霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 蛙(かはづ)の口(くち)〔一七三七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻 篇:第3篇 民声魔声 よみ(新仮名遣い):みんせいませい
章:第13章 蛙の口 よみ(新仮名遣い):かわずのくち 通し章番号:1737
口述日:1925(大正14)年01月30日(旧01月7日) 口述場所:月光閣 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年9月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
右守宅へ、女中頭のシノブが勅旨を装いたずねてくる。
シノブは、恋人のアリナを王に立てて、自分は王妃に上ろうとしていた。そのために邪魔になる太子を亡き者にしようと、右守に協力を乞いにたってきたのであった。
右守はシノブの計画に賛意を表明したように見せかけるが、その実は、シノブから太子・アリナ両人の居場所を聞き出して亡きものにし、自分の計画を推し進めようとの腹であった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-09-12 19:35:55 文字数:5370 OBC :rm6813
愛善世界社版:172頁 八幡書店版:第12輯 215頁 修補版: 校定版:173頁 普及版:69頁 初版: ページ備考:
001 五月(ごぐわつ)五日(いつか)の城下(じやうか)の騒乱(さうらん)勃発(ぼつぱつ)に恐怖心(きようふしん)を極端(きよくたん)に抱(いだ)きたる右守(うもり)の司(かみ)サクレンスの邸宅(ていたく)は、002衛兵(ゑいへい)警吏(けいり)数十(すうじふ)人(にん)を以(もつ)て厳(きび)しく警固(けいご)され、003怪(あや)しきものの影(かげ)だにも近寄(ちかよ)るを許(ゆる)さなかつた。004かかる物々(ものもの)しき警戒裡(けいかいり)の門(もん)を潜(くぐ)つて悠然(いうぜん)と入(い)り来(きた)る一人(ひとり)の女(をんな)は005殿中(でんちう)深(ふか)く仕(つか)へたる女中頭(ぢよちうがしら)のシノブであつた。006彼(かれ)は何(なん)の恐(おそ)るる色(いろ)もなく殿中(でんちう)に奉仕(ほうし)するという権威(けんゐ)を肩(かた)にふりかざし乍(なが)ら、007玄関口(げんくわんぐち)に立現(たちあら)はれ、
008シノブ『右守(うもり)様(さま)、009殿中(でんちう)のお使(つかひ)で厶(ござ)います。010通(とほ)つても宜(よろ)しう厶(ござ)いますか』
011と訪(おとの)うてゐる。
012 玄関番(げんくわんばん)のサールは丁寧(ていねい)に頭(かしら)をさげ乍(なが)ら、
013サール『之(これ)はシノブ様(さま)、014よくマア入(い)らせられました。015只今(ただいま)御(ご)主人(しゆじん)に伝(つた)へて参(まゐ)りますから、016暫時(しばらく)ここにお待(ま)ちを願(ねが)ひます』
017と云(い)ひ捨(す)てコソコソと奥(おく)の間(ま)に進(すす)み入(い)つた。018少時(しばし)あつて右守(うもり)はニコニコし乍(なが)ら出(い)で来(きた)り笑(ゑみ)を満面(まんめん)に浮(うか)べ、019いとも慇懃(いんぎん)な口調(くてう)にて、
020右守(うもり)『ヤアこれはこれはシノブ様(さま)で厶(ござ)いましたか。021サア何卒(どうぞ)奥(おく)へお通(とほ)り下(くだ)さいませ。022御用(ごよう)の趣(おもむき)承(うけたま)はりませう』
023 此(この)シノブの職掌(しよくしやう)は右守(うもり)に比(ひ)して非常(ひじやう)に低級(ていきふ)ではあるが、024大王(だいわう)殿下(でんか)の御(お)居間(ゐま)近(ちか)く仕(つか)へ奉(まつ)る身(み)なるを以(もつ)て、025どことなく権威(けんゐ)備(そな)はり、026且(かつ)又(また)左守(さもり)、027右守(うもり)と雖(いへど)、028殿中(でんちう)の女官(ぢよくわん)に対(たい)しては常(つね)に一歩(いつぽ)を譲(ゆづ)らねばならなくなつてゐた。029万一(まんいち)女官(ぢよくわん)の怒(いか)りに触(ふ)れやうものなら、030忽(たちま)ち影響(えいきやう)は各自(かくじ)の地位(ちゐ)に及(およ)ぼすの恐(おそ)れあるを以(もつ)てである。031奸侫(かんねい)邪智(じやち)に長(た)けたる流石(さすが)の右守(うもり)も、032特(とく)に此(この)女中頭(ぢよちうがしら)たるシノブに対(たい)しては、033あらむ限(かぎ)りの媚(こび)を呈(てい)し、0331追従(つゐしよう)至(いた)らざるなく、034地(ち)にもおかぬ待遇(もてなし)振(ぶ)りを発揮(はつき)するのが常(つね)である。035シノブは悠然(いうぜん)として右守(うもり)に導(みちび)かれ庭(には)の植込(うゑこみ)をすかして、036彼方(あなた)に見(み)ゆる、037余(あま)り広(ひろ)からねども、038どこともなく瀟洒(せうしや)たる別間(べつま)に案内(あんない)され、039宣徳(せんとく)の火鉢(ひばち)を中(なか)において二人(ふたり)は頭(あたま)を鳩(あつ)め密談(みつだん)に耽(ふけ)る。
040右(う)『これはこれは早朝(さうてう)より御(ご)入来(じゆらい)下(くだ)さいまして有難(ありがた)う厶(ござ)います。041ツイ寝坊(ねばう)をかわきまして屋内(をくない)の掃除(さうぢ)も行届(ゆきとど)かず、042此(この)間(あひだ)の騒動(さうだう)によつて下男(げなん)下女(げぢよ)等(など)も逃走(たうそう)致(いた)し、043誠(まこと)に不都合(ふつがふ)極(きは)まる処(ところ)へ御(ご)来臨(らいりん)を仰(あふ)ぎ、044実(じつ)に汗顔(かんがん)の至(いた)りで厶(ござ)います。045さうして今日(こんにち)お越(こ)し遊(あそ)ばした御用(ごよう)の趣(おもむき)は、046如何(いか)なる事(こと)で厶(ござ)いませうか。047仰(おほ)せ聞(き)けられ下(くだ)さいますれば誠(まこと)に有難(ありがた)う厶(ござ)います』
048 シノブは儼然(げんぜん)として威儀(ゐぎ)を正(ただ)し049言葉(ことば)もやや荘重(さうちよう)に右守(うもり)を見下(みくだ)し乍(なが)ら言(い)ふ、
050シノブ『今日(こんにち)参(まゐ)りしは余(よ)の儀(ぎ)に非(あら)ず、051大王(だいわう)殿下(でんか)の勅使(ちよくし)として右守(うもり)殿(どの)に申(まを)し渡(わた)し度(た)き事(こと)これあれば、052謹(つつし)んで承(うけたま)はり召(め)され』
053 右守(うもり)はハツと頭(かしら)を下(さ)げ二足(ふたあし)三足(みあし)、054後退(あとしざ)りし乍(なが)ら、
055右守『御(お)勅使(ちよくし)様(さま)には御(ご)苦労(くらう)千万(せんばん)、056殿下(でんか)より御諚(ごぢやう)の趣(おもむき)、057謹(つつし)んで拝承(はいしよう)仕(つかまつ)りまする』
058シノブ『今日(こんにち)妾(わらは)、059勅使(ちよくし)として参(まゐ)りしは余(よ)の儀(ぎ)に非(あら)ず。060「汝(なんぢ)も知(し)る如(ごと)くスダルマン太子(たいし)の君(きみ)は行衛(ゆくへ)不明(ふめい)と成(な)り、061大王(だいわう)殿下(でんか)に於(お)かせられても御(ご)病気(びやうき)の折柄(をりから)、062御(ご)煩慮(はんりよ)の最中(さいちう)、063又(また)もや王女(わうぢよ)バンナ姫(ひめ)様(さま)、064昨夜(さくや)より御(お)行衛(ゆくへ)を見失(みうしな)ひ、065殿中(でんちう)は上(うへ)を下(した)への御(ご)混雑(こんざつ)、066折(をり)悪(あ)しくも左守(さもり)の司(かみ)は先日(せんじつ)の罹災(りさい)に依(よ)つて、067胸骨(きようこつ)を打(う)ち病床(びやうしやう)に呻吟(しんぎん)いたし、068未(いま)だ参内(さんだい)致(いた)さず069已(や)むを得(え)ず警官(けいくわん)を四方(しはう)に派(は)し、070夜(よ)を徹(てつ)して捜索(そうさく)すれども、071今(いま)に何(なに)の手掛(てがか)りも無(な)し。072汝(なんぢ)右守(うもり)も病気中(びやうきちう)とは聞(き)けど、073今日(こんにち)の場合(ばあひ)、074少々(せうせう)の病気(びやうき)は隠忍(いんにん)し、075勇気(ゆうき)を皷(こ)して参内(さんだい)せよ」との御諚(ごぢやう)で厶(ござ)る。076右守(うもり)殿(どの)、077御(ご)返答(へんたふ)は如何(いかが)で厶(ござ)る』
078右(う)『ハイ、079畏(おそ)れ多(おほ)くも御(お)勅使(ちよくし)の趣(おもむき)、080拝承(はいしよう)仕(つかまつ)りました。081直様(すぐさま)、082身(み)を浄(きよ)め、083身拵(みごしら)へをなして参内(さんだい)致(いた)しますれば、084大王(だいわう)殿下(でんか)の御前(ごぜん)、085よろしく御(お)取(とり)なしを願(ねがひ)上(あ)げ奉(たてまつ)ります』
086シ『早速(さつそく)の承引(しよういん)、087大王(だいわう)殿下(でんか)に於(お)かせられても088右守(うもり)が誠忠(せいちう)を御(ご)満足(まんぞく)遊(あそ)ばさるるであらう。089然(しか)らばこれにてお別(わか)れ申(まを)す』
090と言葉(ことば)終(をは)ると共(とも)に091ツと立上(たちあが)り早(はや)くも帰路(きろ)につかむとする。092右守(うもり)は低頭(ていとう)平身(へいしん)、093敬意(けいい)を表(へう)し乍(なが)ら、094勅使(ちよくし)の玄関(げんくわん)を出(い)づる迄(まで)見送(みおく)つてゐた。
095 シノブは一旦(いつたん)表門(おもてもん)迄(まで)立出(たちい)で再(ふたた)び引返(ひきかへ)し来(きた)り、096又(また)もや玄関口(げんくわんぐち)に立(た)つて、
097シノブ『右守(うもり)の司様(かみさま)、098御(ご)在宅(ざいたく)で厶(ござ)いますか。099妾(わらは)は女中頭(ぢよちうがしら)のシノブと申(まを)しまして卑(いや)しき身分(みぶん)のもので厶(ござ)いますが、100折(をり)入(い)つてお願(ねがひ)申上(まをしあ)げ度(た)き事(こと)の厶(ござ)いますれば、101どうか玄関番(げんくわんばん)様(さま)、102別格(べつかく)の御(ご)詮議(せんぎ)を以(もつ)て、103右守(うもり)様(さま)に面会(めんくわい)の出来(でき)ますやう御(お)取次(とりつぎ)を願(ねがひ)上(あげ)奉(たてまつ)りまする』
104 今(いま)迄(まで)玄関(げんくわん)の次(つぎ)の間(ま)に出張(でば)つて頭(かしら)を傾(かたむ)け思案(しあん)にくれてゐたサクレンスは、105此(この)声(こゑ)を聞(き)くより隔(へだ)ての襖(ふすま)をサツと引(ひき)あけ、106現(あら)はれ来(きた)り、
107右(う)『やア其女(そなた)はシノブ殿(どの)か。108ようまア厶(ござ)つた。109どうか奥(おく)へ通(とほ)つて下(くだ)さい。110いろいろと相談(さうだん)もし度(た)いからな』
111シ『やア之(これ)は之(これ)は右守(うもり)の司様(かみさま)、112御(ご)壮健(さうけん)なお顔(かほ)を拝(はい)し、113大慶(たいけい)至極(しごく)に存(ぞん)じます。114妾(わらは)のやうな不束者(ふつつかもの)が朝(あさ)も早(はや)うからお驚(おどろ)かせ致(いた)しまして誠(まこと)に申訳(まをしわけ)も厶(ござ)いませぬ』
115右(う)『いや、116その御(ご)挨拶(あいさつ)には恐(おそ)れ入(い)る。117さう七難(しちむつかし)く云(い)はれずに奥(おく)の別室(はなれ)においで下(くだ)さい。118内々(ないない)相談(さうだん)があるから』
119シ『ハイ有難(ありがた)う。120左様(さやう)ならば遠慮(ゑんりよ)なく、121奥(おく)へ通(とほ)らして頂(いただ)きませう』
122と云(い)ひ乍(なが)ら右守(うもり)の後(あと)について別室(はなれ)座敷(ざしき)の一間(ひとま)に坐(ざ)を占(しめ)た。123右守(うもり)は、124さも鷹揚(おうやう)な体(てい)にて巻煙草(まきたばこ)を燻(くゆ)らし乍(なが)ら、
125右(う)『ハヽヽヽ、126シノブ殿(どの)、127此(この)間(あひだ)の騒動(さうだう)には随分(ずいぶん)気(き)を揉(も)んだでせうね』
128シ『はい、129気(き)を揉(も)むの揉(も)まないのつて、130口(くち)で申(まを)すやうな事(こと)では厶(ござ)いませぬワ。131最前(さいぜん)もお勅使(ちよくし)の申(まを)された通(とほ)り、132殿内(でんない)は大騒動(おほさうどう)で御座(ござ)いますよ。133さうしてアリナ様(さま)迄(まで)が行衛(ゆくゑ)不明(ふめい)と成(な)られたのですから、134妾(わらは)の心配(しんぱい)と申(まを)したら一通(ひととほ)りや二通(ふたとほ)りでは厶(ござ)いませぬ』
135右(う)『ハヽヽヽ、136貴女(あなた)の最(もつと)も気(き)にかかるのはアリナさまと見(み)えますな』
137シ『ホヽヽヽヽ、138そらさうですとも、139二世(にせ)を契(ちぎ)つた夫(をつと)ですもの。140女房(にようばう)の妾(わらは)、141これがどうしてジツとしてゐられませうか。142御(ご)推量(すゐりやう)を願(ねが)ひまする』
143右(う)『イヤ、144これは恐(おそ)れ入(い)つた。145別(べつ)に結婚(けつこん)の御(ご)披露(ひろう)もあつたやうでもなし、146何時(いつ)の間(ま)に情約(じやうやく)締結(ていけつ)をなさつたのですかい』
147シ『どうかお察(さつ)しを願(ねが)ひます。148年頃(としごろ)の女(をんな)に対(たい)し根(ね)ほり葉(は)ほりお聞(き)き遊(あそ)ばすのはチと惨酷(ざんこく)ぢやありませぬか、149ホヽヽヽヽ』
150と些(ちつ)と顔(かほ)を赤(あか)らめ袖(そで)に顔(かほ)をかくす。
151右(う)『貴女(あなた)はかかる混乱(こんらん)の際(さい)にも拘(かかは)らず、152恋愛味(れんあいみ)を充分(じゆうぶん)に味(あぢ)はひ遊(あそ)ばす余裕(よゆう)がおありなさるのですから、153実(じつ)に偉大(ゐだい)な女傑(ぢよけつ)ですよ。154この右守(うもり)も驚愕(きやうがく)、155否(いな)感服(かんぷく)仕(つかまつ)りました。156時(とき)にシノブさま、157最前(さいぜん)御(ご)勅使(ちよくし)のお伝(つた)へによれば、158バンナ姫(ひめ)様(さま)は御(お)行衛(ゆくゑ)不明(ふめい)との事(こと)、159太子(たいし)様(さま)と云(い)ひ、160お二人(ふたり)共(とも)に肝腎(かんじん)の方(かた)が御(ご)不在(ふざい)では、161城内(じやうない)は重鎮(ぢうちん)を失(うしな)ひ、162王家(わうけ)前途(ぜんと)のため実(じつ)に憂慮(いうりよ)に堪(た)へないぢやありませぬか』
163シ『その点(てん)は妾(わらは)も、164貴郎(あなた)と同感(どうかん)で厶(ござ)います。165併(しか)し乍(なが)ら太子(たいし)様(さま)も王女(わうぢよ)様(さま)も貴族(きぞく)生活(せいくわつ)を大変(たいへん)に忌(い)み嫌(きら)つて居(ゐ)らつしやつたから、166彼(あ)の騒動(さうだう)を幸(さいは)ひ、167何処(どこ)かの山奥(やまおく)にでも隠(かく)れて、168簡易(かんい)生活(せいくわつ)を送(おく)らるる御(ご)所存(しよぞん)のやうに伺(うかが)ひます』
169右(う)『ヤアーかかる王家(わうけ)の一大事(いちだいじ)をシノブ殿(どの)は、170余(あま)り意(い)に介(かい)してゐられないやうだが、171殿中(でんちう)深(ふか)く仕(つか)ふる臣下(しんか)の身(み)として、172余(あま)りに不都合(ふつがふ)ぢやありませぬか』
173シ『不都合(ふつがふ)でも仕方(しかた)がないぢやありませぬか。174何(なに)を云(い)つても肝腎(かんじん)の方(かた)が居(ゐ)られ無(な)いのですもの、175沢山(たくさん)の警官(けいくわん)やスパイは四方(しはう)八方(はつぱう)に駆(か)け廻(まは)り、176鵜(う)の目(め)、177鷹(たか)の目(め)で捜索(そうさく)しても見当(みあた)らないもの、178もう此(この)上(うへ)は人力(じんりよく)の如何(いかん)ともすべき処(ところ)では厶(ござ)いますまい。179何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)のなさるままですわ』
180右(う)『イヤ、181呆(あき)れましたね。182然(しか)し乍(なが)ら拙者(せつしや)はお前(まへ)さまの心(こころ)の底(そこ)を看破(かんぱ)してゐるのだが、183何事(なにごと)も包(つつ)み隠(かく)さず、184ここで打割(うちわ)つて明(あか)して貰(もら)へますまいか。185類(るゐ)は友(とも)を呼(よ)ぶとか云(い)つて、186此(この)右守(うもり)とても腹(はら)を叩(たた)けばお前(まへ)さまも同(おな)じ事(こと)、187余(あまり)心(こころ)の白(しろ)うない男(をとこ)ですよ、188アツハヽヽヽ』
189シ『右守(うもり)様(さま)、190貴方(あなた)のお心(こころ)の底(そこ)も、191妾(わらは)にはよく解(わか)つて居(を)ります。192貴方(あなた)は弟御(おとうとご)のエールさまを此(この)際(さい)王位(わうゐ)に上(のぼ)せバンナ様(さま)に娶(めあは)し、193貴方(あなた)は外戚(ぐわいせき)となつて国務(こくむ)を総攬(そうらん)し、194大望(たいまう)を遂(と)げむとして、195種々(いろいろ)劃策(くわくさく)を廻(めぐ)らしてゐらつしやるでせう』
196と星(ほし)をさされて、197右守(うもり)は稍(やや)たぢろぎ乍(なが)ら流石(さすが)の曲者(くせもの)、198わざとケロリとした顔(かほ)を突(つ)き出(だ)し、
199右(う)『ハヽヽヽ、200シノブさま、201お前(まへ)さまの天眼通(てんがんつう)は落第(らくだい)ですよ。202どうしてそんな野心(やしん)を持(も)ちませう。203よく考(かんが)へて下(くだ)さい、204拙者(せつしや)が平素(へいそ)の行動(かうどう)を』
205シ『ホヽヽヽ、206右守(うもり)様(さま)の白々(しらじら)しいお言葉(ことば)、207妾(わらは)は平素(へいそ)の貴方(あなた)の御(ご)行動(かうどう)によつて斯(かく)の如(ごと)く推定(すゐてい)したので厶(ござ)いますよ。208何(なに)程(ほど)秘密(ひみつ)を明(あ)かし遊(あそ)ばしても、209妾(わらは)は決(けつ)して口外(こうぐわい)は致(いた)しませぬから御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
210右(う)『エー、211拙者(せつしや)の事(こと)は、212おつて申(まをし)上(あ)げませう。213種々(いろいろ)と痛(いた)くない腹(はら)を探(さぐ)られては、214この右守(うもり)もやりきれませぬからな、215ハヽヽヽ。216それよりもシノブさま、217お前(まへ)さまの心(こころ)の秘密(ひみつ)を、218スツパ抜(ぬ)きませうかな』
219 シノブは思(おも)はずビクツとしたが、220こいつも曲者(くせもの)、221ワザと平気(へいき)を粧(よそほ)ひ、222片頬(かたほほ)に笑(ゑみ)を湛(たた)へ乍(なが)ら、
223シ『サア何(なん)なつと仰(おつ)しやつて下(くだ)さいませ。224妾(わらは)の心(こころ)はあく迄(まで)清浄(しやうじやう)潔白(けつぱく)、225只一点(ただいつてん)の野心(やしん)もなければ欲望(よくばう)もありませぬ』
226右(う)『どこ迄(まで)も押(おし)の強(つよ)い貴女(あなた)のやり口(くち)には、227流石(さすが)の右守(うもり)も舌(した)をまきました。228お前(まへ)さまは左守(さもり)の悴(せがれ)アリナ殿(どの)を王位(わうゐ)につかせ、229自分(じぶん)は王妃(わうひ)となつて栄耀(えいえう)栄華(えいぐわ)にタラハン国(ごく)の名花(めいくわ)と謳(うた)はれ暮(くら)すつもりで厶(ござ)いませうがな』
230シ『右守(うもり)様(さま)、231何事(なにごと)かと思(おも)へば身(み)に覚(おぼ)えもない232否(いや)、233心(こころ)にも期(き)せない妙(めう)な事(こと)を仰有(おつしや)いますな。234妾(わらは)は、235左様(さやう)な陰謀(いんぼう)を企(たく)むやうな悪人(あくにん)では厶(ござ)いませぬよ』
236右(う)『アツハヽヽヽ、237それ丈(だ)けの度胸(どきよう)があれば、238一国(いつこく)の王妃(わうひ)として恥(はづか)しからぬ人格者(じんかくしや)だ。239又(また)左守(さもり)の悴(せがれ)アリナ殿(どの)も近来(きんらい)稀(まれ)なる才子(さいし)だ。240寛仁(くわんじん)大度(たいど)にして慈悲(じひ)を弁(わきま)へ、2401人情(にんじやう)に通(つう)じ、241その上(うへ)容色(ようしよく)端麗(たんれい)にして美男子(びだんし)の誉(ほまれ)高(たか)く、242一国(いつこく)の主権者(しゆけんしや)として、243吾(われ)等(ら)が頭(かしら)に戴(いただ)いても恥(はづか)しからぬ人材(じんざい)、244いゝ処(ところ)へシノブさまは気(き)がつきましたね。245ヤア右守(うもり)もズツと感心(かんしん)致(いた)しました。246御存(ごぞん)じの通(とほ)り、247殆(ほとん)ど暗黒(あんこく)に等(ひと)しい今日(こんにち)の国状(こくじやう)、248アリナさまの胆勇(たんゆう)と、249シノブさまの度胸(どきよう)を以(もつ)て、2491国政(こくせい)の総攬(そうらん)をなさつたら、250キツト国家(こくか)は安全(あんぜん)無事(ぶじ)に治(をさ)まるでせう。251実(じつ)は右守(うもり)に於(おい)ても大賛成(だいさんせい)で厶(ござ)います。252その代(かは)り、253アリナさまと貴方(あなた)の目的(もくてき)が達成(たつせい)した上(うへ)は、254この右守(うもり)を抜擢(ばつてき)して、255国務(こくむ)総監(そうかん)左守(さもり)の役(やく)に使(つか)つて下(くだ)さるでせうな』
256と、257うまく釣(つ)り込(こ)んで蛙(かはづ)の腸(はらわた)を暴露(ばくろ)させむと試(こころ)みた。258賢(かしこ)いやうでも流石(さすが)は女(をんな)、259さも嬉(うれ)しげに答(こた)へて云(い)ふ、
260シ『流石(さすが)は賢明(けんめい)なる右守(うもり)殿(どの)、261その天眼力(てんがんりき)には敬服(けいふく)致(いた)しました。262御(ご)推量(すゐりやう)の通(とほ)りで厶(ござ)います。263さうしてアリナ様(さま)は太子(たいし)様(さま)とお約束(やくそく)が済(す)んで居(を)ります。264それ故(ゆゑ)アリナ様(さま)が太子(たいし)に成(な)られるのは別(べつ)に何(なん)の不思議(ふしぎ)も厶(ござ)いませぬ』
265右(う)『成程(なるほど)、266承(うけたま)はれば承(うけたま)はる程(ほど)、267万事(ばんじ)万端(ばんたん)、268注意(ちうい)が行届(ゆきとど)き、269水(みづ)も洩(も)らさぬ御(ご)経綸(けいりん)、270愈(いよいよ)右守(うもり)、271末(すゑ)頼(たの)もしく欣喜(きんき)に堪(た)へませぬ。272ついては、273ここに一(ひと)つの大(だい)妨害物(ばうがいぶつ)が厶(ござ)いますが、274之(これ)を何(なん)とかして排除(はいじよ)せねばなりますまい』
275シ『妨害物(ばうがいぶつ)と仰有(おつしや)るのは何物(なにもの)で厶(ござ)いますか』
276右(う)『外(ほか)でも厶(ござ)らぬ、277太子(たいし)の君(きみ)を此(この)儘(まま)放任(はうにん)して置(お)いては後日(ごじつ)の迷惑(めいわく)、278仮令(たとへ)太子(たいし)殿下(でんか)に於(おい)て、279再(ふたた)び王位(わうゐ)に就(つ)かむとする念慮(ねんりよ)は起(おこ)らないにしても、280金枝(きんし)玉葉(ぎよくえふ)の御(お)方(かた)なれば、281又(また)良(よ)からぬ不逞団(ふていだん)が太子(たいし)を擁立(ようりつ)し、282王統(わうとう)連綿(れんめん)の真理(しんり)の旗(はた)を飜(ひるが)へし押寄(おしよ)せ来(きた)らば、283折角(せつかく)の貴女(あなた)の幸福(かうふく)も、2831夢(ゆめ)となるぢやありませぬか。284貴女(あなた)が太子(たいし)のお行衛(ゆくゑ)を御存(ごぞん)じの筈(はず)、285先(ま)づ此(この)方面(はうめん)から処置(しよち)を致(いた)さねば成(な)りますまい』
286シ『如何(いか)にもお説(せつ)の通(とほ)り、287将来(しやうらい)の邪魔者(じやまもの)は、288太子(たいし)様(さま)で御座(ござ)います。289幸(さいは)ひ妾(わらは)は御(お)所在(ありか)を存(ぞん)じて居(を)りますれば、290何(なん)ならお知(し)らせ申(まを)しても宜(よろ)しう厶(ござ)います』
291右(う)『大王(だいわう)様(さま)も御存(ごぞん)じでいらつしやるのかな』
292シ『イエイエ、293どうしてどうして御存(ごぞん)じが厶(ござ)いませうぞ。294妾(わらは)はアリナ様(さま)から詳(くは)しう承(うけたま)はつて居(を)ります』
295右(う)『成程(なるほど)、296ア、297そりやおでかしなさつた。298それでは太子(たいし)を捕虜(ほりよ)となし、299再(ふたた)び此(この)世(よ)に上(あが)れ無(な)いやうに取計(とりはから)ひ、300一(いち)時(じ)も早(はや)くアリナさまを迎(むか)へて王位(わうゐ)に即(つ)かせ、301新(あらた)に華燭(くわしよく)の典(てん)を挙(あ)げさせ、302国政(こくせい)の重任(ぢうにん)を背負(せお)つて立(た)つて頂(いただ)かねばなりませぬから、303どうぞお二方(ふたかた)の所在(ありか)を明細(めいさい)にお知(し)らせ下(くだ)さいませ』
304シ『これ右守(うもり)様(さま)、305高(たか)うは言(い)はれませぬ。306天(てん)に口(くち)、307壁(かべ)に耳(みみ)、308どうかお耳(みみ)をお貸(か)し下(くだ)さいませ』
309と云(い)ひ乍(なが)ら右守(うもり)の耳許(みみもと)にて何事(なにごと)かクシヤクシヤと囁(ささや)いた。310右守(うもり)は吾(わが)計略(けいりやく)図(づ)に当(あた)れりと心中(しんちう)雀躍(こをど)りし乍(なが)らワザと真面目(まじめ)を粧(よそほ)ひ、
311右(う)『イヤ承知(しようち)致(いた)しました。312シノブ殿(どの)313御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ。314大王(だいわう)の手前(てまへ)、315よしなにお取(と)り計(はか)らひを願(ねが)ひます。316そして拙者(せつしや)は御存(ごぞん)じの通(とほ)り目(め)も悪(わる)く足(あし)も悪(わる)く、317且(かつ)此(この)頃(ごろ)流行(りうかう)の感冒(かんぱう)に犯(をか)されて居(を)りますれば、318到底(たうてい)ここ二三(にさん)日(にち)は参内(さんだい)は叶(かな)はないだらうと、319そこは、320それ、321宜(よろ)しく云(い)つておいて下(くだ)さい。322何(なに)よりも太子(たいし)を処分(しよぶん)し、323アリナさまをお迎(むか)へ申(まを)すのが焦眉(せうび)の一大(いちだい)急務(きふむ)ですからな』
324 シノブは心(こころ)の中(なか)にて、
325シノブ『しすましたり、326右守(うもり)の司(かみ)も比較(ひかく)的(てき)組(くみ)しやすき人物(じんぶつ)だ。327欲(よく)に迷(まよ)うて吾(わが)弁舌(べんぜつ)に翻弄(ほんろう)され、328本音(ほんね)を吐(は)き、329且(か)つ妾(わらは)がためによくも欺(あざむ)かれよつたな』
330と微笑(ほほゑ)みつつ自分(じぶん)が騙(だま)されてゐるのを、331うまく騙(だま)してやつたと得意(とくい)になつてゐる。332実(じつ)にうすつぺらの智慧(ちゑ)の持主(もちぬし)である。333盤古(ばんこ)神王(しんわう)、334もし此(この)場(ば)に御(ご)降臨(かうりん)あらば彼(かれ)が心(こころ)を憐(あはれ)み、335且(かつ)笑(わら)はせ玉(たま)ふであらう。
336 シノブは欣然(きんぜん)として右守(うもり)に別(わか)れを告(つ)げ、337足(あし)もイソイソ殿内(でんない)さして帰(かへ)り行(ゆ)く。
338 後(あと)見送(みおく)つて右守(うもり)は吹(ふ)き出(だ)し、
339右守『アツハヽヽヽヽ、340到頭(たうとう)、341シノブの古狸(ふるだぬき)を征服(せいふく)してやつた。342何(なに)程(ほど)利口(りこう)に見(み)えて居(を)つても女(をんな)は女(をんな)だ。343華族(くわぞく)女学校(ぢよがくかう)の校長(かうちやう)を勤(つと)め天下一(てんかいち)の才女(さいぢよ)と云(い)はれてゐる女(をんな)でさへも344葦野(あしの)の如(ごと)き怪行者(くわいぎやうしや)に頤使(いし)され345情(なさけ)の種(たね)迄(まで)宿(やど)し馬鹿(ばか)を天下(てんか)に曝(さら)す世(よ)の中(なか)だから、346何(なに)程(ほど)偉(えら)いと云(い)つても、347女(をんな)はヤツパリ女(をんな)だ、348アツハヽヽヽ。349たうとうこの右守(うもり)が智慧(ちゑ)の光(ひかり)に晦(くらま)され、350最愛(さいあい)の夫(をつと)の難儀(なんぎ)になる事(こと)も知(し)らず、351本音(ほんね)を吹(ふ)いて帰(かへ)りよつたわい、352イツヒヽヽヽ』
353 かく一人(ひとり)笑壺(ゑつぼ)に入(い)つてゐる。354其処(そこ)へ襖(ふすま)をソツと押(おし)あけ入(い)り来(きた)りしはサクラン姫(ひめ)であつた。
355サクラン姫『旦那(だんな)様(さま)、356天晴(あつぱれ)々々(あつぱれ)、357それでこそ妾(わらは)の夫(をつと)、358右守(うもり)の司様(かみさま)ですわ。359否(いな)近(ちか)き将来(しやうらい)における国務(こくむ)総監(そうかん)様(さま)。360本当(ほんたう)に、361知識(ちしき)の宝庫(はうこ)とは旦那(だんな)様(さま)の事(こと)ですね。362妾(わらは)、363只今(ただいま)の掛合(かけあひ)を襖(ふすま)を隔(へだ)てて一伍(いちぶ)一什(しじう)承(うけたま)はり、364旦那(だんな)様(さま)の、365非凡(ひぼん)な端倪(たんげい)すべからざる御(お)智慧(ちゑ)には366ゾツコン惚(ほれ)て了(しま)つたのですよ、367ホヽヽヽ』
368 右守(うもり)は威猛高(ゐたけだか)になり、
369右守『エツヘヽヽヽ、370俺(おれ)の腕前(うでまへ)は、371まア、372ザツと此(この)通(とほ)りだ。373俺(おれ)の今後(こんご)の活動(くわつどう)を刮目(くわつもく)して待(ま)つてゐるがよからう、374イツヒヽヽヽ』
375と腕(うで)を組(く)んだまま、376上下(じやうげ)に身体(しんたい)を揺(ゆ)すり、377床板(ゆかいた)迄(まで)もメキメキと泣(な)かしてゐる。
378(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 北村隆光録)
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