霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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大本神諭に就て

インフォメーション
題名:大本神諭に就て 著者:出口王仁三郎
ページ:625
概要: 備考: タグ: データ凡例:2021/4/14底本(全集5)と照合して校正 データ最終更新日:2024-06-01 17:40:19 文字数:3577 OBC :B121805c280
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:神霊界 > 大正7年7月1日号(第65号) > 神諭に就て(一)
 大本(おほもと)開祖(かいそ)の御(ご)神諭(しんゆ)の文中(ぶんちう)に幾度と無く、明治二十五年以来『艮(うしとら)の金神(こんじん)は世の本(もと)の誠の生神(いきがみ)であるぞよ。昔の神代(かみよ)に余り神力(しんりき)が強(つよ)過(す)ぎて八百万(やほよろづ)の神に嫌(きら)はれて艮(うしとら)の隅(すみ)へ押(おし)込(こ)められて居(を)りたから、物質(ぶつ)の世に成りて了(しま)うて強い者勝(が)ちの畜生の世になりて居(を)りた世を、時節(じせつ)参りて艮の金神の世に成りたから、是(これ)から表に現(あら)はれて三千(さんぜん)世界(せかい)を一つに致して外国(から)天竺(てんぢく)も一つに丸めて、天下泰平に世を治めて,人民を安心さすぞよ云々(うんぬん)』
 大本開祖の神諭は極東日本(につぽん)国(こく)のみの事を記されたのではありませぬから、下津(したつ)岩根(いはね)の綾部の霊地から、東北に当(あた)る丹後(たんごの)国(くに)の冠島(をしま)沓島(めしま)へ大神(おほかみ)の退去して居(を)られたと云ふ事は、実際は譬(たと)へのやうなものであります。併(しか)し乍(なが)ら大神の御(ご)威霊(ゐれい)の一部分は確かに此(こ)の両島(りやうたう)に潜伏されて、天運(てんうん)循環(じゆんくわん)の時機を待つて居(を)られたのであります。要するに艮(うしとら)の両島は日本国の縮図としての示教(じけう)であります。抑(そもそ)も艮(うしとら)と云ふ意義の大要は、艮(はじ)め、艮(かた)め、艮(とど)め、の意義でありまして、我(わが)地球の東北即ち艮(うしとら)に位(くらゐ)する日本神国(しんこく)は、天地創造の最初に大神の修理固成せられた御国(みくに)でありますから、艮(うしとら)は艮(はじ)めとも艮(かた)めとも申すのであります。此(こ)の尊き日出(ひい)づる艮の神国(しんこく)は世界を統一し、世界万民を愛護すべき天職を天賦(てんぷ)的(てき)に保有せる国でありますから、艮(とど)めを刺す可(べ)き国であります。亦(また)此(こ)の日本の神国に出生(しゆつしやう)せる顕幽(けんいう)の身魂(みたま)は残らず神界にては艮の大神の御子(みこ)であります。艮の大神を国常立(くにとこたち)の神言(みこと)と申す訳(わけ)は『国は世界各国の意義』で『常立(とこたち)とは万世一系天壌(てんじやう)無窮(むきう)の意義』『神言(みこと)とは神勅(みこと)』でありまして、皇祖(くわうそ)の御遺訓神典(しんてん)日本書紀の明文(めいぶん)に詔(の)らせ給へる
天照(あまてらす)大神(おほかみ)===皇孫(すめみま)に勅(みことのり)して曰(のたまは)く
『豊葦原(とよあしはらの)千五百(ちいほ)秋(あき)之(の)瑞穂(みづほの)国(くに)(地球)は、是(これ)吾(あが)子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり、宜(よろ)しく爾(いまして)皇孫(すめみま)就(つい)て治(しら)せ、行矣(さきくあれ)、宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、将(まさ)に天壌(あめつち)と窮(きは)まり無(な)かるベし』
 即ち右の天照大神の依(よ)さし給ひし御(ご)神勅(しんちよく)は、世界和平統一の天権(てんけん)を我(わが)皇孫(すめみまの)命(みこと)に付与し給うたのであります。国常立(くにとこたちの)神言(みこと)とは天津(あまつ)日継(ひつぎ)天皇(てんわう)の御天職を発揚(はつやう)し奉(たてまつ)るの神勅(みこと)なるを知ることが出来るのであります。
○
 御神諭に現(あら)はれたる『艮(うしとら)へ押(おし)込(こ)められて神力(しんりき)が薄くなりて居(を)りたぞよ』とあるは所謂(いはゆる)皇祖(くわうそ)の聖訓(せいくん)たる国常立(くにとこたちの)神言(みこと)の御稜威(みいづ)の地上全体に光被(くわうひ)せられず、僅(わづか)に東北の島国、現在の日本国に極限(きよくげん)されて、未(いま)だ海外に御神勅の実現を見る能(あた)はざりし事の意義であります。然(しか)るに、今や天運(てんうん)循環(じゆんくわん)の神律(しんりつ)に依(よ)り我(わが)皇国(くわうこく)君民(くんみん)一致して世界統一、天下経綸(けいりん)の時機到来に接近せし事を『暁(あけ)の烏(からす)に近(ちか)よりて日の出の守護になるぞよ云々(うんぬん)』と仰(あふ)せられたのであります。日の出の守護と仰せられたるは我(わが)天津(あまつ)日(ひ)の御子(みこ)に坐(ま)します我(わが)天皇(てんわう)が地球全体を統治し給ひて、皇祖の御遺訓に奉答(ほうたふ)し給ふ時代を示されたのであります。実に今日(こんにち)までは三千年の長年月(ちやうねんげつ)、歴代の聖皇(せいくわう)は隠忍(いんにん)以(もつ)て和光(わくわう)同塵(どうぢん)の神策を踏襲(たうしふ)し給ひ、皇運発展の時機の到来を待たせ給うたのは、実に畏(おそ)れ多き事でありまして『艮の金神国常立(くにとこたちの)神言(みこと)は永らくの間、口惜(くや)しい残念を堪忍(こば)り堪忍(こば)りて茲(ここ)まで来たぞよ』と仰せられしも此(こ)の事を示し給うたのであります。
○
 日本を神の国と申しますのも、カは火(か)、霊(か)、日(か)の意義、ミは水(み)、体(み)、月(み)の意義でありますから、火水(かみ)の国、霊主体従(かみ)の国、日月(かみ)の国であります。斯(こ)の│(ひ)、─(みづ)即ち│─(かみ)国(くに)の中心に、丹(ひ)、波(みづ)即ち丹波(かみ)国(くに)がありまして│(か)と─(み)を文(あや)なして十(とう)の御霊(みたま)となる。故(ゆゑ)に綾部(あやべ)の地名が起(をこ)つたのでありまして,此(この)霊地に神代(かみよ)から神様の天地へ昇降(しようかう)遊(あそ)ばさるるのも、惟神(かむながら)的に具備(ぐび)したる場所であります。故に大本(おほもと)は十丸(まる)を教神旗(けうしんき)としてあります。十はナと同霊(どうれい)であります。おほもとのおの声は、言霊学(ことたまがく)上(じやう)から天(あま)の浮橋(うきはし)と云ふ事に成ります。大本の開祖の御名(みな)が惟神(かむながら)に、ナオと謂(い)ふのも深き意義の存(そん)する事であります。
 是(こ)の霊地に霊系の神と体系の神とが出現して、皇道維新、世界統一の経綸(けいりん)を遊ばしたのも、深遠なる神誓(しんせい)神約(しんやく)の御在(おは)します事と信ずるのであります。又言霊学(ことたまがく)の呼吸(いき)より調ベますれば、
此の御霊の中より片仮名を現はす
[#図 此の御霊の中より片仮名を現はす]
 即ち丑寅(うしとら)の中心より天地人(てんちじん)の呼吸(いき)を発(は)くので、日本(につぽん)国(こく)の天地人は皆(みな)丑寅に位置を占めて居(を)り、其(その)真(しん)の中心は丹波(ひみづ)の国で、丹波(たには)の亦(また)中心が綾部でありますから、艮の金神の出顕(しゆつげん)遊ばされたのも理由が在(あ)るのであります。日本国は艮に位置を占めて居(を)るから、世界の根本(こんぽん)国(こく)であります。木(き)は気(いき)である。木(いき)に艮(とどめ)は根(ね)であります。
 また目(め)は日月(かみ)の並称(へいしよう)で、目に艮(とどめ)は眼(まなこ)でありまして、世界一切を照観(せうくわん)する国の徳の具(そな)つてある意義であります。
 艮の大神の神諭に『斯(この)神は世界の元の先祖で在(あ)るのに、昔の神代に悪神(あくがみ)に押(おし)籠(こ)められて少し許(ばか)りの地を頂き(極東日本国)て神力(しんりき)を隠して口惜(くやし)残念を隠忍(こばり)て来たぞよ云々(うんぬん)』とあるは即ち活動の場所を限局(げんきよく)されて、充分の神力を発揮し給ふ事を得なかつたので、実に恨(うら)めしく思うたとの御(おん)意義(いぎ)であります。限と云ふ字は小里に艮と書き、恨めしいといふ字は心に艮と書くのも、皆(みな)斯(こ)の深遠なる意義から出たのであります。
 また御神諭に『昔の神代(かみよ)に世を戻すぞよ。神が表へ現(あら)はれて三千世界を神国(しんこく)に致して天下泰平に世を治めるぞよ』とありますのも、艮を艮(をさむる)と読み、艮を艮(もどす)と読むのを見ても世界の東北日本国の既往(きわう)なり、将来の天職が明(あきら)かになるのであります。
 また莫(はら)にウシトラを艱(なや)むと読み、亦(また)ハバムともトコシバリとも読む意義は、地球の東北(うしとら)に位(くらゐ)する日本神国の天津(あまつ)日継(ひつぎ)天皇(てんわう)は、三千年を通じて天歩(てんぽ)艱難を凌(しの)がせ給ひつつ時機の到来を待たせ給ひたるも古き神代(かみよ)よりの御経綸の存(そん)し給ふ事であります。
 全世界統主(うしとらの)万世一系(こんじん)天壌無窮之(おほくに)神政成就(とこたちの)大神勅(みこと)が天晴(あつぱれ)全地球(せかい)に顕現(あらはれ)太初(むかし)の大経綸(しぐみ)を完全具足(じょうじゅ)し給ふは即ち霊能発揚皇運発展(ひのでの)守護(しゆご)となるのであります。
[#神霊界掲載のものと較べて全集掲載のものは、ここが約1ページ強(神霊界p5の1行目からp6の8行目まで。ウシトラの言義、ヤマトの国の言義、ミロクの神の意義)が省略されている。]
 大本神諭に『綾部は世界の中心(まんなか)であるから、天地の神が昇降(あがりお)りを致して三千世界の錦(にしき)の機(はた)を織(お)る尊い神界の経綸(しぐみ)場所であるぞよ云々(うんぬん)』前述の如く皇国(くわうこく)は地球の東北であるのに、何故(なにゆゑ)に神は世界の中心であると詔(の)り給ふかと疑問が十人が十人まで起(をこ)りませうが、地理学上よりは地球の東北即ちウシトラの国土であります。併(しか)し地質学の上から見ても、言霊学(ことたまがく)の上から見ても、日本は地球の大中心と成るのであります。現今(げんこん)唱道(しやうだう)されつつある天体学の上から略解して見ます時は、此(こ)の全大宇宙の中心に大太陽(だいたいやう)が存在して、斯(この)大太陽を中心として億兆無数の恒星即ち太陽は回転運行して居(を)る。其(その)中(なか)で真(しん)の中心位置に存在するのが、吾々(われわれ)の肉眼に日々(にちにち)視(み)る所の太陽であります。又(また)我(わが)太陽系天体中心として水星、金星、地球,火星、木星、土星、天王星、海王星等(とう)、八個の遊星(いうせい)と及び是(これ)等(ら)の遊星を中心として公転する約二十二個の衛星、並(ならび)に火星と木星との間に存在する小遊星(せういうせい)(約八百箇)及び多くの彗星、流星とを以(もつ)て之(これ)を組織されてあります。
 また地球の軌道と太陽との間に在(あ)りて太陽を回転するのが下遊星(かいうせい)で、其(その)外部に在(あ)つて太陽を回転するものを上遊星(じやういうせい)と称へて居(を)ります。
 我(わが)地球は即ち我(わが)太陽系天体の中心に位(くらゐ)し、此(こ)の地球の地質学上の中心に日本国がありますので、神典にては中津国(なかつくに)と称(とな)へてあります。
 また豊葦原(とよあしはら)の中津国(なかつくに)の中心に丹波(たんば)の国があります。丹波の国を上古(じやうこ)は田庭国(たにはのくに)、又は丹波(たには)の国と称(とな)へましたが、世界の中心を人身(じんしん)に縮写(しゆくしや)する時は下津(したつ)磐根(いはね)、即ち臍下(さいか)丹田(たんでん)なる身体(しんたい)の中府(ちうふ)であり高天原(たかあまはら)であります。丹波といふは霊体(れいたい)、赤白(あかしろ)、火水(くわすゐ).日月(じつげつ)、陽陰(やういん)、幽顕(いうけん)等(とう)の意義となり、旦波の旦(たん)は日(ひ)と一(ひ)即ち火(ひ)又は霊(れい)並(ならび)に神(かみ)と云ふ意義でありまして、波と云ふは水(みづ)又はナミの意義で、ナは火水(かみ)を結びし義、ミは水(みづ)、充(み)つる等(とう)の意義であります。亦(また)田庭国の田(た)はロ(ろ)の中心に十を現はし、ロ(ろ)は固まる事なり、十はナ(な)と同じく火水(かみ)の結びし象(かたち)であります。庭(には)はニハで、ニの言霊(ことたま)は矢張(やは)り日月(じつげつ)、火水(くわすゐ)、天地(てんち)、陽陰(やういん)、顕幽(けんいう)の意義で,ハの言霊は開発、顕現、拡張の意義であります。故(ゆゑ)に斯(こ)の丹波国(たんばのくに)の言霊は陰陽二神(にしん)の顕現して天下を統一するの国魂(くにたま)である事が判るのであります。その亦(また)丹波国の中心に綾部大本(おほもと)があるのであります。オホモトの霊返(たまがへ)しはオに約(つま)ります。オの声は天(あま)の浮橋(うきはし)でありますから、天地神霊の昇降(しやうかう)される言霊であります。大本を中心として十里四方の面積が延喜式(えんぎしき)の祝詞に在(あ)る下津(したつ)磐根(いはね)でありまして、神々の集(つど)ひに集ひ給ひて神律(しんりつ)を議定し、至善(しぜん)至美(しび)至真(ししん)の神政を行(おこな)はせ給ふべき霊地で、所謂(いはゆる)四方(よも)の国中(くになか)であります。
 延喜式(えんぎしき)八巻祝詞に曰(いは)く
『前略
四方の国中と大倭(おほやまと)日高見之(ひたかみの)国(くに)を安国(やすくに)と定(さだ)め奉(まつ)りて、下津(したつ)磐根(いはね)に宮柱(みやはしら)太敷(ふとしき)立(た)て、高天原(たかあまはら)に千木(ちぎ)高(たか)知(し)りて、皇御孫之(すめみまの)命(みこと)の美頭(みづ)の御舎(みあらか)仕(つか)へ奉(まつ)りて、天之(あめの)御陰(みかげ)日之(ひの)御陰(みかげ)と隠(かく)り坐(まし)て安国(やすくに)と平(たひら)けく知食(しろしめ)さむ云々(うんぬん)』
 斯(こ)の神文(しんもん)に示されし如く、天下統治の中心は下津(したつ)磐根(いはね)の高天原(たかあまはら)にして、地球の中枢、人体にては臍下(さいか)丹田(たんでん)に位(くらゐ)し、世界無比(むひ)の神霊地に天に聳(そび)ゆる日の御子(みこ)の宮居(みやゐ)即ち神宮(しんぐう)を建設し、地球を平安に統治し給ふべき神界現界の策源地(さくげんち)たる事を知り得(う)るのであります。
(大正七・七・一号 神霊界誌)
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