霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 赤酒(せきしゆ)の声(こえ)〔一六六六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第65巻 山河草木 辰の巻 篇:第2篇 地異転変 よみ(新仮名遣い):ちいてんぺん
章:第10章 赤酒の声 よみ(新仮名遣い):せきしゅのこえ 通し章番号:1666
口述日:1923(大正12)年07月16日(旧06月3日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年4月14日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:3497 OBC :rm6510
愛善世界社版:115頁 八幡書店版:第11輯 651頁 修補版: 校定版:119頁 普及版:55頁 初版: ページ備考:
001 その夜(よ)はカラリと明(あ)けた。002薄暗(うすくら)がりの牢獄(らうごく)の中(なか)で、003ブラヷーダは治道(ちだう)居士(こじ)の手紙(てがみ)を読(よ)んで見(み)た。004その文面(ぶんめん)には、
 
005一、006拙者(せつしや)は貴女(あなた)の御存(ごぞん)じの治道(ちだう)居士(こじ)で厶(ござ)います。007虎熊山(とらくまやま)の岩窟(いはや)に、008以前(いぜん)の吾(わが)部下(ぶか)、009セール、010ハールの両人(りやうにん)、011数多(あまた)の部下(ぶか)を従(したが)へ山賊(さんぞく)を働(はたら)き居(ゐ)ると聞(き)き、012天地(てんち)の神(かみ)に責任(せきにん)を負(お)ひ、013故意(わざ)と囚人(とらはれびと)となつて、014第一(だいいち)牢獄(らうごく)に投(な)げ込(こ)まれて居(を)ります。015承(うけたま)はりますれば貴女(あなた)方(がた)お二人(ふたり)も亦(また)、016此(この)山砦(さんさい)に捕(とら)はれ、017日夜(にちや)セールの無体(むたい)の恋慕(れんぼ)にお苦(くる)しみ遊(あそ)ばす事(こと)を聞(き)きました。018就(つ)いては私(わたし)にも種々(いろいろ)と考(かんが)へがありますれば、019茲(ここ)一両日(いちりやうじつ)、020言(げん)を左右(さいう)に托(たく)して時(とき)を待(ま)ち、021あく迄(まで)も貞操(ていさう)をお守(まも)り下(くだ)さいませ。022屹度(きつと)救(すく)ひ出(だ)して上(あ)げませうから、023万事(ばんじ)に抜目(ぬけめ)のない貴女(あなた)様(さま)、024よもやとは思(おも)ひますが、025もしや短気(たんき)を起(おこ)して下(くだ)さつては、026折角(せつかく)の治道(ちだう)居士(こじ)の心遣(こころづか)ひが無(む)になりますから、027ここ一両日(いちりやうじつ)、028臨機(りんき)応変(おうへん)の態度(たいど)を採(と)つて下(くだ)さい。
029      治道(ちだう)より
030   御(ご)両人(りやうにん)様(さま)へ』
 
031と記(しる)してあつた。032両人(りやうにん)は各(おのおの)同(おな)じ手紙(てがみ)を見(み)てニツコと笑(わら)ひ、033早(はや)救(すく)はれる時(とき)の来(き)た事(こと)を喜(よろこ)んだ。034そして自分(じぶん)の昨晩(ゆうべ)云(い)つた此(この)狂言(きやうげん)を、035何(なん)とかして早(はや)く実現(じつげん)さし度(た)いものだと、036一(いち)時(じ)千秋(せんしう)の思(おも)ひで待(ま)つてゐたが、037その夜(よ)は何(なん)の音沙汰(おとさた)も無(な)く、038たうとう夜(よ)は明(あ)けて了(しま)つたのである。039ブラヷーダは細(ほそ)い声(こゑ)で、
040ブラヷ『常久(とこしへ)の暗夜(やみよ)もやがて晴(は)れぬらむ
041救(すく)ひの神(かみ)の影(かげ)見(み)えければ』
042デビス姫(ひめ)『今(いま)は早(はや)心(こころ)にかかる雲(くも)も無(な)し
043暁(あかつき)告(つ)ぐる鶏(にはとり)の声(こゑ)に。
044姉妹(おとどひ)が心(こころ)を協(あは)せて枉津見(まがつみ)を
045言向和(ことむけやは)す時(とき)は来(き)にけり』
046 かかる所(ところ)へ、047足音(あしおと)高(たか)くやつて来(き)たのはセールであつた。048デビスは中(なか)から声(こゑ)をかけ、
049デビス『もしもし、050貴方(あなた)はセールの親分(おやぶん)ぢや厶(ござ)いませぬか。051嫌(いや)だワ。052夜前(やぜん)は妾(わたし)に、053あれ丈(だ)け固(かた)く約束(やくそく)し乍(なが)ら、054何故(なぜ)聞(き)いて下(くだ)さらないの。055早(はや)く治道(ちだう)居士(こじ)をフン縛(じば)つて、056此処(ここ)へ入(い)れて下(くだ)さいな。057そして思(おも)ふ存分(ぞんぶん)恨(うらみ)を晴(は)らさして下(くだ)さいな。058ね、059親分(おやぶん)さま』
060セール『イヤ、061済(す)まなかつた。062何時(なんどき)でも呼(よ)んでやる。063実(じつ)は昨夜(ゆうべ)、064あまりお前(まへ)の返事(へんじ)が気(き)が利(き)いて居(ゐ)たので、065前祝(まへいはひ)に葡萄酒(ぶどうしゆ)をグイグイとやつた所(ところ)酔(よ)つて了(しま)ひ、066誠(まこと)に済(す)まぬ事(こと)した。067これからヤク、068エールの牢番(らうばん)に云(い)ひつけ、069ここへ引(ひつ)張(ぱ)つて来(き)てやらう』
070デビス『それが定(きま)つた上(うへ)は、071別(べつ)に慌(あわ)てるには及(およ)びませぬ。072妾(わたし)が何程(なんぼ)さかしい女(をんな)だとて、073昼(ひる)は顔(かほ)が見(み)えますから今晩(こんばん)にして下(くだ)さいな、074暗(くら)がりで嬲(なぶり)殺(ごろし)にしたう厶(ござ)いますからね。075なア旦那(だんな)さま』
076セール『ウン、077よし、078気(き)に入(い)つた。079俺(おれ)に旦那(だんな)様(さま)と云(い)ひよつたな、080それに間違(まちが)ひはない。081それにきまつた上(うへ)は何事(なにごと)によらず、082お前(まへ)の望(のぞ)みを聞(き)いてやらう。083今(いま)牢獄(らうごく)を出(だ)せなら出(だ)さぬ事(こと)もない。084何分(なにぶん)自分(じぶん)の奥(おく)さまを、085こんな所(ところ)へ入(い)れて虐待(ぎやくたい)するのも、086済(す)まぬからな』
087デビス『出(だ)して頂(いただ)くのは有難(ありがた)う厶(ござ)いますが、088首尾(しゆび)よう敵(かたき)を討(う)つ迄(まで)、089此処(ここ)に斯(か)うして置(お)いて下(くだ)さい。090そして晩(ばん)に此処(ここ)にブラヷーダさまを入(い)れて貰(もら)ひ、091そこへ治道(ちだう)居士(こじ)を呼(よ)んで両方(りやうはう)から斬(き)り苛(さいな)めさして下(くだ)さい。092夜通(よどほ)しかかつて、093耳(みみ)を切(き)り、094鼻(はな)を切(き)り、095指(ゆび)を斬(き)つて、096バルチザンの様(やう)な事(こと)をせねば、097虫(むし)が得心(とくしん)しませぬワ』
098セール『成程(なるほど)099そりや面白(おもしろ)からう。100そんなら、101今夜(こんや)は首尾(しゆび)よく目的(もくてき)を達(たつ)し、102明日(あす)は結婚(けつこん)の式(しき)を挙(あ)げる事(こと)にしよう。103それでは、104懐剣(くわいけん)は一本(いつぽん)づつお前(まへ)に、105上(あ)げて置(お)かう』
106デビス『ハイ、107有難(ありがた)う。108然(しか)し旦那(だんな)様(さま)、109一(ひと)つ約束(やくそく)をして置(お)きたう厶(ござ)います』
110セール『ウン、111よしよし。112何(なん)でも約束(やくそく)をしてやる』
113デビス『そんなら旦那(だんな)様(さま)。114妾(わたし)を本妻(ほんさい)にして下(くだ)さい。115そしてブラヷーダ姫(ひめ)は第二(だいに)夫人(ふじん)ですから、116それを今(いま)の中(うち)に誓(ちか)つて頂(いただ)きたう厶(ござ)いますワ』
117セール『ナーンだ。118そんな事(こと)か。119それなら俺(おれ)の思惑(おもわく)通(どほり)だ。120お前(まへ)もお頭(かしら)の奥(おく)さまとなれば121余(あま)り悪(わる)くはあるまいぞ。122……果報(くわはう)は寝(ね)て待(ま)てとはよく云(い)つたものだな』
123デビス『そんなら旦那(だんな)様(さま)、124恥(はづか)しう厶(ござ)いますから、125今晩(こんばん)は外(ほか)の小盗人(こぬすと)が寄(よ)りつかぬやうにして下(くだ)さいませや』
126セール『よしよし、127お前(まへ)の云(い)ふ事(こと)なら何(なん)でも聞(き)いてやる。128明日(あす)は結婚(けつこん)するのだから、129その用意(ようい)に御(ご)馳走(ちそう)を集(あつ)めて置(お)かねばならぬ。130乾児(こぶん)の奴(やつ)等(ら)を四方(しはう)八方(はつぱう)に御(ご)馳走(ちそう)の準備(じゆんび)に差遣(さしつか)はさう。131今晩(こんばん)を楽(たのし)みに待(ま)つてゐよ。132ヤア俺(わし)も之(これ)から髯(ひげ)でも剃(そ)つて、133チツとめかさうかい。134花嫁(はなよめ)さまに対(たい)しても、135あまり無躾(ぶしつけ)だからな』
136と元気(げんき)よく吾(わが)居間(ゐま)に帰(かへ)り、137子分(こぶん)を残(のこ)らず呼(よ)び寄(よ)せ、138各自(めいめい)用(よう)を吩(い)ひつけ、139山(やま)を下(くだ)つて馳走(ちそう)の用意(ようい)をなすべく四方(しはう)八方(はつぱう)へ派遣(はけん)して了(しま)つた。140後(あと)にセールは、141又(また)もやヤクを相手(あひて)に、142お祝(いはひ)として葡萄酒(ぶだうしゆ)を呻(あふ)つてゐる。
143ヤク『もし親方(おやかた)、144明日(あす)はお目出度(めでた)う厶(ござ)います。145何卒(どうぞ)御(ご)成功(せいこう)を祈(いの)りますよ』
146セール『ウン、147云(い)ふにヤ及(およ)ばぬ。148既(すで)に成功(せいこう)したも同然(どうぜん)だ。149イツヒヽヽヽ、150お前(まへ)も羨(けな)りいだらうが、151マア暫(しば)らく辛抱(しんばう)してくれ。152俺(おれ)の手(て)で治道(ちだう)居士(こじ)を片(かた)づける事(こと)は、153何程(なんぼ)泥棒(どろばう)だつて今(いま)迄(まで)の恩義(おんぎ)上(じやう)、154手(て)を下(くだ)す訳(わけ)には行(ゆ)かず、155又(また)沢山(たくさん)の子分(こぶん)があつても、156九分(くぶ)九厘(くりん)迄(まで)治道(ちだう)居士(こじ)の部下(ぶか)だつたのだから、157真逆(まさか)の時(とき)躊躇(ちうちよ)をし、158自分(じぶん)の長上(ちやうぢやう)を殺(ころ)すやうな手本(てほん)を出(だ)すと皆(みな)が赤化(せきくわ)しよつて、159俺(おれ)等(たち)迄(まで)、160気(き)に入(い)らぬと何時(いつ)首(くび)を掻(か)くかも知(し)れぬので、161実(じつ)は思想(しさう)上(じやう)の大問題(だいもんだい)と心配(しんぱい)してゐたのだ。162然(しか)るに何(なん)の幸(さいはひ)ぞ、163治道(ちだう)居士(こじ)に恨(うらみ)を抱(いだ)いた二人(ふたり)のナイスが、164敵(かたき)を討(う)たして呉(く)れと云(い)ふのだから、165俺(おれ)にとつても之(これ)以上(いじやう)の好都合(かうつがふ)はない。166居(ゐ)乍(なが)らにして敵(てき)を平(たひら)げ、167邪魔物(じやまもの)を無(な)くし、168惚(ほ)れた女(をんな)と合衾(がふきん)の式(しき)を挙(あ)げるとは実(じつ)に愉快(ゆくわい)な事(こと)だ。169アハヽヽヽオイ、170ヤク、171お前(まへ)も一杯(いつぱい)やれ、172何(なに)も遠慮(ゑんりよ)は入(い)らぬ、173もとは只(ただ)で盗(と)つた酒(さけ)だから、174何程(なんぼ)飲(の)んでも175懐(ふところ)のえぐれる気遣(きづか)ひもなし気楽(きらく)なものだ』
176ヤク『ハイ、177頂戴(ちやうだい)致(いた)します。178親分(おやぶん)様(さま)の空前(くうぜん)絶後(ぜつご)の御(お)目出度(めでた)さですから、179私(わたし)も抃舞(べんぶ)雀躍(じやくやく)して居(を)ります』
180と無性(むしやう)矢鱈(やたら)に酒(さけ)をすすめて、181酔(よ)ひ潰(つぶ)さうとかかつてゐる。
182 セールは上機嫌(じやうきげん)でソロソロ謡(うた)ひ出(だ)した。
183セール『飲(の)めよ騒(さわ)げよ一寸先(いつすんさき)や暗夜(やみよ)
184暗(やみ)に包(つつ)んだ獄牢(ひとや)の中(うち)に
185月雪花(つきゆきはな)にも譬(たと)ふべき
186二人(ふたり)のナイスが待(ま)つてゐる
187誰(たれ)を待(ま)つかと尋(たづ)ねて見(み)たら
188バラモン教(けう)にて名(な)も高(たか)き
189陸軍(りくぐん)大尉(たいゐ)のセールさま
190色(いろ)が黒(くろ)うて背(せ)が高(たか)うて
191目玉(めだま)が丸(まる)うて天狗鼻(てんぐばな)
192古今(ここん)無双(むさう)の男(をとこ)らしい男(をとこ)
193今(いま)は泥棒(どろばう)の親分(おやぶん)となつて
194数多(あまた)の乾児(こぶん)を使役(しえき)する
195ヤツパリ身魂(みたま)は争(あらそ)はれない
196一中隊(いつちうたい)の兵卒(へいそつ)を
197指揮(しき)した身魂(みたま)はどこ迄(まで)も
198一中隊(いつちうたい)の盗人(ぬすびと)を
199相(あひ)も変(かは)らず支配(しはい)して
200虎熊山(とらくまやま)の山砦(さんさい)に
201羽振(はぶ)りを利(き)かす甲斐性(かひしやう)もの
202恋(こひ)の仇(あだ)なるハールの少尉(せうゐ)
203今(いま)は何処(いづこ)の山(やま)の果(は)て
204野辺(のべ)に逍遥(さまよひ)メソメソと
205吾(わが)身(み)の不運(ふうん)をかこちつつ
206此(この)世(よ)を果敢(はか)なみゐるだらう
207二人(ふたり)のナイスを此(この)セールが
208両手(りやうて)に花(はな)の結婚(けつこん)を
209やつたと聞(き)いたら嘸(さぞ)や嘸(さぞ)
210地団太(ぢだんだ)踏(ふ)んで口惜(くや)しがり
211舌(した)でも噛(か)んで死(し)ぬだらう
212その有様(ありさま)がアリアリと
213吾(わが)目(め)の前(まへ)にちらついて
214ほんに愉快(ゆくわい)な事(こと)だわい
215思(おも)へば思(おも)へば俺(おれ)の様(やう)な
216幸福者(しあはせもの)が世(よ)にあらうか
217数万(すまん)の金(かね)を懐(ふところ)に
218抱(いだ)いた比丘(びく)はうまうまと
219吾(わが)手(て)に知(し)らずに飛(と)び込(こ)んで
220福(ふく)を授(さづ)けに来(き)て呉(く)れた
221木花姫(このはなひめ)か弁財天(べんざいてん)
222出雲(いづも)の姫(ひめ)も真裸足(まつぱだし)
223逃(に)げ出(だ)す様(やう)なナイスをば
224左右(さいう)に侍(はべ)らしうま酒(さけ)に
225舌(した)の鼓(つづみ)を撃(う)ち乍(なが)ら
226小股(こまた)にはさんだ三味線(しやみせん)を
227ピンピンツンツン引(ひ)き立(た)てて
228糸(いと)がきれる程(ほど)抱(だ)きしめて
229思(おも)ふ存分(ぞんぶん)痴話(ちわ)喧嘩(けんくわ)
230罰(ばち)が当(あた)つても構(かま)やせぬ
231ほんに愉快(ゆくわい)な事(こと)だわい
232之(これ)と云(い)ふのもバラモンの
233大黒主(おほくろぬし)の御(おん)恵(めぐ)み
234これだによつて平生(へいぜ)から
235神信心(かみしんじん)はせにやならぬ
236と云(い)ふて泥棒(どろばう)の親分(おやぶん)が
237神(かみ)の御前(みまへ)に手(て)を合(あ)はし
238お経(きやう)を云(い)ふのも何(なん)とやら
239薄気味(うすきみ)悪(わる)い心地(ここち)する
240さはさり乍(なが)らそんな事(こと)
241気(き)にかけてゐたら恋(こひ)の道(みち)
242欲(よく)の目的(もくてき)達(たつ)しない
243よくない奴(やつ)は悪(あく)といふ
244よくがありやこそ世(よ)の中(なか)に
245善(ぜん)と云(い)はれて暮(くら)すのだ
246善(ぜん)は急(いそ)げだ今晩(こんばん)の
247二人(ふたり)の仇討(あだう)ち済(す)んだなら
248時(とき)を移(うつ)さず合衾(がふきん)の
249式(しき)をば挙(あ)げて偕老(かいらう)の
250契(ちぎり)を結(むす)ぶ下準備(したじゆんび)
251お前(まへ)も充分(じゆうぶん)気(き)をつけて
252落度(おちど)のないやうにやつてくれ
253あゝ面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い
254面白(おもしろ)うなつて来(き)たわいナ。
255アハヽヽヽ酒(さけ)は浩然(こうぜん)の気(き)を養(やしな)ふと云(い)つて、256今(いま)迄(まで)クシヤクシヤして居(ゐ)た俺(おれ)の気分(きぶん)もカラリと晴(は)れ、257世界晴(せかいば)れのやうだ。258どうして又(また)、259こんな好運児(かううんじ)に生(うま)れて来(き)たものだらうな。260エヽヽヽヽ』
261と一人(ひとり)管(くだ)を巻(ま)いて居(ゐ)る。262ヤクは一生(いつしやう)懸命(けんめい)に、263酔(よ)はさうとかかつてゐる。264漸(やうや)くにして、265その日(ひ)は暮(く)れて了(しま)つた。266肝腎(かんじん)のセールはグタグタになつてゐる。267ヤクはソツと此(この)場(ば)を立(たち)出(い)で治道(ちだう)居士(こじ)の牢獄(らうごく)の前(まへ)へと急(いそ)いだ。
268ヤク『オイ、269エール、270之(これ)からが正念場(しやうねんば)だぞ。271俺(おれ)等(たち)両人(りやうにん)が今夜(こんや)こそ捨身(しやしん)的(てき)大活動(だいくわつどう)をやつて大将(たいしやう)を往生(わうじやう)させるのだ。272抜(ぬ)からないやうにせよ』
273エール『心配(しんぱい)するな。274策戦(さくせん)計画(けいくわく)はスツカリ整(ととの)ふてゐるのだ』
275治道(ちだう)『ヤ、276両人(りやうにん)御(ご)苦労(くらう)だつた。277サア之(これ)から愈(いよいよ)本芝居(ほんしばゐ)にかからう。278万事(ばんじ)抜目(ぬけめ)なく頼(たの)むよ』
279ヤク『ハイ、280承知(しようち)致(いた)しました。281然(しか)し小頭(こがしら)が四五(しご)人(にん)、282ウロウロしてゐますから、283暗(くら)がりに余程(よほど)うまくやらないと、284芝居(しばゐ)の打(う)ち損(そこな)ひをやつたら大変(たいへん)ですから、285気(き)をつけて下(くだ)さい』
286治道(ちだう)『何事(なにごと)も皇(すめ)大神(おほかみ)の御心(みこころ)の
287ままになれよと祈(いの)るのみなる』
288(大正一二・七・一六 旧六・三 於祥雲閣 北村隆光録)
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