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九月八日の仕組

インフォメーション
題名:九月八日の仕組 著者:出口王仁三郎
ページ:457 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例:旧仮名遣いを新仮名遣いに改めた。 データ最終更新日:2016-11-29 10:22:51 OBC :B121805c224
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]『真如の光』昭和6年11月5日号
 今日は九月八日という記念すべき日であります。由来大本では九月八日を非常に尊重するのであります。何故なれば九月九日は菊の節句であり、九月八日はこれに先立つこと一日であって、何事も世の中に先端を切り、来らんとする事を前つ前つに覚って実行しているからであって、これを九月八日の仕組というのであります。
 また五月五日は菖蒲の節句でありまして、六菖十菊といって六日の菖蒲は後の祭りであり、十日の菊はもう時節が済んでいるのであります。宗教家でも、政治家でも、教育家でも、ことごとく世の後端を行っているのに反して、皇道大本は常に九月九日の仕組で先端を進むのであります。
 霊界物語を始めましたのは大正十年旧九月十八日でありましたが、ご神命は九月八日降ったのであります。その時はあたかも大本事件、九月五日の第一審で懲役五年を言い渡された当時で、その日から三日目に神命が降ったのであります。
 それから九月十六日に私が並松の祥雲閣におりますと開祖様が水色の羽織をお召しになって目の間にお現れになり、坐って竹の鞭にて畳を叩いて不機嫌なまどろしそうなお顔で何事か頻りにご督促のようでありました。当時二十日から本宮山の神殿を当局の手で取り毀すことになっていたので、私はこれを立腹されたものと解し「吾々の不注意から神様のお宮を毀さなければならないことになりまして誠に済みませぬ」とお詫び申し上げると「そうではない」と仰せられた。そこで九月八日のご神命のことだなと気付いて「ご神命にしたがい明後日から霊界物語の発表に取り掛かります」と申し上げると開祖様は非常に喜ばれ、十五、六才の娘のような(うる)わしいお顔になって姿をかくされました。
 当時私は非常に健康を損じていたので自ら筆を執らず、身を横たえて口述し筆記して貰うことにしたのでありますが、二十日からは頭の上で本宮山のお宮の取り毀しが始まった。が私は神様から「今のは仮の宮である、これを一旦つぶして立直さねばならぬ」と伺っていた。しかしこちらから毀すことは出来ず、さりとて腐るまで待てば非常に年数がかかるし、自分が毀せば信者が承知しない。政府から毀されるのはかえってこれ幸いであって、神の仕組であると嬉しい気持ちがした──お宮を毀されて嬉しいというのは変なものであるが、より以上立派なお宮が早く建つことを思えば、嬉しくて憤懣も何もなくなったのであります。
 霊界物語の口述は最初筆録の慣れぬ間はなかなか捗らず、一巻に十日もかかったが、第二十三巻頃からはよほど慣れて、三日や二日で一巻を筆録し得るようになりました。
 裁判の方は神様から「罪にはならない、何でもないことである、大丈夫だ」と聞かされてはいたが、私の人間心では「神様が(さば)かれるのでない、一寸先も見えぬ人間が審くのであるから、万一有罪にするかも知れない」と考えた。もしそうなって三年も四年もすれば身体(からだ)()たぬ。自分は死んでもかまわぬ。生命(いのち)のつづく限り(おしえ)を書き残しておこうと思うたから、足も手もつづく限り、胸の上には焼ゴテを当てなどしつつ口述したのでありましたが、だんだん筆録者が慣れてくるにしたがい口述も楽になりました。百二十巻の予定であったが七十五巻で中止して、神様が「後はまた先で口述さす事とする。あまり一時に出すと信者が食滞してしまうから止めたらいい」との事で中止()めたのでありました。
 九月八日は大本にとっては不思議な日であります。本宮山(ほんぐうやま)は一名桶伏山(おけぶせやま)と云って、大本教旨を書いた大きな天然石があって、彫刻したままで時期が来るまでふせておいて蒙古入りをした。帰って来ても未だ起こす時期が来なかったのでありますが、その石を本年の九月に入って神様から初めて早く建ててくれと言われて建てた。うっかりしていたが後で気がついてみると新の九月八日に建て上げていた。それから十日後の九月十八日には満洲問題が起こると予め言っておいたが、その通り起こりました。また本日が旧の九月八日であって新の十八日に当たっているのも不思議であります。
 これから世の中は一転機を来すが、詳細はすでに「瑞の神歌」に発表しておいた通りでありまして、お筆先に十年あるいは十二年延びると神示されてある通り、いよいよ十二年延びて本舞台に入ったのであります。信者の方は緊張して神様の御心を覚って大活動をなし、これから来るべき世の大峠をやすやす越えるように努めていただきたいと思うのであります。
 満蒙の地はこしの国であってもろもろこしの国と云って日本のもとの国土である。もとの神代に戻すについては、これを一番先に、名は委任統治でもよい、日本のものとしておかねば、列強と伍して自主的に経綸を行うことは出来ず、国家百年の悔いを残すに至る事は明らかであります。
 南船北馬ということがある、北は馬でなければ行けない。私は大正元年から大本に四頭の馬を飼っていろんな馬を乗りこなしていたのはそのためであって、大正十年、私を待っているものがあるので単身蒙古へ入ろうと思っていたところを大本事件で妨げられ、三年後の大正十三年の大本事件の起こった当日を期して入蒙を決行した。それもその筋の目をぬけて脱出したのであります。
 大正十年紀元節の翌日私が空を見上げていると、太陽の横に月があり、その横に星があり、大空は一点の雲なく晴れて何とも知れぬ気持ちのよい日でありました。それを記念として更始会の徽章を作ったのであります。この異象は入蒙出発当日にもありました。これはいよいよ蒙古へ入る時節が来たと思ったのであります。蒙古入りの事は出発三十分前までは誰にも言わず、家内にも何も言わなかった。しかし人間であるから或いは万一帰れないようになるかも知れない。それでは後の者が困るから、身体(からだ)の苦しいのを忍んで、絵や字を書いて書いて書き倒してポイと出て行ったのでありますが、途中は神様のお守りのもとに──幾多の難関がありましたが──釜山でも奉天でも、その筋の重囲をやすやすと脱けて奉天の目的地に着きました。張作霖からは奉天城内へ入ってくれと言って来るし、いよいよ蒙古独立の計画を考えた。そういう工合でこの入蒙は出来たのであります。入蒙は非常に意義あることであります。私は今後の満蒙に対しても種々の考えを持っている。私もずいぶん忙しくなって来ると思う。それで皆様もその考えで、いつまでも太平の夢を見てはおれぬ。国民ことごとくが非常な国難に遭遇することは明らかであり、この戦争(いくさ)がなければ治まらぬ、結局いよいよこれから世界の大混乱になるのであります。
 本年はナンセンス的に言えば西暦で一九三一(いくさのはじめ)であり、我が紀元では二五九一(じごくのはじめ)であると言っておいたが、いよいよその通りになってしまいました。地獄の初めは、宗教打倒運動とか、反宗教運動とかが起こって、坊主が極楽を拵えているのを倒して地獄にしようとしているのであります。
 世の中の形勢についても大正六年の私の雑誌に「金銀為本の政策は天下擾乱の(もとい)なり」と書いておきました。しかるに最近世界の金融を司るもとである英国が金本位制を廃止し、米仏も早晩破れ、やがて日本もその通りやらねばならないような傾向であります。
 金銀為本の政策でなければ物々交換をやるかというとそうでもない、日本には(ほか)に方法がある。これは日本の国のみの特権であって外では出来ないことで、神界の肝腎な経綸であるから今は言われないのであります。
 今日フランスは二十七億の正貨準備を持っているが、フランスも世界戦争で非常に困ったのでありますが、漁業に目をつけてウンと儲けたのである。魚から得るところの油ならびに肥料は総ての国の必要とする有益なものであります。次いで英米がこれにならったがフランスに比して少額である。しかも目下のところこれは五十万トンより世界に出ないのであるが、実際は三百五十万トン要るのであります。
 日本はオホツク海オホーツク海の北に行くと三十万里の漁区があり、そこには魚が一ぱいつまっていて、これを小口から捕って行っても十年に一巡りすることが出来ない。これは捕るほど魚が出来るのであって、あまり多いと互いに喰い合って大きくならないのであります。これを政府の事業としてやれば年に百万トンや二百万トンは訳はなく、全く無尽蔵であって、年に五十億円や七十億円の収入は大丈夫であります。
 目下ロシヤは日本と漁業区のことで争っているのであるが、これは近い所のもので、私の言っているのはも一つ向こうのものであります。政府のあらゆる事業を民間に譲って、これだけを政府の事業とすれば税金を一つも取り立てずとも国家の経済は立ち、六十億の借金も一年で直ぐに払えるのであります。今までも私は某方面の人々に話したが(あや)ぶんで実行しないのであります。これを知っているのがロシヤと米国で、米国がアラスカから、ロシヤがカムチャッカから汽車で取り巻かんとしているのはこの漁区を望んでいるのであって、日本の貿易を望んでいるのではないのであります。
 この他にも神様からの政策があって、これに従えば国民は鼓腹撃壌(こふくげきじょう)の祥代を来すことの出来る、日本には特別の神恵があるのであります。しかし今のところは日本は気がつかずポカンとしていて、米国とロシヤとが狙っているので、あたかもスッポンに尻を狙われているようなものであります。
(昭和六・一〇・一八 旧九・八 於大祥殿 同六・一一・五号 真如の光誌)
 

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