霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一八章 船待(ふなまち)〔一四九三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第58巻 真善美愛 酉の巻 篇:第3篇 千波万波 よみ(新仮名遣い):せんぱばんぱ
章:第18章 船待 よみ(新仮名遣い):ふなまち 通し章番号:1493
口述日:1923(大正12)年03月29日(旧02月13日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年6月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
スマの浜辺では、バーチル家の僕アキスとカールが水平線を眺めていた。バーチル家では、主人のバーチルと僕のアンチーが漁に出たまま三年も帰らないため、二人を死んだものとして葬儀を出していた。
しかし女主人のサーベルが三日前から突然、旦那のバーチルが帰ってくるから浜に迎えに行けと僕たちに命令し始めた。二人は命令にしたがって浜に来ているが、合点がゆかず、サーベルの命令への文句やバーチル家の行く末についてあれこれ話している。
そこへ酒に酔ったテクという男がやってきてアキスとカールに絡み始めた。テクはバラモン軍から金をもらって目付をやっている男であった。テクは二人をひとしきり言い争いをした後、ひょろひょろと千鳥足で港方面を指して去って行った。
アキスとカールはその様子を見て笑い歌っている。するとはるか向こうの水面に船の白帆が見えだした。二人は半信半疑で近づく船を眺めて待ちあぐんでいる。
白帆の形は次第に大きくなり、へさきに立っている人の影も見えるくらいに近づいてきた。二人は何とはなしに心勇み磯端に飛び回っている。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2025-12-17 16:08:50 文字数:4824 OBC :rm5818
愛善世界社版:218頁 八幡書店版:第10輯 448頁 修補版: 校定版:231頁 普及版:87頁 初版: ページ備考:
001 スマの浜辺(はまべ)の青芝草(あをしばぐさ)の上(うへ)に胡床(あぐら)をかき、002湖水(こすい)の波(なみ)を眺(なが)めて欠伸(あくび)をきざみ乍(なが)ら雑談(ざつだん)に耽(ふけ)つて居(ゐ)る二人(ふたり)の男(をとこ)があつた。003此(この)二人(ふたり)はバーチルが家(いへ)の僕(しもべ)アキス、004カールであつた。
005アキス『おい、006カール、007昨日(きのふ)から今日(けふ)で三日(みつか)が間(あひだ)、008毎日(まいにち)日日(ひにち)案山子(かがし)か何(なに)かの様(やう)に湖(みづうみ)の面(つら)ばつかり眺(なが)めて頬辺(ほほべた)を蟆子(ぶと)に咬(か)まれ、009待(ま)つてるのも宜(い)い加減(かげん)のものぢやないか。010まるで夢(ゆめ)でも見(み)て居(ゐ)る様(やう)だな、011俺(おれ)ヤもう斯(こ)んな事(こた)ア嫌(いや)になつた。012さつぱりアキスだよ』
013カール『何(なん)と云(い)つても御(ご)主人(しゆじん)が三(さん)年(ねん)も行衛(ゆくゑ)が分(わか)らず、014何時(いつ)カールか、015帰(かへ)らぬか分(わか)らないのだからな。016奥(おく)さまがあつても主人(あるじ)が居(を)らなけりや矢張(やつぱり)アキス見(み)たやうなものだ。017然(しか)しまあアキス狙(ねら)ひが出(で)て来(こ)ぬので、018まア結構(けつこう)だ。019此(この)頃(ごろ)奥(おく)さまは神経(しんけい)興奮(こうふん)して主人(あるじ)が帰(かへ)つて来(く)るから、020迎(むか)へに行(ゆ)け迎(むか)へに行(ゆ)けと尻(しり)に火(ひ)がついた様(やう)に仰有(おつしや)るものだから、021かう来(き)たものの、022奥(おく)さまは夢(ゆめ)でも見(み)たのだらうかのう。023本当(ほんたう)に御(ご)夫婦(ふうふ)仲(なか)の良(よ)いものだつたが、024ああ鰥鳥(やもめどり)となると何(なん)とはなしに淋(さび)しうなつて来(き)てチツとは気(き)も変(へん)になつて来(こ)やうかい。025奥(おく)さまは旦那(だんな)様(さま)が漁(れふ)に行(い)つたきり、026番頭(ばんとう)のアンチーを連(つ)れて、027十日(とをか)経(た)つても二十日(はつか)経(た)つても姿(すがた)をお見(み)せ遊(あそ)ばさないので、028到頭(たうとう)出(で)られた日(ひ)を命日(めいにち)として鄭重(ていちよう)な葬式(さうしき)を遊(あそ)ばし、029石塔(せきたふ)までお拵(こしら)へになつた位(くらゐ)だから、030もう旦那(だんな)様(さま)は帰(かへ)らぬと諦(あきら)めて居(を)られると思(おも)つて居(を)つたのに、031此(この)頃(ごろ)は何(なに)かイソイソとして旦那(だんな)様(さま)が帰(かへ)つて来(く)る帰(かへ)つて来(く)ると仰有(おつしや)るが本当(ほんたう)に困(こま)つて了(しま)ふわ』
032アキス『それでも今年(ことし)で三(さん)年(ねん)にもなるのに後添(のちぞ)ひも入(い)れず神妙(しんめう)に貞淑(ていしゆく)を守(まも)つて居(ゐ)なさる所(ところ)は本当(ほんたう)に見上(みあ)げたものだよ。033何(なん)と云(い)つてもスマきつての財産家(ざいさんか)だから種々(いろいろ)の男(をとこ)が色(いろ)と欲(よく)とで言(い)ひ寄(よ)り、034初(はじ)めの間(うち)は淋(さび)しからうとか、035留守(るす)見舞(みまひ)だとか云(い)つて出入(でい)りする罪(つみ)深(ふか)い奴(やつ)が沢山(たくさん)あつたが、036誰(たれ)も彼(かれ)も皆(みな)エッパッパを喰(く)はされて、037此(この)頃(ごろ)は到底(たうてい)駄目(だめ)だと諦(あきら)めて性悪(しやうわる)男(をとこ)の影(かげ)も見(み)ない様(やう)になつたのは、038まだしもの幸(さいはひ)だ。039併(しか)し乍(なが)ら大変(たいへん)な神経質(しんけいしつ)ぢやないか。040あの一年祭(いちねんさい)の法事(はふじ)を勤(つと)められた時(とき)、041俺(おれ)等(ら)も一緒(いつしよ)に旦那(だんな)様(さま)の石碑(せきひ)の前(まへ)で祭典(さいてん)を行(おこな)ひ、042奥様(おくさま)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)に泣声(なきごゑ)を出(だ)して口説(くど)いて厶(ござ)つた時(とき)は本当(ほんたう)に側(そば)に居(ゐ)る俺(おれ)等(たち)も涙(なみだ)が零(こぼ)れたよ。043夫婦(ふうふ)の情(じやう)と云(い)ふものは斯(こ)んなものかと感心(かんしん)したよ。044本当(ほんたう)に貞淑(ていしゆく)な女(をんな)だなア』
045カール『うん、046さうさう、047俺(おれ)もその時(とき)には本当(ほんたう)に涙(なみだ)が零(こぼ)れたよ。048やがて三年祭(さんねんさい)が出(で)て来(く)るのだが、049あの時(とき)の様(やう)な滑稽(こつけい)は今度(こんど)はあるまいね。050奥様(おくさま)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)に石塔(せきたふ)に向(むか)つて仰有(おつしや)るのには、051「もし、052旦那(だんな)様(さま)、053貴方(あなた)は可愛(かあい)い妻子(つまこ)を振(ふ)り棄(す)てて私(わたし)がお諫(いさ)め申(まを)すのもお聞(き)き遊(あそ)ばさず、054番頭(ばんとう)と一緒(いつしよ)に性凝(しやうこ)りもなく殺生(せつしやう)をしておいで遊(あそ)ばした。055その天罰(てんばつ)と申(まを)しますか、056何(なん)と申(まを)すか知(し)りませぬが到頭(たうとう)貴方(あなた)は魚(さかな)の為(ため)に尊(たふと)い命(いのち)を奪(と)られたぢやありませぬか。057もし貴方(あなた)に霊(れい)があるのなれば何(なん)とか証(しるし)を見(み)せて下(くだ)さい」とそれはそれは人目(ひとめ)も憚(はばか)らずお泣(な)き遊(あそ)ばした時(とき)は本当(ほんたう)に側(そば)に居(ゐ)るのも苦(くる)しい様(やう)だつた。058そした所(ところ)、059旦那(だんな)様(さま)の石塔(せきたふ)がガタガタと動(うご)き出(だ)した。060俺(おれ)は吃驚(びつくり)して魂(たましひ)が宙(ちう)を飛(と)ぶ様(やう)になつて居(ゐ)た。061それでも奥様(おくさま)は泰然(たいぜん)自若(じじやく)たるもので、062「旦那(だんな)様(さま)、063貴方(あなた)は石塔(せきたふ)になつてからも私(わたし)の事(こと)を思(おも)ふて下(くだ)さいますと見(み)えまして、064只今(ただいま)石塔(せきたふ)がお動(うご)き遊(あそ)ばしたのは、065全(まつた)く性念(しやうねん)がお在(あ)りになるので厶(ござ)いませう。066何卒(どうぞ)一言(ひとこと)女房(にようばう)と云(い)つて下(くだ)さい。067お願(ねが)ひで厶(ござ)います」と泣(な)いて口説(くど)かれた時(とき)は本当(ほんたう)に気(き)の毒(どく)で堪(たま)らなかつたぢやないか。068後(あと)から考(かんが)へて見(み)れば石塔(せきたふ)が動(うご)いたのは丁度(ちやうど)その時(とき)、069地震(ぢしん)があつたのだ。070あの時(とき)、071ケルの家(いへ)もタク公(こう)の家(いへ)もメチヤメチヤに壊(こは)されて了(しま)つたぢやないか。072その時(とき)は本当(ほんたう)に旦那(だんな)様(さま)の石塔(せきたふ)が動(うご)いたのかと思(おも)つて、073どれ丈(だ)け俺(おれ)は肝(きも)を潰(つぶ)したか分(わか)らなかつたよ。074後(あと)で思(おも)つて見(み)れば実(じつ)に滑稽(こつけい)だつたな』
075アキス『うん、076そんな事(こと)があつたね。077然(しか)し余(あんま)り気(き)の毒(どく)で、078地震(ぢしん)で動(うご)いたのだと云(い)ふ事(こと)も出来(でき)ず、079奥様(おくさま)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に矢張(やつぱ)り石塔(せきたふ)が奥様(おくさま)の誠(まこと)に感(かん)じて動(うご)いたのだと信(しん)じて厶(ござ)るのだから、080本当(ほんたう)にお憐(いとし)いものだ。081然(しか)しどうだらうな、082本当(ほんたう)に旦那(だんな)様(さま)がお帰(かへ)りになるのだらうか。083昨日(きのふ)の日(ひ)の暮(く)れ頃(ごろ)に海賊船(かいぞくせん)が七八艘(しちはつそう)、084向(むか)ふの方(はう)を通(とほ)りキヨの港(みなと)に行(い)つたきり、085漁船(ぎよせん)も通(とほ)らねば船(ふね)らしいものは、086此方(こちら)に来(こ)ないぢやないか。087奥様(おくさま)の話(はなし)によれば立派(りつぱ)な船(ふね)に乗(の)つて沢山(たくさん)の人(ひと)に送(おく)られて帰(かへ)つて厶(ござ)ると仰有(おつしや)るが、088まるで雲(くも)を掴(つか)む様(やう)な話(はなし)ぢやないか。089この炎天(えんてん)に頭(あたま)を曝(さら)されてはやりきれないわ。090木(き)の蔭(かげ)でもあれば辛抱(しんばう)が出来(でき)るのだが、091見渡(みわた)す限(かぎ)り木(き)一本(いつぽん)もない此(この)浜辺(はまべ)に居(ゐ)るのは、092もうアキスだ。093何処(どこ)か友達(ともだち)の処(ところ)にでも行(い)つて悠(ゆつ)くり休息(きうそく)して帰(かへ)らうぢやないか』
094カール『それだと云(い)つて、095もしや、096ひよつと旦那(だんな)様(さま)が帰(かへ)られたなら、097それこそ大変(たいへん)なお目玉(めだま)を喰(くら)はねばならぬよ。098あれ丈(だ)け奥様(おくさま)が喧(やかま)しく狂人(きちがひ)の様(やう)に仰有(おつしや)るのだから間違(まちがひ)なからうと思(おも)ふよ』
099アキス『俺(おれ)も何(なん)だか帰(かへ)つて厶(ござ)る様(やう)な気持(きもち)もするなり、100帰(かへ)られぬ様(やう)な気(き)もするなり、101変(へん)な気(き)になつて来(き)た。102もしや気(き)が違(ちが)ふのぢやあるまいかな。103余(あんま)り炎天(えんてん)に照(て)らされたので頭(あたま)がカンカンする様(やう)になつたのだから可怪(をか)しいものだぞ』
104 斯(かか)る所(ところ)へ一人(ひとり)の男(をとこ)、105ヒヨロリ ヒヨロリと千鳥足(ちどりあし)に真赤(まつか)な顔(かほ)し乍(なが)ら歩(あゆ)み来(きた)り、
106男(をとこ)『エ、107ベランメー、108貴様(きさま)は毎日(まいにち)日日(ひにち)此(この)暑(あつ)いのに、109斯(こ)んな処(ところ)に屁太(へた)りやがつて、110何(なに)をしてけつかるのだ。111何程(なにほど)湖水(こすい)を眺(なが)めて居(を)つても、112滅多(めつた)に魚(さかな)はお前(まへ)の前(まへ)へ跳(と)んで来(く)る気遣(きづか)ひは無(な)いぞ。113空(そら)飛(た)つ鳥(とり)がお前(まへ)の前(まへ)へパタリと落(お)ちて来(く)る筈(はず)もなからう。114何(なん)だ、115用(よう)もないのに荒男(あらをとこ)が毎日(まいにち)日日(ひにち)欠伸(あくび)ばつかりしやがつて気(き)の利(き)かない野郎(やらう)だな。116此(この)頃(ごろ)はチツと逆上(のぼ)せて居(ゐ)やがるのだな。117お前(まへ)の宅(うち)の女主人(をんなしゆじん)が変(へん)な事(こと)を口走(くちばし)るものだから、118狂人(きちがひ)が伝染(でんせん)しよつて、119毎日(まいにち)日日(ひにち)斯(こ)んな処(ところ)に烏(からす)の嚇(おど)しの様(やう)に来(き)やがつて、120何(なん)だ。121措(お)け措(お)け、122それよりも俺(おれ)の所(ところ)へ来(き)て酒(さけ)の一杯(いつぱい)も飲(の)んだ方(ほう)が面白(おもしろ)いぞ。123此(この)テクさまは朝(あさ)から晩(ばん)まで、124バラモンさまから結構(けつこう)な御(お)手当(てあて)を頂戴(ちやうだい)して三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)や信者(しんじや)を探(さが)し廻(まは)つて居(ゐ)るのだ。125何(なん)でも今日(けふ)明日(あす)の中(うち)にキヨの港(みなと)へ着(つ)くと云(い)ふ事(こと)だが、126其奴(そいつ)でも取(と)ツ捉(つか)まへて見(み)よ。127結構(けつこう)な御(ご)褒美(ほうび)を頂(いただ)いて、128甘(うめ)え酒(さけ)が鱈腹(たらふく)飲(の)めるのだ。129チツと俺(おれ)の宅(うち)へ出(で)て来(き)て酸(す)ツぱい酒(さけ)の一杯(いつぱい)もやつて一働(ひとはたら)きする気(き)はないか。130こんな所(ところ)へ屁太張(へたば)つて居(ゐ)ても気(き)が利(き)かねーや』
131アキス『おい、132テク、133貴様(きさま)は毎日(まいにち)日日(ひにち)酒(さけ)に酔(よ)つ払(ぱら)つて、134どうして其(その)金(かね)が出来(でき)るかと思(おも)つたらバラモンのスパイをやつてるのだな。135それではスパイ酒(ざけ)でも飲(の)める筈(はず)だ。136然(しか)し人間(にんげん)と生(うま)れて犬(いぬ)の様(やう)な事(こと)はせぬものだな』
137テク『何(なに)、138犬(いぬ)とは何(なん)だ。139馬鹿(ばか)にするない。140そんな事(こと)申(まを)すと、141貴様(きさま)を三五教(あななひけう)の信者(しんじや)と申(まを)し立(た)て、142関所(せきしよ)へ「恐(おそ)れながら……」と密告(みつこく)するが如何(どう)だ』
143アキス『ヘン、144そんな嚇(おど)し文句(もんく)を喰(く)う様(やう)な俺(おれ)かい。145俺(おれ)の主人(しゆじん)はバラモン教(けう)の立派(りつぱ)な信者(しんじや)だ。146そこの宅(うち)に奉公(ほうこう)してる俺(おれ)だぞ。147いつもバラモン教(けう)の宣伝使(せんでんし)が何(なん)だか難(むつ)かしいお教(きやう)を旦那(だんな)様(さま)の霊前(れいぜん)に唱(とな)へに来(き)て下(くだ)さる位(くらゐ)だから、148そんな事(こと)云(い)つたつて、149お取(と)り上(あ)げになるものかい』
150テク『やア、151そいつア失敗(しま)つた。152それぢや物(もの)にならぬわ。153然(しか)し乍(なが)ら貴様(きさま)に云(い)つて置(お)くが、154ひよつとしたら風(かぜ)の吹(ふ)き廻(まは)しで此(この)磯端(いそばた)へ三五教(あななひけう)の奴(やつ)が漂着(へうちやく)するかも知(し)れぬから、155その時(とき)俺(おれ)の所(ところ)へソツと知(し)らせに来(き)て呉(く)れ。156さうすりや沢山(たくさん)の御(ご)褒美(ほうび)を戴(いただ)いて、157うまい酒(さけ)を鱈腹(たらふく)飲(の)まうと儘(まま)だからなア』
158アキス『俺(おれ)は酒(さけ)は嫌(きら)ひだ。159もとより下戸(げこ)だからのう。160そんな人(ひと)の嫌(いや)がる事(こと)をして金(かね)を貰(もら)ひ、161酒(さけ)を飲(の)んだ所(ところ)が腸(はらわた)を腐(くさ)らす許(ばか)りで、162何(なん)の得(う)る所(ところ)もないから、163まア御免(ごめん)蒙(かうむ)つとこかい』
164テク『ヘン措(お)きやがれ。165唐変木(たうへんぼく)奴(め)、166酒(さけ)の趣味(しゆみ)の分(わか)らぬ数(かず)の子(こ)舌(した)では話(はなし)がないわい。167馬鹿(ばか)らしい、168これから一(ひと)つ浜辺(はまべ)を迂路(うろ)ついてよい鳥(とり)を見(み)つけ出(だ)して酒銭(さかて)を拵(こしら)へよう。169まア貴様(きさま)等(たち)は其処(そこ)で悠(ゆつ)くり酒甕(さけがめ)の背(せな)を干(ほ)して居(ゐ)るが宜(よ)からうぞ』
170カール『構(かま)ふて呉(く)れない。171お金(かね)が欲(ほ)しけりや奥(おく)さまに何程(なんぼ)でも俺(おれ)は頂戴(ちやうだい)するのだ。172チツと貴様(きさま)とは境遇(きやうぐう)が違(ちが)ふのだからな』
173テク『ナナナナ何(なん)だ。174虎(とら)の威(ゐ)を借(か)る古狐(ふるぎつね)奴(め)、175主人(しゆじん)が何程(なんぼ)金持(かねもち)だつて、176それが何(なん)になる。177貴様(きさま)はド甲斐性(がひしやう)の無(な)い、178「ヘーヘー、179ハイハイ」と首陀(しゆだ)の家(いへ)に、180こき使(つか)はれ五斗米(ごとべい)に腰(こし)を屈(くつ)する卑劣(ひれつ)な奴(やつ)だ。181此(この)方(はう)は独立(どくりつ)独歩(どくぽ)の御(ご)主人(しゆじん)様(さま)で十日(とをか)に十人口(じふにんぐち)だ。182こんな大家族(だいかぞく)を支(ささ)へて行(ゆ)く丈(だ)けの腕前(うでまへ)があるのだからな。183ヘン、184チツと身魂(みたま)の製造(せいざう)が違(ちが)ふのだから、185余(あんま)り馬鹿(ばか)にして貰(もら)ふまいかい』
186アキス『アハハハハ、187独身(どくしん)生活(せいくわつ)をし乍(なが)ら十人口(じふにんぐち)の大家族(だいかぞく)だなんて、188何(なに)、189馬鹿(ばか)吐(こ)きやがるのだ。190俺(おれ)だつて百(ひやく)日(にち)に百人口(ひやくにんぐち)だ。191十人口(じふにんぐち)の家族(かぞく)よりも百人口(ひやくにんぐち)の家族(かぞく)の方(はう)が余程(よつぽど)世帯(しよたい)が大(おほ)きいぞ。192よい加減(かげん)に酒喰(さけくら)ひは、193ここを立去(たちさ)つて呉(く)れ。194熟柿(じゆくし)臭(くさ)くて鼻(はな)が曲(まが)りさうだ、195八百屋(やほや)店(みせ)でも広(ひろ)げられ様(やう)ものなら堪(こば)りきれないからのう』
196テク『エー、197こんな没分暁漢(わからずや)に係(かか)り合(あ)つて居(を)つても鐚(びた)一文(いちもん)にもならないわ。198此(この)テクさまも一(ひと)つテクテクと其処辺(そこら)中(ぢう)をテクツて見(み)て、199犬(いぬ)ぢやないが棒(ぼう)に当(あた)つて見(み)ようかい。200酒(さけ)も酒(さけ)も分(わか)らぬ奴(やつ)だなア』
201と悪垂(あくた)れ口(ぐち)を吐(つ)き乍(なが)らヒヨロリ ヒヨロリ浜辺(はまべ)伝(づた)ひにキヨの港(みなと)方面(はうめん)さして足許(あしもと)危(あやふ)く歩(あゆ)み行(ゆ)く。
202 アキス、203カールの両人(りやうにん)はテクの後姿(うしろすがた)を見送(みおく)つて、204時(とき)にとつての慰(なぐさ)みと手(て)を拍(う)つて笑(わら)つて居(ゐ)る。
205アキス『テクテクとテクの棒(ぼう)奴(め)がやつて来(き)て
206グデングデンと舌(した)を捲(ま)きつつ。
207千鳥足(ちどりあし)ヒヨロリヒヨロリと浜伝(はまづた)ひ
208酒(さけ)の肴(さかな)を漁(あさ)りつつ行(ゆ)く』
209カール『いつとてもテクの棒(ぼう)奴(め)がスパイをば
210勤(つと)めてスツパイ酒(さけ)を飲(の)むなり。
211バラモンの俺(おれ)はスパイと偉(えら)さうに
212法螺(ほら)吹(ふ)き散(ち)らしスパイ屁(へ)を放(ひ)る』
213アキス『待(ま)ち詫(わ)びし主人(あるじ)の君(きみ)は帰(かへ)りまさず
214家(いへ)に帰(かへ)りて如何(いか)に答(こた)へむ。
215あてもなき主人(あるじ)の君(きみ)を待(ま)ち詫(わび)て
216暑(あつ)さに悩(なや)む吾(われ)ぞ果敢(はか)なき』
217カール『どうしても主人(あるじ)の君(きみ)が帰(かへ)りますと
218云(い)ひきり玉(たま)ふ奥様(おくさま)の口(くち)。
219口(くち)ばかり帰(かへ)る帰(かへ)ると云(い)つたとて
220向(むか)ふみずなる湖(うみ)に影(かげ)なし』
221アキス『今日(けふ)も亦(また)空(むな)しく待(ま)ちし信天翁(あはうどり)
222羽(は)ばたきするも心(こころ)曳(ひ)かるる。
223鵜(う)の様(やう)に首(くび)を傾(かた)げて待(ま)つ二人(ふたり)
224只(ただ)海風(うなかぜ)の音(おと)のみぞ聞(き)く』
225 斯(か)く歌(うた)ふ折(をり)しも遥(はる)か向(むか)ふの水面(すいめん)に霞(かすみ)の間(あひだ)から小(ちひ)さき白帆(しらほ)が浮(うか)んで居(ゐ)るのが目(め)についた。226アキスは手(て)を拍(う)つて打喜(うちよろこ)び、
227アキス『有難(ありがた)し向(むか)ふに見(み)ゆる白帆(しらほ)こそ
228主人(あるじ)の君(きみ)の御船(みふね)なるらむ』
229カール『船(ふね)見(み)れば主人(あるじ)の君(きみ)と思(おも)ひ込(こ)む
230その喜(よろこ)びは水(みづ)の泡(あわ)ぞや』
231アキス『今日(けふ)で三日(みつか)船(ふね)の姿(すがた)も見(み)ざりけり
232何(なに)は兎(と)もあれ床(ゆか)しくぞ思(おも)ふ』
233カール『頼(たの)みなき船(ふね)を眺(なが)めて吾(わが)主人(あるじ)
234帰(かへ)りますぞと思(おも)ふ果敢(はか)なさ』
235アキス『何(なん)となく心(こころ)の勇(いさ)み来(く)るを見(み)れば
236主人(あるじ)の君(きみ)と信(しん)ぜられける』
237カール『あの船(ふね)にもしも主人(あるじ)の在(ま)しまさば
238吾(わが)身(み)の疲(つか)れ頓(とみ)に癒(い)ゆべし。
239さり乍(なが)ら竿(さを)にて星(ほし)をがらつ様(やう)な
240果敢(はか)なき夢(ゆめ)を見(み)る人(ひと)ぞ憐(あは)れ』
241アキス『何故(なにゆゑ)か白帆(しらほ)の影(かげ)は懐(なつか)しく
242思(おも)はれにけり心(こころ)勇(いさ)みて』
243カール『真帆(まほ)片帆(かたほ)揚(あ)げて通(かよ)ふ此(この)湖(うみ)は
244量(はか)り知(し)られぬ魔(ま)の湖(うみ)と聞(き)く。
245吾々(われわれ)が迷(まよ)ふ心(こころ)を推(お)し量(はか)り
246醜(しこ)の魔神(まがみ)の図(はか)るなるらむ』
247アキス『待(ま)ち詫(わ)びし船(ふね)の姿(すがた)を眺(なが)むれば
248半(なかば)心(こころ)は安(やす)まりにける。
249吾(わが)主人(あるじ)もしも居(ゐ)まさぬその時(とき)は
250一(ひと)つの首(くび)を汝(なれ)に与(あた)ふる』
251カール『面白(おもしろ)い自信(じしん)の強(つよ)い其(その)言葉(ことば)
252アタ邪魔臭(じやまくさ)い首(くび)を貰(もら)ふか』
253アキス『此(この)首(くび)は一生(いつしやう)使(つか)ふ吾(わが)宝(たから)
254うかうか渡(わた)す馬鹿(ばか)があらうか。
255吾(わが)主人(あるじ)乗(の)ります船(ふね)と知(し)りしより
256かたき誓(ちか)ひを立(た)てしものぞや』
257カール『誠(まこと)ならば吾(われ)も喜(よろこ)び手(て)を拍(う)つて
258雀踊(すずめをど)りを舞(ま)ふて見(み)せなむ』
259アキス『おひおひに近(ちか)づく船(ふね)の影(かげ)見(み)れば
260心(こころ)楽(たの)しくなり増(ま)さり行(ゆ)く。
261かたい事(こと)云(い)ふぢやなけれど彼(あ)の船(ふね)は
262主人(あるじ)の君(きみ)が屹度(きつと)在(ま)します。
263もし之(これ)が違(ちが)ふた時(とき)は約束(やくそく)の
264首(くび)をお前(まへ)に渡(わた)す覚悟(かくご)だ』
265カール『ほんにまアお前(まへ)の強(つよ)い自我心(じがしん)に
266俺(おれ)も呆(あき)れて物(もの)が云(い)はれぬ。
267あの船(ふね)にもしも主人(あるじ)が在(ま)しまさば
268お餅(もち)を搗(つ)いて大祝(おほいは)ひせむ』
269アキス『村中(むらぢう)に酒(さけ)や肴(さかな)に餅(もち)配(くば)り
270十日(とをか)二十日(はつか)と祝(いは)ひつづけむ。
271奥様(おくさま)が俺(おれ)に確(しつか)り云(い)はしやつた
272主人(あるじ)の顔(かほ)は望月(もちつき)の神(かみ)』
273 斯(か)く二人(ふたり)は半信(はんしん)半疑(はんぎ)の念(ねん)に駆(か)られ、274近(ちか)づき来(きた)る船(ふね)を眺(なが)めて首(くび)を鶴(つる)の如(ごと)く延(の)ばして、275もどかしげに待(ま)ち倦(あぐ)んで居(ゐ)る。276白帆(しらほ)の形(かたち)は次第(しだい)々々(しだい)に大(おほ)きくなつて舳(へさき)に立(た)つて居(ゐ)る人(ひと)の影(かげ)さへ肉眼(にくがん)にて認(みと)め得(う)る迄(まで)近(ちか)づいて来(き)た。277二人(ふたり)は手(て)をつなぎ磯端(いそばた)にキリキリ舞(まひ)をして、278何(なん)とはなしに心(こころ)勇(いさ)み跳(と)び廻(まは)つて居(ゐ)る。279空(そら)には巨鳥(きよてう)が一文字(いちもんじ)に羽(はね)を拡(ひろ)げ微風(びふう)をきつて、280いと鷹揚(おうやう)げに前後(ぜんご)左右(さいう)に自動(じどう)飛行機(ひかうき)の演習(えんしふ)をやつて居(ゐ)る。
281(大正一二・三・二九 旧二・一三 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)
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