霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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総説(そうせつ)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第58巻 真善美愛 酉の巻 篇:前付 よみ(新仮名遣い):
章:総説 よみ(新仮名遣い):そうせつ 通し章番号:
口述日:1923(大正12)年03月28日(旧02月12日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年6月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
大本神諭には『生まれ赤児の混じりのない心にならねば神の誠の大精神は判らぬぞよ』と示されてある。また仏教には、『菩薩は常に安穏ならしめむことを楽ひて法を説け』とある。安穏にして法を説くというのは、老幼婦女子にも解し易いように卑近の例を引いて平易簡単にして、ただちにその精神に了解できるように説け、という意である。
この物語もまた神示に従いなるべく平易なる文句で説き、卑近な言語を使用して神明の深き大御心を悟らしめんと務めている。もって、学者紳士の読み物として適当としないものたるは、もとより覚悟の上である。
一人なりとも多数の人々に解し易く徹底し易からしめんと欲する至情より口述したものである。また本物語の読者を決して、今日のいわゆる知識階級に求めようとするのではありません。愚者無学者弱者のために編著したものであります。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:510 OBC :rm580002
愛善世界社版:3頁 八幡書店版:第10輯 372頁 修補版: 校定版:3頁 普及版:1頁 初版: ページ備考:
001 聖言(せいげん)に曰(い)ふ『神(かみ)は最(もつと)も弱(よわ)き者(もの)、002小(ちひ)さき者(もの)、003及(およ)び愚(おろか)なるものに真理(まこと)を覚(さと)し玉(たま)ふ』とあり。004大本(おほもと)神諭(しんゆ)に曰(いは)く『生(うま)れ赤児(あかご)の混(まじ)りの無(な)い心(こころ)にならねば神(かみ)の誠(まこと)の大精神(だいせいしん)は判(わか)らぬぞよ』と示(しめ)されあり、005仏教(ぶつけう)には『難問(なんもん)する所(ところ)あれば小乗(せうじやう)の法(はふ)を以(もつ)て答(こた)えざれ、006但(ただし)大乗(だいじやう)を以(もつ)て為(ため)に解脱(げだつ)して一切(いつさい)種智(しゆち)を得(え)せしめよ、007云々(うんぬん)』008『菩薩(ぼさつ)は常(つね)に安穏(あんのん)ならしめむことを楽(ねが)ひて法(はふ)を説(と)け、009云々(うんぬん)』とあり。010大乗(だいじやう)に非(あ)らざれば覚(さと)り得(え)ざる如(ごと)き学盲者(がくまうじや)は只(ただ)その種智(しゆち)を得(う)るに過(す)ぎない。011決(けつ)して天国(てんごく)の愛(あい)と善(ぜん)、012信(しん)と真(しん)との光明(くわうみやう)霊徳(れいとく)に浴(よく)する事(こと)は出来(でき)ないものである。013安穏(あんのん)にして法(はふ)を説(と)けとは老幼(らうえう)婦女子(ふぢよし)にも解(かい)し易(やす)きやう極(きは)めて卑近(ひきん)の例(れい)を引(ひ)き、014平易(へいい)簡単(かんたん)にして直(ただ)ちにその精神(せいしん)を諒解(りやうかい)し得(え)らるるやうに説(と)けとの意(い)である。015この物語(ものがたり)も亦(また)神示(しんじ)に従(したが)ひ可成的(なるべく)平易(へいい)なる文句(もんく)にて説(と)き、016卑近(ひきん)なる言語(げんご)を使用(しよう)して神明(しんめい)の深(ふか)き大御心(おほみこころ)を悟(さと)らしめむと努(つと)めたるを以(もつ)て、017学者(がくしや)紳士(しんし)の読物(よみもの)としては適当(てきたう)しないものたるは素(もと)より覚悟(かくご)の前(まへ)である。018一人(ひとり)なり共(とも)多数(たすう)の人々(ひとびと)に解(かい)し易(やす)く徹底(てつてい)し易(やす)からしめむと欲(ほつ)する至情(しじやう)より口述(こうじゆつ)せしものであります。019又(また)本(ほん)物語(ものがたり)は読者(どくしや)を決(けつ)して今日(こんにち)の所謂(いはゆる)知識(ちしき)階級(かいきふ)に求(もと)めやうとするのでは有(あ)りませぬ。020愚者(ぐしや)無学者(むがくしや)弱者(じやくしや)のため編著(へんちよ)したものであります。
021   大正十二年三月卅日
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