霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 秋山(あきやま)館(やかた)〔五九五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第16巻 如意宝珠 卯の巻 篇:第1篇 神軍霊馬 よみ(新仮名遣い):しんぐんれいば
章:第5章 秋山館 よみ(新仮名遣い):あきやまやかた 通し章番号:595
口述日:1922(大正11)年04月14日(旧03月18日) 口述場所:瑞祥閣 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年12月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
秋山彦は、鬼雲彦の手下・鬼彦らの一行に捕らえられてしまった。秋山彦を助けようと血気にはやる亀彦に対して、国武彦は「秋山彦一人の命くらいどうということはない」と挑発する。
怒った亀彦が表へ走ろうとするのを、英子姫が制止した。
しかし捕らえられたと思われた秋山彦は、無事に奥の間に戻ってきた。国武彦は、実は配下の白狐たちの神術によって鬼彦らを追い払っていたのだ、と明かす。
神素盞嗚大神は、亀彦の真心をその行いから知り、満足の意を表した。そして、大江山は国武彦と白狐たちに任せて、一行は聖地を指して進むこととした。
神素盞嗚大神は、聖地に入って三五教の教えを固める意を歌に歌った。また国武彦は、自分が国治立大神の分霊であり、瑞霊・神素盞嗚大神に仕え守る役割であることを明かした。
英子姫は大江山の悪神たちが、大神出立の後に秋山彦を襲うことを心配し、この館に残って鬼雲彦を言向け和す役を願い出るが、国武彦は後は自分に任せるようにと諭した。
一行は由良の港から、世継王丸に乗り込んで、河瀬をさかのぼり聖地に向かった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ:熊野樟毘命(熊野樟日命) データ凡例: データ最終更新日:2021-09-22 04:01:28 文字数:6335 OBC :rm1605
愛善世界社版:58頁 八幡書店版:第3輯 422頁 修補版: 校定版:60頁 普及版:25頁 初版: ページ備考:
001高天原(たかあまはら)を追(やら)はれて
002千座(ちくら)の置戸(おきど)を負(お)はせつつ
003八洲(やしま)の国(くに)を漂浪(さすらひ)の
004旅(たび)に出立(いでた)ち給(たま)ひたる
005神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の
006行衛(ゆくゑ)如何(いかん)と案(あん)じつつ
007東(あづま)の空(そら)を打眺(うちなが)め
008心(こころ)にかかる村肝(むらきも)の
009雲(くも)の渦巻(うづまき)サラサラと
010晴(は)れて嬉(うれ)しき今日(けふ)の朝(あさ)
011君(きみ)の便(たよ)りを菊月(きくづき)の
012上九日(かみここのか)の菊(きく)の宴(えん)
013親子(おやこ)主従(しゆじゆう)めぐり会(あ)ひ
014胸(むね)の岩戸(いはと)も秋山彦(あきやまひこ)の
015神(かみ)の司(つかさ)の真心(まごころ)に
016綾(あや)と錦(にしき)の機(はた)を織(お)る
017赤(あか)き心(こころ)は紅葉姫(もみぢひめ)
018万代(よろづよ)祝(いは)ふ亀彦(かめひこ)が
019暗(やみ)を照(て)らして英子姫(ひでこひめ)
020心地(ここち)もわけて悦子姫(よしこひめ)
021廻(めぐ)り会(あ)うたる折柄(をりから)に
022表(おもて)に聞(きこ)ゆる鬨(とき)の声(こゑ)
023忽(たちま)ち開(ひら)く表門(おもてもん)
024秋山彦(あきやまひこ)は立出(たちい)でて
025寄(よ)せ来(く)る魔軍(まぐん)に打向(うちむか)ひ
026天(あま)の数歌(かずうた)勇(いさ)ましく
027力限(ちからかぎ)りに宣(の)りつれば
028敵(てき)の人数(にんず)も大江山(おほえやま)
029鬼雲彦(おにくもひこ)が部下(てした)共(ども)
030大地(だいち)にドツと打倒(うちたふ)れ
031苦(くるし)み悶(もだ)ゆる状態(ありさま)は
032実(げ)に面白(おもしろ)き限(かぎ)りなり
033顔色(かほいろ)赤(あか)く目(め)は青(あを)く
034棕櫚(しゆろ)の赤髪(あかがみ)を振紊(ふりみだ)し
035六(ろく)尺(しやく)計(ばか)りも踏張(ふんば)つて
036ノソリノソリと遣(や)つて来(く)る
037鬼雲彦(おにくもひこ)が懐(ふところ)の
038刀(かたな)と頼(たの)む鬼彦(おにひこ)は
039虎皮(こひ)の褌(ふんどし)締(し)め乍(なが)ら
040牛(うし)の様(やう)なる角目(つのめ)立(た)て
041大口(おほぐち)開(あ)けて高笑(たかわら)ひ。
042鬼彦(おにひこ)『アハヽヽヽ、043猪口才(ちよこざい)千万(せんばん)な、044秋山彦(あきやまひこ)が言霊(ことたま)の防戦(ばうせん)、045左様(さやう)な事(こと)でたぢつく様(やう)な鬼彦(おにひこ)と思(おも)うて居(ゐ)るか。046此方(こちら)には雲霞(うんか)の如(ごと)きジヤンジヤヒエールが、047数(かず)限(かぎ)りもなく控(ひか)へて居(ゐ)るぞ。048仮令(たとへ)汝(なんじ)獅子王(ししわう)の勢(いきほひ)あるとも、049此(この)鬼彦(おにひこ)が片腕(かたうで)を揮(ふる)ふや否(いな)や、050汝(なんぢ)の身体(からだ)は木(こ)つ端(ぱ)微塵(みじん)、051今日(けふ)は九(く)月(ぐわつ)九日(ここのか)、052大江山(おほえやま)の本城(ほんじやう)に於(おい)ては、053鬼雲彦(おにくもひこ)の御(おん)大将(たいしやう)、054バラモンの大祭典(だいさいてん)を御(ご)執行(しつかう)の贄(いけにへ)として、055神前(しんぜん)に暖(あたた)かき人肉(じんにく)を供(そな)へ、056血(ち)の酒(さけ)を献(たてまつ)らねばならぬ。057それに就(つい)ては、058バラモン教(けう)を目(め)の敵(かたき)と狙(ねら)ふ三五教(あななひけう)の張本人(ちやうほんにん)、059素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)一族(いちぞく)の者(もの)、060汝(なんぢ)が館(やかた)に隠(かく)れ忍(しの)ぶと聞(き)く、061四(し)の五(ご)の吐(ぬか)さず、062速(すみやか)に主人(しゆじん)を吾(わが)面前(めんぜん)に引(ひき)ずり出(いだ)せ。063ゴテゴテ吐(ぬか)さば、064それがし自(みづか)ら踏(ふ)み込(こ)みて、065片(かた)つ端(ぱし)から腕(うで)を捻(ね)ぢ、066脚(あし)を折(を)り、067量(かさ)を低(ひく)く致(いた)して此(この)網代籠(あじろかご)に詰(つ)め込(こ)み、068汝(なんぢ)諸共(もろとも)神(かみ)の神饌(しんせん)に供(きよう)してくれむ』
069と言(い)ふより早(はや)く、070秋山彦(あきやまひこ)の襟首(えりくび)をグツと握(にぎ)り、071締(し)め附(つ)けたり。072秋山彦(あきやまひこ)は豪力(がうりき)無双(むさう)の鬼彦(おにひこ)に捻(ね)ぢ伏(ふ)せられ乍(なが)ら、073委細(ゐさい)構(かま)はず言霊(ことたま)を奏上(そうじやう)せむとするや、074手頃(てごろ)の石(いし)を拾(ひろ)つて秋山彦(あきやまひこ)の口(くち)に捻(ね)ぢ込(こ)み、075其(その)上(うへ)に猿轡(さるぐつわ)を啣(は)ませ、
076鬼彦(おにひこ)『アツハヽヽヽ、077最早(もはや)大丈夫(だいぢやうぶ)だ、078サア秋山彦(あきやまひこ)、079汝(なんぢ)が唯一(ゆゐいつ)の武器(ぶき)と頼(たの)む言霊(ことたま)も、080モウ斯(こ)うなつては叶(かな)ふまい。081オイ言霊(ことたま)はどうだい……ヤアヤア皆(みな)の者(もの)共(ども)、082最早(もはや)心配(しんぱい)は要(い)らぬ。083速(すみやか)に立上(たちあが)れ』
084と云(い)ふ間(ま)もなく、085言霊(ことたま)に打(う)たれて苦悶(くもん)し居(ゐ)たる部下(ぶか)の魔神(まがみ)共(ども)は、086やうやう立上(たちあ)がり、087真(ま)つ青(さを)な顔(かほ)に、088空元気(からげんき)を附(つ)け、089ガタガタ震(ぶる)ひの空威張(からゐば)り声(ごゑ)、
090『ウワア ウワア』
091と鬨(とき)を作(つく)つて、092盛(さかん)に示威(じゐ)運動(うんどう)を開始(かいし)するこそ可笑(をかし)かりける。
093 奥(おく)には糸竹(しちく)管絃(くわんげん)の響(ひびき)、094長閑(のどか)な歌(うた)の声(こゑ)、095此(この)場(ば)の光景(くわうけい)を知(し)らず顔(がほ)に響(ひび)き渡(わた)りける。096魔軍(まぐん)は力(ちから)限(かぎ)りに鬨(とき)の声(こゑ)を揚(あ)げ呶鳴(どな)り立(た)て居(ゐ)たり。097此方(こなた)の奥殿(おくでん)には、098此(この)声(こゑ)を峰(みね)の嵐(あらし)の音(おと)と聞(き)き流(なが)し酒宴(しゆえん)の真最中(まつさいちう)、099慌(あは)ただしく駆(か)けつけ来(きた)る門番(もんばん)の銀公(ぎんこう)、100加米公(かめこう)はピタリと両手(りやうて)をつき、101頭(かしら)を畳(たたみ)に摺(す)り附(つ)け乍(なが)ら、
102加米公『申上(まをしあ)げます、103表門(おもてもん)はタタ大変(たいへん)で御座(ござ)います』
104紅葉姫(もみぢひめ)『ヤア汝(なんぢ)は加米(かめ)、105銀(ぎん)の両人(りやうにん)、106大変(たいへん)とは何事(なにごと)なるぞ。107委曲(つぶさ)に物語(ものがた)れ』
108加米公(かめこう)『ハイハイ申上(まをしあ)げます、109あのモシ……あの……何(なん)で御座(ござ)います。110夫(そ)れは夫(そ)れは申上(まをしあ)げ難(にく)い事(こと)で……マアマア大変(たいへん)な事(こと)が出来(でき)ました……斯(こ)う言(い)へば、111申上(まをしあ)げずとも大抵(たいてい)、112御(ご)判断(はんだん)が附(つ)きませう』
113紅葉姫(もみぢひめ)『早(はや)くしつかり申(まを)しなさい』
114加米公(かめこう)『オイ銀公(ぎんこう)、115お前(まへ)は上役(うはやく)だ。116詳(くは)しい事(こと)は、117お前(まへ)が知(し)つとる筈(はず)だ。118御(ご)主人(しゆじん)の御(ご)容子(ようす)を……』
119銀公(ぎんこう)『ヤア此方(こちら)は折悪(をりあし)く雪隠(せつちん)に往(い)つて居(を)つたのだから、120実状(じつじやう)は承知(しようち)して居(を)らぬ。121加米(かめ)、122貴様(きさま)は実地(じつち)目撃(もくげき)して居(を)つたのだ。123直(すぐ)に申上(まをしあ)げぬか』
124加米公(かめこう)『上役(うはやく)の分際(ぶんざい)として、125御(ご)主人(しゆじん)様(さま)が危急(ききふ)存亡(そんばう)の場合(ばあひ)、126雪隠(せつちん)へ隠(かく)れよつて、127慄(ふる)うて居(を)つたぢやないか。128俺(おれ)は何分(なにぶん)大勢(おほぜい)の寄(よ)せ手(て)に、129肝(きも)を潰(つぶ)し、130目(め)は眩(くら)み、131実地(じつち)目撃(もくげき)不充分(ふじゆうぶん)、132貴様(きさま)は安全(あんぜん)地帯(ちたい)に身(み)を隠(かく)し、133雪隠(せんち)の窓(まど)から覗(のぞ)いて居(ゐ)よつたのだ。134早(はや)く申(まを)さぬと、135御(ご)主人(しゆじん)様(さま)の口(くち)に石(いし)を捻(ね)ぢ込(こ)み、136猿轡(さるぐつわ)を箝(は)め、137高手(たかて)小手(こて)に縛(いま)しめて、138網代籠(あじろかご)に、139手足(てあし)をもぎとり量(かさ)を低(ひく)うして、140今日(けふ)の祭典(まつり)に大江山(おほえやま)の本城(ほんじやう)に連(つ)れ帰(かへ)り、141犠牲(ぎせい)にするかも知(し)れぬぞや、142早(はや)く実地(じつち)を申(まを)さぬかい』
143銀公(ぎんこう)『ハア申上(まをしあ)げます。144加米公(かめこう)の申(まを)した通(とほ)り、145寸分(すんぶん)違(ちがひ)は御座(ござ)いませぬ。146早(はや)く何々(なになに)をなさらぬと、147鬼彦(おにひこ)が御(ご)主人(しゆじん)様(さま)を何々(なになに)して、148何々(なになに)へ何々(なになに)するかも知(し)れませぬ。149どうぞ一時(いつとき)も早(はや)く表門(おもてもん)に立向(たちむか)ひ、150御(ご)主人(しゆじん)様(さま)をお助(たす)け下(くだ)さいませ』
151素尊(すそん)『ハヽヽヽヽ』
152国武彦(くにたけひこ)『ヤア面白(おもしろ)い事(こと)が出来(でき)ました。153鬼彦(おにひこ)とやらの軍勢(ぐんぜい)を、154当館(たうやかた)を開放(かいはう)し奥深(おくふか)く侵入(しんにふ)させて、155彼(かれ)等(ら)が手振(てぶ)り足振(あしぶ)りを眺(なが)め乍(なが)ら、156悠(ゆつ)くりと菊見(きくみ)の宴(えん)を張(は)りませう』
157亀彦(かめひこ)『これはこれは国武彦(くにたけひこ)の御(お)言葉(ことば)とも覚(おぼ)えぬ。158今(いま)承(うけたま)はれば、159秋山彦(あきやまひこ)は敵(てき)の為(ため)に囚(とら)はれの身(み)となり、160危機(きき)一髪(いつぱつ)の場合(ばあひ)、161チツトは紅葉姫(もみぢひめ)の御(ご)心中(しんちう)も察(さつ)し上(あ)げねばなりますまい。162それだから此(この)亀彦(かめひこ)が、163寄(よ)せ来(く)る敵(てき)に向(むか)つて進(すす)まむと致(いた)せし時(とき)、164横合(よこあひ)から吾(わ)が行動(かうどう)を止(と)めさせられたは、165其(その)意(い)を得(え)ぬ。166冷淡(れいたん)至極(しごく)の貴下(きか)が振舞(ふるまひ)、167秋山彦(あきやまひこ)を見殺(みごろ)しになさる所存(しよぞん)か返答(へんたふ)聞(き)かう』
168と目(め)を怒(いか)らし、169腕(うで)を張(は)つて詰(つ)め寄(よ)せたれば、170国武彦(くにたけひこ)はニツコリしながら、
171国武彦『秋山彦(あきやまひこ)の一人(ひとり)や二人(ふたり)犠牲(ぎせい)にした処(ところ)で、172何(なに)騒(さわ)ぐ事(こと)があるか。173一人(ひとり)を殺(ころ)して吾々(われわれ)数人(すうにん)が助(たす)かると云(い)ふものだ。174一人(ひとり)を損(そん)するか、175吾(われ)等(ら)一同(いちどう)を損(そん)するか、176利害(りがい)得失(とくしつ)を能(よ)く胸(むね)に手(て)を当(あ)て、177算段(さんだん)をして見(み)よ。178情(なさけ)を棄(す)つるか、179理智(りち)を棄(す)つるか、180二(ふた)つに一(ひと)つの性念場(しやうねんば)だ。181情(なさけ)に惹(ひ)かされ、182大事(だいじ)を謬(あやま)る天下(てんか)の痴呆者(うつけもの)、183仮令(たとへ)秋山彦(あきやまひこ)の三(さん)人(にん)、184五(ご)人(にん)殺(ころ)されようとも、185神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)さへ御(ご)無事(ぶじ)ならば、186吾(われ)等(ら)は是(こ)れにて満足(まんぞく)致(いた)す。187マアマアゆつくりと、188酒(さけ)でも飲(の)みて、189今日(けふ)の酒宴(しゆえん)を賑(にぎ)やかに致(いた)せ。190喜悦(よろこび)の座席(ざせき)に血腥(ちなまぐさ)い話(はなし)を持込(もちこ)まれては、191サツパリお座(ざ)が醒(さ)める』
192亀彦(かめひこ)『汝(なんぢ)国武彦(くにたけひこ)とは真赤(まつか)な詐(いつは)り、193大江山(おほえやま)に現(あら)はれたる、194鬼雲彦(おにくもひこ)が鬼(おに)の片腕(かたうで)、195国武彦(くにたけひこ)と名(な)を偽(いつは)り、196三五教(あななひけう)に忍(しの)び込(こ)み来(き)たり、197内外(ないぐわい)相応(あひおう)じ、198神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)を損(そこな)はむとする者(もの)ならむ、199首途(かどで)の血祭(ちまつ)り、200亀彦(かめひこ)が一刀(いつたう)の下(もと)に斬(き)りつけ、201蹴散(けち)らかして呉(く)れむ』
202と短剣(たんけん)ヒラリと引抜(ひきぬ)いて、203切(き)つて掛(か)かるを、204国武彦(くにたけひこ)は少(すこ)しも騒(さわ)がず、205体(たい)を左右(さいう)に躱(かは)し、206あしらひ乍(なが)ら、
207国武彦『アハヽヽヽヽ、208亀(かめ)の踊(をどり)は格別(かくべつ)面白(おもしろ)う御座(ござ)る、209ヤア素盞嗚(すさのを)の大神殿(おほかみどの)、210御(ご)愉快(ゆくわい)では御座(ござ)らぬか』
211素尊『ワハヽヽヽヽ面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い』
212亀彦(かめひこ)『是(こ)れは怪(け)しからぬ、213利己(りこ)主義(しゆぎ)の中心(ちうしん)、214個人主義(われよし)の行方(やりかた)……高天原(たかあまはら)を神退(かむやら)ひに退(やら)はれたは、215寧(むし)ろ当然(たうぜん)の成行(なりゆき)、216此(この)亀彦(かめひこ)は今迄(いままで)貴神(きしん)が悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)の心中(しんちう)を知(し)らず、217至善(しぜん)至美(しび)至仁(しじん)至愛(しあい)の大神(おほかみ)と信(しん)じて居(ゐ)たは残念(ざんねん)だ。218モウ斯(こ)うなる上(うへ)は、219天下(てんか)の為(ため)に汝(なんぢ)を滅(ほろぼ)し、220吾(わ)れも生命(いのち)を棄(す)てて、221宇宙(うちう)の悪魔(あくま)を除(のぞ)かむ』
222と切(き)つて掛(かか)るを、223英子姫(ひでこひめ)、224悦子姫(よしこひめ)は其(その)前(まへ)に立塞(たちふさ)がり、
225英子姫、悦子姫『オホヽヽヽヽあの亀彦(かめひこ)の元気(げんき)な事(こと)、226さぞお草臥(くたびれ)でせう。227妾(わらは)が代(かは)つて一芝居(ひとしばゐ)致(いた)しませう。228マアマアお休(やす)み遊(あそ)ばせ』
229 紅葉姫(もみぢひめ)は声(こゑ)を挙(あ)げて泣伏(なきふ)しける。
230亀彦(かめひこ)『是(こ)れは是(こ)れは紅葉姫(もみぢひめ)様(さま)、231お歎(なげ)き御尤(ごもつと)も、232主人(しゆじん)の災難(さいなん)を聞(き)き乍(なが)ら、233女房(にようばう)として此(こ)れがどう忍(しの)ばれませう。234あかの他人(たにん)の亀彦(かめひこ)さへも、235残念(ざんねん)で残念(ざんねん)で堪(たま)りませぬワイ。236斯(こ)う云(い)ふ時(とき)に助(たす)けて貰(もら)はうと思(おも)つて、237秋山彦(あきやまひこ)が日頃(ひごろ)の親切(しんせつ)、238イヤモウ気楽(きらく)千万(せんばん)な素盞嗚(すさのを)の御(おん)大将(たいしやう)呆(あき)れ蛙(がへる)の面(つら)の水(みづ)と申(まを)さうか、239馬耳(ばじ)東風(とうふう)と言(い)はうか、240味方(みかた)の危難(きなん)を対岸(たいがん)の火災視(くわさいし)し、241一臂(いつぴ)の力(ちから)も添(そ)へざるのみか、242愉快気(ゆくわいげ)に酒(さけ)を飲(の)むで戯(たは)むれむとするは、243人情(にんじやう)軽薄(けいはく)紙(かみ)の如(ごと)く、244イヤもう実(じつ)に呆(あき)れ果(は)てて御座(ござ)る。245サア紅葉姫(もみぢひめ)殿(どの)、246斯(か)かる連中(れんぢう)に斟酌(しんしやく)なく、247亀彦(かめひこ)と共(とも)に表(おもて)へ駆(か)け出(だ)し、248秋山彦(あきやまひこ)が弔戦(とむらひいくさ)、249此(この)細腕(ほそうで)の続(つづ)かむ限(かぎ)り、250剣(つるぎ)の目釘(めくぎ)の続(つづ)く丈(だけ)、251縦横(じうわう)無尽(むじん)に斬(き)り立(た)て、252薙(な)ぎ立(た)て、253敵(てき)の奴輩(やつばら)一人(ひとり)も残(のこ)さず、254秋(あき)の紅葉(もみぢ)を散(ち)らせし如(ごと)く、255大地(だいち)を血汐(ちしほ)に染(そ)めなし、256血河(けつか)屍山(しざん)の大活動(だいくわつどう)を仕(つかまつ)らう、257紅葉姫(もみぢひめ)、258サア亀彦(かめひこ)に続(つづ)かせ給(たま)へ』
259と表(おもて)を指(さ)して行(ゆ)かむとす。260英子姫(ひでこひめ)は腰(こし)の紐帯(ひもおび)を取(と)るより早(はや)く、261亀彦(かめひこ)が首(くび)にヒラリと打(うち)かけ、262グイと引戻(ひきもど)せば、263亀彦(かめひこ)は細紐(ほそひも)に喉笛(のどぶえ)を締(し)められ、264脆(もろ)くも仰向(あふむけ)に其(その)場(ば)にパタリと倒(たふ)れたり。265表(おもて)に聞(きこ)ゆる人声(ひとごゑ)は、266刻々(こくこく)に館(やかた)の奥(おく)を目蒐(めが)けて近(ちか)づき来(きた)る。
267 紅葉姫(もみぢひめ)は、
268心(こころ)も魂(たま)も捧(ささ)げたる
269神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)に
270力(ちから)の限(かぎ)り身(み)の限(かぎ)り
271仕(つか)へまつるか但(ただ)し又(また)
272此(この)場(ば)を棄(す)てて吾(わが)夫(つま)の
273秋山彦(あきやまひこ)を救(すく)はむか。
274 神命(しんめい)は重(おも)し又(また)夫(をつと)の身(み)の上(うへ)は、275妻(つま)の身(み)として坐視(ざし)するに忍(しの)びず、276千思(せんし)万慮(ばんりよ)とつおいつ、277心(こころ)の中(うち)を紅葉姫(もみぢひめ)、278顔(かほ)に散(ち)らした唐紅(からくれなゐ)の血汐(ちしほ)漲(みなぎ)る鬨(とき)の声(こゑ)、279胸(むね)はドキドキ、280刻々(こくこく)に、281近付(ちかづ)き来(きた)る敵(てき)の勢(ぜい)、282姫(ひめ)が心(こころ)ぞ憐(あは)れなる。
283 此(この)場(ば)に近付(ちかづ)き来(きた)るかと聞(きこ)えし声(こゑ)は、284何時(いつ)しか消(き)えて跡(あと)なき小春空(こはるぞら)、285秋山彦(あきやまひこ)は悠然(いうぜん)と騒(さわ)がず、286遽(あせ)らず、287奥(おく)の間(ま)指(さ)して帰(かへ)り来(く)る。288亀彦(かめひこ)、289紅葉姫(もみぢひめ)の両人(りやうにん)は、290余(あま)りの嬉(うれ)しさに、291ハツと胸(むね)逼(せま)り、292ものをも言(い)はず、293其(その)場(ば)に打倒(うちたふ)れ、294夢(ゆめ)か現(うつつ)か幻(まぼろし)かと、295吾(われ)と吾(わ)が心(こころ)を疑(うたが)ひ、296思案(しあん)に時(とき)を移(うつ)すのみ。297国武彦(くにたけひこ)は立(た)ちあがり、
298国武彦『亀彦(かめひこ)、299紅葉姫(もみぢひめ)、300心配(しんぱい)致(いた)すな。301吾(われ)等(ら)が眷族(けんぞく)鬼武彦(おにたけひこ)をして、302鬼雲彦(おにくもひこ)の悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)を懲(こら)す為(ため)神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)の神術(かむわざ)を用(もち)ひ、303敵(てき)の本城(ほんじやう)に忍(しの)ばせたれば、304少(すこ)しも案(あん)ずる事(こと)勿(なか)れ』
305と始(はじ)めて事情(じじやう)を打明(うちあ)けたるにぞ、306亀彦(かめひこ)、307紅葉姫(もみぢひめ)は、
308亀彦、紅葉姫『ハヽア、309ハツ』
310と計(ばか)りに嬉(うれ)し泣(な)き、311暫(しば)しは顔(かほ)を得上(えあ)げざりしが、312素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)は亀彦(かめひこ)に向(むか)ひ、
313素尊『ヤア亀彦(かめひこ)、314汝(なんぢ)が心(こころ)の中(うち)の美(うる)はしさ、315吾(わ)れは満足(まんぞく)致(いた)したぞよ、316イザ是(こ)れより賑々(にぎにぎ)しく酒宴(しゆえん)を催(もよほ)し、317大江山(おほえやま)の本城(ほんじやう)は彼(かれ)等(ら)眷族(けんぞく)に打任(うちまか)せ、318吾々(われわれ)一行(いつかう)は由良(ゆら)の湊(みなと)より船(ふね)に乗(の)り綾(あや)の高天原(たかま)に進(すす)まむ』
319と宣示(せんじ)し給(たま)へば、320亀彦(かめひこ)は勇(いさ)み立(た)ち、
321亀彦(かめひこ)『アヽ、322ハツハヽヽヽ芽出(めで)たし芽出(めで)たし、323愈(いよいよ)是(こ)れより大神(おほかみ)の御(お)伴(とも)致(いた)し、324聖地(せいち)を指(さ)して逸早(いちはや)く進(すす)み上(のぼ)り、325神政(しんせい)成就(じやうじゆ)の基(もとい)を開(ひら)かむ、326ヤア秋山彦(あきやまひこ)、327紅葉姫(もみぢひめ)、328お喜(よろこ)びあれ。329貴下(きか)が誠忠(せいちう)、330至誠(しせい)、331至愛(しあい)の真心(まごころ)天地(てんち)に通(つう)じたり。332併(しか)し乍(なが)ら吾々(われわれ)一同(いちどう)当家(たうけ)を去(さ)らば、333再(ふたた)び大江山(おほえやま)より鬼雲彦(おにくもひこ)の部下(ぶか)の者(もの)、334又(また)もや押(お)し寄(よ)せ来(きた)るも計(はか)り難(がた)し、335随分(ずゐぶん)心(こころ)を附(つ)け召(め)されよ』
336 秋山彦(あきやまひこ)夫婦(ふうふ)は涙(なみだ)を揮(ふる)ひ、
337秋山彦夫婦『何(なに)から何(なに)まで、338貴下(あなた)の御(ご)親切(しんせつ)、339骨身(ほねみ)に徹(てつ)して辱(かたじけ)なう存(ぞん)じます。340併(しか)し乍(なが)ら吾(われ)等(ら)は神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の御(お)守(まも)りあれば、341必(かなら)ず御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さいますな、342一(いち)時(じ)も早(はや)く聖地(せいち)を指(さ)して御(お)上(のぼ)り下(くだ)され。343神政(しんせい)成就(じやうじゆ)の基礎(きそ)を樹立(じゆりつ)する為(ため)、344御(ご)奮励(ふんれい)の程(ほど)偏(ひとへ)に希(こひねが)ひ上(あ)げ奉(たてまつ)る』
345と慇懃(いんぎん)に謝辞(しやじ)を述(の)べける。
346素尊(すそん)『ヤア秋山彦(あきやまひこ)夫婦(ふうふ)、347多大(いか)いお世話(せわ)になりしよ。348我(わ)れは是(これ)より一先(ひとま)づ聖地(せいち)に立向(たちむか)ひ、349天下(てんか)の悪神(あくがみ)を掃蕩(さうたう)すべき準備(じゆんび)をなさむ、350船(ふね)の用意(ようい)を致(いた)せ』
351秋山彦(あきやまひこ)『ハハア委細(ゐさい)承知(しようち)仕(つかまつ)りました。352……銀公(ぎんこう)、353加米公(かめこう)、354汝(なんぢ)は一(いち)時(じ)も早(はや)く湊(みなと)に出(い)で、355御船(みふね)の用意(ようい)にかかれ』
356銀公(ぎんこう)『ハヽア委細(ゐさい)承知(しようち)仕(つかまつ)りました。357併(しか)し乍(なが)ら船(ふね)は敵軍(てきぐん)の為(ため)に殆(ほとん)ど占領(せんりやう)せられたるやも計(はか)られませぬ。358万々一(まんまんいち)船(ふね)なき時(とき)は、359如何(いかが)取計(とりはか)らひませうや』
360 秋山彦(あきやまひこ)双手(もろて)を組(く)み頭(かうべ)を傾(かたむ)け思案(しあん)にくるるを、361国武彦(くにたけひこ)は、
362国武彦『ナニ心配(しんぱい)に及(およ)ばぬ、363御船(みふね)は残(のこ)らず国武彦(くにたけひこ)が眷属(けんぞく)を以(もつ)て守(まも)らせあれば大丈夫(だいぢやうぶ)なり。364安心(あんしん)致(いた)せ。365且(かつ)又(また)当邸(たうてい)の周囲(しうゐ)には、366最早(もはや)敵(てき)の片影(へんえい)だもなし、367勇(いさ)み出船(しゆつせん)の用意(ようい)をせよ』
368 銀公(ぎんこう)、369加米公(かめこう)は、
370銀公、加米公『ハイ』
371と答(こた)へて此(この)場(ば)を立去(たちさ)りぬ。372又(また)もや糸竹(しちく)管絃(くわんげん)の響(ひびき)は屋外(をくぐわい)に洩(も)るる陽気(やうき)と一変(いつぺん)したりけり。
373 神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)は突立(つつたち)上(あが)り、374声(こゑ)も涼(すず)しく歌(うた)はせ給(たま)ひぬ。
375素尊『高天原(たかあまはら)を立出(たちい)でて
376四方(よも)の国々(くにぐに)島々(しまじま)を
377世人(よびと)を助(たす)け守(まも)らむと
378彼方(あちら)こちらと漂浪(さすらひ)の
379旅(たび)を重(かさ)ねて西蔵(チベツト)や
380フサの荒野(あらの)を打渡(うちわた)り
381ウブスナ山(さん)に立籠(たてこも)り
382イソ山峠(やまたうげ)の絶頂(ぜつちやう)に
383仮(かり)の館(やかた)を構(かま)へつつ
384熊野(くまの)樟毘(くすびの)命(みこと)をば
385留守居(るすゐ)の神(かみ)と定(さだ)めおき
386我(わ)れは悲(かな)しき隠(かく)れ身(み)の
387愛(いと)しき娘(むすめ)は四方(よも)八方(やも)に
388四鳥(してう)の別(わか)れ釣魚(てうぎよ)の涙(なみだ)
389憂(うき)を重(かさ)ねてやうやうに
390渡(わた)りて来(きた)る和田(わだ)の原(はら)
391醜(しこ)の曲津(まがつ)も大江山(おほえやま)
392鬼雲彦(おにくもひこ)を言向(ことむ)けて
393世人(よびと)の悩(なや)みを救(すく)はむと
394船(ふね)に揺(ゆ)られて由良湊(ゆらみなと)
395心(こころ)も赤(あか)き秋山彦(あきやまひこ)の
396館(やかた)に暫(しば)し身(み)を休(やす)め
397四方(よも)の国形(くにがた)伺(うかが)へば
398十(じふ)里(り)四方(しはう)は宮(みや)の内(うち)
399内(うち)と外(そと)との境(さかひ)なる
400大江(おほえ)の山(やま)にバラモンの
401神(かみ)の司(つかさ)の鬼雲彦(おにくもひこ)が
402又(また)もや砦(とりで)を築(きづ)きつつ
403醜(しこ)の荒(すさ)びの最中(さいちう)に
404訪(たづ)ねて来(きた)る艮(うしとら)の
405神(かみ)の命(みこと)の分霊(わけみたま)
406国武彦(くにたけひこ)と現(あら)はれて
407我(わ)れに附添(つきそ)ひ右左(みぎひだり)
408前(まへ)や後(うしろ)を構(かま)ひつつ
409鬼武彦(おにたけひこ)の伊猛(いたけ)るの
410神(かみ)に従(したが)ふ白狐(びやくこ)共(ども)
411暗夜(やみよ)を照(て)らす朝日子(あさひこ)や
412月日(つきひ)明神(みやうじん)神徳(しんとく)も
413高倉(たかくら)稲荷(いなり)の活動(はたらき)に
414悩(なや)ませられて悪神(あくがみ)は
415愈(いよいよ)今日(けふ)は運(うん)の尽(つき)
416月(つき)に村雲(むらくも)花(はな)に風(かぜ)
417心(こころ)の錦(にしき)秋山彦(あきやまひこ)の
418神(かみ)の司(つかさ)の真心(まごころ)は
419紅葉(もみぢ)の姫(ひめ)の如(ごと)くなり
420光(ひかり)眩(まば)ゆき英子姫(ひでこひめ)
421すべての用意(ようい)も悦子姫(よしこひめ)
422万代(よろづよ)固(かた)むる亀彦(かめひこ)が
423忠義(ちうぎ)の刃(やいば)研(と)ぎすまし
424さしもに猛(たけ)き曲神(まがかみ)を
425言向和(ことむけやは)すは目前(まのあたり)
426吁(あゝ)、面白(おもしろ)し面白(おもしろ)し
427さはさりながら神心(かみごころ)
428凡(すべ)ての敵(てき)を救(すく)はむと
429善(ぜん)をば助(たす)け曲神(まがかみ)を
430懲(こら)して救(すく)ふ神(かみ)の道(みち)
431青垣山(あをがきやま)を繞(めぐ)らせる
432天津(あまつ)神籬(ひもろぎ)磐境(いはさか)と
433現(あら)はれませる世継王(よつわう)山(ざん)
434深(ふか)き仕組(しぐみ)を暫(しばら)くは
435雲(くも)に包(つつ)みて弥仙山(みせんざん)
436本宮山(ほんぐうやま)に現(あら)はれて
437はちすの山(やま)の蓮華台(れんげだい)
438三五教(あななひけう)の御教(みをしへ)を
439常磐(ときは)堅磐(かきは)に搗固(つきかた)め
440鬼(おに)も大蛇(をろち)も丸山(まるやま)の
441神(かみ)の稜威(みいづ)に桶伏(をけぶせ)や
442汚(けが)れを流(なが)す由良(ゆら)の川(かは)
443言霊(ことたま)響(ひび)く五十鈴(いすず)川(がは)
444曲(まが)の健(たけ)びは音無瀬(おとなせ)の
445水(みづ)に流(なが)して清(きよ)め行(ゆ)く
446科戸(しなど)の風(かぜ)の福知山(ふくちやま)
447めぐりて此処(ここ)に鬼城山(きじやうざん)
448鬼(おに)も悪魔(あくま)も無(な)き世(よ)ぞと
449治(をさ)むる御代(みよ)こそ楽(たの)しけれ
450治(をさ)むる御代(みよ)こそ楽(たの)しけれ』
451 国武彦(くにたけひこ)は立(た)ちあがり歌(うた)ひけり。452その歌(うた)、
453国武彦『宇宙(うちう)を造(つく)り固(かた)めたる
454大国治立(おほくにはるたちの)神(かみ)の裔(すゑ)
455国治立(くにはるたち)の大神(おほかみ)と
456綾(あや)の高天原(たかま)に現(あら)はれて
457天地(てんち)の律法(りつぱう)制定(せいてい)し
458天地(てんち)を浄(きよ)め照(てら)さむと
459思(おも)ひし事(こと)も水(みづ)の泡(あわ)
460天足(あだる)の彦(ひこ)や胞場姫(えばひめ)の
461邪気(じやき)より成(な)れる鬼(おに)大蛇(をろち)
462醜(しこ)の狐(きつね)や悪神(わるがみ)の
463荒(すさ)びの息(いき)は四方(よも)の国(くに)
464充塞(みちふさ)がりて月(つき)も日(ひ)も
465光(ひかり)失(うしな)ひ山河(やまかは)や
466木草(きくさ)の果(は)てに至(いた)るまで
467所(ところ)得(え)ずしてサワサワに
468騒(さわ)ぎ烈(はげ)しき醜(しこ)の風(かぜ)
469誠(まこと)嵐(あらし)の吹(ふ)き荒(すさ)び
470日(ひ)の稚宮(わかみや)に坐(ま)しませる
471日(ひ)の大神(おほかみ)の思召(おぼしめ)し
472根底(ねそこ)の国(くに)に退(やら)はれて
473百千万(ももちよろづ)の苦(くる)しみを
474嘗(な)め尽(つく)したる身(み)の果(は)ては
475野立彦(のだちひこ)の神(かみ)と現(あら)はれて
476天教山(てんけうざん)を胞衣(えな)となし
477猛火(まうくわ)の中(なか)を出入(しゆつにふ)し
478此(この)世(よ)を守(まも)る我(わ)が身魂(みたま)
479世(よ)を艮(うしとら)の神国(しんこく)と
480鳴(な)り響(ひび)きたる中津国(なかつくに)
481自転倒(おのころ)島(じま)の中央(まんなか)に
482姿(すがた)隠(かく)して今(いま)は早(はや)
483国武彦(くにたけひこ)となり下(さが)り
484五六七(みろく)の御代(みよ)の来(きた)る迄(まで)
485心(こころ)を尽(つく)し守(まも)らむと
486神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の
487瑞(みづ)の御霊(みたま)と諸共(もろとも)に
488愈(いよいよ)此処(ここ)に厳御霊(いづみたま)
489三(みづ)と五(いづ)との組合(くみあは)せ
490八洲(やしま)の国(くに)を三五(あななひ)の
491教(をしへ)の則(のり)に治(をさ)めむと
492心(こころ)尽(つく)しの益良夫(ますらを)が
493花(はな)咲(さ)く春(はる)を松(まつ)の世(よ)の
494松(まつ)の緑(みどり)に花(はな)が咲(さ)き
495一度(いちど)に開(ひら)く白梅(しらうめ)の
496花(はな)の香(かをり)を天地(あめつち)に
497揚(あ)ぐる時(とき)こそ待(ま)たれける
498我(われ)は是(これ)より世継王(よつわう)の
499山(やま)の麓(ふもと)に身(み)を忍(しの)び
500弥勒(みろく)の御代(みよ)の魁(さきがけ)を
501勤(つと)むる艮(うしとら)金(かね)の神(かみ)
502神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)は
503一旦(いつたん)聖地(せいち)に現(あら)はれて
504三五教(あななひけう)の礎(いしずゑ)を
505築固(つきかた)めたる其(その)上(うへ)に
506又(また)もや海原(うなばら)打渡(うちわた)り
507大地(だいち)隈(くま)なく言向(ことむ)けて
508五六七(みろく)の御代(みよ)の魁(さきがけ)を
509開(ひら)く神業(みわざ)に真心(まごころ)を
510注(そそ)がせ給(たま)ふ瑞御霊(みづみたま)
511三五(さんご)の月(つき)のキラキラと
512明(あか)き神代(かみよ)を望(もち)の夜(よ)の
513月(つき)より丸(まる)く治(をさ)めませ
514治(をさ)まる御代(みよ)は日(ひ)の本(もと)の
515誠(まこと)一(ひと)つの光(ひかり)なり
516誠(まこと)一(ひと)つの光(ひかり)なり』
517 英子姫(ひでこひめ)は立上(たちあが)り、
518英子姫『父(ちち)大神(おほかみ)の御言(みこと)もて
519妾(わらは)姉妹(おとどひ)八乙女(やおとめ)は
520豊葦原(とよあしはら)の中津国(なかつくに)
521メソポタミヤの顕恩(けんおん)の
522郷(さと)に籠(こも)れる曲神(まがかみ)の
523鬼雲彦(おにくもひこ)を平(たひら)げて
524三五教(あななひけう)の神(かみ)の道(みち)
525八洲(やしま)の国(くに)に照(てら)さむと
526思(おも)ふ折(をり)しも曲神(まがかみ)が
527醜(しこ)の企(たく)みの捨小船(すてをぶね)
528波(なみ)のまにまに流(なが)されて
529流(なが)す涙(なみだ)も海(うみ)の上(うへ)
530荒(あら)き汐路(しほぢ)を踏(ふ)み分(わ)けて
531やうやう此処(ここ)に揺(ゆ)られつつ
532由良(ゆら)の湊(みなと)に来(き)て見(み)れば
533秋山彦(あきやまひこ)が真心(まごころ)に
534妾(われ)等(ら)二人(ふたり)は照(てら)されて
535心(こころ)の暗(やみ)も晴(は)れわたる
536斯(かか)る浮世(うきよ)に鬼(おに)無(な)しと
537世人(よびと)は言(い)へど大江山(おほえやま)
538鬼(おに)の棲家(すみか)のいと近(ちか)く
539人(ひと)の生血(いきち)を絞(しぼ)り喰(く)ふ
540此(この)有様(ありさま)を聞(き)き乍(なが)ら
541どうして此(この)場(ば)を去(さ)られうか
542父(ちち)大神(おほかみ)や国武彦(くにたけひこ)の
543神(かみ)の命(みこと)の出立(いでたち)は
544是非(ぜひ)に及(およ)ばず然(さ)り乍(なが)ら
545妾(わらは)は後(あと)に残(のこ)り居(ゐ)て
546鬼雲彦(おにくもひこ)の一類(いちるゐ)を
547言向和(ことむけやわ)し世(よ)の中(なか)の
548醜(しこ)の災禍(わざはひ)根(ね)を絶(た)ちて
549聖地(せいち)に進(すす)むも遅(おそ)からじ
550許(ゆる)させ給(たま)へ父(ちち)の神(かみ)
551国武彦(くにたけひこ)の大神(おほかみ)よ
552偏(ひとへ)に願(ねが)ひ奉(たてまつ)る
553偏(ひとへ)に拝(をが)み奉(たてまつ)る』
554と両手(りやうて)を合(あは)せ、555二神(にしん)に向(むか)つて拝礼(はいれい)し、556涙(なみだ)と共(とも)に頼(たの)み入(い)る。
557国武彦(くにたけひこ)『英子姫(ひでこひめ)の願(ねがひ)、558一応(いちおう)尤(もつと)もなれども、559多寡(たくわ)が知(し)れたる鬼雲彦(おにくもひこ)が一派(いつぱ)、560何(なん)の恐(おそ)るる事(こと)かあらむ。561神力(しんりき)無限(むげん)の鬼武彦(おにたけひこ)をして、562彼(か)れ悪神(わるがみ)が征討(せいたう)に向(むか)はせたれば安心(あんしん)あれ、563サアサア一(いち)時(じ)も早(はや)く聖地(せいち)を指(さ)して進(すす)み行(ゆ)かむ。564躊躇(ちうちよ)に及(およ)ばば、565鬼雲彦(おにくもひこ)が一派(いつぱ)鬼掴(おにつかみ)の眷属(けんぞく)共(ども)、566我(われ)等(ら)が到着(たうちやく)に先立(さきだ)ち、567聖地(せいち)を穢(けが)すの虞(おそれ)あり、568イザ早(はや)く……』
569と急(せ)き立(た)つれば、570神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)は、571装束(しやうぞく)整(ととの)へ、572一行(いつかう)と共(とも)に悠然(いうぜん)として此(この)家(や)を立出(たちい)で、573由良(ゆら)の湊(みなと)の渡船場(とせんば)、574世継王(よつわう)丸(まる)に身(み)を任(まか)せ、575折(をり)から吹(ふ)き来(く)る北風(きたかぜ)に真帆(まほ)を孕(はら)ませ、576悠々(いういう)と河瀬(かはせ)を溯(さかのぼ)り給(たま)ふこそ尊(たふと)けれ。
577(大正一一・四・一四 旧三・一八 於瑞祥閣 松村真澄録)
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