霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 土蜘蛛(つちぐも)〔一五三三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第60巻 真善美愛 亥の巻 篇:第2篇 東山霊地 よみ(新仮名遣い):あづもすれいち
章:第8章 土蜘蛛 よみ(新仮名遣い):つちぐも 通し章番号:1533
口述日:1923(大正12)年04月07日(旧02月22日) 口述場所:皆生温泉 浜屋 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年8月12日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
玉国別一行はふたたびアヅモス山に登り、もとの古社の跡に近寄ってみれば、猩々姫の言葉通り五寸ばかり上土をめくると、長方形の石蓋が現れてきた。
玉国別は石蓋を取り除くための祈願を奏上した。大神に無事を祈り終ると、金てこを岩のすき間に押し込んで石蓋を取り除いた。黒煙もうもうと立ち上り、しばし当りがまったく見えない状態となった。黒煙が風に吹き飛ばされると、岩との入り口には階段が見えた。
玉国別は、伊太彦にワックス、エルを共につけて岩窟の探検を命じた。三人は蜘蛛の巣をはらいながら下って行く。不思議にも隧道は燐光が輝いて足元が見えるほど明るかった。
長い隧道を上り下り、右に左に折れながら進んで行くと、にわかに明るいところに出た。そこに三尺ばかりの丸い茶褐色のものが横たわっていた。エルが力ませに杖で打つと、それは数千年を経た穴蜘蛛であった。蜘蛛は逃げて行った。
エルは景気づけに滑稽な歌を歌いながら進んで行った。角を曲がると、デビス姫が立っていた。二人は本物のデビス姫と思い、ワックスは口説き始めた。
伊太彦がこの女に関わってはならないと忠告し、ややワックスは躊躇した。エルはワックスの代理として手を握ろうと手を出した。女がエルの手を唇に当てたとたん、エルは悲鳴を上げて倒れてしまった。
女は大蜘蛛の正体を表し、休んでいたところを殴った敵だ、と言い捨てて這って行ってしまった。
伊太彦はエルの傷に息を吹きかけて天の数歌を歌った。半時ばかりしてようやくエルは正気付いたが、痛さをこらえて意気消沈の態で二人の跡に従って進んで行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2017-05-11 22:37:11 文字数:4914 OBC :rm6008
愛善世界社版:93頁 八幡書店版:第10輯 627頁 修補版: 校定版:100頁 普及版:60頁 初版: ページ備考:
001 玉国別(たまくにわけ)の一行(いつかう)はバーチルの館(やかた)を立(たち)出(い)で、002再(ふたた)びアヅモス山(さん)のもとの古社(ふるやしろ)の趾(あと)に近寄(ちかよ)り見(み)れば003猩々姫(しやうじやうひめ)の言葉(ことば)に違(たが)はず、004五寸(ごすん)許(ばか)り上土(うはつち)をめくつて見(み)ると、005長方形(ちやうはうけい)の石蓋(いしぶた)が現(あら)はれて来(き)た。
006 玉国別(たまくにわけ)は先(ま)づ石蓋(いしぶた)取(と)り除(のぞ)きの祈願(きぐわん)を奏上(そうじやう)したり。
 
007『スメールの珍(うづ)の聖地(せいち)に、008宮柱(みやばしら)太(ふと)しく建(た)てて常久(とこしへ)に、009鎮(しづ)まり居(ゐ)ますバラモンの、010教(をしへ)の御祖(みおや)大国彦(おほくにひこ)の御舎(みあらか)を、011仕(つか)へまつりし古(ふる)き趾(あと)の石蓋(いしぶた)を、012猩々姫(しやうじやうひめ)の願(ねが)ひによりて、013心(こころ)を清(きよ)め身(み)を浄(きよ)め、014珍(うづ)の言霊(ことたま)宣(の)り上(あ)げて、015三千(さんぜん)年(ねん)の昔(むかし)より、016封(ふう)じ置(お)きたる玉手箱(たまてばこ)、017神(かみ)の恵(めぐ)みを蒙(かうむ)りて、018愈(いよいよ)開(ひら)き奉(たてまつ)る。019仰(あふ)ぎ願(ねが)はくは此(この)神業(かむわざ)に仕(つか)へまつる人々(ひとびと)は、020心(こころ)正(ただ)しく清(きよ)く直(なほ)くして、021神(かみ)の霊(みたま)に帰(かへ)りし珍(うづ)の御宝(みたから)なれば、022如何(いか)なる神(かみ)の在(ま)すかは知(し)らねども必(かなら)ず咎(とが)め罰(きた)め玉(たま)ふ事(こと)なく、023いと安々(やすやす)と之(これ)の岩戸(いはと)を開(ひら)かせ玉(たま)へ。024又(また)これの岩窟(いはやど)に忍(しの)び入(い)りて025神代(かみよ)ながらの秘事(ひめごと)を疾(と)く速(すむや)かに探(さぐ)らせ玉(たま)へ。026惟神(かむながら)皇(すめ)大神(おほかみ)の御(おん)前(まへ)に慎(つつし)み敬(うやま)ひ願(ね)ぎ奉(まつ)る。
027 一(ひと)二(ふた)三(み)四(よ)五(いつ)六(むゆ)七(なな)八(や)九(ここの)十(たり)百(もも)千(ち)万(よろづ)、028あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
 
029と珍(うづ)の宣(の)り言(ごと)唱(とな)へ上(あ)げ、030忌鋤(いむすき)忌鍬(いむくは)を以(もつ)て土(つち)をかき分(わ)け、031洗(あら)ひ清(きよ)めし金梃(かなてこ)を岩(いは)の隙間(すきま)に押(お)し込(こ)み、032漸(やうや)くにして広(ひろ)き厚(あつ)き岩蓋(いはぶた)を取(とり)除(のぞ)いた。033黒煙(こくえん)濛々(もうもう)として立(たち)昇(のぼ)り、034少時(しばし)は咫尺(しせき)も弁(べん)ぜざる如(ごと)き惨澹(さんたん)たる光景(くわうけい)であつた。035折(をり)から吹(ふ)き来(く)る科戸(しなど)の風(かぜ)に黒(くろ)き煙(けぶり)は何処(いづく)ともなく散(ち)り失(う)せて036岩戸(いはと)の入口(いりぐち)は階段(かいだん)まで明(あきら)かに見(み)えて来(き)た。
037玉国別(たまくにわけ)『千早(ちはや)振(ふ)る昔(むかし)ながらの秘事(ひめごと)を
038開(ひら)き初(そ)めたる今朝(けさ)ぞ目出度(めでた)き』
039バーチル『九頭竜(くづりう)を弥(いや)常久(とこしへ)に封(ふう)じたる
040岩戸(いはと)も開(ひら)く今日(けふ)の目出度(めでた)さ』
041サーベル姫(ひめ)『神代(かみよ)より云(い)ひつぎ語(かた)りつぎ来(きた)る
042タクシャカ竜王(りうわう)に会(あ)はむ今日(けふ)かな』
043伊太彦(いたひこ)『吾(われ)は今(いま)此(この)岩窟(いはやど)の奥底(おくそこ)を
044探(さぐ)り見(み)むとす許(ゆる)させ玉(たま)へ』
045玉国別(たまくにわけ)『何事(なにごと)も先立(さきだ)たむとする伊太彦(いたひこ)の
046インクリネーション現(あら)はれにけり』
047伊太彦(いたひこ)『何事(なにごと)も人(ひと)に先立(さきだ)ち進(すす)まむと
048するは吾(わが)身(み)のテーストなりけり』
049三千彦(みちひこ)『伊太彦(いたひこ)の其(その)ネーチュア現(あら)はれて
050危(あやふ)き穴(あな)に進(すす)まむとぞする』
051伊太彦(いたひこ)『これしきの岩窟(いはや)探(さぐ)るは難(かた)からじ
052朝飯前(あさめしまへ)のメデオーカ事(ごと)ぞや』
053 玉国別(たまくにわけ)は伊太彦(いたひこ)を総取締(そうとりしまり)となし、054ワックス、055エル二人(ふたり)を伴(ともな)はしめ、056一同(いちどう)を岩窟(いはや)の入口(いりぐち)に待(ま)たせ置(お)き、057長(なが)き綱(つな)の先(さき)に鈴(すず)をつけて穴(あな)の入口(いりぐち)に掛(か)けおき、058危急(ききふ)の場合(ばあひ)は此(この)綱(つな)を引(ひ)けば援兵(ゑんぺい)に何人(なにびと)か来(き)て呉(く)れる様(やう)と頼(たの)み置(お)き、059数千(すうせん)年(ねん)の秘密(ひみつ)の鍵(かぎ)を探(さぐ)るべく060蜘蛛(くも)の巣(す)を払(はら)ひ払(はら)ひ階段(かいだん)をドンドンと下(くだ)つて行(ゆ)く。061不思議(ふしぎ)にも長(なが)き深(ふか)き隧道(すゐだう)は燐光(りんくわう)燦爛(さんらん)として輝(かがや)き、062あまり足許(あしもと)の悩(なや)みを訴(うつた)へない迄(まで)に明(あか)かつた。
063 三(さん)人(にん)はタクシャカ竜王(りうわう)の幽閉所(いうへいしよ)と聞(きこ)えたる岩窟(がんくつ)を天(あま)の数歌(かずうた)を歌(うた)ひ乍(なが)ら、064或(あるひ)は下(くだ)り或(あるひ)は上(のぼ)り、065右(みぎ)に左(ひだり)に折(を)り廻(まは)り乍(なが)ら足(あし)に任(まか)せて探(さぐ)り行(ゆ)く。066俄(にはか)にクワツと明(あか)るい処(ところ)がある。067近(ちか)づき見(み)れば直径(ちよくけい)三尺(さんじやく)許(ばか)りの丸(まる)い茶褐色(ちやかつしよく)の不思議(ふしぎ)な物(もの)が隧道(すゐだう)の真中(まんなか)に横(よこ)たはり、068薄明(うすあか)い燈火(あかり)を放射(はうしや)して居(ゐ)る。069耳(みみ)をすまして聞(き)き居(を)れば070ブーンブーンと不思議(ふしぎ)な声(こゑ)が聞(きこ)える。071三(さん)人(にん)は少時(しばし)茫然(ばうぜん)として此(この)怪(あや)しき物体(ぶつたい)を眺(なが)めて居(ゐ)た。072俄(にはか)にブツブツブツと粥(かゆ)の煮(に)える様(やう)な音(おと)が高(たか)く聞(きこ)えて来(き)た。
073エル『おいワックス、074此奴(こいつ)ア何(なん)でもモンスターに違(ちが)ひない。075此(この)杖(つゑ)で一(ひと)つポカンと一撃(いちげき)を加(くは)へたら如何(どう)だらうかな』
076ワックス『待(ま)て待(ま)て、077何(なに)が出(で)よるか知(し)れぬ。078うつかり相手(あひて)にならうものなら、079それこそ大変(たいへん)だ』
080伊太彦(いたひこ)『アハヽヽヽ、081丁度(ちやうど)エルさまが牛(うし)に踏(ふ)み潰(つぶ)された代物(しろもの)の様(やう)だな。082ポツポツと湯気(ゆげ)が立(た)つて居(ゐ)る様(やう)だ。083此奴(こいつ)ア大方(おほかた)田野(たの)危平(きへい)が八畳敷(はちでふじき)を落(おと)して置(お)いたのかも知(し)れないぞ』
084エル『曲津(まがつ)の奴(やつ)、085逸早(いちはや)くこんな処(ところ)へ先走(さきばし)りをしやがつて、086俺(おれ)等(たち)の睾丸(きんたま)、087オツトドツコイ肝玉(きもたま)を潰(つぶ)さうと企(たく)んで、088失礼(しつれい)千万(せんばん)な、089吾々(われわれ)の行路(かうろ)を遮(さへぎ)つてゐやがるのだらう。090人(ひと)触(ふ)るれば人(ひと)を斬(き)り、091馬(うま)触(ふ)るれば馬(うま)を斬(き)る程(てい)の英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)、092エルさまは到底(たうてい)此(この)儘(まま)差許(さしゆる)す事(こと)は出来(でき)ぬ。093又(また)飽迄(あくまで)此奴(こいつ)を如何(どう)とかせなくては向側(むかう)へ渡(わた)る事(こと)が出来(でき)ぬぢやないか。094のうワックス、095貴様(きさま)も随分(ずいぶん)横着者(わうちやくもの)だつたが、096此奴(こいつ)には閉口(へいこう)したと見(み)え沈黙(ちんもく)を守(まも)つてるぢやないか。097モンスターが恐(おそ)ろしい様(やう)な事(こと)で098岩窟(いはや)の探険(たんけん)がどうして出来(でき)るものか。099もし伊太彦(いたひこ)さま、100此(この)モンスターを私(わたし)に処分(しよぶん)さして下(くだ)さいませぬか』
101伊太彦(いたひこ)『宜(よろ)しい、102お前(まへ)の力(ちから)で一(ひと)つ退散(たいさん)さして見(み)るのもよからう』
103エル『そんなら退散(たいさん)さして御覧(ごらん)に入(い)れませう。104大山(たいざん)鳴動(めいどう)して鼠(ねずみ)一匹(いつぴき)かも知(し)れませぬぞ』
105と云(い)ひ乍(なが)ら杖(つゑ)を真向(まつかう)に振(ふ)り翳(かざ)し構(かま)へ腰(ごし)になつて、106エイヤと一声(ひとこゑ)、107ウンと打(う)つた。108忽(たちま)ち怪物(くわいぶつ)は黒(くろ)い細長(ほそなが)い足(あし)が数十本(すうじつぽん)ニユーツと生(は)え出(だ)し、109丸(まる)い体(からだ)を七八(しちはつ)尺(しやく)許(ばか)りの中空(ちうくう)に浮(う)かしてガサリガサリと逃(に)げ出(だ)した。110よくよく見(み)れば数千(すうせん)年(ねん)劫(ごふ)を経(へ)たる穴蜘蛛(あなぐも)が足(あし)を縮(すく)めてここに眠(ねむ)つて居(ゐ)たのであつた。
111エル『アツハヽヽヽ何(なん)だ、112蜘蛛(くも)の親方(おやかた)奴(め)、113エルさまの御(ご)威勢(ゐせい)に恐(おそ)れ、114長(なが)いコンパスを運転(うんてん)させ、115体(からだ)を宙(ちう)に浮(うか)べて雲(くも)を霞(かすみ)と逃(に)げ失(う)せやがつた。116イヒヽヽヽヽエルさまの神力(しんりき)によつてくもなく退散(たいさん)仕(つかまつ)り……後(あと)をも見(み)ずになりにける……だ。117おいワックス、118今度(こんど)は何(なに)が出(で)ても俺(おれ)はもう構(かま)はぬから、119お前(まへ)の番(ばん)だ、120確(しつか)りやり玉(たま)へ』
121ワックス『ここの蜘蛛(くも)は燐(りん)の息(いき)を吸(す)うて居(を)ると見(み)えて体(からだ)迄(まで)が光(ひか)つて居(ゐ)やがる。122本当(ほんたう)に妙(めう)な事(こと)があるものだ。123サア之(これ)から四辺(あたり)に心(こころ)を配(くば)り十二分(じふにぶん)の注意(ちうい)を払(はら)つて進(すす)む事(こと)にしよう。124伊太彦(いたひこ)様(さま)、125貴方(あなた)も随分(ずいぶん)狼狽者(あわてもの)、126否々(いやいや)何(なん)でも先鞭(せんべん)をつけるお方(かた)だと玉国別(たまくにわけ)さまが云(い)つて居(を)られたぢやありませぬか。127今度(こんど)は貴方(あなた)が率先(そつせん)して怪物(くわいぶつ)退治(たいぢ)をやつて頂(いただ)き度(た)いものですな』
128伊太彦(いたひこ)『玉国別(たまくにわけ)様(さま)のお伴(とも)をして居(ゐ)る時(とき)は、129どうしても俺(わし)が先駆(せんく)を勤(つと)めねばならない。130併(しか)し乍(なが)ら今日(けふ)は三(さん)人(にん)の総統者(そうとうしや)だから、131チツト許(ばか)り慎重(しんちよう)の態度(たいど)を守(まも)つてるのだ。132まあエルさま、133先走(さきばし)りとなつて噪(はつしや)いで下(くだ)さい。134まさかとなれば此(この)伊太彦(いたひこ)宣伝使(せんでんし)がお助(たす)け申(まを)すから』
135エル『ヘヽヽヽヽうまい事(こと)仰有(おつしや)いますワイ。136何(なん)ですか、137その足許(あしもと)は、138膝坊主(ひざぼし)が大変(たいへん)活動(くわつどう)してるぢやありませぬか。139急性(きふせい)恐怖病(きようふびやう)が起(おこ)つたのでせう』
140伊太彦(いたひこ)『何(なに)、141急性(きうせい)沈着病(ちんちやくびやう)が勃発(ぼつぱつ)したのだ。142決(けつ)して心配(しんぱい)は要(い)らぬ。143サア進(すす)んだり進(すす)んだり』
144エル『何(なん)だかチツと許(ばか)り寂寥(せきれう)の感(かん)に打(う)たれて来(き)ました。145一(ひと)つ歌(うた)を歌(うた)つて元気(げんき)をつけますから囃(はや)して下(くだ)さい、146頼(たの)みますよ』
147ワックス『アハヽヽヽ、148到頭(たうとう)エルの奴(やつ)、149生地(きぢ)を現(あら)はしやがつたな。150空威張(からゐば)りの睾丸潰(きんたまつぶ)しの大将(たいしやう)奴(め)、151ウツフヽヽヽ』
152エル『こりやこりやワックス馬鹿(ばか)息子(むすこ)
153オツトドツコイこりや違(ちが)うた
154善言(ぜんげん)美詞(びし)の此(この)教(をしえ)
155忘(わす)れて口(くち)を滑(すべ)らせた
156ワックスさまよチツト許(ばか)り
157お腹(はら)が立(た)つかは知(し)らねども
158知(し)つてる通(とほ)りの狼狽者(あわてもの)
159思(おも)はぬ口(くち)が滑(すべ)りました
160神(かみ)の心(こころ)に見直(みなほ)して
161決(けつ)して怒(おこ)つちやなりませぬ
162岩戸(いはと)の口(くち)からドンドンと
163限(かぎ)り知(し)られぬ階段(かいだん)を
164下(くだ)りて又(また)も上(のぼ)りつめ
165右(みぎ)や左(ひだり)と屈曲(くつきよく)し
166漸(やうや)くここに来(き)て見(み)れば
167パツと光(ひか)るは摩訶(まか)不思議(ふしぎ)
168合点(がてん)の行(ゆ)かぬモンスター
169一(ひと)つ調(しら)べて見(み)むものと
170金剛杖(こんがうづゑ)をば振(ふ)り翳(かざ)し
171ウンと許(ばか)りに打(うち)据(す)うる
172ポンと音(おと)して黒煙(くろけぶり)
173鳥賊(いか)が墨(すみ)をば吐(は)く様(やう)に
174四辺(あたり)を真黒(まつくろ)々助(くろすけ)に
175包(つつ)んで了(しま)つた可笑(をか)しさよ
176暫(しばら)く眺(なが)め居(ゐ)る間(うち)に
177数多(あまた)のコンパス附着(ふちやく)して
178怪体(けたい)な体(からだ)を中空(ちうくう)に
179ヒヨロリ ヒヨロリと揺(ゆす)りつつ
180前方(ぜんぱう)さして逃(に)げて行(ゆ)く
181此奴(こいつ)あテツキリ蜘蛛(くも)の精(せい)
182何処(どこ)々々(どこ)迄(まで)もおつついて
183往生(わうじやう)させねば措(お)かないぞ
184此方(こちら)が命(いのち)をとらるるか
185向方(むかう)を往生(わうじやう)さしてやるか
186二(ふた)つの中(うち)の一(ひと)つをば
187選(えら)まにやならぬ今(いま)の破目(はめ)
188梵天(ぼんてん)帝釈(たいしやく)自在天(じざいてん)
189オツトドツコイ国(くに)の祖(おや)
190国治立(くにはるたち)の大御神(おほみかみ)
191何卒(なにとぞ)エルに神力(しんりき)を
192腕(うで)も撓(たわわ)に与(あた)へませ
193偏(ひとへ)に願(ねが)ひ奉(たてまつ)る
194伊太彦(いたひこ)司(つかさ)に従(したが)ひて
195初(はじ)めて岩窟(いはや)の探険(たんけん)と
196出掛(でか)けた吾々(われわれ)両人(りやうにん)は
197到底(たうてい)様子(やうす)が分(わか)らない
198如何(いか)なる枉(まが)の陥穽(かんせい)に
199陥(お)ちて命(いのち)を落(おと)すやら
200今(いま)から案(あん)じ過(す)ごされる
201あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
202御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
203 斯(か)く歌(うた)ひ乍(なが)ら又(また)もや曲(まが)り角(かど)に着(つ)いた。204角(かど)を曲(まが)るや否(いな)やワックスの現(うつつ)を抜(ぬ)かして恋慕(れんぼ)して居(ゐ)たデビス姫(ひめ)が起居(たちゐ)物腰(ものごし)淑(しとや)かに、205袖(そで)にて赤(あか)い口(くち)を隠(かく)し乍(なが)ら、206稍(やや)伏目勝(ふしめが)ちにスツクと立(た)つて居(ゐ)る。207エルは勢(いきほひ)よく進(すす)む途端(とたん)に、208此(この)女(をんな)に衝突(しようとつ)し、
209エル『アイタヽヽヽヽ210こりや阿魔(あま)ツ女(ちよ)、211往来(わうらい)の真中(まんなか)に黙(だま)つて立(た)てつて居(ゐ)やがるものだから、212到頭(たうとう)俺(おれ)の出歯(でば)をきつい目(め)に打(う)つて了(しま)つたぢやないか。213これ見(み)よ、214此(この)通(とほ)り歯(は)の間(あひだ)から黒(くろ)い血(ち)がポトポトと流(なが)れてゐる。215「悪(わる)い事(こと)致(いた)しました」と一言(ひとこと)謝(あやま)らぬかい。216馬鹿(ばか)だな』
217女(をんな)『ホヽヽヽヽ、218貴方(あなた)は狼狽者(あわてもの)のエルさまぢやありませぬか。219昼(ひる)の最中(さいちう)に大道(だいだう)を歩(ある)いては牛(うし)の尻(しり)に衝突(しようとつ)し、220又(また)斯(こ)んな処(ところ)で妾(あたい)のお尻(いど)に衝突(しようとつ)し、221出歯(でば)を打(う)つとは天下(てんか)一品(いつぴん)のチヨカ助(すけ)だな』
222エル『ヤア、223デビス姫(ひめ)様(さま)で厶(ござ)いましたか。224腹(はら)の悪(わる)い、225吾々(われわれ)を吃驚(びつくり)さそうと思(おも)つて、226ソツと階段(かいだん)を下(くだ)り、227あの四辻(よつつじ)から、228ここへ先廻(さきまは)りして吃驚(びつくり)さす考(かんが)へですな。229本当(ほんたう)に姫(ひめ)様(さま)も三千彦(みちひこ)司(つかさ)の奥(おく)さまになつてから大変(たいへん)なお転婆(てんば)になりましたな。230おいワックス、231貴様(きさま)もこんな処(ところ)で、232改心(かいしん)したと云(い)ふものの幾分(いくぶん)か未練(みれん)が残(のこ)つて居(ゐ)るだらうから、233一言(ひとくち)怨(うら)みの数(かず)を陳列(ちんれつ)して姫(ひめ)様(さま)のお聞(き)きに達(たつ)したらどうだ。234こんな好(い)い機会(きくわい)は一生(いつしやう)の間(あひだ)に又(また)とは無(な)いぞよ。235俺(おれ)が邪魔(じやま)になるなら友達(ともだち)の誼(よしみ)で気(き)を利(き)かしてやる。236モシ伊太彦(いたひこ)さま、237少(すこ)しの間(ま)、238控(ひか)へて居(を)りませうかな』
239伊太彦(いたひこ)『………………』
240ワックス『これは これは、241デビス姫(ひめ)様(さま)、242この恐(おそ)ろしい岩窟内(がんくつない)を女(をんな)一人(ひとり)で探険(たんけん)とは実(じつ)に恐(おそ)れ入(い)りました。243いや感心(かんしん)致(いた)しました。244その健気(けなげ)なお志(こころざし)を看破(かんぱ)して245此(この)ワックスは何時(いつ)も心(こころ)を悩(なや)めたので厶(ござ)いますよ。246三千彦(みちひこ)様(さま)のお側(そば)近(ちか)く膠(にかは)の様(やう)に引(ひつ)ついて喜(よろこ)んで居(ゐ)らつしやるものだから247お顔(かほ)を見(み)乍(なが)ら儘(まま)ならず、248丸(まる)で写真(しやしん)を見(み)て居(ゐ)る様(やう)だつたが、249今日(けふ)は一言(ひとくち)位(ぐらゐ)は言葉(ことば)をかけて下(くだ)さるでせうね』
250女(をんな)『ホヽヽこれワックスさま、251貴方(あなた)はそこ迄(まで)妾(あたい)を本当(ほんたう)に思(おも)つて下(くだ)さるのですか。252本当(ほんたう)ならば嬉(うれ)しいワ』
253ワックス『酒(さけ)も飲(の)まずに、254どうして男(をとこ)が女(をんな)を捉(つか)まへて嘘(うそ)が云(い)へませう。255心底(しんそこ)からホの字(じ)とレの字(じ)だから、256ここ迄(まで)実(じつ)の所(ところ)は跟(つ)いて来(き)たのですよ。257チツトは男(をとこ)の心(こころ)にも同情(どうじやう)を寄(よ)せて貰(もら)つても余(あま)り罰(ばち)が当(あた)りますまいがな』
258エル『アハヽヽヽヽおい、259ワックス、260そこだ そこだ、261正念場(しやうねんば)だ、262確(しつか)りやれ、263ワツシヨ ワツシヨ』
264女(をんな)『ホヽヽヽヽあのエルさまの睾丸潰(きんたまつぶ)しさま、265犬(いぬ)か何(なん)ぞの様(やう)に嗾(けし)をかけなくても宜(い)いぢやありませぬか』
266エル『コレ、267姫(ひめ)さま、268一生(いつしやう)懸命(けんめい)ですよ。269友人(いうじん)の恋(こひ)を叶(かな)へてやり度(た)いばつかりに骨(ほね)を折(を)つて居(ゐ)るのですから、270余(あま)り憎(にく)うはありますまい。271貴女(あなた)だつてこんな処(ところ)に一人(ひとり)待(ま)つてる位(くらゐ)だから万更(まんざら)ワックスがお嫌(きら)ひでない事(こと)は百(ひやく)も承知(しようち)、272千(せん)も合点(がつてん)の私(わたし)、273随分(ずいぶん)気(き)を利(き)かして上(あ)げますよ。274併(しか)し乍(なが)ら伊太彦(いたひこ)さまがチツト許(ばか)り煙(けぶ)たうなつて来(き)た。275モシ伊太彦(いたひこ)さま、276表(おもて)は表(おもて)、277裏(うら)は裏(うら)、278滅多(めつた)に三千彦(みちひこ)さまの奥(おく)さまをワックスが取(と)らうと云(い)ふのぢやないから、279握手(あくしゆ)位(ぐらゐ)は大目(おほめ)に見(み)てやつて下(くだ)さるでせうな』
280伊太彦(いたひこ)『オイ、281両人(りやうにん)、282此(この)女(をんな)に指(ゆび)一本(いつぽん)でも触(さ)へる事(こと)はならぬぞ。283大変(たいへん)な事(こと)が出来(しゆつたい)するからの』
284エル『扨(さ)ても扨(さ)ても融通(ゆうづう)の利(き)かぬ唐変木(たうへんぼく)だな。285おいワックス、286俺(おれ)が三千彦(みちひこ)さまに弁解(べんかい)をしてやるから一寸(ちよつと)形式(けいしき)だけ握手(あくしゆ)やつたら如何(どう)だ』
287女(をんな)『もし、288エルさま、289ワックスさまの代理(だいり)として貴方(あなた)と握手(あくしゆ)しようぢやありませぬか、290握手(あくしゆ)したと云(い)つても決(けつ)して心(こころ)は貴方(あなた)に移(うつ)しませぬよ』
291エル『おいワックス、292俺(おれ)が代理権(だいりけん)を執行(しつかう)しても滅多(めつた)に姦通(かんつう)の訴訟(そしよう)は起(おこ)さないだらうな』
293ワックス『うん』
294エル『ハヽア、295此奴(こいつ)、296割(わり)とは気(き)の弱(よわ)い奴(やつ)だ。297恥(はづ)かしいと見(み)えるな。298それでは此(この)エルが暫(しばら)く弁理(べんり)公使(こうし)を勤(つと)めてやらう。299サア、300デビスさま、301お手(て)を出(だ)して御覧(ごらん)』
302女(をんな)『はい、303有難(ありがた)う厶(ござ)います。304サア貴方(あなた)のお手(てて)をズツと伸(の)ばして下(くだ)さい』
305エル『仮令(たとへ)代理権(だいりけん)にもせよ、306こんなナイスに手(て)を握(にぎ)られるのはチツト気分(きぶん)が悪(わる)い……事(こと)はないワイ。307エヘヽヽヽおい、308ワックス、309すみませぬな。310必(かなら)ず気(き)を悪(わる)うして下(くだ)さるな、311伊太彦(いたひこ)さま、312何卒(どうぞ)ここは宣伝使(せんでんし)のお情(なさけ)を以(もつ)て大目(おほめ)に見(み)て下(くだ)さい。313エツヘヽヽヽヽ』
314と嬉(うれ)し相(さう)に笑(わら)ひ乍(なが)らグツと手(て)をつき出(だ)した。315女(をんな)はエルの手(て)を握(にぎ)るや否(いな)や赤(あか)い唇(くちびる)へペタリと当(あ)てたと思(おも)ふ途端(とたん)、316エルはキヤツと悲鳴(ひめい)を上(あ)げ其(その)場(ば)に倒(たふ)れて了(しま)つた。317女(をんな)は忽(たちま)ち般若(はんにや)の様(やう)な面(めん)になり、
318女(をんな)『ケラケラケラケラケラ、319俺(わし)が折角(せつかく)休(やす)んでる処(ところ)を金剛杖(こんがうづゑ)で頭(あたま)を殴(なぐ)りやがつたから320其(その)敵討(かたきうち)だ、321イツヒヽヽヽ』
322と腮(あご)をしやくる途端(とたん)に又(また)もとの大蜘蛛(おほくも)となり323数(かず)限(かぎ)りもなきコンパスをニユツと現(あら)はし324七八(しちはつ)尺(しやく)上(うへ)の方(はう)に体(からだ)を浮(うか)してノソリノソリと奥(おく)を目蒐(めが)けて這(は)うて行(ゆ)く。325伊太彦(いたひこ)は直(ただち)に近寄(ちかよ)つてエルの傷所(きずしよ)に息(いき)を吹(ふ)きかけ326天(あま)の数歌(かずうた)を歌(うた)ひ上(あ)げた。327半時(はんとき)許(ばか)り経(た)つてエルは漸(やうや)く正気(しやうき)づき、328痛(いた)さを堪(こら)へ乍(なが)ら意気(いき)消沈(せうちん)の態(てい)で329二人(ふたり)の後(あと)に従(したが)ひおづおづし乍(なが)ら進(すす)み行(ゆ)く。
330(大正一二・四・七 旧二・二二 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)
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