霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
×
設定
URL:
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
行間
ルビの表示


アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[※]用語解説 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

脚注[*]編集用 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

外字の外周色 [?]一般のフォントに存在しない文字は専用の外字フォントを使用しています。目立つようにその文字の外周の色を変えます。[×閉じる]
現在のページには外字は使われていません

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。

第一章 貞操論(ていさうろん)〔一七二五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻 篇:第1篇 名花移植 よみ(新仮名遣い):めいかいしょく
章:第1章 貞操論 よみ(新仮名遣い):ていそうろん 通し章番号:1725
口述日:1925(大正14)年01月28日(旧01月5日) 口述場所:月光閣 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年9月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
昔、左守の職を追われたシャカンナは、政敵の一掃と国政への復帰を胸に、山奥に部下を集めて山賊の棟梁となり時宜を狙っていたが、天命を知り塞に火を放ち、部下を解散し、今は一人娘のスバールを老後の力となして暮らしていた。
今年十五を数えるスバール姫は、スダルマン太子の来訪より、密かに太子に恋心を抱いていた。
シャカンナはある日、スバールに尋ねる。太子がここに踏み迷って来られた際、スバールに思し召しがあったように見受けられたが、もし太子から迎えが来たら、その気があるだろうか、と。
スバールは、実は太子が「きっと迎えに来る」と約束したこと、また自分も太子のことを思っていることを明かす。
シャカンナは、娘の恋愛によって自分が再び政界に復帰することができると喜ぶ。
スバールは、父に対する孝養と、夫に対する恋愛では道が違う、と釘をさす。
曰く、今回の恋愛が成就することによって、結果的に、父に対する孝養もできるかもしれないが、恋愛は流動的なものであり、恋愛を主とする限り、父への孝養を保障することはできない。
恋愛は理知・道徳と相容れないものであるから、「父への孝養のために太子と結婚する」というような、倫理に恋愛を従属させるようなことでは、恋愛が成り立たない。
倫理や道徳にとらわれて、女の一生を霊的に抹殺されることは耐えられない。「神聖な霊魂を男子に翻弄される事は、女一人として堪えられない悲哀」
人格と人格との結合によって、初めて完全な恋愛が行われる。
恋愛は恋愛として、どこまでも自由でなければならない。
だから、もし他にもっと好きな相手ができたら、そちらに恋愛を移すのが自然の成り行きであり、結婚を理由に貞操を守れ、というのは不合理である。
倫理の観点から結婚を見るなら、女子に貞操を強要するのであれば、当然夫に対しても貞操を強要しなければならない。
しかし、恋愛の観点から結婚を見るなら、夫は女房が他の男に恋するのを押さえつけてはいけないし、妻は妻で、夫の他の女に対する恋愛を遂げさせてあげるのが、真に夫を愛するということになる。
また、一夫一婦制に対しての反論
男女が平均に生まれないため、一夫一婦制ではない国も、世界にはたくさんある。
むしろ君子的人格者はたくさんの妻を持ち、その子供を四方に配ることが、国家にとって利益になる。
道徳と恋愛を別のものとして考えることで、家庭は家庭としてうまくいき、恋愛は恋愛として自由に行われる。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-08-28 00:08:14 文字数:8880 OBC :rm6801
愛善世界社版:7頁 八幡書店版:第12輯 151頁 修補版: 校定版:7頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 樹々(きぎ)の緑(みどり)も浅倉山(あさくらやま)の嫩芽(どんが)、002巻紙(まきがみ)を拡(ひろ)げて一(いち)枚(まい)々々(いちまい)楕円(だゑん)の舌(した)をはみ出(だ)し、003晩春(ばんしゆん)の風(かぜ)に揺(ゆ)られて無言(むごん)の囁(ささや)きをつづけて居(ゐ)る。
004 春(はる)の終(をは)りとは云(い)へ、005高地帯(かうちたい)の山奥(やまおく)では都路(みやこぢ)に比(ひ)して一(いつ)ケ月(げつ)ばかり木(き)の芽(め)の生(おひ)立(た)ちも遅(おく)れてゐる。
006 虎(とら)、007狼(おほかみ)、008獅子(しし)、009熊(くま)の哮(うな)り声(ごゑ)、010小鳥(ことり)の百囀(ももさへづ)り、011春風(はるかぜ)の木々(きぎ)の梢(こずゑ)をもむ音(おと)、012それより外(ほか)に聞(き)くものもなき此(この)山奥(やまおく)に、013其(その)昔(むかし)タラハン国(ごく)の左守(さもり)の司(かみ)と仕(つか)へたるシャカンナは014年(とし)老(お)いたりと雖(いへど)勇気(ゆうき)は昔(むかし)に衰(おとろ)へず、015一朝(いつてう)、016時(とき)を得(う)れば潜竜(せんりう)の淵(ふち)を出(い)でて天(てん)に躍(をど)るが如(ごと)く、017天下(てんか)国家(こくか)の為(ため)に昔(むかし)とつたる杵柄(きねづか)の逞(たくま)しき両腕(りやううで)を国政(こくせい)の上(うへ)に試(こころ)みむとし、018数百(すうひやく)の部下(ぶか)を人跡(じんせき)稀(まれ)なる山奥(やまおく)に集(あつ)めて回天(くわいてん)の神策(しんさく)に身心(しんしん)を傾(かたむ)けて居(ゐ)たが019フトした事(こと)より、020行(ゆ)く年波(としなみ)と共(とも)に天命(てんめい)を知(し)り山寨(さんさい)に火(ひ)を放(はな)ち、021数多(あまた)の部下(ぶか)を解散(かいさん)し、022今年(ことし)十五(じふご)の春(はる)を迎(むか)へた最愛(さいあい)の一女(いちぢよ)スバール姫(ひめ)を老後(らうご)の力(ちから)となして023一陽(いちやう)来復(らいふく)の時(とき)を待(ま)ちつつあつた。
024 恰(あたか)も天(てん)から降(ふ)つて湧(わ)いたる如(ごと)く思(おも)ひがけなきタラハン国(ごく)のスダルマン太子(たいし)が025吾(わが)政敵(せいてき)なる左守(さもり)の悴(せがれ)、0251アリナと共(とも)に026雨露(あめつゆ)を凌(しの)ぐに堪(た)ゆべき茅屋(あばらや)の破(やぶ)れ戸(ど)を叩(たた)くに会(あ)ひ、0261仮寝(うたたね)の夢(ゆめ)を破(やぶ)られ027十(じふ)年(ねん)振(ぶ)りにて主従(しゆじゆう)の対面(たいめん)をなしたる数奇(すうき)極(きは)まる運命(うんめい)に、028大旱(たいかん)になやんで萎(しほ)れかかりし木(き)の葉(は)の029雨露(あめつゆ)の恵(めぐ)みに遭(あ)ひて、0291生々(せいせい)と復活(ふくくわつ)したるが如(ごと)き心地(ここち)し、030日夜(にちや)腕(うで)を扼(やく)してタラハン城(じやう)の空(そら)を眺(なが)めて再生(さいせい)活躍(くわつやく)の希望(きばう)を漲(みなぎ)らしつつあつた。
031 日頃(ひごろ)淋(さび)しく感(かん)ずる猛獣(まうじう)の声(こゑ)も、032悲哀(ひあい)に満(み)ちた百鳥(ももどり)の囀(さへづ)りも033此(この)頃(ごろ)は何(なん)となく生気(せいき)溌溂(はつらつ)として己(おの)が出盧(しゆつろ)を促(うなが)すものの如(ごと)く、034谷川(たにがは)のせせらぎの音(ね)にも035梢(こずゑ)を亘(わた)る風(かぜ)の音(ね)にも、036希望(きばう)の声(こゑ)が満(み)ちて居(ゐ)るやうに感(かん)じられた。
037 俗臭(ぞくしう)紛々(ふんぷん)として罪悪(ざいあく)に満(み)ちたる暗黒(あんこく)の社会(しやくわい)、038人面(にんめん)獣心(じうしん)の化物(ばけもの)共(ども)が白昼(はくちう)を横行(わうかう)濶歩(くわつぽ)する都大路(みやこおほぢ)の塵(ちり)にも染(そ)まぬ天成(てんせい)の美人(びじん)スバール姫(ひめ)が、039浅倉山(あさくらやま)の山奥(やまおく)、040玉(たま)の川(がは)の上流(じやうりう)、041清(きよ)く流(なが)れて激潭(げきたん)飛沫(ひまつ)をとばす岸(きし)の片辺(かたほとり)、042千畳(せんでふ)の岩石(がんせき)を以(もつ)て区劃(くくわく)された川(かは)の淵(ふち)、043淋(さび)しげに立(た)てられた、0431掘(ほ)り込(こ)み建(だ)ちの茅屋(あばらや)に044鬼(おに)をも挫(ひし)ぐ父(ちち)のシャカンナと共(とも)に、045無心(むしん)の生命(せいめい)を保(たも)ち、046千歳(ちとせ)の苔(こけ)に玉(たま)の肌(はだ)を包(つつ)まれて、047今(いま)まで社会(しやくわい)に落伍(らくご)した人間(にんげん)の屑(くづ)小盗人(こぬすと)共(ども)に、048女帝(によてい)の如(ごと)く、049王女(わうぢよ)の如(ごと)くもてはやされ、050人生(じんせい)の春(はる)を過(す)ごすこそ、051せめてものスバール姫(ひめ)が心(こころ)の誇(ほこ)り、052もし此(この)ままにして世(よ)に出(い)でずば053獣(けもの)臭(くさ)き山男(やまをとこ)の妻(つま)となるか、054泥棒(どろばう)の妻(つま)となつて女盗賊(をんなたうぞく)の頭目(とうもく)として一生(いつしやう)を終(をは)るか、055但(ただし)は見(み)るべき花(はな)として時(とき)の力(ちから)に散(ち)り失(う)せ実(み)を結(むす)ばず、056木(き)の根(ね)の肥料(こえ)となるか、057さもなくば可惜(あたら)美人(びじん)の生涯(しやうがい)を真黒(まつくろ)の毛脛(けずね)に抱(だ)き通(とほ)され、058果敢(はか)なき一生(いつしやう)を送(おく)るより外(ほか)に道(みち)なき姫(ひめ)の運命(うんめい)、059人間(にんげん)としては余(あま)りに艶麗(えんれい)に過(す)ぎたる其(その)容貌(ようばう)、060諺(ことわざ)に云(い)ふ美人(びじん)の薄命(はくめい)、061結縁(むすぶ)の神(かみ)に憎(にく)まれて此(この)山中(さんちう)に葬(はうむ)らるべき可惜(あたら)もの。062さりながら、063父(ちち)の権威(けんゐ)と吾(わが)身(み)の年(とし)若(わか)きに過(す)ぎたるを幸(さいは)ひ、064悪性(あくしやう)男(をとこ)の暴力(ばうりよく)に木(き)の根(ね)を枕(まくら)の犠牲(ぎせい)にもならず、065今日(こんにち)十五(じふご)の春(はる)まで身(み)を犯(をか)されず、066霊(れい)を弄(もてあそ)ばれず、067春秋(しゆんじう)を送(おく)り迎(むか)へして来(き)たのは、068せめてもの彼(か)の少女(せうぢよ)にとつては幸(さいはひ)である。069六(ろく)才(さい)の春(はる)より父親(てておや)の手(て)に育(そだ)てられ070浅倉谷(あさくらだに)の清流(せいりう)、071岩(いは)にせかるる谷(たに)の淵瀬(ふちせ)の水鏡(みづかがみ)はあり乍(なが)ら、072地(ち)を撫(な)でる如(ごと)き長(なが)き頭(かしら)の黒髪(くろかみ)を無雑作(むざふさ)にクルクルとまきつけて結(むす)び、073浮世(うきよ)の風(かぜ)の響(ひびき)さへ知(し)らず、074もし人(ひと)あつて此(この)美人(びじん)を都大路(みやこおほぢ)の真中(まんなか)につき出(だ)さうものなら、075万金(まんきん)を費(つひや)しても見(み)られぬ筈(はず)の玉(たま)を伸(の)べたる如(ごと)き腕(かひな)も脛(すね)も露(あらは)に惜気(をしげ)もなく076タニグク颪(おろし)に散(ち)り来(く)る木(こ)の葉(は)の屑(くづ)に弄(もてあそ)ばれ、077一片(いつぺん)の人工(じんこう)も施(ほどこ)さず、078天成(てんせい)そのままの玉(たま)の肌(はだ)を此(この)山奥(やまおく)に横(よこ)たへ、079暇(ひま)ある時(とき)は、080獅子(しし)、081兎(うさぎ)の安息所(あんそくしよ)たる山林(さんりん)に別(わ)け入(い)つて、082薪(たきぎ)を背負(せお)ひ、083炊事(すゐじ)万端(ばんたん)まめまめしく父(ちち)の労苦(らうく)を助(たす)けて居(ゐ)た。084紅(べに)白粉(おしろい)香油(かうゆう)等(など)の補助(ほじよ)的(てき)粧飾品(さうしよくひん)は生(うま)れて以来(このかた)、085見(み)た事(こと)もなく、086身(み)につけた事(こと)もない、087只(ただ)惟神(かむながら)のままに生立(おひた)つた。088原野(げんや)に咲(さ)き匂(にほ)ふ花(はな)の粧(よそほひ)を此(この)山奥(やまおく)に人知(ひとし)れずさらすのは、089宛然(さながら)造化(ざうくわ)の技巧(ぎかう)をこらして作(つく)り上(あ)げた天真(てんしん)の美貌(びばう)、090どこへ転(ころ)がしても玉(たま)は玉(たま)、091如何(いか)に粗末(そまつ)でも蘭麝(らんじや)は蘭麝(らんじや)の香(か)を備(そな)ふる道理(だうり)、092どこともなく云(い)ふに云(い)はれぬ床(ゆか)し気(げ)がある。093蔭裏(かげうら)の豆(まめ)も時節(じせつ)が来(く)れば花(はな)を開(ひら)き果(み)を結(むす)ぶ道理(だうり)、094今年(ことし)十五(じふご)の春(はる)を迎(むか)へたスバール姫(ひめ)も095天極(てんごく)紫微宮(しびきう)より降(くだ)らせ給(たま)ひしエンゼルにも等(ひと)しきスダルマン太子(たいし)の、096どこともなく雄々(をを)しき男(をとこ)らしき床(ゆか)しき容貌(ようばう)と其(その)謦咳(けいがい)に接(せつ)してより、097時(とき)ならぬ顔(かほ)に紅葉(もみぢ)を散(ち)らし、098梅花(ばいくわ)一輪(いちりん)春陽(しゆんやう)に遭(あ)うて綻(ほころ)び初(そ)めし心地(ここち)、099子供心(こどもごころ)にも恋(こひ)てふものの怪(あや)しき魔物(まもの)に捕捉(ほそく)さるるに至(いた)つた。100雨(あめ)の朝(あした)、101風(かぜ)の夕(ゆふべ)、102少女(せうぢよ)は浅倉谷(あさくらだに)の清流(せいりう)に向(むか)つて両手(りやうて)を合(あは)せ、103激湍(げきたん)飛沫(ひまつ)の猛(たけ)り狂(くる)ふ有様(ありさま)を見(み)てはスダルマン太子(たいし)の雄々(をを)しき御心(みこころ)と崇(あが)め、104清(きよ)き溪流(けいりう)を眺(なが)めては太子(たいし)の御心(みこころ)の清(きよ)き鏡(かがみ)と拝(はい)し、105小鳥(ことり)の声(こゑ)、106梢(こずゑ)を亘(わた)る風(かぜ)の音(ね)も太子(たいし)の甘(あま)き言葉(ことば)の如(ごと)く思(おも)はれ、107林(はやし)に咲(さ)き匂(にほ)ふ緑(みどり)、108紅(くれなゐ)、109白(しろ)、110赤(あか)、111黄色(きいろ)の花(はな)を眺(なが)めては太子(たいし)の御(おん)顔(かんばせ)を偲(しの)び、112満天(まんてん)の星光(せいくわう)を圧(あつ)して昇(のぼ)る月影(つきかげ)に対(たい)しては、113あの円満(ゑんまん)なる月(つき)の顔(かんばせ)は正(まさ)しく太子(たいし)の清(きよ)き、114やさしき御(おん)姿(すがた)、115吾(わが)生命(せいめい)の綱(つな)と憧(あこ)がれ、116物(もの)に接(せつ)し、117事(こと)に触(ふ)れ、118森羅(しんら)万象(ばんしやう)悉(ことごと)く、119一(いつ)として太子(たいし)の声(こゑ)ならざるはなく、120太子(たいし)の姿(すがた)ならざるはなき、121深(ふか)くも恋(こひ)の暗(やみ)に滝津瀬(たきつせ)のおちくる如(ごと)く強度(きやうど)の勢(いきほひ)を以(もつ)て122千尋(ちひろ)の深(ふか)き底(そこ)に沈(しづ)み行(ゆ)くのであつた。
123 シャカンナはスバール姫(ひめ)の此(この)頃(ごろ)の様子(やうす)の、124如何(いか)にも腑(ふ)に落(お)ちぬに心(こころ)を悩(なや)ませ、125娘(むすめ)の親(おや)として、126あらむ限(かぎ)りの思索(しさく)を廻(めぐ)らし、127時々(ときどき)溜息(ためいき)を吐(つ)く事(こと)さへあつた。128或(ある)時(とき)シャカンナはスバール姫(ひめ)に向(むか)ひ、129少(すこ)しく声(こゑ)を潜(ひそ)め、130姫(ひめ)の顔(かほ)を覗(のぞ)くやうにして頬杖(ほほづゑ)をつき乍(なが)ら、
131シャカンナ『スバール姫(ひめ)よ、132お前(まへ)も今年(ことし)は十五(じふご)の春(はる)を迎(むか)へた年頃(としごろ)の娘(むすめ)、133此(この)親(おや)として自分(じぶん)もお前(まへ)の身(み)を見(み)るにつけ、134可惜(あたら)名玉(めいぎよく)を此(この)山奥(やまおく)に埋(うづ)め度(た)くはないのだ。135俺(わし)は一旦(いつたん)左守(さもり)の司(かみ)の職掌(しよくしやう)を退(しりぞ)き136君側(くんそく)に蟠(わだかま)る奸邪(かんじや)侫人(ねいじん)を打(うち)払(はら)ひ137タラハン国(ごく)城下(じやうか)の安寧(あんねい)秩序(ちつじよ)を保(たも)ち、138一(いつ)は王家(わうけ)のため、139一(いつ)は国家(こくか)万民(ばんみん)のため140時節(じせつ)を待(ま)つて一臂(いつぴ)の力(ちから)を揮(ふる)つて見(み)むと141此(この)山奥(やまおく)に山賊(さんぞく)共(ども)を呼(よ)び集(あつ)め、142捲土(けんど)重来(ぢうらい)の時期(じき)を待(ま)つて居(ゐ)た。143待(ま)つ事(こと)殆(ほと)んど十(じふ)年(ねん)、144されど数多(あまた)の部下(ぶか)は集(あつ)まつて来(き)ても145一(いち)人(にん)として心(こころ)の底(そこ)を打(うち)明(あ)かし、1451大業(たいげふ)遂行(すゐかう)に対(たい)し片腕(かたうで)の力(ちから)になるものも出(で)て来(こ)ない。146それがため父(ちち)はホトホト世(よ)の中(なか)が嫌(いや)になり、147お前(まへ)も知(し)る通(とほ)り、148タニグク谷(だに)の山寨(さんさい)に火(ひ)を放(はな)つて、149玄真坊(げんしんばう)の後(あと)を追(お)つて居(ゐ)た部下(ぶか)の不在中(ふざいちう)、150此(この)浅倉谷(あさくらだに)の隠(かく)れ家(や)に、1501お前(まへ)と二人(ふたり)の佗住居(わびずまゐ)、151味気(あぢき)なき余生(よせい)を送(おく)らむものと覚悟(かくご)を定(き)めて居(ゐ)たが、152雄心(ゆうしん)勃々(ぼつぼつ)として脾肉(ひにく)の嘆(たん)に堪(た)へず、153一層(いつそう)のこと此(この)世(よ)の思(おも)ひ出(で)にタラハン城(じやう)へ只(ただ)一騎(いつき)乗(の)り込(こ)み、154君側(くんそく)に蟠(わだか)まる悪人輩(あくにんばら)を打(うち)亡(ほろ)ぼし、155国家(こくか)の災(わざはひ)を除(のぞ)き、156俺(わし)はその場(ば)で自殺(じさつ)をなして罪(つみ)を謝(しや)せむかと、157幾度(いくたび)かとつおいつ思案(しあん)はして見(み)たが、158天(てん)にも地(ち)にも親(おや)一人(ひとり)、159娘(こ)一人(ひとり)の其方(そなた)を後(あと)に残(のこ)して先立(さきだ)たむも、160其方(そなた)に対(たい)して不憫(ふびん)であり、161大悪人(だいあくにん)の娘(むすめ)と、162其方(そなた)が世(よ)の人(ひと)に後指(うしろゆび)さされるのも心苦(こころぐる)しく、163それ故(ゆゑ)、164男(をとこ)らしき働(はたら)きも得(え)なさず、165躊躇(ちうちよ)逡巡(しゆんじゆん)女々(めめ)しくも今日(けふ)迄(まで)、166可惜(あたら)光陰(くわういん)を空(むな)しく費(つひや)して来(き)たのだ。167然(しか)るに天(てん)の恵(めぐ)みか、168地(ち)の救(すく)ひか、169ゆくりなくも先月(あとげつ)の今日(けふ)今頃(いまごろ)、170夢(ゆめ)見(み)る如(ごと)きスダルマン太子(たいし)が吾(わが)茅屋(あばらや)に踏(ふ)み迷(まよ)つて来(こ)られ、171金枝(きんし)玉葉(ぎよくえふ)の御(おん)身(み)を以(もつ)て、172此(この)茅屋(あばらや)に一夜(いちや)を過(す)ごされたのも何(なに)かの神(かみ)の御(お)引合(ひきあは)せであらう。173つらつら思(おも)ふに、174神(かみ)様(さま)は此(この)シャカンナに一(いち)時(じ)も早(はや)く山(やま)を出(い)で都(みやこ)に上(のぼ)つて、175国家(こくか)の危急(ききふ)を救(すく)へとの暗示(あんじ)のやうにも考(かんが)へられる。176それについては、177其方(そなた)は幸(さいは)ひに世(よ)にも稀(まれ)なる美人(びじん)、178万々一(まんまんいち)冥加(みやうが)に叶(かな)つて太子(たいし)様(さま)のお心(こころ)に召(め)したならば、179それこそ父(ちち)の大望(たいまう)にとつても国家(こくか)にとつても之(これ)位(くらゐ)都合(つがふ)の良(い)い事(こと)はない。180然(しか)しながら何事(なにごと)も人間(にんげん)は運命(うんめい)に左右(さいう)されるものだから、181窮極(きうきよく)する所(ところ)は到底(たうてい)人間力(にんげんりき)ではいかないだらう。182そして又(また)男女(だんぢよ)の関係(くわんけい)と云(い)ふものは実(じつ)に不可思議(ふかしぎ)のもので、183何(なに)程(ほど)太子(たいし)様(さま)がお前(まへ)を寵愛(ちようあい)遊(あそ)ばしても、184お前(まへ)の心(こころ)に太子(たいし)を恋慕(れんぼ)する心(こころ)がなければ、185無理(むり)に親(おや)の権威(けんゐ)を以(もつ)て結婚(けつこん)を強(し)ひる訳(わけ)にも行(ゆ)かず、186父(ちち)の眼(め)より観察(くわんさつ)すれば、187どうやら太子(たいし)様(さま)は、188其方(そなた)に思召(おぼしめし)があるやうに感(かん)ぜられた。189然(しか)し乍(なが)ら結婚(けつこん)は恋愛(れんあい)によつて成立(せいりつ)するものだから、190何(なに)程(ほど)少女(せうぢよ)だと云(い)つても、191吾(わが)娘(むすめ)だと云(い)つても、192之(これ)許(ばか)りは父(ちち)の自由(じいう)にはならない。193お前(まへ)の考(かんが)へはどう思(おも)つてゐるか、194遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)は要(い)らぬ。195切(き)つても切(き)れぬ親娘(おやこ)の仲(なか)だ。196そして、197お前(まへ)の一生(いつしやう)一代(いちだい)の大事件(だいじけん)だ。198予(あらかじ)め、199お前(まへ)の心(こころ)を此(この)父(ちち)に聞(き)かしてくれ。200お前(まへ)の心(こころ)を聞(き)いた上(うへ)、201此(この)父(ちち)にも亦(また)劃策(くわくさく)する所(ところ)があるから』
202 スバール姫(ひめ)は少女(せうぢよ)に似合(にあ)はず、203性質(せいしつ)怜悧(れいり)で山(やま)の奥(おく)に育(そだ)ち乍(なが)ら、204人情(にんじやう)の機微(きび)に比較(ひかく)的(てき)通(つう)じてゐた。205そして十二三(じふにさん)才(さい)の頃(ころ)より、206恋愛(れんあい)と云(い)ふ事(こと)に趣味(しゆみ)を感(かん)じ、207数百(すうひやく)の部下(ぶか)の面貌(めんばう)を一々(いちいち)点検(てんけん)して、208顔容(かほかたち)や、209性質(せいしつ)や起居(たちゐ)振舞(ふるまひ)等(とう)に注意(ちうい)し、210男子(だんし)に対(たい)する一種(いつしゆ)の批評眼(ひひやうがん)を備(そな)へて居(ゐ)た。211然(しか)し乍(なが)ら、212どの男(をとこ)を見(み)ても心性(しんせい)の下劣(げれつ)な、213容貌(ようばう)の野卑(やひ)な山猿(やまざる)的(てき)人間(にんげん)許(ばか)りで、214スバールが一生(いつしやう)を任(まか)す夫(をつと)として選(えら)むべき玉(たま)は一(ひと)つも見当(みあた)らなかつた。215六(ろく)才(さい)の時(とき)、216タラハン城(じやう)を後(あと)に、217此(この)山奥(やまおく)に父(ちち)の手(て)に育(そだ)てられ、218荒(あら)くれ男(をとこ)の奇怪(きくわい)な面貌(めんばう)をした小人輩(せうじんばら)許(ばか)りを眺(なが)めて居(ゐ)た彼(かれ)は……世(よ)の中(なか)の男(をとこ)と云(い)ふものは凡(すべ)て此(この)様(やう)な獣(けだもの)めいたものだらうか。219何(いづ)れの人間(にんげん)を見(み)ても左右(さいう)の目(め)が不揃(ふそろ)ひであつたり上下(うへした)になつてゐたり、220鼻柱(はなばしら)が右(みぎ)へ曲(まが)つたり左(ひだり)へ曲(まが)つたり、221口(くち)の形(かたち)から歯(は)の生(は)え具合(ぐあひ)、222起居(たちゐ)振舞(ふるまひ)迄(まで)見(み)て、223……実(じつ)に男子(だんし)てふものは情(なさけ)ないものだ。224此(この)世(よ)の中(なか)は何故(なにゆゑ)、225こんな化物(ばけもの)許(ばか)り棲(す)んでゐるのだらう。226あゝ情(なさけ)ない浮世(うきよ)だな……と、227いつも落胆(らくたん)失望(しつばう)の淵(ふち)に沈(しづ)んでゐたが、228フトした事(こと)からタラハン城(じやう)の太子(たいし)の君(きみ)に巡(めぐ)り合(あ)ひ、229其(その)気高(けだか)き姿(すがた)に憧(あこ)がれ、230又(また)左守(さもり)の悴(せがれ)アリナの容貌(ようばう)も捨(す)て難(がた)き所(ところ)がある。231之(これ)を思(おも)へば、232……今(いま)迄(まで)十(じふ)年間(ねんかん)眺(なが)めて居(ゐ)たやうな屑男(くづをとこ)許(ばか)りではあるまい、233世(よ)の中(なか)には百(ひやく)人(にん)に一人(ひとり)や二人(ふたり)は人間(にんげん)らしい面(つら)をした男(をとこ)もあるだらう。234太子(たいし)様(さま)がお帰(かへ)りの時(とき)、235自分(じぶん)の手(て)を固(かた)く握(にぎ)つて、236『これ、237スバール、238屹度(きつと)迎(むか)へに来(く)るよ』と耳(みみ)の側(そば)で囁(ささや)き遊(あそ)ばした時(とき)の嬉(うれ)しさ。239然(しか)し、240かやうな山奥(やまおく)に育(そだ)つた世間(せけん)知(し)らずの妾(わらは)をば、241どうして永遠(ゑいゑん)に寵愛(ちようあい)して下(くだ)さる道理(だうり)があらう。242地位(ちゐ)と云(い)ひ容貌(ようばう)と云(い)ひ、243名望(めいばう)と云(い)ひ、244比稀(たぐひまれ)なる若君(わかぎみ)なれば245都大路(みやこおほぢ)には立派(りつぱ)な女(をんな)も沢山(たくさん)あるだらう。246そして太子(たいし)様(さま)の権威(けんゐ)と富力(ふりよく)によらば、247いかなる天下(てんか)の美人(びじん)も、248引寄(ひきよ)せ給(たま)ふ事(こと)が出来(でき)るであらう。249太子(たいし)様(さま)は、250どこ迄(まで)も恋(こひ)しい。251寝(ね)ても覚(さ)めても忘(わす)れられぬ。252何(なん)だか此(この)頃(ごろ)は吾(わが)心(こころ)さへボンヤリとして来(き)たやうだ。253然(しか)し乍(なが)ら都大路(みやこおほぢ)に出(で)て、254幸(さひは)ひに太子(たいし)様(さま)の御(ご)寵愛(ちようあい)を蒙(かうむ)つた所(ところ)でさへ、255夢(ゆめ)の間(ま)の朝顔(あさがほ)の花(はな)、256朝(あさ)の露(つゆ)が乾(かわ)けば夕(ゆふべ)に萎(しほ)るる道理(だうり)、257可惜(あたら)罪(つみ)を作(つく)るよりも一層(いつそう)の事(こと)、258吾(わが)恋(こ)ふる心(こころ)を太子(たいし)様(さま)に奉(たてまつ)り、259一生(いつしやう)の操(みさを)を守(まも)つて父(ちち)と共(とも)に此(この)山奥(やまおく)に朽(く)ちむか……と、260雄々(をを)しくも恋(こひ)の焔(ほのほ)を自(みづか)ら消(け)してゐた。261そこへ父(ちち)のシャカンナが意味(いみ)ありげな言葉(ことば)を聞(き)いて、262スバール姫(ひめ)は何(なん)とはなしに前途(ぜんと)有望(いうばう)のやうな感(かん)じがムラムラと湧(わ)き出(い)で、263俯向(うつむ)き乍(なが)ら、264顔(かほ)を紅(くれなゐ)に染(そ)め、265恥(はづ)かしげに云(い)ふ。
266『お父(とう)様(さま)、267遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)なく思(おも)つてゐる事(こと)を云(い)へと仰(おつしや)いましたから、268今日(けふ)は妾(わらは)の一生(いつしやう)の一大事(いちだいじ)、269何(なに)もかも思(おも)つてゐる事(こと)を申(まをし)上(あ)げます。270どうか叱(しか)らないやうにして下(くだ)さい』
271シャ『何(なに)、272叱(しか)るものか。273どんな事(こと)でも思(おも)つた事(こと)を父(ちち)の前(まへ)で云(い)つて見(み)るがよい』
274ス『そんなら申(まをし)上(あ)げます。275もうかうなつてはお隠(かく)し申(まを)すも及(およ)びませぬから、276太子(たいし)様(さま)がお帰(かへ)りの時(とき)、277妾(わらは)の手(て)を固(かた)く握(にぎ)り「スバール姫(ひめ)よ、278暫(しばら)く待(ま)つてゐよ。279屹度(きつと)迎(むか)へに来(き)てやる」と仰有(おつしや)いました。280自惚(うぬぼれ)かは知(し)りませぬが、281太子(たいし)様(さま)は……あの妾(わらは)にラブしてゐらつしやるでせう。282そして妾(わらは)も……』
283シャ『アツハヽヽヽ、284さうだらう 285さうだらう、286やつぱり父(ちち)の睨(にら)んだ通(とほ)りだ。287そして太子(たいし)様(さま)が迎(むか)へに来(き)て下(くだ)さつたら、288お前(まへ)は喜(よろこ)んで行(ゆ)くだらうな』
289ス『ハイ、290それは参(まゐ)らぬ事(こと)も厶(ござ)いませぬが、291何(なん)と云(い)つてもラブは神聖(しんせい)なもので厶(ござ)いますから、292余程(よほど)考(かんが)へさして頂(いただ)かねばなりませぬ』
293シャ『ウン、294それもさうだな。295何(なん)と云(い)つても一国(いつこく)の主権者(しゆけんしや)におなり遊(あそ)ばす御(お)方(かた)、296至尊(しそん)至貴(しき)にして犯(をか)すべからざる王太子(わうたいし)様(さま)の妃(ひ)になるのは297お前(まへ)も女(をんな)としては無上(むじやう)の出世(しゆつせ)だ。298お前(まへ)の為(ため)に此(こ)の父(ちち)も枯木(かれき)に花(はな)の咲(さ)く時節(じせつ)が来(く)るのだから、299どうか太子(たいし)様(さま)の思召(おぼしめし)がお前(まへ)をどこ迄(まで)も妃(きさき)にすると云(い)ふ考(かんが)へが定(きま)つたならば、300父(ちち)の為(ため)にもなる事(こと)だから喜(よろこ)んで行(い)つてくれるだらうな』
301ス『父(ちち)の為(ため)には孝養(かうやう)を尽(つく)すを以(もつ)て子(こ)たるものの務(つと)めと致(いた)します。302父(ちち)の為(ため)と恋愛(れんあい)の為(ため)とは道(みち)が違(ちが)ふぢやありませぬか。303もし妾(わらは)の恋愛(れんあい)が完全(くわんぜん)に成就(じやうじゆ)したのならば、304副産物(ふくさんぶつ)としてお父(とう)様(さま)も幸運(かううん)に向(むか)はれるでせう。305お父(とう)さまの幸運(かううん)はつまり此(こ)の恋愛(れんあい)が成就(じやうじゆ)するからでせう。306妾(わらは)はお父(とう)様(さま)に対(たい)しては孝養(かうやう)を主(しゆ)とし、307夫(をつと)に対(たい)しては恋愛(れんあい)を主(しゆ)とするものです。308それが至当(したう)の道理(だうり)と考(かんが)へてゐます』
309シャ『アツハヽヽヽ、310何時(いつ)の間(ま)に、311そんな理窟(りくつ)を覚(おぼ)えたのだ。312夫(をつと)が主(しゆ)で父(ちち)が従(じう)とはチツとひどいぢやないか。313それでは倫理学(りんりがく)上(じやう)由々(ゆゆ)しき大問題(だいもんだい)だ』
314ス『そんならお父(とう)様(さま)の孝養(かうやう)を主(しゆ)として恋愛(れんあい)を一生(いつしやう)葬(はうむ)りませう。315その代(かは)り316此(この)山奥(やまおく)に一生(いつしやう)朽(く)ち果(は)てる覚悟(かくご)で厶(ござ)いますから』
317シャ『そんな、318ならぬ事(こと)を云(い)ふものぢやない。319親(おや)の云(い)ひ条(でう)について太子(たいし)様(さま)のお妃(きさき)になれば320孝養(かうやう)も恋愛(れんあい)も完全(くわんぜん)に成就(じやうじゆ)するぢやないか』
321ス『孝養(かうやう)と恋愛(れんあい)が両方(りやうはう)円満(ゑんまん)に成功(せいこう)すれば、322こんな結構(けつこう)な喜(よろこ)びは厶(ござ)いませぬ。323然(しか)し乍(なが)ら世(よ)の中(なか)には、324さう誂(あつら)へ向(むき)に行(ゆ)かない事(こと)が沢山(たくさん)あるでせう。325凡(すべ)て恋愛(れんあい)なるものは愛情(あいじやう)から来(く)るものです。326愛情(あいじやう)はどこどこ迄(まで)も拡大(くわくだい)すべきもの、327又(また)流動性(りうどうせい)を帯(お)びてゐるものですから、328倫理(りんり)や道徳(だうとく)や知識(ちしき)を以(もつ)て制縛(せいばく)し得(う)るものではありませぬ。329もし恋愛(れんあい)に理智(りち)が加(くは)はれば恋愛(れんあい)そのものは、330千(せん)里(り)の遠方(ゑんぱう)に逃(に)げ出(だ)してゐるぢやありませぬか。331智性(ちせい)と意性(いせい)即(すなは)ち理智(りち)と愛情(あいじやう)とは到底(たうてい)両立(りやうりつ)しないものでせう』
332シャ『何時(いつ)の間(ま)にか333誰(たれ)も教(をし)へないのに、334こましやくれたものだな。335ほんとに「油断(ゆだん)のならぬは娘(むすめ)だ」と云(い)ふが、336此(この)父(ちち)もお前(まへ)の話(はなし)を聞(き)いて荒肝(あらぎも)を挫(ひし)がれて了(しま)つたよ』
337ス『お父(とう)さまは昔気質(むかしかたぎ)でお頭(つもり)が少(すこ)し古(ふる)く出来(でき)てゐますから、338恋愛(れんあい)問題(もんだい)等(など)に容喙(ようかい)なさる資格(しかく)はありますまいよ。339どうか此(この)問題(もんだい)は妾(わらは)の意志(いし)に任(まか)して下(くだ)さいませ。340古(ふる)い倫理(りんり)や道徳説(だうとくせつ)に囚(とら)はれて341可惜(あたら)女(をんな)の一生(いつしやう)を霊的(れいてき)に抹殺(まつさつ)される事(こと)は堪(た)へられませぬ。342神聖(しんせい)な霊魂(れいこん)を男子(だんし)に翻弄(ほんろう)される事(こと)は343女(をんな)一人(ひとり)として堪(た)へられない悲哀(ひあい)ですから、344仮令(たとへ)太子(たいし)様(さま)が妾(わらは)を寵愛(ちようあい)して下(くだ)さるにした所(ところ)で、345妾(わらは)が太子(たいし)様(さま)以上(いじやう)に愛(あい)する男子(だんし)が現(あら)はれたとすれば、346その時(とき)はお父(とう)様(さま)はどう思(おも)ひますか』
347シャ『これは怪(け)しからぬ。348「女(をんな)は三界(さんがい)に家(いへ)なし」と云(い)つて、349夫(をつと)の家(いへ)に嫁(とつ)いだ時(とき)は、350いかなる不幸(ふかう)も不満(ふまん)も堪(こら)へ忍(しの)ばねばならぬ。351そして舅(しうと)姑(しうとめ)によく仕(つか)へ、352親(おや)や夫(をつと)の無理(むり)を平気(へいき)で甘受(かんじゆ)せねばならぬものだ。353それが女(をんな)として最(もつと)も尊(たふと)い務(つと)めだ。354その考(かんが)へがなくちや到底(たうてい)女(をんな)として立(た)つ事(こと)は出来(でき)ないぞ。355それが女(をんな)の貞操(ていさう)だからのう』
356ス『ホヽヽヽ、357それだからお父(とう)さまは頭(あたま)が古(ふる)いと云(い)ふのですよ。358男女(だんぢよ)は同権(どうけん)ぢやありませぬか。359男子(だんし)が一個(いつこ)の人格者(じんかくしや)ならば、360女(をんな)だつてやつぱり一個(いつこ)の人格者(じんかくしや)でせう。361人格(じんかく)と人格(じんかく)との結合(けつがふ)によつて、362初(はじ)めて完全(くわんぜん)な恋愛(れんあい)が行(おこな)はれ、363結婚(けつこん)が成立(せいりつ)するのでせう。364恋愛(れんあい)は恋愛(れんあい)として、365どこ迄(まで)も自由(じいう)でなけれねば、366結婚(けつこん)と云(い)ふ関門(くわんもん)を通過(つうくわ)した女(をんな)は殆(ほとん)ど奴隷(どれい)的(てき)牢獄(らうごく)に投(とう)ぜられたやうなものです。367男子(だんし)は好(す)きすつぽうに己(おの)が愛(あい)する女(をんな)を幾人(いくにん)も翻弄(ほんろう)し、368女(をんな)一人(ひとり)に貞操(ていさう)を守(まも)れと云(い)ふのは不道理(ふだうり)至極(しごく)なやり方(かた)ぢやありませぬか。369例(たと)へば太子(たいし)様(さま)が妾(わらは)をラブし、370妾(わらは)が太子(たいし)様(さま)を此上(こよ)なくラブしてる間(あひだ)は、371互(たがひ)に貞操(ていさう)も保(たも)たれ、372完全(くわんぜん)な結婚(けつこん)の目的(もくてき)も達(たつ)するでせう。373もし太子(たいし)様(さま)に於(おい)て妾(わらは)以上(いじやう)に愛(あい)する女(をんな)が出来(でき)た時(とき)は、374太子(たいし)の恋愛(れんあい)は既(すで)に已(すで)に妾(わらは)を去(さ)つて他(た)の女(をんな)に移(うつ)つてるぢやありませぬか。375それでも妾(わらは)は恋(こひ)の犠牲者(ぎせいしや)として霊的(れいてき)死者(ししや)の位置(ゐち)に甘(あま)んぜねばなりませぬか。376そんな不合理(ふがふり)な事(こと)が、377どこに厶(ござ)いませうぞ。378之(これ)に反(はん)する場合(ばあひ)即(すなは)ち妾(わらは)が太子(たいし)様(さま)以上(いじやう)に恋愛(れんあい)する男子(だんし)が現(あら)はれた時(とき)は、379又(また)其(その)男子(だんし)に恋愛(れんあい)を移(うつ)すのは恋愛(れんあい)そのものにとり自然(しぜん)の成行(なりゆき)でせう』
380シャ『オイ、381娘(むすめ)、382何(なん)と云(い)ふ馬鹿(ばか)な事(こと)を云(い)ふか。383誰(たれ)にそんな悪知恵(わるぢゑ)をつけられたのだ』
384ス『ハイ、385妾(わらは)の良心(りやうしん)が、386さう囁(ささや)いてゐます。387あのトンク[※霊界物語に「トンク」という名の人物は複数出るが、スバール姫の絡みで出るのは初めてである。山奥に一緒に住んでいてその後姿を消した「コルトン」の間違いか?]だつて、388妾(わらは)に始終(しじう)そんな話(はなし)を聞(き)かして呉(く)れましたよ』
389シャ『エー、390トンクの野郎(やらう)、391碌(ろく)でもない事(こと)を魂(たましひ)の据(す)はらない愛娘(まなむすめ)に吹(ふ)き込(こ)みやがるものだから、392娘(むすめ)の心(こころ)に白蟻(しらあり)がついて瑕物(きずもの)にして了(しま)ひやがつた。393表面(うはべ)からは天成(てんせい)の美人(びじん)も、394腹(はら)の中(なか)からは悪魔(あくま)が已(すで)に棲(す)ぐつてゐる。395こんなものを畏(おそ)れ多(おほ)くも太子(たいし)の妻(つま)に奉(たてまつ)る事(こと)は出来(でき)ない。396エー、397困(こま)つた奴(やつ)だな』
398と腕(うで)を組(く)み、399太(ふと)き吐息(といき)をつく。
400ス『ホヽヽヽ、401お父(とう)さま、402何(なん)でもない問題(もんだい)ぢやありませぬか。403よく考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。404女子(ぢよし)ばかりに貞操(ていさう)を強要(きやうえう)して男子(だんし)に貞操(ていさう)を強要(きやうえう)せないのは家庭(かてい)紊乱(びんらん)の基(もとゐ)となり、405惹(ひ)いては国家(こくか)の破滅(はめつ)を来(きた)す源泉(げんせん)となるものですよ。406女子(ぢよし)に貞操(ていさう)が必要(ひつえう)なれば男子(だんし)にも貞操(ていさう)が必要(ひつえう)でせう。407もし夫(をつと)たるもの408其(その)妻(つま)の他(ほか)に妻(つま)に勝(まさ)つて愛(あい)する女子(ぢよし)が出来(でき)、409私(ひそ)かに恋愛(れんあい)を味(あぢ)ははむとする場合(ばあひ)、410その妻(つま)は、411その夫(をつと)に対(たい)して叱言(こごと)を云(い)つたり、412悋気(りんき)をしてはいけませぬ。413真(しん)に夫(をつと)を愛(あい)するのならば夫(をつと)の意志(いし)に任(まか)すのが妻(つま)たるものの雅量(がりやう)ぢやありませぬか。414女房(にようばう)の恋(こひ)を夫(をつと)が強圧(きやうあつ)的(てき)におさへ415「自分(じぶん)を無理(むり)に愛(あい)せよ」と迫(せま)り打擲(ちやうちやく)したりして「自分(じぶん)を絶対(ぜつたい)的(てき)に愛(あい)せよ」と云(い)ふのは決(けつ)して理解(りかい)ある男子(だんし)とは云(い)へませぬ。416それ位(くらゐ)の雅量(がりやう)がなくては、417どこに男子(だんし)の価値(かち)がありますか。418又(また)、419妻(つま)も妻(つま)で、420自分(じぶん)の愛(あい)する夫(をつと)が、421その妻(つま)よりも愛(あい)する女(をんな)が出来(でき)た時(とき)、422夫(をつと)の愛(あい)する恋愛(れんあい)を遂(と)げさしてこそ、423真(しん)に夫(をつと)を愛(あい)すると云(い)ふ事(こと)になるのでせう。424夫(をつと)は女(をんな)の目(め)より隠(かく)れ忍(しの)んで僅(わづか)に恋愛(れんあい)を味(あぢ)はひ、425妻(つま)は妻(つま)で又(また)ヒヤヒヤビクビクし乍(なが)ら他(ほか)の男(をとこ)と恋愛(れんあい)を味(あぢ)はふやうな事(こと)で、426どうして家庭(かてい)が円満(ゑんまん)に行(ゆ)きませう』
427シャ『馬鹿(ばか)云(い)ふな、428そりや畜生(ちくしやう)のする事(こと)だ。429爺(おやぢ)は勝手(かつて)に女房(にようばう)以外(いぐわい)の女(をんな)を持(も)ち、430女(をんな)は夫(をつと)以外(いぐわい)の男(をとこ)をもち、431そんな不仕鱈(ふしだら)な事(こと)して家庭(かてい)が円満(ゑんまん)に保(たも)たれるか。432家庭(かてい)円満(ゑんまん)が聞(き)いて呆(あき)れるぢやないか』
433ス『ホヽヽヽ、434お父(とう)さまの没分暁漢(わからずや)には困(こま)つて了(しま)ふわ。435夫(をつと)が妻(つま)の恋愛(れんあい)を嫉妬(しつと)したり妨害(ばうがい)したり、436妻(つま)が夫(をつと)の恋愛(れんあい)を嫉妬(しつと)したり妨害(ばうがい)する等(など)は、437実(じつ)に卑怯(ひけふ)未練(みれん)と云(い)ふべきものです。438人格(じんかく)を備(そな)へたもののなすべき事(こと)ぢやありませぬ。439此(この)タラハン国(ごく)は国(くに)が小(ちひ)さいから人間(にんげん)の心(こころ)迄(まで)が小(ちひ)さい。440それで恋愛(れんあい)の冷却(れいきやく)した女(をんな)でさへ、441自分(じぶん)の方(はう)に恋愛(れんあい)が残(のこ)つて居(を)れば無理(むり)に抑(おさ)へつけ、442一方(いつぱう)の恋愛(れんあい)を犠牲(ぎせい)にしようとするやうでは、443家庭(かてい)が円満(ゑんまん)に行(ゆ)きませぬよ。444又(また)恋愛(れんあい)は倫理(りんり)や道徳(だうとく)の範囲(はんゐ)で律(りつ)する事(こと)は出来(でき)ませぬ。445お父(とう)さまは倫理(りんり)や道徳(だうとく)を加味(かみ)した恋愛論(れんあいろん)ですから、446云(い)はば偽(にせ)の恋愛論(れんあいろん)です。447社会(しやくわい)の秩序(ちつじよ)だとか、448家庭(かてい)の円満(ゑんまん)だとか云(い)つて、449煩悶(はんもん)し焦慮(せうりよ)し、450却(かへつ)て狭苦(せまくる)しい道徳(だうとく)をふりまはして、451益々(ますます)家庭(かてい)を紊乱(びんらん)し、452社会(しやくわい)の秩序(ちつじよ)を乱(みだ)すやうになるのですよ。453男子(だんし)も女子(ぢよし)も社会(しやくわい)一般(いつぱん)の人(ひと)が雅量(がりやう)と理解(りかい)とをもたねば454国家(こくか)も家庭(かてい)も円満(ゑんまん)に治(をさ)まるものぢやありませぬわ。455妻(つま)が夫(をつと)に対(たい)する貞操(ていさう)は456妻(つま)以外(いぐわい)の夫(をつと)の恋愛者(れんあいしや)に対(たい)し少(すこ)しの妨害(ばうがい)もせず嫉妬(しつと)もせず、457むしろ好意(かうい)を以(もつ)て夫(をつと)の恋愛(れんあい)を遂(と)げさするのは、458つまり夫(をつと)に対(たい)する妻(つま)の貞操(ていさう)ですよ。459又(また)之(これ)に反(はん)する場合(ばあひ)も同様(どうやう)で、460夫(をつと)が妻(つま)に対(たい)する貞操(ていさう)は妻(つま)の恋愛(れんあい)を遂(と)げさせ、461夫(をつと)が妻(つま)に同情(どうじやう)を寄(よ)せるのが、462真(しん)に妻(つま)を愛(あい)する事(こと)になるのです。463一夫(いつぷ)一婦(いつぷ)の制度(せいど)を以(もつ)て国家(こくか)存立(そんりつ)の大本(たいほん)となす政体(せいたい)もあり、464一妻(いつさい)多夫(たふ)、465多夫(たふ)一妻(いつさい)[※「一妻多夫、多夫一妻」は底本通りだが、「一夫多妻、多夫一妻」の誤りか?]を以(もつ)て国本(こくほん)となす政体(せいたい)も世界(せかい)にあるぢやありませぬか。466男女(だんぢよ)が平均(へいきん)に生(うま)れる国(くに)では一夫(いつぷ)一婦(いつぷ)の制(せい)も結構(けつこう)でせうが、467女(をんな)が男(をとこ)より多(おほ)く生(うま)れる国(くに)、468又(また)は男(をとこ)が女(をんな)より多(おほ)く生(うま)れる国(くに)では、469到底(たうてい)一夫(いつぷ)一婦(いつぷ)の制(せい)は守(まも)れますまい。470それこそ却(かへつ)て不道徳(ふだうとく)になるのではありませぬか。471女(をんな)の多(おほ)い国(くに)では女(をんな)の恋愛(れんあい)抹殺者(まつさつしや)が出来(でき)、472男(をとこ)の多(おほ)い国(くに)では男(をとこ)の恋愛(れんあい)抹殺者(まつさつしや)が出来(でき)るでせう。473こんな悲惨(ひさん)な事(こと)が何処(どこ)にあるでせう』
474シャ『理窟(りくつ)はどうでもつくものだ。475然(しか)し乍(なが)らタラハン国(ごく)は一夫(いつぷ)一婦(いつぷ)が制度(せいど)だ。476之(これ)を破(やぶ)るものは道徳(だうとく)の破壊者(はくわいしや)だ。477恋愛(れんあい)等(など)末(すゑ)の末(すゑ)だ』
478ス『今日(こんにち)の世(よ)の中(なか)に大人物(だいじんぶつ)の現(あら)はれないのは479一夫(いつぷ)一婦(いつぷ)の制度(せいど)が行(おこな)はれてゐる弊害(へいがい)から来(く)るのですよ。480昔(むかし)の神代(かみよ)の神(かみ)様(さま)を御覧(ごらん)なさい。481大国主(おほくにぬし)の神(かみ)様(さま)は打(うち)みる島(しま)の先々(さきざき)、4811垣(かき)見(み)る磯(いそ)のさきおちず賢女(さかしめ)奇女(くわしめ)を娶(めと)り、482国魂(くにたま)の神(かみ)を生(う)み、483大人物(だいじんぶつ)を沢山(たくさん)お造(つく)りなさつたぢやありませぬか。484スダルマン太子(たいし)のやうな賢明(けんめい)な君子(くんし)的(てき)人格者(じんかくしや)は、485妾(わらは)のやうな賢女(さかしめ)奇女(くわしめ)を、486沢山(たくさん)娶(めあ)ひ遊(あそ)ばし、487そして大人物(だいじんぶつ)を四方(しはう)に配(まくば)り遊(あそ)ばしたら、488屹度(きつと)世(よ)の中(なか)はよくなるでせう。489あんな大人物(だいじんぶつ)こそ沢山(たくさん)な女(をんな)があつても490生殖(せいしよく)の方(はう)から見(み)て国家(こくか)の宝(たから)を産(う)み出(だ)す事(こと)になるでせう。491之(これ)に反(はん)して愚夫(ぐふ)愚婦(ぐふ)と云(い)へど矢張(やはり)一夫(いつぷ)一婦(いつぷ)とすればガラクタ人間(にんげん)許(ばか)り世(よ)に拡(ひろ)まり、492益々(ますます)世(よ)は堕落(だらく)するのみでせう。493要(えう)するに社会(しやくわい)道徳(だうとく)の上(うへ)から考(かんが)へて、494立派(りつぱ)な人間(にんげん)は天(てん)の星(ほし)の数(かず)程(ほど)沢山(たくさん)な怜悧子(うましご)を生(う)み、495野卑(やひ)下劣(げれつ)な半獣(はんじう)的(てき)人間(にんげん)は、496なるべく子(こ)を産(う)まないやうにするのが、497国家(こくか)存立(そんりつ)の上(うへ)にも個人(こじん)経済(けいざい)の上(うへ)にも有利(いうり)でせう。498お父(とう)さま、499之(これ)でも不道理(ふだうり)と聞(きこ)えますかな』
500シャ『ハヽヽヽ、501まるで太子(たいし)様(さま)を、502種馬(たねうま)と間違(まちが)へてゐるぢやないか。503不都合(ふつがふ)千万(せんばん)な事(こと)を云(い)ふ奴(やつ)ぢや』
504ス『その種馬(たねうま)におなり遊(あそ)ばすのが、505国(くに)の君(きみ)たる方(かた)の御(ご)天職(てんしよく)でせう。506太子(たいし)様(さま)のみならず、507国(くに)の立派(りつぱ)な人(ひと)は皆(みな)種馬(たねうま)として社会(しやくわい)に子(こ)を沢山(たくさん)産(う)み落(おと)さなくては、508社会(しやくわい)の根本(こんぽん)的(てき)改造(かいざう)はどうしても駄目(だめ)です』
509シャ『さうするとお前(まへ)は太子(たいし)様(さま)が沢山(たくさん)な女(をんな)をおもちになつた時(とき)はどうするつもりだ。510理論(りろん)と実際(じつさい)とは大(おほい)に違(ちが)ふものだから、511その時(とき)になつて悋気(りんき)の角(つの)を生(は)やしたり、512嫉妬(しつと)の焔(ほのほ)をもやしたり、513その時(とき)に辛(つら)い目(め)を味(あぢ)はつて見(み)ねば解(わか)るまい。514今(いま)こそ理論(りろん)では立派(りつぱ)な事(こと)云(い)つてるが実地(じつち)になれば、515さうは行(ゆ)かないよ。516屹度(きつと)悋気(りんき)するに定(きま)つてゐるわ』
517ス『オホヽヽヽ、518そんな雅量(がりやう)のないスバールぢや厶(ござ)いませぬ。519妾(わらは)だつて太子(たいし)様(さま)以上(いじやう)に愛(あい)する男子(だんし)が出来(でき)た時(とき)、520太子(たいし)様(さま)が故障(こしやう)を云(い)はれるやうな事(こと)があつた時(とき)は、521妾(わらは)の方(はう)から御免(ごめん)を蒙(かうむ)る丈(だ)けの事(こと)ですわ。522一方(いつぱう)の恋(こひ)を圧迫(あつぱく)し、523どうして円満(ゑんまん)に行(ゆ)けますか。524夫婦(ふうふ)は家庭(かてい)の重要品(ぢうえうひん)です。525家庭(かてい)と恋愛(れんあい)は別物(べつもの)ですよ。526家庭(かてい)は家庭(かてい)として円満(ゑんまん)に行(ゆ)き、527恋愛(れんあい)は恋愛(れんあい)として自由(じいう)に行(おこな)ふべきものです。528太子(たいし)様(さま)の上(うへ)つ方(がた)から、529こんな手本(てほん)を出(だ)して貰(もら)はなくては、530悋気(りんき)とか姦通(かんつう)とか不道徳(ふだうとく)とかの、531忌(い)まわしい問題(もんだい)が絶滅(ぜつめつ)せないのです。532一夫(いつぷ)多婦(たふ)のモルモン宗(しう)を御覧(ごらん)なさい。533決(けつ)して沢山(たくさん)の妻(つま)の中(なか)に、534悋気(りんき)や嫉妬(しつと)や、535怨嗟(ゑんさ)等(など)の声(こゑ)はありませぬよ。536兎(と)に角(かく)、537旧来(きうらい)の陋習(ろうしふ)を打破(だは)せなくては、538家庭(かてい)も国家(こくか)も治(をさ)まりませぬ。539妾(わらは)はスダルマン太子(たいし)様(さま)こそは恋愛(れんあい)に対(たい)しても理解(りかい)を持(も)ち、540又(また)社会(しやくわい)道徳(だうとく)に対(たい)しても完全(くわんぜん)に改良(かいりやう)する資質(ししつ)をもつた方(かた)と伺(うかが)ひました。541それで恋愛(れんあい)は兎(と)も角(かく)、542国家(こくか)社会(しやくわい)のため必要(ひつえう)のためと欣慕(きんぼ)のあまり遂(つひ)に恋愛(れんあい)に転嫁(てんか)したのですわ、543ホヽヽヽ』
544と十五(じふご)才(さい)の娘(むすめ)にも似合(にあ)はず、545おひおひと心(こころ)の生地(きぢ)を現(あら)はし、546父(ちち)のシャカンナを烟(けむり)にまいて了(しま)つた。
547シャカンナ『アヽア、548十(じふ)年(ねん)経(た)てば一昔(ひとむかし)、549此(この)山(やま)の奥(おく)迄(まで)も思想界(しさうかい)の悪風(あくふう)は襲(おそ)うて来(き)たのかな』
550(大正一四・一・五 新一・二八 於月光閣 北村隆光録)
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス】
合言葉「みろく」を入力して下さい→