霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一八章 救(すくひ)の網(あみ)〔一七四二〕

インフォメーション
著者: 巻: 篇: よみ(新仮名遣い):
章: よみ(新仮名遣い): 通し章番号:
口述日: 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: 文字数: OBC :rm6818
愛善世界社版: 八幡書店版: 修補版: 校定版: 普及版: 初版: ページ備考:
001 浅倉(あさくら)山脈(さんみやく)の千尾(ちを)千谷(ちだに)より流(なが)れ落(お)つる玉野川(たまのがは)の下流(かりう)をインデス河(がは)と云(い)ふ。002此(この)河(かは)はタラハン国(ごく)の中心(ちうしん)を流(なが)れ、003北(きた)より南(みなみ)に遠(とほ)くカルマタ国(こく)の牛(うし)の湖水(こすい)に注(そそ)いでゐる。004左守(さもり)の悴(せがれ)アリナは005身(み)なりも軽(かる)き比丘(びく)姿(すがた)、006深編笠(ふかあみがさ)を被(かぶ)り乍(なが)ら、007十二夜(じふにや)の月(つき)の朧(おぼろ)げに照(て)り渡(わた)る野路(のぢ)を辿(たど)つて008インデス河(がは)の畔(ほとり)に着(つ)いた。009激流(げきりう)飛沫(ひまつ)を飛(と)ばして淙々(そうそう)たる水音(みなおと)、010見(み)るも凄(すさま)じく川瀬(かはせ)に竜(りう)の跳(はね)るが如(ごと)く、011川(かは)一面(いちめん)に散在(さんざい)せる岩(いは)にせかれて、012水(みづ)は白玉(しらたま)となつて高(たか)く飛(とび)散(ち)つてゐる。013アリナは橋(はし)の傍(かたはら)の藁小屋(わらごや)をみとめて、014息(いき)を休(やす)むべく潜(くぐ)り入(い)つた。015ここは橋番(はしばん)が出張(しゆつちやう)して、016通行人(つうかうにん)一人(ひとり)に対(たい)し片道(かたみち)三厘(さんりん)の橋銭(はしせん)を取(と)る為(ため)に拵(こしら)へた小屋(こや)である。017アリナは月(つき)の光(ひかり)を仰(あふ)ぎ乍(なが)ら、018藁屋(わらや)の戸(と)を開(あ)けて、019涼(すず)しき風(かぜ)を浴(あ)びてゐた。
020 斯(か)かる所(ところ)へ二三(にさん)人(にん)の黒(くろ)い影(かげ)、021向岸(むかふぎし)より一本橋(いつぽんばし)を撓(たわ)つかせ乍(なが)ら渡(わた)り来(きた)る者(もの)がある。022黒影(くろかげ)の一人(ひとり)、
023甲(かふ)(サクレンス)『やア家来(けらい)共(ども)、024今日(けふ)は大変(たいへん)に草臥(くたび)れたであらう。025仲々(なかなか)捜索隊(さうさくたい)も骨(ほね)の折(を)れるものだ。026やア幸(さいはひ)ここに橋番(はしばん)小屋(ごや)がある。027どうぢや、028まだ家(うち)へ帰(かへ)るには四五十(しごじつ)町(ちやう)の道(みち)のりがあるから、029此処(ここ)で休息(きうそく)してボツボツ帰(かへ)らうぢやないか』
030乙(おつ)『ハイ、031休息(きうそく)して帰(かへ)りませう。032夜道(よみち)に日(ひ)は暮(く)れませぬからなア』
033甲(かふ)(サクレンス)『夜道(よみち)の怖(こは)い汝(きさま)も、034今日(けふ)は主人(しゆじん)と一緒(いつしよ)だから大丈夫(だいぢやうぶ)だよ』
035乙(おつ)『ハイ左様(さやう)で厶(ござ)います。036今日(けふ)は旦那(だんな)様(さま)と御(ご)一緒(いつしよ)で厶(ござ)いますから千人力(せんにんりき)で厶(ござ)います。037何(なに)程(ほど)那美山(なみやま)の狼(おほかみ)が唸(うな)つた所(ところ)で、038ビクとも致(いた)しませぬわ』
039丙(へい)『アツハヽヽヽ旦那(だんな)様(さま)、040此奴(こいつ)ア評判(ひやうばん)の臆病者(おくびやうもの)で厶(ござ)いまして、041今(いま)迄(まで)夜道(よみち)はした事(こと)のない奴(やつ)で厶(ござ)いますよ。042夜道(よみち)は昼(ひる)でも恐(こは)い、043其(その)代(かは)り夜食(やしよく)は昼(ひる)でも甘(うま)いとぬかす奴(やつ)ですもの』
044甲(かふ)(サクレンス)『アツハヽヽヽ』
045乙(おつ)『馬鹿(ばか)言(い)ふない。046昼(ひる)の夜食(やしよく)が何処(どこ)にあるかい。047汝(きさま)も余程(よほど)間(ま)の抜(ぬ)けた事(こと)をいふ奴(やつ)だな』
048甲(かふ)(サクレンス)『ヤアどうやら此(この)番小屋(ばんごや)には生物(いきもの)がゐる様(やう)だ。049コリヤ コリヤ其(その)方(はう)は何者(なにもの)だ』
050アリナ『拙僧(せつそう)は諸国(しよこく)遍歴(へんれき)の修験者(しゆげんじや)で厶(ござ)る』
051甲(かふ)(サクレンス)『ハヽア、052其処(そこら)辺(あた)りを法螺(ほら)吹(ふ)きまわる比丘(びく)だなア。053ヤア分(わか)つた分(わか)つた。054エー、055比丘(びく)ならばチツと許(ばか)り予言(よげん)や神占(うかがひ)が出来(でき)るだらう。056どうか一(ひと)つ拙者(せつしや)の願(ねがひ)を聞(き)いてくれまいかなア』
057ア『ハイ、058何事(なにごと)でも承(うけたま)はりませう。059拙僧(せつそう)はスガ山(さん)に立籠(たてこも)つて仏道(ぶつだう)を修業(しうげふ)致(いた)す天然坊(てんねんばう)と申(まを)す者(もの)、060たいていの事(こと)は百発(ひやくぱつ)百中(ひやくちゆう)、061天然坊(てんねんばう)の星当(ほしあた)り、062合(あ)ふも不思議(ふしぎ)、063合(あ)はぬも不思議(ふしぎ)、064六十一(ろくじふいつ)卦(けい)筮竹(ぜいちく)の変化(へんげ)に仍(よ)つて、065或(あるひ)は陽(やう)となり陰(いん)となり、066乾坤(けんこん)離兌(りだ)などと、067種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)に変化(へんげ)致(いた)すによつて、068拙僧(せつそう)の神占(うかがひ)をよく翫味(ぐわんみ)なさらぬと間違(まちがひ)が出来(でき)ますよ。069お前(まへ)さまはタラハン城(じやう)の大(だい)権力者(けんりよくしや)、070右守司(うもりのかみ)の職掌(しよくしやう)を勤(つと)めてゐらつしやる方(かた)で厶(ござ)らうがな』
071甲(かふ)(サクレンス)『ヤ、072これは恐(おそ)れ入(い)つた。073如何(いか)にも御(お)察(さつ)しの通(とほ)り、074右守司(うもりのかみ)のサクレンスで厶(ござ)る』
075ア『アツハヽヽ、076貴殿(きでん)は何(なに)か捜索物(そうさくぶつ)があるやうだが、077サクレンスといふ名前(なまへ)では、078紛失物(ふんしつぶつ)の所在(ありか)は到底(たうてい)サグレンスで厶(ござ)る。079貴殿(きでん)の尋(たづ)ねらるる者(もの)は、080物品(ぶつぴん)でもなく、081家畜(かちく)でもなく、082米(こめ)食(く)ふ虫(むし)で厶(ござ)らうがな』
083サクレンス『ハイ084其(その)通(とほ)りで厶(ござ)います。085何(ど)うしてマア其方(そなた)はそれ程(ほど)能(よ)く御存(ごぞん)じで厶(ござ)いますか』
086ア『アツハヽヽ拙僧(せつそう)は月(つき)の精(せい)より衆生(しゆじやう)済度(さいど)の為(ため)、087此(この)地上(ちじやう)へ降(くだ)りし者(もの)、088悪人(あくにん)を懲(こら)し善人(ぜんにん)を救(すく)はむが為(ため)、089一笠(いちりつ)一蓑(いつさ)一杖(いちぢやう)に八(はつ)尺(しやく)の身(み)を任(まか)せ、090諸国(しよこく)を遍歴(へんれき)致(いた)してゐるが、091タラハン国(ごく)は大変(たいへん)な騒動(さうだう)が起(おこ)つた様子(やうす)で厶(ござ)るなア』
092サク『ハイ093一(ひと)つお伺(うかが)ひを致(いた)したう厶(ござ)いますが、094私(わたし)の希望(きばう)は成就(じやうじゆ)するで御座(ござ)いませうか』
095ア『どういふ希望(きばう)だ。096有体(ありてい)に言(い)はつしやい。097道徳(だうとく)を守(まも)つて、098如何(いか)なる秘密(ひみつ)も決(けつ)して拙僧(せつそう)は他言(たごん)は仕(つかまつ)らぬ。099事(こと)と品(しな)に仍(よ)つては、100其方(そなた)の力(ちから)になつて進(しん)ぜたい』
101サク『ハイ、102有難(ありがた)う厶(ござ)います。103実(じつ)の所(ところ)はタラハン国(ごく)の大王(だいわう)殿下(でんか)は命(めい)旦夕(たんせき)に迫(せま)り、104太子(たいし)様(さま)は女(をんな)に現(うつつ)を抜(ぬ)かして、105駆(か)け落(おち)を遊(あそ)ばし、106今(いま)に行衛(ゆくゑ)は分(わか)らず、107国家(こくか)の滅亡(めつぼう)は旦夕(たんせき)に迫(せま)る場合(ばあひ)、108某(それがし)は右守司(うもりのかみ)として国家(こくか)の窮状(きうじやう)をみるに忍(しの)びず、109吾(わが)弟(おとうと)エールを以(もつ)て、110已(や)むを得(え)ず王位(わうゐ)にのぼせ、111幸(さいはひ)王女(わうぢよ)バンナ姫(ひめ)を后(きさき)となし、112タラハン国家(こくか)の復興(ふくこう)を企(くはだ)てつつある最中(さいちう)で厶(ござ)います。113此(この)目的(もくてき)は必(かなら)ず成功(せいこう)致(いた)すで厶(ござ)いませうかな』
114ア『ハヽヽヽ、115危(あやふ)い哉(かな)災(わざはひ)なる哉(かな)。116其方(そなた)の面相(めんさう)には殺気(さつき)が漲(みなぎ)つて居(を)りますよ。117そして眉間(みけん)の間(あひだ)に有々(ありあり)と剣難(けんなん)の相(さう)が現(あら)はれてゐる。118すぐ様(さま)其(その)野心(やしん)を改(あらた)めざるに於(おい)ては、119忽(たちま)ち災(わざはひ)身(み)に及(およ)ぶで厶(ござ)らう。120其方(そなた)は太子(たいし)殿下(でんか)を何処(どこ)かへ隠(かく)し、121再(ふたた)び世(よ)にあげない考(かんが)へで厶(ござ)らうがな。122拙僧(せつそう)は聊(いささ)か太子(たいし)に由縁(ゆかり)のある者(もの)、123其(その)お行衛(ゆくゑ)を捜(さが)さむ為(ため)、124実(じつ)は修騒者(しうげんじや)と化(ば)け、125此(この)界隈(かいわい)を夜間(やかん)を窺(うかが)ひ126実(じつ)は捜(さが)してゐるのだ』
127サク『ナニ、128太子(たいし)殿下(でんか)に由縁(ゆかり)のある者(もの)とは、129何人(なにびと)で厶(ござ)るかな』
130ア『アツハヽヽヽ右守(うもり)殿(どの)も耄碌(まうろく)せられたなア、131そら其(その)筈(はず)でもあらう。132二(ふた)つの眼(まなこ)は近眼(きんがん)でもあり、133片足(かたあし)は不具(かたわ)でもあり、134左様(さやう)な難(むつかし)き不完全(ふくわんぜん)なる体(からだ)を動(うご)かして、135アリナの所在(ありか)を尋(たづ)ねまわるとは、136テも偖(さて)も御(ご)苦労千万(くらうせんばん)、137右守(うもり)殿(どの)が躍起(やくき)となつて尋(たづ)ねて居(ゐ)るアリナの君(きみ)は斯(か)く申(まを)す拙僧(せつそう)で厶(ござ)る。138美事(みごと)相手(あひて)になるならなつて見(み)なされ、139アツハヽヽヽ』
140サク『最前(さいぜん)から何(なん)だか怪(あや)しき奴(やつ)だと思(おも)つてゐたが、141如何(いか)にも其(その)方(はう)は左守(さもり)の悴(せがれ)アリナに間違(まちがひ)ない。142ヤア可(よ)い所(ところ)で出会(であ)うた。143オイ家来(けらい)共(ども)、144有無(うむ)をいはせず此(この)アリナをふん縛(じば)れ』
145乙、丙『アイ』
146と答(こた)えて両人(りやうにん)は前後(ぜんご)よりアリナに武者(むしや)振(ぶ)りつかむとする。147アリナは飛鳥(ひてう)の如(ごと)く身(み)を換(かわ)し、148右(みぎ)に左(ひだり)に敵(てき)の鋭鋒(えいほう)をさけ乍(なが)ら、149金剛杖(こんがうづゑ)にて、150白刃(しらは)の刃(やいば)をうけ流(なが)してゐる。151併(しか)し乍(なが)らアリナも到底(たうてい)多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)、152グヅグヅしてゐて命(いのち)を取(と)られちや大変(たいへん)と、153一本橋(いつぽんばし)を一生(いつしやう)懸命(けんめい)に西側(にしがは)の岸(きし)に向(むか)つて駆(かけ)出(だ)す途端(とたん)、154粗末(そまつ)な橋杭(はしぐひ)に躓(つまづ)いて、155ザンブと許(ばか)り激流(げきりう)の中(なか)に落込(おちこ)んで了(しま)つた。156右守(うもり)其(その)他(た)の家来(けらい)共(ども)は手(て)を拍(う)つて万歳(ばんざい)を三唱(さんしやう)し、157肩肱(かたひぢ)怒(いか)らし乍(なが)ら勇(いさ)み進(すす)んで家路(いへぢ)をさして帰(かへ)りゆく。
158 民衆(みんしう)救護団(きうごだん)の女団長(をんなだんちやう)バランスは159沢山(たくさん)の乾児(こぶん)を養(やしな)ふ其(その)費用(ひよう)に窮(きう)し、160右守(うもり)が禁断(きんだん)の場所(ばしよ)と定(さだ)めておいた、161魚(うを)が淵(ふち)と云(い)ふインデス川(がは)の稍(やや)水(みづ)の淀(よど)んだ場所(ばしよ)に於(おい)て、162乾児(こぶん)と共(とも)に網打(あみうち)を月夜(つきよ)を幸(さいは)ひ始(はじ)めてゐた。163此(この)地点(ちてん)は岸辺(きしべ)に老木(らうぼく)繁茂(はんも)し、164魚(うを)の集合所(しふがふしよ)には最適当(さいてきたう)の場所(ばしよ)であり、165且(か)つ沢山(たくさん)な種々(いろいろ)の魚介(ぎよかい)が棲息(せいそく)してゐる。166万一(まんいち)此(この)場所(ばしよ)に網(あみ)を入(い)れ、167役人(やくにん)に見(み)つからうものなら、168忽(たちま)ち石子責(いしこぜめ)の刑(けい)に処(しよ)せらるるといふ厳(きび)しき掟(おきて)である。169バランスは数十(すうじふ)人(にん)の乾児(こぶん)に見張(みはり)をさせ乍(なが)らバサリバサリと網(あみ)を打(う)ち、170沢山(たくさん)な魚(うを)を捕獲(ほくわく)して居(ゐ)た。171十網(とをあみ)許(ばか)り打(う)つた時(とき)、172非常(ひじやう)に重(おも)たいものが網(あみ)にかかつた。173バランスは腕力(わんりよく)に任(まか)せて引上(ひきあ)げて見(み)ると人間(にんげん)の死骸(しがい)である。174義侠心(ぎけふしん)に富(と)める彼女(かのぢよ)は、
175バランス『吾(わが)網(あみ)にかかるは何(なに)かの因縁(いんねん)だらう。176何処(いづく)の人(ひと)かは知(し)らね共(ども)、177モシ命(いのち)の助(たす)かるものなら、178所在(あらゆる)手段(しゆだん)を尽(つく)して助(たす)けてやらねばなるまい』
179と、180乾児(こぶん)に命(めい)じ沢山(たくさん)の焚物(たきもの)を集(あつ)めさせ181河縁(かはべり)に火(ひ)を焚(た)いて温(あたた)めてゐた。182そして人工(じんこう)呼吸(こきふ)や、183種々(いろいろ)の手段(てだて)を尽(つく)してみたが、184息(いき)を吹(ふき)返(かへ)さず、185殆(ほと)んど絶望(ぜつばう)の淵(ふち)に沈(しづ)んでゐる時(とき)しもあれ、186駒(こま)に跨(またが)り此(この)場(ば)に現(あら)はれて来(き)たのは、187水車(すいしや)小屋(ごや)に捉(とら)はれてゐたスダルマン太子(たいし)の一行(いつかう)である。188バランスは一目(ひとめ)見(み)るより月影(つきかげ)にすかして、189スダルマン太子(たいし)たる事(こと)を知(し)り、1891捨鉢(すてばち)気味(ぎみ)になり、190ゴテゴテぬかさば強力(がうりき)に任(まか)せ、191馬(うま)諸共(もろとも)河中(かちう)に投(とう)じてくれむものと、192身構(みがまへ)をした。193太子(たいし)は後(あと)を振向(ふりむ)き乍(なが)ら、
194太子『宣伝使(せんでんし)様(さま)、195何(ど)うやら土左ヱ門(どざえもん)が網(あみ)にかかつたやうです。196助(たす)けてやる事(こと)は出来(でき)ますまいかなア』
197梅(うめ)『如何(いか)にも溺死者(できししや)とみえます。198神(かみ)様(さま)に祈(いの)つて蘇生(そせい)さして頂(いただ)きませう』
199と言(い)ひ乍(なが)ら、200駒(こま)をヒラリと飛下(とびお)り、201バランスの前(まへ)に進(すす)みよつて、202丁寧(ていねい)に腰(こし)を屈(かが)め、
203梅公別『見(み)れば溺死人(できしにん)とみえますが、204貴方(あなた)等(がた)は親切(しんせつ)に介抱(かいはう)して厶(ござ)る様子(やうす)、205実(じつ)に奇特(きとく)神妙(しんめう)の至(いた)りで厶(ござ)る』
206 バランスは此(この)言葉(ことば)を聞(き)いて、207案(あん)に相違(さうゐ)し、208握(にぎ)りかためた拳(こぶし)のやり場(ば)に困(こま)つたといふ顔付(かほつき)にて、
209バランス『ハイ、210私(わたし)は実(じつ)の所(ところ)はバランスといふ漁業(ぎよげふ)団長(だんちやう)で厶(ござ)いますが、211禁断(きんだん)の場所(ばしよ)を犯(をか)して魚族(うろくづ)を捕獲(ほくわく)する折(をり)しも、212吾(わが)網(あみ)にかかつたのは比丘(びく)姿(すがた)の旅人(たびびと)、213どうかして助(たす)けたいものだと、214此(この)通(とほ)り火(ひ)を焚(た)いて温(あたた)め、215いろいろと手(て)を尽(つく)しますれど最早(もはや)駄目(だめ)で厶(ござ)います。216モシ之(これ)が蘇生(そせい)するものならば、217どうか宣伝使(せんでんし)のお祈(いの)りによつて助(たす)けて頂(いただ)きたいもので厶(ござ)います』
218 梅公別(うめこうわけ)は直(ただち)に天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、219天(あま)の数歌(かずうた)を唱(とな)へ死者(ししや)の前額部(ぜんがくぶ)に右(みぎ)の示指(ひとさし)をあてて220一生(いつしやう)懸命(けんめい)に霊(れい)を送(おく)る事(こと)殆(ほとん)ど五分(ごふん)、221不思議(ふしぎ)や死人(しにん)はウンと唸(うな)り出(だ)し、222幽(かす)かに手足(てあし)を動(うご)かし始(はじ)めた。223バランスを始(はじ)め一同(いちどう)の歓喜(くわんき)は例(たとふ)るに物(もの)なき程(ほど)であつた。224漸(やうや)くにして死人(しにん)は元気(げんき)回復(くわいふく)し、225四辺(あたり)をキヨロキヨロと見(み)まわし乍(なが)ら、226篝火(かがりび)にすかし見(み)て、
227ア『ヤア貴方(あなた)はスダルマン太子(たいし)様(さま)で厶(ござ)いますか』
228太子『何(なに)、229汝(なんぢ)はアリナであつたか、230ヤア可(い)い所(ところ)で其方(そなた)に出会(であ)ひ、231余(よ)も満足(まんぞく)だ』
232ス『アリナ様(さま)、233妾(わらは)はスバールで厶(ござ)います。234貴方(あなた)は死(し)んでいらつしやつたので厶(ござ)いますよ。235ここに厶(ござ)る大(おほ)きなお方(かた)の網(あみ)にかかり貴方(あなた)は救(すく)はれたのです。236種々(いろいろ)と此(この)方(かた)が御(ご)介抱(かいはう)を遊(あそ)ばしたさうで厶(ござ)いますが、237どうしても蘇生(そせい)の望(のぞ)みがないので、238失望(しつばう)落胆(らくたん)してゐられた所(ところ)へ、239三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)梅公別(うめこうわけ)様(さま)、240即(すなは)ち此(この)御(お)方(かた)が神(かみ)様(さま)に祈(いの)つて、241貴方(あなた)を助(たす)けて下(くだ)さつたのですよ。242サア御(お)礼(れい)を申(まを)しなさい』
243ア『ハイ、244有難(ありがた)う厶(ござ)います。245モシ宣伝使(せんでんし)様(さま)、246エー、247漁師(れふし)様(さま)、248再生(さいせい)の御恩(ごおん)、249末代(まつだい)迄(まで)も忘(わす)れは致(いた)しませぬ』
250と簡単(かんたん)に251落涙(らくるゐ)して感謝(かんしや)の辞(ことば)を呈(てい)する。
252太(たい)『ヤア結構(けつこう)々々(けつこう)、253汝(なんぢ)バランス、254禁断(きんだん)の場所(ばしよ)を冒(をか)した罪(つみ)は国法(こくはふ)上(じやう)許(ゆる)し難(がた)いなれど、255汝(なんぢ)が仁愛(じんあい)の心(こころ)に免(めん)じ忘(わす)れておく』
256バラ『之(これ)は之(これ)は太子(たいし)殿下(でんか)で厶(ござ)いましたか。257御(ご)仁慈(じんじ)のお言葉(ことば)骨身(ほねみ)に堪(こた)へて有難(ありがた)う存(ぞん)じます。258大体(だいたい)斯様(かやう)な不公平(ふこうへい)な法律(はふりつ)を発布(はつぷ)し、259自然(しぜん)に発生(わ)く魚族(うろくづ)を右守(うもり)の司(かみ)の特別(とくべつ)漁猟(ぎよれふ)区域(くゐき)となし、260人民(じんみん)一般(いつぱん)に天然(てんねん)の恩恵(おんけい)を均霑(きんてん)させないといふのは余(あま)り矛盾(むじゆん)では厶(ござ)いますまいか。261妾(わたし)は民衆(みんしう)の味方(みかた)と成(な)つて斯(か)かる不公平(ふこうへい)なる法律(はふりつ)を撤回(てつくわい)し、262四民(しみん)平等(べうどう)の神意(しんい)に基(もとづ)き、263タラハン国(ごく)の政治(せいぢ)を根本(こんぽん)的(てき)に改革(かいかく)致(いた)し度(た)く念願(ねんぐわん)して居(を)ります。264斯様(かやう)な所(ところ)で太子(たいし)様(さま)に申(まをし)上(あ)げるのは畏(おそ)れ多(おほ)うは厶(ござ)いまするが、265妾(わたし)の一言(いちげん)は国民(こくみん)全体(ぜんたい)の声(こゑ)で御座(ござ)いますから、266何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)仁慈(じんじ)の御心(みこころ)を以(もつ)て、267斯(か)かる狭苦(せまくる)しき法律(はふりつ)を撤回(てつくわい)遊(あそ)ばす様(やう)、268違法(ゐはふ)ながら謹(つつ)しんで殿下(でんか)に直訴(ぢきそ)を致(いた)します』
269太(たい)『ヤ、270実(じつ)に天晴(あつぱれ)な汝(なんぢ)の志(こころざし)、271感心(かんしん)々々(かんしん)。272余(よ)は之(これ)より城内(じやうない)に帰(かへ)り273国政(こくせい)の大改革(だいかいかく)を断行(だんかう)する考(かんが)へだ。274汝(なんぢ)は民衆(みんしう)の母(はは)として今日(こんにち)迄(まで)国家(こくか)の為(ため)大活動(だいくわつどう)をやつてゐた事(こと)は、275うすうす聞(き)いてゐる。276付(つ)いてはどうだ、277余(よ)の政治(せいぢ)を助(たす)けてくれる心(こころ)はないか』
278バラ『ハイ、279思(おも)ひもよらぬ殿下(でんか)の思召(おぼしめし)、280何分(なにぶん)鄙(ひな)に育(そだ)つた不作法(ぶさはふ)者(もの)、281到底(たうてい)廟堂(べうだう)に立(た)つ事(こと)は出来(でき)ませぬ。282まして今(いま)迄(まで)茶坊主(ちやばうず)の妻(つま)と迄(まで)成下(なりさが)つて居(を)りました卑(いや)しき女(をんな)で厶(ござ)いまするから……』
283太(たい)『其方(そち)にも似合(にあ)はぬ其(その)言葉(ことば)、284国民(こくみん)救護(きうご)の為(ため)ならば、285勇(いさ)んで余(よ)が言葉(ことば)を聞(き)いても可(い)いぢやないか。286今(いま)迄(まで)の如(ごと)く特権(とくけん)階級(かいきふ)が威張(ゐば)り散(ち)らし、287下(しも)民衆(みんしう)の難儀(なんぎ)を知(し)らず顔(がほ)に、288吾(わが)身(み)勝手(かつて)の事(こと)を致(いた)すやうな悪政(あくせい)はやらせない積(つもり)だ。289どうか余(よ)が頼(たの)みを聞(き)いてはくれまいか』
290バラ『ハイ、291思(おも)ひ掛(がけ)なき殿下(でんか)の御(お)見出(みだ)しに預(あづか)り、292日頃(ひごろ)の願望(ぐわんまう)も成就(じやうじゆ)の時(とき)が参(まゐ)りました様(やう)で厶(ござ)います。293左様(さやう)ならば令旨(れいし)に従(したが)ひ、294殿下(でんか)に付添(つきそ)ひ入内(にふだい)致(いた)すで厶(ござ)いませう』
295太(たい)『ヤア満足(まんぞく)々々(まんぞく)、296時(とき)を移(うつ)さず、297汝(なんぢ)は余(よ)について城内(じやうない)へ来(き)てくれよ』
298バラ『畏(かしこ)まりました。299併(しか)し乍(なが)ら此(この)アリナ様(さま)は到底(たうてい)此(この)様子(やうす)では歩行(ほかう)は難(むつかし)からうと存(ぞん)じますから、300妾(わらは)が馬(うま)となり、301背(せな)に負(お)ぶつてお供(とも)を致(いた)しませう』
302梅(うめ)『ヤ、303バランスさま、304天晴(あつぱれ)々々(あつぱれ)。305男子(だんし)にまさる貴女(あなた)の勇気(ゆうき)、306貴女(あなた)こそ神(かみ)の化身(けしん)とも云(い)ふべきお方(かた)で厶(ござ)います』
307バラ『左様(さやう)にお褒(ほ)め下(くだ)さつてはお恥(はづか)しう厶(ござ)います。308サア参(まゐ)りませう』
309とバランスはアリナを背(せな)に負(お)ひ乍(なが)ら、310駿足(しゆんそく)の後(あと)より従(したが)ひ行(ゆ)く。311此(この)時(とき)312大空(おほぞら)の月(つき)は淡雲(あはくも)を押分(おしわ)けてニコニコし乍(なが)ら、313一行(いつかう)五(ご)人(にん)の夜(よる)の道芝(みちしば)を清(きよ)く明(あきら)けく照(てら)させ玉(たま)うた。314インデス河(がは)の河波(かはなみ)は月光(げつくわう)を浴(あ)びて金鱗(きんりん)の如(ごと)くキラリキラリと瞬(またた)いてゐる。
315(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 松村真澄録)
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