霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一八章 遷宅婆(せんたくばば)〔六〇八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第16巻 如意宝珠 卯の巻 篇:第3篇 真奈為ケ原 よみ(新仮名遣い):まないがはら
章:第18章 遷宅婆 よみ(新仮名遣い):せんたくばば 通し章番号:608
口述日:1922(大正11)年04月16日(旧03月20日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年12月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
百日百夜の造営、鎮祭式も無事に終わり、正月十五日に一同は直会の宴にうつった。辺りは雪が降りしきり、見渡す限りの銀世界である。
英子姫は鎮祭の斎主を奉仕して階段を降ってくると、たちまち神霊に感じて天照大御神の和魂が懸り、語り始めた。
天照大御神の神勅によると、ここは綾の高天原に次いで神聖なる聖地であり、天神地祇の集まる神界火水の経綸場である。神界における天の霊の川の源泉にして、宇宙の邪気を洗い清め、百の身魂を神国に救う至厳至聖の神域である。
またこの東北にある大江山は、神界の芥川といい、邪霊が集合湧出する源泉である。だから、霊の川の霊泉をもって世界に氾濫しようとする濁悪汚わいの泥水を清めるべき使命の地である。
この濁流の彼方に天の真名井ケ岳があり、ここは清濁併せ呑む天地の経綸を司る、瑞の御霊神々が集まる源泉である。
豊国姫の分霊が真名井ケ岳に天降り、ミロク神政の経綸に任じつつある。しかし曲津神の勢力が旺盛で、豊国姫の経綸を妨害しつつある。
悦子姫は大江山の濁流を渡り、真名井ケ岳で曲霊を言向け和し、吹き清めよ。英子姫と亀彦は聖地に向かい、その後特に神界より使命を与えるべし。
一同は神勅を奉じて、亀彦と英子姫は熊鷹、石熊らと聖地を目指し、悦子姫は青彦、鬼彦、鬼虎らと大江山の魔窟ケ原を越えて真名井ケ岳に向かった。
悦子姫は魔窟ケ原の中央に進み、衣懸松に着いた。ここはかつて、高姫の館があり、火事で焼けた所であったが、今見ると、新しい仮小屋が建てられている。
青彦はそのときを思い出しながら、高姫の強情さを一同に語っている。鬼虎と鬼彦が中をのぞいて偵察すると、中には黒姫が供を従えていた。
黒姫は、青彦が三五教の宣伝服を着ているのを見ると、ウラナイ教に戻るようにと説得するが、その間にも黒姫は手下の音公、勘公と言い争いを始める。
音公は実は、三五教の宣伝使・音彦であった。ウラナイ教に間者に入っていたことが明かされる。
黒姫は青彦と長い言い争いをする
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-09-30 16:46:56 文字数:6608 OBC :rm1618
愛善世界社版:211頁 八幡書店版:第3輯 478頁 修補版: 校定版:215頁 普及版:94頁 初版: ページ備考:
001 百(ひやく)日(にち)百夜(ひやくや)の一同(いちどう)が苦辛(くしん)惨憺(さんたん)の結果(けつくわ)、002漸(やうや)く建(た)ち上(あが)りし白木(しらき)の宮殿(きうでん)、003鎮祭式(ちんさいしき)も無事(ぶじ)に済(す)み一同(いちどう)直会(なほらひ)の宴(えん)にうつる。004今日(けふ)は正(しやう)月(ぐわつ)十五(じふご)日(にち)、005雪(ゆき)は鵞毛(がまう)と降(ふ)りしきり、006見渡(みわた)す限(かぎ)り一面(いちめん)の銀世界(ぎんせかい)、007天津(あまつ)日(ひ)の影(かげ)は地上(ちじやう)に光(ひかり)を投(な)げ、008玲瓏(れいろう)として乾坤(けんこん)一点(いつてん)の塵埃(ぢんあい)も留(とど)めず、009実(じつ)に美(うる)はしき天国(てんごく)の御園(みその)も斯(か)くやと思(おも)はるる許(ばか)りなり。
010 英子姫(ひでこひめ)は神霊(しんれい)鎮祭(ちんさい)の斎主(さいしゆ)を奉仕(ほうし)し悠々(いういう)として階段(かいだん)を降(くだ)り来(きた)るや、011忽(たちま)ち神霊(しんれい)に感(かん)じ神々(かうがう)しき姿(すがた)は弥(いや)が上(うへ)に威厳(ゐげん)備(そな)はり徐(おもむろ)に口(くち)を開(ひら)いて宣(の)り給(たま)ふやう、
012英子姫に懸かった天照大神『我(われ)は天照(あまてらす)大神(おほかみ)の和魂(にぎみたま)なり、013抑(そもそ)も当所(たうしよ)は綾(あや)の聖地(せいち)に次(つ)げる神聖(しんせい)の霊場(れいぢやう)にして天神(てんしん)地祇(ちぎ)の集(あつ)まり給(たま)ふ神界(しんかい)火水(ひみつ)の経綸場(けいりんぢやう)なり、014神界(しんかい)に於(お)ける天(あめ)の霊(ひ)の川(かは)の源泉(げんせん)にして宇宙(うちう)の邪気(じやき)を洗(あら)ひ清(きよ)め百(もも)の身魂(みたま)を神国(しんこく)に救(すく)ふ至厳(しげん)至聖(しせい)の神域(しんゐき)なり。015又(また)この東北(とうほく)に当(あた)つて大江山(おほえやま)あり、016此処(ここ)は神界(しんかい)の芥川(あくたがは)と称(しよう)し邪霊(じやれい)の集合(しふがふ)湧出(ゆうしゆつ)する源泉(げんせん)なれば霊(ひ)の川(かは)の霊泉(れいせん)を以(もつ)て世界(せかい)に氾濫(はんらん)せむとする濁悪(だくあく)汚穢(をくわい)の泥水(でいすゐ)を清(きよ)むべき使命(しめい)の地(ち)なり。017此(この)濁流(だくりう)の彼方(かなた)に天(あめ)の真名井(まなゐ)ケ岳(だけ)あり、018此処(ここ)は清濁(せいだく)併(あは)せ呑(の)む天地(てんち)の経綸(けいりん)を司(つかさど)る瑞(みづ)の御霊(みたま)の神々(かみがみ)の集(あつ)まる源泉(げんせん)なり。019豊国姫(とよくにひめ)の分霊(わけみたま)、020真名井(まなゐ)ケ岳(だけ)に天降(あまくだ)りミロク神政(しんせい)の経綸(けいりん)に任(にん)じ給(たま)ひつつあり、021されども曲神(まがかみ)の勢力(せいりよく)旺盛(わうせい)にして千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の妖術(えうじゆつ)を以(もつ)て豊国姫(とよくにひめ)が経綸(けいりん)を妨碍(ばうがい)せむとしつつあり。022汝(なんぢ)悦子姫(よしこひめ)、023之(これ)より大江山(おほえやま)の濁流(だくりう)を渡(わた)り真名井(まなゐ)ケ岳(だけ)に打向(うちむか)ひ百(もも)の曲霊(まがひ)を言向和(ことむけやは)し追(お)ひ払(はら)ひ吹(ふ)き清(きよ)めよ。024又(また)亀彦(かめひこ)、025英子姫(ひでこひめ)には神界(しんかい)に於(おい)て特別(とくべつ)の使命(しめい)あれば之(これ)より聖地(せいち)に向(むか)へ、026其(その)上(うへ)改(あらた)めて汝(なんぢ)に特別(とくべつ)使命(しめい)を与(あた)ふべし』
027と言葉(ことば)厳(おごそ)かに言挙(ことあ)げし給(たま)ひ忽(たちま)ち聞(きこ)ゆる微妙(びめう)の音楽(おんがく)と共(とも)に引(ひ)きとらせ給(たま)ひぬ。028アヽ尊(たふと)き哉(かな)皇(すめ)大神(おほかみ)の御(ご)神勅(しんちよく)よ。
029 茲(ここ)に亀彦(かめひこ)、030英子姫(ひでこひめ)は神勅(しんちよく)を奉(ほう)じ、031熊鷹(くまたか)、032石熊(いしくま)両人(りやうにん)を始(はじ)め数十(すうじふ)人(にん)の供人(ともびと)と共(とも)に、033聖地(せいち)に向(むか)ふ事(こと)となりぬ。034又(また)悦子姫(よしこひめ)、035青彦(あをひこ)は、036鬼彦(おにひこ)、037鬼虎(おにとら)の二人(ふたり)に、038四五(しご)の従者(じゆうしや)を伴(ともな)ひ谷川(たにがは)に禊(みそぎ)を修(しう)し宣伝歌(せんでんか)を唱(とな)へ乍(なが)ら大江山(おほえやま)の魔窟(まくつ)ケ原(はら)を打越(うちこ)え真名井(まなゐ)ケ岳(だけ)に向(むか)つて進(すす)む事(こと)になりける。
039 悦子姫(よしこひめ)は宮川(みやかは)の渓流(けいりう)を溯(さかのぼ)り、040険(けは)しき谷間(たにま)を右(みぎ)に跳(と)び、041左(ひだり)に渉(わた)り漸(やうや)くにして魔窟(まくつ)ケ原(はら)の中央(ちうあう)に進(すす)み入(い)り、042衣懸松(きぬかけまつ)の傍(そば)に立(た)ち止(と)まり見(み)れば、043百日前(ひやくにちぜん)に焼(や)け失(う)せたる高姫(たかひめ)の隠家(かくれが)は又(また)もや蔦葛(つたかづら)を結(むす)び、044新(あたら)しく同(おな)じ場所(ばしよ)に仮小屋(かりごや)が建(た)てられありたり。
045悦子姫(よしこひめ)『此(この)間(あひだ)妾(わたし)が高姫(たかひめ)に招(まね)かれて此(この)松(まつ)の下(した)へ来(く)ると、046間(ま)もなく火煙(くわえん)濛々(もうもう)と立昇(たちのぼ)り、047小屋(こや)の四方(しはう)八方(はつぱう)より猛烈(まうれつ)に紅蓮(ぐれん)の舌(した)を吐(は)いて瞬(またた)く内(うち)に舐尽(なめつく)し、048高姫(たかひめ)さま始(はじ)め此(この)青彦(あをひこ)さまも火鼠(ひねずみ)の様(やう)に、049彼(あ)の丸木橋(まるきばし)から青淵(あをふち)へ目蒐(めが)けて飛(と)び込(こ)まれた時(とき)の光景(くわうけい)は実(じつ)にお気(き)の毒(どく)なりし[※火事のエピソードは第16巻第8章「衣懸松」]。050その時(とき)妾(わたし)は高姫(たかひめ)さまの水(みづ)に溺(おぼ)れて苦(くる)しみ藻掻(もが)き居(を)られるのを、051真裸(まつぱだか)になりて救(すく)ひ上(あ)げた時(とき)、052高姫(たかひめ)さまに非常(ひじやう)に怒(おこ)られた事(こと)あり、053「妾(わたし)が勝手(かつて)に心地(ここち)よく水泳(すゐえい)をやつて居(ゐ)るのに、054真裸(まつぱだか)で飛(と)ンで来(き)て妾(わたし)の手(て)を引(ひ)ン握(にぎ)り、055ひつ張(ぱ)り上(あ)げるとは怪(け)しからぬ」と反対(あべこべ)に生命(いのち)を助(たす)けて怒(おこ)られた事(こと)あり、056あの一本橋(いつぽんばし)を見(み)ると其(その)時(とき)の光景(くわうけい)が今(いま)見(み)る様(やう)な』
057と述懐(じゆつくわい)を漏(もら)したり。
058青彦(あをひこ)『さうでしたな、059あの時(とき)に私(わたくし)も亀彦(かめひこ)さまが居(ゐ)なかつたら土左衛門(どざゑもん)になる処(ところ)でした。060真実(しんじつ)に生命(いのち)の親(おや)だと思(おも)つて心(こころ)の底(そこ)から感謝(かんしや)して居(ゐ)ました。061それに高姫(たかひめ)さまは私(わたくし)がお礼(れい)を申(まを)さうとすれば目(め)を縦(たて)にして睨(にら)むものですから、062つひお礼(れい)を申(まを)し上(あ)げず心(こころ)の裡(うち)に済(す)まぬ事(こと)ぢやと思(おも)つて居(ゐ)ました、063真実(ほんと)に負惜(まけをし)みの強(つよ)い方(かた)ですな』
064鬼彦(おにひこ)『ウラナイ教(けう)の奴(やつ)は皆(みな)アンナ者(もの)だよ、065向(むか)ふ意気(いき)の強(つよ)い、066負(まけ)ず嫌(ぎら)ひばかりが寄(よ)つて居(を)るから負(まけ)た事(こと)や弱(よわ)つた事(こと)は知(し)らぬ奴(やつ)だ、067悪(あく)と云(い)ふ事(こと)も知(し)らず本当(ほんたう)に片意地(かたいぢ)な教(をしへ)だ、068負(まけ)た事(こと)を知(し)らぬものに勝負(かちまけ)も無(な)ければ、069恥(はぢ)を知(し)らぬものに恥(はぢ)はない、070人間(にんげん)もああなれば強(つよ)いものだ、071否(いな)気楽(きらく)なものだ、072自分(じぶん)のする事(こと)は何事(なにごと)も皆(みな)善(ぜん)ときめてかかつて居(を)るのだから身魂(みたま)の立(た)て直(なほ)し様(やう)がありませぬ哩(わい)』
073青彦(あをひこ)『ヤア私(わたくし)も高姫(たかひめ)の強情(がうじやう)なには呆(あき)れて物(もの)が言(い)はれませぬ、074沓島(くつじま)で岩蓋(いはぶた)をせられた時(とき)にも私(わたくし)は消(き)え入(い)る様(やう)な思(おも)ひがして、075泣(な)くにも泣(な)かれず慄(ふる)うて居(ゐ)ましたが、076高姫(たかひめ)は豪気(がうき)なものです、077反対(あべこべ)に窮鼠(きうそ)却(かへつ)て猫(ねこ)を咬(か)む様(やう)な談判(だんぱん)をやるのですから呆(あき)れざるを得(え)ぬぢやありませぬか、078漸(やうや)く田辺(たなべ)に着(つ)いたと思(おも)へば暗(やみ)に紛(まぎ)れてドロンと消(き)え失(う)せ、079間(ま)もなく月(つき)の光(ひかり)に発見(はつけん)されて鬼武彦(おにたけひこ)に素首(そつくび)を掴(つか)まれ、080提(ひつさ)げられて長(なが)い道中(だうちう)を秋山彦(あきやまひこ)の館(やかた)まで連(つ)れ行(ゆ)かれ、081苦(くる)しいの、082苦(くる)しうないのつて、083息(いき)が切(き)れさうでしたよ、084それでも減(へ)らず口(ぐち)を叩(たた)いて太平楽(たいへいらく)を並(なら)べると云(い)ふ意地(いぢ)の悪(わる)い女(をんな)だから、085何処迄(どこまで)押(お)し尻(けつ)が強(つよ)いか分(わか)つたものぢやない。086如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の玉(たま)を大勢(おほぜい)の目(め)の前(まへ)で平気(へいき)の平左(へいざ)で自分(じぶん)の腹(はら)の中(なか)に呑(の)み込(こ)みて仕舞(しま)ひ、087終(しまひ)には煙(けぶり)の様(やう)に天井窓(てんじやうまど)から逃出(にげだ)すと云(い)ふ放(はな)れ業(わざ)をやるのだから、088化物(ばけもの)だか、089神(かみ)様(さま)だか、090魔(ま)だか、091素性(えたい)の知(し)れぬ痴者(しれもの)だ、092そして随分(ずゐぶん)口先(くちさき)の達者(たつしや)な事(こと)と言(い)つたら燕(つばめ)か雀(すずめ)の親方(おやかた)の様(やう)だ、093人(ひと)には交際(つきあ)つてみねば分(わか)らぬが、094あの剛腹(がうはら)の態度(たいど)と弁(べん)ちやらとに掛(かか)つたら、095大抵(たいてい)の男女(だんぢよ)は十(じふ)人(にん)が九(く)人(にん)迄(まで)やられて仕舞(しま)ふ、096本当(ほんたう)に巧(たくみ)な者(もの)だ、097其処(そこ)へ又(また)、098も一(ひと)つ弁舌(べんぜつ)の上手(じやうず)な黒姫(くろひめ)と言(い)ふのが始終(しじう)後(うしろ)について居(を)つて応援(おうゑん)をするものだから、099口(くち)八丁(はつちやう)手(て)八丁(はつちやう)悪(あく)八丁(はつちやう)と言(い)ふ豪(がう)の者(もの)に作(つく)りあげて仕舞(しま)つたのだ。100然(しか)しチヤンと此(この)焼(や)け跡(あと)に又(また)もや新(あたら)しい小屋(こや)が建(た)つて居(ゐ)る、101大方(おほかた)黒姫(くろひめ)の奴(やつ)、102後(あと)追(お)つかけて来(き)よつて焼(や)け跡(あと)に小屋(こや)を建(た)てて隠(かく)れて居(を)るのではあるまいか、103何処(どこ)までも執念深(しふねんぶか)いのはウラナイ教(けう)の宣伝使(せんでんし)だからな』
104鬼虎(おにとら)『一(ひと)つ調(しら)べてやりませうかい』
105鬼彦(おにひこ)『若(も)し黒姫(くろひめ)が居(を)つたら貴様(きさま)何(ど)うする、106又(また)舌(した)の先(さき)でチヨロチヨロと舐(なめ)られてグニヤグニヤとなりやせぬかな』
107鬼虎(おにとら)『何(なに)、108大丈夫(だいぢやうぶ)だよ、109鬼虎(おにとら)には鬼虎(おにとら)の虎(とら)の巻(まき)がある、110俺(おれ)の十一七(じふいちしち)番(ばん)を御(お)目(め)に懸(か)けてやるから悠(ゆる)りと見物(けんぶつ)をせい』
111 一同(いちどう)は路傍(ろばう)の恰好(かつかう)の石(いし)に腰掛(こしか)けて休息(きうそく)し乍(なが)ら雑談(ざつだん)に耽(ふけ)つて居(ゐ)る。112鬼虎(おにとら)は七八間(しちはちけん)許(ばか)り稍(やや)傾斜(けいしや)の道(みち)を下(くだ)り衣懸(きぬかけ)の松(まつ)の麓(ふもと)の藁小屋(わらごや)を外(そと)からソツと覗(のぞ)き、
113鬼虎(おにとら)『ヤア、114居(を)るぞ居(を)るぞ、115婆(ばば)が一匹(いつぴき)、116男(をとこ)が二匹(にひき)だ、117オイ婆(ばば)ア、118貴様(きさま)は何(なん)だ、119バラモン教(けう)か、120ウラナイ教(けう)か、121ウラル教(けう)か、122返答(へんたふ)致(いた)せ』
123 小屋(こや)の中(なか)より、
124婆(黒姫)『エー、125八釜(やかま)しい哩(わい)、126何処(どこ)の穀潰(ごくつぶ)しか知(し)らぬが新宅(しんたく)の成功祝(せいこういはひ)で、127グツスリ酒(さけ)を飲(の)みて暖(あたたか)い夢(ゆめ)を見(み)て居(ゐ)た処(ところ)だ、128大(おほ)きな声(こゑ)で目(め)を覚(さ)まさしよつてチツト人情(にんじやう)を知(し)らぬかい。129安眠(あんみん)妨害(ばうがい)で告発(こくはつ)するぞ』
130鬼虎(おにとら)『ヤア、131一寸(ちよつと)洒落(しやれ)て居(ゐ)やがる、132よう牛(うし)の様(やう)にツベコベと寝(ね)乍(なが)らねちねちと口(くち)を動(うご)かす奴(やつ)だ、133丸(まる)で高姫(たかひめ)か黒姫(くろひめ)みたいな餓鬼(がき)だ、134改心(かいしん)せぬと又(また)それ紅蓮(ぐれん)の舌(した)に舐(な)められて、135藁小屋(わらごや)は祝融子(しゆくゆうし)に見舞(みま)はれ全部(ぜんぶ)烏有(ういう)に帰(き)し、136頭(あたま)の毛(け)や着衣(ちやくい)に火(ひ)が延焼(えんせう)して一本橋(いつぽんばし)から身(み)を投(な)げて寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)、137十万(じふまん)億土(おくど)の旅立(たびだち)をせにやならぬ様(やう)になるぞ』
138 小屋(こや)の中(なか)より、
139婆(黒姫)『何処(どこ)の奴(やつ)か知(し)らぬが俺(わし)は貴様(きさま)の今(いま)言(い)うた黒姫(くろひめ)だよ、140名(な)は黒姫(くろひめ)でも顔(かほ)の色(いろ)はそれ今(いま)其処(そこ)らに降(ふ)つてる雪(ゆき)の様(やう)に白(しろ)い雪(ゆき)ン婆(ば)の様(やう)な心(こころ)の綺麗(きれい)なウラナイ教(けう)の宣伝使(せんでんし)ぢや、141此(この)沢山(たくさん)な雫(しづく)を掻(か)き別(わ)けて寒(さむ)い寒(さむ)い山道(やまみち)をうろつく奴(やつ)は余程(よほど)ゆきつまつたしろ物(もの)と見(み)える哩(わい)。142今日(けふ)らの日(ひ)に彷徨(さまよ)ふ奴(やつ)は家(いへ)の無(な)いもののする事(こと)ぢや、143田螺(たにし)でも蝸牛虫(でんでんむし)でも一(ひと)つは家(いへ)を持(も)つて居(ゐ)る、144家(いへ)無(な)しのド乞食(こじき)奴(め)が、145何(なん)とか、146彼(かん)とか言(い)ひよつて人(ひと)の処(ところ)の家(いへ)へ泊(と)めて貰(もら)はうと思(おも)つても……さうは往(ゆ)かぬぞ、147然(しか)し魚心(うをごころ)あれば水心(みづごころ)ありぢや、148俺(わし)の言(い)ふ事(こと)を聞(き)くのなら泊(と)めてやらぬ事(こと)は無(な)いわ、149それ程(ほど)寒(さむ)相(さう)に歯(は)の根(ね)も合(あ)はぬ程(ほど)、150カツカツ慄(ふる)ふよりも如何(どう)ぢや、151俺(わし)の結構(けつこう)な話(はなし)を聞(き)いて暖(あたたか)い火(ひ)にあたつて、152味(あぢ)の良(よ)い濁酒(どぶろく)でも鱈腹(たらふく)飲(の)みた方(はう)がましだらう、153世(よ)の中(なか)は馬鹿者(ばかもの)が多(おほ)いので此(この)雪(ゆき)の降(ふ)つてピユウピユウと顔(かほ)の皮(かは)が剥(む)ける様(やう)な風(かぜ)が吹(ふ)くのに、154下(くだ)らぬ宣伝歌(せんでんか)を涙(なみだ)交(まじ)りに謡(うた)ひよつても誰(たれ)が集(あつ)まつて聞(き)くものかい、155後(あと)から後(あと)から此(この)雪(ゆき)の様(やう)に冷(ひや)かされる一方(いつぱう)だ、156一(ひと)つ冷静(れいせい)に酒(さけ)の燗(かん)ドツコイ考(かんが)へて見(み)たが宜(よ)からうぞ』
157鬼虎(おにとら)『アハヽヽヽ、158オイ鬼彦(おにひこ)、159一寸(ちよつと)来(こ)い、160大分(だいぶ)に能(よ)うツベコベ吐(ぬか)す奴(やつ)ぢや、161高姫(たかひめ)の二代目(にだいめ)が居(を)りよる哩(わい)。162白姫(しろひめ)とか赤姫(あかひめ)とか吐(ぬか)す中年増(ちうどしま)の婆(ばば)ぢや、163一(ひと)つ此奴(こいつ)を、164真名井(まなゐ)ケ岳(だけ)に行(ゆ)く途中(とちう)の先登(せんとう)として言向(ことむ)け和(やは)したら面白(おもしろ)からうぞ』
165鬼彦(おにひこ)『ヤ、166さうか、167何(なん)でも婆(ばば)の潜(ひそ)みて居(ゐ)さうな藁小屋(わらごや)ぢやと思(おも)つた。168ドレドレ之(これ)から鬼彦(おにひこ)が応援(おうゑん)に出掛(でか)け様(やう)かい』
169 雪(ゆき)の中(なか)をザクザクと音(おと)させ乍(なが)ら小屋(こや)の側(そば)に寄(よ)り添(そ)ひソツと中(なか)を覗(のぞ)き、
170鬼彦(おにひこ)『ヤア、171居(を)る居(を)る、172此奴(こいつ)は何時(いつ)やら見(み)た事(こと)のある奴(やつ)ぢや。173随分(ずゐぶん)八釜(やかま)しい婆(ばば)ぢやぞ、174鈴(すず)の化物(ばけもの)見(み)た様(やう)な奴(やつ)ぢや』
175鬼虎(おにとら)『鈴(すず)か煤(すす)か知(し)らぬが何(なん)でも黒(くろ)い名(な)のつくババイババイ婆(ばば)宣伝使(せんでんし)だ。176オイ、177婆(ばば)ア、178一(ひと)つ貴様(きさま)の得意(とくい)の雄弁(ゆうべん)を振(ふる)つて天下(てんか)分(わ)け目(め)の舌鋒戦(ぜつぽうせん)でも開始(かいし)したら如何(どう)だ、179面白(おもしろ)いぞ』
180婆(ばば)(黒姫)『オイ、181音(おと)、182勘(かん)、183酒(さけ)に喰(くら)ひ酔(よ)うて何時迄(いつまで)寝(ね)て居(を)るのだ、184外(そと)には貴様(きさま)に合(あ)うたり叶(かな)うたりの荷担(にな)うたら棒(ぼう)が折(を)れる様(やう)なヒヨツトコ男(をとこ)が来(き)よつて、185百舌鳥(もず)の様(やう)に囀(さへづ)つて居(ゐ)る、186貴様(きさま)一(ひと)つ出(で)て舌戦(ぜつせん)をやらぬかいナ』
187音(おと)、188勘(かん)『ムヽヽヽ、189ムニヤムニヤムニヤ、190アヽア、191アー』(寝惚(ねぼ)け声(ごゑ)で)
192婆(ばば)(黒姫)『エー、193じれつたい、194欠伸(あくび)許(ばか)りして夜中(よなか)の夢(ゆめ)でも見(み)てるのかい、195もう午時(うまどき)ぢや、196早(はや)く起(お)きぬか』
197音公(おとこう)『午時(うまどき)か猫時(ねこどき)か知(し)らぬが二人(ふたり)がグツスリと猫(ねこ)を釣(つ)つて、198甘(うま)い物(もの)をドツサリ喰(く)つた夢(ゆめ)を見(み)てる時(とき)に、199アヽ偉(えら)い損(そん)をした、200十七八(じふしちはち)の頗(すこぶ)るのナイスが現(あら)はれて、201細(ほそ)い白(しろ)い柔(やはら)かい手(て)で目(め)を細(ほそ)うして「音(おと)さま、202一杯(いつぱい)」と盃(さかづき)をさして呉(く)れた最中(さいちう)に起(おこ)されて、203エーエ怪(け)つ体(たい)の悪(わる)い、204一生(いつしやう)取(と)り返(かへ)しのならぬ大損害(だいそんがい)だ、205生(うま)れてから見(み)た事(こと)もない様(やう)なナイスにお給仕(きふじ)をして貰(もら)ふ時(とき)の心持(こころもち)と言(い)つたら天国(てんごく)浄土(じやうど)に行(い)つても、206夢(ゆめ)でなくては有(あ)りさうもない、207アヽア、208嬉(うれ)しかつた嬉(うれ)しかつた』
209婆(ばば)(黒姫)『オイ、210音(おと)、211何(なに)をお前(まへ)は惚(とぼ)けて居(を)るのだい、212チツト確(しつか)りしなさらぬか、213戸(と)を開(あ)けて外(そと)を見(み)なさい、214沢山(たくさん)の耄碌(まうろく)がやつて来(き)て今(いま)此(この)黒姫(くろひめ)の舌鋒(ぜつぽう)に刺(さ)されて、215ウラナイ教(けう)に帰順(きじゆん)せむとする準備(じゆんび)の最中(さいちう)だ、216サアサア勘公(かんこう)も起(お)きたり起(お)きたり』
217 婆(ばば)はノソリノソリと小屋(こや)を立(た)ち出(い)で、
218婆(黒姫)『ヤア誰(たれ)かと思(おも)へば青彦(あをひこ)も其処(そこ)に居(を)るのか、219コレヤ、220マア如何(どう)したのだ、221何時(いつ)の間(ま)に三五教(あななひけう)に這入(はい)りよつたのだ、222宣伝使(せんでんし)の服(ふく)が変(かは)つて居(を)るぢやないか、223サア早(はや)く脱(ぬ)ぎ捨(す)ててウラナイ教(けう)の教服(けうふく)と更(か)へるのだよ』
224青彦(あをひこ)『これはこれは黒姫(くろひめ)先生(せんせい)、225憚(はばか)り乍(なが)ら今日(こんにち)の青彦(あをひこ)は最早(もはや)百日前(ひやくにちぜん)の青彦(あをひこ)とは趣(おもむき)が違(ちが)つて居(ゐ)ますから、226その積(つも)りで物(もの)を言(い)つて貰(もら)ひませぬと、227某(それがし)聊(いささ)か迷惑(めいわく)の至(いた)りだよ』
228婆(ばば)(黒姫)『オホヽヽヽ、229猫(ねこ)の眼(め)の玉(たま)の様(やう)に、230能(よ)う変(かは)る灰猫(はひねこ)野郎(やらう)だな、231そこに居(を)る女(をんな)宣伝使(せんでんし)は此(この)間(あひだ)来(き)た悦子姫(よしこひめ)と言(い)ふ破(やぶ)れ宣伝使(せんでんし)だらう、232ソンナ者(もの)に従(つ)いて歩(ある)いて何(なに)になるか、233チツトお前(まへ)も物(もの)の道理(だうり)を考(かんが)へて利害(りがい)得失(とくしつ)を弁(わきま)へたが宜(よ)からうぞ、234オホヽヽヽ』
235勘公(かんこう)『皆(みな)さま、236ソンナ処(ところ)へ腰(こし)掛(か)けて居(を)らずに、237トツトとお這入(はい)りなさいませ、238内(うち)はホラホラ外(と)はスウスウぢや、239随分(ずゐぶん)広(ひろ)い間(ま)がありますよ』
240婆(ばば)(黒姫)『コレヤ、241勘公(かんこう)よ、242能(よ)う勘考(かんかう)してものを言(い)はぬかい、243主人(しゆじん)の黒姫(くろひめ)にも応(こた)へずに僕(しもべ)の分際(ぶんざい)として勝手(かつて)にお這入(はい)り下(くだ)さいとはソレヤ何(なに)を言(い)ふのか、244アンナ者(もの)を一緒(いつしよ)に入(い)れたら丸(まる)で爆弾(ばくだん)を詰(つ)めた様(やう)なものぢや、245何処(どこ)から破裂(はれつ)致(いた)すやら分(わか)つたものぢやないぞ』
246勘公(かんこう)『爆弾(ばくだん)でも何(なん)でも宜(よ)いぢやありませぬか、247先方(むかう)の爆弾(ばくだん)をソツと此方(こちら)へ占領(せんりやう)して使(つか)ふのが妙案(めうあん)奇策(きさく)、248敵(てき)の糧(かて)を以(もつ)て敵(てき)を制(せい)する六韜(りくたう)三略(さんりやく)の兵法(へいはふ)で御座(ござ)る、249アハヽヽヽ』
250婆(ばば)(黒姫)『お前(まへ)の兵法(へいはふ)は矢張(やつぱり)屁(へ)の様(やう)な物(もの)だ、251匂(にほ)ひも無(な)ければ音(おと)もこたへず、252音公(おとこう)と同(おな)じ様(やう)な掴(つか)まへ所(どころ)の無(な)い人三(にんさん)化七(ばけしち)ぢや』
253音公(おとこう)『これこれ、254黒姫(くろひめ)のチヤアチヤアさま、255音公(おとこう)の様(やう)な者(もの)とは、256ソレヤ何(なに)を証拠(しようこ)に言(い)ふのだ、257チヤアチヤア吐(ぬか)すと量見(りやうけん)せぬぞ、258世界(せかい)一目(ひとめ)に見(み)え透(す)く竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)ぢやぞと、259明(あ)けても暮(く)れても口癖(くちぐせ)の様(やう)に自慢(じまん)して居(を)るが、260現在(げんざい)足許(あしもと)に居(を)る此(この)音(おと)さまを誰(たれ)だと思(おも)つて居(を)るのか、261明(あ)き盲目(めくら)だな、262三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)音彦司(おとひこつかさ)とは此方(こなた)の事(こと)だぞ』
263婆(ばば)(黒姫)『音(おと)に名高(なだか)い音彦(おとひこ)の宣伝使(せんでんし)と言(い)ふのはお前(まへ)の事(こと)か、264オツト、265ドツコイ、266音(おと)に聞(き)いた程(ほど)も無(な)い見劣(みおと)りした腰抜(こしぬ)け野郎(やらう)だ、267水(みづ)の中(なか)でおとした屁(へ)の様(やう)な男(をとこ)(音公(おとこう))だな、268斯(こ)ンなガラクタ男(をとこ)が三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)だなぞと本当(ほんたう)におとましい哩(わい)、269生(うま)るる時(とき)に母親(ははおや)の腹(はら)の中(なか)で肝腎(かんじん)な、270目(め)に見(み)えぬものをおとして来(き)た様(やう)な間抜(まぬ)けた顔付(かほつき)をしよつて、271宣伝使(せんでんし)の何(なん)のつて、272雪隠虫(せんちんむし)が聞(き)いて呆(あき)れますぞえ、273宣伝使(せんでんし)ぢや無(の)うて雪隠虫(せんちんむし)ぢやらう、274オホヽヽヽ』
275音彦(おとひこ)『エー、276仕方(しかた)のない剛情(がうじやう)な婆(ばば)ばかりウラナイ教(けう)には寄(よ)つて居(ゐ)やがるな』
277婆(ばば)(黒姫)『きまつた事(こと)ぢや、278お前(まへ)も余(よ)つ程(ぽど)の馬鹿(ばか)人足(にんそく)だな、279今頃(いまごろ)に瘧(おこり)が落(お)ちた様(やう)な顔(かほ)しよつて、280「剛情(がうじやう)な奴(やつ)ばかりウラナイ教(けう)は寄(よ)つて居(ゐ)やがるな」なぞとソンナ迂(うと)い気(き)の利(き)かぬ事(こと)でウラナイ教(けう)の間者(かんじや)に這入(はい)つたつて何(なに)が成功(せいこう)するものか、281此(この)黒姫(くろひめ)は此奴(こいつ)一癖(ひとくせ)ある間抜(まぬ)けだと思(おも)つて、282知(し)らぬ顔(かほ)で居(を)れば良(よ)い気(き)になりよつて何(なに)を言(い)ふのだ、283貴様(きさま)の面(つら)を見(み)い、284世界一(せかいいち)の大(おほ)馬鹿者(ばかもの)、285三五教(あななひけう)の腰抜(こしぬ)け野郎(やらう)と貴様(きさま)の寝(ね)てる間(ま)に此(この)黒姫司(くろひめつかさ)が墨(すみ)黒々(くろぐろ)と書(か)いて置(お)いた、286それも知(し)らずに偉相(えらさう)に言(い)ふな、287鍋(なべ)の尻(しり)の様(やう)な面(つら)になりよつて、288お前(まへ)も余(よ)つ程(ぽど)くろう好(ず)きぢやと見(み)える、289「心(こころ)からとて吾(わが)郷(さと)離(はな)れ、290知(し)らぬ他国(たこく)で苦労(くらう)する」とはお前(まへ)の様(やう)な馬鹿者(ばかもの)の境遇(きやうぐう)を剔抉(てつけつ)して余蘊(ようん)なしだ、291ホヽヽヽ、292それに付(つ)けても青彦(あをひこ)の奴(やつ)、293何(なん)の態(ざま)ぢや、294日蔭(ひかげ)に育(そだ)つた瓢箪(へうたん)の様(やう)な面(つら)をして結構(けつこう)なウラナイ教(けう)の神(かみ)様(さま)に屁(へ)をかがしたか、295かかさぬか、296…………ド拍子(べうし)の抜(ぬ)けたシヤツ面(つら)を此(この)寒空(さむぞら)に曝(さら)し、297瑞(みづ)の霊(みたま)と言(い)ふ冷(つめ)たい名(な)の付(つ)いた奴(やつ)の教(をしへ)を有難(ありがた)相(さう)に聞(き)きよつて、298蒟蒻(こんにやく)の化物(ばけもの)の様(やう)にビリビリ慄(ふる)ひ歩(ある)く地震(ぢしん)の化物(ばけもの)奴(め)、299チツと胸(むね)に手(て)を当(あ)てて自身(じしん)の心(こころ)を考(かんが)へて見(み)よ』
300青彦(あをひこ)『大(おほ)きに憚(はばか)り様(さま)、301何(ど)うせ青彦(あをひこ)と黒姫(くろひめ)は名(な)からして色彩(しきさい)が違(ちが)ふから反(そり)が合(あひ)ませぬ哩(わい)。302黒(くろ)い黒(くろ)い顔(かほ)に石灰釜(いしばひがま)の鼬(いたち)見(み)たように、303ドツサリと白粉(おしろい)をコテコテ塗(ぬ)りたて、304丸(まる)で此処(ここ)にある焼杭木(やけぼつくひ)に雪(ゆき)が積(つも)つた様(やう)なものだ。305五十(ごじふ)の尻(けつ)を作(つく)りよつて白髪(しらが)を染(そ)めたり、306顔(かほ)を塗(ぬ)つたりしたつて皺(しわ)は隠(かく)れはせぬぞ、307若(わか)い者(もの)の真似(まね)をして若(わか)相(さう)に見(み)せ様(やう)と思(おも)つても雪隠(せんちん)の洪水(こうずゐ)で糞(ばば)浮(う)きぢや、308汚(きたな)いばかりぢや、309良(よ)い加減(かげん)に改心(かいしん)せぬかい』
310婆(ばば)(黒姫)『俺(おれ)が顔(かほ)に白粉(おしろい)をつけて居(を)るのが何(なに)が可笑(をか)しい、311何事(なにごと)も隅(すみ)から隅(すみ)まで前(まへ)にも気(き)をつけおしろいにも手(て)を廻(まは)して抜目(ぬけめ)の無(な)い教(をしへ)と言(い)ふ印(しるし)に白粉(おしろい)をつけて居(を)るのだ、312貴様(きさま)は尾白(をしろ)い狐(きつね)に魅(つま)まれよつてウロウロとうろついてるのだな、313娑婆(しやば)幽霊(いうれい)の死損(しにぞこ)なひ奴(め)が』
314青彦(あをひこ)『娑婆(しやば)幽霊(いうれい)の死損(しにぞこ)なひとは貴様(きさま)の事(こと)だよ、315人生(じんせい)は僅(わづ)か五十(ごじふ)年(ねん)、316五十(ごじふ)の坂(さか)を越(こ)えよつて白粉(おしろい)をつけて俏(やつ)した処(ところ)で地獄(ぢごく)の鬼(おに)は惚(ほ)れては呉(く)れはせぬぞ、317三途川(せうづがは)の鬼婆(おにばば)の姉妹(きやうだい)と取(と)り違(ちが)へられて、318冥土(めいど)に行(い)つても又(また)大々(だいだい)的(てき)排斥(はいせき)をせらるるのは判(はん)を捺(お)した様(やう)なものだ、319本当(ほんたう)に困(こま)つた婆(ばば)だな、320執着心(しふちやくしん)の強(つよ)い粘着(ねんちやく)の深(ふか)い、321着(つ)いたら離(はな)れぬと言(い)ふ牛蝨(だに)の様(やう)な代物(しろもの)だ、322如何(どう)ぞして結構(けつこう)な三五教(あななひけう)に救(すく)うてやり度(た)いと思(おも)つて居(を)るのだが、323もう斯(か)うなりては駄目(だめ)かな、324耳(みみ)は蛸(たこ)になり目(め)は木(き)の節穴(ふしあな)の様(やう)に硬化(かうくわ)して仕舞(しま)ひ、325口(くち)ばつかり無病(むびやう)健全(けんぜん)と言(い)ふ代物(しろもの)だから、326如何(どう)しても見込(みこ)みがつかぬ哩(わい)』
327婆(ばば)(黒姫)『エー、328ツベコベと世迷(よま)ひ言(ごと)を能(よ)う囀(さへづ)る男(をとこ)だ、329初(はじ)めには三五教(あななひけう)が結構(けつこう)だと言(い)つて涙(なみだ)を零(こぼ)し、330洟(はな)まで垂(た)らして有難(ありがた)がり、331次(つぎ)には三五教(あななひけう)は薩張(さつぱ)り駄目(だめ)だ、332瑞(みづ)の霊(みたま)の不可解(ふかかい)な行動(かうどう)が腑(ふ)に落(お)ちぬ、333もうもう愛想(あいさう)がつきた、334三五教(あななひけう)のあの字(じ)を聞(き)いても胸(むね)が悪(わる)いと言(い)ひよつて、335此(この)黒姫(くろひめ)の紹介(せうかい)でウラナイ教(けう)にヤツと拾(ひろ)ひ上(あ)げ、336もう何(ど)うなり斯(か)うなり一人(ひとり)歩(ある)きが出来(でき)る様(やう)になつたと思(おも)へば又(また)もや変心病(へんしんびやう)を出(だ)しよつて、337「矢張(やつぱ)りウラナイ教(けう)は駄目(だめ)だ、338先(せん)の嬶(かかあ)は嘘(うそ)はつかぬ哩(わい)、339三五教(あななひけう)の御(ご)神力(しんりき)が強(つよ)い」と、340萍(うきぐさ)の様(やう)な心(こころ)になつて、341風(かぜ)が東(ひがし)から吹(ふ)けば西(にし)に漂(ただよ)ひ、342西(にし)から吹(ふ)けば東(ひがし)の岸(きし)に漂着(へうちやく)すると言(い)ふ漂着者(へうちやくもん)だ、343ソンナ事(こと)で神(かみ)様(さま)の御(お)蔭(かげ)が貰(もら)へるか、344終始(しうし)一貫(いつくわん)、345不変(ふへん)不動(ふどう)、346岩(いは)をも射抜(いぬ)く梓弓(あづさゆみ)、347行(ゆ)きて帰(かへ)らぬ強(つよ)き信仰(しんかう)を以(もつ)て神(かみ)に仕(つか)ふるのが万物(ばんぶつ)の霊長(れいちやう)たる人間(にんげん)の意気(いき)だよ、348能(よ)うフラフラと変(かは)る瓢六玉(へうろくだま)だ、349アヽ可憐相(かはいさう)な者(もの)だ、350ヤア哀(あはれ)なものだなア、351オホヽヽヽ』
352青彦(あをひこ)『何(なに)を言(い)ひよるのだ、353コラ黒姫(くろひめ)、354貴様(きさま)だつて三五教(あななひけう)は結構(けつこう)だ、355広(ひろ)い世界(せかい)にコンナ誠(まこと)の教(をしへ)があらうかと言(い)ひよつて、356今迄(いままで)信(しん)じて居(ゐ)たバラモン教(けう)を弊履(へいり)を捨(す)つるが如(ごと)く念頭(ねんとう)より放棄(はうき)し、357今(いま)又(また)ウラナイ教(けう)の高姫(たかひめ)の参謀(さんぼう)になりよつたと思(おも)つて、358偉相(えらさう)な事(こと)を言(い)ふない。359お猿(さる)の尻笑(しりわら)ひと言(い)ふのは貴様(きさま)の事(こと)ぢや、360オヽそれそれ猿(さる)で思(おも)ひ出(だ)した、361猿(さる)と言(い)ふ奴(やつ)はかく事(こと)の上手(じやうず)な奴(やつ)ぢや、362貴様(きさま)は高姫(たかひめ)の筆先(ふでさき)だとか、363何(なん)とか折(を)れ釘(くぎ)の行列(ぎやうれつ)の様(やう)な、364柿(かき)のへたの様(やう)なものを毎日(まいにち)、365日(ひ)にち写(うつ)しよつて、366それを唯一(ゆゐいつ)の武器(ぶき)と恃(たの)み、367鬼(おに)の首(くび)を篦(へら)でかき切(き)つた様(やう)な心持(こころもち)になつて、368世界中(せかいぢう)の誠(まこと)の信者(しんじや)の信仰(しんかう)をかき廻(まは)すと言(い)ふ、369さるとはさるとは困(こま)つた代物(しろもの)だよ、370猿(さる)が餅(もち)搗(つ)くお亀(かめ)がまぜると言(い)ふ事(こと)がある、371コラ猿婆(さるばば)貴様(きさま)の舌端(ぜつたん)に火(ひ)を吐(は)いて言向(ことむ)け和(やは)した信者(しんじや)の持(も)ち場(ば)を、372青彦(あをひこ)の宣伝使(せんでんし)が之(これ)からかき廻(まは)すのだから、373マアマア精(せい)出(だ)して活動(くわつどう)するが良(よ)い哩(わい)、374貴様(きさま)は三五教(あななひけう)の先走(さきばし)りだ、375イヤ、376もう御(ご)苦労(くらう)のお役(やく)だ、377霊魂(みたま)の因縁(いんねん)に依(よ)つて悪(あく)の御用(ごよう)に廻(まは)されたと思(おも)へば寧(むし)ろお気(き)の毒(どく)に堪(た)へぬワイ、378アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)、379叶(かな)はぬから霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)、380アハヽヽヽ』
381(大正一一・四・一六 旧三・二〇 北村隆光録)
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