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霊界物語
真善美愛(第49~60巻)
第58巻(酉の巻)
序文
総説
第1篇 玉石混淆
第1章 神風
第2章 多数尻
第3章 怪散
第4章 銅盥
第5章 潔別
第2篇 湖上神通
第6章 茶袋
第7章 神船
第8章 孤島
第9章 湖月
第3篇 千波万波
第10章 報恩
第11章 欵乃
第12章 素破抜
第13章 兎耳
第14章 猩々島
第15章 哀別
第16章 聖歌
第17章 怪物
第18章 船待
第4篇 猩々潔白
第19章 舞踏
第20章 酒談
第21章 館帰
第22章 獣婚
第23章 昼餐
第24章 礼祭
第25章 万歳楽
余白歌
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霊界物語
>
真善美愛(第49~60巻)
>
第58巻(酉の巻)
> 第3篇 千波万波 > 第14章 猩々島
<<< 兎耳
(B)
(N)
哀別 >>>
第一四章
猩々島
(
しやうじやうじま
)
〔一四八九〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第58巻 真善美愛 酉の巻
篇:
第3篇 千波万波
よみ(新仮名遣い):
せんぱばんぱ
章:
第14章 猩々島
よみ(新仮名遣い):
しょうじょうじま
通し章番号:
1489
口述日:
1923(大正12)年03月29日(旧02月13日)
口述場所:
皆生温泉 浜屋
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年6月15日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
印度の国の北端、テルモン湖水を南に渡ったイヅミの国のスマの里に、バーチルという豪農があった。バーチルは何不自由なき身の上でありながら魚を取ることが好きで、妻のサーベルの諌めも聞かず、財産の整理もせずに舟を出して網を打ち釣り糸を垂れる毎日であった。
ある夜、バーチルは妻が寝静まった後に、僕のアンチーを連れて舟を出した。魚がよく釣れるのでそれに心を奪われていると、にわかに黒雲が起こって空には一点の星影も見えなくなり、激しい嵐にさらされた。
バーチルは動転して、取った魚を守るためにアンチーを舟から下ろそうとするほどであったが、ようやく我に返ってアンチーと二人で舟を転覆から守るために魚を湖水に抛りこみ始めた。しかし時すでに遅く、大津波に舟は飲まれて主従は湖水に投げ出されてしまった。
気が付くとバーチルは孤島に漂着し、たくさんの猩々に囲まれていた。すると一匹の大なる猩々が自分の顔を覗き込んで、同情の涙に暮れている。
この大きな猩々は女王であった。猩々の女王はバーチルを棲家に連れて行って介抱した。バーチルは三年の月日をこの猩々ヶ島で過ごした。二年目には猩々とバーチルの間に赤ん坊も生まれていた。
バーチルは何とか猩々の目を盗んで故郷へ帰ろうという思いから、猩々たちを連れて浜遊びに出た。たちまち二三丁ばかり沖合を通る船を認め、バーチルは両手を振って船に合図を送った。
猩々ヶ島の沖合に現れたのは、玉国別たちの船・初稚丸であった。伊太彦は人間が浜辺で手を振っているのを認めた。ヤッコスは恐ろしい猩々の島に上陸することを反対したが、玉国別は人間がいるなら助けなければならないと、上陸を決めた。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
rm5814
愛善世界社版:
167頁
八幡書店版:
第10輯 430頁
修補版:
校定版:
178頁
普及版:
66頁
初版:
ページ備考:
001
印度
(
ツキ
)
の
国
(
くに
)
の
北端
(
ほくたん
)
、
002
テルモンの
湖水
(
こすい
)
を
南
(
みなみ
)
に
渡
(
わた
)
つたイヅミの
国
(
くに
)
のスマの
里
(
さと
)
にバーチルと
云
(
い
)
ふ
豪農
(
がうのう
)
があつた。
003
バーチルは
何
(
なに
)
不自由
(
ふじいう
)
なき
身
(
み
)
であり
乍
(
なが
)
ら、
004
暇
(
ひま
)
ある
毎
(
ごと
)
に
湖水
(
こすい
)
に
船
(
ふね
)
を
浮
(
うか
)
べ、
005
魚
(
うを
)
を
漁
(
あさ
)
る
事
(
こと
)
を
唯一
(
ゆゐいつ
)
の
楽
(
たのし
)
みとして
居
(
ゐ
)
た。
006
妻
(
つま
)
のサーベルは
何時
(
いつ
)
も『
危険
(
きけん
)
な
漁業
(
ぎよげふ
)
を
止
(
や
)
めて
家
(
いへ
)
におとなしく
居
(
を
)
つて
財産
(
ざいさん
)
の
整理
(
せいり
)
をせよ』と
諫言
(
かんげん
)
したが、
007
どうしても
聞
(
き
)
かうとはせず、
008
女房
(
にようばう
)
の
寝静
(
ねしづ
)
まつたのを
考
(
かんが
)
へ
浜辺
(
はまべ
)
に
出
(
い
)
で
例
(
れい
)
の
如
(
ごと
)
く
網
(
あみ
)
をうち
釣
(
つり
)
を
垂
(
た
)
れ、
009
あまり
面白
(
おもしろ
)
いので
何時
(
いつ
)
とはなしに
沖
(
おき
)
へ
沖
(
おき
)
へと
流
(
なが
)
れ
出
(
い
)
で、
010
到底
(
たうてい
)
一
(
いち
)
日
(
にち
)
で
帰
(
かへ
)
る
事
(
こと
)
の
出来
(
でき
)
ない
地点
(
ちてん
)
迄
(
まで
)
行
(
い
)
つて
了
(
しま
)
つた。
011
舟
(
ふね
)
を
出
(
だ
)
した
夜
(
よ
)
は
明
(
あ
)
け
放
(
はな
)
れ、
012
その
日
(
ひ
)
も
亦
(
また
)
ズツポリ
暮
(
く
)
れて、
013
日
(
ひ
)
の
移
(
うつ
)
るを
忘
(
わす
)
れて
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
一人
(
ひとり
)
の
僕
(
しもべ
)
と
共
(
とも
)
によく
釣
(
つ
)
れるのに
心
(
こころ
)
を
奪
(
と
)
られて
居
(
ゐ
)
た。
014
満天
(
まんてん
)
俄
(
にはか
)
に
黒雲
(
くろくも
)
起
(
おこ
)
り、
015
一点
(
いつてん
)
の
星影
(
ほしかげ
)
さへも
見
(
み
)
えなくなり、
016
雨風
(
あめかぜ
)
烈
(
はげ
)
しく
波
(
なみ
)
高
(
たか
)
く
沢山
(
たくさん
)
な
魚
(
うお
)
を
舟
(
ふね
)
に
積
(
つ
)
んで
居
(
ゐ
)
ては
到底
(
たうてい
)
危険
(
きけん
)
を
免
(
まぬが
)
れ
難
(
がた
)
くなつて
来
(
き
)
た。
017
されど
折角
(
せつかく
)
骨
(
ほね
)
を
折
(
を
)
つて
釣
(
つ
)
つた
魚
(
さかな
)
をムザムザ
湖中
(
こちう
)
へ
投
(
な
)
げて
了
(
しま
)
ふのは、
018
どうも
惜
(
を
)
しくて
堪
(
たま
)
らない、
019
だと
云
(
い
)
つて
少
(
すこ
)
しは
重
(
おも
)
みを
軽
(
かる
)
くせなくては
到底
(
たうてい
)
舟
(
ふね
)
の
覆没
(
ふくぼつ
)
は
免
(
まぬが
)
れなくなつて
来
(
き
)
た。
020
僕
(
しもべ
)
のアンチーは
慄
(
ふる
)
ひ
戦
(
をのの
)
き、
021
泣声
(
なきごゑ
)
を
出
(
だ
)
して、
022
アンチー『
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
、
023
どう
致
(
いた
)
しませう。
024
到底
(
たうてい
)
此
(
この
)
暗
(
くら
)
がりに
大暴風
(
おほあらし
)
と
来
(
き
)
ては
助
(
たす
)
かりこはありますまい。
025
貴方
(
あなた
)
が
折角
(
せつかく
)
お
釣
(
つ
)
りになつた
此
(
この
)
魚
(
さかな
)
を
一
(
ひと
)
つも
残
(
のこ
)
らず
湖
(
うみ
)
に
投
(
とう
)
じて
了
(
しま
)
ひませう。
026
さうすれば
舟
(
ふね
)
が
軽
(
かる
)
くなり、
027
どうなり、
028
こうなり
何
(
ど
)
ツ
処
(
か
)
の
島
(
しま
)
に
着
(
つ
)
いて
命
(
いのち
)
を
保
(
たも
)
つ
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ませう。
029
何卒
(
どうぞ
)
一匹
(
いつぴき
)
も
残
(
のこ
)
らず
棄
(
す
)
てさして
下
(
くだ
)
さいませぬか』
030
と
泣声
(
なきごゑ
)
になつて
歎願
(
たんぐわん
)
した。
031
バーチルは
僕
(
しもべ
)
の
言葉
(
ことば
)
に
腹
(
はら
)
を
立
(
た
)
て、
032
声
(
こゑ
)
を
尖
(
とが
)
らして、
033
バーチル『こりやアンチー、
034
俺
(
おれ
)
がこれ
丈
(
だ
)
け
危険
(
きけん
)
を
犯
(
をか
)
して
折角
(
せつかく
)
釣
(
つ
)
つた
魚
(
さかな
)
を
皆
(
みな
)
流
(
なが
)
せとは、
035
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
失礼
(
しつれい
)
な
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふ。
036
魚
(
さかな
)
が
重
(
おも
)
たくて
舟
(
ふね
)
が
覆
(
かへ
)
る
虞
(
おそれ
)
があると
云
(
い
)
ふのなら、
037
貴様
(
きさま
)
のやうな
重量
(
ぢうりやう
)
の
多
(
おほ
)
い、
038
柄見倒
(
がらみだふ
)
しが
湖
(
うみ
)
へ
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
めば
此
(
この
)
舟
(
ふね
)
は
余程
(
よほど
)
軽
(
かる
)
くなつて
魚
(
さかな
)
が
助
(
たす
)
かるのだ』
039
と
半狂
(
はんきやう
)
の
男
(
をとこ
)
とて
魚
(
さかな
)
にかけたら
目
(
め
)
も
鼻
(
はな
)
もない。
040
僕
(
しもべ
)
に
対
(
たい
)
して
実
(
じつ
)
に
無慈悲
(
むじひ
)
極
(
きは
)
まる
叱言
(
こごと
)
を
云
(
い
)
つた。
041
アンチー『
旦那
(
だんな
)
さま、
042
私
(
わたし
)
は
幼
(
をさな
)
い
時
(
とき
)
から
貴方
(
あなた
)
の
邸
(
うち
)
に
養
(
やしな
)
はれた
僕
(
しもべ
)
ですから、
043
貴方
(
あなた
)
のお
命
(
いのち
)
に
係
(
かか
)
はる
様
(
やう
)
の
事
(
こと
)
あれば、
044
お
身代
(
みがは
)
りとなる
事
(
こと
)
は
覚悟
(
かくご
)
の
前
(
まへ
)
で
厶
(
ござ
)
います。
045
然
(
しか
)
し
何程
(
なにほど
)
僕
(
しもべ
)
と
云
(
い
)
つても、
046
矢張
(
やつぱ
)
り
人間
(
にんげん
)
で
厶
(
ござ
)
います。
047
魚
(
さかな
)
は
幾何
(
いくら
)
でも
獲
(
と
)
れませうが、
048
此
(
この
)
アンチーの
体
(
からだ
)
は
世界
(
せかい
)
に
一
(
ひと
)
つほか
有
(
あ
)
りませぬから、
049
そんな
無慈悲
(
むじひ
)
な
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
らずに
早
(
はや
)
く
此
(
この
)
魚
(
さかな
)
を
棄
(
す
)
てさせて
下
(
くだ
)
さいませ』
050
バーチル『その
方
(
はう
)
は
主人
(
しゆじん
)
の
危難
(
きなん
)
を
救
(
すく
)
ふと
今
(
いま
)
申
(
まを
)
しただらう。
051
主人
(
しゆじん
)
が
大切
(
たいせつ
)
に
丹精
(
たんせい
)
を
凝
(
こ
)
らして
獲
(
と
)
つた
此
(
この
)
魚
(
うを
)
を
助
(
たす
)
けて、
052
何故
(
なぜ
)
其
(
その
)
方
(
はう
)
は
重量
(
ぢうりやう
)
を
減
(
げん
)
ずるために
湖
(
うみ
)
に
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
まないのか。
053
そんな
事
(
こと
)
で
僕
(
しもべ
)
の
務
(
つと
)
めが
勤
(
つと
)
まるのか。
054
訳
(
わけ
)
の
分
(
わか
)
らぬ
代物
(
しろもの
)
だな』
055
アンチー『
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
、
056
死
(
し
)
んだ
魚
(
さかな
)
よりも
私
(
わたし
)
の
命
(
いのち
)
の
方
(
はう
)
が
余程
(
よつぽど
)
安
(
やす
)
いので
厶
(
ござ
)
いますか。
057
そりや
余
(
あんま
)
り
没義道
(
もぎだう
)
ぢや
厶
(
ござ
)
いませぬか』
058
バーチル『
馬鹿
(
ばか
)
申
(
まを
)
せ。
059
魚
(
さかな
)
は
宅
(
うち
)
へ
持
(
も
)
つて
帰
(
かへ
)
れば
自分
(
じぶん
)
も
楽
(
たの
)
しみ
村中
(
むらぢう
)
の
奴
(
やつ
)
にも
刺身
(
つくり
)
にしたり、
060
煮〆
(
にしめ
)
にしても、
061
焼
(
や
)
いて
食
(
く
)
はさうと
儘
(
まま
)
だ。
062
何程
(
なにほど
)
肥太
(
こえふと
)
つて
居
(
ゐ
)
ても
貴様
(
きさま
)
の
体
(
からだ
)
が
刺身
(
さしみ
)
にもなるかい。
063
誰
(
たれ
)
だつて
一人
(
ひとり
)
でも
喜
(
よろこ
)
んで
戴
(
いただ
)
くものはない。
064
俺
(
おれ
)
に
忠義
(
ちうぎ
)
を
尽
(
つく
)
さうと
思
(
おも
)
ふなら
早
(
はや
)
く
貴様
(
きさま
)
の
方
(
はう
)
から
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
まぬか。
065
グヅグヅして
居
(
ゐ
)
ると
舟
(
ふね
)
が
転覆
(
てんぷく
)
して
了
(
しま
)
ふぢやないか。
066
貴様
(
きさま
)
一人
(
ひとり
)
の
命
(
いのち
)
を
亡
(
な
)
くするか、
067
二人
(
ふたり
)
の
命
(
いのち
)
を
亡
(
な
)
くするかと
云
(
い
)
ふ
瀬戸際
(
せとぎは
)
だ。
068
さア
早
(
はや
)
く
気
(
き
)
を
利
(
き
)
かして
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
め』
069
アンチー『これは
又
(
また
)
怪
(
け
)
しからぬ
事
(
こと
)
を
仰有
(
おつしや
)
います。
070
貴方
(
あなた
)
はどうかして
居
(
を
)
りますな。
071
俄
(
にはか
)
に
仰有
(
おつしや
)
る
事
(
こと
)
が
へん
になつたぢやありませぬか』
072
バーチルは
暫
(
しば
)
らく
俯向
(
うつむ
)
いて
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
たが
俄
(
にはか
)
に、
073
驚
(
おどろ
)
いた
様
(
やう
)
な
声
(
こゑ
)
で、
074
バーチル『やア
如何
(
いか
)
にもさうだ。
075
余
(
あんま
)
り
吃驚
(
びつくり
)
して
魚
(
さかな
)
と
人間
(
にんげん
)
の
軽重
(
けいぢう
)
を
誤
(
あやま
)
つて
居
(
を
)
つた。
076
やア
堪
(
こら
)
へて
呉
(
く
)
れ、
077
せうもない
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つたものだ。
078
余
(
あんま
)
り
魚
(
さかな
)
に
気
(
き
)
をとられ
頭
(
あたま
)
に
気
(
き
)
を
揉
(
も
)
んだものか、
079
妙
(
めう
)
な
幻覚
(
げんかく
)
を
起
(
おこ
)
したものだ。
080
さアお
前
(
まへ
)
の
云
(
い
)
ふ
通
(
とほ
)
りにする。
081
さアさア
魚
(
さかな
)
を
放
(
ほ
)
つた
放
(
ほ
)
つた』
082
と、
083
ここに
主従
(
しゆじゆう
)
は
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
折角
(
せつかく
)
釣
(
つ
)
つた
魚
(
さかな
)
を
掴
(
つか
)
んでは
海中
(
かいちう
)
に
投
(
な
)
げ、
084
掴
(
つか
)
んでは
投
(
な
)
げして、
085
漸
(
やうや
)
く
半分
(
はんぶん
)
許
(
ばか
)
り
放
(
ほか
)
し
出
(
だ
)
したと
思
(
おも
)
ふ
時分
(
じぶん
)
に、
086
虎
(
とら
)
の
咆
(
ほ
)
ゆるが
如
(
ごと
)
き
音
(
おと
)
をして
襲
(
おそ
)
ふて
来
(
き
)
た
大海嘯
(
おほつなみ
)
にバツサリと
呑
(
の
)
まれて、
087
舟
(
ふね
)
諸共
(
もろとも
)
波
(
なみ
)
に
捲
(
ま
)
き
込
(
こ
)
まれて
了
(
しま
)
つた。
088
二人
(
ふたり
)
は
暗夜
(
あんや
)
の
荒湖
(
あらうみ
)
に
落
(
お
)
ち
込
(
こ
)
み、
089
最早
(
もは
)
や
如何
(
いかん
)
ともする
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ないので
運
(
うん
)
を
天
(
てん
)
に
任
(
まか
)
して
居
(
ゐ
)
た。
090
イヅミの
国
(
くに
)
のスマの
里
(
さと
)
091
首陀
(
しゆだ
)
の
豪農
(
がうのう
)
バーチルは
092
妻
(
つま
)
の
諫
(
いさ
)
めも
聞
(
き
)
かばこそ
093
気色
(
けしき
)
の
悪
(
わる
)
い
夜
(
よる
)
の
海
(
うみ
)
094
こんな
時
(
とき
)
には
何時
(
いつ
)
よりも
095
獲物
(
えもの
)
が
多
(
おほ
)
いと
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
096
僕
(
しもべ
)
アンチー
伴
(
ともな
)
ひて
097
スマの
浦
(
うら
)
より
舟
(
ふね
)
を
出
(
だ
)
し
098
何時
(
いつ
)
もにもなき
豊漁
(
ほうれふ
)
に
099
うつつを
抜
(
ぬ
)
かし
知
(
し
)
らぬ
間
(
ま
)
に
100
沖合
(
おきあひ
)
遠
(
とほ
)
く
流
(
なが
)
れ
出
(
い
)
で
101
一夜
(
いちや
)
を
明
(
あ
)
かし
晨
(
あした
)
より
102
又
(
また
)
もや
黄昏
(
たそがれ
)
過
(
す
)
ぐる
迄
(
まで
)
103
一心
(
いつしん
)
不乱
(
ふらん
)
に
漁
(
すなど
)
りし
104
夜中
(
よなか
)
の
頃
(
ころ
)
となりし
時
(
とき
)
105
一天
(
いつてん
)
俄
(
にはか
)
に
掻
(
か
)
き
曇
(
くも
)
り
106
黒白
(
あやめ
)
も
分
(
わ
)
かぬ
暗
(
やみ
)
となり
107
忽
(
たちま
)
ち
襲
(
おそ
)
ふ
暴風雨
(
ばうふうう
)
108
波
(
なみ
)
は
高
(
たか
)
まり
白波
(
しらなみ
)
の
109
鬣
(
たてがみ
)
震
(
ふる
)
ひ
釣舟
(
つりぶね
)
に
110
噛
(
か
)
みつき
来
(
きた
)
る
恐
(
おそ
)
ろしさ
111
虎
(
とら
)
咆
(
ほ
)
え
猛
(
たけ
)
り
竜
(
りよう
)
吟
(
ぎん
)
じ
112
獅子
(
しし
)
の
猛
(
たけ
)
びの
物凄
(
ものすご
)
く
113
風
(
かぜ
)
と
波
(
なみ
)
との
唸
(
うな
)
り
声
(
ごゑ
)
114
撓
(
たゆ
)
まず
屈
(
くつ
)
せずバサバサと
115
網
(
あみ
)
打下
(
うちお
)
ろし
様々
(
さまざま
)
の
116
大
(
おほ
)
きな
魚
(
さかな
)
を
漁
(
あさ
)
りつつ
117
現
(
うつつ
)
になれる
折
(
をり
)
もあれ
118
漁船
(
ぎよせん
)
を
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
の
散
(
ち
)
る
如
(
ごと
)
く
119
上下
(
じやうげ
)
左右
(
さいう
)
に
翻弄
(
ほんろう
)
し
120
身辺
(
しんぺん
)
危
(
あやふ
)
くなりければ
121
ここに
主従
(
しゆじゆう
)
二人
(
ふたり
)
連
(
づ
)
れ
122
種々
(
いろいろ
)
雑多
(
ざつた
)
と
争
(
あらそ
)
ひつ
123
折角
(
せつかく
)
捕
(
と
)
らへし
魚族
(
ぎよぞく
)
をば
124
スツカリ
海
(
うみ
)
に
投
(
な
)
げやりて
125
せめて
命
(
いのち
)
を
拾
(
ひろ
)
はむと
126
あせる
折
(
をり
)
しも
山岳
(
さんがく
)
の
127
様
(
やう
)
なる
波
(
なみ
)
に
船体
(
せんたい
)
は
128
忽
(
たちま
)
ち
呑
(
の
)
まれて
無残
(
むざん
)
にも
129
水
(
みづ
)
の
藻屑
(
もくず
)
となりにけり
130
僕男
(
しもべをとこ
)
のアンチーは
131
行衛
(
ゆくゑ
)
不明
(
ふめい
)
となり
果
(
は
)
てて
132
呼
(
よ
)
べど
帰
(
かへ
)
らぬ
死出
(
しで
)
の
旅
(
たび
)
133
聞
(
き
)
くも
憐
(
あは
)
れな
次第
(
しだい
)
なり
134
大海中
(
おほわだなか
)
に
衝
(
つ
)
つ
立
(
た
)
てる
135
人
(
ひと
)
の
恐
(
おそ
)
れて
寄
(
よ
)
りつかぬ
136
猩々
(
しやうじやう
)
ケ
島
(
しま
)
の
磯端
(
いそばた
)
に
137
打上
(
うちあ
)
げられしバーチルが
138
波
(
なみ
)
に
体
(
からだ
)
を
翻弄
(
ほんろう
)
され
139
息
(
いき
)
絶
(
た
)
え
絶
(
だ
)
えになりし
時
(
とき
)
140
猩々
(
しやうじやう
)
の
王
(
わう
)
が
現
(
あら
)
はれて
141
手早
(
てばや
)
く
陸
(
くが
)
へ
救
(
すく
)
ひ
上
(
あ
)
げ
142
真水
(
まみづ
)
を
口
(
くち
)
に
啣
(
ふく
)
ませて
143
漸
(
やうや
)
く
命
(
いのち
)
を
救
(
すく
)
ひける
144
実
(
げ
)
に
面白
(
おもしろ
)
き
物語
(
ものがたり
)
145
畳
(
たたみ
)
の
波
(
なみ
)
に
浮
(
うか
)
びたる
146
長方形
(
ちやうはうけい
)
の
舟
(
ふね
)
に
乗
(
の
)
り
147
敷島
(
しきしま
)
煙草
(
たばこ
)
を
燻
(
くゆ
)
らせて
148
ここ
迄
(
まで
)
述
(
の
)
べて
北村
(
きたむら
)
の
149
隆光彦
(
たかてるひこ
)
の
筆
(
ふで
)
の
先
(
さき
)
150
写
(
うつ
)
して
千代
(
ちよ
)
に
伝
(
つた
)
へむと
151
万年筆
(
まんねんひつ
)
の
剣尖
(
けんさき
)
を
152
原稿
(
げんかう
)
用紙
(
ようし
)
につきつけて
153
あらあらここに
記
(
しる
)
し
置
(
お
)
く
154
ああ
惟神
(
かむながら
)
々々
(
かむながら
)
155
御霊
(
みたま
)
幸
(
さち
)
はひましませよ。
156
バーチルはフツと
気
(
き
)
がつけば
夜
(
よ
)
は
已
(
すで
)
に
明
(
あ
)
け
放
(
はな
)
れ、
157
自分
(
じぶん
)
は
名
(
な
)
も
知
(
し
)
らぬ
孤島
(
こたう
)
の
磯端
(
いそばた
)
に
横臥
(
わうぐわ
)
し、
158
沢山
(
たくさん
)
の
猩々
(
しやうじやう
)
が
集
(
あつ
)
まり
来
(
きた
)
つて『キヤーキヤー』と
鳴
(
な
)
き
立
(
た
)
て
乍
(
なが
)
ら
自分
(
じぶん
)
の
周囲
(
しうゐ
)
を
蟻
(
あり
)
の
如
(
ごと
)
く
取巻
(
とりま
)
いて
居
(
ゐ
)
る。
159
傍
(
かたはら
)
に
優
(
すぐ
)
れて
大
(
だい
)
なる
一匹
(
いつぴき
)
の
猩々
(
しやうじやう
)
が
自分
(
じぶん
)
の
顔
(
かほ
)
を
見
(
み
)
てさも
同情
(
どうじやう
)
に
堪
(
た
)
へざるものの
如
(
ごと
)
く
首
(
くび
)
を
傾
(
かたむ
)
け
涙
(
なみだ
)
を
流
(
なが
)
して
居
(
ゐ
)
る。
160
よくよく
見
(
み
)
れば
噂
(
うはさ
)
に
聞
(
き
)
いた
猩々
(
しやうじやう
)
の
島
(
しま
)
である。
161
バーチル『ああ
私
(
わし
)
は
恐
(
おそ
)
ろしい
斯
(
こ
)
んな
島
(
しま
)
へ
漂着
(
へうちやく
)
したのか。
162
あまり
自我心
(
じがしん
)
が
強
(
つよ
)
い
為
(
ため
)
に
女房
(
にようばう
)
の
諫
(
いさ
)
めも
聞
(
き
)
かず
隠
(
かく
)
れて
漁
(
れふ
)
に
出
(
で
)
たのが
一生
(
いつしやう
)
の
不覚
(
ふかく
)
だつた。
163
さうして
僕
(
しもべ
)
のアンチーは
如何
(
どう
)
なつたであらう。
164
ああ
恐
(
おそ
)
ろしい
事
(
こと
)
になつた。
165
帰
(
かへ
)
らうと
思
(
おも
)
つても
舟
(
ふね
)
はなし、
166
猩々
(
しやうじやう
)
の
餌
(
ゑじき
)
になつて
了
(
しま
)
ふのか』
167
と
恐怖心
(
きようふしん
)
に
駆
(
か
)
られて
怖
(
おそ
)
れ
戦
(
をのの
)
いて
居
(
ゐ
)
た。
168
意外
(
いぐわい
)
にも
猩々
(
しやうじやう
)
の
王
(
わう
)
とも
覚
(
おぼ
)
しき
大猿
(
おほざる
)
は
親切
(
しんせつ
)
さうにバーチルに
背
(
せな
)
を
向
(
む
)
け、
169
『
吾
(
わが
)
背
(
せ
)
に
負
(
お
)
はれよ』との
意
(
い
)
を
形容
(
けいよう
)
に
示
(
しめ
)
して
居
(
ゐ
)
る。
170
バーチルは『もう
斯
(
か
)
うなつては
因果腰
(
いんぐわごし
)
を
定
(
き
)
めるより
仕方
(
しかた
)
がない。
171
彼
(
かれ
)
等
(
ら
)
の
為
(
な
)
すがままに
任
(
まか
)
さむ』かと
猩々
(
しやうじやう
)
の
背
(
せな
)
に
怖々
(
こはごは
)
乍
(
なが
)
ら
抱
(
だ
)
きついた。
172
猩々
(
しやうじやう
)
は
背
(
せ
)
に
負
(
お
)
ふたまま、
173
きつい
岩山
(
いはやま
)
をいと
安々
(
やすやす
)
と
登
(
のぼ
)
り、
174
頂上
(
ちやうじやう
)
の
屏風
(
びやうぶ
)
を
立
(
た
)
てた
様
(
やう
)
な
岩
(
いは
)
に
穿
(
あ
)
いてある
深
(
ふか
)
い
洞穴
(
ほらあな
)
の
中
(
なか
)
へ、
175
サツサと
連
(
つ
)
れ
込
(
こ
)
んで
了
(
しま
)
つた。
176
バーチルは
岩窟
(
いはや
)
の
中
(
なか
)
に
導
(
みちび
)
かれ、
177
胸
(
むね
)
を
轟
(
とどろ
)
かして
居
(
ゐ
)
ると、
178
珍
(
めづ
)
らしき
果物
(
くだもの
)
を
小猿
(
こざる
)
に
むしら
せ
来
(
きた
)
つて
皮
(
かは
)
を
剥
(
む
)
き
等
(
など
)
して、
179
之
(
これ
)
を
喰
(
く
)
へよと
勧
(
すす
)
めるのである。
180
意外
(
いぐわい
)
の
猩々
(
しやうじやう
)
の
態度
(
たいど
)
に、
181
ヤツと
胸
(
むね
)
を
撫
(
な
)
で
下
(
お
)
ろし、
182
体
(
からだ
)
が
疲
(
つか
)
れて
縄
(
なは
)
の
様
(
やう
)
にグニヤグニヤになつて
居
(
ゐ
)
るのを、
183
暫
(
しば
)
し
休養
(
きうやう
)
せむとゴロリと
横
(
よこ
)
になつた。
184
猩々
(
しやうじやう
)
は
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
の
半
(
なかば
)
乾
(
かわ
)
いたのを
厚
(
あつ
)
く
敷
(
し
)
いて、
185
バーチルを
抱
(
かか
)
へ
自分
(
じぶん
)
が
手枕
(
てまくら
)
をして
母親
(
ははおや
)
が
赤
(
あか
)
ン
坊
(
ばう
)
の
添乳
(
そへち
)
をする
様
(
やう
)
に、
186
いと
親切
(
しんせつ
)
に
体中
(
からだぢう
)
を
撫
(
な
)
で
擦
(
さす
)
り、
187
介抱
(
かいはう
)
に
熱中
(
ねつちう
)
して
居
(
ゐ
)
る。
188
かくの
如
(
ごと
)
くしてバーチルは
三
(
さん
)
年
(
ねん
)
の
月日
(
つきひ
)
を
此
(
この
)
猩々
(
しやうじやう
)
ケ
島
(
しま
)
に
送
(
おく
)
る
事
(
こと
)
となつた。
189
此
(
この
)
猩々
(
しやうじやう
)
は
牝
(
めす
)
であつて
此
(
この
)
島
(
しま
)
の
動物
(
どうぶつ
)
の
王
(
わう
)
である。
190
猩々
(
しやうじやう
)
の
外
(
ほか
)
に
鹿
(
しか
)
や
兎
(
うさぎ
)
が
棲
(
す
)
んで
居
(
ゐ
)
た。
191
されど
兎
(
うさぎ
)
も
鹿
(
しか
)
も
時々
(
ときどき
)
猩々王
(
しやうじやうわう
)
の
側
(
そば
)
にやつて
来
(
き
)
て
睦
(
むつ
)
まじげに
遊
(
あそ
)
んで
居
(
ゐ
)
る。
192
二年目
(
にねんめ
)
に
猩々
(
しやうじやう
)
とバーチルの
間
(
あひだ
)
に
半人
(
はんにん
)
半獣
(
はんじう
)
の
妙
(
めう
)
な
赤
(
あか
)
ン
坊
(
ばう
)
が
生
(
うま
)
れた。
193
猩々
(
しやうじやう
)
の
王
(
わう
)
は
掌中
(
しやうちう
)
の
玉
(
たま
)
と
慈
(
いつくし
)
み、
194
バーチルに
自慢
(
じまん
)
さうに
抱
(
いだ
)
かせたり、
195
自分
(
じぶん
)
が
顔
(
かほ
)
を
嘗
(
な
)
めたり
乳
(
ちち
)
を
飲
(
の
)
まして
其
(
その
)
子
(
こ
)
の
成人
(
せいじん
)
を
待
(
ま
)
つものの
如
(
ごと
)
くであつた。
196
バーチルも
国
(
くに
)
へ
帰
(
かへ
)
らうと
思
(
おも
)
つても
肝腎
(
かんじん
)
の
舟
(
ふね
)
はなし、
197
又
(
また
)
猩々王
(
しやうじやうわう
)
の
目
(
め
)
を
忍
(
しの
)
んで
帰
(
かへ
)
る
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かなかつた。
198
バーチルは
三
(
さん
)
年
(
ねん
)
の
間
(
あひだ
)
猩々
(
しやうじやう
)
と
同棲
(
どうせい
)
し、
199
大抵
(
たいてい
)
表情
(
へうじやう
)
を
以
(
もつ
)
て
意志
(
いし
)
を
通
(
つう
)
ずる
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
る
様
(
やう
)
になつて
来
(
き
)
た。
200
何
(
なん
)
となく
浜辺
(
はまべ
)
へ
出
(
で
)
たくなつて
堪
(
たま
)
らないので
猩々王
(
しやうじやうわう
)
に
身振
(
みぶり
)
を
以
(
もつ
)
て
浜辺
(
はまべ
)
に
遊
(
あそ
)
びに
行
(
ゆ
)
かうかと
云
(
い
)
つた。
201
猩々王
(
しやうじやうわう
)
も
嬉
(
うれ
)
しげに
頷
(
うなづ
)
いて
子
(
こ
)
を
抱
(
だ
)
き
乍
(
なが
)
ら
数多
(
あまた
)
の
小猿
(
こざる
)
を
従
(
したが
)
へ、
202
バーチルの
身辺
(
しんぺん
)
を
守
(
まも
)
り
乍
(
なが
)
ら、
203
嶮峻
(
けんしゆん
)
な
岩山
(
いはやま
)
を
下
(
くだ
)
つて
磯端
(
いそばた
)
に
出
(
で
)
て
蟹
(
かに
)
を
追
(
お
)
ひかけたり、
204
砂
(
すな
)
を
掘
(
ほ
)
つたり、
205
色々
(
いろいろ
)
の
慰
(
なぐさ
)
みをして
嬉
(
うれ
)
しさうに
夏
(
なつ
)
の
磯辺
(
いそべ
)
遊
(
あそ
)
びをやつて
居
(
ゐ
)
た。
206
忽
(
たちま
)
ち
二三丁
(
にさんちやう
)
ばかり
沖合
(
おきあひ
)
を
白帆
(
しらほ
)
を
上
(
あ
)
げて
通
(
とほ
)
る
船
(
ふね
)
がある。
207
此
(
この
)
附近
(
ふきん
)
は
容易
(
ようい
)
に
船
(
ふね
)
の
通
(
とほ
)
る
事
(
こと
)
の
出来
(
でき
)
ない、
208
暗礁
(
あんせう
)
点綴
(
てんてつ
)
の
危険
(
きけん
)
区域
(
くゐき
)
である。
209
バーチルは
此
(
この
)
舟
(
ふね
)
を
見
(
み
)
るより
両手
(
りやうて
)
を
打振
(
うちふ
)
り
打振
(
うちふ
)
り、
210
人間
(
にんげん
)
が
此
(
この
)
島
(
しま
)
に
漂着
(
へうちやく
)
して
居
(
ゐ
)
ると
云
(
い
)
ふ
合図
(
あひづ
)
を
示
(
しめ
)
した。
211
船頭
(
せんどう
)
のイールはフツと
此
(
この
)
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
て
驚
(
おどろ
)
いた
様
(
やう
)
な
声
(
こゑ
)
で、
212
イール『あ、
213
皆様
(
みなさま
)
、
214
一寸
(
ちよつと
)
御覧
(
ごらん
)
なさいませ。
215
あの
島
(
しま
)
は
猩々
(
しやうじやう
)
ケ
島
(
しま
)
と
云
(
い
)
つて
猩々
(
しやうじやう
)
ばかりが
棲
(
す
)
んで
居
(
ゐ
)
ますが、
216
不思議
(
ふしぎ
)
な
事
(
こと
)
には
人間
(
にんげん
)
らしいものが
磯端
(
いそばた
)
に
立
(
た
)
つて、
217
数多
(
あまた
)
の
猩々
(
しやうじやう
)
に
取囲
(
とりかこ
)
まれ、
218
手
(
て
)
を
振
(
ふ
)
つて
居
(
を
)
ります。
219
随分
(
ずいぶん
)
沢山
(
たくさん
)
の
猩々
(
しやうじやう
)
ですよ』
220
伊太
(
いた
)
『
何
(
なに
)
、
221
猩々
(
しやうじやう
)
の
島
(
しま
)
、
222
そりや
面白
(
おもしろ
)
からう』
223
と
云
(
い
)
ふより
早
(
はや
)
く
苫屋根
(
とまやね
)
の
中
(
なか
)
から
舳
(
へさき
)
に
這
(
は
)
ひ
出
(
で
)
てよくよく
見
(
み
)
れば、
224
イールの
云
(
い
)
つた
通
(
とほ
)
り
人間
(
にんげん
)
らしいものが
頻
(
しき
)
りに
腕
(
うで
)
を
振
(
ふ
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
225
伊太
(
いた
)
『もし、
226
先生
(
せんせい
)
、
227
どうやら、
228
あの
島
(
しま
)
に
人間
(
にんげん
)
が
漂着
(
へうちやく
)
して
居
(
ゐ
)
る
様子
(
やうす
)
です。
229
一
(
ひと
)
つ
何
(
なん
)
とかして
舟
(
ふね
)
を
寄
(
よ
)
せ
調
(
しら
)
べて
行
(
ゆ
)
かうぢやありませぬか』
230
ヤッコス『あれは
大変
(
たいへん
)
な
悪
(
わる
)
い
猩々
(
しやうじやう
)
が
居
(
ゐ
)
るのです。
231
あんな
処
(
ところ
)
へ
行
(
ゆ
)
かうものなら、
232
皆
(
みな
)
両眼
(
りやうがん
)
を
刳
(
く
)
り
抜
(
ぬ
)
かれ
命
(
いのち
)
を
取
(
と
)
られて
了
(
しま
)
ひます。
233
そんな
険呑
(
けんのん
)
な
処
(
ところ
)
へ
行
(
ゆ
)
くものぢやありませぬ。
234
決
(
けつ
)
して
悪
(
わる
)
い
事
(
こと
)
は
申
(
まを
)
しませぬ。
235
お
止
(
や
)
めなさいませ』
236
伊太
(
いた
)
『
先生
(
せんせい
)
、
237
側
(
そば
)
まで
船
(
ふね
)
を
寄
(
よ
)
せて
調
(
しら
)
べて
見
(
み
)
ようぢやありませぬか。
238
別
(
べつ
)
に
上陸
(
じやうりく
)
さへせなければ
危険
(
きけん
)
はありませぬ。
239
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
人間
(
にんげん
)
か
獣
(
けだもの
)
か、
240
よく
調
(
しらべ
)
て、
241
人間
(
にんげん
)
ならば
助
(
たす
)
けてやらねばなりますまい。
242
是非
(
ぜひ
)
とも
船
(
ふね
)
を
着
(
つ
)
け
度
(
た
)
いものですな』
243
玉国
(
たまくに
)
『
成程
(
なるほど
)
、
244
お
前
(
まへ
)
の
云
(
い
)
ふ
通
(
とほ
)
りだ。
245
どうも
人間
(
にんげん
)
らしい。
246
あんな
無人島
(
むじんたう
)
に
獣
(
けだもの
)
と
同棲
(
どうせい
)
してるのだらう。
247
何
(
なに
)
か
面白
(
おもしろ
)
い
話
(
はなし
)
が
聞
(
き
)
けるかも
知
(
し
)
れない。
248
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
僅
(
わず
)
か
二三丁
(
にさんちやう
)
の
処
(
ところ
)
だから、
249
船頭
(
せんどう
)
さま、
250
一寸
(
ちよつと
)
船
(
ふね
)
をつけて
呉
(
く
)
れまいか』
251
イール『はい、
252
初稚
(
はつわか
)
様
(
さま
)
と
云
(
い
)
ふお
方
(
かた
)
に
沢山
(
たくさん
)
なお
金
(
かね
)
を
頂
(
いただ
)
き、
253
又
(
また
)
宣伝使
(
せんでんし
)
の
仰有
(
おつしや
)
る
通
(
とほ
)
りにして
呉
(
く
)
れとのお
頼
(
たの
)
みで
厶
(
ござ
)
いますから
仰
(
おほ
)
せに
従
(
したが
)
ひませう』
254
玉国
(
たまくに
)
『や、
255
そりや
有難
(
ありがた
)
い、
256
そんなら
頼
(
たの
)
む』
257
『はい』と
答
(
こた
)
えてイールは
舳
(
へさき
)
を
転
(
てん
)
じ
水先
(
みづさき
)
を
考
(
かんが
)
へ
乍
(
なが
)
ら
漸
(
やうや
)
くにして
磯辺
(
いそべ
)
に
着
(
つ
)
いた。
258
(
大正一二・三・二九
旧二・一三
於皆生温泉浜屋
北村隆光
録)
Δこのページの一番上に戻るΔ
<<< 兎耳
(B)
(N)
哀別 >>>
霊界物語
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真善美愛(第49~60巻)
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第58巻(酉の巻)
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