霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二〇章 産(うみ)の悩(なや)み〔二〇〇一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第79巻 天祥地瑞 午の巻 篇:第3篇 伊吹の山颪 よみ(新仮名遣い):いぶきのやまおろし
章:第20章 産の悩み よみ(新仮名遣い):うみのなやみ 通し章番号:2001
口述日:1934(昭和9)年07月19日(旧06月8日) 口述場所:関東別院南風閣 筆録者:内崎照代 校正日: 校正場所: 初版発行日:1934(昭和9)年10月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
艶男と燕子花は、夏の初めに、大井川の淵に新しい舟を浮かべて、半日清遊を試みた。
艶男と燕子花は歌を歌いあったが、艶男は最近、藤ケ丘にあやしい煙が立っているのを不審に思っており、誰か人がいるのではないか、と思いを語った。
燕子花は驚きの色を浮かべて、藤が丘の煙を見るたびになぜか魂がおののき、朝夕に雲霧が立つのは、藤ケ丘に竜神が住んでいるのではないか、と懸念を歌った。
艶男は妻が嫌がる丘には近づかないようにしよう、と誓い、みぎわ辺に舟をつないで館に帰って行った。
二人が夕飯をすませて話しにふける折しも、燕子花はにわかに産気づき、陣痛が激しくなったので、かねてから設けてあった産屋にはいって戸を固く閉じた。
山神彦・川神姫はこのことを知るととても喜び、直ちに神殿に詣でて祈りの言葉をささげ祀った。
山神彦・川神姫が艶男の居間に来てみると、息子は腕を組み、黙ったまま青ざめた顔をしていた。山神彦夫婦がわけを尋ねると、艶男は妻の容態が心配でもあり、また生まれてくる子がもしや竜神ではないかと思うと、心が苦しいのだ、とわけを打ち明けた。
川神姫は、神の恵みを信じて心配しないように息子に諭した。そうするうちに、子供が無事に生まれたという知らせが一同に届いた。山神彦は、産婦は姿を見られるのを嫌うので、七日七夜、産屋に近づかないように厳命し、ふたたび神殿に額づいて、燕子花の安産の感謝をささげ、川神姫とともに寝殿に入っていった。
艶男は、父の厳しい戒めにも関わらず、妻や子を一目見ようと、月の照る庭を忍び忍び産屋に近づき、戸の外からすかし見れば、燕子花は竜の体となって、玉の子を抱いて眠っていた。
艶男は肝をつぶし、あっと叫んで逃げていったが、燕子花を目を覚まし、この姿を夫に見られたかと思うと恥じらいのあまり、戸を押し開けてまっしぐらに大井ケ淵の底深く飛び込んでしまった。
生まれた御子は、竜彦と名づけられた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:3134 OBC :rm7920
愛善世界社版: 八幡書店版:第14輯 264頁 修補版: 校定版:376頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 艶男(あでやか)の別名(べつめい)を橘(たちばな)と言(い)ふ。002艶男(あでやか)の橘(たちばな)は妻(つま)の燕子花(かきつばた)と共(とも)に、003空(そら)澄(す)み渡(わた)り風(かぜ)清(きよ)き夏(なつ)の初(はじ)めを、004大井(おほゐ)ケ淵(ふち)に新(あたら)しき舟(ふね)を浮(うか)べて半日(はんにち)の清遊(せいいう)を試(こころ)みた。005水(みづ)は洋々(やうやう)として夏陽(なつひ)に輝(かがや)き、006流(なが)れゆるやかにして、007そよ吹(ふ)く小波(さざなみ)を立(た)て涼味(りやうみ)津々(しんしん)たり。
008 艶男(あでやか)は歌(うた)ふ。
009『橘(たちばな)の花(はな)散(ち)る里(さと)の夕暮(ゆふぐれ)は
010風(かぜ)も匂(にほ)ひて清(すが)しかりけり
011橘(たちばな)の香(かを)り床(ゆか)しく水(みづ)の面(も)に
012ただよひにけり夏(なつ)の初(はじ)めを
013橘(たちばな)の匂(にほ)へるかげをふむ足(あし)に
014かをりのこるか舟(ふね)の上(へ)清(すが)しき』
015 燕子花(かきつばた)は歌(うた)ふ。
016『香(か)に匂(にほ)ふ花橘(はなたちばな)をしるべにて
017竜(たつ)の島根(しまね)ゆ吾(われ)は来(き)にけり
018竜宮(りうぐう)の花橘(はなたちばな)にくらぶれば
019香(かを)り床(ゆか)しき君(きみ)にもあるかな
020わが恋(こ)ふる情(なさけ)の君(きみ)のよそほひは
021あから橘(たちばな)匂(にほ)へる如(ごと)し
022五月闇(さつきやみ)あかして匂(にほ)ふ橘(たちばな)の
023君(きみ)はわが身(み)の光(ひかり)なりけり
024ただならぬ花(はな)の匂(にほ)ひにあこがれて
025水面(みのも)に夕(ゆふべ)を橘(たちばな)のわれ
026橘(たちばな)の花(はな)は床(ゆか)しもその実(み)さへ
027花(はな)さへ一入(ひとしほ)めでたくあれば
028橘(たちばな)の枝(えだ)にふれにし心地(ここち)して
029君(きみ)がみ袖(そで)にすがりぬるかな
030水(みづ)清(きよ)き大井(おほゐ)ケ淵(ふち)の川(かは)ぞひに
031紫(むらさき)匂(にほ)ふかきつばたあはれ
032朝夕(あさゆふ)の香(かを)り清(すが)しき橘(たちばな)の
033君(きみ)に生命(いのち)を任(まか)せけるかな
034夜(よ)な夜(よ)なを君(きみ)が香(かを)りにひたされて
035花橘(はなたちばな)を偲(しの)びぬるかな
036わが袖(そで)は床(ゆか)しく香(かを)れり舟(ふね)の上(へ)の
037川(かは)吹(ふ)く風(かぜ)にさらされながらも
038夜(よ)な夜(よ)なの夢(ゆめ)の枕(まくら)もかむばしや
039花橘(はなたちばな)の君(きみ)が袖(そで)の香(か)
040久方(ひさかた)の雲間(くもま)の星(ほし)も降(くだ)り来(き)て
041橘(たちばな)の上(へ)に輝(かがや)き給(たま)へる
042わが宿(やど)の朝夕(あしたゆふべ)を匂(にほ)ひたる
043岩(いは)燕子花(かきつばた)と伊添(いそ)ひゐるかも
044燕子花(かきつばた)匂(にほ)ふ川辺(かはべ)に棹(さを)さして
045思(おも)ふことなし今日(けふ)の遊(あそ)びは
046花(はな)の香(か)はうつらずあれと神(かみ)かけて
047二人(ふたり)が幸(さち)を祈(いの)りけるかな』
048 艶男(あでやか)は歌(うた)ふ。
049『大井川(おほゐがは)波(なみ)の綾(あや)織(お)る燕子花(かきつばた)の
050君(きみ)と楽(たの)しく川遊(かはあそ)びすも
051小波(さざなみ)の色(いろ)も紫(むらさき)匂(にほ)ふなる
052君(きみ)は床(ゆか)しく竜宮(りうぐう)の花(はな)かも
053川水(かはみづ)に影(かげ)をしたせる橘(たちばな)の
054花(はな)美(うるは)しき汝(なれ)が面(おも)かげ
055袖(そで)にしむ花橘(はなたちばな)の香(かを)りすも
056愛(めぐ)しき君(きみ)と舟(ふね)に遊(あそ)べば
057燕子花(かきつばた)匂(にほ)へる妹(いも)が手枕(たまくら)を
058思(おも)へば春(はる)は久(ひさ)しかりけり
059夕風(ゆふかぜ)に契(ちぎ)る二人(ふたり)の真心(まごころ)を
060月(つき)もゆるすかほほ笑(ゑ)み給(たま)へる
061村雨(むらさめ)の露(つゆ)にしをれてうなだるる
062君(きみ)のよそほひ愛(めぐ)しかりけり
063うたた寝(ね)の枕(まくら)に通(かよ)ふ燕子花(かきつばた)の
064夢(ゆめ)は夜(よ)な夜(よ)なあたらしきかも
065橘(たちばな)の下(した)吹(ふ)く風(かぜ)のかむばしさも
066汝(なれ)が色香(いろか)に如(し)かざりにけり
067わが庭(には)に清(すが)しく匂(にほ)ふ燕子花(かきつばた)
068水(みづ)に写(うつ)して見(み)るはさやけし』
069 燕子花(かきつばた)は歌(うた)ふ。
070『わが君(きみ)の情(なさけ)の言葉(ことば)にほだされて
071わがまなかひに五月雨(さみだれ)の降(ふ)る
072真清水(ましみづ)を深(ふか)く湛(たた)へしこの淵(ふち)に
073思(おも)ふことなく二人(ふたり)遊(あそ)ぶも
074白萩(しらはぎ)は水底(みそこ)に清(きよ)く咲(さ)きにつつ
075二人(ふたり)が影(かげ)を眺(なが)めゐるかも
076尾(を)の上(へ)吹(ふ)く風(かぜ)にゆられて女郎花(をみなへし)
077花(はな)は水底(みそこ)にうつろひゐるも
078水上山(みなかみやま)斜面(なぞへ)に匂(にほ)ふ女郎花(をみなへし)の
079やさしき姿(すがた)うつれる川水(かはみづ)
080宵々(よひよひ)を君(きみ)に許(ゆる)されこの淵(ふち)に
081遊(あそ)ぶわが身(み)は楽(たの)しかりけり
082いとこやの君(きみ)の情(なさけ)はこの淵(ふち)の
083水底(みそこ)にまして深(ふか)かりにけり
084千重(ちへ)の波(なみ)ふみて渡(わた)りし燕子花(かきつばた)の
085わが身(み)を永(なが)く愛(め)でさせ給(たま)へ
086竜神(たつがみ)の島(しま)より植(う)ゑし燕子花(かきつばた)の
087花(はな)は常世(とこよ)に捨(す)てさせ給(たま)ふな』
088 艶男(あでやか)は歌(うた)ふ。
089『男(を)の子(こ)吾(われ)花橘(はなたちばな)の香(かを)りもて
090幾千代(いくちよ)までも君(きみ)を守(まも)らむ
091汀辺(みぎはべ)に清(すが)しく匂(にほ)ふ燕子花(かきつばた)
092見(み)るもさやけき舟(ふね)の上(うへ)かな
093水底(みなそこ)にうつらふ花(はな)の影(かげ)見(み)れば
094わが魂(たましひ)もうるほひにけり
095水上(みなかみ)の速瀬(はやせ)を見(み)れば藤ケ丘(ふぢがをか)の
096あたりにあやしき煙(けむり)立(た)つ見(み)ゆ
097何人(なんびと)の住(す)めるか知(し)らず藤ケ丘(ふぢがをか)の
098けむらふ見(み)れば人(ひと)のあるらし
099近寄(ちかよ)りて尋(たづ)ねみむかも燕子花(かきつばた)
100汝(なれ)が心(こころ)を知(し)らまほしけれ』
101 燕子花(かきつばた)は稍(やや)驚(おどろ)きの色(いろ)をうかべて歌(うた)ふ。
102『水上(みなかみ)は瀬(せ)の速(はや)ければ危(あや)ふからむ
103これの淵瀬(ふちせ)にあそばせ給(たま)へ
104藤ケ丘(ふぢがをか)のけむらふ見(み)つつ何故(なにゆゑ)か
105わが魂(たましひ)は戦(をのの)きやまぬも
106竜神(たつがみ)の棲(す)めるにやあらむ朝夕(あさゆふ)に
107藤(ふぢ)ケ丘(をか)辺(べ)に雲霧(くもきり)立(た)つも
108世(よ)の中(なか)に恐(おそ)るることなき身(み)ながらも
109藤(ふぢ)ケ丘(をか)辺(べ)はもの憂(う)かりけり』
110 艶男(あでやか)は歌(うた)ふ。
111『さもあれば吾(われ)は行(ゆ)かまじ燕子花(かきつばた)
112いとへる丘(をか)に登(のぼ)ると思(おも)はず
113吾(われ)もまた心(こころ)あやしく思(おも)ひけり
114朝(あした)夕(ゆふ)べに立(た)つ雲霧(くもきり)を
115天津陽(あまつひ)は傾(かたむ)きにけりいざさらば
116花園(はなぞの)をぬひて館(たち)にかへらむ』
117 斯(か)くて二人(ふたり)は汀辺(みぎはべ)に舟(ふね)を繋(つな)ぎおき、118花(はな)咲(さ)く丘(をか)を右(みぎ)へ左(ひだり)へたどりながら、119館(やかた)をさして帰(かへ)りけり。120二人(ふたり)は睦(むつま)じく夕飯(ゆふはん)をすませ、121四方山(よもやま)の話(はなし)にふける折(をり)しも、122俄(にはか)に陣痛(ぢんつう)激(はげ)しく産気(さんけ)づきければかねて設(まう)けし産屋(うぶや)に、123真砂(まさご)、124白砂(しらさご)は、125送(おく)り行(ゆ)きて柴(しば)の戸(と)を堅(かた)く閉(と)ぢ、126館(やかた)に帰(かへ)り来(きた)り、127山神彦(やまがみひこ)、128川神姫(かはかみひめ)の御前(みまへ)に、129御子(みこ)生(うま)れませる時(とき)の迫(せま)りしを伝(つた)へければ、130二人(ふたり)の老神(らうしん)はいたく喜(よろこ)び給(たま)ひて、131直(ただ)ちに神殿(しんでん)に参詣(まゐまう)で、132祈(いのり)の言葉(ことば)を捧(ささ)げまつりぬ。
 
133『掛巻(かけまく)も綾(あや)に畏(かしこ)き久方(ひさかた)の天(あめ)にまします主(ス)の大御神(おほみかみ)、134この国内(くぬち)を開(ひら)き給(たま)ひし大御祖(おほみおや)の御前(みまへ)に謹(つつし)み敬(ゐやま)ひ願(ね)ぎ奉(たてまつ)る。135あはれあはれわが子(こ)艶男(あでやか)と、136先(さき)の日(ひ)妹背(いもせ)の契(ちぎり)を結(むす)びたる燕子花(かきつばた)はも、137日(ひ)足(た)らひ月(つき)をみたして御子(みこ)産(う)まむ時(とき)の迫(せま)りければ、138主(ス)の神(かみ)等(たち)の深(ふか)き広(ひろ)き厚(あつ)き大御恵(おほみめぐ)みに依(よ)りて、139安(やす)く穏(おだや)かに美子(うましご)を産(う)ませ給(たま)へ。140生(うま)れし御子(みこ)は此(こ)の国(くに)の永久(とは)の司(つかさ)として、141喪(も)無(な)く事(こと)なく永久(とこしへ)に命(いのち)を保(たも)ち、142国津(くにつ)神(かみ)の安(やす)きを守(まも)らせ給(たま)へ。143吾(われ)等(ら)夫婦(めをと)は既(すで)に年老(としお)いて唯一柱(ただひとはしら)艶男(あでやか)を力(ちから)と頼(たの)みゐたりしに、144幸(さいはひ)なるかも竜(たつ)の島根(しまね)より迎(むか)へ来(きた)りし燕子花(かきつばた)姫(ひめ)の御腹(みはら)満(み)ちて、145今日(けふ)目出度(めでた)き日(ひ)とはなりにけり。146仰(あふ)ぎ願(ねが)はくば燕子花(かきつばた)姫(ひめ)の産屋(うぶや)は安(やす)く平(たひ)らけく清(きよ)くさやけく貴(うづ)の子(こ)を産(う)み了(おほ)せ給(たま)へと、147大前(おほまへ)に御幣帛(みてぐら)奉(たてまつ)り山川(やまかは)海野(うみの)の種々(くさぐさ)の甘美物(うましもの)、148八足(やたり)の机代(つくゑしろ)に横山(よこやま)の如(ごと)く置(お)き足(た)らはして奉(たてまつ)るさまを、149平(たひ)らけく安(やす)らけく聞(きこ)し召(め)せと申(まを)す』
 
150と敬々(うやうや)しく祝詞(のりと)を宣(の)り終(を)へ、151静々(しづしづ)と艶男(あでやか)が居間(ゐま)に来(き)て見(み)れば、152艶男(あでやか)は腕(うで)を組(く)み、153黙然(もくねん)として顔(かほ)青(あを)ざめゐたりけり。154山神彦(やまがみひこ)夫婦(ふうふ)はいぶかりながら、
155『我国(わがくに)の司(つかさ)生(あ)れますよき日(ひ)なるを
156汝(なれ)は何故(なにゆゑ)沈(しづ)み居(を)るにや
157水上山(みなかみやま)ひらき初(そ)めてゆ今日(けふ)の如(ごと)
158目出度(めでた)きよき日(ひ)はあらざらましを』
159 艶男(あでやか)は漸(やうや)く面(おも)をもたげ、160重々(おもおも)しき口(くち)にてわづかに歌(うた)ふ。
161『嬉(うれ)しさの限(かぎ)りなれどもわが妻(つま)の
162産(う)みの悩(なや)みをおもひて沈(しづ)める
163玉(たま)の緒(を)の生命(いのち)の峠(たうげ)ふみ越(こ)えて
164御子(みこ)を産(う)ますと思(おも)へば苦(くる)しき
165わが為(ため)にならむと思(おも)へば燕子花(かきつばた)
166心(こころ)かなしくなりにけらしな
167生(あ)れし子(こ)は健(すこや)かなれと祈(いの)りつつ
168他(ほか)に一(ひと)つのわれなやみもてり
169若(も)しや若(も)し竜(たつ)の御子(みこ)をば産(う)まむかと
170思(おも)へば苦(くる)しき今宵(こよひ)なりけり』
171 川神姫(かはかみひめ)は艶男(あでやか)の心(こころ)を慰(なぐさ)めむとして歌(うた)ふ。
172『天地(あめつち)の神(かみ)の恵(めぐ)みのふかければ
173安(やす)く生(うま)れむさかしき神(かみ)の子(こ)
174村肝(むらきも)の心(こころ)悩(なや)ますことなかれ
175美(うつ)しき御子(みこ)は安(やす)く生(うま)れむ
176わが家(いへ)の宝(たから)の御子(みこ)の生(うま)れ来(く)る
177今日(けふ)の目出度(めでた)き日(ひ)がらを祝(いは)へよ
178燕子花(かきつばた)姫(ひめ)は雄々(をを)しくふるまへば
179今日(けふ)の産屋(うぶや)はうら安(やす)からむ』
180 かかる折(をり)しも、181遠(とほ)く看守(かんしゆ)の役(やく)を務(つと)めたる真砂(まさご)は、182あわただしく入(い)り来(きた)り、183満面(まんめん)笑(ゑ)みを湛(たた)へながら、
184『美(うるは)しき玉(たま)の御声(みこゑ)は柴(しば)の戸(と)の
185中(なか)より清(きよ)くひびき来(きた)れり
186わが君(きみ)よ喜(よろこ)び給(たま)へ貴御子(うづみこ)は
187今(いま)産声(うぶごゑ)をあげさせ給(たま)へり
188戸(と)をあけて入(い)らむと思(も)へば姫神(ひめがみ)は
189いたくこばませ給(たま)ひたりけり
190天地(あめつち)の開(ひら)けし心地(ここち)ただよひて
191勇(いさ)み喜(よろこ)び知(し)らせ奉(まつ)るも』
192 山神彦(やまがみひこ)は喜(よろこ)び歌(うた)ふ。
193『ありがたし神(かみ)の恵(めぐ)みの幸(さち)はひて
194わが孫(まご)安(やす)く生(うま)れたりけり
195今(いま)しばし産屋(うぶや)の御戸(みと)を開(ひら)くまじ
196産婦(うぶめ)は姿(すがた)見(み)らるるをいとふ
197七日(なぬか)七夜(ななよ)産屋(うぶや)に近(ちか)づくことなかれ
198未(ま)だ血(ち)の若(わか)き産婦(うぶめ)なりせば
199驚(おどろ)きて生命(いのち)死(し)せむもはかられず
200必(かなら)ず産屋(うぶや)の戸(と)はひらくまじ』
201と戒(いまし)めおきて再(ふたた)び神殿(しんでん)に額(ぬかづ)き、202燕子花(かきつばた)の安産(あんざん)せし事(こと)を感謝(かんしや)し、203川神姫(かはかみひめ)と共(とも)に、204夜(よ)も更(ふ)けたればとて寝殿(しんでん)に進(すす)み入(い)る。205艶男(あでやか)は余(あま)りの嬉(うれ)しさに、206妻(つま)は如何(いか)に、207わが子(こ)は如何(いか)にと、208たとへ父(ちち)の厳(きび)しき戒(いまし)めなればとて、209最愛(さいあい)の妻(つま)や待(ま)ち設(まう)けたる御子(みこ)の顔(かほ)を見(み)ずして止(や)むべきやと、210月(つき)照(て)る庭(には)を忍(しの)び忍(しの)び、211産屋(うぶや)に近寄(ちかよ)り戸(と)の外(そと)よりすかし見(み)れば、212豈計(あにはか)らむや、213姿(すがた)優(やさ)しき妻(つま)の燕子花(かきつばた)は、214全身(ぜんしん)太刀膚(たちはだ)の竜体(りうたい)となりて、215玉(たま)の子(こ)を抱(いだ)き安々(やすやす)と眠(ねむ)り居(ゐ)るにぞ、216艶男(あでやか)は一目(ひとめ)見(み)るより胆(きも)をつぶし、217あつと叫(さけ)びながら逃(に)げ行(ゆ)く音(おと)に、218燕子花(かきつばた)は目(め)をさまし、219わが浅(あさ)ましき此(この)姿(すがた)を夫(をつと)の君(きみ)に見(み)られたるかと恥(はぢ)らひの余(あま)り、220戸(と)をおし開(あ)けて驀地(まつしぐら)に大井(おほゐ)ケ淵(ふち)の底(そこ)深(ふか)く飛(と)び込(こ)みにける。221生(うま)れたる子(こ)の名(な)は竜彦(たつひこ)と名(な)づけたり。
222(昭和九・七・一九 旧六・八 於関東別院南風閣 内崎照代謹録)
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