霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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美人と化粧

インフォメーション
題名:美人と化粧 著者:月の家
ページ:601
概要: 備考:2023/10/08校正。著作集3では「女の化粧」と「美しくよそおう」の2つに分割されている。 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-10-08 04:32:53 文字数:2146 OBC :B121805c273
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:『東北日記 四の巻』昭和3年9月10日
 古代のギリシヤで理想的美人として認められた型を、現代の科学の上から精細に解剖研究した結果に依ると、完全なる美人には左記の体格を備へて居たとの事である。身長五呎(フイート)五吋(インチ)[※約1.65メートル]、腰の囲(まは)り三呎(フイート)四吋(インチ)[※約1.02メートル]、胸の囲(まは)り三呎(フイート)四吋(インチ)[※約1.02メートル]、腕の太さ一呎(フイート)三吋(インチ)[※約38センチ]、股(もも)の太さ二呎(フイート)四吋(インチ)半[※約72センチ]にして、体重十六貫(くわん)七百匁(もんめ)[※約60キログラム]であるといふ。現代まで残つてゐるギリシヤ彫刻の逸品(いつぴん)は殆ど凡てが此(この)型形(かた)に違はぬさうであるが、扨(さ)て日本に於(お)ける美人型(がた)は何(ど)うかといふに、一に瓜実(うりざね)、二に丸顔、三に平顔(ひらがほ)、四に面長(おもなが)、五に菊石(あばた)、六に釣目(つりめ)、七に頬焼(ほほやけ)、八に眇目(すがめ)、九に禿(は)げ、十に欠唇(みつくち)とされ、或(あるひ)は又(また)一に瓜実顔(うりざねがほ)、二に丸顔、三に平顔、四に長顔(なががほ)、五まで下(さが)つて馬(うま)の面(つら)と規定され、又或(ある)地方では、一に瓜実(うりざね)、二に丸顔、三に角顔(かくづら)、四に面長、五に盤台(ばんだい)、六がんち、七菊石顔(あばたづら)、八でぼちん、九に顋(あご)無し、十しがみ面(つら)と定(さだ)められてゐる。又男子に対しては、一に押し、二に金(かね)、三に姿(すがた)、四に程(ほど)、五に芸(げい)とも云ひ、或(あるひ)はまた一に押し、二に金(かね)、三に男(をとこ)とも云ひ、又は一に閑(ひま)、二に金(かね)、三に男(をとこ)とも云つてゐる。
 斯(か)く標準の上から観察して行くと、吾等(われら)の一行は男子も女子も保証付の一流の美男と美女であるが、長い夏日(かじつ)の旅に焦げたる怪しげな黄胆病(わうだんびやう)のやうな顔を無造作にさらけ出し、口を開(あ)け歯の一部をむき出して寝乱れてゐる姿を見ると、嗚呼(ああ)天下に美人なし、所詮(しよせん)一位の男女の美形にして猶(なほ)斯(かく)の如し。況(いは)んや其他(そのた)に於てをや。世間は凡て醜神(しこがみ)の世なるかと嘆(たん)ぜしめたり。古い道学(だうがく)先生は何(いづ)れも言ひ合はした様に、姿は醜(みにく)うても魂(たましひ)が美男(びなん)であり美女(びぢよ)であれば是に越したる美は無し。容姿などは末(すゑ)の末(すゑ)の問題なりと。是は単に一片(いつぺん)の詭弁(きべん)に過ぎずして、実は醜婦(しうふ)に対しての慰安的言辞(げんじ)に過ぎず。男に対しては苦しき負(まけ)惜(をし)みの言葉とより受取(うけと)れない。霊界物語にも人の面貌(めんぼう)は心の索引なりと論じおきたる如く、良き心の人の面貌は床(ゆか)しく、優美高尚(かうしやう)清雅にして光沢あり、気品稜々(りようりよう)として犯すべからざるものがあり、人の軽侮(けいぶ)の眼(まなこ)より免(まぬが)れ、否(いな)却(かへ)つて憧憬(どうけい)され敬慕さるるものである。
 扨(さ)て人に対して右の感情を永遠に保たしめむとするには、男子は男子らしき服装に注意し、女子は殊に衣服の柄や白粉(おしろい)、紅黛(こうたい)の用法、髪の結び方、手足の動静等(とう)に至るまで細心の注意を払つて、益々(ますます)その美(び)を発揮すべきものである。適当に化粧を施した女性の豊艶(ほうえん)、艶麗(えんれい)、端麗(たんれい)、優麗(いうれい)、華麗(くわれい)、高麗(かうれい)、嬌麗(けうれい)、清麗(せいれい)なる面貌と容姿は、その品格を向上し、畏敬の的(まと)となり、愛の女神となり天女となり、身だしなみとなり、衛生となる。宜(よろ)しく女は能(あた)ふ限りの化粧に注意して、その美を永遠に保つて貰ひ度(た)いものである。恋でもなく、色でもなく、女の化粧なるものは凡ての人に好感を与へ、優雅愛慕の心を起(おこ)さしめ、世路(せろ)に悩める人々の心を慰め且(か)つ活躍せしめ、清新(せいしん)の空気を吸はしめ、以て地上を天国化するものである。爰(ここ)に於てか平和の女神とも愛の女神とも救世(ぐせ)の菩薩とも称(とな)へえらるるのである。何程(なにほど)小六(こむづ)ケ敷(し)い頑固老爺(おやぢ)と雖(いへど)も、美人の微笑に対しては必ず其(その)心を柔(やはら)げ、漸次(ぜんじ)に円滑なる心に進ましめらるるは天地(てんち)惟神の真理とも云ふべきものである。嗚呼(ああ)社交界の花よ、愛の女神よ、人命救助者よ、男(をとこ)殺(ごろ)しよ、呉々(くれぐれ)も朝夕(てうせき)の化粧を夢な忘れそ。
 絶世の美人小野(をのの)小町(こまち)は艶麗(えんれい)なる花の姿の老いて萎(しな)び行くを見て、
  花の色は移りにけりな徒(いたづ)らに 吾身(わがみ)世(よ)にふる眺めせしまに
と和歌に托して歎いた。何(ど)うしても栄枯(えいこ)盛衰(せいすゐ)のある肉体として、何時(いつ)までも二八(にはち)の花の姿を保つ事は出来ない。凡ての人間は年月(ねんげつ)の経つと共に、花の顔(かんばせ)は皺面(しわづら)となり、歯は落ち肉は痩(や)せ、眼(まなこ)は弱り耳は遠くなり、頭髪は霜(しも)を置き、手足の活動力鈍(にぶ)り、見る蔭(かげ)も無く憐(あは)れな姿に変(かは)つて行く。其欠点を補つて死するまでも美なりし時の容姿と気品と威儀を保たしむる唯一の方法手段は、人工的化粧法に由るの外(ほか)に何(なん)の道も無いのである。人間は人間に対して常に美と愛と清雅の気分を感ぜしむるのは一つの道義であり敬礼である。然るに陳腐なる俗的の制裁を信じ、老人が派手な衣服を着用したり、淡白(あつさり)とした薄化粧をする事を常に軽侮の眼(まなこ)を以て遇(ぐう)し、甚(はなはだ)しきは淫乱婆(いんらんばば)だの、帰り咲(ざき)だの、雪隠(せつちん)の浸水でババウキだのと罵(ののし)るが、是は罵る者の方が間違つてゐると思ふ。人は人との交際場裡(ぢやうり)に立つて醜悪なる皺面(しわづら)や黒い顔を見せる位(ぐらゐ)敬意を欠ぎ、又自分の人格を落下せしめ、対者(たいしや)の心に不快の念を起(おこ)さしむるものは無い。故に人は、殊(こと)に婦人は化粧に十二分の注意を払つて、飽くまでも其美を人工的にも保有すべきである。若い間は天然の美が備はつて居るため、少々位(ぐらゐ)化粧を怠つても余りに人に対して不快の念を起(おこ)さしむる如(や)うな事は少(すくな)いが、老人の皺苦茶(しわくちや)面(づら)や生地の細かい縞物(しまもの)なぞは、如何(いか)にも幻滅の悲哀を感ぜしむる。昔から六十の三ツ児(ご)と云ひ、六十一歳の還暦を迎へると子供に復(かへ)つた象徴として赤色(あかいろ)の賀(が)の小袖(こそで)を着て祝ふのが例となつてゐる。若やいで我(われ)にも可怪(をか)し賀(が)の小袖(こそで)。人間は仮令(たとへ)肉体は老朽するも其の精霊は不老不死にして、男子は三十歳、女子は二十歳より精霊は永遠に老いないのだから、霊体一致の真諦(しんたい)より考ふるも、老人は成るべく美しく化粧をなし、第一に吾(わが)本体たる精霊を歓(よろこ)ばせ、以て一生美と愛の生活を続くるこそ人生の本意であらねばならぬ。併し老女の不相応な厚化粧は考へものである。
(昭和三・九・一〇 東北日記 四の巻)
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