霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一九章 文珠(もんじゆ)如来(によらい)〔六〇九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第16巻 如意宝珠 卯の巻 篇:第3篇 真奈為ケ原 よみ(新仮名遣い):まないがはら
章:第19章 文珠如来 よみ(新仮名遣い):もんじゅにょらい 通し章番号:609
口述日:1922(大正11)年04月16日(旧03月20日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年12月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
黒姫は今度は、悦子姫に説教を始める。黒姫は大風呂敷を広げて素盞嗚尊の悪口を言い、変性男子の系統の日の出神の生き宮に従うように、と悦子姫に迫る。
一同は黒姫に係わり合いになっていると足止めを食うので、そのまま過ぎ去ろうとするが、黒姫が引き止めにかかるが、鬼虎、加米彦は先へ促す。
音彦は黒姫の偵察をしようと付いてきたわけを明かし、ウラナイ教の教理は取るに足らないことがわかったから、もう三五教に戻って一緒に行こう、という。
黒姫はしきりに大風呂敷を広げて一同をウラナイ教に引き込もうとするが、説得力がなく、三五教の一行は去っていく。
一行は途中、文珠堂を見つけてそこで一夜の宿を取る。鬼虎は、かつて竜灯松の麓へ悦子姫らを召捕りに行った晩のことを思い出している(第一章)。青彦、音彦、加米彦らもかつての遍歴を思い起こして語り出す。
鬼虎は寝ずの番を買って出るが、寝ぼけて夢を見ている。その間に、天から竜灯松をめがけて火団が落下して物凄い音を立てた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-02-08 18:22:04 文字数:10936 OBC :rm1619
愛善世界社版:227頁 八幡書店版:第3輯 484頁 修補版: 校定版:231頁 普及版:102頁 初版: ページ備考:
001 ヤンチヤ婆(ばば)アの黒姫(くろひめ)は、002性来(しやうらい)の聞(き)かぬ気(き)を極度(きよくど)に発揮(はつき)し、003青彦(あをひこ)、004音彦(おとひこ)其(その)他(た)に向(むか)つて舌端(ぜつたん)黒煙(こくえん)を吐(は)き、005一人(ひとり)も残(のこ)さず紅蓮(ぐれん)の焔(ほのほ)に焼(や)き尽(つく)さむと凄(すさま)じき勢(いきほひ)なり。
006黒姫(くろひめ)『コレコレ、007最前(さいぜん)から其処(そこ)に、008男(をとこ)とも、009女(をんな)とも、010訳(わけ)の分(わか)らぬ風(ふう)をして居(ゐ)る三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)、011良(い)い加減(かげん)に此(この)世(よ)に暇(いとま)乞(ご)ひをしても悦子姫(よしこひめ)の阿婆擦(あばず)れ女(をんな)、012沢山(たくさん)の荒男(あらをとこ)を引(ひ)きつれて、013女王(ぢよわう)気取(きど)りで、014傲然(ごうぜん)と構(かま)へて御座(ござ)るが、015チト此(この)婆(ばば)アが天地(てんち)の根本(こつぽん)の道理(だうり)を噛(か)みて啣(ふく)める様(やう)に言(い)ひ聞(き)かしてやるから、016ソンナ蓑笠(みのかさ)をスツパリと脱(ぬ)いで、017此処(ここ)へ御座(ござ)れ、018滅多(めつた)にウラナイ教(けう)の為(ため)に悪(わる)い様(やう)な事(こと)は申(まを)さぬ。019問(と)ふは当座(たうざ)の恥(はぢ)、020知(し)らぬは末代(まつだい)の恥(はぢ)だ、021此(この)山(やま)の中(なか)で結構(けつこう)な神徳(しんとく)を戴(いただ)いて、022又(また)都会(ひろみ)へ出(で)たら、023自分(じぶん)が発明(はつめい)した様(やう)に、024宣伝使(せんでんし)面(づら)を提(さ)げて歩(ある)かうと儘(まま)ぢや。025何(なん)でも聴(き)いて置(お)けば損(そん)は往(ゆ)かぬ。026サアサア婆(ばば)アの渋茶(しぶちや)でも呑(の)みて、027トツクリと身魂(みたま)の洗濯(せんたく)をしなされ。028チツト此(この)頃(ごろ)はお前(まへ)も顔色(かほいろ)が悪(わる)い。029此(この)黒姫(くろひめ)が脈(みやく)を執(と)つて上(あ)げよう。030……どうやら浮中沈(ふちうちん)、031七五三(しちごさん)の脈膊(みやくはく)が混乱(こんらん)して居(ゐ)る様(やう)ぢや、032今(いま)の間(うち)に療養(れうやう)せぬと、033丸気違(まるきちがひ)になつて了(しま)ふぜ。034今(いま)でさへも半気違(はんきちがひ)ぢや。035神霊(しんれい)注射(ちうしや)を行(や)つてあげようか。036それが利(き)かなくば、037モルヒネ注射(ちうしや)でもしてやらうかい。038サアサア トツトと前(まへ)へ来(き)なさい』
039悦子姫(よしこひめ)『それはそれは、040何(なに)から何(なに)まで御(お)心(こころ)を附(つ)けられまして、041御(ご)親切(しんせつ)有難(ありがた)う御座(ござ)います』
042黒姫(くろひめ)『有難(ありがた)いか、043ウラナイ教(けう)は親切(しんせつ)なものだらう。044頭(あたま)の先(さき)から足(あし)の爪先(つまさき)、045神経(しんけい)系統(けいとう)から運動(うんどう)機関(きくわん)は申(まを)すに及(およ)ばず、046食道(しよくだう)、047消化(せうくわ)機関(きくわん)から生殖器(せいしよくき)、048何(なに)から何(なに)迄(まで)、049チヤンと気(き)をつけて、050根本(こつぽん)から説(と)き明(あ)かし、051病(やまひ)の根(ね)を断(き)る重宝(ちようほう)な教(をしへ)ぢや。052お前(まへ)も神経(しんけい)中枢(ちうすう)に多少(たせう)異状(いじやう)があると見(み)えて、053三五教(あななひけう)の木花姫(このはなひめ)の生宮(いきみや)の様(やう)に、054女(をんな)だてら、055男(をとこ)の風采(なり)をして、056男(をとこ)を同伴(つら)つて、057そこら中(ぢう)を歩(ある)きまはすのは、058普通(ひととほり)ではない。059此(この)儘(まま)放(ほ)つとくと、060巣鴨(すがも)行(ゆき)をせなければならぬかも知(し)れやしない。061………サアサア此(この)黒姫(くろひめ)は耆婆(きば)扁鵲(へんじやく)も跣足(はだし)で逃(に)げると云(い)ふ義理(ぎり)堅(がた)い義婆(ぎば)ぢや。062世間(せけん)の奴(やつ)は訳(わけ)も知(し)らずに、063黒姫(くろひめ)を何(なん)の彼(かん)のと申(まを)すけれども、064燕雀(えんじやく)何(な)ンぞ大鵬(たいほう)の志(こころざし)を知(し)らむやだ。065三千(さんぜん)世界(せかい)の立替(たてかへ)立直(たてなほ)しの根本(こつぽん)を探(さぐ)ると云(い)ふ、066大望(たいまう)なウラナイ教(けう)を、067三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)位(くらゐ)に分(わか)つて堪(たま)るものか。068お前(まへ)が此処(ここ)へ来(き)たのも、069みなウラナイ教(けう)を守護(しゆご)し給(たま)ふ、070尊(たふと)き大神(おほかみ)様(さま)の御(お)引合(ひきあは)せぢや。071躓(つまづ)く石(いし)も縁(えん)の端(はし)と言(い)つて、072世界(せかい)には道(みち)を歩(ある)いて居(ゐ)ると、073沢山(たくさん)な石(いし)が転(ころ)がつて居(ゐ)る。074其(その)幾十万(いくじふまん)とも知(し)れぬ石(いし)の中(うち)に、075躓(つまづ)く石(いし)と云(い)つたら、076僅(わづか)に一(ひと)つか二(ふた)つ位(くらゐ)なものだよ。077これも因縁(いんねん)が無(な)ければ蹴躓(けつまづ)く事(こと)も出来(でき)なければ、078蹴躓(けつまづ)かれる事(こと)も出来(でき)やしない。079同(おな)じ時代(じだい)に生(うま)れ、080同(おな)じお土(つち)の上(うへ)に居(を)つても、081コンナ結構(けつこう)なウラナイ教(けう)を知(し)らずに、082三五教(あななひけう)にとぼけて一生(いつしやう)を送(おく)る様(やう)な事(こと)は本当(ほんたう)に詰(つま)らぬぢやないか。083何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)のお引合(ひきあは)せ、084惟神(かむながら)の御(ご)摂理(せつり)、085縁(えん)あればこそ、086斯(か)うしてお前(まへ)は此(この)山(やま)の奥(おく)に踏(ふ)み迷(まよ)ひ……イヤイヤ神(かみ)様(さま)に引(ひ)つ張(ぱ)られて来(き)たのだ。087決(けつ)して決(けつ)して黒姫(くろひめ)の我(が)で云(い)うと思(おも)つたら量見(りやうけん)が違(ちが)ひますデ、088竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)さまが仰有(おつしや)るのだ。089今迄(いままで)永(なが)らく海(うみ)の底(そこ)のお住居(すまゐ)で、090沢山(たくさん)の宝(たから)を海(うみ)の底(そこ)に蓄(たくは)へて居(を)られたのぢやが、091今度(こんど)艮(うしとら)の金神(こんじん)様(さま)が世(よ)にお上(あが)りなさるに就(つい)て、092物質(ぶつしつ)的(てき)の宝(たから)よりも、093誠(まこと)の宝(たから)が良(よ)いと云(い)つて、094五六七(みろく)神政(しんせい)成就(じやうじゆ)の為(ため)に、095惜(を)しげも無(な)く綺麗(きれい)サツパリと、096艮(うしとら)の金神(こんじん)さまに御(お)渡(わた)しなされると云(い)ふ段取(だんど)りぢや。097併(しか)し人間(にんげん)は誠(まこと)の宝(たから)も結構(けつこう)ぢやが、098肉体(にくたい)の有(あ)る限(かぎ)り、099家(いへ)も建(た)てねばならず、100着物(きもの)も着(き)ねばならず、101美味(うま)いものも食(く)はねばならず、102あいさには酒(さけ)もチヨツピリ飲(の)みたいと云(い)ふ代物(しろもの)だから、103形(かたち)のある宝(たから)も必要(ひつえう)ぢや。104三五教(あななひけう)の奴(やつ)は「この世(よ)の宝(たから)は、105錆(さび)、106腐(くさ)り、107焼(や)け、108溺(おぼ)れ、109朽果(くちは)つる宝(たから)だ、110無形(むけい)の宝(たから)を神(かみ)の国(くに)に積(つ)め」なぞと、111水(みづ)の中(なか)で屁(へ)を放(こ)いた様(やう)な屁理屈(へりくつ)を言(い)つて、112世界(せかい)の奴(やつ)を誤魔化(ごまくわ)して居(ゐ)るが、113お前(まへ)等(ら)も大方(おほかた)其(その)部類(くち)だらう……イヤ其(その)通(とほ)り宣伝(せんでん)して歩(ある)くのだらう。114……能(よ)う考(かんが)へて見(み)なされ。115お前(まへ)だつて食(く)はず飲(の)まずに、116内的(ないてき)生活(せいくわつ)ばかり主張(しゆちやう)して居(を)つて、117堂(だう)して神(かみ)の道(みち)の宣伝(せんでん)に歩行(ある)けるか。118これ程(ほど)分(わか)り切(き)つた現実(げんじつ)の道理(だうり)を無視(むし)すると云(い)ふ教(をしへ)はヤツパリ邪教(じやけう)ぢや。119瑞霊(みづのみたま)の吐(ぬか)す事(こと)は、120概(がい)して皆(みな)コンナものだ。121言(い)ふ可(べ)くして行(おこな)ふ可(べか)らざる教(をしへ)が何(なに)になるものか。122体主(たいしゆ)霊従(れいじう)と霊主(れいしゆ)体従(たいじう)の正中(まんなか)を言(い)ふのが当世(たうせい)ぢや。123当世(たうせい)に合(あは)ぬ様(やう)な教(をしへ)をしたつて誰(たれ)が聴(き)くものか。124神(かみ)の清(きよ)き御心(みこころ)に合(あは)むとすれば、125暗黒(あんこく)なる世(よ)の人(ひと)の心(こころ)に合(あは)ず、126俗悪(ぞくあく)世界(せかい)の人(ひと)の心(こころ)に合(あは)むとすれば、127神(かみ)の心(こころ)に叶(かな)はず……なぞと訳(わけ)の分(わか)り切(き)つた小理屈(こりくつ)を、128素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の馬鹿神(ばかがみ)が囀(さえづ)りよつて、129易(やす)きを棄(す)て難(かた)きに就(つ)かむとする、130迂遠(うゑん)極(きは)まる盲信教(まうしんけう)だから、131根(ね)つから、132葉(は)つから、133羽(はね)が生(は)えぬのぢや。134ウラナイ教(けう)は斯(か)う見(み)えても、135今(いま)は雌伏(しふく)時代(じだい)ぢや。136軍備(ぐんび)を充実(じゆうじつ)した上(うへ)で、137捲土(けんど)重来(ぢうらい)、138回天(くわいてん)動地(どうち)の大活動(だいくわつどう)を演(えん)じ、139それこそ開(あ)いた口(くち)が塞(ふさ)がらぬ、140牛(うし)の糞(くそ)が天下(てんか)を取(と)る、141アンナ者(もの)がコンナ者(もの)になると云(い)ふ仕組(しぐみ)の奥(おく)の手(て)を現(あら)はして、142天(てん)の御(ご)三体(さんたい)の大神(おほかみ)様(さま)にお目(め)にかける、143艮(うしとら)の金神(こんじん)の仕組(しぐみ)ぢや。144三五教(あななひけう)は艮(うしとら)の金神(こんじん)の教(をしへ)を樹(た)てとる様(やう)な顔(かほ)して居(ゐ)るが、145本当(ほんたう)は素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の教(をしへ)が九分(くぶ)九厘(くりん)ぢや。146黒姫(くろひめ)はそれがズンとモウ気(き)に喰(く)はぬので、147変性(へんじやう)男子(なんし)の系統(ひつぽう)の肉体(にくたい)の、148日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)を力(ちから)と頼(たの)み、149竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)さまの生宮(いきみや)となつて、150外国(ぐわいこく)の行方(やりかた)を、151隅(すみ)から隅(すみ)迄(まで)調(しら)べあげて、152今度(こんど)の天(あま)の岩戸開(いはとびらき)に、153千騎(せんき)一騎(いつき)の大活動(だいくわつどう)をするのぢや。154お前(まへ)も、155三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)と云(い)ふ事(こと)ぢやが、156名(な)はどうでもよい、157お三体(さんたい)の大神(おほかみ)様(さま)と艮(うしとら)の金神(こんじん)様(さま)の御用(ごよう)を聴(き)きさへすれば宜(よ)いのだらう。158サアサア今日(けふ)限(かぎ)り化物(ばけもの)の様(やう)な奴(やつ)の吐(ぬか)す事(こと)を、159弊履(へいり)の如(ごと)く打棄(うちす)てて、160最勝(さいしよう)最妙(さいめう)、161至貴(しき)至尊(しそん)、162無限(むげん)絶対(ぜつたい)、163無始(むし)無終(むしう)の神徳(しんとく)輝(かがや)く、164ウラナイ教(けう)に兜(かぶと)を脱(ぬ)いで、165迷夢(めいむ)を醒(さ)まし、166綺麗(きれい)サツパリと改心(かいしん)して、167ウラナイ教(けう)を迷信(めいしん)なされ、168悪(わる)い事(こと)は申(まを)しませぬ、169ギヤツハヽヽヽ』
170悦子姫(よしこひめ)『ホヽヽヽ、171アハヽヽヽ、172あのマア黒姫(くろひめ)さまの黒(くろ)い口(くち)、173……妾(わたし)の様(やう)な口(くち)の端(はた)に乳(ちち)の附(つ)いてる様(やう)な者(もの)では、174到底(たうてい)あなたの舌鋒(ぜつぽう)に向(むか)つて太刀打(たちうち)は出来(でき)ませぬ。175あなたは何時(いつ)宣伝使(せんでんし)にお成(な)りになりましたか、176随分(ずゐぶん)円転(ゑんてん)滑脱(かつだつ)、177自由(じいう)自在(じざい)に布留那(ふるな)の弁(べん)、178懸河(けんが)の論説(ろんせつ)滔々(たうたう)として瀑布(ばくふ)の落(お)ちるが如(ごと)くですナ』
179黒姫(くろひめ)『定(きま)つた事(こと)だよ。180入信(にふしん)してからまだ十(じふ)年(ねん)にはならぬ。181夫(そ)れでも此(この)通(とほ)りの雄弁家(ゆうべんか)だ、182是(こ)れには素養(そやう)がある。183若(わか)い時(とき)から諸国(しよこく)を遍歴(へんれき)して、184言霊(ことたま)を練習(れんしふ)し、185唄(うた)であらうが、186浄瑠璃(じやうるり)であらうが、187浪花節(なにはぶし)であらうが、188音曲(おんきよく)と云(い)ふ音曲(おんきよく)は残(のこ)らず上達(じやうたつ)して鍛(きた)へたのぢや。189千変(せんぺん)万化(ばんくわ)、190自由(じいう)自在(じざい)の口車(くちぐるま)、191十万(じふまん)馬力(ばりき)を掛(か)けた輪転機(りんてんき)の様(やう)に、192廻転(くわいてん)自由(じいう)自在(じざい)ぢや、193オホヽヽヽ』
194加米彦(かめひこ)『モシモシ悦子姫(よしこひめ)さま、195コンナ婆(ばば)アに、196何時(いつ)までも相手(あひて)になつとると、197日(ひ)が暮(く)れますで、198一(いち)時(じ)も早(はや)く真名井(まなゐ)ケ原(はら)に向(むか)ひませうか』
199悦子姫(よしこひめ)『アヽさうだ、200折角(せつかく)の尊(たふと)いお説教(せつけう)を聞(き)かして貰(もら)うて、201お名残(なごり)惜(を)しいが、202先(さき)が急(せ)きますから此処(ここ)らで御免(ごめん)蒙(かうむ)りませうか』
203鬼虎(おにとら)『アーア、204最前(さいぜん)から黙(だま)つて聴(き)いて居(を)れば、205随分(ずゐぶん)能(よ)く囀(さへづ)つたものだ。206一寸(ちよつと)謂(い)はれを聞(き)けば、207根(ね)つから葉(は)つから有難(ありがた)い様(やう)だが、208執拗(しつこ)う聞(き)けば、209向(むか)つ腹(ぱら)が立(た)つ……お婆(ば)アさま、210ゆつくり、211膝(ひざ)とも談合(だんがふ)、212膝坊主(ひざばうず)でも抱(かか)へて、213自然(しぜん)に言霊(ことたま)の停電(ていでん)するまで、214馬力(ばりき)をかけ、215メートルを上(あ)げなさい。216アリヨース』
217黒姫(くろひめ)『待(ま)つた待(ま)つた、218大(おほ)いにアリヨースだ、219様子(やうす)あつて此(この)婆(ばば)アは、220此(この)魔窟(まくつ)ケ原(はら)に仮小屋(かりごや)を拵(こしら)へ、221お前(まへ)達(たち)の来(く)るのを待(ま)つて居(ゐ)たのだ。222往(ゆ)くと云(い)つたつて、223一寸(いつすん)だつて、224此(この)婆(ばば)が、225是(こ)れと睨(にら)みたら動(うご)かすものか』
226鬼虎(おにとら)『まるで蛇(へび)の様(やう)な奴(やつ)ぢやナア。227執念深(しふねんぶか)い……何時(いつ)の間(ま)にか、228俺(おれ)達(たち)に魅入(みい)れよつたのぢやナ』
229黒姫(くろひめ)『さうぢや、230魅(み)を入(い)れたのぢや、231お前(まへ)もチツト身入(みい)れて聞(き)いたが宜(よ)からう、232蛇(くちなは)に狙(ねら)はれた蛙(かへる)の様(やう)なものぢや、233此処(ここ)をかへると云(い)つたつて、234帰(かへ)る事(こと)の出来(でき)ぬ様(やう)に、235チヤーンと霊縛(れいばく)が加(くは)へてある。236悪霊(あくれい)注射(ちうしや)も知(し)らず識(し)らずの間(あひだ)に、237チヤアンと行(や)つて了(しま)うた。238サア動(うご)くなら動(うご)いて見(み)よれ』
239鬼虎(おにとら)『アハヽヽ、240何(なに)を吐(ぬか)すのだ。241動(うご)けぬと云(い)つたつて、242俺(おれ)の体(からだ)を動(うご)かすのは、243俺(おれ)の自由(じいう)権利(けんり)だ。244……ソレ……どうだ。245これでも動(うご)かぬのか』
246黒姫(くろひめ)『それでも動(うご)かぬぞ。247お前(まへ)が今晩(こんばん)真名井(まなゐ)ケ原(はら)に着(つ)いて、248草臥(くたび)れて、249前後(ぜんご)も知(し)らず、250寝(やす)ンだ時(とき)は、251ビクとも体(からだ)を動(うご)かぬ様(やう)にしてやるワイ』
252鬼虎(おにとら)『アハヽヽヽ、253大方(おほかた)ソンナ事(こと)ぢやろと思(おも)うた。254……ヤイヤイ黒姫(くろひめ)、255三五教(あななひけう)は起(お)きとる人間(にんげん)を、256目(め)の前(まへ)で霊縛(れいばく)して動(うご)けぬ様(やう)にするのぢやぞ。257一(ひと)つやつてやらうか、258……一(ひと)二(ふた)三(み)四(よ)五(いつ)六(むゆ)七(なな)八(や)九(ここの)十(たり)百(もも)千(ち)万(よろづ)……』
259黒姫(くろひめ)『一(ひと)二(ふた)三(み)四(よ)五(いつ)六(むゆ)七(なな)八(や)心地(ここち)よろづウ……ソラ何(なに)を言(い)ふのぢや、260それぢやから三五教(あななひけう)は体主(たいしゆ)霊従(れいじう)と云(い)ふのぢや。261朝(あさ)から晩(ばん)まで、262算盤(そろばん)はぢく様(やう)に数(かず)を数(かぞ)へて、263一(いち)から十(じふ)まで千(せん)から万(まん)まで……取(と)り込(こ)む事(こと)につけては抜目(ぬけめ)のない教(をしへ)ぢや。264神(かみ)の道(みち)は無形(むけい)に視(み)、265無算(むさん)に数(かぞ)へ、266無声(むせい)に聞(き)くと云(い)ふのぢやないか、267…何(な)ンぢや、268小学校(せうがくかう)の生徒(せいと)の様(やう)に、269一(ひと)つ二(ふた)つ三(み)つと勿体(もつたい)らしさうに、270……ソンナことは、271三(み)つ児(ご)でも知(し)つてるワイ。272……大(おほ)きな声(こゑ)を出(だ)しよつて、273アオウエイぢやの、274カコクケキぢやのアタ阿呆(あはう)らしい、275何(なに)を吐(ぬか)すのぢやい……白髪(しらが)を蓬々(ぼうぼう)と生(は)やしよつた大(だい)の男(をとこ)が見(み)つともない、276桶伏山(をけぶせやま)の上(うへ)へあがつて、277イロハからの勉強(べんきやう)ぢやと云(い)ひよつてな、278……小学校(せうがくかう)の生徒(せいと)が笑(わら)うて居(を)るのも知(し)らぬのか、279…良(い)い腰抜(こしぬけ)だなア、280それよりも天地(てんち)根本(こつぽん)の大先祖(おほせんぞ)の因縁(いんねん)を知(し)らずに神(かみ)の教(をしへ)が樹(た)つものか、281三五教(あななひけう)の様(やう)な阿呆(あはう)ばつかりなら宜(よ)いが、282世(よ)の中(なか)には三(さん)人(にん)や五(ご)人(にん)、283目(め)の開(あ)いた人間(にんげん)も無(な)いとは謂(ゐ)はれぬ。284其(その)時(とき)に、285昔(むかし)の昔(むかし)のサル昔(むかし)からの因縁(いんねん)を知(し)らずに、286どうして教(をしへ)が出来(でき)るか、287馬鹿(ばか)も良(い)い加減(かげん)にしといたが宜(よ)からう。288鎮魂(ちんこん)ぢや、289暗魂(あんこん)ぢやとか云(い)ひよつて、290糞詰(ふんづま)りが雪隠(せんち)へでも行(い)つた様(やう)に、291ウンウンと汗(あせ)をかきよつて、292何(なん)のザマぢやい、293尻(しり)の穴(あな)が詰(つま)つて穴無(あなな)い教(けう)と云(い)ふのか、294阿呆(あはう)らしい、295進(すす)むばつかりの行方(やりかた)で、296尻(しり)の締(しま)りの出来(でき)ぬ素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の紊(みだ)れた教(をしへ)、297何(なに)が夫(それ)程(ほど)有難(ありがた)いのぢや、298勿体(もつたい)ないのぢや、299サア鎮魂(ちんこん)とやらをかけるのなら、300懸(か)けて見(み)い、301……ソンナ糞垂腰(ばばたれごし)で鎮魂(ちんこん)が掛(かか)つてたまるかイ。302グヅグヅすると、303妾(わし)の方(はう)から、304暗魂(あんこん)をかけてやらうか』
305加米彦(かめひこ)『ヤア時刻(じこく)が移(うつ)る、306婆(ば)アさま、307又(また)ゆつくりと、308後日(ごじつ)お目(め)にかかりませう』
309黒姫(くろひめ)『後日(ごじつ)お目(め)にかからうと云(い)つたつて、310一寸先(いつすんさき)は闇(やみ)の夜(よ)ぢや。311逢(あ)うた時(とき)に笠脱(かさぬ)げと云(い)ふぢやないか、312此(この)笠松(かさまつ)の下(した)でスツクリと改心(かいしん)して、313宣伝使(せんでんし)の笠(かさ)を脱(ぬ)ぎ、314蓑(みの)を除(と)り、315ウラナイ教(けう)に改悪(かいあく)しなさい。316一時(いつとき)も早(はや)う慢心(まんしん)をせぬと、317大峠(おほたうげ)が出(で)て来(き)た時(とき)に助(たす)けて貰(もら)へぬぞや』
318加米彦(かめひこ)『アハヽヽヽ、319オイ婆(ば)アさま、320お前(まへ)さま本気(ほんき)で言(い)つてるのかい、321お前(まへ)の言(い)ふ事(こと)は支離(しり)滅裂(めつれつ)、322雲煙(うんえん)模糊(もこ)、323捕捉(ほそく)す可(べか)らずだがナア』
324黒姫(くろひめ)『定(きま)つた事(こと)だイ、325広大(くわうだい)無辺(むへん)の大神(おほかみ)の生宮(いきみや)、326竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)さまのお宿(やど)ぢや、327捕捉(ほそく)す可(べか)らざるは竜神(りうじん)の本体(ほんたい)ぢや、328お前(まへ)達(たち)の様(やう)な凡夫(ぼんぶ)が、329竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)の尻尾(しつぽ)でも捉(とら)へようと思(おも)ふのが誤(あやま)りぢや、330ギヤツハヽヽヽ』
331音彦(おとひこ)『アヽ是(こ)れは是(こ)れは、332加米彦(かめひこ)さま、333久(ひさ)し振(ぶり)ぢやつたナア』
334加米彦(かめひこ)『ヤア聞覚(ききおぼ)えのある声(こゑ)だが、335……その顔(かほ)はナンダ、336真黒(まつくろ)けぢやないか、337炭焼(すみやき)の爺(ぢい)かと思(おも)つて居(ゐ)た、338……一体(いつたい)お前(まへ)は誰(たれ)だ』
339音彦(おとひこ)『音彦(おとひこ)だよ、340北山村(きたやまむら)より此(この)婆(ばば)アの後(あと)に従(つ)いて、341ドンナ事(こと)をしよるかと思(おも)つて、342ウラナイ教(けう)に化(ば)け込(こ)み伴(つ)いて来(き)たのだ。343イヤモウ言語(ごんご)道断(どうだん)、344表(おもて)は立派(りつぱ)で、345中(なか)へ這入(はい)ると、346シヤツチもないものだ、347伏見(ふしみ)人形(にんぎやう)の様(やう)に、348表(おもて)ばつかり飾(かざ)り立(た)てよつて、349裏(うら)へ這入(はい)ればサツパリぢや。350腹(はら)の中(なか)はガラガラぢや。351ウラナイ教(けう)は侮(あなど)る可(べか)らざる強敵(きやうてき)と思(おも)つて今日(けふ)迄(まで)細心(さいしん)の注意(ちうい)を怠(おこた)らなかつたが、352噂(うはさ)の様(やう)にない微弱(びじやく)なものぢや、353何程(なにほど)高姫(たかひめ)や、354黒姫(くろひめ)が車輪(しやりん)になつても、355最早(もはや)前途(ぜんと)は見(み)えて居(を)る。356吾々(われわれ)もモウ安心(あんしん)だ。357到底(たうてい)歯牙(しが)に掛(か)くるに足(た)らない教理(けうり)だから、358わしもお前(まへ)の後(あと)に伴(つ)いて、359今(いま)より三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)と公然(こうぜん)名乗(なの)つて行(ゆ)く事(こと)にしよう。360此(この)婆(ば)アさまは、361如何(どう)しても駄目(だめ)だ。362改心(かいしん)の望(のぞ)みが付(つ)かぬ、363縁(えん)なき衆生(しゆじやう)は済度(さいど)し難(がた)し、364……エー可憐相(かはいさう)乍(なが)ら、365見殺(みごろ)しかいなア』
366黒姫(くろひめ)『アーア音彦(おとひこ)も可憐相(かはいさう)なものだナア。367如何(どう)ぞして誠(まこと)の事(こと)を聞(き)かしてやらうと思(おも)ふのに、368魂(たましひ)が痺(しび)れ切(き)つて居(を)るから、369食塩(しよくえん)注射(ちうしや)位(くらゐ)では効験(かうけん)がない哩(わい)、370アーア気(き)の毒(どく)ぢや、371いぢらしい者(もの)ぢや……それに付(つ)けても青彦(あをひこ)の奴(やつ)、372可憐相(かはいさう)で堪(たま)らぬ。373……コラコラ青彦(あをひこ)モ一遍(いつぺん)、374直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し、375胸(むね)に手(て)を当(あ)てて能(よ)う省(かへり)みて、376ウラナイ教(けう)に救(すく)はれると云(い)ふ気(き)はないか。377此(この)婆(ばば)はお前(まへ)の行先(ゆくさき)が案(あん)じられてならぬワイ』
378青彦(あをひこ)『アーア、379黒姫(くろひめ)婆(ば)アさま、380お前(まへ)の御(ご)親切(しんせつ)は有難(ありがた)い、381併(しか)し乍(なが)ら、382個人(こじん)としては其(その)親切(しんせつ)を力(ちから)一杯(いつぱい)感謝(かんしや)する、383が、384主義(しゆぎ)主張(しゆちやう)に於(おい)ては、385全然(ぜんぜん)反対(はんたい)ぢや、386人情(にんじやう)を以(もつ)て真理(しんり)を曲(ま)げる事(こと)は出来(でき)ぬ、387真理(しんり)は鉄(てつ)の棒(ぼう)の如(ごと)きもの、388曲(ま)げたり、389ゆがめたり、390折(を)つたりは出来(でき)ない、391公私(こうし)の区別(くべつ)は明(あきら)かにせなくては、392信仰(しんかう)の真諦(しんたい)を誤(あやま)るからナア、393……左様(さやう)なら…御(ご)ゆるりと御(お)休(やす)みなされませ、394私(わたくし)は是(こ)れから、395悦子姫(よしこひめ)様(さま)のお後(あと)を慕(した)ひ、396一行(いつかう)花々(はなばな)しく、397悪魔(あくま)の征討(せいたう)に向(むか)ひます。398ウラナイ教(けう)が何程(なにほど)、399シヤチになつても、400釣鐘(つりがね)に蚊(か)が襲撃(しふげき)する様(やう)なものだ。401三五教(あななひけう)は穴(あな)が無(な)いから大丈夫(だいぢやうぶ)だ。402水(みづ)も洩(も)らさぬ神(かみ)の教(をしへ)、403御縁(ごえん)が有(あ)つたら又(また)お目(め)に掛(かか)りませう』
404黒姫(くろひめ)『アーア、405縁(えん)なき衆生(しゆじやう)は度(ど)し難(がた)しか、406……エー仕方(しかた)がないワイ………ウラナイ教(けう)大明神(だいみやうじん)、407叶(かな)はぬから霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)、408叶(かな)はぬから霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)、409……ポンポン』
410魔窟(まくつ)ケ原(はら)の黒姫(くろひめ)が
411伏屋(ふせや)の軒(のき)に暇(いとま)乞(ご)ひ
412日(ひ)は西山(せいざん)に傾(かたむ)いて
413附近(あたり)を陰(かげ)に包(つつ)めども
414四方(よも)の景色(けしき)は悦子姫(よしこひめ)
415松(まつ)吹(ふ)く風(かぜ)の音彦(おとひこ)や
416秋山彦(あきやまひこ)の門番(もんばん)と
417身(み)をやつしたる加米彦(かめひこ)が
418顔(かほ)の色(いろ)さへ青彦(あをひこ)を
419伴(とも)なひ進(すす)む九十九(つくも)折(をり)
420鬼(おに)の棲処(すみか)と聞(きこ)えたる
421大江(おほえ)の本城(ほんじやう)左手(ゆんで)に眺(なが)め
422鬼彦(おにひこ)、鬼虎(おにとら)、岩(いは)、市(いち)、勘公(かんこう)引連(ひきつ)れて
423さしも嶮(けは)しき坂路(さかみち)を
424喘(あへ)ぎ喘(あへ)ぎて登(のぼ)り行(ゆ)く
425地(ち)は一面(いちめん)の銀世界(ぎんせかい)
426脛(すね)を没(ぼつ)する雪路(ゆきみち)を
427転(こ)けつ転(まろ)びつ汗水(あせみづ)を
428垂(た)らして進(すす)む岩戸口(いはとぐち)
429折柄(をりから)吹(ふ)き来(く)る雪(ゆき)しばき
430面(おもて)を向(む)くべき由(よし)もなく
431笠(かさ)を翳(かざ)して下(くだ)り行(ゆ)く
432夜(よる)の帳(とばり)はおろされて
433遠音(とほね)に響(ひび)く波(なみ)の音(おと)
434松(まつ)の響(ひびき)も成相(なりあひ)の
435空(そら)吹(ふ)き渡(わた)る天(あま)の原(はら)
436天(あま)の橋立(はしだて)下(した)に見(み)て
437雪路(ゆきみち)渉(わた)る一行(いつかう)は
438勇気(ゆうき)日頃(ひごろ)に百倍(ひやくばい)し
439気焔(きえん)万丈(ばんぢやう)止(と)め度(ど)なく
440文珠(もんじゆ)の切戸(きりど)に着(つ)きにけり。
441青彦(あをひこ)『アーア、442日(ひ)も暮(く)れたし、443前途(ぜんと)遼遠(れうゑん)、444足(あし)も良(よ)い程(ほど)疲労(くたび)れました。445アヽ文珠堂(もんじゆだう)の中(なか)へ這入(はい)つて一夜(いちや)を凌(しの)ぎ、446団子(だんご)でも噛(かぢ)つて休息(きうそく)致(いた)しませうか』
447悦子姫(よしこひめ)『何(いづ)れもさま方(がた)、448随分(ずゐぶん)御(お)疲労(つかれ)でせう。449青彦(あをひこ)さまの仰有(おつしや)る通(とほ)り、450あのお堂(だう)の中(なか)で、451兎(と)も角(かく)休息(きうそく)致(いた)しませうか』
452 一同(いちどう)此(この)言葉(ことば)に『オウ』と答(こた)へて、453急(いそ)ぎ文珠堂(もんじゆだう)に向(むか)つて駆(か)けり行(ゆ)く。
454鬼虎(おにとら)『ヤア此処(ここ)へ来(く)ると、455何時(いつ)やらの事(こと)を連想(れんさう)するワイ、456恰度(ちやうど)今夜(こんや)の様(やう)な晩(ばん)ぢやつた。457此(この)様(やう)に雪(ゆき)は積(つも)つて居(を)らぬので、458あたりは真暗(まつくら)がり、459鬼雲彦(おにくもひこ)の大将(たいしやう)の命令(めいれい)に依(よ)つて、460あの竜燈松(りうたうまつ)の麓(ふもと)へ、461悦子姫(よしこひめ)さま達(たち)を召捕(めしとり)に行(い)つた時(とき)の事(こと)を思(おも)へば、462全然(まるで)夢(ゆめ)のやうだ。463昨日(きのふ)の敵(てき)は今日(けふ)の味方(みかた)、464天(あめ)が下(した)に敵(てき)と云(い)ふ者(もの)は無(な)きものぞと、465三五教(あななひけう)の御(おん)教(をしへ)、466つくづくと偲(しの)ばれます。467其(その)時(とき)に悦子姫(よしこひめ)さまに霊縛(れいばく)をかけられた時(とき)は、468どうせうかと思(おも)つた。469本当(ほんたう)に貴女(あなた)も随分(ずゐぶん)悪戯好(いたづらずき)の方(かた)でしたなア』
470悦子姫(よしこひめ)『ホヽヽヽヽ』
471鬼彦(おにひこ)『オイオイ鬼虎(おにとら)、472貴様(きさま)はお二人(ふたり)の中央(まんなか)にドツカリ坐(すわ)りよつて、473良(い)い気(き)になつて居(ゐ)たのだらう』
474鬼虎(おにとら)『馬鹿(ばか)言(い)へ、475何(なに)が何(なん)だか、476柔(やはら)かいものの上(うへ)に、477ぶつ倒(たふ)れて、478気分(きぶん)が悪(わる)いの、479悪(わる)くないのつて、480何分(なにぶん)正体(しやうたい)が分(わか)らぬものだから、481ホーズの化物(ばけもの)が出(で)たかと思(おも)つて気(き)が気(き)ぢやなかつたよ、482それに就(つ)けても、483生者(しやうじや)必滅(ひつめつ)会者(ゑしや)定離(ぢやうり)、484栄枯(ゑいこ)盛衰(せいすゐ)、485有為(うゐ)転変(てんぺん)の世(よ)の中(なか)無常(むじやう)迅速(じんそく)の感(かん)愈(いよいよ)深(ふか)しだ。486飛(と)ぶ鳥(とり)も落(おと)す勢(いきほひ)の鬼雲彦(おにくもひこ)の御(おん)大将(たいしやう)は、487鬼武彦(おにたけひこ)の為(ため)に伊吹山(いぶきやま)に遁走(とんそう)し、488吾々(われわれ)は四天王(してんわう)と呼(よ)ばれ、489随分(ずゐぶん)羽振(はぶり)を利(き)かした者(もの)だが、490変(かは)れば替(か)はる世(よ)の中(なか)だ。491あの時(とき)の事(こと)を思(おも)へば、492長者(ちやうじや)と乞食(こじき)程(ほど)の懸隔(けんかく)がある。493三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)の卵(たまご)になつて悦子姫(よしこひめ)さまのお供(とも)と迄(まで)、494成(な)り下(さが)つたのか、495成上(なりあ)がつたのか知(し)らぬが、496モ一度(いちど)、497あの時(とき)の四天王(してんわう)振(ぶり)が発揮(はつき)したい様(やう)な気(き)もせぬ事(こと)はない。498アーア誠(まこと)の道(みち)は結構(けつこう)なものの、499辛(つら)いものだ。
 
500 あひ見(み)ての後(のち)の心(こころ)に比(くら)ぶれば 昔(むかし)は物(もの)を思(おも)はざりけり
 
501だ。502善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)の区別(くべつ)も知(し)らず、503天下(てんか)を吾物顔(わがものがほ)に、504利己主義(われよし)の自由(じいう)行動(かうどう)を採(と)つた時(とき)の方(はう)が、505何程(なにほど)愉快(ゆくわい)だつたか知(し)れやしない、506吁(あゝ)、507併(しか)し乍(なが)ら人間(にんげん)は天地(てんち)の神(かみ)を畏(おそ)れねばならぬ、508今(いま)の苦労(くらう)は末(すゑ)の為(ため)だ。509アーア コンナ世迷言(よまひごと)はヨウマイ ヨウマイ。510神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)に……神(かみ)様(さま)、511見直(みなほ)し聞直(ききなほ)して下(くだ)さい。512私(わたくし)は今日(こんにち)限(かぎ)り、513今迄(いままで)の繰言(くりごと)を宣(の)り直(なほ)します。514アヽ、515惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
516青彦(あをひこ)『因縁(いんねん)と云(い)ふものは妙(めう)なものですな、517同(おな)じ此(この)竜灯(りうとう)の松(まつ)の下蔭(したかげ)に於(おい)て、518捉(とら)へようとした宣伝使(せんでんし)を師匠(ししやう)と仰(あふ)いで、519お伴(とも)をなさるのは、520反対(あべこべ)に悦子姫(よしこひめ)様(さま)の擒(とりこ)となつた様(やう)なものだ。521アハヽヽヽ、522吾々(われわれ)も全(まつた)く三五教(あななひけう)の捕虜(ほりよ)になつて了(しま)つた。523それに就(つ)けても、524執拗(しつえう)なのは黒姫(くろひめ)ぢや、525何故(なぜ)あれ程(ほど)頑固(ぐわんこ)なか知(し)らぬ、526どうしても彼奴(あいつ)ア改心(かいしん)が出来(でき)ぬと見(み)えますなア』
527音彦(おとひこ)『到底(たうてい)駄目(だめ)でせう。528私(わたくし)もフサの国(くに)の北山(きたやま)のウラナイ教(けう)の本山(ほんざん)へ、529信者(しんじや)となり化(ば)け込(こ)みて、530内(うち)の様子(やうす)を探(さぐ)つて見(み)れば、531何(ど)れも此(こ)れも盲(めくら)と聾(つんぼ)ばつかり、532桶屋(をけや)さまぢやないが、533輪変(わがへ)吾善(わがへ)と思(おも)つてる奴(やつ)ばつかり、534中(なか)にも蠑螈別(いもりわけ)だの、535魔我彦(まがひこ)だのと云(い)ふ奴(やつ)は、536素的(すてき)に頑固(ぐわんこ)な分(わか)らぬ屋(や)だ。537高姫(たかひめ)黒姫(くろひめ)と来(き)たら、538酢(す)でも蒟蒻(こんにやく)でもいく奴(やつ)ぢやない。539どうかして帰順(きじゆん)さしたいと思(おも)ひ、540千辛(せんしん)万苦(ばんく)の結果(けつくわ)、541黒姫(くろひめ)の荷持役(にもちやく)とまで漕(こ)ぎつけ、542遥々(はるばる)と自転倒(おのころ)島(じま)まで従(つ)いて来(き)て、543折(をり)に触(ふ)れ物(もの)に接(せつ)し、544チヨイチヨイと注意(ちうい)を与(あた)へたが、545元来(ぐわんらい)が精神(せいしん)上(じやう)の盲(めくら)聾(つんぼ)だから、546如何(いかん)ともする事(こと)が出来(でき)ない。547私(わたし)も加米彦(かめひこ)さまに会(あ)うたのを限(きり)として、548此処迄(ここまで)来(き)たのだが、549随分(ずゐぶん)ウラナイ教(けう)は頑固者(ぐわんこもの)の寄合(よりあひ)ですよ』
550加米彦(かめひこ)『フサの国(くに)で、551あなたが宣伝(せんでん)をして居(を)られた時(とき)、552酒(さけ)を飲(の)むな酒(さけ)を飲(の)むなと厳(きび)しい御(ご)説教(せつけう)、553私(わたし)はムカついて、554お前(まへ)サンの横面(よこづら)を、555七(なな)つ八(や)つ擲(なぐ)つた。556其(その)時(とき)にお前(まへ)サンは、557痛(いた)さを堪(こら)へて、558ニコニコと笑(わら)ひ、559禁酒(きんしゆ)の宣伝歌(せんでんか)を謡(うた)うて御座(ござ)つた、560その熱心(ねつしん)に感(かん)じ、561三五教(あななひけう)を信(しん)じて、562村中(むらぢう)に弘(ひろ)めて居(を)つた処(ところ)、563バラモン教(けう)の捕手(とりて)の奴(やつ)等(ら)に嗅付(かぎつ)けられ、564可愛(かはい)い妻子(つまこ)を捨(す)てて、565夜昼(よるひる)なしに、566トントントンと東(ひがし)を指(さ)して駆出(かけだ)し、567月(つき)の国(くに)まで来(き)て見(み)れば、568此処(ここ)にもバラモン教(けう)の勢力(せいりよく)盛(さか)ンにして、569居(を)る事(こと)が出来(でき)ず、570西蔵(チベツト)を越(こ)え、571蒙古(もうこ)に渡(わた)り、572天(あめ)の真名井(まなゐ)を横断(よこぎ)つて暴風(ばうふう)に遭(あ)ひ、573船(ふね)は沈(しづ)み、574底(そこ)の藻屑(もくづ)となつたと思(おも)ひきや、575気(き)が附(つ)けば由良(ゆら)の湊(みなと)に真裸(まつぱだか)の儘(まま)横(よこ)たはり、576火(ひ)を焚(た)いて焙(あぶ)られて居(ゐ)た。577「アーア世界(せかい)に鬼(おに)は無(な)い、578何処(どこ)の何方(どなた)か知(し)りませぬが、579生命(いのち)を御(お)助(たす)け下(くだ)さいまして有難(ありがた)う」と御(お)礼(れい)を申(まを)し見(み)れば秋山彦(あきやまひこ)の御(おん)大将(たいしやう)、580生命(いのち)を拾(ひろ)つて貰(もら)うた恩返(おんがへ)しに、581門番(もんばん)となり、582馬鹿(ばか)に成(な)りすまし勤(つと)めて来(き)たが、583人間(にんげん)の身(み)は変(かは)れば替(か)はるものぢや、584世界(せかい)は広(ひろ)い様(やう)なものの狭(せま)いものぢや。585フサの国(くに)で、586あなたを虐待(ぎやくたい)した私(わたくし)が、587又(また)あの様(やう)な破(やぶ)れ小屋(ごや)でお目(め)にかからうとは神(かみ)ならぬ身(み)の計(はか)り知(し)られぬ人(ひと)の運命(うんめい)だ…………アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)、588三五教(あななひけう)の大神(おほかみ)様(さま)有難(ありがた)う御座(ござ)います、589川(かは)の流(なが)れと人(ひと)の行末(ゆくすゑ)、590何事(なにごと)も皆(みな)貴神(あなた)の御(ご)自由(じいう)で御座(ござ)います。591どうぞ前途(ぜんと)幸福(かうふく)に、592無事(ぶじ)神業(しんげふ)に参加(さんか)出来(でき)まする様(やう)、593特別(とくべつ)の御(ご)恩寵(おんちやう)を垂(た)れさせ給(たま)はむ事(こと)を偏(ひとへ)に希(こひねが)ひ上(あ)げ奉(たてまつ)ります』
594悦子姫(よしこひめ)『サアサア皆(みな)さま、595天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)致(いた)しませう』
596 一同(いちどう)は『オウ』と答(こた)へ、597声(こゑ)も涼(すず)しく奏上(そうじやう)し終(をは)る。
598悦子姫(よしこひめ)『サア皆(みな)さま、599坊主(ばうず)は経(きやう)が大事(だいじ)、600吾々(われわれ)は又(また)明日(あす)が大切(だいじ)だ。601ゆつくりとお休(やす)みなされませ。602妾(わたし)は皆(みな)さまの安眠(あんみん)を守(まも)る為(ため)、603今晩(こんばん)は不寝番(ねずのばん)を勤(つと)めませう』
604鬼虎(おにとら)『ヤア滅相(めつさう)な、605あなたは吾々(われわれ)一同(いちどう)の為(ため)には御(おん)大将(たいしやう)だ。606不寝番(ねずのばん)は此(この)鬼虎(おにとら)が仕(つかまつ)りませう。607どうぞお休(やす)み下(くだ)さいませ』
608悦子姫(よしこひめ)『さうかナ、609鬼虎(おにとら)さまに今晩(こんばん)は御(ご)苦労(くらう)にならうか』
610と蓑(みの)を纒(まと)うた儘(まま)、611静(しづ)かに横(よこ)たはる。612一同(いちどう)は思(おも)ひ思(おも)ひに横(よこ)になり、613忽(たちま)ち鼾声(かんせい)雷(らい)の如(ごと)く四辺(あたり)の空気(くうき)を動揺(どうえう)させつつ、614華胥(くわしよ)の国(くに)に入(い)る。615鬼虎(おにとら)は不寝番(ねずのばん)の退屈(たいくつ)紛(まぎ)れに雪路(ゆきぢ)をノソノソと歩(ある)き出(だ)し、616何時(いつ)の間(ま)にやら、617竜灯(りうとう)の松(まつ)の根元(ねもと)に着(つ)き、618ふつと気(き)が付(つ)き、
619鬼虎『あゝ此処(ここ)だ此処(ここ)だ、620悦子姫(よしこひめ)に霊縛(れいばく)をかけられた古戦場(こせんじやう)だ。621折(をり)から火光(くわくわう)天(てん)を焦(こが)して竜灯(りうとう)の松(まつ)を目蒐(めが)けて、622ブーンブーンと唸(うな)りを立(た)てて遣(や)つて来(き)た時(とき)の凄(すさま)じさ、623今(いま)思(おも)つても竦然(ぞつ)とするワイ。624あれは一体(いつたい)何(なん)の火(ひ)だらう。625人(ひと)の能(よ)く言(い)ふ鬼火(おにび)では有(あ)るまいか。626鬼虎(おにとら)が居(を)ると思(おも)つて、627鬼火(おにび)の奴(やつ)、628握手(あくしゆ)でもせうと思(おも)ひよつたのかナア。629霊魂(みたま)もお肉体(にくたい)もあの時(とき)はビリビリのブルブルぢやつた。630どうやら空(そら)の様子(やうす)が可笑(をか)しいぞ、631真黒(まつくろ)けの鬼(おに)が東北(とうほく)の天(てん)に渦巻(うづま)き始(はじ)めた。632今度(こんど)こそ遣(や)つて来(き)よつた位(くらゐ)なら、633一(ひと)つ奮戦(ふんせん)激闘(げきとう)、634正体(しやうたい)を見届(みとど)けてやらねばなるまい。635是(こ)れが宣伝使(せんでんし)の肝試(きもだめ)しだ。636オーイ、637オイ、638鬼火(おにび)の奴(やつ)、639鬼虎(おにとら)さまの御(ご)出張(しゆつちやう)だ、640三五教(あななひけう)の俄(にはか)宣伝使(せんでんし)鬼虎(おにとら)の命(みこと)此処(ここ)に在(あ)り、641得体(えたい)の知(し)れぬ火玉(ひだま)となつて現(あら)はれ来(く)る鬼火(おにび)の命(みこと)に対面(たいめん)せむ』
642とお山(やま)の大将(たいしやう)俺(おれ)一人(ひとり)気取(きどり)になつて、643雪(ゆき)の中(なか)に呶鳴(どな)つて居(ゐ)る。644忽(たちま)ち一道(いちだう)の火光(くわくわう)、645天(てん)の一方(いつぱう)に閃(ひらめ)き始(はじ)めた。
646鬼虎『ヤア天晴(あつぱれ)々々(あつぱれ)、647噂(うはさ)をすれば影(かげ)とやら、648呼(よ)ぶより譏(そし)れとは此(この)事(こと)だ。649鬼虎(おにとら)の言霊(ことたま)は、650マアざつと斯(か)くの通(とほ)りぢや。651一声(いつせい)風雲(ふううん)を捲(ま)き起(おこ)し、652一音(いちおん)天火(てんび)を喚起(よびおこ)す。653斯(か)うなつては天晴(あつぱ)れ一人前(いちにんまへ)のネツトプライス、654チヤキチヤキの宣伝使(せんでんし)ぢや、655イザ来(こ)い来(きた)れ、656天火(てんびの)命(みこと)、657此(この)鬼虎(おにとら)が獅子(しし)奮迅(ふんじん)の活動振(くわつどうぶ)り……イヤサ厳(いづ)の雄猛(をたけ)び踏(ふ)み健(たけ)び御覧(ごらん)に入(い)れむ』
658 言下(げんか)に東北(とうほく)の天(てん)に現(あら)はれたる火光(くわくわう)は、659巨大(きよだい)なる火団(くわだん)となりて、660中空(ちうくう)を掠(かす)め、661四辺(あたり)を照(てら)し、662竜灯(りうとう)の松(まつ)目蒐(めが)けて下(くだ)り来(く)る。
663鬼虎(おにとら)『ヨウ大分(だいぶ)に張込(はりこ)みよつたな、664此(この)間(あひだ)の奴(やつ)の事(こと)思(おも)へば、665余程(よほど)ネオ的(てき)だとみえる。666容積(ようせき)に於(おい)て、667光沢(くわうたく)に於(おい)て天下(てんか)一品(いつぴん)だ……否(いな)天上(てんじやう)一品(いつぴん)だ。668サア是(こ)れから腹帯(はらおび)でもシツカリ締(しめ)て、669捻鉢巻(ねぢはちまき)でも致(いた)さうかい、670腹(はら)の帯(おび)が緩(ゆる)むとまさかの時(とき)に忍耐(こば)れぬぞよと、671三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)が仰有(おつしや)つた。672サアサア鬼虎(おにとら)さまの肝玉(きもだま)が大(おほ)きいか、673天火(てんび)の命(みこと)の火(ひ)の玉(たま)が大(おほ)きいか、674大(おほ)きさ比(くら)べぢや』
675 火団(くわだん)は竜灯(りうとう)の松(まつ)を中心(ちうしん)に、676円(ゑん)を描(ゑが)き、677地上(ちじやう)五六(ごろく)尺(しやく)の所(ところ)まで下(くだ)り来(きた)り、678ブーンブーンと唸(うな)りを立(た)て、679ジヤイロコンパスの様(やう)に、680急速度(きふそくど)を以(もつ)てクルクルと回転(くわいてん)し居(ゐ)たり。
681鬼虎(おにとら)『ヤイヤイ火(ひ)の玉(たま)、682何時(いつ)までも宙(ちう)にぶら下(さ)がつて居(ゐ)るのは、683チツト、684ノンセンスだないか、685良(い)い加減(かげん)に正体(しやうたい)を現(あら)はし、686此(この)方(はう)さまと握手(あくしゆ)をしたらどうだい。687お前(まへ)は天(てん)の鬼火(おにびの)命(みこと)、688俺(おれ)は地(ち)の鬼虎(おにとらの)命(みこと)だ、689天地(てんち)合体(がつたい)和合(わがふ)一致(いつち)して、690神業(しんげふ)に参加(さんか)せうではないか。691是(こ)れからは火(ひ)の出(で)の守護(しゆご)になるのだから、692貴様(きさま)のやうな奴(やつ)は時代(じだい)に匹敵(ひつてき)した代物(しろもの)だ……イヤ無(な)くて叶(かな)はぬ人物(じんぶつ)だ。693サアサア早(はや)く、694天(てん)と地(ち)との障壁(しやうへき)を打破(だは)して、695開放(かいはう)的(てき)にならぬかい。696お前(まへ)と俺(おれ)と互(たがひ)にハーモニーすれば、697ドンナ事(こと)でも天下(てんか)に成(な)らざるなしだ』
698 火団(くわだん)は忽(たちま)ち掻(か)き消(け)す如(ごと)く、699姿(すがた)を隠(かく)しけるが、700鬼虎(おにとら)の前(まへ)に忽然(こつぜん)として現(あら)はれた白面(はくめん)白衣(びやくい)のうら若(わか)き美女(びぢよ)、701紅(くれなゐ)の唇(くちびる)を開(ひら)き、
702女『ホヽヽヽヽ、703お前(まへ)は鬼虎(おにとら)さまか、704ようマア無事(ぶじ)で居(ゐ)て下(くだ)さつたナア』
705鬼虎(おにとら)『何(なん)ぢやア、706見(み)た事(こと)も無(な)い、707雪(ゆき)ン婆(ば)アの様(やう)な真白(まつしろ)けの美人(びじん)に化(ば)けよつて、708雪(ゆき)に白鷺(しらさぎ)が下(お)りた様(やう)に、709白(しろ)い処(ところ)へ白(しろ)い者(もの)、710一寸(ちよつと)見当(けんたう)の取(と)れぬ代物(しろもの)だナア。711俺(おれ)を知(し)つて居(ゐ)るとは一体(いつたい)どうした訳(わけ)だ、712俺(おれ)は生(うま)れてから、713お前(まへ)の様(やう)な美人(びじん)に会(あ)つた事(こと)は一度(いちど)も無(な)い、714何時(いつ)見(み)て居(を)つたのだ』
715女『ホヽヽヽヽ、716モウ忘(わす)れなさつたのかいなア、717覚(おぼ)えの悪(わる)い此方(こち)の人(ひと)、718お前(まへ)は今(いま)から五十六(ごじふろく)億(おく)七千万(しちせんまん)年(ねん)のツイ昔(むかし)、719妾(わらは)が文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)と現(あら)はれて、720此(この)切戸(きりど)に些(ささ)やかな家(いへ)を作(つく)り、721一人(ひとり)住居(ずまゐ)をして居(を)つた所(ところ)へ、722年(とし)も二八(にはち)の優姿(やさすがた)、723在原(ありはら)の業平(なりひら)朝臣(あそん)の様(やう)な、724綺麗(きれい)な顔(かほ)をして烏帽子(ゑぼし)直垂(ひたたれ)で、725此処(ここ)を御(お)通(とほ)り遊(あそ)ばしただらう。726其(その)時(とき)に妾(わらは)は物書(ものか)きをして居(を)つたが、727何(なん)だか香(かん)ばしき匂(にほ)ひがすると思(おも)つて、728窓(まど)から覗(のぞ)けば、729絵(ゑ)にある様(やう)な殿御(とのご)のお姿(すがた)、730ホヽヽヽヽおお恥(はづか)し……其(その)一刹那(いちせつな)に互(たがひ)に見合(みあは)す顔(かほ)と顔(かほ)、731お前(まへ)の涼(すず)しい……彼(あ)の時(とき)の眼(め)、732何百(なんびやく)年(ねん)経(た)つても忘(わす)られようか、733妾(わらは)が目(め)の電波(でんぱ)は直射(ちよくしや)的(てき)にお前(まへ)の目(め)に送(おく)られた。734お前(まへ)も亦(また)「オウ」とも何(なん)とも言(い)はずに、735電波(でんぱ)を返(かへ)した……。736あの時(とき)のローマンスをモウお前(まへ)は忘(わす)れたのかいなア。737エーエ変(か)はり易(やす)きは殿御(とのご)の心(こころ)、738桜(さくら)の花(はな)ぢやないが、739最早(もはや)お前(まへ)の心(こころ)の枝(えだ)から、740花(はな)は嵐(あらし)に打(う)たれて散(ち)つたのかい……、741アーア残念(ざんねん)や、742口惜(くちを)しや、743男心(をとこごころ)と秋(あき)の空(そら)、744妾(わらは)は神(かみ)や仏(ほとけ)に心願(しんぐわん)掛(か)けて、745やつと思(おも)ひの叶(かな)うた時(とき)は、746時(とき)ならぬ顔(かほ)に紅葉(もみぢ)を散(ち)らした哩(わい)なア、747オホヽヽヽ、748恥(はづか)しやなア』
749鬼虎(おにとら)『さう言(い)へば、750ソンナ気(き)もせぬでも無(な)いやうだ。751何分(なにぶん)色男(いろをとこ)に生(うま)れたものだから、752お門(かど)が広(ひろ)いので、753スツカリ心(こころ)の中(なか)からお前(まへ)の記憶(きおく)を磨滅(まめつ)して居(ゐ)たのだ。754必(かなら)ず必(かなら)ず気強(きづよ)い男(をとこ)と恨(うら)めて呉(く)れな。755是(こ)れでも血(ち)も有(あ)り、756涙(なみだ)も有(あ)る。757物(もの)の哀(あは)れは百(ひやく)も承知(しようち)、758千(せん)も合点(がてん)だ。759サア是(こ)れから互(たがひ)に手(て)に手(て)を取(とり)かはし、760死(し)なば諸共(もろとも)、761三途(せうづ)の川(かは)や死出(しで)の山(やま)、762蓮(はす)の台(うてな)に一蓮(いちれん)托生(たくしやう)、763弥勒(みろく)の代(よ)までも楽(たのし)みませう』
764女(をんな)『ホヽヽヽ、765好(す)かぬたらしいお方(かた)、766誰(たれ)がオ前(まへ)の様(やう)な山葵卸(わさびおろし)の様(やう)な剽男(ひよつとこ)野郎(やらう)に心中立(しんぢうだて)するものかいナ。767妾(わらは)は今(いま)其処(そこ)に、768天(てん)から下(お)りて御座(ござ)つた日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)にお話(はなし)をしとるのだよ。769良(よ)い気(き)になつて、770お前(まへ)が話(はなし)の横取(よこど)りをして、771色男(いろをとこ)気取(きど)りになつて……可笑(をか)しいワ、772ホヽヽヽ』
773鬼虎(おにとら)『エーツ何(なん)の事(こと)だ。774人(ひと)を馬鹿(ばか)にしよるな、775まるで夢(ゆめ)のやうな話(はなし)だワイ』
776女(をんな)『ホヽヽヽ、777夢(ゆめ)になりとも会(あ)ひたいと云(い)ふぢやないか。778妾(わし)の様(やう)な女神(めがみ)を掴(つか)まへて、779スヰートハートせうとは、780身分(みぶん)不相応(ふさうおう)ですよ。781馬(うま)は馬(うま)連(づ)れ、782牛(うし)は牛(うし)連(づ)れ、783烏(からす)の女房(にようばう)はヤツパリ烏(からす)ぢや。784此(この)雪(ゆき)の降(ふ)つた白(しろ)い世界(せかい)に烏(からす)の下(お)りたよな黒(くろ)い男(をとこ)を、785誰(たれ)がラブする物好(ものずき)があるものか。786自惚(うぬぼれ)も程々(ほどほど)になさいませ。787オツホヽヽヽ、788おかしいワ……』
789鬼虎(おにとら)『エー馬鹿(ばか)にするな、790俺(おれ)を何(なん)と思(おも)つて居(ゐ)る。791大江山(おほえやま)の鬼雲彦(おにくもひこ)が四天王(してんわう)と呼(よ)ばれたる、792剛力(がうりき)無双(むさう)のジヤンヂヤチツクのジヤンジヤ馬(うま)、793鬼虎(おにとら)さまとは俺(おれ)の事(こと)だよ。794繊弱(かよわ)き女(をんな)の分際(ぶんざい)として、795暴言(ばうげん)を吐(は)くにも程(ほど)が有(あ)る。796サアもう量見(りやうけん)ならぬ。797この蠑螺(さざえ)の壺焼(つぼやき)を喰(く)つて斃(くた)ばれ』
798と力(ちから)限(かぎ)りに、799ウンと斗(ばか)り擲(なぐ)り付(つ)けたり。
800悦子姫(よしこひめ)『アイタタタ…誰(たれ)だイ、801人(ひと)が休眠(やす)みてるのに、802……力(ちから)一杯(いつぱい)頭(あたま)を擲(な)ぐるとはあまりぢやありませぬか』
803鬼虎(おにとら)『ヤア、804済(す)みませぬ。805悦子姫(よしこひめ)さまで御座(ござ)いましたか。806ツイ別嬪(べつぴん)に翫弄(おもちや)にしられた夢(ゆめ)を見(み)まして、807力(ちから)一杯(いつぱい)擲(なぐ)つたと思(おも)へば、808貴女(あなた)で御座(ござ)いましたか。809ヤア誠(まこと)に済(す)まぬ事(こと)を致(いた)しました。810真平(まつぴら)御免(ごめん)下(くだ)さいませ。811決(けつ)して決(けつ)して、812悪気(わるぎ)でやつたのぢや御座(ござ)いませぬ』
813悦子姫(よしこひめ)『ホヽヽヽ、814三五教(あななひけう)に這入(はい)つても、815ヤツパリ美人(びじん)の事(こと)は忘(わす)れられませぬなア』
816鬼虎(おにとら)『ヤアもう申訳(まをしわけ)も御座(ござ)いませぬ。817世(よ)の中(なか)に女(をんな)がなくては、818人間(にんげん)の種(たね)が絶(た)えまする。819日(ひ)の出神(でのかみ)も素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)も、820世界(せかい)の英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)は、821みな女(をんな)から生(うま)れたのです。
 
822 故郷(ふるさと)の穴太(あなを)の少(すこ)し上小口(うへこぐち) ただぼうぼうと生(は)えし叢(くさむら)
 
823とか申(まを)しまして、824女(をんな)位(くらゐ)、825夢(ゆめ)に見(み)ても気分(きぶん)の良(よ)い者(もの)は有(あ)りませぬワ、826アハヽヽヽ』
827鬼彦(おにひこ)『ナヽ何(な)ンぢや、828夜(よる)の夜中(よなか)に大(おほ)きな声(こゑ)で笑(わら)ひよつて、829良(よ)い加減(かげん)に寝(ね)ぬかイ。830明日(あす)が大事(だいじ)ぢやぞ。831貴様(きさま)は、832……今晩(こんばん)私(わたくし)が不寝番(ねずのばん)を致(いた)します……なぞと、833怪体(けたい)な事(こと)をぬかすと思(おも)つて居(ゐ)たが、834悦子姫(よしこひめ)さまの綺麗(きれい)な顔(かほ)を、835穴(あな)の開(あ)く程(ほど)覗(のぞ)いて居(ゐ)よつただらう。836デレ助(すけ)だなア』
837鬼虎(おにとら)『馬鹿(ばか)を言(い)ふない。838俺(おれ)は職務(しよくむ)忠実(ちうじつ)に勤(つと)める積(つも)りで居(を)つたのに、839何時(いつ)の間(ま)にか、840ウトウト睡魔(すゐま)に襲(おそ)はれ、841竜燈松(りうとうまつ)の下(した)へ行(い)つて別嬪(べつぴん)に逢(あ)うた夢(ゆめ)を見(み)て居(を)つたのぢや。842聖人(せいじん)君子(くんし)でなくてはアンナ愉快(ゆくわい)な夢(ゆめ)は見(み)られないぞ。843貴様(きさま)のやうな身魂(みたま)の曇(くも)つた人間(にんげん)は、844到底(たうてい)アンナ夢(ゆめ)は末代(まつだい)に一度(いちど)だつて見(み)られるものかい』
845鬼彦(おにひこ)『アツハヽヽヽ、846その後(あと)を聞(き)かして貰(もら)はうかい。847他人(ひと)の恋女(こひをんな)に岡惚(をかぼれ)しよつて、848色男(いろをとこ)気取(きど)りになつて、849肱鉄(ひぢてつ)を喰(くら)つた夢(ゆめ)を見(み)よつたのだらう。850大抵(たいてい)ソンナものだよ、851アハヽヽヽ。852早(はや)く寝(ね)ぬかい、853夜(よ)が明(あ)けたら又(また)、854テクつかねばならぬぞ』
855 此(こ)の時(とき)天(てん)の一方(いつぱう)より、856今度(こんど)は真正(しんせい)の火団(くわだん)閃(ひらめ)くよと見(み)る間(ま)に、857竜燈松(りうとうまつ)を目蒐(めが)けて、858唸(うな)りを立(た)て矢(や)を射(い)る如(ごと)く降(くだ)り来(きた)り、859一同(いちどう)の前(まへ)にズドンと大音響(だいおんきやう)を発(はつ)し、860爆発(ばくはつ)したり。861火光(くわくわう)はたちまち、862花火(はなび)の如(ごと)く四方(よも)に散乱(さんらん)し、863数百千(すうひやくせん)の小(ちひ)さき火球(くわきう)となつて、864地上(ちじやう)二三丈(にさんぢやう)許(ばか)りの所(ところ)を、865青(あを)、866赤(あか)、867白(しろ)、868紫(むらさき)、869各種(かくしゆ)の色(いろ)に変(へん)じ、870蚋(ぶと)の餅搗(もちつき)する如(ごと)くに浮動(ふどう)飛散(ひさん)し始(はじ)めたる。871其(その)壮観(さうくわん)に一同(いちどう)魂(たま)を抜(ぬ)かして見惚(みと)れ居(ゐ)る。872吁(あゝ)、873此(この)火光(くわくわう)は何神(なにがみ)の変化(へんげ)なりしか。
874(大正一一・四・一六 旧三・二〇 松村真澄録)
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