく手(て)を慄(ふる)はせ、
040楓『貴女(あなた)はまア、041どうしてそんな詳(くは)しい事(こと)を御存(ごぞん)じで厶(ござ)いますか』
042初稚姫『ハイ、043御(ご)夫婦(ふうふ)の危難(きなん)を見(み)るに見兼(みか)ねて、044妾(わらは)が言霊別(ことたまわけの)命(みこと)様(さま)のお告(つげ)により、045神丹(しんたん)と云(い)ふ霊薬(れいやく)を造(つく)り、046スマートに持(も)たせて貴女(あなた)のお手(て)に渡(わた)した筈(はず)で厶(ござ)いますから』
047楓『ああ左様(さやう)で厶(ござ)いましたか。048さうすると貴女(あなた)様(さま)は、049文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)様(さま)で厶(ござ)いますか、050ああ尊(たふと)や有難(ありがた)やなア』
051と感謝(かんしや)の涙(なみだ)に咽(むせ)ぶ。052いつの間(ま)にやらスマートは床(ゆか)の下(した)を潜(くぐ)り、053尾(を)をふりながら此処(ここ)に現(あら)はれて来(き)た。
054初稚姫『これスマートや、055うつかり出歩(である)いちやいけませぬよ。056何(ど)うして此処(ここ)へお出(い)でたの。057お前(まへ)は本当(ほんたう)に霊獣(れいじう)だねえ、058私(わたし)の云(い)ふ事(こと)をよく聞(き)いて、059御(ご)夫婦(ふうふ)の危難(きなん)をよく救(すく)うて下(くだ)さつた。060ほんとにスマートの名(な)に背(そむ)かぬ敏捷(びんせふ)なものだねえ』
061と讃美(ほめたた)へて居(ゐ)る。062スマートは嬉(うれ)しさうに体(からだ)や尾(を)をふつて居(ゐ)る。063楓(かへで)は漸(やうや)うに顔(かほ)を上(あ)げ、064スマートの姿(すがた)を見(み)て二度(にど)吃驚(びつくり)し、
065楓『アー、066昨夜(さくや)文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)様(さま)がお連(つ)れ遊(あそ)ばした犬(いぬ)は、067これで厶(ござ)いますわ、068この犬(いぬ)の口(くち)から私(わたくし)の手(て)へ神丹(しんたん)を三粒(みつぶ)渡(わた)して呉(く)れました。069さうして文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)様(さま)は私(わたくし)に神丹(しんたん)を授(さづ)けて直様(すぐさま)犬(いぬ)を引(ひ)き連(つ)れ、070どこかへお帰(かへ)りになつたと思(おも)へば夢(ゆめ)は醒(さ)め、071堅(かた)く握(にぎ)つて居(ゐ)た手(て)を開(ひら)いて見(み)れば、072あの神丹(しんたん)が厶(ござ)いました。073貴女(あなた)は全(まつた)く生神(いきがみ)様(さま)、074私(わたくし)がかうしてお側(そば)へおいて頂(いただ)くのも恐(おそ)れ多(おほ)い事(こと)で厶(ござ)います。075さうして私(わたくし)が何(ど)うしても合点(がてん)が参(まゐ)りませぬ事(こと)が一(ひと)つ厶(ござ)います、076貴女(あなた)は何故(なぜ)高姫(たかひめ)さまのやうな余(あま)りよくないお方(かた)のお子(こ)さまになられましたのか』
077 初稚姫(はつわかひめ)はニツコと笑(わら)ひ、
078初稚姫『ハイ、079いづれお分(わか)りになる事(こと)が厶(ござ)いませう』
080と云(い)つたきり答(こた)へなかつた。081楓(かへで)は畳(たた)みかけて又(また)問(と)うた。
082楓『貴女(あなた)様(さま)は承(うけたま)はれば、083杢助(もくすけ)様(さま)のお娘子(むすめご)様(さま)で厶(ござ)いますさうですねえ』
084初稚姫『ハイ左様(さやう)で厶(ござ)います。085併(しか)し此処(ここ)の杢助(もくすけ)さまは……』
086と云(い)つたきり、087口(くち)をつぐんで仕舞(しま)つた。088楓(かへで)は鋭敏(えいびん)の頭脳(づなう)の持主(もちぬし)であるから、089早(はや)くも意中(いちう)を悟(さと)つた。090さうして小声(こごゑ)になり、
091楓『本当(ほんたう)に何(なん)ですねえ、092何(なに)も云(い)はない方(はう)が無難(ぶなん)でよろしいわね』
093と以心(いしん)伝心(でんしん)的(てき)に、094目(め)と目(め)で話(はなし)の交換(かうくわん)を簡単(かんたん)に済(す)まして了(しま)つた。
095 かかる所(ところ)へ珍彦(うづひこ)夫婦(ふうふ)は藜(あかざ)の杖(つゑ)をつきながら拝礼(はいれい)を終(をは)り、096裏口(うらぐち)から帰(かへ)つて来(き)た。097其(その)足音(あしおと)を早(はや)くも悟(さと)つて楓(かへで)は裏口(うらぐち)の戸(と)をあけ、098嬉(うれ)しさうな声(こゑ)で、
099楓『お父(とう)さま、100お母(かあ)さま、101お帰(かへ)りなさいませ。102夜前(やぜん)の神(かみ)様(さま)がお越(こ)し遊(あそ)ばしたのよ。103あの神丹(しんたん)を下(くだ)さつた文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)様(さま)が』
104と小声(こごゑ)に囁(ささや)いた。
105珍彦(うづひこ)『何(なに)、106文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)様(さま)が此処(ここ)へお出(い)で遊(あそ)ばしたの。107それは直様(すぐさま)お礼(れい)を申上(まをしあ)げねばなるまい』
108静子(しづこ)『余(あま)り悪魔(あくま)が蔓(はびこ)るので、109この聖場(せいぢやう)に居(ゐ)ながらも、110夜(よ)の目(め)も碌(ろく)に眠(ねむ)られなかつた。111ああ有難(ありがた)い、112文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)様(さま)がお越(こ)し下(くだ)さつたか』
113と早(はや)くも涙声(なみだごゑ)になつて居(ゐ)る。114楓(かへで)の後(あと)に従(つ)いて夫婦(ふうふ)は座敷(ざしき)に上(あが)り、115初稚姫(はつわかひめ)の前(まへ)に頭(かしら)を下(さ)げ、116歔欷泣(しやくりな)きしながら、117一言(いちごん)も発(はつ)し得(え)ず感謝(かんしや)の涙(なみだ)に暮(く)れて居(ゐ)る。
118初稚姫『もし珍彦(うづひこ)様(さま)、119静子(しづこ)様(さま)、120日々(にちにち)御(ご)神務(しんむ)御(ご)苦労(くらう)さまで厶(ござ)いますなア。121妾(わらは)は初稚姫(はつわかひめ)の宣伝使(せんでんし)で厶(ござ)います。122突然(とつぜん)参(まゐ)りましてお邪魔(じやま)を致(いた)して居(を)ります。123楓様(かへでさま)が親切(しんせつ)に仰有(おつしや)つて下(くだ)さるので、124つひ長居(ながゐ)を致(いた)しました』
125と、126鈴(すず)のやうな柔(やさ)しい声(こゑ)で挨拶(あいさつ)をした。127珍彦(うづひこ)はハツと頭(かしら)を上(あ)げ、128初稚姫(はつわかひめ)の霊気(れいき)に満(み)てる其(その)容貌(ようばう)に感(かん)じ入(い)り、
129珍彦『貴女(あなた)は文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)の御(ご)化身(けしん)様(さま)、130よくまアお助(たす)けに来(き)て下(くだ)さいました。131これ静子(しづこ)、132早(はや)く御(お)礼(れい)を申(まを)さないか』
133静子『初稚姫(はつわかひめ)様(さま)、134文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)様(さま)の御(ご)化身(けしん)様(さま)、135よくまアお助(たす)け下(くだ)さいました。136この御恩(ごおん)は決(けつ)して忘(わす)れは致(いた)しませぬ』
137とハンケチに霑(うる)んだ目(め)を拭(ぬぐ)ふ。
138 初稚姫(はつわかひめ)は迷惑(めいわく)な顔(かほ)をして細(ほそ)い手(て)を左右(さいう)に振(ふ)りながら、
139初稚姫『イエイエお礼(れい)を云(い)はれては済(す)みませぬ。140妾(わらは)の立場(たちば)が厶(ござ)いませぬ。141実(じつ)は言霊別(ことたまわけ)の神(かみ)様(さま)が妾(わらは)に御(ご)命令(めいれい)遊(あそ)ばしたので厶(ござ)いますよ。142どうぞ大神(おほかみ)様(さま)にお礼(れい)を申(まを)して下(くだ)さい。143妾(わらは)は決(けつ)して貴方(あなた)等(がた)をお助(たす)けするやうな力(ちから)は厶(ござ)いませぬ』
144珍彦『なんと御(ご)謙遜(けんそん)な貴女(あなた)様(さま)、145実(じつ)に感(かん)じ入(い)りました。146時(とき)に初稚姫(はつわかひめ)様(さま)は、147昨日(さくじつ)見(み)えました杢助(もくすけ)様(さま)の御(ご)令嬢(れいぢやう)と承(うけたま)はりましたが、148左様(さやう)で厶(ござ)いますかなア』
149初稚姫『イエ……ハイ』
150と煮(に)え切(き)らぬ返事(へんじ)をして居(ゐ)る。
151 楓(かへで)は両親(りやうしん)に向(むか)ひ、
152楓『お父(とう)さま、153お母(かあ)さま、154そんな失礼(しつれい)な事(こと)を仰有(おつしや)つてはいけませぬよ。155何(なに)、156あんな方(かた)が姫(ひめ)様(さま)のお父(とう)さまであつて耐(たま)りませう。157これには深(ふか)い訳(わけ)がおありなさるので厶(ござ)いますよ。158併(しか)しながら、159これきりで何(なに)も仰有(おつしや)らないやうにして下(くだ)さい。160姫(ひめ)様(さま)の御(ご)迷惑(めいわく)になつては済(す)みませぬからなア』
161 珍彦(うづひこ)夫婦(ふうふ)は楓(かへで)の言葉(ことば)に打(う)ち首肯(うなづ)き、
162珍彦『ウンウン、163成程(なるほど)々々(なるほど)、164いや解(わか)りました。165御(ご)苦労(くらう)さまで厶(ござ)います。166どうぞ貴女(あなた)の御(ご)神力(しんりき)で悪魔(あくま)をお取(と)り払(はら)ひ下(くだ)さるやうにお願(ねが)ひ申(まを)します』
167と夫婦(ふうふ)は手(て)を合(あは)せ、168又(また)もや伏(ふ)し拝(をが)むのであつた。
169楓(かへで)『余(あま)り斯様(かやう)なお話(はなし)は、170誰(たれ)が聞(き)くか分(わか)りませぬから、171ちつとハンナリと歌(うた)でも歌(うた)ひませうかねえ』
172初稚姫『さうですね、173楓(かへで)さま、174一(ひと)つ歌(うた)つて下(くだ)さいな』
175 楓(かへで)は初稚姫(はつわかひめ)の言葉(ことば)をいなみ兼(か)ね……お恥(はづ)かしながら……と前置(まへお)きして、
 
176楓『人(ひと)の心(こころ)の底(そこ)深(ふか)く
177 千尋(ちひろ)の浪(なみ)を分(わ)け往(ゆ)けば
178 見(み)る目(め)たなびく岩蔭(いはかげ)に
179 醜(みにく)き鰐(わに)の住(す)めるかな』
 
180 初稚姫(はつわかひめ)は幾度(いくたび)も諾(うなづ)きながら、181にやりと笑(わら)ひ、
182初稚姫『成程(なるほど)ねえ。183よく出来(でき)ましたよ。184妾(わらは)も腰折(こしをれ)を読(よ)まして頂(いただ)きませうかねえ。185ホホホ』
186と笑(わら)ひながら、
 
187初稚姫『木(こ)の花(はな)一度(いちど)に咲(さ)き満(み)つる
188 天津(あまつ)御国(みくに)へ誘(いざな)ひて
189 常住(じやうぢう)不断(ふだん)の法楽(ほふらく)を
190 与(あた)へたまはる瑞御霊(みづみたま)
 
191誠(まこと)にお恥(はづ)かしい事(こと)で厶(ござ)います。192ホホホホ』
193と梅花(ばいくわ)の露(つゆ)に綻(ほころ)ぶ如(ごと)き小(ちひ)さい唇(くちびる)から笑(ゑみ)を漏(も)らして居(ゐ)る。
194 此(この)時(とき)、195門口(かどぐち)に男(をとこ)の声(こゑ)として、
 
196(男の声)『○○恋(こひ)しや春(はる)の夜(よ)の
197 闇(やみ)に立(た)ちたる面影(おもかげ)は
198 消(き)えてあとなく吾(わが)声(こゑ)の
199 只(ただ)木霊(こだま)する淋(さび)しさよ』
 
200と歌(うた)つて通(とほ)るものがあつた。201又(また)かはつた男(をとこ)の声(こゑ)で、
 
202(男の声)『楽(たの)しからずや恋(こひ)の夢(ゆめ)
203 唯(ただ)力(ちから)なく君(きみ)が手(て)に
204 抱(いだ)かるる時(とき)吾(わが)涙(なみだ)
205 ほほ笑(ゑ)む眼(まなこ)をぬらすかな
206○
207 神(かみ)の光(ひかり)に包(つつ)まるる
208 尊(たふと)き君(きみ)を偲(しの)びつつ
209 吾(われ)等(ら)の恋(こひ)に幸(さち)あれと
210 涙(なみだ)流(なが)して祈(いの)るかな
211○
212 悲(かな)しき夢(ゆめ)のさめし時(とき)
213 涙(なみだ)にしめる目(め)をあげて
214 独(ひと)り寝(ぬ)る夜(よ)の淋(さび)しさを
215 神(かみ)の御前(みまへ)にかきくどく』
 
216と歌(うた)ひながら珍彦館(うづひこやかた)の門口(かどぐち)を通(とほ)り、217神殿(しんでん)の方(はう)へ足音(あしおと)が消(き)えて往(ゆ)く。218楓(かへで)は、
219楓『何(なん)とまア誰(たれ)か知(し)りませぬが、220調(てう)のよい歌(うた)ですこと、221ねえ、222初稚姫(はつわかひめ)さま』
223初稚姫『ほんにさうですねえ。224私(わたし)なんかの歌(うた)から見(み)れば、225比(くら)べものになりませぬわ。226このお館(やかた)には風雅人(ふうがじん)が沢山(たくさん)居(を)られるとみえますなア』
227と斯(か)く話(はな)す時(とき)、228又(また)もや聞(きこ)ゆる歌(うた)の声(こゑ)、
 
229(男の声)『桜(さくら)の花(はな)咲(さ)く春(はる)の野(の)に
230 君(きみ)とまみゆる嬉(うれ)しさよ
231○
232 祠(ほこら)の森(もり)にます神(かみ)の
233 守(まも)らせ給(たま)ふ恋(こひ)の幸(さち)
234○
235 恋(こひ)しき人(ひと)を待(ま)ち暮(く)らす
236 男心(をとこごころ)の淋(さび)しさを
237 知(し)るや知(し)らずや東雲(しののめ)の
238 光(ひかり)はさしぬほのぼのと』
 
239初稚(はつわか)『何(なん)とまア情緒(じやうしよ)の深(ふか)い風流(ふうりう)な歌(うた)ですなア』
240珍彦(うづひこ)『姫(ひめ)様(さま)は申(まを)すに及(およ)ばず、241楓(かへで)其方(そなた)も気(き)をつけなくてはなりますまい。242きつと貴女(あなた)方(がた)二人(ふたり)に心(こころ)を寄(よ)せて居(ゐ)る男(をとこ)があるのでせうよ。243何(なん)と云(い)つても花(はな)の莟(つぼみ)の姫(ひめ)様(さま)又(また)楓姫(かへでひめ)、244美(うつく)しい花(はな)には害虫(がいちう)のつき纒(まと)ふものですからなア』
245初稚姫『仰(おほせ)の通(とほ)りで厶(ござ)います。246妾(わらは)もあの歌(うた)によつて、247吾(わが)身辺(しんぺん)に容易(ようい)ならざる恋(こひ)の魔(ま)の付纏(つきまと)うて居(ゐ)る事(こと)を悟(さと)りました。248併(しか)しながら決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さいますな。249左様(さやう)な事(こと)に心(こころ)を動(うご)かすやうな私(わたし)では厶(ござ)いませぬ。250楓(かへで)さま、251貴女(あなた)も大丈夫(だいぢやうぶ)でせう』
252楓『姫(ひめ)様(さま)のお言葉(ことば)の通(とほ)り、253妾(わたし)は何処(どこ)までも注意(ちゆうい)を致(いた)して居(を)ります。254何分(なにぶん)お父(とう)さまやお母(かあ)さまが、255若(わか)い娘(むすめ)をもつて居(ゐ)ると云(い)うて非常(ひじやう)に心配(しんぱい)をして下(くだ)さるのですもの、256有難(ありがた)迷惑(めいわく)を感(かん)じます、257ホホホホホ』
258珍彦(うづひこ)『それはさうだらうが、259あの高姫(たかひめ)さまだつて、260あれだけ歳(とし)が寄(よ)つてから、261コテコテと白粉(おしろい)をつけたり白髪(しらが)を染(そ)めたり、262日(ひ)に何度(なんど)も着物(きもの)を着(き)かへた揚句(あげく)、263杢助(もくすけ)さまとやらを喰(くわ)へこんで、264夫婦(ふうふ)気取(きどり)で浮(う)かれてゐらつしやるのですもの。265若(わか)い娘(むすめ)をもつた親(おや)はどれだけ気(き)が揉(も)めるか知(し)れたものぢやありませぬ。266これ楓(かへで)、267姫(ひめ)様(さま)の様(やう)なお方(かた)なれば大磐石(だいばんじやく)だが、268お前(まへ)はまだ神(かみ)様(さま)の事(こと)がよく分(わか)らないのだから、269両親(りやうしん)が心配(しんぱい)するのも無理(むり)ではありませぬよ、270アハハハハハ』
271楓『あのまアお父(とう)さまとしたことわいのう。272それ程(ほど)私(わたし)に信用(しんよう)が置(お)けませぬか。273私(わたし)だつて道晴別(みちはるわけ)の妹(いもうと)、274祠(ほこら)の森(もり)の神司(かむつかさ)珍彦(うづひこ)の娘(むすめ)で厶(ござ)います。275必(かなら)ず必(かなら)ずお心(こころ)を悩(なや)ませ下(くだ)さいますな。276きつと神(かみ)様(さま)のお名(な)を汚(けが)したり、277親(おや)兄弟(きやうだい)の御(お)面(かほ)を汚(よご)すやうなことは致(いた)しませぬ。278ねえ姫(ひめ)様(さま)、279貴女(あなた)私(わたし)の心(こころ)をよく御存(ごぞん)じでせう』
280初稚姫『御(ご)夫婦(ふうふ)様(さま)、281必(かなら)ず御(ご)心配(しんぱい)なさいますな。282楓様(かへでさま)は、283本当(ほんたう)に見上(みあ)げたお方(かた)で厶(ござ)いますよ。284きつと妾(わらは)が保証(ほしよう)致(いた)します。285如何(いか)なる魔(ま)がさしましても神(かみ)様(さま)がお守(まも)り下(くだ)さる上(うへ)は、286楓様(かへでさま)のお心(こころ)が極(きは)めて堅実(けんじつ)に居(を)られますから、287何程(なにほど)仇(あだ)し男(をとこ)が云(い)ひ寄(よ)りましても、288楓(かへで)さまに取(と)つては鎧袖(がいしう)一触(いつしよく)の感(かん)もありませぬ。289どうぞお心(こころ)を悩(なや)めないやうにして御(ご)神務(しんむ)にお尽(つく)し下(くだ)さいませ』
290珍彦(うづひこ)『ハイ有難(ありがた)う、291ようまア云(い)つて下(くだ)さいました』
292静子(しづこ)『そのお言葉(ことば)を承(うけたま)はり、293私(わたし)も安心(あんしん)を致(いた)しました。294ああ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
295と合掌(がつしやう)する。
296 斯(か)く話(はな)す折(をり)しも、297又(また)もや門口(かどぐち)に恋(こひ)の擒(とりこ)となりし人(ひと)の歌(うた)ふ声(こゑ)、298隔(へだ)ての戸(と)をすかして聞(きこ)え来(きた)る。
 
299(男の声)『ひそびそと銀(ぎん)の雨(あめ)
300 絶間(たえま)もなしに降(ふ)りそそぐ
301 うらぶれし叢(くさむら)のなげかひ
302 ああかかる日(ひ)は
303 一入(ひとしほ)痛(いた)みも出(い)づれ
304 毒(どく)の爪(つめ)をもて
305 永久(とこしへ)に癒(い)え難(がた)く
306 刻(ほ)りつけられし
307 胸(むね)の痛手(いたで)よ』
 
308と哀(あは)れな声調(せいてう)で聞(きこ)えて来(く)る。309又(また)続(つづ)いて、
 
310(男の声)『静(しづか)に静(しづか)に瞳(ひとみ)をつぶつて
311 目(め)にも見(み)えない或物(あるもの)を
312 見(み)るとき吾(われ)は銀色(ぎんいろ)の
313 夢(ゆめ)の中(うち)にぞ浸(ひた)り入(い)る
314 素裸体(すはだか)の人間(にんげん)は
315 温(あたた)かい暖(あたた)かい
316 桃色(ももいろ)の雰囲気(ふんゐき)に包(つつ)まれながら
317 歌(うた)ひつつ踊(をど)る
318 心(こころ)を蕩(とろ)かすやうな
319 メロデイーが流(なが)れ
320 総(すべ)てのものが
321 やすらかに息(いき)づく
322 吾(われ)は夢(ゆめ)の為(ため)に働(はたら)き
323 夢(ゆめ)によつて働(はたら)く
324 そして又(また)
325 夢(ゆめ)によつて、326はぐくまれてゆく』
 
327 斯(かか)る所(ところ)へ慌(あわただ)しくやつて来(き)たのは、328受付(うけつけ)のイル、329ハルの両人(りやうにん)であつた。330遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)もなく門口(かどぐち)の戸(と)を押(お)し開(ひら)き、
331イル『もし珍彦(うづひこ)様(さま)、332大変(たいへん)な事(こと)が出来(でき)ました。333どうぞ来(き)て下(くだ)さい、334タタ大変(たいへん)で厶(ござ)います』
335珍彦『慌(あわただ)しき其(その)言葉(ことば)、336大変(たいへん)とは何(なん)で厶(ござ)るかな』
337ハル『ハイ、338タタタ高姫(たかひめ)様(さま)が大変(たいへん)な事(こと)で厶(ござ)います。339どうぞ来(き)て下(くだ)さい。340到底(たうてい)私(わたくし)等(ら)の挺(てこ)には合(あ)ひませぬから』
341静子(しづこ)『何(なに)か高姫(たかひめ)様(さま)が御(ご)機嫌(きげん)でも損(そこ)ねて御(ご)立腹(りつぷく)して厶(ござ)るのかな』
342 初稚姫(はつわかひめ)は、
343初稚姫『イエイエさうぢや厶(ござ)いませぬ。344玉茸(たまたけ)を取(と)らむとして梟鳥(ふくろどり)に目(め)をこつかれ、345大杉(おほすぎ)の梢(こずゑ)から顛落(てんらく)遊(あそ)ばし、346腰(こし)の骨(ほね)を些(すこ)し挫(くじ)かれたのでせう。347決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)なさいますな、348直(すぐ)に癒(なほ)りませうから』
349イル『もしもし初稚姫(はつわかひめ)様(さま)、350貴女(あなた)そんな平気(へいき)な顔(かほ)してよう居(ゐ)られますなあ。351義理(ぎり)あるお母(かあ)さまぢやありませぬか、352サア早(はや)くお出(い)でなさいませ。353お父(とう)さまはお怪我(けが)をなさるなり、354お母(かあ)さまは木(き)から落(お)ちて苦(くる)しんで厶(ござ)るなり、355何(なに)どころぢやありますまい』
356初稚姫『ハイ直(すぐ)に参(まゐ)りますから、357お母(かあ)さまにさう仰有(おつしや)つて下(くだ)さい。358これスマートや、359早(はや)く何処(どこ)かへお隠(かく)れ』
360と云(い)ひながら、361初稚姫(はつわかひめ)は倉皇(さうくわう)として高姫(たかひめ)の危難(きなん)を救(すく)ふべく館(やかた)を立(た)ち出(い)で、362大杉(おほすぎ)の許(もと)へと歩(ほ)を急(いそ)いだ。363高姫(たかひめ)は苦(くる)しげな息(いき)をつきながら、
364高姫『アア、365其方(そなた)は初稚(はつわか)だつたか、366よう来(き)て下(くだ)さつた。367お母(かあ)さまは、368つひお父(とう)さまの病気(びやうき)を直(なほ)したいばかりに玉茸(たまたけ)を取(と)りに登(のぼ)つてこんな目(め)に遇(あ)つたのだよ。369お父(とう)さまは誰(たれ)にも知(し)れないやうにして取(と)つて呉(く)れと仰有(おつしや)つたのだが、370こんな不調法(ぶてうはふ)をして人(ひと)に見(み)つけられたから、371もう利(き)かう筈(はず)がない。372どうぞ私(わたし)には構(かま)はず、373あの森(もり)の木(き)の下(もと)にゐらつしやるのだから、374早(はや)く行(い)つて介抱(かいほう)して上(あ)げて下(くだ)さい。375私(わたし)は日出(ひのでの)神(かみ)の御(ご)守護(しゆご)があるから心配(しんぱい)は要(い)りませぬ。376サア早(はや)く往(い)つて上(あ)げて下(くだ)さい、377気(き)が気(き)ぢやありませぬから』
378初稚姫『さうだと云(い)つてお母(かあ)さまの危難(きなん)を見捨(みす)てて、379これがどうして往(ゆ)けませうか。380一旦(いつたん)親子(おやこ)の縁(えん)を結(むす)んだ上(うへ)からは、381そんな水臭(みづくさ)い事(こと)を仰有(おつしや)らずに、382どうぞ介抱(かいほう)さして下(くだ)さい、383これが貴女(あなた)に対(たい)する孝行(かうかう)のし初(はじ)めですから』
384と、385高姫(たかひめ)が妖幻坊(えうげんばう)に云(い)つた言葉(ことば)其(その)儘(まま)を応用(おうよう)して居(ゐ)る。
386高姫『エイ、387お前(まへ)は親(おや)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)かないのかい、388さうであらう。389お腹(なか)を痛(いた)めた子(こ)でないから恩(おん)も義理(ぎり)もありませぬわい。390聞(き)いて下(くだ)さらないのも仕方(しかた)がありませぬ。391もう諦(あきら)めます』
392初稚姫『お母(かあ)さま、393それでは済(す)みませぬが、394お父(とう)さまの介抱(かいほう)に参(まゐ)ります。395不孝(ふかう)の奴(やつ)とお卑(さげす)みなきやうにお願(ねが)ひ申(まを)します。396これ、397ハルさま、398イルさま、399どうぞお母(かあ)さまの介抱(かいほう)を頼(たの)みますよ。400お母(かあ)さま左様(さやう)なら』
401と云(い)ひながら此(この)場(ば)を立(た)ち去(さ)つた。402高姫(たかひめ)は相変(あひかは)らず苦悶(くもん)の息(いき)を漏(も)らして居(ゐ)る。
403(大正一二・一・二〇 旧一一・一二・四 加藤明子録)
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