霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 天橋立(あまのはしだて)〔五九一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第16巻 如意宝珠 卯の巻 篇:第1篇 神軍霊馬 よみ(新仮名遣い):しんぐんれいば
章:第1章 天橋立 よみ(新仮名遣い):あまのはしだて 通し章番号:591
口述日:1922(大正11)年04月05日(旧03月09日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年12月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
顕恩郷を鬼雲彦から取り戻した神素盞嗚大神の娘たち・八乙女らだったが、鬼雲彦は東に逃げて教線を延ばした。
神素盞嗚大神が千座の置戸を負って追放された後は、五人の娘たちは邪神に囚われて、小さな舟に乗せられて海原に捨てられてしまった。
英子姫は従者の悦子姫とともに舟に捨てられ、長く苦しい航海の末に天の橋立の竜燈松の根元に着いた。
そこへ四五人のバラモン教の捕り手が現れて、英子姫らを探し始めた。しかし捕り手たちは酒に酔っている。鬼虎は英子姫を幽霊だと思って腰を抜かしてしまう。
悦子姫は捕り手たちに霊縛をかけて、その間に主従二人はその場を逃げ出す。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-11-05 22:20:25 文字数:6194 OBC :rm1601
愛善世界社版:11頁 八幡書店版:第3輯 405頁 修補版: 校定版:11頁 普及版:4頁 初版: ページ備考:
001葦原(あしはら)の瑞穂(みづほ)の国(くに)に名(な)にしおふ
002メソポタミヤの顕恩郷(けんおんきやう)
003ノアの子孫(しそん)と生(うま)れたる
004ハムの一族(いちぞく)鬼雲彦(おにくもひこ)は
005バラモン教(けう)を楯(たて)となし
006霊主(れいしゆ)体従(たいじう)を標榜(へうぼう)し
007現(うつつ)の世(よ)をば軽(かろ)んじて
008魂(たま)の行方(ゆくへ)の幽界(かくりよ)を
009堅磐(かきは)常磐(ときは)の住所(すみか)ぞと
010教(をし)へ諭(さと)すはよけれども
011名実(めいじつ)共(とも)に叶(かな)はねば
012醜(しこ)の曲事(まがごと)日(ひ)に月(つき)に
013潮(うしほ)の如(ごと)く拡(ひろ)がりて
014天(あめ)の下(した)なる神人(しんじん)は
015苦(くるし)み悶(もだ)え村肝(むらきも)の
016心(こころ)ねぢけて日(ひ)に月(つき)に
017世(よ)は常暗(とこやみ)と曇(くも)り行(ゆ)く
018八岐(やまた)大蛇(をろち)や醜狐(しこぎつね)
019醜神(しこがみ)率(ひき)ゐる曲鬼(まがおに)を
020言向和(ことむけやは)し豊(ゆたか)なる
021神(かみ)の御国(みくに)を樹(た)てむとて
022恵(めぐみ)も広(ひろ)き瑞霊(みづみたま)
023神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)は
024教(をしへ)を開(ひら)く八乙女(やおとめ)の
025珍(うづ)の御子(みこ)をば遣(つか)はして
026鬼雲彦(おにくもひこ)が身辺(しんぺん)を
027見守(みまも)り給(たま)ひ曲神(まがかみ)の
028醜(しこ)の健(たけ)びを鎮(しづ)めむと
029三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)
030肝太玉(きもふとだま)の命(みこと)をば
031遣(つか)はし給(たま)ひ八乙女(やおとめ)と
032心(こころ)を併(あは)せ力(ちから)をば
033一(ひと)つになして顕恩郷(けんおんきやう)
034治(をさ)め給(たま)ひし折柄(をりから)に
035雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げ去(さ)りし
036バラモン教(けう)の大棟梁(だいとうりやう)
037鬼雲彦(おにくもひこ)の一類(いちるゐ)は
038フサの国(くに)をば打渡(うちわた)り
039あちらこちらに教線(けうせん)を
040布(し)きつつ進(すす)む魔(ま)の力(ちから)
041斯(か)かる時(とき)しも天教山(てんけうざん)の
042高天原(たかあまはら)に大御神(おほみかみ)は
043天(あま)の岩戸(いはと)に隠(かく)ろひて
044暗(くら)さは暗(くら)し烏羽玉(うばたま)の
045闇(やみ)に徨(さまよ)ふ世(よ)の中(なか)の
046人(ひと)の憂(うれ)ひに附(つ)け入(い)りて
047時(とき)を得顔(えがほ)の曲神(まがかみ)は
048益々(ますます)荒(すさ)び初(そ)めにけり
049神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)は
050千座(ちくら)の置戸(おきど)を負(お)はせつつ
051何処(いづく)を当(あて)と長(なが)の旅(たび)
052姿(すがた)隠(かく)して千万(ちよろづ)の
053悩(なや)みに遭(あ)はせ給(たま)ひつつ
054八千八(はつせんや)声(こゑ)の時鳥(ほととぎす)
055血(ち)を吐(は)く思(おも)ひの旅(たび)の空(そら)
056遠(とほ)き近(ちか)きの隔(へだ)てなく
057八洲(やしま)の国(くに)を漂浪(さすらひ)の
058御(おん)身(み)の果(はて)ぞ憐(あはれ)なる
059勢(いきほひ)猛(たけ)き竜神(たつがみ)も
060時(とき)を得(え)ざれば身(み)を潜(ひそ)め
061蠑螈(いもり)蚯蚓(みみづ)と成(な)り果(は)てて
062塵(ちり)や芥(あくた)に潜(ひそ)むごと
063高天原(たかあまはら)に名(な)も高(たか)き
064皇(すめ)大神(おほかみ)の弟(おとうと)と
065生(うま)れ出(い)でたる大神(おほかみ)も
066いと浅猿(あさま)しき罪神(つみがみ)の
067怪(あや)しき御名(みな)に包(つつ)まれて
068心(こころ)も曇(くも)る五月空(さつきぞら)
069空(そら)行(ゆ)く雲(くも)の果(はて)しなく
070親(おや)に離(はな)れし雛鳥(ひなどり)の
071愛(いと)しき五(ご)人(にん)の姫御子(ひめみこ)は
072心(こころ)汚(きたな)き曲神(まがかみ)の
073捕虜(とりこ)となりて痛(いた)はしく
074塩(しほ)の八百路(やほぢ)の八潮路(やしほぢ)の
075大海原(おほうなばら)に捨小船(すてをぶね)
076波(なみ)のまにまに漂(ただよ)ひつ
077海路(うなぢ)も遠(とほ)き竜宮(りうぐう)の
078魔神(まがみ)の猛(たけ)ぶ一(ひと)つ島(じま)
079自転倒(おのころ)島(じま)や錫蘭(しろ)の島(しま)
080常世(とこよ)の国(くに)や智利(てる)の国(くに)
081波(なみ)のまにまに流(なが)されて
082ここに姉妹(おとどひ)五柱(いつはしら)
083詮術(せんすべ)さへも浪(なみ)の上(うへ)
084涙(なみだ)の雨(あめ)にうるほひつ
085雨(あめ)風(かぜ)霜(しも)に打(う)たれつつ
086漂泊(さすら)ひ給(たま)ふぞ苛(いぢら)しき
087神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の
088霊(みたま)に生(あ)れます八柱(やはしら)の
089乙女(おとめ)の中(なか)にも秀(ひい)でたる
090姿(すがた)優(やさ)しき英子姫(ひでこひめ)
091容(みめ)も貌(かたち)も悦子姫(よしこひめ)の
092待女(じぢよ)を引(ひき)つれ朽(く)ち果(は)てし
093危(あやふ)き生命(いのち)の捨小船(すてをぶね)
094何時(いつ)の間(ま)にやら日数(ひかず)を重(かさ)ね
095年(とし)も二八(にはち)の若狭湾(わかさわん)
096身(み)の行先(ゆくさき)はどうなりと
097成生(なりふ)の岬(みさき)を後(あと)にして
098昨日(きのふ)や経(きやう)ケ岬(みさき)をば
099右手(めて)に眺(なが)めて宮津湾(みやづわん)
100神(かむ)伊弉諾(いざなぎ)の大神(おほかみ)の
101いねます間(うち)に倒(たふ)れしと
102言(い)ひ伝(つた)へたる波(なみ)の上(うへ)
103長(なが)く浮(う)かべる橋立(はしだて)の
104切(き)り戸(ど)を越(こ)えて成相(なりあひ)の
105山(やま)の嵐(あらし)に吹(ふ)かれつつ
106漸(やうや)く心地(ここち)も与謝(よさ)の海(うみ)
107波(なみ)も柔(やはら)ぐ竜灯(りうとう)の
108松(まつ)の根元(ねもと)に着(つ)きにける。
109 二人(ふたり)は舟(ふね)を棄(す)てて、110竜燈松(りうとうまつ)の根元(ねもと)に漸(やうや)く上陸(じやうりく)したり。111折柄(をりから)の烈風(れつぷう)海面(かいめん)を撫(な)で、112峰(みね)吹(ふ)き渡(わた)る松風(まつかぜ)の音(おと)は、113一層(ひとしほ)寂寥(せきれう)の感(かん)を与(あた)へたり。114寒(さむ)さ身(み)に沁(し)む夕暮(ゆふぐれ)の空(そら)、115ねぐら求(もと)めて立帰(たちかへ)る烏(からす)の群(むれ)幾千羽(いくせんば)、116カワイカワイと啼(な)き立(た)て乍(なが)ら、117大江山(おほえやま)の方面(はうめん)指(さ)して翔(かけ)り行(ゆ)く。118雲(くも)の衣(ころも)は破(やぶ)れて、119処々(ところどころ)より天書(ほし)の光(ひかり)瞬(またた)き始(はじ)めける。120二人(ふたり)は路傍(ろばう)に腰(こし)を下(おろ)し、121来(こ)し方(かた)行末(ゆくすゑ)の身(み)を案(あん)じ煩(わづら)ひつつ、122ヒソビソ物語(ものがた)る。
123悦子姫(よしこひめ)『英子姫(ひでこひめ)様(さま)、124メソポタミヤの顕恩郷(けんおんきやう)を立出(たちい)でましてより、125情無(つれな)き魔神(まがみ)の為(ため)に、126朽(く)ち果(は)てたる舟(ふね)に乗(の)せられ、127押流(おしなが)された時(とき)の事(こと)を思(おも)へば、128夢(ゆめ)の様(やう)で御座(ござ)いますなア。129それにしても、130君子姫(きみこひめ)様(さま)始(はじ)め、131四(よ)人(にん)の姫(ひめ)様(さま)は、132どふやも計(はか)り難(がた)しうなられましたでせう、133……貴女(あなた)の御(ご)無事(ぶじ)に此処(ここ)へお着(つ)きになつたに就(つ)いて、134四柱(よはしら)の姫君(ひめぎみ)様(さま)の御(お)身(み)の上(うへ)、135心(こころ)にかかる冬(ふゆ)の空(そら)、136情(つれ)無(な)き凩(こがらし)に吹(ふ)き捲(ま)くられ、137冷(つめ)たき人(ひと)のさいなみに、138心(こころ)を砕(くだ)かせ給(たま)ふやも計(はか)り難(がた)し、139併(しか)し乍(なが)ら此処(ここ)もやつぱり鬼雲彦(おにくもひこ)が縄張(なはばり)の内(うち)、140ウカウカすれば、141又(また)もや如何(いか)なる憂目(うきめ)にあはされむも計(はか)られませぬ。142一(いち)時(じ)も早(はや)く森林(しんりん)に身(み)を忍(しの)び、143一夜(ひとや)を明(あ)かし、144山越(やまごし)に聖地(せいち)を指(さ)して参(まゐ)りませうか』
145英子姫(ひでこひめ)『アさうだな、146長居(ながゐ)は恐(おそ)れ、147何(なん)とかせなくてはなりますまい。148それに就(つい)ても姉妹(きやうだい)四(よ)人(にん)の身(み)の上(うへ)、149今頃(いまごろ)は何処(いづく)の果(はて)に悩(なや)み煩(わづら)ふならむか』
150と首(くび)を傾(かたむ)け、151暫(しば)し涙(なみだ)に沈(しづ)む。152暫(しば)しあつて英子姫(ひでこひめ)は頭(かうべ)をあげ、
153英子姫『アヽ思(おも)ふまい思(おも)ふまい、154何事(なにごと)も刹那心(せつなしん)、155惟神(かむながら)に任(まか)すより途(みち)はない、156サア悦子姫(よしこひめ)、157急(いそ)ぎませう』
158と立上(たちあが)らむとする所(ところ)へ、159近付(ちかづ)き来(きた)る四五(しご)人(にん)の男(をとこ)の声(こゑ)、160ハツと驚(おどろ)き逃(に)げむとする時(とき)しも如何(いかが)はしけむ、161英子姫(ひでこひめ)は其(その)場(ば)にピタリと倒(たふ)れたり。162悦子姫(よしこひめ)は探(さぐ)り探(さぐ)りて磯端(いそばた)の水(みづ)を手(て)に掬(すく)ひ口(くち)に含(ふく)み、163英子姫(ひでこひめ)の面部(めんぶ)を目蒐(めが)けて伊吹(いぶき)の狭霧(さぎり)を吹(ふ)きかけたるに、164英子姫(ひでこひめ)は漸(やうや)くにして顔(かほ)をあげ、
165英子姫『アヽ悦子姫(よしこひめ)どの、166又(また)もや吾身(わがみ)を襲(おそ)ふ持病(ぢびやう)の癪(しやく)、167モウ斯(か)うなつては一足(ひとあし)も歩(ある)かれませぬ、168敵(てき)に捉(とら)はれては一大事(いちだいじ)、169そなたは妾(わらは)に構(かま)はず疾(と)く此(この)場(ば)を落(お)ち延(の)びなさい。170サア早(はや)く早(はや)く』
171と苦(くる)しき息(いき)の下(した)より急(せ)き立(た)つるを、172悦子姫(よしこひめ)は涙(なみだ)を揮(ふる)ひ乍(なが)ら、
173悦子姫『姫君(ひめぎみ)様(さま)、174何(なん)と仰(あふ)せられます。175大切(たいせつ)な主人(しゆじん)の危難(きなん)を見棄(みす)てて、176どうして是(こ)れが逃(に)げられませうか、177仮令(たとへ)如何(いか)なる運命(うんめい)に陥(おちい)る共(とも)、178主従(しゆじゆう)死生(しせい)を共(とも)にし、179未来(みらい)は必(かなら)ず一蓮(いちれん)托生(たくしやう)と詔(の)らせ給(たま)ひしお詞(ことば)は、180妾(わらは)が胸(むね)に深(ふか)く刻(きざ)み込(こ)まれ、181一日(ひとひ)片時(かたとき)も忘(わす)れた暇(ひま)とては御座(ござ)いませぬ。182どうぞ妾(わらは)に介抱(かいほう)させて下(くだ)さいませ』
183と泣(な)き伏(ふ)しにければ、184英子姫(ひでこひめ)は、
185英子姫『エヽ聞分(ききわ)けのない悦子姫(よしこひめ)、186妾(わらは)は病身(びやうしん)の体(からだ)、187仮令(たとへ)此(この)場(ば)を無事(ぶじ)に遁(のが)るればとて、188再(ふたた)び繊弱(かよわ)き女(をんな)の身(み)の、189何時(いつ)病(やまひ)に犯(をか)され、190悪神(あくがみ)の為(ため)に捉(とら)はるるやも計(はか)り難(がた)し、191汝(なんぢ)は一刻(いつこく)も早(はや)く此(この)場(ば)を立去(たちさ)り、192聖地(せいち)をさして進(すす)み行(ゆ)かれよ』
193 悦子姫(よしこひめ)は首(くび)を振(ふ)り、
194悦子姫『イエイエ、195何(なん)と仰(おほ)せられても、196此(この)場(ば)を去(さ)ることは忍(しの)ばれませぬ』
197英子姫『エヽ聞分(ききわ)けのない、198主人(しゆじん)の言葉(ことば)を汝(なんぢ)は背(そむ)くか。199妾(わらは)は今(いま)より主従(しゆじゆう)の縁(えん)を切(き)るぞゑ』
200悦子姫『姫君(ひめぎみ)様(さま)、201縁(えん)を切(き)るとはお情(なさけ)無(な)い其(その)お言葉(ことば)……』
202と云(い)ふより早(はや)く、203暗(やみ)に閃(ひらめ)く両刃(もろは)の短刀(たんたう)、204英子姫(ひでこひめ)は、205病(やまひ)に苦(くるし)む身(み)を打忘(うちわす)れ、206手早(てばや)く悦子姫(よしこひめ)の腕(うで)を、207力(ちから)限(かぎ)りに握(にぎ)り締(し)め、208涙声(なみだごゑ)、
209英子姫『逸(はや)まるな悦子姫(よしこひめ)、210其方(そなた)は壮健(さうけん)なる身(み)の上(うへ)、211一日(ひとひ)も永(なが)く生(い)き長(なが)らへて、212吾(わが)父(ちち)に巡(めぐ)り会(あ)ひ、213妾(わらは)姉妹(おとどひ)が消息(せうそく)を伝(つた)へて呉(く)れねばならぬ。214サアどうぞ気(き)を取直(とりなほ)し、215一刻(いつこく)も早(はや)く此(この)場(ば)を立(た)つて下(くだ)さい、216………アレあの通(とほ)り間近(まぢか)く聞(きこ)える人々(ひとびと)の声(こゑ)、217見付(みつ)けられては一大事(いちだいじ)、218早(はや)く早(はや)く……』
219と急(せ)き立(た)て玉(たま)へば、
220悦子姫『ぢやと申(まを)して此(こ)れが、221どうして見逃(みのが)せませう。222仮令(たとへ)主従(しゆじゆう)の縁(えん)は切(き)られても、223是(こ)れが見棄(みす)てて行(ゆ)けませうか』
224英子姫『主人(しゆじん)が一生(いつしやう)の頼(たの)みぢや、225どうぞ此(この)場(ば)を立去(たちさ)つて下(くだ)さい。226斯(こ)う云(い)ふ間(うち)にも人(ひと)の足音(あしおと)サア早(はや)く早(はや)く』
227と小声(こごゑ)に急(せ)き立(た)てる。228悦子姫(よしこひめ)は後髪(うしろがみ)引(ひ)かるる心地(ここち)して、229此(この)場(ば)を見棄(みす)てかね、230心(こころ)二(ふた)つに身(み)は一(ひと)つ、231胸(むね)を砕(くだ)く時(とき)こそあれ、232四五(しご)人(にん)の荒男(あらをとこ)進(すす)み来(きた)り、233稍(やや)酒気(しゆき)を帯(お)びたる銅羅声(どらごゑ)にて、
234男(鬼虎)『ナナ何(なん)だ、235早(はや)く此(この)場(ば)を立去(たちさ)れとは、236それや誰(たれ)に吐(ぬ)かすのだい、237立去(たちさ)るも、238立去(たちさ)らぬ、239もあつたものかい、240俺(おれ)は今(いま)大江山(おほえやま)の御(おん)大将(たいしよう)の命令(めいれい)を受(う)けて、241此処(ここ)へ漂着(へうちやく)して来(く)る筈(はず)の、242二人(ふたり)の女(あま)つちよを捉(とら)まへようと思(おも)つて、243立現(たちあら)はれた所(ところ)だ。244立去(たちさ)れも糞(くそ)も有(あ)つたものかい、245………ヘン、246人(ひと)を馬鹿(ばか)にするない、247石熊(いしくま)の野郎(やらう)め、248貴様(きさま)は何時(いつ)も暗(くら)がりになると怪(け)つ体(たい)の悪(わる)い、249女(をんな)の泣声(なきごゑ)を出(だ)しよつて………チツト男(をとこ)らしうせないかい』
250と云(い)ひつつ拳骨(げんこつ)を固(かた)めて、251一人(ひとり)の男(をとこ)の横(よこ)つ面(つら)をポカンと打(う)つたり。
252 石熊(いしくま)は、
253石熊『アイタタ、254コラ鬼虎(おにとら)の奴(やつ)、255馬鹿(ばか)にしやがるない』
256と又(また)もや、257石熊(いしくま)は、
258石熊『サア返礼(へんれい)だ』
259と云(い)ふより早(はや)く、260鬼虎(おにとら)の横(よこ)つ面(つら)を続(つづ)け打(うち)に、261腕(うで)の折(を)れるほど擲(なぐ)り付(つ)ける。262其(その)機(はづみ)に鬼虎(おにとら)はヨロヨロとヨロめいて、263二人(ふたり)の娘(むすめ)の上(うへ)にドサンと倒(たふ)れ、264鬼虎(おにとら)は、
265鬼虎『ワアー、266恐(おそ)ろしい、267……ヤイヤイ出(で)やがつた、268毛(け)の長(なが)い……色(いろ)の青(あを)い、269冷(つめた)い奴(やつ)ぢや。270コラ皆(みな)の奴(やつ)、271俺(おれ)を伴(つ)れて逃(に)げぬかい』
272 石熊(いしくま)は、273暗(くら)がりより、
274石熊『アハヽヽヽ、275態(ざま)ア見(み)やがれ、276臆病者(おくびやうもの)奴(め)が……オイオイ皆(みな)の連中(れんぢう)、277彼奴(あいつ)ア、278酒(さけ)に喰(くら)ひ酔(よ)つて、279あんな夢(ゆめ)を見(み)やがつたのだ、280ウツカリ傍(そば)へ行(ゆ)かうものなら、281暗(くら)がりに握拳(にぎりこぶし)を振(ふ)り廻(まは)されて、282目玉(めだま)が飛(と)んで出(で)るような目(め)に遇(あ)はされるぞ。283……行(ゆ)くな行(ゆ)くな、284まあジツと酔(よ)ひの醒(さ)める迄(まで)、285容子(ようす)を見(み)て居(を)らうぢやないか……アーア俺(おれ)も大分(だいぶ)に酔(ゑひ)がまはつた、286どうやら足(あし)が隠居(いんきよ)した様(やう)だワイ』
287 一人(ひとり)の男(をとこ)大声(おほごゑ)で、
288男(熊鷹)『一体(いつたい)汝(なんぢ)等(ら)、289何(なん)の為(ため)に沢山(たくさん)の手当(てあて)を貰(もら)つて偵察(ていさつ)に歩(ある)いて居(ゐ)るのだい……其(その)足(あし)は何(なん)だ、290肝腎要(かんじんかなめ)の正念場(しやうねんば)になつて、291足(あし)を取(と)られると云(い)ふ事(こと)があるものかい、292チツと確(しつか)りせないか』
293石熊(いしくま)『有(あ)るとも有(あ)るとも、294俺(おれ)やアル中(ちう)だ』
295男(熊鷹)『アルチウと云(い)つても、296歩(ある)いて居(を)らぬぢやないか』
297石熊『アルコール中毒(ちうどく)だ、298邪魔(じやま)臭(くさ)いから、299アル中(ちう)と云(い)つたのだい、300………アーア、301もう一足(ひとあし)もアル中(ちう)事(こと)が出来(でき)ぬ様(やう)になつたワイ………。302コラ熊鷹(くまたか)の野郎(やらう)、303貴様(きさま)は何(なん)だ、304他人(ひと)にばつかり偉相(えらさう)に云(い)ひよつて……貴様(きさま)も足(あし)が変(へん)テコぢやないか』
305熊鷹(くまたか)『チチチツと、306なんだ、307何(なん)して……居(ゐ)るものだから、308いまこそは、309千鳥(ちどり)にあらめノチハ、310ナトリニアラムヲ、311イノチハ、312ナシセタマヘソ、313イシトウヤ、314アマハセヅカイ、315アマノハシダテ、316二人(ふたり)の女(をんな)を見失(みうしな)ひ、317鬼雲彦(おにくもひこ)様(さま)に、318コトノカタリゴトモコウバだ、319アハヽヽヽ。320アヲヤマニ、321ヒガカクラバ、322ヌバタマノヨハイデナン、323アサヒノ、324エミサカヘキテ、325タクヅヌノ、326シロキタダムキ、327アワユキノ、328ワカヤルムネヲ、329ソダタキ、330タタキマナガリ、331マタマデタマデ、332サシマキ、333モモナガニ、334イヲシナセ、335トヨミキタテマツラセ……てな事(こと)を宅(うち)の山(やま)の神(かみ)様(さま)奴(め)が仰有(おつしや)りまして、336ついトヨミキをアカニノホに飲(きこ)し召(め)したのだ。337神酒(みき)は甕瓶(みかのへ)高(たか)しり、338甕(みか)のはら満(み)て並(なら)べて、339海河(うみかは)山野(やまぬの)種々(くさぐさ)の珍物(うましもの)を横山(よこやま)の如(ごと)く、340うまらに、341つばらに飲食(きこしめ)し、342大海原(おほうなばら)に船(ふね)充(み)ち続(つづ)けて、343陸(くが)より行(ゆ)く路(みち)を、344荷(に)の緒(を)結(ゆひ)かため、345駒(こま)の蹄(つめ)の至(いた)り止(とど)まる限(かぎ)り、346………熊鷹(くまたか)の爪(つめ)は、347随分(ずゐぶん)長(なが)いぞ。348愚図(ぐづ)々々(ぐづ)吐(ぬ)かすと、349石熊(いしくま)の菊石面(あばたづら)を抓(つめ)つてやらう、350イヤサ掻(か)きむしらうかい、351ウーンウン アハヽヽヽ』
352石熊(いしくま)『何(なに)を吐(ぬか)すのだい、353お役目(やくめ)大切(たいせつ)に致(いた)さぬかい、354コンナ処(ところ)へ、355暗(くら)まぎれに、356二人(ふたり)の娘(むすめ)が遣(や)つて来(き)よつたら、357貴様(きさま)どうする積(つも)りだ。358彼奴(あいつ)ア、359中々(なかなか)女(をんな)に似合(にあ)はぬ腕利(うでき)きと云(い)ふ事(こと)だ、360経(きよう)ケ岬(みさき)の虎彦(とらひこ)が急報(きふはう)に依(よ)つて、361鬼雲彦(おにくもひこ)より火急(くわきふ)の御(ご)命令(めいれい)、362しつかり致(いた)さぬと、363反対(あべこべ)にやられて了(しま)ふぞ。364アーツ、365エーツ、366ガ、367ガアー、368ガラガラガラガラ』
369 熊鷹(くまたか)は、
370熊鷹『アア臭(くさ)いワイ、371酒(さけ)や飯(めし)の混合(こんがふ)した滝(たき)を、372人(ひと)の顔(かほ)の上(うへ)へ流(なが)しよつて、373……胸(むね)の悪(わる)い……エエ、374アどうやら俺(おれ)もへへへへ、375へどが出(で)さうな。376オイコラ、377おとら……ヲヲ桶(をけ)を持(も)て来(こ)い、378………背(せなか)を叩(たた)け、379ガアヽヽヽガラガラガラガラ』
380 鬼虎(おにとら)は震(ふる)ひ声(ごゑ)で、
381鬼虎『オオオイ、382貴様(きさま)は何(なに)を愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(ゐ)るのだ、383早(はや)く来(こ)ぬかい、384俺(おれ)をかたげて逃(に)げてくれ、385何(なん)だか怪体(けたい)な、386ババ化州(ばけしう)が出(で)やがつたゾ』
387 石熊(いしくま)は、
388石熊『エー喧(やかま)し吐(ぬか)すない、389……俺(おれ)の口(くち)から大洪水(だいこうずゐ)が出(で)て、390人家(じんか)殆(ほとん)ど流失(りうしつ)、391死傷(ししやう)算(さん)なしと云(い)ふ惨状(さんじやう)だ、392貴様(きさま)を助(たす)ける所(どころ)かい、393非常組(ひじやうぐみ)でも繰出(くりだ)して救援(きうゑん)に向(むか)はぬかい、394ガラガラガラガラ』
395熊鷹(くまたか)『エー怪(け)つ体(たい)の悪(わる)い、396合点(がてん)の往(ゆ)かぬ夜(よ)さだナア、397此処(ここ)まで来(き)たと思(おも)へば、398俄(にはか)にピタリと足(あし)が止(と)まり、399まるで地(つち)から生(は)えた木(き)の様(やう)になつて了(しま)つた。400……ヤイ何(なん)とかして俺(おれ)の足(あし)を動(うご)く様(やう)にせぬかい』
401 暗(くら)がりより、
402高(?)『動(うご)く様(やう)にせいと云(い)つたつて、403俄(にはか)に、404鋸(のこ)の持合(もちあは)せがないから、405根(ね)から伐(き)つてやる訳(わけ)にも行(ゆ)かず、406マア冬(ふゆ)が来(き)て、407木(こ)の葉(は)が散(ち)り、408枯木(かれき)になる迄(まで)辛抱(しんばう)したが宜(よ)からう。409さうすりや又(また)、410三五教(あななひけう)ぢやないが、411枯木(かれき)に冷(つめ)たい花(はな)が咲(さ)かうも知(し)れぬぞ、412ワハヽヽヽ』
413熊鷹(くまたか)『エ、414エ、415どいつも此奴(こいつ)も、416腰(こし)の弱(よわ)い奴(やつ)許(ばか)りだナア』
417鬼虎(おにとら)『ヤーイ、418皆(みな)の奴(やつ)、419どうやら此奴(こいつ)ア、420目的(もくてき)の二人(ふたり)の奴(やつ)らしいぞ、421しつかりして生捕(いけどり)にせうぢやないか』
422石熊(いしくま)『ナ、423ナ、424何(なん)ぢやア、425貴様(きさま)、426最前(さいぜん)から腰(こし)が抜(ぬ)けたと吐(ぬ)かしよつて、427綺麗(きれい)な女(をんな)の二人(ふたり)の上(うへ)に、428ムツクリと寝(ね)て居(ゐ)よつたのか、429抜目(ぬけめ)のない奴(やつ)だのう』
430鬼虎(おにとら)『まだ目(め)は抜(ぬ)けぬが、431サツパリ腰(こし)が抜(ぬ)けたのだ。432……誰(たれ)か腰(こし)の抜(ぬ)けぬ奴(やつ)、433出(で)て来(き)て此奴(こいつ)を縛(しば)らないか。434どうやら癪(しやく)を起(お)こして居(ゐ)るらしい、435今(いま)フン縛(じば)るのなら、436容易(ようい)なものだ……コラ石熊(いしくま)、437熊鷹(くまたか)、438早(はや)く来(き)て捕縛(ほばく)せよ』
439熊鷹(くまたか)『何(なん)だか今日(けふ)は日和(ひより)が悪(わる)いので、440キヽヽ気(き)に喰(く)はぬので……ヲヽヽ叔母(をば)の命日(めいにち)だから殺生(せつしやう)は廃(や)めとこかい、441……コラ、442ヤイヤイ石熊(いしくま)、443今日(けふ)は貴様(きさま)の番(ばん)だ、444貴様(きさま)に手柄(てがら)を譲(ゆづ)つてやらう』
445石熊(いしくま)『俺(おれ)も何(なん)だか今日(けふ)は気(き)が進(すす)まぬワイ、446女房(にようばう)の命日(めいにち)だから、447殺生(せつしやう)はやめとこかい』
448熊鷹(くまたか)『アハヽヽヽ、449貴様(きさま)、450女房(にようばう)も持(も)つた事(こと)のないのに、451命日(めいにち)が何処(どこ)にあるか、452馬鹿(ばか)にするない』
453石熊(いしくま)『俺(おれ)の女房(にようばう)は貴様(きさま)知(し)らぬのか、454ザツと十八(じふはち)人(にん)だ、455其(その)中(なか)に一番(いちばん)大事(だいじ)のお春(はる)が今日(けふ)死(し)ンだ日(ひ)ぢや、456彼女(あれ)が俺(おれ)の霊(みたま)の女房(にようばう)だ。457アーア思(おも)へば可哀相(かはいさう)な事(こと)をしたワイ、458オンオンだ』
459鬼虎(おにとら)『何(なに)を吐(ぬ)かしやがる、460ソラ隣(となり)の八兵衛(はちべゑ)の女房(にようばう)だらう、461間違(まちが)へると云(い)つても、462嬶(かかあ)を取違(とりちが)へる奴(やつ)がどこにあるかい』
463石熊(いしくま)『俺(おれ)は勝手(かつて)に俺(おれ)の心(こころ)で女房(にようばう)にして居(を)つたのだ。464アンアンアン、465思(おも)へば可憐(いぢ)らしい事(こと)をしたワイの、466オンオンだい』
467 英子姫(ひでこひめ)は、
468英子姫『ヤア悦子姫(よしこひめ)殿(どの)、469妾(わらは)も其方(そなた)の親切(しんせつ)なる介抱(かいほう)で快(こころよ)くなりました。470サアサア二人(ふたり)揃(そろ)うて行(ゆ)きませう』
471悦子姫『ハア夫(そ)れは夫(そ)れは嬉(うれ)しい事(こと)で御座(ござ)います、472是(こ)れと申(まを)すも全(まつた)く御(おん)父(ちち)神(かむ)素盞嗚(すさのを)の……』
473 英子姫(ひでこひめ)は小声(こごゑ)で、
474英子姫『シツ』
475と制(せい)しながら、476口(くち)に手(て)を当(あ)てたまへば、477悦子姫(よしこひめ)は早速(さつそく)の頓智(とんち)、
478悦子姫『是(こ)れと申(まを)すも全(まつた)くお酒(さけ)の爛(かん)が荒(すさ)びましたので、479皆様(みなさま)があの通(とほ)り、480妾(わらは)達(たち)に余興(よきよう)をして見(み)せて下(くだ)さいますのですなア。481ここへお月様(つきさま)でも上(あが)つて下(くだ)さいましたら、482さぞ面白(おもしろ)い事(こと)でせうに、483………お声(こゑ)許(ばか)りで見栄(みばえ)が御座(ござ)いませぬ、484耳(みみ)で見(み)て、485目(め)で聞(き)けとの神(かみ)様(さま)の御(お)教(をしへ)、486ホヽヽヽ』
487熊鷹(くまたか)『ヤイヤイヤイ、488貴様(きさま)は素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の娘(むすめ)であらう、489何(なに)を吐(ぬか)すのだい、490耳(みみ)で見(み)るの目(め)で聞(き)くのと、491まるでババ化物(ばけもの)の様(やう)な事(こと)を吐(ぬか)す奴(やつ)だ。492コリヤ女(をんな)、493そこ動(うご)くなツ』
494 悦子姫(よしこひめ)は、
495悦子姫『オホヽヽヽ皆(みな)さま、496動(うご)くなと仰有(おつしや)つても、497何(なん)だか体(からだ)が独(ひと)り自由(じいう)自在(じざい)に動(うご)いて仕方(しかた)がありませぬワ、498皆(みな)さまは動(うご)きたいと思(おも)つても動(うご)けますまい、499妾(わらは)が一寸(ちよつと)霊縛(れいばく)をかけて置(お)きましたからネー、500マアマア御寛(ごゆる)りと管(くだ)でも巻(ま)いて夜徹(よあ)かしをなさいませ、501……左様(さやう)ならば皆(みな)さま、502お気(き)の毒様(どくさま)乍(なが)ら、503お先(さき)失礼(しつれい)を致(いた)します………あの、504もし姫君(ひめぎみ)様(さま)、505サア斯(こ)うお出(い)でなさいませ』
506 英子姫(ひでこひめ)は、
507英子姫『ホヽヽヽ皆様(みなさま)、508御寛(ごゆる)りと、509何(なに)も御座(ござ)いませぬが、510ヘドなつと掻(か)き集(あつ)めて、511ネーおあがり遊(あそ)ばせ。512あなたのお身(み)の内(うち)から出(で)た物(もの)、513あなたの又(また)お身(み)の内(うち)へお入(い)れ遊(あそ)ばすのだ。514人(ひと)を呪(のろ)はば穴(あな)二(ふた)つ、515おのれに出(い)でて己(おの)れに帰(かへ)るとかや、516あな有難(ありがた)や神(かみ)様(さま)のお守(まも)り』
517と行(ゆ)かむとするを、518鬼虎(おにとら)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に英子姫(ひでこひめ)の裾(すそ)を握(にぎ)つた儘(まま)放(はな)さぬ。
519英子姫(ひでこひめ)『ヤア厭(いや)なこと、520此(この)男(をとこ)、521妾(わらは)の裾(すそ)を握(にぎ)つてチツとも放(はな)して呉(く)れないワ』
522悦子姫(よしこひめ)『どうしませう………アヽさうさう、523此(この)男(をとこ)が姫君(ひめぎみ)様(さま)のお裾(すそ)を握(にぎ)つた儘(まま)霊縛(れいばく)をかけられたものですから、524其(その)儘(まま)凝(かたま)つて了(しま)つたのでせう。525ホヽヽヽ、526是(こ)れは偉(えら)い不調法(ぶてうはふ)致(いた)しました。527……コリヤコリヤ此(この)鬼(おに)の様(やう)な片腕(かたかいな)、528霊縛(れいばく)を解(と)いて遣(や)る、529サア放(はな)せ』
530 『ウン』と一声(ひとこゑ)、531鬼虎(おにとら)の握(にぎ)り拳(こぶし)はパラリと解(と)けたりける。
532英子姫(ひでこひめ)『アヽ有難(ありがた)う、533是(こ)れで放(はな)れました』
534石熊(いしくま)『ヤイヤイ鬼虎(おにとら)の奴(やつ)、535案(あん)に違(たが)はず、536女(をんな)の裾(すそ)をひつぱつて居(ゐ)やがつたな、537ナマクラな奴(やつ)だ。538よしよし貴様(きさま)の嬶(かかあ)に、539明朝(みやうてう)早々(さうさう)告発(こくはつ)だ、540さう覚悟(かくご)致(いた)せ』
541熊鷹(くまたか)『ナニ心配(しんぱい)するな、542俺(おれ)が特別(とくべつ)弁護人(べんごにん)になつて喋々(てふてふ)と弁論(べんろん)をまくし立(た)ててやるから、543キツト石熊(いしくま)の敗訴(はいそ)だ、544無罪(むざい)放免(はうめん)になつた上(うへ)、545損害(そんがい)賠償(ばいしやう)を此方(こちら)から提起(ていき)してやらうか、546アハヽヽヽ』
547 英子姫(ひでこひめ)、548悦子姫(よしこひめ)は暗(やみ)に紛(まぎ)れてスタスタと、549何処(いづく)ともなく姿(すがた)を没(ぼつ)したりける。550後(あと)には海面(かいめん)を吹(ふ)く風(かぜ)の音(おと)、551天鼓(てんこ)の如(ごと)くドドンドドンと鳴(な)り響(ひび)きぬ。552五(ご)人(にん)の男(をとこ)は暗(くら)がりより、553破(やぶ)れ太鼓(だいこ)の様(やう)な声(こゑ)を張上(はりあ)げて、
554五人『オーイオーイ、555二人(ふたり)の女(をんな)、556暫(しばら)く待(ま)てい。557オーイオーイ、558かやせ、559戻(もど)せい……』
560と熊谷(くまがい)もどきに叫(さけ)び居(ゐ)たりけり。
561(大正一一・四・五 旧三・九 松村真澄録)
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