霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一五章 哀別(あいべつ)〔一四九〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第58巻 真善美愛 酉の巻 篇:第3篇 千波万波 よみ(新仮名遣い):せんぱばんぱ
章:第15章 哀別 よみ(新仮名遣い):あいべつ 通し章番号:1490
口述日:1923(大正12)年03月29日(旧02月13日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年6月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
玉国別一行は初稚丸を猩々島の磯辺に付けた。見れば、大なる猩々が人間とも猿ともわからぬ子を抱いている。その傍には髯をむしゃむしゃと生やした人間が立っている。
伊太彦の呼びかけに、バーチルは答えて身の上を話しだした。猩々たちは人間たちがたくさんやってきたので遠巻きにして様子をうかがっている。
玉国別はバーチルとの間に子をなした猩々を憐れに思い、一緒に船に乗せて帰ることはできないかと聞いた。バーチルは、この猩々の女王は自分の群れを島のさまざまな危険から守っているため、仲間を捨てて人間と共に島を出ることはないだろうと答えた。
ともあれ、バーチルを故郷に帰すことになった。バラモン組のヤッコス、サボール、ハールの三人が猩々の子供らを追いかけて遊んでいる間に、初稚丸はバーチルを乗せて島を離れた。
猩々の女王はバーチルが去っていくのを見て悲鳴を上げ、子供を示してバーチルの帰還を促したが、バーチルが帰ってこないのを悟ると、子供を絞め殺して自分も藤蔓に重い石をくくりつけて入水してしまった。この惨状を船上から見て、玉国別の一行は悲嘆にくれた。
ヤッコス、サボール、ハールの三人は自分たちが置いて行かれたことに気が付いて磯端で地団太を踏んで叫んでいる。メートとダルの二人は、悪事を企んだ報いだと三人を嘲笑した。初稚丸は西南指して進んで行く。
船上の一行は、猩々島での一件を述懐の歌にそれぞれ歌いこんだ。船は潮流に乗って進んでいたが、イールは船が魔の海の潮流に流れ込み、方向転換ができないことを告げた。バーチルの故郷・スマの港には遠回りになるが、それほど危険はないことを宣伝使たちに報告した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:4221 OBC :rm5815
愛善世界社版:178頁 八幡書店版:第10輯 434頁 修補版: 校定版:190頁 普及版:71頁 初版: ページ備考:
001 玉国別(たまくにわけ)の一行(いつかう)は初稚丸(はつわかまる)を猩々島(しやうじやうじま)の磯辺(いそべ)につけ、002よくよく見(み)れば、003勝(すぐ)れて大(だい)なる猩々(しやうじやう)が、004人間(にんげん)とも猿(さる)とも知(し)れぬ子(こ)を抱(だ)いて居(ゐ)る。005傍(そば)に髯(ひげ)むしやむしやと生(は)えた、006人間(にんげん)か猿(さる)か分(わか)らぬ人間(にんげん)が一人(ひとり)立(た)つて居(ゐ)る。007伊太彦(いたひこ)は其(その)男(をとこ)に向(むか)つて、
008伊太(いた)『オイ其処(そこ)に立(た)つて居(ゐ)るのは人間(にんげん)か、009人間(にんげん)ならものを云(い)つて呉(く)れ』
010 バーチルは三年振(さんねんぶ)りで人間(にんげん)の顔(かほ)を見(み)、011人間(にんげん)の声(こゑ)を聞(き)いて、012懐(なつか)しさ嬉(うれ)しさに、013涙(なみだ)をハラハラと流(なが)した。014そして、
015バーチル『ハイ私(わたくし)は人間(にんげん)です。016どうか助(たす)けて下(くだ)さい、017三(さん)年(ねん)以前(いぜん)に此(この)島(しま)に漂着(へうちやく)し、018此(こ)の通(とほ)り猩々(しやうじやう)の群(むれ)と一緒(いつしよ)に淋(さび)しい生活(せいくわつ)を送(おく)つて居(を)りました』
019伊太(いた)『ヤア、020そいつは奇妙(きめう)な話(はなし)だ、021深(ふか)い様子(やうす)があるだらう。022兎(と)も角(かく)、023とつくりと聞(き)かして貰(もら)はう。024もし先生(せんせい)、025こいつは一(ひと)つ上陸(じやうりく)して見(み)ませう。026ひよつとしたら宝石(はうせき)の島(しま)かも知(し)れませぬぞや』
027玉国(たまくに)『ウン、028兎(と)も角(かく)上陸(じやうりく)して、029様子(やうす)を探(さぐ)つて見(み)よう。030サア皆(みな)さま一同(いちどう)上陸(じやうりく)しなさい』
031と云(い)ひ乍(なが)ら、032ポイと飛(と)んで磯辺(いそばた)に降(くだ)つた。033続(つづ)いて一同(いちどう)は船頭(せんどう)を残(のこ)したまま、034皆(みな)好奇心(かうきしん)にかられて上(あが)つて来(き)た。035猩々(しやうじやう)は沢山(たくさん)の凛々(りり)しい男(をとこ)がやつて来(き)たので、036稍(やや)怯気(おぢけ)を生(しやう)じ、037猩々(しやうじやう)の王(わう)は児(こ)を抱(だ)いて七八間(しちはちけん)も後(あと)に退(しりぞ)き、038首(くび)を傾(かた)げて様子(やうす)を考(かんが)へて居(ゐ)る。039沢山(たくさん)の小猿(こざる)は一緒(いつしよ)に集(あつ)まつてキャキャ云(い)ひ乍(なが)ら瞬(またた)きもせず、040瞠(みつ)めて居(ゐ)る。
041玉国(たまくに)『アア、042お前(まへ)さまはどこの人(ひと)ですか。043どうしてまアこんな離(はな)れ島(じま)に猩々(しやうじやう)なんかと同棲(どうせい)して居(ゐ)たのです。044一通(ひととほ)り話(はな)して見(み)て下(くだ)さい。045私(わたし)は三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)、046人(ひと)を助(たす)けるのが役(やく)です。047決(けつ)して御(お)案(あん)じなさるやうな人間(にんげん)ぢや厶(ござ)いませぬ。048安心(あんしん)してお話(はなし)を願(ねが)ひます』
049バーチル『ハイ、050有難(ありがた)う厶(ござ)います。051私(わたくし)はイヅミの国(くに)、052スマの里(さと)の首陀(しゆだ)で、053バーチルと申(まを)す百姓(ひやくしやう)で厶(ござ)いますが、054大変(たいへん)漁(れふ)が好(す)きな所(ところ)より、055荒(あ)れ模様(もやう)の海(うみ)を犯(をか)して僕(しもべ)と共(とも)に三(さん)年(ねん)以前(いぜん)に湖中(こちう)遠(とほ)く漁(すなどり)をやつて居(を)りますと、056俄(にはか)に暴風(しけ)に遇(あ)ひ船体(せんたい)は浪(なみ)にのまれ、057私(わたくし)はお蔭(かげ)で此(この)島(しま)につき、058猩々(しやうじやう)の王(わう)に助(たす)けられ今日(けふ)迄(まで)命(いのち)を保(たも)つて参(まゐ)りました。059嘸(さぞ)国元(くにもと)には女房(にようばう)が心配(しんぱい)して居(ゐ)る事(こと)で厶(ござ)いませう。060何卒(どうぞ)お助(たす)けをお願(ねが)ひ致(いた)します』
061玉国(たまくに)『成程(なるほど)それは御(ご)難儀(なんぎ)でしたらう。062もう斯(か)うなる上(うへ)は御(ご)心配(しんぱい)なさるな。063此(この)船(ふね)に貴方(あなた)を救(すく)ふて帰(かへ)りませう』
064バーチル『ハイ、065何分(なにぶん)宜敷(よろし)くお願(ねが)ひ申(まをし)ます。066三(さん)年(ねん)以来(いらい)此(この)島(しま)で猩々(しやうじやう)に助(たす)けられ食物(しよくもつ)に不自由(ふじゆう)は致(いた)しませぬが、067何(なに)を云(い)ふても相手(あひて)が畜生(ちくしやう)の事(こと)、068言葉(ことば)が通(つう)じないので困(こま)りました』
069 かく話(はな)す折(をり)、070猩々(しやうじやう)の王(わう)は赤(あか)ン坊(ばう)を抱(だ)いて其(その)場(ば)に現(あら)はれ来(きた)り、071児(こ)を指(ゆびさ)しては分(わか)らぬ事(こと)をキャキャと叫(さけ)んで居(ゐ)る。072伊太彦(いたひこ)はつくづくと其(その)子(こ)を見(み)て、
073伊太(いた)『アア此(この)児(こ)は人間(にんげん)と猿(さる)との混血児(あひのこ)ぢやな。074ハハア妙(めう)な事(こと)があるものだ。075若(も)しバーチルさま、076こりやお前(まへ)さまと猩々(しやうじやう)さまとの中(なか)に出来(でき)た鎹(かすがひ)ぢやなからうなア』
077バーチル『ハイ、078実(じつ)にお恥(はづ)かしい事(こと)で厶(ござ)いますが、079あの猩々(しやうじやう)の王(わう)と夫婦(ふうふ)になつたお蔭(かげ)で、080今日(けふ)迄(まで)命(いのち)が保(たも)てたので厶(ござ)います。081因果(いんぐわ)の種(たね)が宿(やど)つてあのやうな児(こ)が出来(でき)ました。082実(じつ)に困(こま)つたもので厶(ござ)います。083畜生(ちくしやう)の腹(はら)に出来(でき)たとは云(い)ひ乍(なが)ら私(わたくし)も実(じつ)に未練(みれん)が残(のこ)ります。084併(しか)しあんなものを連(つ)れて帰(かへ)る訳(わけ)にも参(まゐ)りませず、085又(また)猩々(しやうじやう)の女房(にようばう)を連(つ)れて帰(かへ)る訳(わけ)にも参(まゐ)りませぬ。086実(じつ)に畜生(ちくしやう)と云(い)ひながら親切(しんせつ)なもので厶(ござ)います。087国(くに)へ帰(かへ)りたいは山々(やまやま)で厶(ござ)いますが、088斯(か)う云(い)へばお笑(わら)ひなさるか知(し)れませぬが、089実(じつ)にあの猩々(しやうじやう)が可愛(かあい)さうです』
090玉国(たまくに)『実(じつ)にお察(さつ)し申(まを)します。091こりや可愛(かあい)さうな事(こと)だ。092バーチルさまを連(つ)れて帰(かへ)れば家(いへ)の奥(おく)さまはお喜(よろこ)びなさるだらうが、093第二(だいに)夫人(ふじん)の猩々姫(しやうじやうひめ)の心(こころ)が察(さつ)せらるる。094何(なん)とかして連(つ)れて帰(かへ)る訳(わけ)には参(まゐ)りますまいかな』
095バーチル『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)いますが、096併(しか)し猩々(しやうじやう)は決(けつ)して此(この)島(しま)を離(はな)れは致(いた)しませぬ。097あれだけ沢山(たくさん)の猩々(しやうじやう)が、098時々(ときどき)現(あら)はれる大蛇(をろち)にも呑(の)まれず、099ああして居(ゐ)るのはあの王(わう)があるからで厶(ござ)います。100あの猩々(しやうじやう)を連(つ)れて帰(かへ)れば眷族(けんぞく)を見殺(みごろし)にせねばなりませぬ。101又(また)猩々(しやうじやう)は自分(じぶん)の眷族(けんぞく)を見殺(みごろし)にして吾々(われわれ)に跟(つ)いては参(まゐ)りますまい、102実(じつ)に情(なさけ)深(ぶか)い動物(どうぶつ)ですから』
103伊太(いた)『三(さん)年(ねん)も畜生(ちくしやう)とは云(い)ひ乍(なが)ら夫婦(ふうふ)となつて暮(くら)して居(ゐ)たとすれば、104さうも未練(みれん)が残(のこ)るものかな。105アアてもさても人間(にんげん)の心理(しんり)状態(じやうたい)と云(い)ふものは分(わか)らぬものだなア』
106玉国(たまくに)『人間(にんげん)であらうが獣(けだもの)であらうが、107決(けつ)して愛情(あいじやう)に変(かは)りはない。108況(まし)て人間(にんげん)と云(い)ふ奴(やつ)は少(すこ)しく気(き)に喰(く)はねば女房(にようばう)を放(ほ)り出(だ)したり、109夫(をつと)を捨(す)てたりするものだが、110畜生(ちくしやう)は其(その)点(てん)になれば偉(えら)いものだ。111空(そら)飛(と)ぶ鳥(とり)さへも一方(いつぱう)が人(ひと)に取(と)られるとか、112又(また)は死(し)んで仕舞(しま)ふとかすれば、113仮(かり)にも二度目(にどめ)の雄(をす)を持(も)つたり、114雌(めす)を持(も)つたりしないものだ。115これを思(おも)へば、116人間(にんげん)は鳥(とり)獣(けだもの)に劣(おと)つて居(ゐ)るやうだ』
117伊太(いた)『成程(なるほど)感心(かんしん)なものですな。118これ三千彦(みちひこ)さま、119お前(まへ)さまも今(いま)の先生(せんせい)のお話(はなし)を腹(はら)に入(い)れて、120決(けつ)してデビス姫(ひめ)を出(だ)したりしてはなりませぬぞや。121又(また)仮令(たとへ)奥(おく)さまが亡(な)くなつても、122二度目(にどめ)の奥(おく)さまは持(も)たないやうになさいませ。123奥(おく)さまも奥(おく)さまですよ、124どんな事(こと)があつても決(けつ)して二度目(にどめ)の夫(をつと)を持(も)つたり、125臀(しり)をふつてはなりませぬぞや』
126三千(みち)『ハハハ。127何(なに)から何(なに)迄(まで)有難(ありがた)う厶(ござ)います。128決(けつ)して仰(おほせ)に背(そむ)くやうな事(こと)は致(いた)しませぬから、129御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
130伊太(いた)『本当(ほんたう)だよ、131決(けつ)して伊太彦(いたひこ)の話(はなし)を軽(かる)く聞(き)いてはなりませぬぞや。132いやもう、133今(いま)の話(はなし)で実(じつ)に涙(なみだ)が零(こぼ)れました』
134玉国(たまくに)『どうも、135何時(いつ)迄(まで)悔(くや)んで居(ゐ)た所(ところ)で仕方(しかた)がない、136兎(と)も角(かく)バーチルさま此(この)船(ふね)にお乗(の)りなさい。137一先(ひとま)づ帰(かへ)つて奥(おく)さまに安心(あんしん)させたが宜(よろ)しからう』
138バーチル『ハイ、139有難(ありがた)う厶(ござ)います。140何卒(どうぞ)宜(よろ)しく願(ねが)ひます』
141 子猿(こざる)はキャッキャッと云(い)ひ乍(なが)ら、142追々(おひおひ)と近(ちか)よつて来(く)る。143バラモン組(ぐみ)のヤッコス、144ハール、145サボールの三(さん)人(にん)は小猿(こざる)の群(むれ)を面白(おもしろ)がつて追(お)つかけ乍(なが)ら、146荒(あ)れ廻(まは)つて居(ゐ)る。147其(その)間(あひだ)に船(ふね)は三(さん)人(にん)を残(のこ)して、148磯辺(いそばた)を七八間(しちはちけん)許(ばか)り離(はな)れた。149猩々(しやうじやう)の王(わう)は悲鳴(ひめい)を上(あ)げて磯辺(いそばた)に佇(たたず)み、150赤(あか)ン坊(ばう)をつき出(だ)し、151バーチルの顔(かほ)を眺(なが)めて涙(なみだ)をハラハラと流(なが)し、152口(くち)には云(い)はねど、153『此(この)子(こ)は貴方(あなた)、154可愛(かあい)う厶(ござ)いませぬか。155妻(つま)を見捨(みす)てて帰(かへ)るとは惨酷(ざんこく)では厶(ござ)いませぬか』との表情(へうじやう)を示(しめ)し、156地団駄(ぢだんだ)踏(ふ)んで居(ゐ)る。157時々(ときどき)小猿(こざる)を股(また)から引(ひ)き裂(さ)く様(さま)を見(み)せて脅喝(けふかつ)を試(こころ)みた。158併(しか)し一同(いちどう)心(こころ)を鬼(おに)にして、159止(や)むを得(え)ぬ今日(けふ)の場合(ばあひ)と船(ふね)を漕(こ)ぎ初(はじ)めた。160猩々王(しやうじやうわう)は、161見(み)る見(み)る自分(じぶん)の子(こ)の喉(のど)を締(し)めて殺(ころ)し、162自分(じぶん)は藤蔓(ふぢかづら)に重(おも)い石(いし)を縛(くく)りつけ、163ドンブと許(ばか)り海中(かいちう)に身(み)を投(とう)じて仕舞(しま)つた。
164 此(この)惨状(さんじやう)を見(み)て、165玉国別(たまくにわけ)の一行(いつかう)は悲歎(ひたん)の涙(なみだ)に暮(く)れた。166ヤッコス、167ハール、168サボールの三(さん)人(にん)は船(ふね)が出(で)たのを見(み)て驚(おどろ)き磯辺(いそばた)に慌(あわ)ただしく駆(か)け来(きた)り、
169三(さん)人(にん)『オーイ オーイ待(ま)つた待(ま)つた、170俺(おれ)達(たち)三(さん)人(にん)此処(ここ)に残(のこ)つて居(ゐ)るぢやないか。171其(その)船(ふね)返(かへ)せ』
172と地団駄(ぢだんだ)踏(ふ)んで叫(さけ)んで居(ゐ)る。173メート、174ダルの二人(ふたり)は、175舷頭(げんとう)に立(た)ち妙(めう)な恰好(かつかう)して腮(あご)をしやくり、176幾度(いくたび)となく拳骨(げんこつ)で空(くう)を打(う)ち乍(なが)ら、
177『イヒヒヒ、178ウフフフ。179オーイ三(さん)人(にん)の悪人(あくにん)奴(め)、180貴様(きさま)はキヨの港(みなと)で俺(おれ)達(たち)一同(いちどう)を捕縛(ほばく)する計略(けいりやく)をやつて居(ゐ)るやうだが、181そんな事(こと)はちやんと三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)も御存(ごぞん)じだ。182夫(それ)だから貴様(きさま)等(ら)三(さん)人(にん)を此処(ここ)に置(お)き去(ざ)りにしてお帰(かへ)り遊(あそ)ばすのだ。183まア猿島(さるじま)の王(わう)となり、184猿(さる)と夫婦(めをと)となり子孫(しそん)繁栄(はんゑい)の道(みち)を講(かう)じたらよからう。185アバヨ、186お気(き)の毒(どく)様(さま)、187御悠(ごゆつく)りと、188左様(さやう)なら』
189と所有(あらゆる)嘲笑(てうせう)をなし、190三(さん)人(にん)が磯辺(いそばた)に立(た)つて居(ゐ)るのに素知(そし)らぬ顔(かほ)をしながら、191折(をり)から吹(ふ)き来(く)る、192微風(びふう)に帆(ほ)を上(あ)げて西南(せいなん)の方(はう)さして辷(すべ)り行(ゆ)く。
193 船頭(せんどう)は櫓(ろ)をゆるやかに操(あやつ)り乍(なが)ら涼(すず)しい声(こゑ)で歌(うた)ひ出(だ)した。
194船頭(せんどう)『ヤンサモンサで沖(おき)を漕(こ)ぐ船(ふね)は
195女郎(ぢよらう)が招(まね)けば何(な)んと磯(いそ)による、
196ヤンサ、女郎(ぢよらう)が招(まね)くとも
197磯(いそ)にども寄(よ)るな
198ナント女郎(ぢよらう)は化物(ばけもの)昼狐(ひるぎつね)
199ヤンサヨー
200泥坊(どろばう)の泥坊(どろばう)の三人(さんにん)連(づれ)が
201声(こゑ)を涸(か)らして招(まね)くとも
202ヤンサー、磯(いそ)には寄(よ)るな
203彼奴(あいつ)ア盗人(ぬすびと)昼狐(ひるぎつね)
204キヨの港(みなと)についたなら
205ヤンサー、エンサー
206ヤンヤーノヤー
207目付(めつけ)の奴(やつ)等(ら)と諜(しめ)し合(あ)ひ
208数百(すうひやく)の手下(てした)を引(ひ)き率(つ)れて
209ヤンサー コレワイサー
210玉国別(たまくにわけ)の宣伝使(せんでんし)
211其(その)外(ほか)一同(いちどう)の生神(いきがみ)を
212一網(いちまう)打尽(だじん)にして呉(く)りよと
213手具脛(てぐすね)引(ひ)いて待(ま)つて居(ゐ)る
214其(その)手(て)に乗(の)つて耐(たま)らうか
215ヤンサ、エーンサーノ
216エンヤラヤー
217猩々(しやうじやう)の島(しま)にと蟄居(ちつきよ)して
218猩々姫(しやうじやうひめ)をば嫁(よめ)に取(と)り
219結構(けつこう)毛(け)だらけ子(こ)を生(う)んで
220キヤツキヤツと泣(な)いて暮(くら)しやんせ
221これが此(この)世(よ)の懲戒(みせしめ)か
222ほんにお前(まへ)は偉(えら)い奴(やつ)
223猩々(しやうじやう)の島(しま)の王(わう)となり
224治外(ちぐわい)法権(はふけん)の生涯(しやうがい)を
225送(おく)らしやんせよいつ迄(まで)も
226これもお前(まへ)さまの身(み)の錆(さび)だ
227折角(せつかく)命(いのち)助(たす)けられ
228ヤンサ、エンサ
229エンヤラサー
230心(こころ)の底(そこ)に悪企(わるだく)み
231それを悟(さと)つた宣伝使(せんでんし)
232俺(おれ)等(ら)もすつかり知(し)つて居(ゐ)る
233ほんに貴様(きさま)は気(き)の毒(どく)ぢや
234月(つき)は照(て)る照(て)る涼風(すずかぜ)は吹(ふ)く
235浪(なみ)も静(しづか)にさやさやと
236面白(おもしろ)おかしく潔(いさぎよ)く
237キヨの港(みなと)にや着(つ)かないで
238イヅミの国(くに)のスマの浦(うら)
239バラモン教(けう)の目付(めつけ)等(ら)が
240鼻(はな)をあかして
241吃驚(びつくり)さしてやらう
242エンサ、エンサノ
243エンヤラヤー』
244と手(て)をふり足(あし)をふり三(さん)人(にん)を嘲弄(てうろう)し乍(なが)ら、245追々(おひおひ)島(しま)に遠(とほ)ざかり行(ゆ)く。
246バーチル『久方(ひさかた)の天津(あまつ)御空(みそら)の救(すく)ひ神(がみ)
247天降(あもり)ましたる今日(けふ)ぞ嬉(うれ)しき。
248さりながら三年(みとせ)の間(あひだ)吾(わが)妻(つま)と
249慈(いつくしみ)たる姫(ひめ)こそ哀(あは)れ。
250猩々(しやうじやう)の姫(ひめ)に宿(やど)りし吾(わが)胤(たね)を
251見殺(みごろし)にする心(こころ)苦(くる)しさ。
252妻(つま)となり夫(をつと)となるも前(さき)の世(よ)の
253深(ふか)き縁(えにし)と白浪(しらなみ)の上(うへ)。
254白浪(しらなみ)の上(うへ)漕(こ)ぎ渡(わた)る此(この)船(ふね)は
255百(もも)の哀(あは)れを乗(の)せて走(はし)れる。
256訪(と)ふ人(ひと)もなき荒島(あらしま)に残(のこ)されし
257三人(みたり)男(をとこ)の心(こころ)しのばゆ。
258村肝(むらきも)の心(こころ)の鬼(おに)にせめられて
259かく浅(あさ)ましき身(み)とぞなりしか』
260真純彦(ますみひこ)『大空(おほぞら)も水(みづ)の底(そこ)ひもすみ渡(わた)る
261さはさり乍(なが)ら心(こころ)悲(かな)しき。
262猩々(しやうじやう)の憐(あはれ)な最後(さいご)を見(み)るにつけ
263耐(こら)へ兼(か)ねたる吾(わが)涙(なみだ)かな』
264メート『三(さん)人(にん)の悪漢(わるもの)どもを島(しま)におき
265帰(かへ)りて行(ゆ)かむ吾(われ)ぞ嬉(うれ)しき。
266ヤッコスは嘸(さぞ)今頃(いまごろ)は磯辺(いそばた)に
267吾(わが)船(ふね)眺(なが)め泣(な)きくづれ居(ゐ)む』
268ダル『何事(なにごと)も心(こころ)の罪(つみ)の播(ま)きし種(たね)
269猩々(しやうじやう)の島(しま)に生(は)えしなるらむ。
270少々(せうせう)の過(あやま)ちなれば兎(と)も角(かく)も
271空(そら)怖(おそ)ろしき曲神(まがかみ)の罪(つみ)』
272三千彦(みちひこ)『悲(かな)しさは涙(なみだ)の壺(つぼ)に三千彦(みちひこ)の
273汲(く)むすべもなき今日(けふ)の哀(あは)れさ』
274デビス姫(ひめ)『三柱(みはしら)の醜(しこ)の司(つかさ)も皇神(すめかみ)の
275厚(あつ)き守(まも)りに安(やす)く住(す)むらむ』
276玉国別(たまくにわけ)『スマの浦(うら)浪(なみ)打(う)ち際(ぎは)につきし上(うへ)は
277態人(わざびと)をもて向(むか)ひ助(たす)けむ』
278と各(おのおの)述懐(じゆつくわい)を述(の)べ乍(なが)ら、279潮流(てうりう)に乗(の)つて湖上(こじやう)を右(みぎ)に左(ひだり)に辷(すべ)り行(ゆ)く。280遙(はる)か前方(ぜんぱう)に当(あた)つて霞(かすみ)のやうに浮(うか)びたる小(ちひ)さき島影(しまかげ)が目(め)についた。281イールは目敏(めざと)く之(これ)を見(み)て、
282イール『ああ仕舞(しま)つた、283たうとう魔(ま)の海(うみ)に船(ふね)が流(なが)れ込(こ)みました。284あれへ廻(まは)れば三四十(さんしじふ)里(り)の廻(まは)り道(みち)で厶(ござ)いますが、285この湖(みづうみ)はもうあの潮流(てうりう)に乗(の)つたが最後(さいご)、286方向(はうかう)を転(てん)ずる事(こと)が出来(でき)ませぬ。287併(しか)し乍(なが)ら暗礁(あんせう)のない限(かぎ)り滅多(めつた)に危険(きけん)な事(こと)は厶(ござ)いませぬ。288皆(みな)さま御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ。289スマの港(みなと)に着(つ)かうと思(おも)へば余程(よほど)の廻(まは)りですが、290これも成(な)り行(ゆき)だと諦(あきら)めて下(くだ)さい』
291玉国(たまくに)『何(なに)かの神(かみ)様(さま)の御(ご)都合(つがふ)だらう。292浪(なみ)のまにまに任(まか)して、293充分(じゆうぶん)気(き)をつけてやつて呉(く)れ。294又(また)大変(たいへん)な獲物(えもの)があるかも知(し)れないから』
295イール『ハイ、296有難(ありがた)う、297それで私(わたし)も安心(あんしん)致(いた)しました』
298と鉢巻(はちまき)をしながら、299八(はち)人(にん)の水夫(かこ)を指揮(しき)し、300一生(いつしやう)懸命(けんめい)、301真裸体(まつぱだか)となつて漕(こ)ぎ初(はじ)めた。302船(ふね)は蜒々(えんえん)として浪(なみ)のまにまに漂(ただよ)ひ行(ゆ)く。
303(大正一二・三・二九 旧二・一三 於皆生温泉浜屋 加藤明子録)
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