霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章 古峡(こけふ)の山(やま)〔一六五八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第65巻 山河草木 辰の巻 篇:第1篇 盗風賊雨 よみ(新仮名遣い):とうふうぞくう
章:第2章 古峽の山 よみ(新仮名遣い):こきょうのやま 通し章番号:1658
口述日:1923(大正12)年07月15日(旧06月2日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年4月14日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-05-28 11:10:26 文字数:4601 OBC :rm6502
愛善世界社版:23頁 八幡書店版:第11輯 618頁 修補版: 校定版:24頁 普及版:12頁 初版: ページ備考:
001 今(いま)雲(くも)を出(い)でた虎熊山(とらくまやま)の頂(いただき)は、002夏(なつ)ながら雪(ゆき)に覆(おほ)はれて、003その上(うへ)に立(た)つ噴火(ふんくわ)の煙(けぶり)は、004青味(あをみ)を帯(お)びた黄土色(わうどしよく)をして、005南(みなみ)へ南(みなみ)へと靡(なび)いてゐる。
006 道(みち)はトロトロ上(のぼ)りになつて、007萱野(かやの)の音(おと)淋(さび)しく、008昔(むかし)のバラモンの関所跡(せきしよあと)の門柱(もんばしら)が、009二本(にほん)倒(たふ)れかかつて悲(かな)しげに仰天(ぎやうてん)してゐる。010あたりの森林(しんりん)の景色(けしき)は木(き)の色(いろ)や草(くさ)の色(いろ)、011山々(やまやま)の色(いろ)迄(まで)が、012すべて深山(しんざん)的(てき)趣(おもむ)きを持(も)つて居(ゐ)る。013左右(さいう)の密林(みつりん)を脱(ぬ)けると、014雨(あめ)にやつるる音(おと)と風(かぜ)に並(な)みふす音(おと)許(ばか)りで、015人(ひと)の丈(たけ)よりも高(たか)い萱草(かやくさ)の、0151中(なか)の右(みぎ)も左(ひだり)も雲(くも)許(ばか)り、016足(あし)に任(まか)して登(のぼ)りつつ細谷川(ほそたにがは)を渡(わた)つて行(ゆ)く七(しち)人(にん)は、017云(い)はずと知(し)れた治道(ちだう)居士(こじ)の一行(いつかう)である。018治道(ちだう)居士(こじ)は例(れい)の法螺貝(ほらがひ)を吹(ふ)き乍(なが)ら山野(さんや)の邪気(じやき)を清(きよ)めつつ、019密林(みつりん)の中(なか)の山径(さんけい)を登(のぼ)り行(ゆ)く。020行(ゆ)く手(て)に当(あた)つて二人(ふたり)のトランスが又(また)もや路傍(ろばう)の石(いし)に腰(こし)打(うち)掛(か)け、021何(なに)か雑談(ざつだん)に耽(ふけ)つて居(ゐ)る。
022甲(かふ)(エム)『オイ、023タール、024詮(つま)らぬぢやないか。025バラモン軍(ぐん)に従(したが)つて、026斎苑(いそ)の館(やかた)の征服(せいふく)に行(ゆ)く途中(とちう)、027鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)が俄(にはか)に心機(しんき)一転(いつてん)し、028軍隊(ぐんたい)を解散(かいさん)さしたものだから、029俺(おれ)等(たち)も生(うま)れてから、030やつた事(こと)もないトランスとなり下(さが)り、031住(す)み馴(なれ)し故郷(こきやう)に帰(かへ)る訳(わけ)にも行(ゆ)かず、032セールの親分(おやぶん)に従(したが)つて、033あてどもない鳥(とり)を探(さが)して日々(にちにち)過(す)ごすのは本当(ほんたう)に気(き)が利(き)かぬぢやないか。034俺(おれ)アもう、035いい加減(かげん)に機会(きくわい)を考(かんが)へて故国(ここく)へ帰(かへ)り、036何(なん)とかして生計(せいけい)を立(た)て、037理想(りさう)の生活(せいくわつ)を、038自分(じぶん)の故郷(こきやう)に於(おい)て営(いとな)んで見(み)たいと思(おも)ふが、039お前(まへ)はどう思(おも)ふか』
040タール『馬鹿(ばか)な事(こと)を云(い)ふな。041何処(どこ)で死(し)なうと、042構(かま)はぬぢやないか。043凡(すべ)て此(この)天地(てんち)は吾々(われわれ)の故郷(こきやう)だ。044貴様(きさま)の様(やう)に故郷(こきやう)と云(い)つたら、045自分(じぶん)の生(うま)れた土地(とち)許(ばか)りだと思(おも)つてゐるのは、046未(ま)だ真(しん)の故郷(こきやう)を知(し)らぬものだ。047自分(じぶん)の生(うま)れた故郷(こきやう)は只(ただ)此(この)世(よ)の旅(たび)の一夜(いちや)の宿(やど)りのやうなものだ。048それだから海(うみ)で死(し)ぬるもよし、049山野(やまの)に於(おい)て死(し)ぬるのもよし、050河(かは)で死(し)ぬるも都(みやこ)で死(し)ぬるも、051田舎(いなか)で死(し)ぬるも、052また、0521旅(たび)に出(で)て並木(なみき)の肥料(こえ)になるのもいいぢやないか。053天(てん)に日月(じつげつ)星辰(せいしん)を宿(やど)し、054地(ち)に万物(ばんぶつ)を載(の)する所(ところ)、055行(ゆ)くとして己(おの)が故郷(こきやう)に非(あら)ざるはなしだ。056それだから此(こ)の天(てん)と地(ち)との間(あひだ)は、057何(ど)んな処(ところ)に於(お)いて暮(くら)すも、058睡(ねむ)るも、059死(し)ぬるも差支(さしつかへ)はない。060人間(にんげん)が斯(か)く悟(さと)つた以上(いじやう)は、061別(べつ)に生(うま)れた所(ところ)が恋(こひ)しいの、062命(いのち)が惜(を)しいのと云(い)ふ道理(だうり)が無(な)いぢやないか。063何国(なにくに)何郡(なにごほり)何村(なにむら)の何某(なにがし)の先祖(せんぞ)も、064元々(もともと)其(その)土地(とち)から水(みづ)のやうに湧(わ)き出(い)で、065菌(きのこ)や筍(たけのこ)の様(やう)に土(つち)の中(なか)から、066もぐり出(で)たものぢやあるまい。067矢張(やはり)外(そと)から移住(いぢう)して来(き)て、068其(その)土地(とち)を開(ひら)いたのぢやないか。069俺(おれ)達(たち)の先祖(せんぞ)にして已(すで)に然(しか)りとすれば、070その子孫(しそん)たるものは何(なん)ぞ奮(ふる)つて祖先(そせん)の行動(かうどう)を採(と)らざるやだ。071見(み)ず知(し)らずの新(あたら)しき国(くに)に至(いた)り、072新(あたら)しき土地(とち)を墾(ひら)いて新(あたら)しい村(むら)を作(つく)るも、073トランス団(だん)を組織(そしき)するも皆(みな)人間(にんげん)の自由(じいう)ぢやないか。074人間(にんげん)たるもの、075ここに至(いた)つて初(はじ)めて、076其(その)面目(めんもく)を発揮(はつき)せりと云(い)ふべしだ。077一竿(いつかん)飄然(へうぜん)として狐舟(こしう)に棹(さをさ)す、078又(また)甚(はなは)だ快(くわい)ならずやだ。079然(しか)るを何万(なんまん)何千(なんぜん)噸(とん)の汽船(きせん)に乗(の)つて一度(ひとたび)その土地(とち)を離(はな)れむとする時(とき)、080数千百(すうせんひやく)の蚯蚓(みみづ)のやうな小胆者(せうたんもの)は、081別(わか)れを惜(をし)んで涙(なみだ)を振(ふる)つてゐるが、082実(じつ)に吾人(ごじん)の、0821之(これ)は恥辱(ちじよく)ではあるまいか。083同(おな)じ月(つき)の国(くに)の此(この)土地(とち)に於(おい)て活動(くわつどう)し乍(なが)ら、084故郷(こきやう)を恋(こひ)しがるとは、085甚(はなは)だ以(もつ)て醜(しう)の醜(しう)たるものではないか。086此(この)地(ち)を去(さ)つて彼(かの)地(ち)に至(いた)り、087隣(となり)を去(さ)つて隣(となり)に至(いた)る。088何(なん)ぞ離別(りべつ)を惜(をし)み、089心身(しんしん)を痛(いた)むるの愚(ぐ)を要(えう)せむやだ。090貴様(きさま)の如(ごと)きは鈍根(どんこん)愚痴(ぐち)、091醜態(しうたい)も、0911ここに至(いた)つて092真(しん)に極(きは)まれりと云(い)ふべしだ。093あまり腹(はら)の中(なか)が見(み)え透(す)いて、094俺(おれ)ヤ可笑(をか)しうなつて来(き)たわい。095些(ちつ)と確(しつか)りせないか、096そんな事(こと)でトランス商売(しやうばい)が勤(つと)まらうかい。097一波(いつぱ)来(きた)りて一波(いつぱ)去(さ)り、098万波(ばんぱ)来(きた)つて万波(ばんぱ)去(さ)る。099之(これ)海洋(かいやう)万里(ばんり)の状態(じやうたい)だ。100激浪(げきらう)も怒濤(どたう)ももうこれ通常事(つうじやうじ)だ。101徒(いたづら)に真(しん)の故郷(こきやう)を解(かい)せない貴様(きさま)の如(ごと)きは、102無暗(むやみ)に故郷(こきやう)に遠(とほ)ざかるのを恐(おそ)れ、103顔色(かほいろ)まで蒼白色(さうはくしよく)に変(へん)じ、104胸(むね)を焦(こが)す小魂(せうこん)小胆者(せうたんもの)だ。105終(しまひ)には病気(びやうき)を起(おこ)して縮(ちぢ)み上(あが)り、106身動(みうご)きも出来(でき)ぬ、107憐(あはれ)むべき代物(しろもの)だよ。108千(せん)里(り)の山野(さんや)を渉(わた)つて腸(はらわた)を絞(しぼ)り、109一村落(いちそんらく)の花園(はなぞの)に快哉(くわいさい)を叫(さけ)ぶ腰抜(こしぬ)け者(もの)の如(ごと)きは、110到底(たうてい)人生(じんせい)を語(かた)るに足(た)らぬものだ。111小(ちひ)さき寒村(かんそん)に、112営々(えいえい)として田畑(たはた)を耕(たがや)し、113田(た)の草取(くさと)りに日(ひ)を暮(くら)す人間(にんげん)、114よろしく寒山(かんざん)氷地(ひようち)、115広袤(くわうばう)漠々(ばくばく)の野(の)に家(いへ)を築(きづ)いて以(もつ)て一大(いちだい)帝国(ていこく)をなして、116天地(てんち)経綸(けいりん)の司宰者(しさいしや)たる本分(ほんぶん)を尽(つく)すが、117男子(だんし)たるものの勤(つと)むべき所(ところ)だ。118此(この)天地(てんち)は真(しん)に吾々(われわれ)の故郷(こきやう)だ。119一夜(いちや)の宿(やど)に等(ひと)しき産土(うぶすな)の地(ち)を出(い)でては、120再(ふたた)び古巣(ふるす)に帰(かへ)り、121家(いへ)を求(もと)むる如(ごと)き卑屈(ひくつ)の事(こと)は為(す)るものではない。122之(これ)が今日(こんにち)の人間(にんげん)の世(よ)に処(しよ)すべき要訣(えうけつ)だ』
123エム『お前(まへ)の弁舌(べんぜつ)も一応(いちおう)尤(もつと)もだが、124併(しか)し乍(なが)ら産土(うぶすな)の土地(とち)を恋(こひ)しがらないものが、125何処(どこ)にあらうか。126生(うま)れ故郷(こきやう)を忘(わす)れるやうな奴(やつ)は遂(つひ)には国(くに)を忘(わす)れ、127仁義(じんぎ)道徳(だうとく)を忘却(ばうきやく)し、128妻子(さいし)に対(たい)して不仁(ふじん)となり、129祖先(そせん)に対(たい)して不孝(ふかう)の罪(つみ)を重(かさ)ぬるものだ。130望郷(ばうきやう)の念(ねん)に駆(か)られざるものは、131もはや人間(にんげん)の霊性(れいせい)を忘却(ばうきやく)した人面(じんめん)獣心(じうしん)ぢやないか』
132タール『アハヽヽヽ、133人(ひと)の財物(ざいぶつ)を掠(かす)めるトランスと成(な)り乍(なが)ら、134仁義(じんぎ)道徳(だうとく)も、135孝(かう)、136不孝(ふかう)もあつたものかい。137此(この)社会(しやくわい)へ這入(はい)つた以上(いじやう)は善悪(ぜんあく)、138倫常(りんじやう)、139孝悌(かうてい)などに超越(てうゑつ)せなくちや到底(たうてい)発達(はつたつ)は遂(と)げられないぞ。140俺(おれ)だつて生(うま)れつきの悪人(あくにん)ぢやないから、141善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)の区別(くべつ)位(くらゐ)知(し)つてゐる。142併(しか)し乍(なが)ら俗(ぞく)に云(い)ふ通(とほ)り、143勝(か)てば官軍(くわんぐん)敗(ま)くれば賊(ぞく)だ。144俺(おれ)だつてトランス様(さま)で一生(いつしやう)を終(をは)らうとは思(おも)はない。145何(なん)とかいい機会(きくわい)があれば世間(せけん)の所謂(いはゆる)善(ぜん)に立(たち)帰(かへ)り、146虚礼(きよれい)虚偽(きよぎ)の生活(せいくわつ)を送(おく)つて世間(せけん)に謡(うた)はれ度(た)いのは山々(やまやま)だ。147其(そ)の材料(ざいれう)を集(あつ)むるために好(す)きでもないトランスをしてるのだ……。148まだ吾々(われわれ)は仁義(じんぎ)道徳(だうとく)を称(とな)へる丈(だけ)の余地(よち)が無(な)い。149そこ迄(まで)物質(ぶつしつ)的(てき)の準備(じゆんび)も無(な)く、150世間(せけん)を詐(いつは)る偽善(ぎぜん)の権化(ごんげ)となつて威張(ゐば)る所(ところ)へは行(ゆ)かないのだ。151今(いま)の間(あひだ)は何(なに)よりも商売(しやうばい)の発達(はつたつ)を考(かんが)へるのが安全(あんぜん)第一(だいいち)だ。152金(かね)さへ有(あ)れば愚者(ぐしや)も賢者(けんしや)となり、153無学者(むがくしや)も学者(がくしや)と成(な)り、154悪人(あくにん)も善人(ぜんにん)となり、155蝿虫(はへむし)野郎(やらう)も有力者(いうりよくしや)と云(い)はれるのだからな。156貴様(きさま)も一(ひと)つ改心(かいしん)して157トランス学(がく)の研究(けんきう)に一意(いちい)専心(せんしん)没頭(ぼつとう)するのだな』
158エム『トランス学(がく)の研究(けんきう)も随分(ずいぶん)苦(くる)しいものだな。159南無(なむ)バラモン大自在天(だいじざいてん)、160守(まも)り給(たま)へ幸(さきは)へ給(たま)へ。
 
161 霜(しも)おく野辺(のべ)の夜(よ)は更(ふけ)て
162 身(み)を裂(き)る許(ばか)りの寒風(かんぷう)に
163 御空(みそら)の月(つき)は清(きよ)く震(ふる)ふ
164 喧々(けんけん)轟々(ぐわうぐわう)の声(こゑ)
165 彼方(かなた)此方(こなた)より響(ひび)き来(きた)る
166 世(よ)は何(なん)となく物騒(ものさわ)がし
167 秋(あき)の紅葉(もみぢ)の凩(こがらし)に
168 脆(もろ)くも散(ち)りて
169 囀(さへづ)る鳥(とり)の声(こゑ)ひそむ
170 あゝ荒(あ)れ果(は)てし山野(さんや)の景色(けしき)
171 小夜(さよ)ふけて峰(みね)の松風(まつかぜ)
172 庵(いほり)を叩(たた)く
173 夕日(ゆふひ)の影(かげ)は暗(くら)くして
174 バラモン男子(だんし)の意気(いき)消沈(せうちん)す
175 守(まも)らせ給(たま)へ自在天(じざいてん)
176 大国彦(おほくにひこ)の大御神(おほみかみ)
177 あゝ苦(くる)しいせつろしい[※「せつろしい」…気ぜわしい、あわただしい。「節臘(せつろう)しい」]
178 こんな浮世(うきよ)に何(なん)として
179 私(わたし)は生(うま)れて来(き)ただらう』
 
180タール『こりやエム、181何(なん)と云(い)ふ卑劣(ひれつ)の歌(うた)を謳(うた)ふのだ。182夏(なつ)の真盛(まつさか)りに冬(ふゆ)だの凩(こがらし)だのと、183そんな淋(さび)しい事(こと)を云(い)ふない。184バラモン兵士(へいし)であり乍(なが)ら、185意気(いき)が萎(しぼ)むの何(なん)のつて、186泣声(なきごゑ)を並(なら)べやがつて、187あゝ俺(おれ)も何(なん)だか浮世(うきよ)が嫌(いや)になつて来(き)たわい。188水(みづ)は方円(はうゑん)の器(うつは)に随(したが)ひ、189人(ひと)は善悪(ぜんあく)の友(とも)によると云(い)ふからな。190お前(まへ)のやうな悪(あく)の破産者(はさんしや)と一緒(いつしよ)に働(はたら)いてゐると、191どうやら俺(おれ)も世(よ)の中(なか)の無常(むじやう)を感(かん)じて、192社会(しやくわい)の所謂(いはゆる)善(ぜん)の道(みち)へ堕落(だらく)しさうだ。193ヤア法螺貝(ほらがひ)の声(こゑ)が聞(きこ)えて来(き)たぞ。194オイ此奴(こいつ)アどこともなしに権威(けんゐ)のある声(こゑ)ぢやないか。195サアここで一(ひと)つ確(しつか)り、196トランスの秘術(ひじゆつ)を尽(つく)し、197うまく、198あれを岩窟(いはや)に引(ひき)込(こ)まねばなるまいぞ。199サア此処(ここ)で善(ぜん)だとか正義(せいぎ)だとか云(い)ふ名詞(めいし)は抹殺(まつさつ)するのだ』
200と俄(にはか)に空元気(からげんき)を出(だ)してゐる。
201 治道(ちだう)居士(こじ)を先頭(せんとう)に、202六(ろく)人(にん)の改心組(かいしんぐみ)は密林(みつりん)の小径(せうけい)を辿(たど)つて漸(やうや)く両人(りやうにん)の前(まへ)に現(あら)はれた。
203タール『オイ、204ヤク、205エール、2051そのお方(かた)は何処(どこ)へおいでになるのだ』
206ヤク『此(この)方(かた)は勿体(もつたい)なくも鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)様(さま)だ。207俺(おれ)等(たち)やお前(まへ)等(たち)がトランスに堕落(だらく)して居(ゐ)るのを改心(かいしん)さしてやらうと云(い)つて、208今(いま)、209結構(けつこう)な御(お)説教(せつけう)を聞(き)かして下(くだ)さつたのだ。210そしてセールの親分(おやぶん)に誠(まこと)の教(をしへ)を聞(き)かせて改心(かいしん)をさせてやらねばならぬと云(い)つて、211俺(おれ)等(たち)に案内(あんない)を命(めい)じ遊(あそ)ばしたのだから、212貴様(きさま)もいい加減(かげん)に改心(かいしん)したがよからう。213トランスなんて詮(つま)らぬからな』
214 タールは心(こころ)の中(うち)にて、
215「いや、216いい鳥(とり)が引(ひつ)掛(かか)つた。217鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)は今(いま)あゝして比丘(びく)になつてゐるものの、218元(もと)が元(もと)だから、219一万(いちまん)両(りやう)や、2191二万(にまん)両(りやう)の金(かね)は持(も)つてるに違(ちが)ひない。220一(ひと)つ改心(かいしん)したと見(み)せかけ、221うまく岩窟(いはや)に引(ひつ)張(ぱ)り行(ゆ)かう……エール、222ヤクの奴(やつ)、223仲々(なかなか)偉(えら)いわい。224岩窟(いはや)の中(なか)に引(ひつ)込(こ)み、225否応(いやおう)云(い)はさず、226ボツタくる所存(しよぞん)だな。227俺(おれ)も一(ひと)つ帰順(きじゆん)と見(み)せかけ、228一(ひと)つ岩窟(いはや)へ案内(あんない)してやらう」
229と故意(わざ)と空涙(そらなみだ)を流(なが)し、
230タール『これはこれは鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)様(さま)で厶(ござ)いましたか、231お久(ひさ)しう厶(ござ)います。232私(わたし)も、233こんなトランスはし度(た)くありませぬが、234貴方(あなた)から頂(いただ)いたお手当金(てあてきん)は、235心(こころ)の悪魔(あくま)に皆(みな)使(つか)はれて了(しま)ひ、236今(いま)は止(や)むを得(え)ずセールの世話(せわ)になり、237虎熊山(とらくまやま)の岩窟(いはや)にトランスの乾児(こぶん)となつて居(を)ります。238然(しか)し貴方(あなた)様(さま)が、239そんな姿(すがた)とお成(な)り遊(あそ)ばし、240世界(せかい)をお歩(ある)き遊(あそ)ばすのを見(み)て、241懺悔(ざんげ)の心(こころ)が湧(わ)きました。242只今(ただいま)限(かぎ)り私(わたし)も改心(かいしん)致(いた)しますから、243何卒(どうぞ)岩窟(いはや)にお越(こ)し下(くだ)さいまして、244セールの大親分(おほおやぶん)を説(と)き伏(ふ)せ、245善道(ぜんだう)へ復(かへ)るやう御(お)取計(とりはか)らひ下(くだ)さいませ』
246エム『将軍(しやうぐん)様(さま)、247何分(なにぶん)宜(よろ)しくお願(ねがひ)致(いた)します』
248とエムは本当(ほんたう)に涙(なみだ)を流(なが)してゐる。249治道(ちだう)居士(こじ)はタールの心(こころ)の中(なか)からの改心(かいしん)でない、250自分(じぶん)をたばかる為(ため)だ、251とは直覚(ちよくかく)して居(ゐ)たが、252兎(と)も角(かく)岩窟(いはや)の中(なか)に無事(ぶじ)に到着(たうちやく)して、253セール、254ハールの巨頭(きよとう)を改心(かいしん)させむと決心(けつしん)し、255ワザとタールの言葉(ことば)を信(しん)ずるものの如(ごと)く装(よそほ)ひ、
256治道(ちだう)『やア、257それは何(なに)より結構(けつこう)だ。258俺(わし)もお前(まへ)の言葉(ことば)を聞(き)いて感謝(かんしや)に堪(た)へない。259サア案内(あんない)して呉(く)れ』
260タール『ハイ、261承知(しようち)致(いた)しました。262勝手(かつて)覚(おぼ)えし此(この)山道(やまみち)、263近道(ちかみち)も知(し)つて居(を)りますれば、264お伴(とも)をさして貰(もら)ひませう』
265エム『もしもし、266治道(ちだう)居士(こじ)様(さま)、267何卒(どうぞ)私(わたし)を貴方(あなた)のお弟子(でし)となし、268どこかへ連(つ)れて行(い)つて下(くだ)さいませ。269セール、270ハールの大将(たいしやう)を初(はじ)め、271此(この)タールだつて到底(たうてい)改心(かいしん)の見込(みこみ)はありませぬ。272あんな事(こと)云(い)つて計略(けいりやく)にかけて懐(ふところ)のものを盗(と)らうと云(い)ふ企(たく)みで厶(ござ)いますよ』
273タール『コリヤ、274エム、275何(なん)と云(い)ふ事(こと)を吐(ぬか)すのだ。276俺(おれ)の心(こころ)が貴様(きさま)に分(わか)らうかい。277仮令(たとへ)セール、278ハールが悪人(あくにん)でも、279もとの主人(しゆじん)たる将軍(しやうぐん)様(さま)が、280斯(か)うなつて衆生(しゆじやう)済度(さいど)にお歩(ある)き遊(あそ)ばす姿(すがた)を拝(をが)んだならば、281屹度(きつと)改心(かいしん)をなさるにきまつてる……。282味方(みかた)の裏切(うらぎ)りする奴(やつ)がどこにあるかい』
283と小声(こごゑ)で窘(たしな)める。284エムは大声(おほごゑ)を張(は)り上(あ)げ乍(なが)ら、
285エム『もし治道(ちだう)様(さま)、286御(ご)一同(いちどう)様(さま)、287険呑(けんのん)ですから御(ご)用心(ようじん)なさいませ。288私(わたし)は之(これ)にてお暇(いとま)します。289岩窟(いはや)へでも帰(かへ)らうものなら、290私(わたし)の今(いま)云(い)つた言葉(ことば)を大将(たいしやう)に告(つ)げ、291どんな目(め)に合(あ)はすかも知(し)れませぬから、292貴方(あなた)も何処(どつか)へ逃(に)げて下(くだ)さい。293さア早(はや)く早(はや)く、294お逃(に)げなさい』
295と云(い)ひ捨(す)て、296雲(くも)を霞(かすみ)と森林(しんりん)の中(なか)へ姿(すがた)を隠(かく)した。
297タール『ハヽヽヽ疑(うたがひ)の深(ふか)い奴(やつ)だな。298セールの親分(おやぶん)だつて、299元(もと)は真人間(まにんげん)だ。300治道(ちだう)居士(こじ)様(さま)の懇篤(こんとく)な説示(せつじ)によつて改心(かいしん)するにきまつてる。301此(この)悪人(あくにん)の俺(わし)でさへも、302将軍(しやうぐん)様(さま)のお姿(すがた)を拝(をが)んだ丈(だ)けで、3021感涙(かんるい)に咽(むせ)び、303最(も)はや悪魔(あくま)は逃(に)げ去(さ)つたのだもの、304もし将軍(しやうぐん)様(さま)、305何卒(どうぞ)エムの云(い)ふた事(こと)を信用(しんよう)遊(あそ)ばさず、306私(わたし)が案内(あんない)しますから、307何卒(どうぞ)岩窟(いはや)へお越(こ)し下(くだ)さいませ。308さア、309ヤク、310エール、311貴様(きさま)は将軍(しやうぐん)様(さま)のお後(あと)からお伴(とも)し、312随分(ずいぶん)抜(ぬ)かりなく用心(ようじん)して上(のぼ)るのだぞ』
313と小声(こごゑ)にて囁(ささや)く。314ヤク、315エールは黙然(もくねん)としてニタリと笑(わら)ふ。
316治道(ちだう)『アハヽヽヽ、317随分(ずいぶん)人生(じんせい)と云(い)ふものは面白(おもしろ)いものだな。318仮令(たとへ)悪魔(あくま)に謀(はか)られようとも命(いのち)を取(と)られようとも、319天(てん)に任(まか)した吾(わ)が身魂(みたま)、320何(なん)の恐(おそ)るる事(こと)があらうぞ。321之(これ)でも昔(むかし)は三軍(さんぐん)を叱咤(しつた)した勇将(ゆうしやう)だ。322オイ、323タール、324心遣(こころづか)ひは無用(むよう)だ。325サア早(はや)く案内(あんない)して呉(く)れ。
326虎熊(とらくま)の山(やま)は如何(いか)程(ほど)峻(さか)しとも
327安(やす)く上(のぼ)らむ神(かみ)のまにまに。
328セール、ハール、醜(しこ)の司(つかさ)を言向(ことむ)けて
329神(かみ)の大道(おほぢ)に靡(なび)かせて見(み)む。
330仰(あふ)ぎ見(み)れば山(やま)の尾(を)の上(へ)は黒雲(くろくも)に
331包(つつ)まれにけり晴(は)らしてや見(み)む』
332タール『サア御(ご)案内(あんない)致(いた)しませう。333之(これ)から段々(だんだん)坂(さか)が峻(けは)しくなりますから、334足許(あしもと)に気(き)をつけてお上(のぼ)り下(くだ)さいませ。335然(しか)らば私(わたし)が先導(せんだう)致(いた)しませう』
336と胸(むね)に一物(いちもつ)、337心(こころ)に二物(にもつ)、338罪(つみ)の重荷(おもに)を背負(せお)ひつつ、339喘(あへ)ぎ喘(あへ)ぎ上(のぼ)り行(ゆ)く。
340(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 北村隆光録)
341(昭和一〇・六・一六 王仁校正)
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