霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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月明誌創刊の辞

インフォメーション
題名:月明誌創刊の辞 著者:
ページ:435
概要: 備考:2023/09/28校正。著作集3にも同様の文献あり。B195303c330「歌道」 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-09-28 14:07:24 文字数:1521 OBC :B121805c219
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:『月明』第1号昭和2年1月25日
 畏(かしこ)くも神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)は千座(ちくら)の置戸(おきど)を負はせ給ひて、八雲(やくも)立(たつ)出雲の国は肥(ひ)の川上(かはかみ)に八岐(やまた)大蛇(をろち)を退治し給ひ手撫槌(てなづち)、足撫槌(あしなづち)の末女(まつぢよ)奇稲田(くしいなだ)姫(ひめ)の危難を救ひ、翁媼(をうおう)より姫を貰ひ受け須賀(すが)の宮居を造営し給ひて
  『八雲(やくも)立つ出雲八重垣妻(つま)ごみに 八重垣作るその八重垣を』[*底本では「妻ごみ」ではなく「妻ごめ」になっている。]
と三十一(みそひと)文字を読み給ひしを以(もつ)て和歌の濫觴(らんしやう)となす。尊(みこと)の亦(また)の御名(みな)を月読(つきよみの)命(みこと)と尊称し奉(まつ)る。尊(みこと)は高天原(たかあまはら)の変(へん)より八百万の神々たちに神退(かむやら)はれ、普天(ふてん)率土(そつど)を愛世(あいせい)愛民(あいみん)の大志を起(おこ)して遍歴し給ひし神代(かみよ)の大英雄に坐(ま)しませり。爰(ここ)に明光社(めいくわうしゃ)は尊(みこと)の御名(みな)に因(ちな)める雑誌『月明(げつめい)』(明光誌の前身)を発刊し、以て敷島の大道(だいだう)乃(すなは)ち惟神(かむながら)の妙地(めうち)を開拓すべく生(うま)れ出(い)でたるものなれば、大(だい)にしては愛神(あいしん)善民(ぜんみん)の基礎となり、小(せう)にしては修身(しうしん)斉家(せいか)の基本ともなる可(べ)く、一大抱負を以て将(まさ)に呱々(ここ)[*底本では「孤々」だが誤字であろう。]の声を挙ぐる事となりました。
 扨(さ)て神国(しんこく)の名を負へる瑞穂国(みづほのくに)の人々は総ての煩雑を厭(いと)ひ、閑静を愛する心(こころ)強く、世俗に交はりて世事(せじ)に狂奔(きやうほん)するの傍(かたはら)、風雅の別天地に遊ばむとする国民性がある。其の別天地の事物には自(おのづか)ら雅致(がち)があり風趣(ふうしゆ)があつて、その趣味亦(また)言ふべからざるものがある。故に世事(せじ)の傍(かたはら)その趣味に生くるものを風流と称(たた)へ韻事(ゐんじ)と称して、文人(ぶんじん)墨客(ぼくきやく)等(とう)は詩歌(しいか)とも為し書画とも為し、調度(てうど)器物(きぶつ)ともなして其情(じやう)を慰(なぐさ)むるものである。かの桜狩(さくらがり)に一夜を花下(くわか)に宿らむとし、紅葉(もみぢ)見に鹿の遠音(とほね)に憧憬(あこが)れ、沢(さは)の蛍(ほたる)に吾(われ)魂のたぐへるかと思ひ、秋野(あきの)の虫の声を聞きては吾を呼ぶかと思ふなどは、風流思想の充たざる限り其(その)境地には入(はい)り難きものである。然(しか)し乍(なが)ら我(わが)国人(くにびと)には此の趣味を愛する人多く、古人(こじん)に於て最も濃厚であつた。彼(か)の右衛門(うゑもんの)尉(じやう)実頼(さねより)は住吉神社に参籠(さんろう)して、五年の生命(いのち)を縮めても構はないから一首の歌を詠み得さしめ給へと云つて祈つた位(くらゐ)である。
 抑(そもそも)敷島の道とは惟神の道であり、惟神の道は至誠である。誠(まこと)あれば人をも感ぜしめ、鬼神(きじん)をも泣かしめ、神明(しんめい)の心を歓(よろこ)ばしめ奉(まつ)り、天下を和(なご)め奉(まつ)ると云ふ。然(しか)らば惟神の道に生ひ立ちたる我(わが)国人(くにびと)としては必然和歌は詠まねばならぬものである。
 歌なるものは実に霊妙(れいめう)なるもので、治国(ちこく)平(へい)天下(てんか)の大道(だいだう)も歌の力(ちから)によつて遂げ得らるるものである。葛城(かつらぎの)王(きみ)は采女(うねめ)の歌に依つて国司の罪を宥(ゆる)し、菅原道真は小大進(こだいしん)[※平安後期の女性歌人]の歌によつて濡衣(ぬれぎぬ)を脱いだ。紫式部は歌によつて節操を全うし、和泉式部は歌によつて赤縄(ゑにし)の絶えむとせしを繋ぎ止めた。『風吹かば沖津(おきつ)白浪(しらなみ)立田山(たつたやま)夜半(よは)にや君(きみ)はひとり行くらむ』の歌は覆水(ふくすゐ)を盆(ぼん)に復(かへ)さしめた。『我れもしか泣きてぞ』の歌は、後妻を追はしめ、大隅(おほすみ)の郡司の歌は、国司の笞(しもと)を抛(なげう)たしめ、安倍(あべの)貞任(さだとう)の歌は八幡太郎の矢を止(と)めしめた。安倍仲麿の歌は唐人を泣かしめ、能因(のういん)法師の歌は三嶋明神の神感(しんかん)を得、小野小町の歌は旱天(かんてん)に雨を降らしめた例(ため)しもある。
 斯(かく)の如く歌は霊(くしび)にして妙(たへ)なるものである。されば神代(かみよ)の昔より人の世の今日(こんにち)に至るまで、高下(かうげ)貧富の区別無く斯(こ)の道を尊(たふと)まぬものは無いのである。実(げ)にや斯(こ)の道は皇国の御手(みて)ぶりの産(うぶ)なる道にして、賢(さか)しらだちたる外国(とつくに)などとは様(さま)の変(かは)れる事雲泥(うんでい)の差にして、清き赤き直(なほ)き正しき誠の心も歌によつて現はれ、人の心の善(ぜん)不善(ふぜん)、人の情(じやう)の有り無しも歌によつて知悉(ちしつ)し得らるるが故に、古人(こじん)も、人は歌を詠むべきものなりとして歌の徳を数へ、その詠み様(やう)や心の掟(おきて)など、かれこれ沙汰したる書物も現はれたのである。彼(か)の為相(ためすけ)卿(きやう)は歌の霊妙尊貴なる心を評して、
  『これのみぞ人の国より伝(つた)はらで 神代(かみよ)をうけし敷島の道』
と迄(まで)詠みたる例(れい)があるのである。
 斯(かく)の如く歌の尊貴にして惟神の薀奥(うんおう)とも云ふべき大切なる国人(くにびと)の手振りなれば、神務多端(たたん)の折をも顧(かへり)みず、神業(しんげふ)の一部として爰(ここ)に『月明(げつめい)』誌を発刊し、斯道(しだう)奨励の為に資(し)せむとするのであります。
 惟神霊幸倍坐世
(昭和二・一・二五 月明誌第一号)
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