霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 不知恋(しらずごひ)〔八七〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第31巻 海洋万里 午の巻 篇:第1篇 千状万態 よみ(新仮名遣い):せんじょうばんたい
章:第4章 不知恋 よみ(新仮名遣い):しらずごい 通し章番号:870
口述日:1922(大正11)年08月18日(旧06月26日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年9月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-03-10 19:17:12 文字数:5018 OBC :rm3104
愛善世界社版:37頁 八幡書店版:第6輯 54頁 修補版: 校定版:38頁 普及版:15頁 初版: ページ備考:
001 国依別(くによりわけ)は楓別(かえでわけの)命(みこと)の懇望(こんもう)に依(よ)つて、002暫時(ざんじ)此処(ここ)に止(とど)まることとなりぬ。003併(しか)し乍(なが)ら日暮(ひぐら)シ山(やま)の岩窟(がんくつ)に遣(つか)はしたるキジ、004マチ両人(りやうにん)を始(はじ)め、005エスの消息(せうそく)を案(あん)じ煩(わづら)ひ、006如何(いか)にもして此(この)館(やかた)を立出(たちい)で、007一刻(いつこく)も早(はや)く彼(かれ)の消息(せうそく)を探(さぐ)り、008救(すく)ひ出(いだ)さむと焦慮(せうりよ)すれども、009数多(あまた)の人々(ひとびと)は神(かみ)の如(ごと)くに尊敬(そんけい)して集(あつ)まり来(きた)り、010此(この)度(たび)の大地震(だいぢしん)に依(よ)りて、011負傷(ふしやう)をなしたる人々(ひとびと)を、012或(あるひ)は輿(こし)に舁(かつ)ぎ、013或(あるひ)は戸板(といた)に乗(の)せ、014救(すく)ひを求(もと)めに来(く)る者(もの)、015日々(にちにち)幾百(いくひやく)人(にん)ともなくありければ、016国依別(くによりわけ)も此(この)惨状(さんじやう)を見棄(みす)てて立去(たちさ)る訳(わけ)にも行(ゆ)かず、017悩(なや)める人々(ひとびと)に向(むか)つて鎮魂(ちんこん)を修(しう)し、018之(これ)を救(すく)ひつつ、019思(おも)はず知(し)らず時日(じじつ)を過(す)ご志(し)たりける。
020 扨(さ)て又(また)、021九死(きうし)一生(いつしやう)の難関(なんくわん)を助(たす)けられたる紅井姫(くれなゐひめ)は、022これより国依別(くによりわけ)に対(たい)して、023一種(いつしゆ)異様(いやう)の愛慕(あいぼ)の念慮(ねんりよ)、024刻々(こくこく)に雲(くも)の如(ごと)くに起(おこ)り来(きた)り、025最早(もはや)情火(じやうくわ)にもやされて胸(むね)は苦(くる)しく、026ハートは鼓(つづみ)の波(なみ)を打(う)ち、027熱(あつ)き息(いき)をハアハアと吐(は)き乍(なが)ら、028まだ初恋(はつこひ)の口(くち)に云(い)ひ出(だ)しかねて、029肩(かた)で息(いき)をなし、030遂(つひ)には思(おも)ひに迫(せま)つて、031身(み)は痩衰(やせおとろ)へ、032色(いろ)青(あを)ざめ、033病床(びやうしやう)に呻吟(しんぎん)するに至(いた)りける。
034 楓別(かえでわけの)命(みこと)は紅井姫(くれなゐひめ)の病気(びやうき)を眺(なが)めて、035大(おほい)に憂慮(いうりよ)し、036如何(いか)にもして快癒(くわいゆ)せしめむかと、037朝(あさ)な夕(ゆふ)な神前(しんぜん)に祈願(きぐわん)をこらし居(ゐ)たり。038アリー、039サールの侍女(じじよ)も、040一刻(いつこく)も紅井姫(くれなゐひめ)の傍(そば)を離(はな)れず、041昼夜(ちうや)心(こころ)をこめて看護(かんご)に尽(つく)すと雖(いへど)も、042姫(ひめ)の病(やまひ)は、043日(ひ)に重(おも)り行(ゆ)くのみにして施(ほど)こす手(て)だては無(な)かりける。
044 国依別(くによりわけ)は姫(ひめ)の重病(ぢうびやう)と聞(き)き、045鎮魂(ちんこん)を以(もつ)て病(やまひ)を救(すく)ひやらむと、046ワザワザ病床(びやうしやう)に姫(ひめ)を訪(おとな)ひけるに、047姫(ひめ)は国依別(くによりわけ)の訪問(はうもん)と聞(き)きて、048重(おも)き頭(あたま)を擡(もた)げ、049顔(かほ)を赤(あか)らめ乍(なが)ら、050少(すこ)しく俯伏目(うつぶしめ)になり、051盗(ぬす)むが如(ごと)く、052国依別(くによりわけ)の顔(かほ)を眺(なが)め、053微笑(びせう)をもらし、054愉快(ゆくわい)げに、055両手(りやうて)を合(あは)せて感謝(かんしや)の意(い)を表(へう)しけり。
056 国依別(くによりわけ)は紅井姫(くれなゐひめ)の枕頭(ちんとう)に端座(たんざ)し、057天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、058天(あま)の数歌(かずうた)を謡(うた)ひ上(あ)げ、059姫(ひめ)に向(むか)つて慰安(ゐあん)の言葉(ことば)を与(あた)へ乍(なが)ら、060しづしづと此(この)場(ば)を立出(たちい)で、061与(あた)へられたる吾(わが)居間(ゐま)に帰(かへ)りて、062再(ふたた)び神(かみ)に祈願(きぐわん)をこらし居(ゐ)るこそ殊勝(しゆしよう)なれ。
063 楓別(かえでわけの)命(みこと)に仕(つか)へて信任(しんにん)最(もつと)も厚(あつ)く、064数多(あまた)の信者(しんじや)の人望(じんばう)を集(あつ)めたる秋山別(あきやまわけ)は、065紅井姫(くれなゐひめ)の色香(いろか)妙(たへ)なるに心(こころ)を寄(よ)せ、066日(ひ)に日(ひ)に募(つの)る恋慕(れんぼ)の心(こころ)に胸(むね)をこがし、067機会(きくわい)ある毎(ごと)に、068姫(ひめ)の歓心(くわんしん)を買(か)はむと、069心(こころ)を配(くば)りつつありき。
070 又(また)内事(ないじ)の司(つかさ)たるモリスは紅井姫(くれなゐひめ)に接見(せつけん)の機会(きくわい)多(おほ)きに連(つ)れて、071いつしか姫(ひめ)の美容(びよう)に心(こころ)を蕩(と)ろかし、072将来(しやうらい)紅井姫(くれなゐひめ)の愛(あい)を一身(いつしん)に集中(しふちう)する者(もの)は、073吾(わ)れならむと、074深(ふか)くも心中(しんちう)に期待(きたい)し居(ゐ)たり。075故(ゆゑ)に、076此(この)度(たび)の姫(ひめ)の重病(ぢうびやう)につき真心(まごころ)の限(かぎ)りを尽(つく)し、077其(その)歓心(くわんしん)を買(か)はむものと、078モリスは内事(ないじ)の勤(つと)めをおろそかにし、079暇(ひま)ある毎(ごと)に、080病気(びやうき)見舞(みまひ)や看護(かんご)を口実(こうじつ)に、081姫(ひめ)の寝室(しんしつ)を訪(と)ふを以(もつ)て、082唯一(ゆゐいつ)の神策(しんさく)として居(ゐ)たり。
083 一方(いつぱう)秋山別(あきやまわけ)も同(おな)じ思(おも)ひの恋慕(れんぼ)の情火(じやうか)消(け)し難(がた)く、084見(み)すぼらしく痩衰(やせおとろ)へたる紅井姫(くれなゐひめ)の寝室(しんしつ)を、085朝夕(あさゆふ)何時(いつ)となく尋(たづ)ね来(きた)りて、086真心(まごころ)のあらむ限(かぎ)りを尽(つく)し、087姫(ひめ)が全快(ぜんくわい)の後(のち)は一(いち)日(にち)も早(はや)く、088合衾(がふきん)の式(しき)を挙(あ)げむものと、089心中(しんちう)深(ふか)く期待(きたい)しつつありける。
090 然(しか)るに国依別(くによりわけ)の此(この)館(やかた)に来(きた)りしより、091紅井姫(くれなゐひめ)が秋山別(あきやまわけ)に対(たい)し、092又(また)モリスに対(たい)する態度(たいど)は、093どこともなく冷(ひや)やかになりしが如(ごと)く思(おも)はるるより、094二人(ふたり)は煩悶(はんもん)の淵(ふち)に沈(しづ)み、095如何(いか)にもして姫(ひめ)の信用(しんよう)を恢復(くわいふく)せむかと、096心(こころ)の中(うち)の曲者(くせもの)に駆使(くし)されて、097巧言(こうげん)令色(れいしよく)追従(ついしやう)の限(かぎ)りを尽(つく)すこそ可笑(をか)しけれ。
098 紅井姫(くれなゐひめ)は最初(さいしよ)より、099秋山別(あきやまわけ)、100モリスに対(たい)し、101只(ただ)普通(ふつう)の教(をしへ)の道(みち)の役人(やくにん)、102又(また)は内事(ないじ)の用(よう)を勤(つと)むる取締(とりしまり)として、103優(やさ)しく交際(かうさい)してゐたるのみにして、104別(べつ)に此(この)二人(ふたり)に対(たい)し、105夢(ゆめ)にも恋愛(れんあい)の心(こころ)は持(も)たざりける。106されど二人(ふたり)の男(をとこ)は、107紅井姫(くれなゐひめ)の優(やさ)しき言葉(ことば)を聞(き)く度(たび)に、108吾(わ)れを愛(あい)するものと思(おも)ひひがめ、109三国一(さんごくいち)の花婿(はなむこ)は秋山別(あきやまわけ)を措(を)いて、110他(た)に適当(てきたう)の候補者(こうほしや)はなしと、111自(みづか)ら自惚鏡(うぬぼれかがみ)に打向(うちむか)ひ、112鼻(はな)を蠢(うごめ)かし、113当(あ)てなき事(こと)を頼(たの)みとして日(ひ)を暮(くら)しつつありき。114亦(ま)た内事司(ないじつかさ)のモリスも同様(どうやう)に、115将来(しやうらい)の紅井姫(くれなゐひめ)の夫(をつと)はモリスならめと、116自(みづか)ら心(こころ)に定(き)めて、117吉日(きつじつ)良辰(りやうしん)の一日(ひとひ)も早(はや)く来(きた)らむ事(こと)を期待(きたい)しつつあり志(し)なり。
118 秋山別(あきやまわけ)は此(この)頃(ごろ)モリスの姫(ひめ)に対(たい)する態度(たいど)の何(なん)となく怪(あや)しげなるに、119心(こころ)を痛(いた)め、120法界(ほふかい)悋気(りんき)の角(つの)を生(は)やしかけゐたるが、121モリスも又(また)秋山別(あきやまわけ)の姫(ひめ)に対(たい)する態度(たいど)の目立(めだ)ちて親切(しんせつ)なるに心(こころ)を苛(いら)ち、122恋(こひ)の仇敵(かたき)として、123油断(ゆだん)なく秋山別(あきやまわけ)の行動(かうどう)を監視(かんし)しつつありき。124而(しか)して秋山別(あきやまわけ)は侍女(じぢよ)のアリーを取入(とりい)れ、125薬籠中(やくろうちう)の者(もの)となし、126モリスは侍女(じぢよ)のサールを取入(とりい)れ、127吾(わが)薬籠中(やくろうちう)のものとなし、128互(たがひ)に其(その)輸贏(しゆえい)を争(あらそ)ひつつ、129秘(ひそ)かに愛(あい)の競争(きやうそう)を続(つづ)けゐたるぞ面白(おもしろ)き。
130 斯(か)かる所(ところ)へ、131天下(てんか)の神人(しんじん)活神(いきがみ)と尊敬(そんけい)せられたる国依別(くによりわけの)命(みこと)、132紅井姫(くれなゐひめ)の九死(きうし)一生(いつしやう)の危難(きなん)を救(すく)ひてより、133姫(ひめ)の信任(しんにん)日(ひ)を逐(お)うて厚(あつ)くなりければ、134二人(ふたり)の心中(しんちう)は常(つね)に悶々(もんもん)の情(じやう)に堪(た)へかね、135国依別(くによりわけ)の欠点(けつてん)を探(さぐ)り出(だ)し、136楓別(かえでわけの)命(みこと)の教主(けうしゆ)を始(はじ)め、137紅井姫(くれなゐひめ)の前(まへ)に曝露(ばくろ)して、138其(その)信任(しんにん)を傷(きず)つけ破(やぶ)らむと、139二(ふた)つ巴(どもゑ)の両人(りやうにん)は恋(こひ)の炎(ほのふ)を燃(も)やしつつ、140卍巴(まんじどもゑ)の如(ごと)く相互(さうご)に暗々裡(あんあんり)に弾劾(だんがい)運動(うんどう)の準備(じゆんび)に着手(ちやくしゆ)しつつありき。141されど国依別(くによりわけ)は素(もと)より女(をんな)に対(たい)し、142少(すこ)しも執着心(しふちやくしん)なく、143又(また)紅井姫(くれなゐひめ)に対(たい)しても、144怪(あや)しき心(こころ)は毫末(がうまつ)も持(も)ち居(を)らず、145それ故(ゆゑ)に国依別(くによりわけ)は、146何(なん)の憚(はばか)る所(ところ)もなく、147只(ただ)姫(ひめ)の大病(たいびやう)を救(すく)はむ為(ため)に心(こころ)の底(そこ)より案(あん)じ過(す)ごして、148神(かみ)に祈(いの)り、149屡(しばしば)病(やまひ)の経過(けいくわ)を探(さぐ)るべく、150姫(ひめ)の寝室(しんしつ)を、151昼(ひる)となく夜(よる)となく訪(おとづ)れたるなり。
152 されど国依別(くによりわけ)の此(この)行動(かうどう)は、153恋(こひ)に囚(とら)はれたる痩犬(やせいぬ)の秋山別(あきやまわけ)、154モリスの目(め)には、155非常(ひじやう)なる苦痛(くつう)を感(かん)じ、156遂(つひ)には仇敵(きうてき)の如(ごと)く見做(みな)すに至(いた)りたりける。
157 折柄(をりから)玄関(げんくわん)に訪(おとづ)るる一人(ひとり)の女(をんな)あり。158モリスは忽(たちま)ち吾(わが)居間(ゐま)に招(まね)いて、159其(その)来意(らいい)を尋(たづ)ぬれば、160女(をんな)はやや愧(はじ)らひながら言(ことば)志(し)とやかに、
161女(エリナ)『三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)国依別(くによりわけ)様(さま)は、162御(お)館(やかた)に御(お)出(い)でで御座(ござ)いますか? アラシカ峠(たうげ)の麓(ふもと)からエリナと云(い)ふ女(をんな)が訪(たづ)ねて参(まゐ)りましたと、163若(も)しお出(いで)ならばお伝(つた)へを願(ねが)ひます』
164 モリス心(こころ)の内(うち)にて、
165モリス『ハヽー、166此奴(こいつ)は国依別(くによりわけ)のレコだなア。167良(い)い所(ところ)へ来(き)て呉(く)れた。168モウ斯(こ)う秘密(ひみつ)が分(わか)つた以上(いじやう)は、169何程(なにほど)紅井姫(くれなゐひめ)様(さま)が国依別(くによりわけ)に御(ご)熱心(ねつしん)でも、170女(をんな)があると聞(き)けば、171千(せん)年(ねん)の恋(こひ)も一度(いちど)に醒(さ)めるだらう。172一(ひと)つ甘(うま)く調子(てうし)に乗(の)せて、173腹(はら)の底(そこ)を探(さぐ)つてやらう……』
174と決心(けつしん)し愛想(あいさう)よく、
175モリス『それはそれは能(よ)う訪(たづ)ねて来(き)て下(くだ)さいました。176大変(たいへん)な大地震(おほぢしん)で御座(ござ)いましたが、177御(お)宅(たく)は大(たい)した事(こと)は御座(ござ)いませぬかな』
178エリナ『ハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います。179あの大地震(おほぢしん)で小(ちひ)さい乍(なが)ら住家(すみか)は倒(たふ)され焼(や)かれ、180一人(ひとり)の母(はは)は地震(ぢしん)と火事(くわじ)の為(ため)に無(な)くなつて了(しま)ひました。181実(じつ)に不運(ふうん)な女(をんな)で御座(ござ)います』
182と早(はや)涙(なみだ)含(ぐ)む。
183モリス『それは気(き)の毒(どく)な事(こと)でしたなア。184御(お)察(さつ)し申(まを)しますよ。185併(しか)し乍(なが)ら、186老人(としより)と云(い)ふ者(もの)は何(いづ)れ先(さき)へ死(し)ぬものです。187一番(いちばん)芽出(めで)たい事(こと)と言(い)へば、188ぢい死(し)に、189婆(ばば)死(し)に、190爺(おやぢ)死(し)に、191嬶(かかあ)死(し)に、192子(こ)死(し)に孫(まご)死(しに)と申(まを)しまして、193こんな芽出(めで)たい事(こと)はないのですよ。194先(さき)に死(し)ぬべき者(もの)が先(さき)に死(し)ぬのは当然(たうぜん)、195老人(らうじん)が後(あと)に残(のこ)り、196若(わか)い者(もの)が先(さき)に死(し)にて御覧(ごらん)なさい。197年(とし)が老(よ)つて脛腰(すねこし)が立(た)たぬやうになり、198尿糞(ししばば)のたれ流(なが)しと云(い)ふやうな惨酷(ざんこく)な目(め)に会(あ)うても、199若(わか)い者(もの)が先(さき)に亡(な)くなつて了(しま)へば、200誰(たれ)も親身(しんみ)になつて世話(せわ)して呉(く)れる者(もの)もありますまい。201それにお前(まへ)さまは、202国依別(くによりわけ)さまと二人(ふたり)若夫婦(わかふうふ)が残(のこ)つたのだから、203斯(こ)んな目出(めで)たい事(こと)は有(あ)りませぬよ。204人(ひと)はすべて思(おも)ひようですからな。205親(おや)の代(かは)りにドシドシとお正(しやう)月(ぐわつ)の餅搗(もちつき)をして、206子餅(こもち)を沢山(たくさん)に、207天(てん)の星(ほし)の数(かず)程(ほど)拵(こしら)へなさい。208それが一番(いちばん)神(かみ)様(さま)へ対(たい)しても御(ご)奉公(ほうこう)だ、209アハヽヽヽ』
210エリナ『私(わたし)は決(けつ)して国依別(くによりわけ)様(さま)の女房(にようばう)でも何(なん)でも御座(ござ)いませぬ。211只(ただ)私(わたし)の母(はは)が急病(きふびやう)で困(こま)つて居(を)りますので、212常世(とこよ)神王(しんわう)の御(お)社(やしろ)へ参拝(さんぱい)して居(を)りますと、213そこへ国依別(くによりわけ)の宣伝使(せんでんし)が二人(ふたり)の家来(けらい)を連(つ)れて現(あら)はれ、214御(ご)親切(しんせつ)に私(わたし)の宅(たく)へ来(き)て……お前(まへ)の母(はは)の病気(びやうき)平癒(へいゆ)の祈願(きぐわん)をしてやらう……と仰有(おつしや)つたので、215五六(ごろく)日(にち)泊(とま)つて頂(いただ)いた丈(だけ)のもので御座(ござ)います』
216モリス『さうして二人(ふたり)の家来(けらい)は如何(どう)なつたのです?』
217エリナ『二人(ふたり)の御(ご)家来(けらい)は私(わたし)の父(ちち)の或(ある)処(ところ)に囚(とら)へられてゐるのを助(たす)けると云(い)つて出(で)て行(ゆ)かれました限(き)り、218今(いま)に何(なん)の便(たよ)りも御座(ござ)いませぬ。219大変(たいへん)に案(あん)じて居(を)りまする』
220モリス『ハヽー、221さうすると、222二人(ふたり)の家来(けらい)をどつかへまいておいて、223国依別(くによりわけ)さまが、224人(ひと)も通(とほ)らぬ山道(やまみち)を、225国(くに)さまとエリナさまと手(て)を引(ひ)いて通(とほ)らうかいな、226二人(ふたり)の仲(なか)はよいけれど、227二人(ふたり)の奴(やつ)が邪魔(じやま)になり、228用(よう)を拵(こしら)へ、229まいてやつた……と云(い)ふ様(やう)な……そこは要領(えうりやう)宜(よろ)しくやつたのでせう。230私(わたし)は斯(こ)う見(み)えても、231そンな事(こと)に粋(すゐ)の利(き)かぬ男(をとこ)ぢやありませぬ。232どんな御(お)取持(とりもち)でも致(いた)しますから、233ハツキリと貴女(あなた)の御(お)嬉(うれ)しい芝居(しばゐ)の顛末(てんまつ)を話(はな)して下(くだ)さいな。234其(その)都合(つがふ)に依(よ)つて国依別(くによりわけ)さまへ御(お)取次(とりつぎ)を致(いた)しますから……』
235エリナ『決(けつ)して左様(さやう)な関係(くわんけい)は御座(ござ)いませぬが、236あの宣伝使(せんでんし)様(さま)の仰有(おつしや)つた御(お)言葉(ことば)を思(おも)ひ出(だ)し、237御(ご)神徳(しんとく)を慕(した)つて遥々(はるばる)此処(ここ)まで参(まゐ)りましたので御座(ござ)ります』
238モリス『ハヽヽヽヽ、239一口(ひとくち)仰有(おつしや)つた御(お)言葉(ことば)を思(おも)ひ出(だ)して慕(した)うて来(き)たと云(い)はれましたなア。240蜜(みつ)のような甘(あま)い言葉(ことば)でしたらう……コレ、241エリナ、242私(わたし)は是(こ)れからヒルの都(みやこ)へ往(い)て来(く)る程(ほど)に、243お前(まへ)と私(わし)と斯(こ)うなつた上(うへ)は、244旭(あさひ)は照(て)る共(とも)、245曇(くも)る共(とも)、246月(つき)は盈(み)つ共(とも)虧(か)くる共(とも)、247仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも、248お前(まへ)の事(こと)は忘(わす)れやせぬ、249二世(にせ)も三世(さんせ)も先(さき)の世(よ)かけて、250切(き)つても切(き)れぬ誠(まこと)の夫婦(ふうふ)、251仮令(たとへ)身(み)は東西(とうざい)に別(わか)れて居(を)つても、252魂(みたま)は尊(たふと)いお前(まへ)の側(そば)……ヘン、253なンて甘(あま)つたるい事(こと)を言(い)つたのでせう。254お羨(うらや)ましう御座(ござ)いますワイ。255あなたも中々(なかなか)おとなしさうな顔(かほ)して、256随分(ずゐぶん)やりますな。257陰裏(かげうら)の豆(まめ)でも時節(じせつ)が来(く)ると花(はな)が咲(さ)き初(はじ)めますからなア、258アハヽヽヽ』
259エリナ『さう、260ぢらさずと御(お)頼(たの)みですから、261早(はや)く取次(とりつ)いで下(くだ)さいませ』
262モリス『取次(とりつ)がぬ事(こと)はないが、263併(しか)しお前(まへ)さまに取(と)つては、264此(この)間(あひだ)の地震(ぢしん)よりも、265大火事(おほくわじ)よりもビツクリなさる事(こと)が出来(でき)て居(を)りますよ。266命(いのち)迄(まで)はめこんだ国依別(くによりわけ)さまには、267此(この)お館(やかた)の名高(なだか)い紅井姫(くれなゐひめ)さまが、268ゾツコン惚込(ほれこ)ンで恋病(こひやまひ)を煩(わづら)ひ、269国依別(くによりわけ)さまに朝晩(あさばん)目尻(めじり)を下(さ)げて涎(よだれ)をくり、270それはそれは見(み)られた態(ざま)ぢやありませぬよ。271そして、272姫(ひめ)様(さま)も姫(ひめ)様(さま)ぢや、273……お前(まへ)さまのやうな、274一寸(ちよつと)立派(りつぱ)な奥(おく)さまがあるにも拘(かか)はらず、275人(ひと)の男(をとこ)に惚(ほれ)て、276恋病(こひやまひ)を煩(わづら)ふなンて、277本当(ほんたう)に怪(け)しからぬぢやありませぬか。278……コレ、279エリナさま、280お前(まへ)さまも一人前(いちにんまへ)の女(をんな)ぢやないか。281のめのめと大事(だいじ)の夫(をつと)を世間(せけん)見(み)ずのお嬢(ぢやう)さまに占領(せんりやう)せられて、282如何(どう)して女子(をなご)の意地(いぢ)が立(た)ちますか。283サア私(わたし)が案内(あんない)して上(あ)げるから、284姫(ひめ)さまのお部屋(へや)に立入(たちい)り、285国依別(くによりわけ)さまの胸倉(むなぐら)をグツと取(と)り思(おも)ふ存分(ぞんぶん)不足(ふそく)を言(い)ひなさい。286若(も)しも外(ほか)の奴(やつ)が寄(よ)つて来(き)て、287乱暴者(らんばうもの)だとか何(な)ンとか云(い)つて取押(とりおさ)へようとしよつたら、288内事(ないじ)の司(つかさ)をして居(を)る私(わたし)がグツと抑(おさ)へて、289何事(なにごと)も言(い)はさぬよつて、290一(ひと)つ大騒(おほさわ)ぎをやりなさい。291さうすれば如何(いか)に惚(ほれ)たお姫(ひめ)さまでも愛想(あいさう)をつかし、292国依別(くによりわけ)さまを思(おも)ひ切(き)つて返(かへ)して呉(く)れるに違(ちがひ)ない。293是(これ)が六韜(りくたう)三略(さんりやく)の兵法(へいはふ)だ。294サア何(なに)よりも決心(けつしん)が第一(だいいち)だ。295直接(ちよくせつ)行動(かうどう)に限(かぎ)りますぞえ。296……何(なん)ぢやお前(まへ)さま、297肝腎(かんじん)の夫(をつと)を取(と)られ乍(なが)ら、298気楽相(きらくさう)な顔(かほ)して笑(わら)うてゐると云(い)ふ事(こと)があるものかい。299さういふ薄野呂(うすのろ)だから、300大事(だいじ)の男(をとこ)を取(と)られて了(しま)うのだよ。301犬(いぬ)でもケシをかけねば猪(しし)に飛(と)びつかぬものだ。302まだ私(わたし)のケシ掛(か)けようが足(た)らぬのかいな』
303エリナ『ホヽヽヽヽ、304あなたの仰有(おつしや)る事(こと)は大変(たいへん)に混線(こんせん)致(いた)して居(を)りますよ』
305モリス『何分(なにぶん)自転車(じてんしや)や自動車(じどうしや)の交通(かうつう)頻繁(ひんぱん)の為(ため)、306電話線(でんわせん)に響(ひび)くと見(み)えて、307少々(せうせう)混線(こんせん)して居(を)りますワイ。308併(しか)し混線(こんせん)と云(い)つたら、309国依別(くによりわけ)さまの事(こと)だ。310お前(まへ)に対(たい)してもまだ幾分(いくぶん)未練(みれん)はあらうし、311お姫(ひめ)さまに対(たい)しては命(いのち)を投出(なげだ)しても苦(くる)しうもないと云(い)ふ惚(のろ)け方(かた)、312そこへ向(む)けて、313秋山別(あきやまわけ)と云(い)ふ恋(こひ)の強敵(きやうてき)が現(あら)はれて居(ゐ)る。314まだ外(そと)に二人(ふたり)……競争者(きやうさうしや)がある。315随分(ずゐぶん)混線(こんせん)したものだ。316其(その)混線(こんせん)序(ついで)に、317お前(まへ)さまが口(くち)から火(ひ)を吹(ふ)き、318角(つの)を生(は)やし、319鬼(おに)か蛇(じや)になつて、320お姫(ひめ)様(さま)の部屋(へや)へ飛(と)び込(こ)みさへすれば、321私(わたし)の望(のぞ)みもオツトドツコイ、322お前(まへ)の望(のぞ)みも成功(せいこう)すると云(い)ふものだ、323サア早(はや)く決心(けつしん)の次第(しだい)を聞(き)かして下(くだ)さい』
324エリナ『そんな事(こと)仰有(おつしや)らずに、325どうぞ会(あ)はして下(くだ)さいなア』
326モリス『会(あ)はして上(あ)げたいは山々(やまやま)なれど、327自分(じぶん)の男(をとこ)を人(ひと)に取(と)られて、328平気(へいき)で居(を)るやうな腰抜(こしぬけ)には能(よ)う会(あ)はしませぬワイ。329どうぞ帰(かへ)つて下(くだ)さい、330左様(さやう)なら……』
331と一間(ひとま)に隠(かく)れようとする。332エリナはコリヤ一通(ひととほ)りでは取次(とりつ)いで呉(く)れぬと心(こころ)に思(おも)うたか、333俄(にはか)に声(こゑ)を変(か)へ、
334エリナ『エー残念(ざんねん)やな、335残念(ざんねん)やな、336残念(ざんねん)やな、337残念(ざんねん)やな、338大事(だいじ)の大事(だいじ)の可愛(かあい)い男(をとこ)を、339人(ひと)にムザムザ盗(ぬす)まれて、340私(わたし)も女(をんな)の意地(いぢ)、341コレが黙(だま)つて居(を)られうか。342これから奥(おく)へふみ込(こ)ンで、343国依別(くによりわけ)さまのたぶさをつかみ引(ひき)ずり廻(まは)し、344恨(うら)みの数々(かずかず)述(の)べ立(た)てて、345姫(ひめ)さまにもキツイ御(お)礼(れい)を申(まを)さなおかぬ』
346と地団駄(ぢだんだ)をふみ出(だ)した。347モリスはシテやつたりと引返(ひきかへ)し、
348モリス『ヤア天晴(あつぱ)れ天晴(あつぱ)れ、349あなたの武者(むしや)振(ぶ)り誠(まこと)に勇(いさ)ましう御座(ござ)る。350サア是(これ)よりモリスが先陣(せんぢん)を仕(つかまつ)る。351天晴(あつぱ)れ、352紅井山(くれなゐやま)の戦闘(せんとう)に功名(こうみやう)手柄(てがら)を現(あら)はし、353国依別(くによりわけ)を奪(うば)ひ返(かへ)し、354一(いち)時(じ)も早(はや)く凱歌(がいか)をあげて、355ヒルの館(やかた)を立出(たちい)でなされ。356然(しか)らば御(お)伴(とも)仕(つかまつ)りませう』
357と大手(おほで)を振(ふ)り乍(なが)ら、
358モリス『サア古今(ここん)無双(むさう)の女(をんな)豪傑(がうけつ)エリナさま、359モリスが後(あと)に従(したが)つて十分(じふぶん)決心(けつしん)を定(さだ)め、360鉢巻(はちまき)の用意(ようい)をして、361ドシドシと足音(あしおと)高(たか)くお進(すす)みあれ』
362と先(さき)に立(た)つて、363姫(ひめ)が病室(びやうしつ)へと進(すす)み行(ゆ)く。
364(大正一一・八・一八 旧六・二六 松村真澄録)
365(昭和九・一二・一七 王仁校正)
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