霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 宮山嵐(みややまあらし)〔一七三五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻 篇:第3篇 民声魔声 よみ(新仮名遣い):みんせいませい
章:第11章 宮山嵐 よみ(新仮名遣い):みややまあらし 通し章番号:1735
口述日:1925(大正14)年01月29日(旧01月6日) 口述場所:月光閣 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年9月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
タラハン城の南にある大宮山は、タラハン王家の氏神盤古神王をまつった聖地である。
アリナはその社殿に潜めているが、そこへ父親のガンヂーがやってきて、事態収拾のために息子の処断もやむをえないと祈願する。
アリナは身の危険を感じ、父親の意気をくじこうと天狗の真似をする。
脅されたガンヂーは思わず、自分の身よりも息子の将来の守護を祈願し始める。
守旧派のガンヂーとて、国家や息子を思う心に変わりはないことが示される。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:4491 OBC :rm6811
愛善世界社版:149頁 八幡書店版:第12輯 206頁 修補版: 校定版:150頁 普及版:69頁 初版: ページ備考:
001 タラハン城(じやう)より正南(まみなみ)に当(あた)つて三千(さんぜん)メートル許(ばか)りの地点(ちてん)に002千(せん)年(ねん)の老木(らうぼく)鬱蒼(うつさう)として生(は)え茂(しげ)る風景(ふうけい)のよき小高(こだか)き独立(どくりつ)したる山(やま)がある。003是(これ)を国人(くにびと)はタラハンの大宮山(おほみややま)と称(とな)へて居(ゐ)る。004山(やま)の周(まは)りに深(ふか)い池(いけ)が廻(めぐ)つて居(ゐ)て碧潭(へきたん)を湛(たた)えて居(ゐ)る。005此(この)山(やま)にはウラル教(けう)の祖神(そしん)盤古(ばんこ)神王(しんわう)が宮柱(みやばしら)太敷(ふとしき)建(た)て、006開闢(かいびやく)の昔(むかし)より鎮祭(ちんさい)され007タラハン王家(わうけ)の氏神(うぢがみ)として王家(わうけ)の尊敬(そんけい)最(もつと)も深(ふか)く008市民(しみん)は此地(ここ)を唯一(ただひとつ)の遊園地(いうゑんち)として公園(こうゑん)の如(ごと)くに取(と)り扱(あつ)かつて居(ゐ)た。009八日(やうか)の月(つき)は楕円形(だゑんけい)の姿(すがた)を現(あら)はして宮山(みややま)の空(そら)高(たか)く輝(かがや)いて居(ゐ)る。010幾百(いくひやく)とも知(し)れぬ時鳥(ほととぎす)の鳴(な)き声(ごゑ)は何(なん)とも云(い)へぬ雅趣(がしゆ)を帯(お)び、011文人(ぶんじん)墨客(ぼくきやく)の夜(よ)な夜(よ)な杖(つゑ)を曳(ひ)くもの引(ひ)きも切(き)らない有様(ありさま)である。012然(しか)るにタラハン市(し)の大火災(だいくわさい)が起(おこ)つてからは時鳥(ほととぎす)を聞(き)きに行(ゆ)くやうな閑人(かんじん)もなく、013又(また)あつた所(ところ)が世間(せけん)を憚(はば)かつて足(あし)を踏(ふ)み込(こ)む者(もの)も無(な)かつた。014左守(さもり)ガンヂーの悴(せがれ)アリナは取締所(とりしまりしよ)の捜索隊(さうさくたい)を避(さ)けて、015盤古(ばんこ)神王(しんわう)を祭(まつ)りたる古(ふる)き社殿(しやでん)の中(なか)に身(み)を忍(しの)び時(とき)の至(いた)るを待(ま)つて居(ゐ)た。016民衆(みんしう)救護団(きうごだん)の団員(だんゐん)として聞(きこ)えたるハンダ、017ベルツの両人(りやうにん)は、018目付(めつけ)の鋭鋒(えいほう)を避(さ)けて社(やしろ)の階段(かいだん)の中程(なかほど)に腰(こし)打(う)ちかけ019ヒソビソと囁(ささや)いてゐる。
020ハンダ『オイ、021ベルツ、022惜(を)しい事(こと)をしたぢやないか。023も些(すこ)し目付(めつけ)連(れん)の出動(しゆつどう)が遅(おそ)ければ、024右守(うもり)の館(やかた)も遣(や)つ付(つ)けて仕舞(しま)ふのだつたのに、025取返(とりかへ)しの付(つ)かぬ事(こと)を遣(や)つて了(しま)つたぢや無(な)いか。026彼(あ)の際(さい)に遣(や)り損(そこ)ねたものだから目付(めつけ)の奴(やつ)、027四方(しはう)八方(はつぱう)にスパイを廻(まは)し、028危(あぶな)くつて手(て)も足(あし)も此(この)頃(ごろ)は出(だ)す事(こと)が出来(でき)ない。029何(なん)とかして彼奴(きやつ)を片付(かたづ)けねば、030到底(たうてい)吾(われ)等(ら)の目的(もくてき)は達(たつ)せられないだらうよ』
031ベルツ『今(いま)となつて死(し)んだ子(こ)の年(とし)を数(かぞ)えるやうに愚痴(ぐち)つて見(み)た所(ところ)で仕(し)やうが無(な)いぢやないか。032まアまア時節(じせつ)を待(ま)つのだなア。033併(しか)し乍(なが)ら惜(を)しい事(こと)には左守(さもり)のガンヂーを取逃(とりにが)したのが残念(ざんねん)だ。034彼(あ)の夜(よ)さ035彼奴(あいつ)は玉(たま)の原(はら)の別荘(べつさう)に居(ゐ)やがつたので、036死損(しにぞこな)ひの命(いのち)を助(たす)かりやがつたのだ。037も些(ちつ)と彼奴(あいつ)の居処(ゐどころ)を調(しら)べてから遣(や)つたら宜(よ)かつたのだけれどもなア』
038ハンダ『何(なに)039あんな老耄爺(おいぼれおやぢ)、040放(ほ)つて置(お)いても、041もう爰(ここ)三(さん)年(ねん)と寿命(じゆみやう)は有(あ)るまい。042手(て)を下(くだ)さずに敵(てき)を亡(ほろ)ぼさうと儘(まま)だ、043放(ほ)つとけば自然(しぜん)死(し)ぬる代物(しろもの)だ』
044ベルツ『俺(おれ)だつて年(とし)が寄(よ)つたら死(し)ぬるぢやないか。045是(これ)丈(だけ)国民(こくみん)の苦(くる)しむで居(ゐ)る世(よ)の中(なか)に、046彼(あ)んな奴(やつ)を一(いち)日(にち)でも生(い)かして置(お)けば一(いち)日(にち)丈(だけ)でも国家(こくか)の損害(そんがい)だ、047彼奴(きやつ)が、048一(いち)日(にち)早(はや)く死(し)ねば、049少(すくな)くとも千(せん)人(にん)位(ぐらゐ)の人(ひと)が助(たす)かるのだ。050彼奴(きやつ)が十日(とをか)此(この)世(よ)に居(を)れば万人(ばんにん)の人(ひと)が饑餓(かつゑ)て死(し)ぬる勘定(かんぢやう)だ。051夫(そ)れだから俺(おれ)は「一刻(いつこく)も猶予(いうよ)ならぬ」と主張(しゆちやう)したのだが、052大体(だいたい)貴様(きさま)のやり方(かた)が緩漫(くわんまん)だから蜂(はち)の巣(す)を突(つ)いたやうな事(こと)をやつて仕舞(しま)つて、053二進(につち)も三進(さつち)も仕(し)やうのないやうな事(こと)になつて了(しま)つたぢやないか。054大頭目(だいとうもく)のバランス女史(ぢよし)は取締所(とりしまりしよ)へ引(ひ)かれると云(い)ふ有様(ありさま)、055先(ま)づ吾々(われわれ)の計画(けいくわく)が甘(うま)く図(づ)に当(あた)つて漸(やうや)く取返(とりかへ)しは仕(し)たものの、056其(その)後(ご)と云(い)ふものは七八(しちはち)人(にん)のスパイが尾行(びかう)して居(ゐ)るから、057何(なに)程(ほど)英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)のバランス親分(おやぶん)だつて、058手(て)の出(だ)しやうが無(な)いぢやないか』
059ハ『まアさう慌(あわ)てるものぢやない。060親分(おやぶん)はあゝして尾行(びかう)付(つき)として置(お)けば、061取締所(とりしまりしよ)の奴(やつ)は凡暗(ぼんくら)だから、062安心(あんしん)して段々(だんだん)と目配線(めくばりせん)を緩(ゆる)めるに相違(さうゐ)ない。063其(その)時(とき)はバランス親分(おやぶん)に成(な)り代(かは)り、064俺(おれ)とお前(まへ)が国内(こくない)の団員(だんいん)を煽動(せんどう)して065水(みづ)も漏(も)らさぬ計画(けいくわく)の下(もと)に、0651クーデターを決行(けつかう)しようぢや無(な)いか。066今日(けふ)のやうにスパイが迂路(うろ)つき圧迫(あつぱく)を受(う)けて居(ゐ)ては、067如何(いか)に智謀(ちぼう)絶倫(ぜつりん)の俺(おれ)だと云(い)つても手(て)の着(つ)けやうが無(な)い。068まアまア時節(じせつ)を待(ま)つ事(こと)だなア』
069ベ『左守(さもり)右守(うもり)を取(と)り逃(に)がしたのは残念(ざんねん)だが、070併(しか)し彼(あ)の左守(さもり)の悴(せがれ)アリナと云(い)ふ奴(やつ)は、071今(いま)はあゝして居(ゐ)るけれど、072実際(じつさい)は吾(われ)等(ら)の味方(みかた)だよ。073今度(こんど)事(こと)を挙(あ)げても彼奴(きやつ)ばかり、074助(たす)けねば成(な)るまい』
075ハ『ウンさうかも知(し)れない。076此(この)頃(ごろ)は大目付(おほめつけ)に憎(にく)まれて何処(どこ)かへ逃(に)げたと云(い)ふ事(こと)だ。077鳶(とび)が鷹(たか)を生(う)むと云(い)ふ譬(たとへ)があるが、078本当(ほんたう)に彼(あ)のアリナと云(い)ふ奴(やつ)は、079吾々(われわれ)に取(と)つては頼母(たのも)しい人物(じんぶつ)かも知(し)れない。080此(この)間(あひだ)からサクレンスの屋敷(やしき)を四五(しご)人(にん)の部下(ぶか)に交(かは)る交(がは)る伺(うかが)はして居(ゐ)るが、081彼(あ)の大火災(だいくわさい)以来(いらい)警戒(けいかい)が厳(げん)になり、082屋敷(やしき)の周囲(ぐるり)には数十(すうじふ)人(にん)の目付(めつけ)を以(もつ)て固(かた)め、083外出(ぐわいしゆつ)の時(とき)には侍(さむらひ)に鉄砲(てつぱう)を担(かつ)がせて登城(とじやう)すると云(い)ふ厳重(げんぢう)の目配(めくばり)振(ぶ)りだから、084マア暫(しばら)くの間(あひだ)は彼奴(きやつ)の命(いのち)も預(あづ)かつて置(お)くより仕方(しかた)が無(な)いワ』
085ベ『左守(さもり)の悴(せがれ)、086アリナは何処(どこ)かへ逃(に)げたと云(い)ふ事(こと)だが、087噂(うはさ)に聞(き)けば妙法(スダルマ)様(さま)も亦(また)行衛(ゆくへ)が不明(ふめい)だと云(い)ふ事(こと)ぢや無(な)いか、088彼(あ)の太子(たいし)も余程(よほど)新(あた)らしい思想(しさう)を以(もつ)て居(ゐ)るらしい。089彼(あ)のアリナを唯一(ゆゐいつ)の寵臣(ちようしん)として使(つか)つて居(ゐ)た事(こと)を思(おも)へば、090カラピン大王(だいわう)のやうな没分暁漢(わからずや)では有(あ)るまい。091俺(おれ)達(たち)は別(べつ)に妙法(スダルマ)様(さま)が世(よ)に出(で)て立派(りつぱ)な政治(せいぢ)をさへして下(くだ)されば、092何所(どこ)までも喜(よろこ)んで従(したが)ふのだ。093唯(ただ)憎(にく)らしいのは君側(くんそく)を汚(けが)す右守(うもり)、094左守(さもり)、095其(その)他(た)の重臣(ぢうしん)共(ども)だ。096そして第一(だいいち)気(き)に喰(く)はないのは大小名(だいせうみやう)や物持(ものも)ちの奴(やつ)等(ら)だ。097是(これ)丈(だ)け民衆(みんしう)の声(こゑ)が彼奴(きやつ)等(ら)の奴聾(どつんぼ)の耳(みみ)には通(とほ)ら無(な)いのだから、098寧(むし)ろ憐(あはれ)むべき代物(しろもの)だ。099地雷火(ぢらいくわ)の伏(ふ)せて有(あ)る上(うへ)に安閑(あんかん)として睡(ねむ)つて居(ゐ)る代物(しろもの)だよ』
100ハ『オイ、101ベルツ、102何(なん)だか階段(かいだん)を登(のぼ)つて来(く)る影(かげ)が見(み)えるぢやないか』
103ベ『成(な)る程(ほど)、104あの提灯(ちやうちん)は左守家(さもりけ)の印(しるし)が這入(はい)つて居(ゐ)る。105左守(さもり)の奴(やつ)、106沢山(たくさん)の守侍(もりざむらひ)を連(つ)れて遣(や)つて来(き)たのだ。107何(ど)うやら俺(おれ)達(たち)を取(と)り押(おさ)へに来(きた)らしいよ。108オイ、109油断(ゆだん)は大敵(たいてき)だ、110逃(に)げろ逃(に)げろ』
111と云(い)ひ乍(なが)ら二人(ふたり)は階段(かいだん)を上(のぼ)り、1111社殿(しやでん)の後(うしろ)へ廻(まは)り112一生(いつしやう)懸命(けんめい)に下樹(したき)の生(お)ひ茂(しげ)つた森(もり)の中(なか)を倒(こ)けつ転(まろ)びつ113茨(いばら)にひつかかれ顔(かほ)と手(て)とを傷(きず)つけながら1131森(もり)を潜(くぐ)り114宮山(みややま)の南麓(なんろく)の一本橋(いつぽんばし)を渡(わた)つて115一生(いつしやう)懸命(けんめい)に並山(なみやま)の方面(はうめん)さして逃(に)げて行(ゆ)く。116左守(さもり)のガンヂーは太(ふと)い杖(つゑ)を突(つ)き乍(なが)ら漸(やうや)く階段(かいだん)を昇(のぼ)り来(きた)り、117二十(にじふ)人(にん)の護衛兵(ごゑいへい)に四方(しはう)を取(と)り巻(ま)かせ祠(ほこら)の前(まへ)に坐(すわ)り込(こ)み、118拍手(はくしゆ)の音(おと)も静(しづか)に一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祈願(きぐわん)を籠(こ)め初(はじ)めた。
 
119『掛巻(かけまく)も畏(かしこ)き大宮山(おほみややま)の上(うは)つ岩根(いはね)に宮柱(みやばしら)太敷(ふとし)き立(た)てて永久(とことは)に鎮(しづ)まります盤古(ばんこ)神王(しんわう)塩長彦(しほながひこの)命(みこと)の大前(おほまへ)に120タラハン城(じやう)の柱石(ちうせき)と仕(つか)へまつる左守(さもり)の司(かみ)ガンヂー謹(つつし)み敬(ゐやま)ひ畏(かしこ)み畏(かしこ)み祈(いの)り奉(たてまつ)ります。121如何(いか)なる曲神(まがかみ)の曲禍(まがわざはひ)にや、122カラピン王(わう)様(さま)は思(おも)ひがけない重病(ぢうびやう)に罹(かか)らせたまひ、123お命(いのち)の程(ほど)も計(はか)られず、124お蔭様(かげさま)によつて殆(ほと)んど御(ご)臨終(りんじう)かと大小名(だいせうみやう)一同(いちどう)が憂(うれ)ひに沈(しづ)みましたが、125漸(やうや)く此(この)頃(ごろ)は少(すこ)しく御(お)快(こころ)よき方(はう)にならせられましたなれど、126何(なに)を云(い)つても御(ご)老体(らうたい)、127到底(たうてい)此(この)儘(まま)では平年(へいねん)の御(ご)寿命(じゆみやう)も難(むつかし)からうと存(ぞん)じます。128今(いま)やタラハン国(ごく)は、129各地(かくち)に暴動(ばうどう)起(おこ)り国家(こくか)の危急(ききう)目前(もくぜん)に迫(せま)り居(を)ります際(さい)、130国(くに)の要(かなめ)のカラピン王(わう)殿下(でんか)が万一(まんいち)御(ご)昇天(しやうてん)でも遊(あそ)ばすやうな事(こと)が御座(ござ)いましては、131吾々(われわれ)大名(だいみやう)を初(はじ)め国民(こくみん)の歎(なげ)きは如何(いか)ばかりか計(はか)り知(し)られませぬ、132何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)大王(だいわう)殿下(でんか)の御(ご)病気(びやうき)が大神(おほかみ)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)に依(よ)りまして、133一(いち)日(にち)も早(はや)く御(ご)全快(ぜんくわい)遊(あそ)ばしますやう、134偏(ひとへ)に祈(いの)り奉(たてまつ)ります。135次(つぎ)には妙法(スダルマン)太子(たいし)様(さま)、136先日(せんじつ)の火災(くわさい)の有(あ)りし日(ひ)より、137踪跡(そうせき)を晦(くら)まし給(たま)ひ138今(いま)に御(お)行衛(ゆくへ)も分明(ぶんめい)ならず、139大名(だいみやう)共(ども)は日夜(にちや)殿内(でんない)に集(あつ)まり種々(しゆじゆ)と協議(けふぎ)を為(な)し、140目付(めつけ)連(れん)を四方(よも)に派遣(はけん)し捜索(そうさく)に勤(つと)めて居(を)りますが、141今(いま)に何(なん)の頼(たよ)りも御座(ござ)いませぬ。142何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)一(いち)日(にち)も早(はや)く太子(たいし)のお行衛(ゆくへ)が分(わか)りまして城内(じやうない)へお迎(むか)へ申(まを)す事(こと)が出来(でき)ますやうに、143お祈(いの)り申(まを)します。144不幸(ふかう)にして大王(だいわう)殿下(でんか)が御(ご)昇天(しようてん)遊(あそ)ばす様(やう)な事(こと)が御座(ござ)いましたら、145直(すぐ)様(さま)王位(わうゐ)を継承(けいしやう)遊(あそ)ばさねばならぬ太子(たいし)様(さま)のお行衛(ゆくへ)が知(し)れぬやうな事(こと)では146此(この)乱(みだ)れたる国家(こくか)を治(をさ)める事(こと)は到底(たうてい)不可能(ふかのう)で御座(ござ)います。147どうぞ太子(たいし)様(さま)が御(ご)無事(ぶじ)でいらせられまして、148一(いち)時(じ)も早(はや)く城内(じやうない)へお帰(かへ)り下(くだ)さいますやう、149大神(おほかみ)様(さま)の御(ご)守護(しゆご)を祈(いの)り上(あ)げ奉(たてまつ)ります。150又(また)私(わたくし)の悴(せがれ)アリナと申(まを)すもの、151去(さ)る五日(いつか)の火災(くわさい)の夜(よる)より行方(ゆくへ)不明(ふめい)となりまして厶(ござ)いますれば、152是(これ)も恐(おそ)れ乍(なが)ら無事(ぶじ)に帰(かへ)つて参(まゐ)りますやう、153さうして彼(かれ)は太子(たいし)様(さま)を唆(そそのか)し種々(いろいろ)の好(よ)からぬ智慧(ちゑ)をつけましたもので厶(ござ)いますから、154彼(かれ)を一(いち)時(じ)も早(はや)く捕縛(ほばく)致(いた)しまして、155民衆(みんしう)の前(まへ)で重(おも)き刑(けい)に処(しよ)さねば、156何時(いつ)までも此(この)国(くに)は治(をさま)りませぬ。157盤古(ばんこ)神王(しんわう)様(さま)、158何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)此(この)老臣(らうしん)が願(ねが)ひをお聞(き)き下(くだ)さいますやう、159王家(わうけ)の為(た)め国家(こくか)の為(た)め赤心(まごころ)を捧(ささ)げて祈(いの)り奉(たてまつ)ります』
160 アリナは社(やしろ)の中(なか)に身(み)を潜(ひそ)め乍(なが)ら、161父(ちち)ガンヂーの祈願(きぐわん)を残(のこ)らず聞(き)き終(をは)り、
162『や、163こいつは大変(たいへん)だ。164爺(おやぢ)までがグルに成(な)つて俺(おれ)を探(さが)し出(だ)し民衆(みんしう)の前(まへ)で殺(ころ)す積(つも)りだな。165よし一人(ひとり)より無(な)い子(こ)を殺(ころ)さうと云(い)ふ鬼心(おにごころ)なら、166此方(こつち)も此方(こつち)だ。167父(ちち)々(ちち)たらずんば子(こ)々(こ)たらずとは聖者(せいじや)の金言(きんげん)、168よし一(ひと)つ神(かみ)様(さま)の仮声(こはいろ)を使(つか)つて169爺(おやぢ)の肝玉(きもだま)を挫(くじ)いて呉(く)れむ』
170と独(ひと)り諾(うなづ)き乍(なが)ら、171社殿(しやでん)もはじける許(ばか)りの唸(うな)り声(ごゑ)を出(だ)し、172臍下(さいか)丹田(たんでん)に息(いき)を詰(つ)めて、
173『ウーウー』
174と唸(うな)り出(だ)した。175左守(さもり)のガンヂーを初(はじ)め守侍(もりざむらひ)共(ども)は殿内(でんない)の唸(うな)り声(ごゑ)に肝(きも)を潰(つぶ)し、176体(からだ)を慄(ふる)はせ乍(なが)ら大地(だいち)に蹲(うづく)まつて仕舞(しま)つた。
177アリナ『此(この)方(はう)は大宮山(おほみややま)に斎(いつ)き祭(まつ)れる盤古(ばんこ)神王(しんわう)塩長彦(しほながひこの)大神(おほかみ)の一(いち)の眷族(けんぞく)天真坊(てんしんばう)で厶(ござ)るぞよ。178汝(なんぢ)ガンヂーとやら、179其(その)方(はう)は不届(ふとどき)至極(しごく)にも十(じふ)年(ねん)の昔(むかし)モンドル姫(ひめ)を唆(そその)かし悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)を敢行(かんかう)せしめ、180カラピン王(わう)の精神(せいしん)迄(まで)も狂(くる)はせ、181無二(むに)の忠臣(ちうしん)左守(さもり)のシャカンナを城内(じやうない)より追(お)ひ出(だ)し、182己(おのれ)取(と)つて代(かは)つて左守(さもり)となり、183国民(こくみん)を苦(くる)しめ、1831国家(こくか)を乱(みだ)せし悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)の張本人(ちやうほんにん)だ。184去(さ)る五日(いつか)の城下(じやうか)の大騒動(おほさうどう)も元(もと)を糺(ただ)せば汝(なんぢ)がため。185なぜ責任(せきにん)を悟(さと)つて自殺(じさつ)を遂(と)げ、186王家(わうけ)及(およ)び国民(こくみん)に其(その)罪(つみ)を謝(しや)さないのか、187不届(ふとどき)至極(しごく)の痴漢(しれもの)奴(め)。188其(その)皺腹(しわばら)を掻(か)き切(き)る位(くらゐ)が惜(を)しいのか、189否(いや)命(いのち)が惜(を)しいのか。190痛(いた)さに怯(おび)えてよう切(き)らないのか。191てもさてもいい腰抜(こしぬけ)野郎(やらう)だなア』
192 ガンヂーは慄(ふる)ひ声(ごゑ)を出(だ)し乍(なが)ら、
193『いやもう恐(おそ)れ入(い)つて厶(ござ)います。194老先(おいさき)短(みじ)かき吾(わが)命(いのち)、195決(けつ)して惜(を)しみは致(いた)しませぬが、196今(いま)此(この)際(さい)私(わたくし)が目(め)を眠(つむ)りますればタラハン国(ごく)は瞬(またた)く間(うち)に滅亡(めつぼう)致(いた)し、197王家(わうけ)は滅(ほろ)び、198遂(つひ)に赤色旗(せきしよくき)が城頭(じやうとう)に立(た)てらるる様(やう)に成(な)るで御座(ござ)りませう。199是(これ)を思(おも)へば大切(だいじ)な私(わたくし)の命(いのち)、200国家(こくか)の為(ため)を思(おも)へば死(し)ぬ事(こと)は出来(でき)ませぬ』
201ア『其(その)方(はう)が此(この)世(よ)にある事(こと)一日(いちじつ)なれば一(いち)日(にち)国家(こくか)の損害(そんがい)だ。202国家(こくか)の滅亡(めつぼう)を早(はや)めるのは其(その)方(はう)が生(いき)て居(を)るからだ。203真(しん)に国家(こくか)国民(こくみん)を救(すく)はむとする赤心(まごころ)あらば、204一(いち)時(じ)も早(はや)く自殺(じさつ)を致(いた)すか、205それがつらいと思(おも)はば一切(いつさい)の重職(ぢうしよく)を王家(わうけ)に返上(へんじやう)し、206焼(や)け残(のこ)つた別荘(べつさう)も国家(こくか)に献(けん)じ民衆(みんしう)の娯楽場(ごらくぢやう)と為(な)し、207其(その)方(はう)は罪亡(つみほろ)ぼしの為(た)め乞食(こじき)となつて天下(てんか)を流浪(るらう)致(いた)し、208下(しも)万民(ばんみん)の生活(せいくわつ)状態(じやうたい)を新(あたら)しく調(しら)べて見(み)るがよからう。209どうだ210合点(がつてん)が行(い)つたか』
211ガン『ハハ、212ハイ、213左様(さやう)心得(こころえ)まして厶(ござ)います。214併(しか)し乍(なが)ら私(わたくし)は乞食(こじき)になつても国家(こくか)の為(た)めなら厭(いと)いませぬが、215あの悴(せがれ)奴(め)を代(かは)りに助(たす)けて下(くだ)さいませ。216さうして細々(ほそぼそ)乍(なが)らも左守(さもり)の家(いへ)を継(つ)ぎますやう、217御(ご)守護(しゆご)を願(ねが)ひ奉(たてまつ)ります』
218ア『これやこれや老耄(おいぼれ)、219汝(なんぢ)は狼狽(うろたへ)たか、220血迷(ちまよ)うたか。221「悴(せがれ)のアリナを一(いち)時(じ)も早(はや)く捕縛(ほばく)し、222民衆(みんしう)の面前(めんぜん)にて重(おも)き刑(けい)に処(しよ)せなくては民心(みんしん)を治(をさ)める事(こと)が出来(でき)ない」と唯今(ただいま)申(まを)したではないか。223汝(なんぢ)は神(かみ)の前(まへ)に来(きた)つて口(くち)と心(こころ)の裏表(うらおもて)を使(つか)ふ不届(ふとどき)至極(しごく)の奴(やつ)だ。224待(ま)て、225今(いま)に神(かみ)が手(て)づから成敗(せいばい)を致(いた)してくれむ、226ウー』
227と社殿(しやでん)も割(わる)る許(ばか)りの大音声(だいおんじやう)にて唸(うな)り立(た)てた。228守侍(もりざむらひ)はガンヂーを捨(す)てて吾(われ)先(さき)にと階段(かいだん)を下(くだ)り、229武器(ぶき)を捨(す)て命辛々(いのちからがら)逃(に)げて行(ゆ)く。230ガンヂーも亦(また)、231怖(おそろし)さ淋(さび)しさに居耐(ゐたた)まらず232百二十(ひやくにじふ)段(だん)の階段(かいだん)を毬(まり)の如(ごと)く転(ころ)げ乍(なが)ら落(お)ち下(くだ)り、233数ケ所(すうかしよ)に打(う)ち創(きず)を負(お)ひ、234はふはふの体(てい)にて玉(たま)の原(はら)の別荘(べつさう)さして杖(つゑ)を力(ちから)に帰(かへ)り行(ゆ)く。235アリナは父(ちち)ガンヂー其(その)他(た)の逃(に)げ帰(かへ)りしを見(み)て、236やつと胸(むね)を撫(な)で下(おろ)し、237宮山(みややま)を南(みなみ)に下(くだ)り危(あぶな)げな一本橋(いつぽんばし)を渡(わた)つて山(やま)と云(い)はず河(かは)と云(い)はず、238膝栗毛(ひざくりげ)に鞭(むちう)ちて月(つき)照(て)る夜(よる)の途(みち)を、239薄(すすき)の穂(ほ)にも怖(おぢ)乍(なが)ら、240もしや追手(おひて)に出遇(であ)ひはせぬかと安(やす)き心(こころ)もなく西南(せいなん)の空(そら)を目当(めあ)てに逃(にげ)て行(ゆ)く。
241父(おや)と子(こ)が内(うち)と外(そと)との掛合(かけあひ)を
242聞(き)きて御神(みかみ)は笑(ゑ)ませたまはむ。
243赤心(まごころ)は確(たし)かアリナの悴(せがれ)とは
244知(し)りつつ爺(おやぢ)御前(みまへ)に訴(うつた)ふ。
245或(ある)時(とき)は吾(わが)子(こ)を憎(にく)み或(ある)時(とき)は
246いとしと思(おも)ふ親心(おやごころ)かな。
247タラハンの城(しろ)の曲神(まがみ)も大宮(おほみや)の
248佯(いつは)り神(がみ)に恐(おそ)れて帰(かへ)りぬ。
249守侍(もりざむらひ)は吾(わが)職掌(しよくしやう)を打(う)ち忘(わす)れ
250主(あるじ)をすてて帰(かへ)る卑怯(ひけふ)さ。
251(大正一四・一・六 新一・二九 於月光閣 加藤明子録)
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