霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一七章 怪物(くわいぶつ)〔一四九二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第58巻 真善美愛 酉の巻 篇:第3篇 千波万波 よみ(新仮名遣い):せんぱばんぱ
章:第17章 怪物 よみ(新仮名遣い):かいぶつ 通し章番号:1492
口述日:1923(大正12)年03月29日(旧02月13日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年6月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
初稚丸はフクの島に着いた。荒波が岸を噛み、剣呑にして寄りつくことができない大難関である。山の中腹に大きな岩窟が自然にうがたれており、その中に何かが動いているように見えた。
バーチルは岩窟に動く影が、三年前に行方不明になった僕のアンチーの人影に似ているのに驚いて、玉国別に報告した。玉国別は確認のために島に上陸することとした。
船を海中の岩島に寄せ、伊太彦、バーチル、メート、ダルの四人が上陸した。船を認めて岩窟から駆け降りてきた男は、間違いなくバーチルの僕アンチーであった。
アンチーは主人との再会に涙を流し、この島に打ち上げられてから、初稚姫という女神に助けられて命をつないだことを明かした。初稚姫は三日ほど前にもアンチーの前に現れ、三年の修業ができたから、これでアンチーも立派な人間になるだろうとのお告げを残して、犬に乗って南の方に去って行ったことを語った。
一行はアンチーを船に助け上げて出航した。船中ではアンチーの漂流譚に花が咲いている。アンチーは助け出された嬉しさに、島で一人作っていた唄を織り交ぜて舟歌を披露した。
伊太彦は独り者同士仲良くしようとアンチーに呼びかけ、笑っている。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2016-09-02 19:39:14 文字数:4601 OBC :rm5817
愛善世界社版:205頁 八幡書店版:第10輯 443頁 修補版: 校定版:217頁 普及版:81頁 初版: ページ備考:
001 初稚丸(はつわかまる)は、002漂渺(へうべう)たる海路(うなぢ)を渡(わた)つて漸(やうや)く周囲(しうゐ)二十五(にじふご)町(ちやう)ばかりのフクの島(しま)についた。003非常(ひじやう)に荒波(あらなみ)岸(きし)を噛(か)み剣呑(けんのん)にして寄(よ)りつく事(こと)が出来(でき)ない大難関(だいなんくわん)である。004見(み)れば山(やま)の中腹(ちうふく)に非常(ひじやう)に大(おほ)きい岩窟(がんくつ)が自然(しぜん)に穿(うが)たれて其(その)中(なか)に何(なに)か動(うご)いて居(ゐ)るやうに見(み)えて居(ゐ)る。005伊太彦(いたひこ)は一目(ひとめ)見(み)るより、
006伊太(いた)『猩々(しやうじやう)だ猩々(しやうじやう)だ、007これバーチルさまお前(まへ)の御(ご)親類(しんるい)かも知(し)れないよ。008一(ひと)つ何(なん)とかして島(しま)に漕(こぎ)つけ、009正体(しやうたい)を調(しら)べて見(み)たいものだなア』
010 バーチルは一目(ひとめ)見(み)るより、011アツと叫(さけ)んで倒(たふ)れむ許(ばか)りになつた。
012伊太(いた)『ア、013此奴(こいつ)は不思議(ふしぎ)だ。014バーチルさま、015彼(あ)の怪物(くわいぶつ)の姿(すがた)を見(み)てお前(まへ)さまはアツと云(い)つて倒(たふ)れかけたが一体(いつたい)何(なん)だ。016何(なに)か心当(こころあた)りがあるのかなア』
017バーチル『ハイ、018どうも明瞭(はつきり)は致(いた)しませぬが、019何(なん)だか見(み)たやうな男(をとこ)の姿(すがた)に見(み)えましたから思(おも)はず叫(さけ)んだので厶(ござ)います』
020伊太(いた)『矢張(やつぱ)り別世界(べつせかい)に棲(す)んで居(ゐ)ただけあつて、021神経(しんけい)過敏(くわびん)になつて居(ゐ)るのだ。022併(しか)しこんな離(はな)れ島(じま)に人間(にんげん)のやうなものが棲(す)んで居(ゐ)るとは不思議(ふしぎ)だよ。023矢張(やつぱり)難破船(なんぱせん)に遇(あ)つたものが、024こんな島(しま)に打(う)ち上(あ)げられて居(ゐ)るのかも知(し)れない。025ヤヤ好奇心(かうきしん)が起(おこ)つて仕様(しやう)がない、026危険(きけん)でも上(あが)つて正体(しやうたい)を調(しら)べようぢやないか。027一(ひと)つ先生(せんせい)私(わたし)に魔窟(まくつ)の探険(たんけん)を仰(おほ)せつけ下(くだ)さるまいかなア』
028玉国(たまくに)『ウン、029一(ひと)つやつて見(み)たがよからう。030バーチルさまは随分(ずゐぶん)島(しま)になれて居(ゐ)るから、031探険(たんけん)には適任(てきにん)だらう』
032バーチル『ハイ、033何卒(どうぞ)私(わたくし)にもお許(ゆる)し下(くだ)さい。034どうしても調(しら)べなければならないやうな気(き)がします』
035 怪物(くわいぶつ)は此(この)船(ふね)を見(み)るより慌(あわ)ただしく岩窟(がんくつ)を出(い)で険阻(けんそ)な岩角(いはかど)を猿(ましら)の如(ごと)く下(くだ)り来(きた)り、036毛(け)だらけの顔(かほ)をさらし乍(なが)ら、
037『オーイ、038オーイ』
039と手招(てまね)きして居(ゐ)る。040此(この)時(とき)船(ふね)は一町(いつちやう)許(ばか)り手前(てまへ)迄(まで)進(すす)んで居(ゐ)る。041漸(やうや)くにして海中(かいちう)に突出(とつしゆつ)して居(ゐ)る岩島(いはじま)に船(ふね)を寄(よ)せ、042辛(から)うじて、043伊太彦(いたひこ)、044バーチル、045メート、046ダルの四(よ)人(にん)は島(しま)に駆(か)けつけた。047実(じつ)に危険(きけん)極(きは)まる芸当(げいたう)である。048一丈(いちぢやう)許(ばか)りの玉(たま)となつて竜(りう)の天上(てんじやう)する如(ごと)く、049落(お)ち来(く)る浪飛沫(なみしぶき)は実(じつ)に悽惨(せいさん)の気(き)に打(う)たれざるを得(え)なかつた。050四(よ)人(にん)は屈(くつ)せず男(をとこ)の傍(そば)に走(はし)り寄(よ)り、051不思議(ふしぎ)さうに顔(かほ)を覗(のぞ)いて居(ゐ)る。052怪(あや)しの男(をとこ)は四(よ)人(にん)の顔(かほ)をつくづくと眺(なが)め、
053男(をとこ)『あ、054貴方(あなた)は御(ご)主人(しゆじん)様(さま)ぢや厶(ござ)いませぬか、055ようまア来(き)て下(くだ)さいました』
056バーチル『やア、057お前(まへ)は僕(しもべ)のアンチーであつたか。058どうしてこんな所(ところ)に助(たす)かつて居(ゐ)たのだ。059あの荒波(あらなみ)に呑(の)まれて水(みづ)の藻屑(もくづ)になり、060最早(もはや)此(この)世(よ)では会(あ)へないものと覚悟(かくご)して居(ゐ)た、061ようまア生(いき)て居(ゐ)て呉(く)れた。062私(わたし)も今(いま)此(この)船(ふね)に助(たす)けられ帰(かへ)る途中(とちう)、063潮流(てうりう)の都合(つがふ)でこんな所(ところ)へやつて来(き)たのだ。064これも矢張(やつぱり)神(かみ)様(さま)のお引(ひ)き合(あは)せであつたか』
065 アンチーは、066髯(ひげ)だらけの顔(かほ)に涙(なみだ)をハラハラと流(なが)し、067男泣(をとこな)きに泣(な)き出(だ)した。
068伊太(いた)『これアンチーさま、069何(なに)を泣(な)くのだ。070確(しつか)りせないか、071サアこれからお前(まへ)を連(つ)れて帰(かへ)るのだから、072何(なに)もアンチル事(こと)は要(い)らぬ、073安心(あんしん)して跟(つ)いて来(く)るのだ。074併(しか)し俺(おれ)も何(なん)だか涙(なみだ)のやつ、075無断(むだん)で両眼(りやうがん)から飛(と)び出(だ)して来(く)る』
076と、077はや泣(な)き声(ごゑ)になつて居(ゐ)る。
078 アンチーは涙(なみだ)を手(て)にて拭(ぬぐ)ひながら、
079アンチー『旦那(だんな)様(さま)、080私(わたし)は貴方(あなた)と一緒(いつしよ)に浪(なみ)に呑(の)まれ、081人事(じんじ)不省(ふせい)に陥(おちい)り此(この)島(しま)に打(う)ち上(あ)げられて居(ゐ)ました処(ところ)へ、082初稚姫(はつわかひめ)様(さま)とか云(い)ふ綺麗(きれい)な女神(めがみ)様(さま)がお越(こ)しになり、083いろいろ介抱(かいはう)して下(くだ)さいました。084其(その)お蔭(かげ)で今日(けふ)迄(まで)命(いのち)を保(たも)つて居(を)りました。085幸(さいはひ)此(この)島(しま)には御存(ごぞん)じの通(とほ)り沢山(たくさん)の鳥(とり)が居(ゐ)ますなり、086又(また)少(すこ)しの果物(くだもの)も実(み)のり、087夫(それ)故(ゆゑ)どうなりかうなり一人(ひとり)の食料(しよくれう)は与(あた)へられました』
088伊太(いた)『ハテ、089合点(がてん)のゆかぬ事(こと)を云(い)ふぢやないか。090初稚姫(はつわかひめ)様(さま)は昨日(きのふ)此方(こちら)へお通(とほ)りになつた許(ばか)りだ。091さうして、092船(ふね)にでも乗(の)つてお出(いで)になつたか、093但(ただし)は、094犬(いぬ)にでも乗(の)つて来(こ)られたか、095合点(がてん)のゆかぬ事(こと)だなア』
096アンチー『いえいえ船(ふね)も持(も)たず犬(いぬ)も連(つ)れず、097何処(どこ)ともなくお出(いで)になり、098又(また)何処(どこ)ともなく姿(すがた)をお消(け)し遊(あそ)ばしました。099夫(それ)から二三(にさん)日前(にちまへ)にも立派(りつぱ)な姿(すがた)を現(あら)はし、100お前(まへ)を迎(むか)ひに来(き)てやるからと仰有(おつしや)いました、101「お前(まへ)も三(さん)年(ねん)の修業(しふげふ)が出来(でき)たから、102これで立派(りつぱ)な人間(にんげん)になるであらう、103夢々(ゆめゆめ)疑(うたが)ふな」と仰有(おつしや)つたきり今度(こんど)は犬(いぬ)に乗(の)り荒浪(あらなみ)を渡(わた)り、104南(みなみ)の方(はう)を指(さ)して帰(かへ)つて仕舞(しま)はれました。105本当(ほんたう)に不思議(ふしぎ)のことで厶(ござ)います』
106伊太(いた)『成程(なるほど)初稚姫(はつわかひめ)様(さま)は生神(いきがみ)様(さま)だと聞(き)いて居(ゐ)たが偉(えら)いものだなア。107第一(だいいち)天国(てんごく)の天人(てんにん)だと云(い)ふ事(こと)だが、108さうでなければこんな離(はな)れ業(わざ)が出来(でき)るものでない。109これを思(おも)へば俺(おれ)達(たち)のお師匠(ししやう)さまもまだまだ修業(しふげふ)をせねば駄目(だめ)だなア。110何(なに)はさて置(お)き、111いつ風(かぜ)が荒(あら)うなるかも知(し)れないから、112この危険(きけん)区域(くゐき)を一(いち)時(じ)も早(はや)く去(さ)りませう』
113と鬣(たてがみ)を振(ふる)ふて猛(たけ)り狂(くる)ふ白浪(しらなみ)の中(なか)を潜(くぐ)り抜(ぬ)け、114茲(ここ)に五(ご)人(にん)は無事(ぶじ)に船中(せんちう)の人(ひと)となり、115急(いそ)ぎ舳先(へさき)を転(てん)じ、116櫓櫂(ろかい)を操(あやつ)り、117潮流(てうりう)に従(したが)うて、118西南(せいなん)さして進(すす)み行(ゆ)く事(こと)となつた。119船中(せんちう)にはアンチーの漂流談(へうりうだん)に種々(いろいろ)花(はな)が咲(さ)いた。
120伊太(いた)『もし御(ご)一同(いちどう)さま、121何(なん)と不思議(ふしぎ)の事(こと)があるものですなア。122此(この)方(かた)はバーチルさまの僕(しもべ)だつたさうです。123三年前(さんねんまへ)に難船(なんせん)して主従(しゆじう)が何(いづ)れも無人島(むじんたう)に命(いのち)を保(たも)ち、124又(また)吾々(われわれ)の船(ふね)に一時(いつとき)に助(たす)けらるるとは実(じつ)に奇中(きちう)の奇(き)ぢやありませぬか。125こんな事(こと)を思(おも)ふと、126吾々(われわれ)は一挙(いつきよ)一動(いちどう)大神(おほかみ)様(さま)の綱(つな)に操(あやつ)られて居(ゐ)るやうな心持(こころもち)が致(いた)しますなア』
127玉国(たまくに)『何事(なにごと)も人間(にんげん)は神(かみ)様(さま)のお道具(だうぐ)だから唯(ただ)惟神(かむながら)にお任(まか)せするより外(ほか)、128道(みち)はないのだ。129何事(なにごと)も皆(みな)神業(かむわざ)だから、130是(これ)からお前(まへ)もどんな事(こと)があつても今(いま)迄(まで)のやうにブツブツ小言(こごと)を云(い)つたり理窟(りくつ)を並(なら)べたりするものぢやありませぬよ。131神(かみ)様(さま)がよい実物(じつぶつ)教育(けういく)をして下(くだ)さつたのだからなア』
132伊太(いた)『成程(なるほど)、133実(じつ)に有難(ありがた)いもので厶(ござ)いますなア。134オイ、135真純彦(ますみひこ)、136三千彦(みちひこ)の御(ご)両人(りやうにん)、137こんな事(こと)を思(おも)ふと、138ゾツとするやうだなア、139私(わたし)はもう神(かみ)様(さま)が恐(おそ)ろしくなつて来(き)た』
140三千(みち)『如何(いか)にもお前(まへ)の云(い)ふ通(とほ)りだ。141何事(なにごと)も人間(にんげん)の考(かんが)へではいくものでない。142夫(それ)だから私(わたし)も御用(ごよう)の途中(とちう)にデビス姫(ひめ)を連(つ)れて行(ゆ)くものではないと、143一度(いちど)は拒(こば)んで見(み)たが、144これも神(かみ)様(さま)の思召(おぼしめし)だと思(おも)ふて連(つ)れて来(き)たのだよ』
145伊太(いた)『アハハハハ。146何(なん)とまア、147えらい所(ところ)へロジツクが当(あ)て箝(は)まつたものだなア。148これも皆(みな)神(かみ)様(さま)の御(ご)都合(つがふ)かなア、149エヘヘヘヘ』
150三千(みち)『伊太彦(いたひこ)さま、151エヘヘヘヘ、152と云(い)ふ其(その)言霊(ことたま)の色(いろ)には大(おほい)に吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)を悔蔑(ぶべつ)嘲笑(てうせう)して居(ゐ)る形跡(けいせき)が見(み)えるぢや無(な)いか。153本当(ほんたう)に冗談(じやうだん)ぢやない。154私(わたし)は真剣(しんけん)だからなア』
155伊太(いた)『プツフフフフ、156それや真剣(しんけん)だらう。157私(わたし)だつてこんなナイスと道連(みちづ)れになるのなら、158真剣(しんけん)も真剣(しんけん)、159大真剣(だいしんけん)になるのだがなア』
160三千(みち)『エエどこ迄(まで)も馬鹿(ばか)にしたものだなア。161併(しか)し何(なん)と云(い)ふても足弱(あしよわ)の女(をんな)を連(つ)れて居(ゐ)るのだから負(まけ)て置(お)きませう。162行(ゆ)く所(ところ)迄(まで)行(い)つたら分(わか)りませうかい。163万一(まんいち)女(をんな)を連(つ)れて行(ゆ)くが悪(わる)いのなら、164玉国別(たまくにわけ)の先生(せんせい)がお留(と)めなさるに違(ちが)ひない、165黙(だま)つていらつしやる所(ところ)を見(み)れば何(なに)か御(ご)都合(つがふ)のある事(こと)だらう。166なア真純彦(ますみひこ)さま、167貴方(あなた)はどう思(おも)ひます』
168真純(ますみ)『私(わたし)は何(なん)とも申(まをし)ませぬ。169よいとか悪(わる)いとか云(い)ふだけの知識(ちしき)も無(な)ければ権能(けんのう)もありませぬ。170何事(なにごと)も惟神(かむながら)だとお蔭(かげ)を頂(いただ)いて居(を)ります』
171伊太(いた)『ハハハハハ。172さうすると伊太彦(いたひこ)さまの敗北(はいぼく)かな、173ヤ恐(おそ)れ入(い)りました。174到底(たうてい)寡(くわ)を以(もつ)て衆(しう)に敵(てき)する事(こと)は出来(でき)ませぬ。175もう此(この)上(うへ)は謹(つつし)んで御(ご)夫婦(ふうふ)の前途(ぜんと)を祝(しゆく)します。176そして悋気(りんき)がましい事(こと)はこれより止(や)めますから、177何卒(どうぞ)神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)に見直(みなほ)し聞(き)き直(なほ)しを願(ねが)ひませう』
178玉国(たまくに)『まアまアこれで内訌(ないこう)も治(をさ)まり、179一先(ひとま)づ安心(あんしん)だ』
180 アンチーは嬉(うれ)しさの余(あま)り、181無雑作(むざふさ)に生(は)えた髯(ひげ)を撫(な)で乍(なが)ら、182島(しま)で作(つく)つて歌(うた)つて居(ゐ)た歌(うた)を交(まじ)へて船唄(ふなうた)を歌(うた)ひ、183一同(いちどう)の御(ご)愛嬌(あいけう)に供(きよう)した。
184アンチー『イヅミの国(くに)のスマの里(さと)
185バーチルさまの家(いへ)の子(こ)と
186仕(つか)へて茲(ここ)に二十(にじふ)年(ねん)
187日日(ひにち)毎日(まいにち)主従(しうじゆう)が
188月夜(つきよ)と暗(やみ)の隔(へだ)てなく
189キヨメの湖(うみ)の魚(うろくず)を
190掻(か)きまはしつつ殺生(せつしやう)した
191其(その)天罰(てんばつ)が報(むく)い来(き)て
192漁舟(すなどりぶね)は沈没(ちんぼつ)し
193力(ちから)と思(おも)ふ吾(わが)主人(あるじ)
194行衛(ゆくゑ)も知(し)れずなり給(たま)ひ
195後(あと)に残(のこ)つたアンチーは
196人(ひと)無(な)き島(しま)に助(たす)けられ
197鳥(とり)の卵(たまご)や果物(くだもの)を
198取(と)りて漸(やうや)く生命(せいめい)を
199保(たも)ち居(ゐ)るこそ果敢(はか)なけれ
200沖(おき)を遙(はるか)に見渡(みわた)せば
201幽(かす)かに白帆(しらほ)の影(かげ)見(み)ゆる
202呼(よ)べど叫(さけ)べど此(この)島(しま)は
203危険(きけん)区域(くゐき)と知(し)る故(ゆゑ)に
204鳥(とり)の外(ほか)より近寄(ちかよ)らぬ
205声(こゑ)を嗄(から)して叫(さけ)べども
206打(う)ち寄(よ)せ来(きた)る波(なみ)の音(ね)に
207呑(の)まれて声(こゑ)は響(ひび)かない
208八千八(はつせんや)声(こゑ)の時鳥(ほととぎす)
209この岩洞(いはあな)に姿(すがた)をば
210隠(かく)して朝夕(あさゆふ)泣(な)くばかり
211もう此(この)上(うへ)は因果腰(いんぐわごし)
212定(さだ)めて島(しま)の王(わう)となり
213いや永久(とこしへ)にセリバシー
214生涯(しやうがい)此処(ここ)に送(おく)らむと
215思(おも)ひ定(さだ)めし苦(くる)しさよ
216朝日(あさひ)は空(そら)に煌々(くわうくわう)と
217輝(かがや)きたまひ夜(よ)を守(まも)る
218月(つき)の姿(すがた)はテラテラと
219昼(ひる)と夜(よる)との隔(へだ)てなく
220恵(めぐみ)の露(つゆ)を垂(た)れたまひ
221果敢(はか)なき身(み)をば守(まも)ります
222此(この)フク島(じま)につきしより
223長(なが)の年月(としつき)人(ひと)の声(こゑ)
224一度(いちど)も聞(き)いた事(こと)はない
225鴎(かもめ)の声(こゑ)や鵜(う)の鳥(とり)が
226夕(ゆふべ)の空(そら)に帰(かへ)り来(き)て
227翼(つばさ)をやすめ朝(あさ)まだき
228朝日(あさひ)の登(のぼ)るを待(ま)ちかねて
229チンチン チユンチユン騒(さわ)がしく
230さながら天女(てんによ)の音楽(おんがく)を
231奏(そう)する如(ごと)く聞(きこ)え来(く)る
232此(この)声(こゑ)こそは吾(わが)身(み)をば
233慰(なぐさ)めたまふ神(かみ)の声(こゑ)
234忝(かたじけ)なしと伏(ふ)し拝(をが)み
235風(かぜ)に吹(ふ)かれ雨(あめ)に濡(ぬ)れ
236漸(やうや)く茲(ここ)迄(まで)ながらへぬ
237明日(あす)をも知(し)らぬ人(ひと)の身(み)の
238人(ひと)なき島(しま)に斃(たふ)れなば
239吾(わが)遺骸(なきがら)を如何(いか)にせむ
240せめて命(いのち)のある中(うち)に
241身(み)を躍(をど)らして水底(みなそこ)へ
242落(お)ち込(こ)み此(この)世(よ)の苦(くる)しみを
243逃(のが)れむものと幾度(いくたび)か
244思(おも)ひ煩(わづら)ひ居(ゐ)たりしが
245ハツと心(こころ)を取(と)り直(なほ)し
246斯(か)くも月日(つきひ)の御(おん)守(まも)り
247吾(わが)身(み)の上(うへ)に照(て)る上(うへ)は
248いつかは海路(かいろ)の風(かぜ)が吹(ふ)き
249助(たす)けの船(ふね)の現(あら)はれて
250恋(こひ)しきスマの故郷(ふるさと)へ
251帰(かへ)られる事(こと)もあらうかと
252気(き)を取(と)り直(なほ)し手(て)を拍(う)つて
253天地(てんち)の御恩(ごおん)を感謝(かんしや)しつ
254際限(さいげん)もなき海原(うなばら)を
255眺(なが)めて又(また)もや生(いき)かへり
256いつしか淋(さび)しさ悲(かな)しさも
257歓喜(くわんき)の涙(なみだ)となりかはる
258人(ひと)は心(こころ)の持(も)ちやうで
259安全(あんぜん)地帯(ちたい)の此(この)島(しま)も
260地獄(ぢごく)の底(そこ)と感(かん)じたり
261天国(てんごく)浄土(じやうど)と感(かん)じつつ
262悲喜(ひき)交々(こもごも)の生涯(しやうがい)を
263送(おく)りし吾(われ)ぞ奇(くし)びなれ
264ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
265神(かみ)の御霊(みたま)の幸倍(さちはへ)て
266今日(けふ)の生日(いくひ)の生時(いくとき)に
267三五教(あななひけう)の神司(かむづかさ)
268初稚姫(はつわかひめ)のお弟子(でし)なる
269数多(あまた)の司(つかさ)に助(たす)けられ
270又(また)もや恋(こひ)しき御(おん)主(あるじ)
271無事(ぶじ)なお顔(かほ)を伏(ふ)し拝(をが)み
272久(ひさ)し振(ぶり)にて故郷(ふるさと)に
273帰(かへ)り行(ゆ)くこそ嬉(うれ)しけれ
274嬉(うれ)し涙(なみだ)は胸(むね)に満(み)ち
275心(こころ)はいそいそ飛(と)び立(た)つ思(おも)ひ
276夢(ゆめ)か現(うつつ)か幻(まぼろし)か
277吾(われ)と吾(わ)が身(み)がはかられぬ
278深(ふか)き恵(めぐみ)のキヨの湖(うみ)
279浪間(なみま)を辷(すべ)り帰(かへ)り行(ゆ)く
280スマの館(やかた)へ帰(かへ)りなば
281主人(あるじ)の妻(つま)のサーベルさま
282嬉(うれ)し涙(なみだ)を湛(たた)へつつ
283手足(てあし)に取(と)りつきし噛(が)みつき
284喜(よろこ)びたまふ事(こと)だらう
285私(わたし)は元(もと)より独身者(ひとりもの)
286ようまアお帰(かへ)りなさつたと
287訪(おと)のう妻(つま)は有(あ)りませぬ
288思(おも)へば思(おも)へば味気(あぢき)なき
289憂世(うきよ)を渡(わた)る独身者(ひとりもの)
290憫(あはれ)みたまへ惟神(かむながら)
291神(かみ)の教(をしへ)の神司(かむづかさ)
292心(こころ)に積(つも)りしありたけを
293一(ひと)つも残(のこ)さず吐(は)き出(だ)して
294救(すく)ひを願(ねが)ひ奉(たてまつ)る
295三年振(さんねんぶり)にて海(うみ)の上(うへ)
296目無(めなし)堅間(かたま)の船(ふね)に乗(の)り
297帰(かへ)りて行(ゆ)くぞ有難(ありがた)き
298主従(しゆじゆう)二人(ふたり)が謹(つつし)みて
299此(この)世(よ)を救(すく)ふ大神(おほかみ)の
300御前(みまへ)に感謝(かんしや)し奉(たてまつ)る
301ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
302御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましませよ』
303伊太(いた)『アハハハハ、304矢張(やつぱり)アンチーさまも一人(ひとり)は淋(さび)しいと見(み)えるな、
305家(いへ)へ帰(かへ)つて精(せ)の無(な)い私(わたし)
306門(かど)に迎(むか)へる妻(つま)はない。
307と云(い)ふ筆法(ひつぱふ)ぢやな。308それや私(わたし)も同(おな)じ事(こと)だ。309折角(せつかく)宣伝使(せんでんし)様(さま)のお伴(とも)して、310功名(こうみやう)手柄(てがら)を現(あら)はし家(いへ)に帰(かへ)つた所(ところ)で、311考(かんが)へて見(み)れば妻(つま)もなし、312ほんに思(おも)へば思(おも)へば淋(さび)しいものだよ。313お前(まへ)も三千彦(みちひこ)さまの夫婦(ふうふ)連(づ)れを見(み)て羨(けなり)うなつて来(き)たのだな。314併(しか)しこの伊太彦(いたひこ)双手(もろて)を上(あ)げて賛成(さんせい)だ。315ヤア是(これ)で俺(おれ)も一人(ひとり)の知己(ちき)を得(え)たものだ。316同病(どうびやう)相憐(あひあは)れむと云(い)ふ事(こと)があるからアンチーさま今後(こんご)は私(わたし)と堅(かた)い握手(あくしゆ)をして互(たがひ)に力(ちから)にならうぢやないか。317お前(まへ)と私(わたし)の私交(しかう)上(じやう)の事(こと)だから別(べつ)に先生(せんせい)の許(ゆる)しを受(う)ける必要(ひつえう)もなし、318三千彦(みちひこ)さまや、319真純彦(ますみひこ)さまに気兼(きがね)も要(い)らぬ。320一(ひと)つ日英(にちえい)同盟(どうめい)でもやらうぢやないか。321なあアンチーさま』
322アンチー『ハイ、323有難(ありがた)う、324何分(なにぶん)宜敷(よろし)く願(ねが)ひます。325私(わたし)も何時(いつ)迄(まで)も御(ご)主人(しゆじん)の家(うち)に御(ご)厄介(やくかい)になつて居(ゐ)るのも詮(つま)りませぬから、326何(なん)とか国(くに)へ帰(かへ)つたら身(み)の振(ふ)り方(かた)を考(かんが)へねばならないと思(おも)ふて居(ゐ)ます』
327伊太(いた)『ヤア、328そりや感心(かんしん)だ、329さうなくてはならぬ。330もし三千彦(みちひこ)さま、331私(わたし)は同性(どうせい)の女房(にようばう)を持(も)ちましたから、332何卒(どうぞ)宜敷(よろし)く御(ご)交際(かうさい)を願(ねが)ひます、333アハハハハ』
334(大正一二・三・二九 旧二・一三 於皆生温泉浜屋 加藤明子録)
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