霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 独許貧(とくきよひん)〔一六六一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第65巻 山河草木 辰の巻 篇:第1篇 盗風賊雨 よみ(新仮名遣い):とうふうぞくう
章:第5章 独許貧 よみ(新仮名遣い):とっきょひん 通し章番号:1661
口述日:1923(大正12)年07月15日(旧06月2日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年4月14日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-05-30 19:49:55 文字数:4947 OBC :rm6505
愛善世界社版:61頁 八幡書店版:第11輯 632頁 修補版: 校定版:63頁 普及版:30頁 初版: ページ備考:
001伊太彦(いたひこ)『吾(わが)師(し)の君(きみ)に相別(あひわか)れ
002ハルセイ山(ざん)をスタスタと
003登(のぼ)りつめたる折(をり)もあれ
004木花姫(このはなひめ)の御(ご)化身(けしん)に
005吾(わが)魂(たましひ)を試(ため)されて
006ここに悔悟(くわいご)の花(はな)開(ひら)き
007身魂(みたま)に芳香(はうかう)薫(くん)じつつ
008蓮(はちす)の花(はな)の匂(にほ)ふ野(の)を
009あてどもなしに進(すす)み来(く)る
010山(やま)又(また)山(やま)の谷間(たにあひ)を
011神(かみ)の御稜威(みいづ)を杖(つゑ)となし
012力(ちから)となして漸(やうや)くに
013ハルセイ沼(ぬま)の辺(ほとり)まで
014来(きた)りて見(み)れば虎熊(とらくま)の
015山(やま)雲表(うんぺう)に聳(そび)え立(た)ち
016雲(くも)に被(おほ)はれ居(を)る中(なか)ゆ
017音(おと)に名高(なだか)き噴火口(ふんくわこう)
018天(てん)を焦(こが)せる凄(すさま)じさ
019吾(わが)師(し)の君(きみ)は今(いま)いづこ
020ブラヷーダ姫(ひめ)は嘸(さぞ)や嘸(さぞ)
021行(ゆ)く手(て)になやみ足(あし)痛(いた)め
022苦(くる)しみ艱(なや)む事(こと)だらう
023魔神(まがみ)の猛(たけ)る月(つき)の国(くに)
024もし悪者(わるもの)に捕(と)らへられ
025身(み)も世(よ)もあられぬ苦(くるし)みに
026会(あ)ふてゐるのぢやあるまいか
027心(こころ)のせいか知(し)らねども
028何(なん)だか胸(むね)が騒(さわ)がしく
029不安(ふあん)の空気(くうき)が襲(おそ)ふて来(き)た
030あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
031皇(すめ)大神(おほかみ)の御(ご)威徳(ゐとく)に
032繊弱(かよわ)き女(をんな)の一人旅(ひとりたび)
033いと安(やす)らけく平(たひら)けく
034神(かみ)のあれますエルサレム
035貴(うづ)の都(みやこ)へ送(おく)りませ
036吾(われ)は男(をとこ)の身(み)にしあれば
037如何(いか)なる艱難(なやみ)も枉神(まがかみ)も
038少(すこ)しも恐(おそ)れず進(すす)み行(ゆ)く
039デビスの姫(ひめ)やブラヷーダ
040二人(ふたり)の身魂(みたま)が気(き)にかかり
041進(すす)みかねたる膝栗毛(ひざくりげ)
042神(かみ)の司(つかさ)となりし身(み)は
043実(げ)に断腸(だんちやう)の思(おも)ひをば
044幾度(いくたび)となく嘗(な)めて行(ゆ)く
045実(げ)に味気(あぢき)なき人(ひと)の世(よ)と
046朝(あさ)な夕(ゆふ)なに愚痴(ぐち)こぼす
047伊太彦(いたひこ)司(つかさ)の過(あやま)ちを
048直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し
049詔直(のりなほ)しつつ許(ゆる)しませ
050雲霧(くもきり)深(ふか)き虎熊(とらくま)の
051麓(ふもと)を進(すす)む森林地(しんりんち)
052猛獣(まうじう)毒蛇(どくじや)は云(い)ふも更(さら)
053心(こころ)汚(きたな)き盗人(ぬすびと)の
054頻(しき)りに出没(しゆつぼつ)すると聞(き)く
055心(こころ)もとなき吾(わが)旅路(たびぢ)
056守(まも)らせ給(たま)へ三五(あななひ)の
057神(かみ)の柱(はしら)の瑞御霊(みづみたま)
058神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大御神(おほみかみ)
059此(この)世(よ)の元(もと)の大御祖(おほみおや)
060国治立(くにはるたち)の大神(おほかみ)の
061貴(うづ)の御前(みまへ)に願(ね)ぎ奉(まつ)る
062朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
063月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
064仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
065誠(まこと)の力(ちから)は世(よ)を救(すく)ふ
066誠(まこと)の力(ちから)は世(よ)を救(すく)ふ
067誠(まこと)一(ひと)つの宣伝使(せんでんし)
068神(かみ)の教(をしへ)を蒙(かうむ)りて
069進(すす)まむ道(みち)に枉神(まがかみ)の
070妨害(さや)らむ筈(はず)はなけれども
071どうしたものか近頃(ちかごろ)は
072姫(ひめ)の身(み)の上(うへ)気(き)にかかる
073あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
074御霊(みたま)の恩頼(ふゆ)を給(たま)へかし
075此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
076心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
077直日(なほひ)に見直(みなほ)し詔直(のりなほ)し
078勇気(ゆうき)を鼓(こ)して虎熊(とらくま)の
079魔神(まがみ)の猛(たけ)ぶ山坂(やまさか)を
080吾(われ)は淋(さび)しく進(すす)み行(ゆ)く』
081と歌(うた)ひ乍(なが)ら密林(みつりん)の中(なか)の小径(こみち)を、082スタスタ登(のぼ)つて来(く)るのは、083伊太彦(いたひこ)司(つかさ)であつた。
084 道(みち)の傍(かたはら)に又(また)もや二人(ふたり)の男(をとこ)が、085ヒソビソ話(ばなし)に耽(ふけ)つて居(を)る。
086エム『オイ、087タツ、088お前(まへ)もいい加減(かげん)に、089トランスを止(や)めたらどうだ』
090タツ『ヘン、091そりや何(なに)を云(い)ふのだ。092貴様(きさま)だつてトランスぢやないか。093豆腐屋(とうふや)は豆腐(とうふ)を造(つく)つて売(う)り、094酒屋(さかや)は酒(さけ)を造(つく)つて売(う)り、095泥棒(どろばう)は人(ひと)の懐(ふところ)を狙(ねら)つて自分(じぶん)の懐(ふところ)を肥(こ)やすのが商売(しやうばい)だ。096此(この)世(よ)の中(なか)は自分(じぶん)の商売(しやうばい)に、097勉強(べんきやう)せなくちやならないよ。098税金(ぜいきん)の要(い)らぬ資本(もとで)の要(い)らぬ、099こんないい商売(しやうばい)があるか』
100エム『一寸(ちよつと)聞(き)くとボロい商売(しやうばい)の様(やう)だが、101一月(ひとつき)に一度(いちど)か二度(にど)、102収入(しうにふ)があつても、103大部分(だいぶぶん)は親方(おやかた)に取(と)られ、104食(く)ふや食(く)はずで戦々(せんせん)恟々(きやうきやう)と105此(この)広(ひろ)い世(よ)の中(なか)を狭(せま)く暮(くら)すと云(い)ふ詮(つま)らぬ事(こと)はないぢやないか。106俺(おれ)等(たち)は元(もと)はバラモンの軍人(ぐんじん)だから、1061泥棒(どろばう)も面白(おもしろ)いと思(おも)ひ107又(また)人(ひと)を殺(ころ)すのも何(なん)とも思(おも)はなかつたが、108あの虎熊山(とらくまやま)のセールの、109元親分(もとおやぶん)の鬼春別(おにはるわけ)の将軍(しやうぐん)様(さま)が比丘(びく)の姿(すがた)となり、110法螺(ほら)を吹(ふ)いておいで遊(あそ)ばすのに出会(であ)ひ、111結構(けつこう)な話(はなし)を聞(き)いて改心(かいしん)した処(ところ)だ。112ところが俺(おれ)の相棒(あいぼう)のタールと云(い)ふ奴(やつ)、113どこ迄(まで)も悪(あく)を立通(たてとほ)すと云(い)ひやがるものだから、114袂(たもと)を別(わか)ちてここ迄(まで)来(き)たのだ。115すると此処(ここ)迄(まで)来(く)ると、116お前(まへ)が居(ゐ)るので、117俺(おれ)は神(かみ)様(さま)に救(すく)はれたのだから、118お前(まへ)も善人(ぜんにん)にしてやり度(た)いと思(おも)つて意見(いけん)するのだから、119些(ちつ)と身(み)を入(い)れて聞(き)いてくれ。120決(けつ)して悪(わる)い事(こと)は云(い)はぬのだからな』
121タツ『ウン、122さう聞(き)けばさうだな。123俺(おれ)だつて泥棒(どろばう)が好(す)きでやつてるのぢやない。124親譲(おやゆづ)りの財産(ざいさん)が沢山(たくさん)あつたのだが、125一(ひと)つ新奇(しんき)発明(はつめい)の商売(しやうばい)をやつて、126ガラリと失敗(しつぱい)し、127国所(くにところ)にも居(を)れぬので乞食(こじき)となつて、128ここにやつて来(き)た処(ところ)が、129セールの親分(おやぶん)が拾(ひろ)ひ上(あ)げて呉(く)れたので鼻(はな)の下(した)丈(だ)け、130どうなり、131かうなり、1311濡(ぬ)らせる様(やう)に成(な)つたのだ。132三丁町(さんちやうまち)、133五丁町(ごちやうまち)歩(ある)いて一文(いちもん)の金(かね)を貰(もら)ひ、134乞食(こじき)々々(こじき)とさげすまれ、135人(ひと)の軒(のき)に寝(ね)ては足蹴(あしげ)にされ、136辻堂(つじだう)に一夜(いちや)明(あ)かしては追(お)ひ立(た)てを喰(く)つてゐた今(いま)迄(まで)の境遇(きやうぐう)に比(くら)ぶれば、137余程(よほど)気(き)が利(き)いてると思(おも)つて泥棒(どろばう)になつたのだ。138然(しか)し何(なに)かいい商売(しやうばい)があれば、139こんな事(こと)ア為(し)度(た)くないのだが、140之(これ)も因縁(いんねん)だらうかい』
141エム『お前(まへ)商売(しやうばい)をしたと云(い)ふが、142どんな商売(しやうばい)して失敗(しつぱい)したのか』
143タツ『ウン、144マア一(ひと)つ聞(き)いて呉(く)れ。145俺(おれ)は凡(すべ)て若(わか)い時(とき)から発明(はつめい)好(ず)きで専売(せんばい)特許(とくきよ)を十二三(じふにさん)も取(と)つて居(を)るのだ。146併(しか)し乍(なが)ら専売(せんばい)特許(とくきよ)は農商務(のうしやうむ)省(しやう)で許(ゆる)して呉(く)れたが、147然(しか)し之(これ)を売出(うりだ)す段(だん)となると一(ひと)つも動(うご)かぬのだから困(こま)つてゐるのだ。148それがために親譲(おやゆづ)りの財産(ざいさん)を、149スツカリすつて了(しま)つたのだ』
150エム『どんな物(もの)を発明(はつめい)したのだい』
151タツ『エー、152ワツトが鉄瓶(てつびん)の湯気(ゆげ)を見(み)て蒸汽(じようき)を発明(はつめい)したり、153ニュートンが林檎(りんご)の落(お)ちるのを見(み)て地球(ちきう)の引力説(いんりよくせつ)を称(とな)へたやうに、154俺(おれ)も何(なに)かの動機(どうき)がなくちや、155発明(はつめい)が出来(でき)ぬが、156或(ある)時(とき)ランプのホヤの掃除(さうぢ)してゐたのだ。157あのホヤの黒(くろ)くなつたのをホヤ掃除器(さうぢき)で上下(じやうげ)へ擦(こす)ると云(い)ふと、158全然(すつかり)埃(ほこり)が除(と)れる。159真黒(まつくろ)の奴(やつ)が元(もと)の透明体(とうめいたい)のホヤになるだらう』
160エム『ウン成(なる)程(ほど)、161随分(ずいぶん)綺麗(きれい)になるな。162それからどうしたと云(い)ふのだ』
163タツ『それからお前(まへ)、164百(ひやく)日(にち)百夜(ひやくや)、165首(くび)をひねつて考(かんが)へた結果(けつくわ)、166人身(じんしん)清潔器(せいけつき)と云(い)ふのを発明(はつめい)したのだ』
167エム『成程(なるほど)、168そりや面白(おもしろ)からう。169お前(まへ)医学(いがく)でも研究(けんきう)した事(こと)があるのか』
170タツ『何(なに)、171医学(いがく)なんか駄目(だめ)だよ。172今時(いまどき)の医者(いしや)に本当(ほんたう)の病(やまひ)を直(なほ)すものはない。173病気(びやうき)は決(けつ)して薬(くすり)なんか呑(の)んでも癒(なほ)るものぢやない。174癒(なほ)る病気(びやうき)はホツといても癒(なほ)るものだ。175俺(おれ)はそれよりも病気(びやうき)の起(おこ)らぬやう人身(じんしん)清潔器(せいけつき)を作(つく)つたのだ。176即(すなは)ちランプのホヤ掃除(さうぢ)するブラシと云(い)ふ器械(きかい)を八(はつ)尺(しやく)程(ほど)迄(まで)延長(えんちやう)し、177向上虫(かうじやうむし)の這(は)つて居(を)る様(やう)な格好(かくかう)に作(つく)り上(あ)げ、178大地(だいち)に並(なら)べて見(み)た処(ところ)、179大蜈蚣(おほむかで)が這(は)ふてる様(やう)なものが出来(でき)上(あが)つた。180それを人体(じんたい)掃除器(さうぢき)として売出(うりだ)したのだ。181兎角(とかく)酒(さけ)を呑(の)み過(す)ぎたり、182飯(めし)を食(く)ひすぎたりすると腹(はら)を悪(わる)うし塵芥(ごもく)がたまるから、183ランプの掃除(さうぢ)する様(やう)に口(くち)から尻(しり)の穴(あな)へ通(とほ)して、184上下(うへした)へギユーギユーと擦(こす)ると云(い)ふと、185スツカリ腹(はら)の中(なか)の垢目(ごもく)が出(で)ると云(い)ふ考案(かうあん)だ。186さうした処(ところ)が人間(にんげん)の口(くち)と尻(しり)とが余(あんま)り細(ほそ)うて腹(はら)が太(ふと)いので、187口(くち)と尻(しり)とは掃除(さうぢ)が出来(でき)るが肝腎(かんじん)の腹(はら)の掃除(さうぢ)が駄目(だめ)だ。188それで誰(たれ)も彼(かれ)も使(つか)ひもせずに、189くさして買(か)つて呉(く)れぬのだ。190売出(うりだ)す積(つも)りで一万本(いちまんぼん)許(ばか)り作(つく)つたが駄目(だめ)だつたよ』
191エム『ハヽヽヽ、192そいつア話(はなし)にならぬわい。193それからどうしたのだ』
194タツ『それからお前(まへ)、195今度(こんど)は余(あま)り資本金(しほんきん)の要(い)らぬ天造物(てんざうぶつ)を売出(うりだ)す事(こと)を発明(はつめい)したのだ。196それはそれは実(じつ)に奇想(きさう)天外(てんぐわい)の考案(かうあん)だつた』
197エム『その奇想(きさう)天外(てんぐわい)を一(ひと)つ聞(き)かしてくれないか』
198タツ『是(これ)は大々(だいだい)的(てき)秘密(ひみつ)だ。199口外(こうぐわい)しないと云(い)ふことを誓(ちか)ふなら話(はな)して遣(や)らう。200実(じつ)は華氏(くわし)の二十七八(にじふしちはち)度(ど)と云(い)ふ寒(さむ)さの時(とき)に採取(さいしゆ)するのだ。201当世(たうせい)は床屋(とこや)から商売屋(しやうばいや)百姓(ひやくしやう)まで需要(じゆよう)の多(おほ)いガラスの代用品(だいようひん)を発明(はつめい)したのだ。202池(いけ)の面(おも)に張(は)つて居(を)る厚(あつ)さ一分(いちぶ)乃至(ないし)二分(にぶ)位(くらゐ)の薄(うす)い氷(こほり)を引割(ひきわ)つて之(これ)を石油(せきゆ)の空箱(あきばこ)につめ込(こ)み鏡(かがみ)や障子用(しやうじよう)として売出(うりだ)すのだ。203夏(なつ)なぞは氷(こほり)のガラスを障子(しやうじ)にハメ込(こ)んで置(お)くと、204自然(しぜん)に氷(こほり)に風(かぜ)が当(あた)つて夏(なつ)の最中(さいちう)でも居間(ゐま)が涼(すず)しうなつて来(く)る。205何分(なにぶん)原料(げんれう)が只(ただ)だから斯(こ)んなボロい金儲(かねまう)けはないと思(おも)つて、206セツセと寒(さむ)いのに池(いけ)の中(なか)へ小舟(こぶね)を浮(うか)べて切採(きりと)り、207家(いへ)に帰(かへ)つて秘蔵(ひざう)し、208新奇(しんき)発明(はつめい)の「清涼(せいりやう)ガラス夏知(なつし)らず」と名(な)を付(つ)けて、209広告料(くわうこくれう)を沢山(たくさん)に都鄙(とひ)の大新聞(だいしんぶん)に払(はら)つて開業(かいげふ)した所(ところ)、210世間(せけん)の奴(やつ)は馬鹿(ばか)にして一人(ひとり)も注文(ちうもん)して呉(く)れない。211何故(なぜ)だらうかと庫(くら)を開(あ)けて調(しら)べて見(み)たら倉(くら)の中(なか)はズクズクに水(みづ)が溜(たま)つて居(ゐ)た。212大方(おほかた)鼠(ねずみ)が小便(せうべん)でも垂(た)れよつたのかと思(おも)ひ乍(なが)ら氷(こほり)ガラスを納(をさ)めた箱(はこ)を調(しら)べて見(み)ると、213一(いち)枚(まい)も残(のこ)らず皆(みな)解(と)けて居(ゐ)よつたのだ。214そこで氷解(ひようかい)防止法(ばうしはふ)をまだ研究中(けんきうちう)なのだ。215是(これ)さへ成功(せいこう)すれば、216馬鹿(ばか)らしい泥棒(どろばう)なんか稼(かせ)がなくても、217立派(りつぱ)な紳士(しんし)として暮(く)らされるのだからなア』
218エム『オイ、219お前(まへ)そんな事(こと)を真面目(まじめ)に考(かんが)へて居(ゐ)るのか。220実(じつ)に感珍(かんちん)の至(いた)りだ。221古今(ここん)独歩(どくぽ)だ。222珍奇(ちんき)無類(むるゐ)飛切(とびき)りの考案(かうあん)だ。223アハヽヽヽ、224お前(まへ)モウ夫(そ)れだけの発明(はつめい)でしまひか、225君(きみ)の事(こと)だから、226まだ外(ほか)に発明品(はつめいひん)があるだらうなア』
227タツ『ウン、228それからお前(まへ)、229今度(こんど)はも一(ひと)つ脳味噌(なうみそ)を圧搾(あつさく)して用心箱(ようじんばこ)と云(い)ふものを造(つく)つて売(う)り出(だ)す事(こと)を考(かんが)へ出(だ)したのだ。230俺(おれ)も元(もと)はハルナの生(うま)れだ。231ハルナの都(みやこ)は大変(たいへん)に風(かぜ)が烈(はげ)しうて土埃(つちほこり)が立(た)つのだ。232それで道(みち)行(ゆ)く人(ひと)の二(ふた)つの目(め)へ埃(ほこり)が這入(はい)り、233その為(た)め目(め)を病(や)んで盲(めくら)になるものが沢山(たくさん)出(で)て来(く)る。234盲(めくら)になりや大抵(たいてい)の奴(やつ)が三味弾(しやみひき)になつたり、235三味線(しやみせん)の師匠(ししやう)になるから猫(ねこ)の皮(かは)が必要(ひつえう)だ。236それでハルナの都(みやこ)の猫(ねこ)の種(たね)が殆(ほとん)ど絶(た)えて了(しま)ふだらう。237そしたら鼠(ねずみ)が自分(じぶん)の天下(てんか)だと云(い)ふやうな顔(かほ)して家々(いへいへ)に持(も)つてゐる着物(きもの)や道具(だうぐ)を噛(かぢ)るに違(ちが)ひない。238又(また)箱類(はこるゐ)等(など)も噛(かぢ)りさがすに違(ちが)ひないから、239今(いま)の中(うち)に箱(はこ)を沢山(たくさん)作(つく)つて売出(うりだ)したら儲(まう)かると思(おも)つて240今度(こんど)は、2401乗(の)るか反(そ)るかで、241ある丈(だ)けの財産(ざいさん)を放(ほ)り出(だ)し、242沢山(たくさん)の箱(はこ)を作(つく)つた処(ところ)が、243一(ひと)つも売(う)れず、244到頭(たうとう)貧乏(びんばふ)して了(しま)ひ、245国所(くにところ)にも居(を)れぬやうになつて乞食(こじき)になつたのだよ。246俺(おれ)位(くらゐ)不運(ふうん)のものは世(よ)の中(なか)にありやせぬわ。247あれ丈(だ)けの金(かね)があればハルナで僕(しもべ)の三(さん)人(にん)も使(つか)ひ、248妾(めかけ)の一人(ひとり)も置(お)いて紳士(しんし)で暮(くら)されるのだが、249困(こま)つた事(こと)をしたわい』
250エム『ハヽヽヽ、251其奴(そいつ)ア駄目(だめ)だわい。252お前(まへ)も随分(ずいぶん)賢(かしこ)い割(わり)とは知恵(ちゑ)がないわい。253余(あんま)り気(き)が利(き)き過(す)ぎると間(ま)がぬけるからな。254そんな頓馬(とんま)では、255泥棒(どろばう)しても駄目(だめ)だぞ。256矢張(やつぱ)りもとの乞食(こじき)が性(しやう)に合(あ)ふとるわ。257それだから、258改心(かいしん)をして泥棒(どろばう)をやめ、259何(なに)か俺(おれ)達(たち)と一所(いつしよ)に、260よい商売(しやうばい)にありつかぬかと云(い)ふのだ』
261タツ『兎(と)も角(かく)、262兄貴(あにき)に任(まか)しておくわ。263ヤア、264何(なん)だか宣伝歌(せんでんか)の声(こゑ)が聞(きこ)えて来(く)るぢやないか、265何(なん)と恐(おそ)ろしい声(こゑ)だのう』
266エム『ヤア、267ありや三五教(あななひけう)の宣伝歌(せんでんか)だ。268マア気(き)を落付(おちつ)けて、269ここに待(ま)つて居(を)らうぢやないか。270もう泥坊(どろばう)をやめた以上(いじやう)、271別(べつ)に人間(にんげん)も恐(こは)くないからな。272それよりも貴様(きさま)、273此(この)間(あひだ)、274岩窟(いはや)の中(なか)へ引(ひき)込(こ)まれた二人(ふたり)の美人(びじん)は、275素敵(すてき)な者(もの)ぢやないか』
276タツ『本当(ほんたう)に凄(すご)いやうな美人(びじん)だつたね。277大方(おほかた)大将(たいしやう)がレコにするのだらうよ。278アツハヽヽヽ』
279 かかる所(ところ)へ近(ちか)づいて来(き)たのは伊太彦(いたひこ)であつた。
280伊太(いた)『一寸(ちよつと)物(もの)を尋(たづ)ねますが281此(この)山道(やまみち)を十六七(じふろくしち)の女(をんな)は通(とほ)らなかつたですか』
282エム『ハイ、283二三(にさん)日前(にちまへ)に、284それはそれは立派(りつぱ)な女(をんな)宣伝使(せんでんし)が一人(ひとり)、285又(また)その翌日(よくじつ)、286今(いま)貴方(あなた)の仰有(おつしや)つた様(やう)な若(わか)い若(わか)い御(ご)婦人(ふじん)が一人(ひとり)、287ここをお通(とほ)りになつた処(ところ)、288此(この)山(やま)で働(はたら)く大泥棒(おほどろばう)の親分(おやぶん)に捕(とら)へられ、289岩窟(いはや)の中(なか)へ連(つ)れ込(こ)まれて了(しま)ひましたよ。290本当(ほんたう)に可憐(かはい)さうでたまりませぬわ』
291伊太(いた)『その女(をんな)はデビス姫(ひめ)、292ブラヷーダと云(い)ふ名(な)ではなかつたか』
293エム『ハイ、294エベスだとか、295ブラブラ婆(ば)アだとか云(い)ふ事(こと)ですが、296仲々(なかなか)どうしてどうして297婆(ば)ア処(どころ)ですか、298水(みづ)の垂(た)るやうな別嬪(べつぴん)でした。299今(いま)はセール親方(おやかた)の居間(ゐま)の近(ちか)くの牢獄(らうごく)に打(ぶ)ち込(こ)んで厶(ござ)います』
300伊太(いた)『コリヤ、301その方(はう)は泥棒(どろばう)だな』
302エム『いえ、303滅相(めつさう)もない。304私(わたし)は真人間(まにんげん)で厶(ござ)います』
305伊太(いた)『馬鹿(ばか)申(まを)せ、306真人間(まにんげん)が岩窟(いはや)の中(なか)に姫(ひめ)が隠(かく)してある事(こと)が、307どうして分(わか)らうか。308大方(おほかた)貴様(きさま)は乾児(こぶん)だらう』
309エム『ハイ、310今日(けふ)迄(まで)は泥棒(どろばう)の乾児(こぶん)で厶(ござ)いましたが、311実(じつ)の所(ところ)は鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)様(さま)が比丘(びく)となつて、312ここをお通(とほ)り遊(あそ)ばし、313結構(けつこう)なお道(みち)を教(をし)へて下(くだ)さつたので、314漸(やうや)く改心(かいしん)しまして、315仲間(なかま)の目(め)を忍(しの)び、316ここ迄(まで)逃(に)げて来(き)ました処(ところ)、317ここに又(また)一人(ひとり)の小泥棒(こどろぼう)が休(やす)んで居(ゐ)ましたので、318早(はや)く改心(かいしん)したらどうだ、319と今(いま)も今(いま)とて意見(いけん)をして居(を)つた所(ところ)で厶(ござ)います』
320伊太(いた)『お前(まへ)ももはや善心(ぜんしん)に立(たち)帰(かへ)つたのか。321それに間違(まちがひ)はないのかな』
322 両人(りやうにん)慄(ふる)ひ乍(なが)ら口(くち)を揃(そろ)へて、
323両人(りやうにん)『ハイ、324間違(まちがひ)は厶(ござ)いませぬ』
325伊太(いた)『然(しか)らばその岩窟(いはや)とやらへ案内(あんない)してくれ。326二人(ふたり)の姫(ひめ)を救(すく)ひ出(だ)さねばならぬから』
327エム『どうも沢山(たくさん)な泥棒(どろばう)が居(を)りますので、328貴方(あなた)お一人(ひとり)では危(あぶ)なう厶(ござ)いますから、329お止(や)めになつたらどうです。330現(げん)に鬼春別(おにはるわけ)様(さま)が親分(おやぶん)を改心(かいしん)さすと云(い)つて六(ろく)人(にん)の子分(こぶん)をつれて御(お)出(い)でになりました。331やがて一件(いつけん)落着(らくちやく)して無事(ぶじ)にお帰(かへ)りになるでせうからな』
332伊太(いた)『何(なに)、333あの比丘(びく)姿(すがた)の将軍(しやうぐん)様(さま)がおいでになつたと云(い)ふのか。334それなれば尚(なほ)の事(こと)だ。335之(これ)を聞(き)いた以上(いじやう)は見逃(みのが)す訳(わけ)には行(ゆ)かぬ。336サア案内(あんない)をせい』
337エム『ハイ、338案内(あんない)をせいと仰有(おつしや)れば、339せぬ事(こと)はありませぬが、340私(わたし)は最早(もはや)泥棒(どろばう)を改心(かいしん)したのですから、341彼奴(あいつ)等(ら)に見付(みつ)けられたら命(いのち)が厶(ござ)いませぬ。342何卒(どうぞ)之(これ)許(ばか)りは御(ご)堪弁(かんべん)を願(ねが)ひ度(た)う厶(ござ)います』
343伊太(いた)『ナニ、344心配(しんぱい)は要(い)らぬ。345私(わし)は此(この)通(とほ)り神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)のウバナンダ竜王(りうわう)から頂(いただ)いた夜光(やくわう)の玉(たま)がある。346之(これ)があれば百万(ひやくまん)の敵(てき)も恐(おそ)るるに及(およ)ばないのだ。347サア案内(あんない)せい』
348 此(この)言葉(ことば)に二人(ふたり)は不安(ふあん)の念(ねん)にかられ乍(なが)ら、349伊太彦(いたひこ)が恐(こは)さに、350屠所(としよ)の羊(ひつじ)の如(ごと)くスゴスゴと先(さき)に立(た)つて、351岩窟(がんくつ)目(め)がけて進(すす)み行(ゆ)く。
352(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 北村隆光録)
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