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惟神の大道を邁進せよ

インフォメーション
題名:惟神の大道を邁進せよ 著者:出口王仁三郎
ページ:450 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例:旧仮名遣いを新仮名遣いに改めた。 データ最終更新日:2016-11-29 02:13:51 OBC :B121805c223
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]『真如の光』昭和8年2月15日号
   三十六回目の節分

 今年の節分祭は私が神様の御用を努めはじめてから三十六回目の節分であります。ちょうど三十六はみろくと云う言葉に通じまして非常に意義のある節分祭であると思うのであります。開祖が明治二十五年からお道を説かれていよいよ今年は四十三年目であります。それから私はちょうど三十六年、明治三十一年私の二十八才の年齢までは社会的に色々と暴れ回っておりました。
 家の中に寝ながら月を見るような水呑百姓の家に生まれて、社会の凡ての圧迫を一身に受けつつ大きくなり、やや独立が出来るようになって捨鉢(すてばち)気分になり非常に社会を呪うようになり、また強い者は癪にさわり、(くじ)いてやろうというような考えが起こり、すでに侠客にでもなって大いにやっつけてやろうとさえ思い、命の瀬戸際まで行ったのであります。その時に──二月九日旧の二月八日の晩に、ある関係から三人ほどの友達に袋叩きにあわされて虫の息になっておったのであります。そこでにわかに心境の変化を来したとみえて、壁に「大本大神」と書きまして一生懸命に祈っておった。そうすると打ちのめされたとか半殺しにされたとかいう評判が出て、私のそばに母上がこれを知って来て非常に悲観されたりしましたので、これはとうてい世の中は暴力では行かぬ、やはり自分に力を拵えて、そして愛と善とで世の中を改造するより仕様がない、腕づくでは行かぬとにわかに信仰の念が起こって一生懸命に祈っておった。その夜の十二時ごろにいよいよ幻覚を感じたというのか、或いは夢遊状態に入ったというのか、知らぬ間に富士山上に上ったかと思えば、高熊山の岩石の上に修行しておったのであります。
 それからその当時に初めて神勅によって「西北を指して行け」ということで、こちら(綾部)に来るようになったのであります。その時には開祖がただ一人で、開祖を利用して金光教会が信者を集めて教会を盛んに広めておったのであります。その年が明治三十一年で、私は二十八才で未だ若かったのであります。それではたの者が「あんな若い先生が来たかて何の役にも立たぬ」と排斥し、やかましく云うので、一先ず園部へ帰ったのであります。そしてまた翌年に四方平蔵氏が開祖の内命を受けて私を迎えに来ました。これが旧の五月の中頃で田植の済んだとこであります。新では七月になっていました。それからこっそりと裏町の開祖さまの寓居に参りまして平蔵氏と大本を開く相談をしていましたところが、また金光教会の教師がかけつけて来て一騒動が起こったのであります。
 その当時の話はいくらでもありますが、思いついたことだけを話して行きます。その時代の役員は、世の立替立直しは、今にも来るように思っておった。その年の(うち)にでも来るかのように騒いでおった。神様は過去、現在、未来を問わず、総て神様の御目(おんめ)から見られた時は、総てが平面的に見え、何千万年前のことも何千万年未来のことも一度に三千世界がうつって見えるのであります。人間は七、八十年あるいは百二、三十歳ぐらいしか生きられないものである。そして人間としての二十年三十年の命はほんの瞬間である。神様は何百万年の昔から永劫の後までも一つにして見ておられるのでありますから、立替立直しがそこまで来ているように神様の目から見ると見えるのであります。あの浮塵子(うんか)という虫は生まれて五分間にして死ぬのであります。そうすると浮塵子の五分間は浮塵子にすれば一代の命である。浮塵子にとって浮塵子の一分間というものは吾々人間の二、三十年ぐらいになるのであります。そういう一代無限なる神様の年と御目から見られたならば、人間の一代はほんの一瞬としか見えないのであります。それで神様の云われる立替立直しが早く来るから改心せよと教えられたのであります。それを人間が永劫の神様の目と、自分の目とを一つにしてしまうて今年中に出てくるように考えておった。
 お筆先には三十年間で世の切り替えをするということがありまするが、人間界の三十年は一世であります。一世ということは、世界の世の字であり、十という字が三つ寄せてあって三十年を一世紀と云うのであります。日本では昔三十年を一世と云っておったのであります。まず人間にしても三十歳でお嫁さんを貰い、六十になるとまた三十ぐらいの子供が出来ている。それで隠居とか云って子に後を譲る。すると人間は三十年より世を持たないことになる。これであるから、やはり人間の一生は神様の一日ぐらいのものであります。
 で開祖が金光教会と一緒におられた前後の信者というものは、私欲で強欲な連中ばかりで、嫁も貰わずに我慢しておった。今に世の立替立直しがあり、その後に貰ったなら、嫁さんもよい嫁さんが貰い放題に貰える。それも後二年か三年かしたら来ると思ってきばっておった。それはいけないからと色々説いたり諭したりしてもわからない。しまいには開祖の教えをつっ込んでしまって、自分が開祖に代わろうとするような、または反対ばかりする信者であった。しまいにはこの頃も役員の取違い、及び信者の中には幹部を立替えしようとか云ってる人があるけれども、その時代のはテロも濃厚なテロ陰謀であった。私はその中を神様の御恵みを受けて無事にくぐりぬけ、そして明治四十年より大本に入ってから十二年間、四十二年まで非常な苦労をしたのであります。三十九年にはたまりかねて京都に行き、そして四十年に官幣社の神職となり、四十一年には御嶽教の副管長となり、そして教会の事情をよく調べて四十二年に帰ってきて初めてこの神様の御経綸をすることになったのであります。
 私が綾部にいると極力反対して来た者もあったけれども、それでも信者はちょこちょこやって来たが、私が綾部を出て神職になっていた時には大本へ誰もやって来ない。役員もみな散ってしまって、ただ一人神様にお給仕する者が一人と、も一人の役員がおったが、それはもう六ヶ月見ておって、立替が来ないならば帰ると云っておった。それで四十二年に私が帰ってきた時には本当に神様に給仕していた人が一人で、役員という役員はみな二股膏薬であった。それから私が綾部へ帰ってきた時、家族や附近の信者が寄って来たが、小さい子供や婦人をみな集めて四十九人であった。四十九という数字はあまりよい数ではないので、もう一人こしらえようと思ったが、どうしても出来なかったので、神様を一人混ぜて五十人にしました。私はその年がちょうど十二年目でありまして、三十九才でありました。そしていよいよその年の節分祭が済んでから大本がぼつぼつ発展し始まったのであります。
 それからちょうど十二年して、その年の節分祭にあの有名な十年事件が突発したのであります。この事件の起こるまでというものは役員信徒ら、それも少しは知識階級も来たけれども、形は同じく前の信者のようで吾々の身辺を始終狙っておったのであります。それであの事件までは私は奥へすっ込んでおって信者に面会することも出来なかったのであります。信者に面会するとある幹部は「全部役員は総辞職する」などと云って一切吾々を遮断しておったから、信者の人と会うことも出来ねば役員と話することも出来なかったのであります。ちょうどその時分が押し込まれた時代で、あの事件が起こって未決に入り、それから蒙古入りをし、大正十三、四年ごろは大本の借金と、それから信者の離反散乱、及び新聞雑誌の攻撃等、さらに官憲の圧迫、色々雑多の障害が一緒に集まって来ましたが、これが普通の会社であり、あるいは人間の拵えた団体ならば目茶苦茶にやられてしまっているのでありまするが、大本の神様がお造りになっており、神様が発起人でありますからして、そういう難関に遭ってもびくともせずに突破して来たのであります。その後の十二年間は蒙古へ行ってみたり、人類愛善会、世界紅卍字会との提携をしたり、海外宣伝をしたり、明光社を起こしたり、ローマ字普及会、エスペラントの普及をはかり、活版事業の拡大をはかる等、色々の事を致しまして、そしてまた十二年は暮れて今日に至ったのであります。

   神勅による大祓

 今度の節分祭はよほど意義のある節分であって、私は夜前初めて神様の神勅によりまして、和知川(わちがわ)まで瀬織津姫(せおりつひめ)の先に立って速佐須良姫(はやさすらひめ)として出張したのであります。そして今までの罪という罪、(けがれ)という穢をすっくり払い清めて、役員も信者も吾々も、夜前から今朝にかけて神様の御用をさしていただいた有り難い行事であります。それから私はこの大正十年までは色々と攻撃を受け、あるいは悪魔に邪魔されたのであります。この悪魔は正しい道を破壊するのに一番何を手段に用いるかといえば、人間の最も好奇心を持つ、人間の最も嫉妬心を持つところのエロの関係を持って人を傷つけるのであります。私も沢山の女を抱えているということを度々新聞雑誌に書かれました。未決に入っておる時も、京都の地方裁判所の予審判事が「あなたは二百人の愛人を持っているそうやが一体どこにあるのや」と聞いたから「私の愛人は五千万人ぐらいあります。女だけでも五千万人ぐらい、男でもそのくらいはある。日本人ばかりではない、世界中にある。しまいには廿億にもなる」と答えたことがあります。
 いよいよ私が来てから三十六年目、開祖から四十三年目の節分を迎えまして、ますます罪穢を払い新しく生まれ出る日本のために、昭和青年会なり、皇道大本なり、あるいは武道宣揚会なり、音楽部なり、そのほか芸術なり、一切のことを新しく世の中にひろめ、新しい弥勒の世を建設する時となったのであります。
 ついてはあまり勢いよく図に乗ると、あり余る勢いで道を真っ直ぐ行かずに、それる事のないように、右にもそれず、左にもそれず、真ん中を行くように注意し、左へ向いたり右に向いたりしてその筋の心配をかけぬように充分慎んで、神様のおっしゃる通り惟神の大道を進まれんことを希望してやまないのであります。
 これをもって今日は失礼します。
(昭和八・二・四 於信者総会 同八・二・一五号 真如の光誌)
   
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