霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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序文(じよぶん)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第60巻 真善美愛 亥の巻 篇:前付 よみ(新仮名遣い):
章:序文 よみ(新仮名遣い):じょぶん 通し章番号:
口述日:1923(大正12)年04月05日(旧02月20日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年8月12日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
すべて教法には大乗と小乗の区別がある。一般民衆に理解しやすく説示するのを小乗と言う。卑近な例を引いたり何人にも解し易い言語をもって示す。多数一般の人に神の教えを説くときには小乗でなければ駄目である。
ただ、いわゆる知識階級は小乗には耳を傾けないものである。何事も難解的な経典をもって唯一成道の大法と心得ている自称先覚者には、霊界の事情は容易には解されない。
また自然界とまったく相反する神霊界の消息に対して、科学を基礎としなくては駄目だと思惟している知識階級の人々は、いずれも九十五種外道の全部を完備していると言ってもよいくらいなものである。
大乗を究めようとして知らず知らずの間に外道に陥落し、一も取らず二も取らず、ついには混迷と愚痴とのみを取得するに至る。
すべて天国に昇るものは、小乗を聞いて、直ちに神霊界の消息を感知し得る神的知識者である。現界にあって学者と言われる人々も神的知識なるものを欠くときは、決して神霊界を窺うことはできない。
すべて大乗教義は上根者、宣伝使などの所業の教理であって、一般学者はとうてい感得することができない神秘である。法大、心大、解大、浄大、荘厳大、時大、具足大の七大乗は、神に選ばれた神知識の所有者でなければ、その真相を究めることは不可能である。
神を信ぜず、その存在を認めず、神を愛しない者は決してその関門さえも窺うことは許されない。大乗は歯に合わず、小乗は馬鹿にして耳を傾けない、という者は神諭に途中の鼻高と称えられている。
五濁を清め去り、清浄無垢赤子の心境に立って初めて神霊界の真義に歩を向けることができるのである。
この物語もまた神示の所作なれば、五濁を除去しもってこれに向かうときは、無等々正覚を得て人生の本分を全うし、不老不死の天国の生涯を生きながら楽しむことができる案内書となるのであります。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-07-26 20:32:21 文字数:1085 OBC :rm600001
愛善世界社版:前付 1頁 八幡書店版:第10輯 595頁 修補版: 校定版:前付 1頁 普及版:60頁 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎全集 > 第二巻 宗教・教育編 > 第六篇 宗教雑感 > 第十二章 大乗と小乗
001 凡(すべ)て教法(けうはふ)には大乗(だいじやう)小乗(せうじやう)の区別(くべつ)がある。002一般(いつぱん)民衆(みんしう)に理解(りかい)し易(やす)く説示(せつじ)するを小乗(せうじやう)[※「小乗」と「大乗」と間違えている可能性がある。一般的には民衆にわかりやすく説示することが大乗である。]と曰(い)つて、003卑近(ひきん)な例(れい)を引(ひ)いたり、004何人(なにびと)にも解(かい)し易(やす)き言語(げんご)を以(もつ)て示(しめ)すの類(るゐ)をいふ。005多数(たすう)一般(いつぱん)の人々(ひとびと)に対(たい)して神(かみ)の教(をしへ)を説(と)く時(とき)は006どうしても小乗(せうじやう)でなければ駄目(だめ)である。007哲学(てつがく)的(てき)思索(しさく)に耽(ふけ)つて居(を)るやうな所謂(いはゆる)知識(ちしき)階級(かいきふ)に対(たい)しては、008又(また)小乗(せうじやう)では馬鹿(ばか)にして耳(みみ)を傾(かたむ)けないものである。009何事(なにごと)も難解(なんかい)的(てき)の経典(きやうてん)を以(もつ)て、010唯一(ゆゐいつ)成道(じやうだう)の大法(たいはふ)と心得(こころえ)て居(を)る自称(じしよう)先覚者(せんかくしや)には、011霊界(れいかい)の事情(じじやう)は容易(ようい)には解(かい)されない。012自然界(しぜんかい)と全(まつた)く相反(あいはん)する所(ところ)の神霊界(しんれいかい)の消息(せうそく)に対(たい)して、013科学(くわがく)を基礎(きそ)とせなくては駄目(だめ)だと思惟(しゐ)して居(を)る知識(ちしき)階級(かいきふ)の人々(ひとびと)は、014何(いづ)れも九十五(くじふご)種(しゆ)外道(げだう)の全部(ぜんぶ)を完備(くわんび)して居(を)ると云(い)つても良(よ)い位(くらゐ)なものである。015大乗(だいじやう)を究(きは)めむとして不知(しらず)不識(しらず)の間(あひだ)に外道(げだう)に陥落(かんらく)し一(いち)も取(と)らず二(に)も取(と)らず、016終(つひ)には昏迷(こんめい)と愚痴(ぐち)とのみを取得(しゆとく)するに至(いた)る。
017 凡(すべ)て天国(てんごく)に昇(のぼ)るものは018小乗(せうじやう)を聞(き)いて、019直(ただ)ちに神霊界(しんれいかい)の消息(せうそく)を感知(かんち)し得(う)る神的(しんてき)知識者(ちしきしや)である。020現界(げんかい)にあつて学者(がくしや)と謂(い)はるる人々(ひとびと)も神的(しんてき)知識(ちしき)なるものを欠(か)く時(とき)は、021決(けつ)して神霊界(しんれいかい)を窺(うかが)ふ事(こと)は出来(でき)ない。022凡(すべ)て大乗(だいじやう)教義(けうぎ)なるものは、023上根者(じやうこんしや)、024宣伝使(せんでんし)等(など)の所業(しよげふ)の教理(けうり)であつて、025一般(いつぱん)学者(がくしや)の到底(たうてい)感得(かんとく)し能(あた)はざる神秘(しんぴ)である。026大乗(だいじやう)とは一(いち)に法大(はふだい)、027二(に)に心大(しんだい)、028三(さん)に解大(げだい)、029四(よん)に浄大(じやうだい)、030五(ご)に荘厳大(さうごんだい)、031六(ろく)に時大(じだい)、032七(しち)に具足大(ぐそくだい)、033以上(いじやう)の七大乗(しちだいじやう)は神(かみ)に選(えら)まれたる神知識(しんちしき)の所有者(しよいうしや)でなければ、034到底(たうてい)今日(こんにち)勃興(ぼつこう)しつつある学者(がくしや)間(かん)の科学(くわがく)的(てき)研究(けんきう)態度(たいど)にては、035仮令(たとへ)数百(すうひやく)年(ねん)を経(ふ)るとも其(その)真相(しんさう)を究(きは)むる事(こと)は不可能事(ふかのうじ)である。036神(かみ)を信(しん)ぜず、037その存在(そんざい)を認(みと)めず、038神(かみ)を愛(あい)せざるものは決(けつ)してその関門(くわんもん)さへも窺(うかが)ふことは許(ゆる)されない。039而(しか)して大乗(だいじやう)は歯(は)に合(あ)はず、040小乗(せうじやう)は馬鹿(ばか)にして耳(みみ)を傾(かたむ)けず、041暗中(あんちう)摸索(もさく)の境涯(きやうがい)に迷(まよ)ふものは、042科学(くわがく)本能(ほんのう)主義(しゆぎ)の学者(がくしや)の通常(つうじやう)辿(たど)る処(ところ)の経路(けいろ)である。043之(これ)を神諭(しんゆ)には途中(とちう)の鼻高(はなだか)と称(とな)へられてゐる。044神(かみ)を外(ほか)にして霊界(れいかい)を知(し)らむと如何(いか)に焦慮(せうりよ)するとも、045決(けつ)してそのアナンタニルデーシャ・ブラテスターナ(無量(むりやう)義処(ぎしよ))に達(たつ)することは出来(でき)ない。046カルバシャーヤ(劫濁(ごふぢよく))クレーシャガシャーヤ(煩悩濁(ぼんなうぢよく))サッドワカシャーヤ(衆生濁(しゆじやうぢよく))ドルスチカシャーヤ(見濁(けんぢよく))アーユシカシャーヤ(命濁(みやうぢよく))の五濁(ごぢよく)を清(きよ)め去(さ)り、047清浄(せいじやう)無垢(むく)赤子(あかご)の心境(しんきやう)に立(た)ちて048初(はじ)めて神霊界(しんれいかい)の真義(しんぎ)に歩(ほ)を向(む)くることが出来(でき)るものである。049この物語(ものがたり)も亦(また)神示(しんじ)の所作(しよさ)なれば050五濁(ごぢよく)を除去(ぢよきよ)し、0501以(もつ)て之(これ)に向(むか)ふ時(とき)は、051神命(しんめい)垂示(すゐじ)のマハービジニヤーナーヒアー(大通(だいつう)智勝(ちしよう))を感受(かんじゆ)し、052マハービューバ(大荘厳(だいさうごん))の神理(しんり)を味(あぢ)はひ、053神霊(しんれい)のラトナーヷ・バーサ(宝音(はうおん))に接(せつ)し、054無等々(むとうとう)正覚(しやうかく)を得(え)て人生(じんせい)の本分(ほんぶん)を全(まつた)ふし、055不老(ふらう)不死(ふし)天国(てんごく)の生涯(しやうがい)を生(い)き乍(なが)ら楽(たの)しむ事(こと)が出来(でき)る案内書(あんないしよ)となるのであります。
056 アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
057   大正十二年四月
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