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霊界物語
山河草木(第61~72巻、入蒙記)
第65巻(辰の巻)
序文
総説
第1篇 盗風賊雨
第1章 感謝組
第2章 古峽の山
第3章 岩侠
第4章 不聞銃
第5章 独許貧
第6章 噴火口
第7章 反鱗
第2篇 地異転変
第8章 異心泥信
第9章 劇流
第10章 赤酒の声
第11章 大笑裡
第12章 天恵
第3篇 虎熊惨状
第13章 隔世談
第14章 山川動乱
第15章 饅頭塚
第16章 泥足坊
第17章 山颪
第4篇 神仙魔境
第18章 白骨堂
第19章 谿の途
第20章 熊鷹
第21章 仙聖郷
第22章 均霑
第23章 義侠
第5篇 讃歌応山
第24章 危母玉
第25章 道歌
第26章 七福神
余白歌
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第65巻(辰の巻)
> 第1篇 盗風賊雨 > 第7章 反鱗
<<< 噴火口
(B)
(N)
異心泥信 >>>
第七章
反鱗
(
はんりん
)
〔一六六三〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第65巻 山河草木 辰の巻
篇:
第1篇 盗風賊雨
よみ(新仮名遣い):
とうふうぞくう
章:
第7章 反鱗
よみ(新仮名遣い):
はんりん
通し章番号:
1663
口述日:
1923(大正12)年07月15日(旧06月2日)
口述場所:
祥雲閣
筆録者:
加藤明子
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1926(大正15)年4月14日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
rm6507
愛善世界社版:
81頁
八幡書店版:
第11輯 640頁
修補版:
校定版:
86頁
普及版:
39頁
初版:
ページ備考:
001
三
(
さん
)
人
(
にん
)
は
急坂
(
きふはん
)
を
上
(
のぼ
)
つて
往
(
ゆ
)
くと、
002
密林
(
みつりん
)
の
中
(
なか
)
に、
003
「ウンウン」と
呻声
(
うめきごゑ
)
が
聞
(
きこ
)
えて
来
(
き
)
た。
004
伊太彦
(
いたひこ
)
は
驚
(
おどろ
)
いて
草
(
くさ
)
をわけ、
005
林
(
はやし
)
の
中
(
なか
)
に
入
(
い
)
つて
見
(
み
)
れば、
006
一人
(
ひとり
)
の
男
(
をとこ
)
が
繃帯
(
はうたい
)
をした
儘
(
まま
)
、
007
虫
(
むし
)
の
息
(
いき
)
になつてフン
伸
(
の
)
びて
居
(
ゐ
)
る。
008
忽
(
たちま
)
ち
水筒
(
すいとう
)
の
口
(
くち
)
を
開
(
ひら
)
いて
水
(
みづ
)
を
飲
(
の
)
ませ、
009
天
(
あま
)
の
数歌
(
かずうた
)
を
謡
(
うた
)
ひ、
010
労
(
いた
)
はつて
介抱
(
かいはう
)
をしてやつた。
011
倒
(
たふ
)
れた
男
(
をとこ
)
は
漸
(
やうや
)
く
正気
(
しやうき
)
に
復
(
ふく
)
し、
012
四辺
(
あたり
)
をキヨロキヨロ
見廻
(
みまは
)
し、
013
伊太彦
(
いたひこ
)
宣伝使
(
せんでんし
)
の
吾
(
わが
)
前
(
まへ
)
にあるに
驚
(
おどろ
)
き、
014
早
(
はや
)
くも
逃
(
に
)
げむとすれど、
015
未
(
ま
)
だ
手足
(
てあし
)
の
力
(
ちから
)
が
回復
(
くわいふく
)
しないので、
016
石亀
(
いしがめ
)
のやうに
地団駄
(
ぢだんだ
)
を
踏
(
ふ
)
んで
居
(
を
)
る。
017
伊太
(
いた
)
『ヤア
旅
(
たび
)
のお
方
(
かた
)
018
気
(
き
)
がつきましたか、
019
先
(
ま
)
づ
先
(
ま
)
づ
結構
(
けつこう
)
々々
(
けつこう
)
、
020
お
前
(
まへ
)
は
大変
(
たいへん
)
怪我
(
けが
)
をして
居
(
ゐ
)
るやうだが、
021
大方
(
おほかた
)
虎熊山
(
とらくまやま
)
の
泥棒
(
どろばう
)
にでも
やられ
たのぢやないかな』
022
男
(
をとこ
)
『ハイ
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います。
023
私
(
わたし
)
は
此
(
この
)
近
(
ちか
)
くの
者
(
もの
)
で
厶
(
ござ
)
いますが、
024
一寸
(
ちよつと
)
俄
(
にはか
)
の
用
(
よう
)
で
親威
(
しんせき
)
へ
参
(
まゐ
)
る
途中
(
とちう
)
、
025
泥棒
(
どろばう
)
の
親分
(
おやぶん
)
、
026
セールと
云
(
い
)
ふ
悪人
(
あくにん
)
に
出会
(
であ
)
ひ、
027
有金
(
ありがね
)
をすつかり
取
(
と
)
られ、
028
頭
(
あたま
)
をかち
割
(
わ
)
られ
人事
(
じんじ
)
不省
(
ふせい
)
になつて
居
(
ゐ
)
た
所
(
ところ
)
です。
029
ようまアお
助
(
たす
)
け
下
(
くだ
)
さいました。
030
此
(
この
)
御恩
(
ごおん
)
は
決
(
けつ
)
して
忘
(
わす
)
れませぬ』
031
エムはツカツカと
傍
(
かたはら
)
により、
032
顔
(
かほ
)
をつくづく
眺
(
なが
)
めて、
033
エム『ヤア、
034
お
前
(
まへ
)
は
虎熊山
(
とらくまやま
)
の
泥棒
(
どろばう
)
の
副親分
(
ふくおやぶん
)
ぢやないか、
035
そんな
嘘
(
うそ
)
を
云
(
い
)
つたつて
駄目
(
だめ
)
だよ。
036
もし
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
037
此
(
この
)
男
(
をとこ
)
はハールと
申
(
まをし
)
まして、
038
それはそれは
悪
(
わる
)
い
奴
(
やつ
)
で
厶
(
ござ
)
います。
039
貴方
(
あなた
)
のお
尋
(
たづ
)
ねになつた
若
(
わか
)
い
娘
(
むすめ
)
さまを、
040
口
(
くち
)
に
猿轡
(
さるぐつわ
)
を
箝
(
は
)
めて、
041
数多
(
あまた
)
の
乾児
(
こぶん
)
に
岩窟
(
いはや
)
の
中
(
なか
)
に
担
(
かつ
)
ぎ
込
(
こ
)
ました
奴
(
やつ
)
ですから、
042
油断
(
ゆだん
)
をなされますなよ』
043
ハール『オイ、
044
エム、
045
……いや、
046
ど
此
(
この
)
奴
(
やつ
)
か
知
(
し
)
らないが、
047
さう
見違
(
みちがひ
)
をして
貰
(
もら
)
つては
困
(
こま
)
るぢやないか。
048
私
(
わし
)
は
泥棒
(
どろばう
)
でも
何
(
なん
)
でもない、
049
此
(
この
)
近傍
(
きんばう
)
の
百姓
(
ひやくしやう
)
だ。
050
滅多
(
めつた
)
な
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふて
貰
(
もら
)
ふまい』
051
エムはニタリと
笑
(
わら
)
ひ、
052
エム『ヘヽヽヽ、
053
よう
仰有
(
おつしや
)
いますわい。
054
そんな
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つたつて、
055
此処
(
ここ
)
にお
前様
(
まへさま
)
の
乾児
(
こぶん
)
になつて
居
(
ゐ
)
た
二人
(
ふたり
)
の
前
(
さき
)
の
泥棒
(
どろばう
)
、
056
今
(
いま
)
の
真人間
(
まにんげん
)
が
控
(
ひか
)
へて
居
(
ゐ
)
ますよ。
057
男
(
をとこ
)
らしく
白状
(
はくじやう
)
しなさい』
058
伊太
(
いた
)
『オイ、
059
エム、
060
タツの
両人
(
りやうにん
)
、
061
此奴
(
こいつ
)
は
泥棒
(
どろばう
)
に
間違
(
まちが
)
ひないなア』
062
エム『ヘエヘエ、
063
チヤキチヤキの
泥棒
(
どろばう
)
ですよ。
064
此奴
(
こいつ
)
はバラモン
軍
(
ぐん
)
のハール
少尉
(
せうゐ
)
と
云
(
い
)
つて、
065
美男子
(
びなんし
)
の
名
(
な
)
を
売
(
う
)
つた
士官
(
しくわん
)
ですが、
066
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
様
(
さま
)
が
軍隊
(
ぐんたい
)
を
解散
(
かいさん
)
せられてから、
067
仕方
(
しかた
)
なしにセール
大尉
(
たいゐ
)
と
泥棒
(
どろばう
)
を
開業
(
かいげふ
)
し、
068
虎熊山
(
とらくまやま
)
の
岩窟
(
いはや
)
で
羽振
(
はぶり
)
を
利
(
き
)
かし、
069
百人頭
(
ひやくにんがしら
)
になつて
居
(
を
)
る
極悪人
(
ごくあくにん
)
ですから、
070
油断
(
ゆだん
)
をなさつてはいけませぬよ』
071
伊太
(
いた
)
『お
前
(
まへ
)
の
云
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は
本当
(
ほんたう
)
だらう。
072
お
前
(
まへ
)
の
改心
(
かいしん
)
もそれで
証明
(
しようめい
)
された。
073
これから
可愛
(
かあい
)
がつてやるから
安心
(
あんしん
)
せい』
074
エム『いやもう
有難
(
ありがた
)
う
厶
(
ござ
)
います。
075
どうぞ
永当
(
えいたう
)
々々
(
えいたう
)
076
御
(
ご
)
贔屓
(
ひいき
)
の
程
(
ほど
)
をお
願
(
ねが
)
ひ
申
(
まをし
)
ます』
077
タツ『
充分
(
じゆうぶん
)
勉強
(
べんきやう
)
をいたしまして、
078
他店
(
たてん
)
とはお
安
(
やす
)
く
致
(
いた
)
します。
079
どうぞ
末永
(
すゑなが
)
う
御
(
ご
)
贔屓
(
ひいき
)
に
願
(
ねが
)
ひます』
080
伊太
(
いた
)
『ハヽヽ。
081
面白
(
おもしろ
)
い
男
(
をとこ
)
だな。
082
ヤ
大
(
おほい
)
に
気
(
き
)
に
入
(
い
)
つた。
083
是
(
これ
)
から
精
(
せい
)
出
(
だ
)
して
御用
(
ごよう
)
を
仰
(
おほ
)
せつけてやるから、
084
充分
(
じゆうぶん
)
勉強
(
べんきやう
)
するがいいぞ』
085
両人
(
りやうにん
)
『フヽヽヽ』
086
伊太
(
いた
)
『オイ、
087
お
前
(
まへ
)
は
今
(
いま
)
此
(
この
)
両人
(
りやうにん
)
が
証明
(
しようめい
)
して
居
(
を
)
るが、
088
泥棒頭
(
どろぼうがしら
)
に
相違
(
さうゐ
)
あるまい。
089
有体
(
ありてい
)
に
白状
(
はくじやう
)
せないと、
090
お
前
(
まへ
)
のためにならないぞ』
091
ハール『いや、
092
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
りまして
厶
(
ござ
)
います、
093
何卒
(
どうぞ
)
重々
(
ぢうぢう
)
の
罪
(
つみ
)
をお
赦
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さいませ、
094
二人
(
ふたり
)
の
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
を
連
(
つ
)
れ
帰
(
かへ
)
り、
095
牢獄
(
らうごく
)
に
打
(
ぶ
)
ち
込
(
こ
)
みましたのは
私
(
わたし
)
に
相違
(
さうゐ
)
厶
(
ござ
)
いませぬ。
096
併
(
しか
)
し
私
(
わたし
)
を
使
(
つか
)
ふ
大親分
(
おほおやぶん
)
が
厶
(
ござ
)
いますから、
097
私
(
わたし
)
許
(
ばか
)
りの
罪
(
つみ
)
では
厶
(
ござ
)
いませぬ。
098
どうぞ
彼
(
かれ
)
をお
調
(
しら
)
べ
下
(
くだ
)
さいませ』
099
伊太
(
いた
)
『
自分
(
じぶん
)
の
罪
(
つみ
)
を
親分
(
おやぶん
)
に
塗
(
ぬ
)
り
付
(
つ
)
けるとは
不届
(
ふとど
)
き
千万
(
せんばん
)
の
奴
(
やつ
)
だ。
100
たとへ
親分
(
おやぶん
)
がやつた
事
(
こと
)
でも
101
何故
(
なぜ
)
私
(
わたし
)
がやりましたと
引
(
ひき
)
受
(
う
)
けるだけの
赤心
(
まごころ
)
が
無
(
な
)
いか、
102
泥棒
(
どろばう
)
仲間
(
なかま
)
にも
道徳律
(
だうとくりつ
)
が
行
(
おこな
)
はれて
居
(
を
)
るだらう』
103
ハール『ハイそれは
確
(
たしか
)
に
厶
(
ござ
)
いますが、
104
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
親分
(
おやぶん
)
が
親分
(
おやぶん
)
で
厶
(
ござ
)
います。
105
たうとう
親分
(
おやぶん
)
奴
(
め
)
、
106
恋
(
こひ
)
の
競争
(
きやうそう
)
から
私
(
わたし
)
を
恨
(
うら
)
んで
暗打
(
やみうち
)
に
遇
(
あ
)
はさうと
致
(
いた
)
しましたので、
107
斯
(
こ
)
んな
目
(
め
)
に
遇
(
あ
)
はされ、
108
実
(
じつ
)
は
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
して
来
(
き
)
た
所
(
ところ
)
で
厶
(
ござ
)
います。
109
親分
(
おやぶん
)
に
反鱗
(
はんりん
)
あれば、
110
私
(
わたし
)
にも
反鱗
(
はんりん
)
があります。
111
さうだから
阿呆
(
あはう
)
らしくて
112
どうしても
犠牲
(
ぎせい
)
的
(
てき
)
精神
(
せいしん
)
が
起
(
おこ
)
らぬぢやありませぬか』
113
伊太
(
いた
)
『
其
(
その
)
二人
(
ふたり
)
の
女
(
をんな
)
は
何
(
ど
)
うして
居
(
を
)
るか』
114
ハール『ハイ、
115
きつと……セール
大将
(
たいしやう
)
が
惚
(
ほ
)
れて
居
(
ゐ
)
ますから、
116
さう
手荒
(
てあら
)
い
事
(
こと
)
は
致
(
いた
)
しますまい。
117
まアお
身柄
(
みがら
)
だけは
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
ですから
御
(
ご
)
安心
(
あんしん
)
なさいませ。
118
そして
私
(
わたし
)
の
罪
(
つみ
)
をお
許
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さい。
119
私
(
わたし
)
も
今日
(
けふ
)
限
(
かぎ
)
り
泥棒
(
どろばう
)
は
廃業
(
はいげふ
)
致
(
いた
)
します』
120
伊太
(
いた
)
『それや
感心
(
かんしん
)
だ。
121
そんならこれから
私
(
わし
)
について、
122
も
一度
(
いちど
)
岩窟
(
いはや
)
へ
往
(
い
)
つて
呉
(
く
)
れないか、
123
何彼
(
なにか
)
に
便宜
(
べんぎ
)
がいいからなア』
124
ハール『ハイ、
125
エーお
伴
(
とも
)
致
(
いた
)
し
度
(
た
)
いは
山々
(
やまやま
)
で
厶
(
ござ
)
いますが、
126
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り
頭
(
かしら
)
は
痛
(
いた
)
み、
127
俄
(
にはか
)
に
急性
(
きふせい
)
臆病災
(
おくびやうえん
)
が
突発
(
とつぱつ
)
致
(
いた
)
しましたので、
128
遺憾
(
ゐかん
)
ながら
参
(
まゐ
)
る
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ませぬ。
129
此
(
この
)
度
(
たび
)
はお
許
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さいませ』
130
伊太
(
いた
)
『
本当
(
ほんたう
)
に
困
(
こま
)
つた
奴
(
やつ
)
だなア、
131
今
(
いま
)
私
(
わし
)
が
鎮魂
(
ちんこん
)
してやつたからもう
痛
(
いたみ
)
は
止
(
と
)
まつた
筈
(
はず
)
だ。
132
そんな
なまくら
を
云
(
い
)
はずに、
133
お
前
(
まへ
)
を
煮
(
に
)
て
食
(
く
)
はうとも
焼
(
や
)
いて
喰
(
く
)
はうとも
云
(
い
)
はぬのだから
134
帰順
(
きじゆん
)
した
証拠
(
しようこ
)
に
案内
(
あんない
)
をしたらどうだ』
135
ハール『
左様
(
さやう
)
ならば、
136
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ませぬ。
137
お
言葉
(
ことば
)
に
従
(
したが
)
ひ、
138
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
のお
居間
(
ゐま
)
迄
(
まで
)
御
(
ご
)
案内
(
あんない
)
を
致
(
いた
)
しませう。
139
さうしてあのお
方
(
かた
)
は、
140
貴方
(
あなた
)
様
(
さま
)
のお
身内
(
みうち
)
の
方
(
かた
)
ですか、
141
但
(
ただし
)
は
御
(
ご
)
兄弟
(
きやうだい
)
ですか』
142
伊太
(
いた
)
『
年
(
とし
)
の
経
(
いつ
)
た
方
(
はう
)
は
俺
(
わし
)
の
友達
(
ともだち
)
の
女房
(
にようばう
)
だ。
143
若
(
わか
)
い
方
(
はう
)
は
俺
(
わし
)
の
女房
(
にようばう
)
だ。
144
随分
(
ずいぶん
)
お
世話
(
せわ
)
になつたらうなア』
145
ハール『ヤそれを
承
(
うけたま
)
はりますと、
146
私
(
わたし
)
は
合
(
あ
)
はす
顔
(
かほ
)
が
厶
(
ござ
)
いませぬから、
147
どうぞ
許
(
ゆる
)
して
下
(
くだ
)
さいな』
148
エム『
若
(
も
)
し
宣伝使
(
せんでんし
)
様
(
さま
)
、
149
このハールは
若
(
わか
)
い
方
(
はう
)
の
方
(
かた
)
に
惚
(
ほ
)
れましてな、
150
口説
(
くどい
)
て
口説
(
くどい
)
て
口説
(
くどき
)
ぬいた
上句
(
あげく
)
、
151
肱鉄
(
ひぢてつ
)
を
喰
(
くは
)
され、
152
肝癪玉
(
かんしやくだま
)
を
破裂
(
はれつ
)
させ、
153
暗
(
くら
)
い
暗
(
くら
)
い
岩穴
(
いはあな
)
に
放
(
ほ
)
り
込
(
こ
)
み、
154
虐待
(
ぎやくたい
)
をして
居
(
ゐ
)
るのですよ。
155
それだから
合
(
あは
)
す
顔
(
かほ
)
がないと
今
(
いま
)
白状
(
はくじやう
)
したのです。
156
そこらで
一
(
ひと
)
つ、
157
ウンと
云
(
い
)
ふ
目
(
め
)
に
遇
(
あ
)
はしてお
遣
(
や
)
りなさい。
158
後日
(
ごじつ
)
の
為
(
た
)
めですからな』
159
伊太
(
いた
)
『
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
い
男
(
をとこ
)
だな。
160
併
(
しか
)
しお
前
(
まへ
)
も
改心
(
かいしん
)
したと
云
(
い
)
ふが、
161
随分
(
ずいぶん
)
人
(
ひと
)
が
悪
(
わる
)
いぢやないか。
162
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
長上
(
ちやうじやう
)
と
仰
(
あふ
)
いで
居
(
ゐ
)
た
人
(
ひと
)
の
悪口
(
わるくち
)
を
俺
(
わし
)
に
告
(
つ
)
げるとは、
163
本当
(
ほんたう
)
に
義理
(
ぎり
)
人情
(
にんじやう
)
をわきまへぬ
奴
(
やつ
)
だな』
164
エム『
義理
(
ぎり
)
人情
(
にんじやう
)
を
知
(
し
)
つて
居
(
を
)
つて
泥棒
(
どろばう
)
仲間
(
なかま
)
に
入
(
は
)
いれますか、
165
弱肉
(
じやくにく
)
強食
(
きやうしよく
)
、
166
優勝
(
いうしよう
)
劣敗
(
れつぱい
)
の
極致
(
きよくち
)
ですもの、
167
そんな
余裕
(
よゆう
)
がありますものか、
168
そんな
事
(
こと
)
構
(
かま
)
ふて
居
(
を
)
つたら、
169
自分
(
じぶん
)
の
身
(
み
)
が
亡
(
ほろ
)
んで
仕舞
(
しま
)
ひますわ、
170
有島
(
ありしま
)
武郎
(
たけを
)
だつて、
171
愛
(
あい
)
の
極致
(
きよくち
)
とやら
迄
(
まで
)
行
(
い
)
つて、
172
たうとう
自滅
(
じめつ
)
したぢやありませぬか。
173
有島
(
ありしま
)
武郎
(
たけを
)
はラブ イズ ベストを
高調
(
かうてう
)
し、
174
愛
(
あい
)
はどこ
迄
(
まで
)
も
継続
(
けいぞく
)
すべきものでないと
云
(
い
)
つたでせう。
175
さうして
仮令
(
たとへ
)
夫婦
(
ふうふ
)
でも
夫
(
それ
)
以上
(
いじやう
)
の
愛
(
あい
)
する
者
(
もの
)
が
出来
(
でき
)
たら、
176
別
(
わか
)
れて
愛
(
あい
)
の
深
(
ふか
)
い
方
(
はう
)
へ
靡
(
なび
)
くのが
真理
(
しんり
)
だと
云
(
い
)
つたでせう。
177
それだから、
178
この
大将
(
たいしやう
)
はも
早
(
はや
)
見込
(
みこみ
)
がない、
179
あなた
様
(
さま
)
の
方
(
はう
)
が
余程
(
よほど
)
立派
(
りつぱ
)
だ、
180
吾々
(
われわれ
)
を
救
(
すく
)
つて
下
(
くだ
)
さる
救
(
すく
)
ひ
主
(
ぬし
)
だと
思
(
おも
)
つたから、
181
弊履
(
へいり
)
の
如
(
ごと
)
く
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
の
親分
(
おやぶん
)
を
捨
(
す
)
てて
仕舞
(
しま
)
つたのですよ。
182
悪
(
わる
)
う
厶
(
ござ
)
いますかな』
183
伊太
(
いた
)
『アハヽヽヽ、
184
何
(
なん
)
と
水臭
(
みづくさ
)
いものだな。
185
夫
(
それ
)
ではまだ
改心
(
かいしん
)
と
云
(
い
)
ふ
所
(
ところ
)
へは
往
(
ゆ
)
かぬわい。
186
一
(
ひと
)
つこれから
膏
(
あぶら
)
を
取
(
と
)
つてやらねばなるまい』
187
ハール『どうぞもう
見逃
(
みのが
)
して
下
(
くだ
)
さい。
188
セールの
悪口
(
あつこう
)
申
(
まう
)
したのは、
189
つまり
恋
(
こひ
)
の
仇
(
あだ
)
で
厶
(
ござ
)
いますから、
190
あんまり
胸
(
むね
)
が
悪
(
わる
)
いので、
191
つい
口
(
くち
)
から
迸
(
ほとばし
)
つたので
厶
(
ござ
)
います。
192
今後
(
こんご
)
は
慎
(
つつし
)
みます。
193
そんなら
仰
(
おほ
)
せに
従
(
したが
)
ひ、
194
陣容
(
ぢんよう
)
を
立
(
た
)
て
直
(
なほ
)
し、
195
堂々
(
だうだう
)
と
先陣
(
せんぢん
)
を
仕
(
つかまつ
)
りませう。
196
さア、
197
エム、
198
タツの
両人
(
りやうにん
)
、
199
宣伝使
(
せんでんし
)
のお
後
(
あと
)
から
従
(
つ
)
いて
来
(
こ
)
い』
200
伊太
(
いた
)
『ヤアお
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
は
三
(
さん
)
人
(
にん
)
とも
先
(
さき
)
へ
往
(
ゆ
)
くがよい。
201
俺
(
おれ
)
も
後
(
うしろ
)
に
目
(
め
)
が
無
(
な
)
いからなア、
202
ハヽヽヽ』
203
エム『
送
(
おく
)
り
狼
(
おほかみ
)
と
同道
(
どうだう
)
して
居
(
を
)
るやうなものですからなア。
204
先
(
さき
)
にお
出
(
いで
)
になるのは
険呑
(
けんのん
)
です。
205
躓
(
つまづ
)
いて
倒
(
こ
)
けたら
何時
(
いつ
)
噛
(
か
)
ぶり
付
(
つ
)
くかも
知
(
し
)
れませぬからなア』
206
ハール『これエム。
207
いらぬ
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふな』
208
と
叱
(
しか
)
りつけ
乍
(
なが
)
ら、
209
先頭
(
せんとう
)
に
立
(
た
)
つて、
210
足早
(
あしばや
)
に
登
(
のぼ
)
りゆく。
211
(
大正一二・七・一五
旧六・二
於祥雲閣
加藤明子
録)
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