霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二二章 獣婚(じうこん)〔一四九七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第58巻 真善美愛 酉の巻 篇:第4篇 猩々潔白 よみ(新仮名遣い):しょうじょうけっぱく
章:第22章 獣婚 よみ(新仮名遣い):じゅうこん 通し章番号:1497
口述日:1923(大正12)年03月30日(旧02月14日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年6月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
バーチルやようやく懐かしの我が家に帰ってきたが、妻のサーベルは床の間に厳然と控えてニコニコしていた。そしてバーチルの姿を見るとヒラリと床の間を飛び下りて、猿のような怪しい声を張り上げた。
サーベルは、自分は猩々の女王であり、賤しい獣の肉体のままサーベルに着いていくわけにも行かず、身を投げて死し、バーチルの妻の肉体に懸ったのだと語り始めた。
玉国別は、サーベルは一体二霊だから因縁としてこのまま仲良く暮らすのがよいとバーチルを諭した。バーチルは納得がいかない面持である。
サーベルに懸った猩々の女王はその因縁を語りだした。それによると、猩々の女王の夫の猩々王は、アヅモス山を守護していたが、バーチルの父バークスの罠にかかって命を落としたという。
そして夫猩々王の精霊は、バークスの息子であるバーチルの肉体に納まったのだという。猩々女王は夫の死後、眷属をひきつれてアヅモス山を逃げ出し、船に乗って猩々島に隠れ、夫の精霊がやってくるのを待っていたのだという。
バーチルが漁をやめられずに船に焦がれていたのも、猩々王の精霊がなした業であり、そのために難船して三年前に猩々島に流れ着き、猩々の女王と夫婦となっていたのだと明かした。
玉国別は不思議な因縁を受け入れるようバーチルを諭した。一同はこの不思議な物語を聞いてそれぞれ述懐の歌を歌った。
サーベルは我に返った。そして自分の肉体に宿っている猩々姫が語ったことや歌った歌を聞いて、覚悟はできたから、このまま一体二霊にて夫婦として過ごそうとバーチルに呼びかけた。
玉国別は、人間は精霊の宿泊所のようなものであり、その精霊は一方は愛善の徳を受けて天国に向かい、一方は悪と虚偽の愛のために地獄に向かっていると説いた。善悪混淆の中間状態にあるのが人間であるから、愛と善と信の真によってあらゆる徳を積み、天国天人の班に加わらなければならないと続けた。
そこへ下女がたくさんな馳走をこしらえて膳部を運んできた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-12-22 14:41:29 文字数:3635 OBC :rm5822
愛善世界社版:269頁 八幡書店版:第10輯 465頁 修補版: 校定版:285頁 普及版:108頁 初版: ページ備考:
001 玉国別(たまくにわけ)を先頭(せんとう)にバーチルは三年振(さんねんぶ)りに恋(こひ)しき吾(わが)家(や)の表門(おもてもん)を潜(くぐ)つた。002四辺(あたり)の光景(くわうけい)は自分(じぶん)の不在(るす)にも似合(にあ)はず、003極(きは)めて生々(いきいき)として居(ゐ)る。004庭(には)の手入(てい)れも殊更(ことさら)行届(ゆきとど)き、005牡丹(ぼたん)、006芍薬(しやくやく)、007燕子花(あやめ)、008日和草(ひよりぐさ)、009その外(ほか)鳳仙花(ほうせんくわ)、010鶏頭(けいとう)等(など)が、011広庭(ひろには)の彼方(あちら)此方(こちら)に主人(しゆじん)の不在(るす)を知(し)らず顔(がほ)に、012艶(えん)を競(きそ)ふて咲(さ)き誇(ほこ)つて居(ゐ)る。013雀(すずめ)や燕(つばめ)は主人(しゆじん)の帰(かへ)りを祝(しゆく)するものの如(ごと)く、014殊更(ことさら)高(たか)い声(こゑ)をして囀(さへづ)り出(だ)した。015バーチルは感慨(かんがい)無量(むりやう)の面持(おももち)にて表玄関(おもてげんくわん)より玉国別(たまくにわけ)に従(したが)ひ、016奥(おく)の間(ま)深(ふか)く進(すす)み入(い)る。
017 自分(じぶん)が久(ひさ)し振(ぶ)りに帰(かへ)つて来(き)たのだから女房(にようばう)のサーベルは道(みち)の四五丁(しごちやう)も喜(よろこ)んで迎(むか)へに来(き)て居(ゐ)さうなものだのに、018どうしたものか、019玄関口(げんくわんぐち)迄(まで)も迎(むか)へに来(こ)ないのは、020何(なに)か大病(たいびやう)でも患(わづら)つて居(ゐ)るのではあるまいかと案(あん)じ乍(なが)ら、021吾(わが)居間(ゐま)に宣伝使(せんでんし)と共(とも)に進(すす)み見(み)れば、022サーベル姫(ひめ)は床(とこ)の間(ま)に儼然(げんぜん)として胡座(あぐら)をかき、023両手(りやうて)をキチンと合(あは)して、024莞爾(にこにこ)し乍(なが)ら控(ひか)へて居(ゐ)る。
025 バーチルの姿(すがた)を見(み)るより床(とこ)の間(ま)をヒラリと飛(と)び下(お)り、026『キャッキャッ』と怪(あや)しき声(こゑ)を張(は)り上(あ)げ乍(なが)ら、
027サーベル『ホホホホホこれはこれはお旦那(だんな)様(さま)、028えらう遅(おそ)い事(こと)で厶(ござ)いましたね。029妾(わたし)は一歩(ひとあし)お先(さき)へ参(まゐ)りまして僕(しもべ)に準備(じゆんび)をさせ、030待(ま)つてゐましたのよ。031貴方(あなた)も妾(わたし)と三(さん)年(ねん)が間(あひだ)、032あの離(はな)れ島(じま)に御(ご)苦労(くらう)なさいましたね。033もう此処(ここ)へお帰(かへ)りになれば何(なに)かにつけて便利(べんり)もよく、034何卒(どうぞ)幾久敷(いくひさし)く偕老(かいらう)同穴(どうけつ)の契(ちぎり)を結(むす)んで下(くだ)さいます様(やう)にお願(ねが)ひ申(まを)します。035宣伝使(せんでんし)様(さま)も妾(わたし)の肉体(にくたい)を連(つ)れて帰(かへ)つてやらうかと親切(しんせつ)に仰有(おつしや)つて下(くだ)さいましたが、036何(なん)と云(い)つても畜生(ちくしやう)の肉体(にくたい)、037到底(たうてい)立派(りつぱ)な貴方(あなた)様(さま)のお側(そば)に仕(つか)へる事(こと)は出来(でき)ぬと存(ぞん)じまして海中(かいちう)に身(み)を投(とう)じ、038性(しやう)を変(へん)じて奥様(おくさま)の肉体(にくたい)に憑(かか)りました。039妾(わたし)は貴方(あなた)の愛(あい)して下(くだ)さつた猩々(しやうじやう)夫人(ふじん)で厶(ござ)います。040第二(だいに)夫人(ふじん)として使(つか)つて下(くだ)さいませ』
041バーチル『はて、042合点(がてん)のゆかぬ事(こと)だな。043もし先生(せんせい)様(さま)、044奥(おく)は発狂(はつきやう)したのではありますまいか。045怪体(けたい)な事(こと)を申(まを)すぢや厶(ござ)いませぬか』
046玉国(たまくに)『いや決(けつ)して発狂(はつきやう)でも何(なん)でもありませぬ。047精神(せいしん)清浄(しやうじやう)潔白(けつぱく)にして純朴(じゆんぼく)無垢(むく)な猩々姫(しやうじやうひめ)様(さま)が、048貴方(あなた)を慕(した)つて精霊(せいれい)となり、049奥様(おくさま)の肉体(にくたい)にお宿(やど)りなさつたのですよ。050これも因縁(いんねん)で厶(ござ)いますから仲良(なかよ)うお暮(くら)し下(くだ)さいませ』
051バーチル『何(なん)だか化物(ばけもの)の様(やう)な感(かん)じが致(いた)します。052嫌(いや)らしい者(もの)ですな。053さうして奥(おく)の魂(たましひ)はどうなつたでせうか』
054玉国(たまくに)『奥様(おくさま)とお二人(ふたり)ですよ。055つまり一体(いつたい)二霊(にれい)ですから之(これ)も因縁(いんねん)と諦(あきら)めて仲良(なかよ)くお暮(くら)しなさるが宜(よろ)しい。056これには何(なに)か深(ふか)い因縁(いんねん)が此(この)家(や)に絡(からま)つてあるに違(ちが)ひありませぬ』
057バーチル『へー………』
058サーベル『妾(わたし)の夫(をつと)はアヅモス山(さん)の天王(てんわう)の森(もり)を守護(しゆご)して居(ゐ)る猩々(しやうじやう)で厶(ござ)いましたが、059バーチルさまの父上(ちちうへ)バークスさまが妾(わたし)の夫(をつと)を罠(おとし)にかけ命(いのち)を奪(と)られました。060それ故(ゆゑ)精霊(せいれい)の行(ゆ)く処(ところ)がありませぬので、061バークス様(さま)の御(ご)息子(そくし)、062即(すなは)ち此(この)夫(をつと)バーチルさまの肉体(にくたい)に納(をさ)まりましたので厶(ござ)います。063云(い)はばバーチルさまの精霊(せいれい)は妾(わたし)の夫(をつと)で厶(ござ)います。064妾(わたし)は眷族(けんぞく)を引(ひ)き連(つ)れ、065アヅモス山(さん)の森(もり)を逃(に)げ出(だ)し、066磯辺(いそべ)に繋(つな)いであつた船(ふね)に眷族(けんぞく)を乗(の)せ、067漸(やうや)く猩々(しやうじやう)の島(しま)に渡(わた)つて夫(をつと)の来(く)るのを待(ま)つて居(を)りました。068それ故(ゆゑ)妾(わたし)の精霊(せいれい)が夫(をつと)の精霊(せいれい)と通(かよ)ひし為(た)めバーチルさまは海(うみ)を見(み)るのが好(す)きになり、069漁(れふ)を遊(あそ)ばし到頭(たうとう)漁船(ぎよせん)は難破(なんぱ)して妾(わたし)の島(しま)へ漂着(へうちやく)遊(あそ)ばす様(やう)に夫(をつと)の精霊(せいれい)が致(いた)したので厶(ござ)います。070決(けつ)して三年前(さんねんぜん)から夫婦(ふうふ)になつたのでは厶(ござ)いませぬ』
071バーチル『はてな、072さうすると私(わし)は矢張(やつぱ)り二人暮(ふたりぐら)しであつたのか。073何(なん)とまア合点(がてん)のいかぬものだな。074いつの間(ま)にか猩々彦(しやうじやうひこ)の生宮(いきみや)となつてゐたものと見(み)える。075扨(さ)ても扨(さ)ても合点(がつてん)のゆかぬ事(こと)だな』
076玉国(たまくに)『霊魂(みたま)の力(ちから)と云(い)ふものは恐(おそ)ろしいもので厶(ござ)いますよ。077云(い)はば貴方(あなた)の肉体(にくたい)はバーチルさまと猩々彦(しやうじやうひこ)の合体(がつたい)、078奥様(おくさま)の肉体(にくたい)はサーベル姫(ひめ)と猩々姫(しやうじやうひめ)の合体(がつたい)ですから一夫婦(ひとふうふ)で二夫婦(ふたふうふ)の生活(せいくわつ)を営(いとな)んでゐる様(やう)なものです』
079バーチル『思(おも)ひきや猩々彦(しやうじやうひこ)の肉宮(にくみや)と
080知(し)らず知(し)らずに世(よ)を過(す)ごしける。
081夜(よ)も昼(ひる)も湖(うみ)の上(うへ)のみ憧憬(あこが)れて
082漁(すなど)りせしも仇事(あだごと)でなし』
083サーベル『心(こころ)なき人(ひと)の矛(ほこ)をば避(さ)け乍(なが)ら
084猩々(しやうじやう)ケ島(しま)より魂(たま)通(かよ)はせつ。
085猩々(しやうじやう)の果敢(はか)なき身(み)をば持(も)ち乍(なが)ら
086物(もの)云(い)ふ人(ひと)に宿(やど)る嬉(うれ)しさ』
087伊太彦(いたひこ)『これはしたり思(おも)ひも寄(よ)らぬローマンスを
088目(ま)のあたり見(み)る訝(いぶ)かしさかな。
089三千彦(みちひこ)の神(かみ)の司(つかさ)よ心(こころ)せよ
090汝(なれ)も猩々(しやうじやう)の身霊(みたま)ならずや』
091三千彦(みちひこ)『バーチルは宝(たから)に富(と)める人(ひと)なれば
092二重(にぢう)生活(せいくわつ)苦(くる)しからまじ。
093さり乍(なが)ら宝(たから)貧(まづ)しき三千彦(みちひこ)は
094二重(にぢう)生活(せいくわつ)する術(すべ)もなし』
095デビス姫(ひめ)『吾(われ)とても矢張(やつぱり)二重(にぢう)生活(せいくわつ)よ
096神(かみ)の任(よ)さしの正(せい)守護神(しゆごじん)在(ま)す』
097伊太彦(いたひこ)『それならば俺(おれ)も矢張(やつぱり)同(おな)じ事(こと)
098本(ほん)正(せい)副(ふく)の三重(さんぢう)生活(せいくわつ)』
099真純彦(ますみひこ)『世(よ)の中(なか)の人(ひと)は何(いづ)れも同(おな)じ事(こと)
100善(ぜん)と悪(あく)との魂(たま)の容物(いれもの)』
101玉国別(たまくにわけ)『天地(あめつち)の誠(まこと)の道(みち)を悟(さと)りけり
102心(こころ)より来(く)る人(ひと)の生涯(しやうがい)。
103猩々(しやうじやう)も皆(みな)天地(あめつち)の生神(いきがみ)の
104尊(たふと)き霊(たま)の分(わか)れなりけり。
105猩々姫(しやじやうひめ)主人(あるじ)に尽(つく)す誠心(まごころ)を
106見(み)るにつけても涙(なみだ)こぼるる』
107三千彦(みちひこ)『人(ひと)の皮(かは)着(き)た獣(けだもの)の多(おほ)き世(よ)に
108獣(けもの)の皮(かは)を着(き)たる人(ひと)あり。
109毛衣(けごろも)を脱(ぬ)いで芽出(めで)たく猩々姫(しやうじやうひめ)
110今(いま)更(あらた)めて人(ひと)の皮(かは)着(き)る。
111つまを持(も)つ二人(ふたり)の中(なか)に又(また)二人(ふたり)
112つま持(も)つ人(ひと)を獣婚(じうこん)(重婚(ぢうこん))と謂(い)ふ』
113サーベル『有難(ありがた)し神(かみ)の大路(おほぢ)に目覚(めざ)めたる
114道(みち)の司(つかさ)の厳(いづ)の言霊(ことたま)』
115バーチル『斯(か)うならば只(ただ)何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)に
116任(まか)せて世(よ)をば安(やす)く渡(わた)らむ。
117猩々姫(しやうじやうひめ)妻(つま)の体(からだ)を宿(やど)として
118吾(われ)に仕(つか)へよ千代(ちよ)に八千代(やちよ)に』
119アンチー『これは又(また)思(おも)ひもよらぬ出来事(できごと)よ
120呆(あき)れ果(は)てたる吾(わが)心(こころ)かな。
121さり乍(なが)ら情(なさけ)の道(みち)は同(おな)じ事(こと)
122殊更(ことさら)清(きよ)き姫(ひめ)の御心(みこころ)』
123アキス『奥様(おくさま)と只(ただ)一心(いつしん)に思(おも)ひつめ
124猩々(しやうじやう)の姫(ひめ)に仕(つか)へけるかな』
125カール『肉体(にくたい)はよし猩々(しやうじやう)に在(ま)すとても
126心(こころ)の清(きよ)き姫(ひめ)ぞ尊(たふと)き』
127玉国別(たまくにわけ)『霊界(れいかい)のその消息(せうそく)を詳細(まつぶさ)に
128教(をし)へ玉(たま)ひぬ厳(いづ)の大神(おほかみ)。
129鳥(とり)獣(けもの)虫族(むしけら)草木(くさき)に至(いた)るまで
130皇(すめ)大神(おほかみ)の珍(うづ)の霊(みたま)よ。
131立(た)ちて行(ゆ)くばかりが人(ひと)の所作(しよさ)でなし
132誠(まこと)を立(た)つる人(ひと)ぞ人(ひと)なれ。
133人(ひと)多(おほ)き人(ひと)の中(なか)にも人(ひと)ぞなき
134あらぬ獣(けもの)が人(ひと)の皮(かは)着(き)て。
135表面(うはべ)こそ人(ひと)と見(み)ゆれど魂(たましひ)は
136獣(けもの)の多(おほ)き今(いま)の世(よ)の中(なか)』
137サーベル『猩々姫(しやうじやうひめ)暫(しばら)く控(ひか)へ奉(たてまつ)る
138サーベル姫(ひめ)に口(くち)を譲(ゆづ)りて』
139サーベル『背(せ)の君(きみ)の帰(かへ)りまししと聞(き)きしより
140心(こころ)勇(いさ)みぬ身(み)もたなしらに。
141背(せ)の君(きみ)を庇(かば)ひ玉(たま)ひし猩々姫(しやうじやうひめ)
142吾(わが)身(み)を宿(やど)と定(さだ)めましける。
143何(なん)となく身(み)も健(すこや)かになりにけり
144腹(はら)に力(ちから)の充(み)ち満(み)ちしより。
145猩々(しやうじやう)の姫(ひめ)の命(みこと)の生身霊(いくみたま)
146吾(わが)身(み)を強(つよ)く守(まも)りますらむ』
147伊太彦(いたひこ)『何事(なにごと)も神(かみ)のまにまに人(ひと)の身(み)は
148仕(つか)ふべき由(よし)今(いま)や悟(さと)りぬ』
149サーベル姫(ひめ)『これは これは旦那(だんな)様(さま)、150お懐(なつか)しう厶(ござ)います。151ようまア無事(ぶじ)でお帰(かへ)り下(くだ)さいました。152貴方(あなた)の行衛(ゆくゑ)が分(わか)らなくなつてからと云(い)ふものは朝夕(あさゆふ)アヅモス山(さん)の天王(てんわう)の森(もり)へ参拝(さんぱい)致(いた)し、153種々(いろいろ)と御(ご)祈願(きぐわん)を籠(こ)めましたが、154どうしても御(お)所在(ありか)が分(わか)りませぬので、155荒波(あらなみ)に呑(の)まれて魚腹(ぎよふく)に葬(はうむ)られた事(こと)と観念(くわんねん)しまして、156形(かたち)許(ばか)りの野辺(のべ)の送(おく)りを済(す)ませ、157朝(あさ)は天王(てんわう)の森(もり)に夫(をつと)の冥福(めいふく)を祈(いの)り、158夕(ゆふべ)はアヅモス山(さん)の山腹(さんぷく)の墓(はか)に参詣(さんけい)し、159悲(かな)しき光陰(くわういん)を今日(こんにち)迄(まで)送(おく)つて参(まゐ)りました。160さうした所(ところ)、161二三(にさん)日(にち)以前(いぜん)より俄(にはか)に妾(わたし)の体(からだ)が重(おも)くなり、162腹(はら)の中(なか)から種々(いろいろ)の事(こと)を囁(ささや)き出(だ)し、163貴方(あなた)が近(ちか)い中(うち)に無事(ぶじ)にお帰(かへ)りになるとの知(し)らせ、164それ故(ゆゑ)二人(ふたり)の僕(しもべ)を浜辺(はまべ)に出(だ)し、165お帰(かへ)りを待(ま)たせて居(を)りました。166妾(わたし)の肉体(にくたい)には猩々姫(しやうじやうひめ)とやら云(い)ふ精霊(せいれい)が宿(やど)つてる様(やう)で厶(ござ)いますが、167最前(さいぜん)からの猩々姫(しやうじやうひめ)の歌(うた)を聞(き)きまして、168最早(もはや)覚悟(かくご)は致(いた)しました。169何卒(どうぞ)仲良(なかよ)くして添(そ)ふて下(くだ)さいませ。170お願(ねが)ひで厶(ござ)います』
171バーチル『ああ女房(にようばう)、172どうやら本性(ほんしやう)になつたらしい。173実(じつ)の所(ところ)はお前(まへ)の本当(ほんたう)の声(こゑ)が聞(き)きたかつたのだ。174今(いま)詠(よ)んだ歌(うた)はお前(まへ)覚(おぼ)えて居(ゐ)るかな』
175サーベル『はい、176妾(わたし)は貴方(あなた)の御存(ごぞん)じの通(とほ)り歌(うた)なんか一(ひと)つも出来(でき)ませぬ。177猩々姫(しやうじやうひめ)様(さま)が妾(わたし)に代(かは)つて歌(うた)を詠(よ)んでやらうと腹(はら)の中(なか)で仰有(おつしや)いまして、178あの通(とほ)り珍(めづ)らしい歌(うた)を詠(よ)めたので厶(ござ)います』
179バーチル『うん、180さうに違(ちが)ひない。181到底(たうてい)お前(まへ)の考(かんが)へではあんな詩才(しさい)があるとは思(おも)はなかつた。182ほんに不思議(ふしぎ)なものだな』
183伊太彦(いたひこ)『さうすると奥様(おくさま)よりも猩々姫(しやうじやうひめ)さまの方(はう)が余程(よほど)詩才(しさい)に富(と)んでゐられると見(み)えますな。184いや恐(おそ)れ入(い)つた。185之(これ)では人間(にんげん)も廃業(はいげふ)し度(た)くなつて来(く)る』
186玉国別(たまくにわけ)『伊太彦(いたひこ)さま、187お前(まへ)だつてチヨコチヨコ妙(めう)な歌(うた)を歌(うた)ふが決(けつ)してお前(まへ)の知識(ちしき)の産物(さんぶつ)ぢやないよ。188皆(みんな)副守(ふくしゆ)先生(せんせい)がお前(まへ)の口(くち)を借(か)つて厶(ござ)る丈(だ)けだよ。189人(ひと)は精霊(せいれい)のサツクの様(やう)な者(もの)だからな。190アハハハハ』
191伊太(いた)『精霊(せいれい)のサツク、192ヘー、193つまらぬものですな。194さう考(かんが)へて見(み)ると別(べつ)に歌(うた)を稽古(けいこ)したでもなし、195直(すぐ)に当意(たうい)即妙(そくめう)の名歌(めいか)が浮(うか)んで来(く)ると思(おも)つたら、196矢張(やつぱり)守護神(しゆごじん)さまが仰有(おつしや)つたのですかな。197さうすると私(わたし)の御(ご)本体(ほんたい)は何処(どこ)にあるのでせうかな』
198玉国(たまくに)『人間(にんげん)は凡(すべ)て精霊(せいれい)の宿泊所(しゆくはくしよ)の様(やう)なものだ。199そして其(その)精霊(せいれい)は一方(いつぱう)は愛善(あいぜん)の徳(とく)を受(う)けて天国(てんごく)に向(むか)ひ、200一方(いつぱう)は悪(あく)と虚偽(きよぎ)との愛(あい)の為(ため)に地獄(ぢごく)に向(むか)つて居(ゐ)る。201善悪(ぜんあく)混淆(こんかう)の中間(ちうかん)状態(じやうたい)にゐるのが所謂(いはゆる)人間(にんげん)だ。202それだから八衢(やちまた)人足(にんそく)と神(かみ)様(さま)が仰有(おつしや)るのも決(けつ)して誣言(ぶげん)ではないよ。203どうしても人間(にんげん)は愛(あい)の善(ぜん)と信(しん)の真(しん)に依(よ)つて所在(あらゆる)徳(とく)を積(つ)み天国(てんごく)天人(てんにん)の班(はん)に加(くは)はらねばならないのだ。204生(い)き乍(なが)ら天人(てんにん)の列(れつ)に加(くは)はつて厶(ござ)るのは、205あの初稚姫(はつわかひめ)様(さま)だ。206あの様(やう)な立派(りつぱ)な御(ご)精神(せいしん)にならなくては到底(たうてい)人間(にんげん)として生(うま)れて来(き)た功能(こうのう)がないのだ。207それで私(わし)等(たち)も早(はや)くその域(ゐき)に達(たつ)したいと思(おも)つて神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)を勤(つと)めて居(ゐ)るのだよ』
208 斯(か)く話(はな)す所(ところ)へ下女(げぢよ)は沢山(たくさん)な馳走(ちそう)を拵(こしら)へ、
209下女(げぢよ)『さア皆(みな)さま、210御飯(ごはん)が出来(でき)ました。211悠(ゆつ)くりお食(あが)り下(くだ)さいませ』
212と云(い)ひ乍(なが)ら膳部(ぜんぶ)を運(はこ)び来(く)る。
213(大正一二・三・三〇 旧二・一四 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)
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