霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 樹下(じゆか)の宿(やど)〔八八〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第31巻 海洋万里 午の巻 篇:第3篇 千里万行 よみ(新仮名遣い):せんりばんこう
章:第14章 樹下の宿 よみ(新仮名遣い):じゅかのやど 通し章番号:880
口述日:1922(大正11)年08月19日(旧06月27日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年9月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
国依別はキジに安彦という名を与え、マチには宗介という名を与えた。道々二人に教えを伝えながら、ブラジル峠を越えて大平原に出た。国依別と安彦は旅の疲れに寝てしまったが、宗介は何となく寝つけず、聞こえてくる猛獣の声に震えていた。
明け方、猛獣の声が聞こえなくなったが、大木の切り株に二人の男が腰を掛けてひそびそ話にふけっているのが耳に入ってきた。宗介が耳を澄ませて聞き入ると、それは秋山別とモリスだった。
秋山別とモリスは国依別が紅井姫とエリナを連れていると思って、執念深く追ってきていたのであった。二人はこの先の丸木橋に仕掛けをして、国依別を落として亡き者にしようと企んでいた。
宗介はこれを聞いて、国依別に先に知らせるよりも、丸木橋のところで自分が天眼通で彼らの企みを見破ったように見せかければ、国依別も自分を見直すだろう、と我知らず独り言が大きくなった。
安彦は宗介の独り言を聞いてしまい、宗介をからかう。しかし国依別は最初からすべて聞いていた。国依別は、宗介の頼みを聞いて、名を宗彦と改めた。
国依別は、秋山別とモリスの企みを逆手に取って、女の声色を使ってまんまと丸木橋をわたって出し抜いてやろうという。一行は再び眠りについて、夜が明けてから進んで行くことになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-04-07 18:03:59 文字数:4305 OBC :rm3114
愛善世界社版:165頁 八幡書店版:第6輯 103頁 修補版: 校定版:169頁 普及版:78頁 初版: ページ備考:
001波(なみ)に浮(うか)べる高砂(たかさご)の
002ヒルとハルとの国依別(くによりわけ)が
003険(けは)しき山(やま)をよぢ登(のぼ)り
004安彦(やすひこ)、宗介(むねすけ)両人(りやうにん)を
005従(したが)ひ登(のぼ)るブラジルの
006細(ほそ)き谷間(たにま)を打渡(うちわた)り
007夜(よ)を日(ひ)についではるばると
008ハルの原野(げんや)を打渉(うちわた)り
009アマゾン河(がは)の森林(しんりん)に
010思(おも)はず知(し)らず迷(まよ)ひ込(こ)み
011鷹依姫(たかよりひめ)の一行(いつかう)や
012高姫(たかひめ)一行(いつかう)に巡(めぐ)り会(あ)ひ
013モールバンドの怪獣(くわいじう)を
014言向(ことむ)け和(やは)し万民(ばんみん)の
015さも恐(おそ)ろしき災禍(わざはい)を
016除(のぞ)き清(きよ)めし物語(ものがたり)
017いよいよ茲(ここ)に述(の)べ立(た)つる。
018 国依別(くによりわけ)はキジに安彦(やすひこ)といふ名(な)を与(あた)へ、019マチに宗介(むねすけ)と云(い)ふ名(な)を与(あた)へ、020道々(みちみち)三五(あななひ)の教(をしへ)を説(と)き諭(さと)し乍(なが)ら、021其(その)昔(むかし)淤縢山(おどやま)津見(づみの)司(かみ)が、022木(こ)の花(はな)咲耶姫(さくやひめ)の化身(けしん)なる蚊々虎(かがとら)と通過(つうくわ)したる[※第8巻第15~16章参照]、023ブラジル峠(たうげ)の山頂(さんちやう)に息(いき)を休(やす)め、024それより大原野(だいげんや)に出(い)づる事(こと)となつた。
025 国依別(くによりわけ)一行(いつかう)はブラジル峠(たうげ)の山麓(さんろく)にて日(ひ)を暮(く)らし、026大木(たいぼく)の根元(ねもと)に夜露(よつゆ)を凌(しの)ぎ一夜(いちや)を明(あ)かす事(こと)となりぬ。
027 国依別(くによりわけ)、028安彦(やすひこ)は他愛(たあい)もなく旅(たび)の疲(つか)れに、029よく眠(ねむ)つて居(ゐ)る。030宗介(むねすけ)は何(なん)となく、031胸騒(むなさわ)ぎがして、032マンジリとも得(え)せず、033二人(ふたり)の間(あひだ)に挟(はさ)まつて、034横(よこ)たはつて居(ゐ)た。035忽(たちま)ち聞(きこ)ゆる猛獣(まうじう)の声(こゑ)、036心(しん)飛(と)び魂(こん)消(き)ゆる計(ばか)り、037其(その)厭(いや)らしさに宗介(むねすけ)は、038戦慄(せんりつ)堪(た)へ切(き)れず、039安彦(やすひこ)の体(からだ)にしつかり喰(くら)ひ付(つ)き、040夜(よ)の明(あ)くるを一刻(いつこく)も早(はや)かれと祈(いの)つて居(ゐ)た。
041 夜明(よあけ)に間近(まぢか)くなつたと見(み)え、042猛獣(まうじう)の叫(さけ)び声(ごゑ)は何時(いつ)とはなしに消(き)えて了(しま)つた。043折柄(をりから)二人(ふたり)の男(をとこ)、044大木(たいぼく)の株(かぶ)に腰(こし)をかけ、045ヒソビソ話(ばなし)に耽(ふけ)つてゐる。046同(おな)じ一本(いつぽん)の大木(たいぼく)と雖(いへど)も、047五十丈(ごじふぢやう)許(ばか)り[※1丈=約3mとすると50丈=約150mになる]も周(まは)つた幹(みき)、048一方(いつぱう)の方(はう)には三(さん)人(にん)が他愛(たあい)なく横(よこ)たはつて居(ゐ)るのも、049一方(いつぱう)に腰打(こしうち)かけてる二人(ふたり)の目(め)には止(と)まらうやうもなかつた。
050 どこともなくヒソビソ話(ばなし)が耳(みみ)に這入(はい)つて来(く)るので宗介(むねすけ)は、051ソツと空(そら)をすかし乍(なが)ら、052声(こゑ)する方(はう)に近寄(ちかよ)つて耳(みみ)を立(た)てて、053一言(ひとこと)も洩(も)らさじと聞(き)いて居(ゐ)る。
054モリス『オイ秋(あき)……ここまで捜(さが)しに来(き)たのだが、055モウ駄目(だめ)だぞ。056日暮(ひぐら)シ山(やま)では、057ハル、058ナイルの両人(りやうにん)に追(お)ひまくられ、059様子(やうす)を聞(き)けば国依別(くによりわけ)は今朝(けさ)程(ほど)立(た)つたと言(い)ひよつたので、060何人(なんにん)連(づ)れかと聞(き)いて見(み)れば、061指(ゆび)を三本(さんぼん)出(だ)して居(ゐ)やがつた。062的切(てつき)り、063ク印(じるし)とエ印(じるし)を連(つ)れてノホホンで、064宣伝(せんでん)をだしに天下(てんか)を漫遊(まんいう)すると云(い)ふ考(かんが)へだ。065俺(おれ)も男(をとこ)の意地(いぢ)で、066仮令(たとへ)命(いのち)がなくなつても、067彼奴(あいつ)の後(あと)をつけ狙(ねら)ひ、068国依別(くによりわけ)の隙(すき)を窺(うかが)ひ、069谷底(たにそこ)へでも突(つ)き落(おと)し、070二人(ふたり)のナイスを此方(こちら)のものにせぬことには、071阿呆(あほ)らしうて、072世間(せけん)へ顔出(かほだ)しも出来(でき)ぬぢやないか。073最早(もはや)行方(ゆくへ)が分(わか)らぬと云(い)つて此(この)儘(まま)泣(な)き寝入(ねい)る訳(わけ)にも行(ゆ)かず、074何(なん)とか工夫(くふう)はあるまいかなア、075秋(あき)さま』
076秋山別『モリ公(こう)、077お前(まへ)も中々(なかなか)執着心(しふちやくしん)が深(ふか)いねい。078こんな所迄(ところまで)スタスタと尻(しり)を付(つ)けて来(く)るのだから、079こンな連中(れんぢう)に狙(ねら)はれた女(をんな)こそ、080蛇(へび)に魅入(みい)られた蟇(がま)のやうなものだよ。081本当(ほんたう)に思(おも)へば思(おも)ふ程(ほど)、082二人(ふたり)の女(をんな)が可哀相(かあいさう)になつて来(き)た。083俺(おれ)もここまで心猿(しんゑん)意馬(いば)の狂(くる)ひに引(ひ)かされて、084来(きた)るは来(き)たものの、085何時(いつ)の間(ま)にか、086心(こころ)の猿(さる)も思(おも)ひの馬(うま)も、087どつかへ、088愛想(あいさう)をつかして、089絶望(ぜつばう)を叫(さけ)び、090帰(かへ)つて了(しま)つたやうな気分(きぶん)になつて来(き)た。091モウ仕方(しかた)がない、092是(これ)から後(あと)へ引返(ひきかへ)さうぢやないか』
093モリス『勝手(かつて)にせい、094俺(おれ)は何処迄(どこまで)もやり遂(と)げるのだ。095男(をとこ)がのめのめとどの面(つら)さげて、096国許(くにもと)へ帰(かへ)る事(こと)が出来(でき)ようかい』
097秋山別『併(しか)し何程(なにほど)二人(ふたり)の女(をんな)に懸想(けさう)して居(を)つても、098国依別(くによりわけ)の居(ゐ)る以上(いじやう)は駄目(だめ)ぢやないか。099彼奴(あいつ)を如何(どう)かして……』
100と云(い)ひ乍(なが)ら小声(こごゑ)で何(なに)か耳(みみ)のはたで稍(やや)暫(しば)し囁(ささや)いて居(ゐ)る。101宗介(むねすけ)は何(ど)うしても其(その)声(こゑ)が余(あま)り低(ひく)いので聞(きこ)えなかつた。
102モリス『……此処(ここ)を一(いち)里(り)計(ばか)り先(さき)へ行(ゆ)くと、103丸木橋(まるきばし)がある。104相当(さうたう)に深(ふか)い谷川(たにがは)で、105そこへ落(お)ちようものなら、106どんな太(ふと)い男(をとこ)でも五体(ごたい)がメチヤメチヤになつて了(しま)ふと云(い)ふ事(こと)だから、107今(いま)の中(うち)に先(さき)へ廻(まは)つて、108其(その)橋(はし)のつつぱりを取(と)り、109国依別(くによりわけ)が一足(ひとあし)跨(また)げるや否(いな)や、110バサツと落(お)ちる様(やう)に工夫(くふう)をせうぢやないか。111藤蔓(ふぢつる)か何(なん)かで、112橋(はし)の一方(いつぱう)を括(くく)つておき、113国依別(くによりわけ)が跨(また)げるや否(いな)や、114谷底(たにそこ)へ隠(かく)れて居(を)つて、115其(その)綱(つな)を引(ひ)くのだ。116さうすると、117ズヽヽヽズドン、118ウン、119キヤア……とそれつきり、120憐(あは)れなりける次第(しだい)なりけりだ。121さうせうぢやないか』
122秋山別『それ程(ほど)骨(ほね)を折(お)つたつて、123国依別(くによりわけ)の通(とほ)つた後(あと)だつたら、124骨折損(ほねをりぞん)の草臥儲(くたびれまう)けになつて了(しま)うぢやないか』
125モリス『ナアニ、126大丈夫(だいぢやうぶ)だよ。127半日(はんにち)位(くらゐ)先(さき)に出(で)たと云(い)つても、128向(むか)うは足弱(あしよわ)女(をんな)を連(つ)れてるんだし、129此方(こちら)は健脚家(けんきやくか)計(ばか)りのお揃(そろひ)だから、130キツと俺(おれ)の方(はう)が先(さき)へ勝(か)つにきまつてる。131彼奴(あいつ)はまだ二三(にさん)里(り)位(くらゐ)後(あと)に女(をんな)と意茶(いちや)ついて居(ゐ)よるに違(ちが)ひない。132サア早(はや)く行(ゆ)かぬと、133追(お)ひつかれると大変(たいへん)だぞ。134作業(さげふ)が済(す)まぬ中(うち)に来(き)よつたら何(なん)にもならぬからなア。135もしも女(をんな)が渡(わた)りよつたら、136黙(だま)つて渡(わた)してやるのだ。137国依別(くによりわけ)が足(あし)を二歩(ふたあし)三歩(みあし)かけよつたが最後(さいご)一(ひ)イ二(ふ)ウ三(み)ツで引張(ひつぱ)るのだ。138何(なん)と秋(あき)さま、139妙案(めうあん)だらう』[※御校正本・愛世版では「もしも女が渡りよつたら」以降を秋山別のセリフにしているが、それでは会話がおかしくなる。作戦を練っているのがモリスで、それに否定的なのが秋山別である。校定版ではそれを考慮して、区切り位置を「一人の女が」に変えたようである。また「何とモリ公」を「何と秋さま」に変えている。霊界物語ネットでも読者の混乱を避けるため、校定版と同じように修正した。]
140秋山別『一人(ひとり)の女(をんな)が先(さき)に立(た)ち、141国依別(くによりわけ)が中(なか)に立(た)ち、142又(また)一人(ひとり)の女(をんな)が後(あと)にあり、143一(いち)時(じ)に単縦陣(たんじうぢん)を作(つく)つて渡(わた)りよつたら、144何(ど)うするのだ。145それこそ虻(あぶ)蜂(はち)取(と)らずの草臥(くたびれ)もうけになつて了(しま)うぢやないか』
146モリス『そこは又(また)其(その)時(とき)の風(かぜ)が吹(ふ)くぢやないか。147仮令(たとへ)落込(おちこ)ンだ所(ところ)で、148チツと位(くらゐ)怪我(けが)をしても、149三(さん)人(にん)が三(さん)人(にん)乍(なが)ら死(し)ぬ気(き)づかひはないワ。150そこで国依別(くによりわけ)は目(め)をまかす、151そ知(し)らぬ顔(かほ)して放(ほ)つとけばそれで仕舞(しまひ)だ。152二人(ふたり)の女(をんな)には水(みづ)を呑(の)ませ、153介抱(かいほう)し……コレコレ旅(たび)の御(お)女中(ぢよちう)……とか何(なん)とか云(い)つて助(たす)けてやる。154さうすれば紅井姫(くれなゐひめ)が、155俺(おれ)達(たち)に命(いのち)の親様(おやさま)と云(い)つて、156秋波(しうは)を送(おく)つてクレナイ事(こと)もあるまいぞ。157現(げん)に国依別(くによりわけ)がラバーされたのも大地震(だいぢしん)の時(とき)に助(たす)けてやつたのが原因(げんいん)ぢやからのウ』
158秋山別『それもさうだなア。159サア早(はや)く往(い)つて準備(じゆんび)に取(と)りかからうかい。160グヅグヅして居(を)ると六菖(ろくしやう)十菊(じつきく)、161後(あと)の祭(まつ)りで、162何(なん)にもならないワ。163オ一(いち)、164二(に)、165三(さん)!』
166と、167細(ほそ)き谷路(たにみち)を、168怪(あや)しげにすかし乍(なが)ら、169進ンで行(ゆ)く。
170 宗介(むねすけ)は二人(ふたり)の往(い)つた後(あと)で、
171宗介『何(なん)だか俺(おれ)は今夜(こんや)に限(かぎ)つて寝(ね)られないと思(おも)へば、172秋山別(あきやまわけ)、173モリスの両人(りやうにん)、174あンな悪(わる)い事(こと)を企(たく)ンでゐやがるのだなア。175それも天罰(てんばつ)に俺(おれ)達(たち)に聞(きこ)えるやうにすつかり喋(しやべ)つて行(ゆ)きよつた。176神(かみ)様(さま)が彼(かれ)等(ら)両人(りやうにん)がこンな計画(けいくわく)をして居(ゐ)るからと、177俺(おれ)に霊(れい)をかけ、178ねかさなかつたのだナ。179何(なん)と神(かみ)様(さま)の恵(めぐみ)はどこからどこ迄(まで)も行届(ゆきとど)いたものだ。180誰(たれ)も知(し)るまいと思(おも)つて、181悪(わる)い事(こと)を企(たく)むと、182何事(なにごと)も此(この)通(とほ)りだ。183天(てん)知(し)る地(ち)知(し)る吾(わ)れも知(し)る、184宗介(むねすけ)迄(まで)が知(し)ると云(い)ふのだから、185怖(こわ)いものだなア。186ドレドレ此(この)秘密(ひみつ)を聞(き)き取(と)つて手柄話(てがらばなし)を国依別(くによりわけ)様(さま)に報告(はうこく)せうかなア……イヤイヤ待(ま)て待(ま)てさう早(はや)く云(い)ふと値打(ねうち)がない。187橋(はし)の詰(つめ)まで行(い)つた所(ところ)で、188国依別(くによりわけ)さまが足(あし)をかけようとなさつたら……モシ御(お)待(ま)ちなさい、189私(わたくし)の天眼通(てんがんつう)で見(み)れば、190此(この)橋(はし)は浮橋(うきはし)ですから険呑(けんのん)です。191秋(あき)、192モリの二人(ふたり)が綱(つな)を引張(ひつぱ)つて居(を)りますから……と抱止(だきと)めるのだ。193さうすると国依別(くによりわけ)さまも喜(よろこ)びて、194宗介(むねすけ)と替(か)へて下(くだ)さつた名(な)を又(また)、195昔(むかし)の名(な)の宗彦(むねひこ)さまと替(か)へて下(くだ)さるかも知(し)れぬ。196おゝさうだ言(い)はぬが花(はな)だ』
197と調子(てうし)に乗(の)つて、198何時(いつ)の間(ま)にやら、199高(たか)い声(こゑ)で囀(さへづ)つて居(ゐ)る。200安彦(やすひこ)は目(め)をさまして、
201安彦『オイ宗介(むねすけ)、202貴様(きさま)は甘(うま)い事(こと)を考(かんが)へて居(ゐ)よるなア』
203 宗介(むねすけ)小声(こごゑ)になつて、
204宗介『オイ、205お前(まへ)聞(き)いたのか。206大将(たいしやう)に内証(ないしよう)だから其(その)積(つも)りで居(を)つて呉(く)れよ』
207 安彦(やすひこ)殊更(ことさら)大(おほ)きな声(こゑ)で、
208安彦『一本橋(いつぽんばし)をどうしたと云(い)ふのだい』
209宗介『喧(やかま)しう言(い)はずに休(やす)まぬか。210秋(あき)、211モリの両人(りやうにん)が、212今頃(いまごろ)にや丸木橋(まるきばし)をおとす作業中(さげふちう)だ。213面白(おもしろ)いぢやないか』
214安彦『宣伝使(せんでんし)様(さま)、215あなた御存(ごぞん)じですか』
216国依別『初(はじめ)からスツカリ聞(き)いて居(ゐ)る。217宗彦(むねひこ)と云(い)ふ名(な)に替(か)へてやらうか』
218宗介『イヤもう有難(ありがた)う御座(ござ)います。219どうぞ宜(よろ)しうお頼(たの)み申(まを)します』
220国依別『そんなら、221一段(いちだん)位(くらゐ)を上(あ)げて、222只今(ただいま)から宗彦(むねひこ)と名(な)を与(あた)へる』
223宗彦(宗介)『アヽ何(なん)とも御(お)礼(れい)の申様(まをしやう)が御座(ござ)いませぬ……オイ安彦(やすひこ)どうだい、224只今(ただいま)から、225お前(まへ)も俺(おれ)も同役(どうやく)だ。226余(あま)り偉相(えらさう)に弟(おとうと)扱(あつか)ひには出来(でき)ないぞ』
227安彦『俺(おれ)は彦(ひこ)を貰(もら)つてから三日(みつか)になる。228貴様(きさま)は今(いま)貰(もら)つた所(ところ)ぢやないか。229双児(ふたご)が生(うま)れても兄弟(けうだい)の区別(くべつ)がつくのだ。230現(げん)に三日(みつか)も違(ちが)ひがあるのだから、231ヤツパリ弟(おとうと)だよ』
232宗彦『エヽ仕方(しかた)がないなア。233ぢやドツと譲歩(じやうほ)して表面(へうめん)だけ弟(おとうと)になつておかうかい。234其(その)代(かは)り兄(あに)は兄(あに)丈(だけ)の甲斐性(かひしやう)がなくてはならず、235弟(おとうと)を可愛(かあい)がつて大切(たいせつ)にせねばならぬ責任(せきにん)がある。236弟(おとうと)が弱(よわ)つて居(を)れば、237手(て)を引(ひ)いてやつて労(いた)はり又(また)負(お)うてやらなきや、238兄貴(あにき)の値打(ねうち)がないからなア』
239国依別『コラコラ喧(やかま)しう云(い)はずに休(やす)まぬか。240まだ夜明(よあけ)にチツと間(ま)もある。241ゆつくり茲(ここ)で休(やす)ンで、242夜(よ)が明(あ)けてからボツボツ行(ゆ)くのだ。243何(いづ)れ彼奴(あいつ)ら両人(りやうにん)は谷底(たにそこ)の木(き)の茂(しげ)みに隠(かく)れて居(ゐ)るに違(ちが)ひないから、244お前(まへ)等(ら)両人(りやうにん)は女(をんな)の声色(こはいろ)を使(つか)つて行(ゆ)くのだよ。245さうして三(さん)人(にん)共(とも)甘(うま)く、246渡(わた)つて了(しま)うのだよ』
247宗彦『二人(ふたり)の女(をんな)に三(さん)人(にん)が声色(こはいろ)とは、248チツと変(へん)ぢや御座(ござ)りませぬか』
249国依別『そこは二人(ふたり)になるのだ。250国依別(くによりわけ)が紅井姫(くれなゐひめ)の声色(こはいろ)を使(つか)ひ、251安彦(やすひこ)は弟(おとうと)の宗彦(むねひこ)を背中(せなか)に負(お)ひ、252さうしてエリナの声色(こはいろ)になつて、253渡(わた)りさへすれば大丈夫(だいぢやうぶ)だ。254渡(わた)つて了(しま)つてから、255各自(めいめい)に男(をとこ)の声(こゑ)で大笑(おほわら)ひをし、256ビツクリさしてやるのだ』
257安彦『国依別(くによりわけ)さま、258あなたは真面目(まじめ)な宣伝使(せんでんし)に似(に)ず、259随分(ずいぶん)悪戯(いたづら)が御(お)好(すき)ですなア。260こんな男(をとこ)を、261私(わたし)だつて背中(せなか)に負(お)うて一本橋(いつぽんばし)が渡(わた)られませうかなア』
262国依別『あの様(やう)な悪(わる)い事(こと)を企(たく)む奴(やつ)には、263此方(こちら)も一(ひと)つからかつてやる位(くらゐ)は良(よ)いぢやないか。264まさか違(ちが)へば生命(いのち)を取(と)られる所(ところ)ぢやから……そしてお前(まへ)は宗彦(むねひこ)を背中(せなか)へ括(くく)りつけ、265もしも誤(あやま)つて落(お)ちた所(ところ)で、266国依別(くによりわけ)に於(おい)ては、267痛(いた)い事(こと)もなければ痒(かゆ)い事(こと)もないのだ、268アハヽヽヽヽ』
269 安彦(やすひこ)首(くび)を傾(かたむ)け、270国依別(くによりわけ)の顔(かほ)を見詰(みつ)め乍(なが)ら、
271安彦『ヘーン、272何(なん)とマア水臭(みづくさ)い御(お)方(かた)ですなア』
273宗彦『何(いづ)れ、274谷川(たにかは)を渡(わた)り谷水(たにみづ)の中(なか)へおちるのだもの。275ちつたア、276水臭(みづくさ)からうかい。277谷底(たにそこ)には水(みづ)の御霊(みたま)が待(ま)つて居(を)つて、278はまつた所(ところ)で、279手(て)を受(う)けて助(たす)けて下(くだ)さるから大丈夫(だいぢやうぶ)だよ。280そんな取越(とりこし)苦労(くらう)はするものぢやないよ。281あゝ待(ま)ち遠(どほ)しい事(こと)だ。282宣伝使(せんでんし)様(さま)モウそろそろ出(で)かけたら如何(どう)でせう』
283国依別『今(いま)二人(ふたり)が行(い)つたばかしぢやないか。284あの深(ふか)い谷川(たにがは)の橋杭(はしくひ)を取(と)つたり、285蔓(つる)をつけて引(ひ)つ張(ぱ)る用意(ようい)するのは、286一時(ひととき)や二時(ふたとき)の猶予(いうよ)で出来(でき)るものぢやない。287茲(ここ)でゆつくりしてアフンとさしてやる方(はう)が面白(おもしろ)いぢやないか。288別(べつ)に半日(はんにち)位(くらゐ)遅(おく)れたつて、289遅刻(ちこく)の罰金(ばつきん)を取(と)られるのでもなし、290マア先(さき)を楽(たのし)ンで、291ゆつくり休(やす)ンで行(ゆ)かう』
292と言(い)ひ乍(なが)ら、293大木(たいぼく)の根(ね)を枕(まくら)に寝(ね)て了(しま)つた。
294安彦『何(なん)と宣伝使(せんでんし)と云(い)ふものは大胆(だいたん)な者(もの)ぢやないか、295ナア宗彦(むねひこ)。296現在(げんざい)敵(かたき)が落橋(らくけう)準備(じゆんび)をやつてゐるのに、297平気(へいき)であの通(とほ)り、298横(よこ)になるが早(はや)いか高鼾(たかいびき)をかいて寝(ね)て了(しま)はれた。299俺(おれ)達(たち)はまだ執着心(しふちやくしん)が離(はな)れぬので、300命(いのち)が惜(を)しくて、301敵(てき)が前(まへ)に殺人(さつじん)準備(じゆんび)をやつて居(ゐ)ると思(おも)へば、302どこともなしに心気(しんき)興奮(こうふん)して寝(ね)られないがなア』
303宗彦『国依別(くによりわけ)さまと安物(やすもの)の安彦(やすひこ)と比(くら)べやうとするから、304そンな疑問(ぎもん)が起(おこ)るのだよ。305活神(いきがみ)さまと製糞器(せいふんき)とは同(おな)じ様(やう)にはいかぬワイ』
306安彦『俺(おれ)が製糞器(せいふんき)なら、307お前(まへ)も製糞器(せいふんき)ぢやないか』
308宗彦『お前(まへ)は製糞器(せいふんき)だよ、309この宗彦(むねひこ)は糞造器(ふんざうき)だ。310同(おな)じ意味(いみ)の様(やう)だが、311そこに一寸(ちよつと)違(ちが)う訳(わけ)があるのだ。312アハヽヽヽ』
313と笑(わら)ひ乍(なが)ら、314大木(たいぼく)の周囲(まわり)をクルクルと繞(めぐ)りつつ夜明(よあけ)を待(ま)つ事(こと)にした。315漸(やうや)くにして、316東(ひがし)は白(しら)み出(だ)し、317百鳥(ももとり)の声(こゑ)、318あたりの森林(しんりん)より、319かしましく聞(きこ)え来(き)たる。320青葉(あをば)を渡(わた)る旦(あした)の風(かぜ)は、321得(え)も言(い)はれぬ涼味(りやうみ)を惜(を)しげもなく、322三(さん)人(にん)に向(むか)つて吹(ふ)きつける。323いよいよ一行(いつかう)三(さん)人(にん)は足仕度(あしじたく)をなし、324谷(たに)の細路(ほそみち)を伝(つた)ひ、325丸木橋(まるきばし)に向(むか)ひ進(すす)み行(ゆ)く事(こと)とはなりにける。
326(大正一一・八・一九 旧六・二七 松村真澄録)
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